塩野義製薬
| 種類 | 株式会社 | ||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | シオノギ | ||||
| 本社所在地 | 〒541-0045 大阪市中央区道修町3-1-8 |
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| 設立 | 1919年(大正8年)6月5日 | ||||
| 業種 | 医薬品 | ||||
| 事業内容 | 医薬品、診断薬などの製造・販売 (主な商品を参照) |
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| 代表者 | 代表取締役会長 塩野元三 代表取締役社長 手代木功 |
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| 資本金 | 21,279百万円 | ||||
| 発行済株式総数 | 3億5113万6165株 | ||||
| 売上高 | 連結:227,511百万円 単独:206,753百万円 (2009年3月期) |
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| 総資産 | 連結:501,852百万円 単独:521,184百万円 (2009年3月期) |
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| 従業員数 | 連結:6,144人 単独:4,248人 (2009年6月30日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | ||||
| 主要株主 | 日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 6.22% 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 5.66% 住友生命保険相互会社 |
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| 主要子会社 | シオノギファーマケミカル株式会社 シオノギ分析センター株式会社 |
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| 関係する人物 | 塩野義三郎(創業者) | ||||
| 外部リンク | www.shionogi.co.jp | ||||
塩野義製薬株式会社(しおのぎせいやく 英称:Shionogi & Co., Ltd.)は、大阪府大阪市中央区道修町に本社を置く、日本の製薬会社である。「シオノギ」とも称する。
社名の由来は、創業者の塩野義三郎に因むもの。マーク及び社章は“正確性の追求”に基づく分銅がモデルである(赤い丸に分銅が公式で使用)。
目次 |
[編集] 概要
創業者の塩野義三郎が1878年(明治11年)に、大阪・道修町にて薬種問屋「塩野義三郎商店」を開く。元々は和漢薬専門であったが、すでに西洋医学を主眼に置いていたことや、洋薬を多数取り扱っていたこともあり、後に1886年(明治19年)取り扱い薬品を洋薬へと転換すると共に、その後は1910年(明治43年)に大阪府西成郡鷺州町海老江(現在の大阪市福島区鷺州)や、1922年(大正11年)に兵庫県尼崎市杭瀬に工場を建設し、総合的な医薬品メーカーとしての基礎を固めてゆく。
創業当初から「シオノギ」ブランド[1]の医薬品を取り扱うと共に、戦前は強心剤「ヂキタミン」、睡眠鎮静剤「ドルミン」、下剤「ラキサトール」などの医薬品で知られ、また家庭用医薬品でも水虫専用薬「ポンホリン」、皮膚病新薬「オイロ」、痔薬「カヴィドール」などの製品を取り扱っていたが、戦後に入ると、これらの家庭用薬品からは撤退し、1961年(昭和36年)大阪市福島区の工場を研究所に格上げすると共に、病院向け抗生物質へ本格参入。抗生物質分野でのシェアを不動のものとする。
現在は取り扱う医薬品の90%が治療用の製薬が占めており、主力は、高脂血症治療薬・抗生物質・癌性の疼痛治療薬である。かつては医薬品業界における同社のイメージと言えば、「抗生物質(抗菌剤)」と「強力な営業部隊」で知られ、かつて、抗生物質全盛の時代には、快進撃を続けていた医薬品メーカーであった(規模の点では、昔から武田薬品工業[2]の方が大きかったが、武田は幅広い分野に満遍なく製品を揃えるという全方位的なメーカーであると言う大きな違いがある)。しかし近年、耐性菌の問題が取り沙汰され、抗生物質自体の売れ行きが鈍くなると共に、抗生物質に大きく依存していたため、一時急激な減益で先行きが危ぶまれたが、高脂血薬のクレストール開発販売が成功した、2010年以降急速に業績を回復しつつある。
同社を語るにおいて、抗生物質と共に欠かせないのが強力な営業部隊の存在であった。シオノギのプロパーと言えば、往事医者の為に限界まで尽くすことで知られた最強の営業部隊として知られた(営業職の給料も関西の医薬品メーカーの中では、一頭地を抜いていたとされる)。しかし近年の公務員倫理規制の強まりや、若い医者の志向変化といった時代の波の中で、シオノギ流の営業戦術の効果にも限界が出てきており、現在は大手医薬品メーカーの中ではあまり目立たない業績に甘んじている。
創業が薬種問屋を発端としていることもあり、多数の企業の製品の総代理店であることでも知られ、戦前には大日本臓器研究所(現・日本臓器製薬)が製造していた増血薬「マスチゲン」を取り扱ったり、またドイツ・バイエル社の代表的薬品として知られるアスピリンのライセンスを得て、「シオノアスピリン錠」として、国内で製造販売するなどしていたことがある。他にもアメリカのシェリング・プラウ(現メルク)社と提携関係にあり、日本法人が設立されるまで同社製品の販売を総代理店として手がけ、現在でも同社からの導出製品の発売および共同販売をしているものも多い。
[編集] 沿革
- 1878年3月17日 - 大阪・道修町にて和漢薬問屋「塩野義三郎商店」として創業される
- 1886年 - 洋薬問屋へ移行
- 1910年 - 大阪市福島区鷺洲に工場(現・中央研究所)を竣工
- 1919年6月5日 - 塩野義三郎商店と塩野製作所を合併し、株式会社 塩野義商店として法人化
- 1922年 - 兵庫県尼崎市杭瀬に工場を竣工
- 1944年 - 大阪府豊中市に神崎川工場(現・新薬研究所)を竣工
- 1943年 - 現社名に社名変更
- 1945年 - 塩野義化学工業株式会社を合併、当社の赤穂工場となる
- 1949年 - 東京証券取引所並びに大阪証券取引所へ株式上場
- 1963年 - 動物薬品部・植物薬品部を設置
- 1964年8月31日 - 1社提供番組『ミュージックフェア』放送開始
- 1968年 - 大阪府摂津市に物流センターを備えた摂津工場を竣工
- 1983年 - 岩手県胆沢郡に金ヶ崎工場を竣工
- 1998年7月1日 - 卸子会社11社を合併・再編し、オオモリ薬品株式会社となる。
- 1998年8月3日 - 医薬品の製造受託を行う完全子会社武州製薬株式会社を設立(同社はノバルティス・ファーマ埼玉工場の土地・建物・設備を取得し、1999年1月に営業開始)。
- 2001年 - アメリカに子会社、シオノギUSAを設立
- 2001年10月1日 - 植物薬品事業をアベンティス クロップサイエンス シオノギ株式会社(現・バイエルクロップサイエンス株式会社)へ業務移管
- 2002年4月1日 - 動物薬品事業をベーリンガーインゲルハイム シオノギ ベトメディカ株式会社(現・ベーリンガーインゲルハイム ベトメディカ ジャパン株式会社)へ、臨床検査部門を株式会社シオノギバイオメディカルラボラトリーズへそれぞれ業務移管
- 2002年10月1日 - 子会社のオオモリ薬品株式会社が株式会社スズケンとの統合(吸収合併)により解散
- 2003年4月1日 - 不動産関連、資産管理等を行っていた子会社6社を吸収合併
- 2003年10月1日 - 工業薬品事業をDSL.ジャパン株式会社へ移管
- 2004年4月1日 - 植物薬品・動物薬品の製造事業をハヤシアグロサイエンス株式会社へ譲渡
- 2007年6月29日 - 株式会社シオノギバイオメディカルラボラトリーズの当社保有株式を株式会社エスアールエルへ売却(同社は同年8月1日に株式会社エスアールエル関西に商号変更)
- 2008年4月1日 - 創業家以外で初めての代表取締役社長(プロパー社長)が誕生
- 2008年8月1日 - アメリカの大手製薬会社、サイエル・ファーマを買収
- 2010年3月31日 - 子会社の武州製薬株式会社を投資ファンド(東京海上グループ系)へ売却
- 2010年7月1日 - 米国事業を統括するShionogi inc.を設立
- 2010年11月1日 - 日亜薬品工業株式会社(日亜化学工業との共同出資により設立)を完全子会社化、同社はシオノギファーマケミカル株式会社に商号変更
- 2011年1月25日 - 2010年11月25日以降に出荷した販売商品のベリックスAプラスとベリックスBEプラスに、別の医薬品が混入した疑いがあるとして自主回収を発表[3]。
[編集] スポンサー活動
[編集] ミュージックフェア
1964年の放送開始からフジテレビ系列の一部で、今日まで放送されている音楽番組『ミュージックフェア』(2001年4月7日から2008年9月27日までは『ミュージックフェア21』)のスポンサーを40年以上にわたって継続している。2011年における上記のトラブルであっても通常通り行ったが、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響から2011年3月19日放送分のみスポンサー自粛を行い、ACジャパンのCMで穴埋めをすることとなった。
長きにわたって、企業CM中心で放送しており、1970年代からは、声優でナレーターの野田圭一 を起用し(2代目は仲村秀生)「シオノギはあなたの健康に奉仕するため 今日もたゆみない努力をつづけています」[4]との語り口(TVの画面上には、上記文章の読み上げに合わせて順次表示されていく)で銘打ち、総合ビタミン剤のポポンS、総合感冒薬(カプセル剤)のパイロンカプセル(現在はパイロンMX。なお、風邪が比較的少ない冬以外の季節は放送がなかったこともある)、解熱鎮痛剤のセデスA錠(現在は新セデス錠)の3つをセットとして、薬店で手に入る市販薬(OTC医薬品)の宣伝をミニ・インフォマーシャル形式でオンエアし、その後に、ブルーバックに白文字で「あなたの健康に医薬品が正確に役立つため 説明書を十分ご理解の上 おのみ下さい」との表示がされ、それが読み上げられるというパターンであった(ナレーションは宮崎総子(初代)、北浜晴子(2代目)が担当)。本編終了後のエンディングでは、シオノギの社章である分銅マークについての説明を述べるCM、という構成になっていた。
1970年代当時、日本のテレビ業界では、まだCMにおけるBGMの必要性を認識していた人物が少なかったことや、映像機材が高価であったことに加え、宣伝にも多額の費用がかかる時代だったこともあり、この番組でのシオノギの提供クレジットの読み上げや、CMは全て無音映像ならびに、スチル画像の連続による映像の構成、野田圭一と宮崎総子の2名によるナレーションのみで放送されていた。このため、同番組の本CMに対し、気味の悪さを感じる視聴者が数多くいたという。
番組内で流れるCMは、1984年の放送から、現在の放送まで一般的なCM放映に変更されたが、1997年3月までの番組開始ならびに番組終了の際の提供クレジットの読み上げは、2001年4月に「ミュージックフェア21」として土曜18時枠へ移動するまで、依然として無音ならびに固定画面映像という状況が続いた。
更に2009年10月以降、番組終了の際の提供クレジットの読み上げは、地上アナログ放送がセミレターボックスでの放送に移行後も、依然として歌手やシンガーソングライターやアーティストなどの人たちがスタジオで歌っている固定画面映像、という状況が今も続いている。
なお、2001年の『ミュージックフェア21』のスタートと同時に、同社のローマ字表記であるSHIONOGIから「SONG(ソング)」を取り上げた、歌とクスリをテーマにした「SONG For You(ソング・フォー・ユー)」という企業CMを放送中である(初代は三原徹司、現在は磯部弘がナレーションを担当している)。現在はこれに加え、「SONG For You」のキャッチフレーズが、個々の製品CMにも使用されている。
当番組の出演では、同業他社のCM出演中の歌手は原則出演していないが、同業他社契約中であっても当社が製造販売されていない歌手の出演は可能となっている。また、現在の司会者であるホンジャマカの恵俊彰の場合は、相方の石塚英彦が同業他社(第一三共ヘルスケア)の一般用胃腸薬のCMに出演しているものの、グループではなく個人で扱っている関係上、恵が出演していないため問題はないとしている。
前述の『ミュージックフェア』のスポンサーを長年にわたって担当していることもあり、フジテレビとの関係[5]は非常に密接で、『ミュージックフェア』以外にも、現在も提供している『FNSの日』や、過去には『笑っていいとも!』や『クイズ!ヘキサゴン』などのスポンサーを担当したこともあった。
[編集] モータースポーツ
1992年~1994年までF1のチーム・ロータスのスポンサーとなり、1995年からは全日本F3000(翌年よりフォーミュラ・ニッポンに移行)のノバエンジニアリングのメインスポンサーを務め、「SHIONOGI TEAM NOVA」として1999年まで参戦している。
マシンには“SHIONOGI”のロゴが貼られていたが、“新ポポンS”という日本語のロゴを貼ることもあった。また、その当時の「ポポンS」のテレビCMにマシンの走行シーンを使用している。当時チーム・ロータスのドライバーだったミカ・ハッキネン、ジョニー・ハーバートがCMの走行シーンに登場している。
[編集] その他
同社が本社を置く大阪のFM局として知られる、FM802で土曜朝6時から12時まで放送されている『SATURDAY AMUSIC ISLANDS』で午前8時から9時半までのパート、「SHINOGI SOUND FREEWAY」のスポンサーを担当していた(1990年代から2005年頃まで)。もともとFM802は関西のテレビ局、毎日放送が主要株主であることもあり(同社は関西の放送局の中では、毎日放送との関係が密接で、平日昼の時間にはCMが多数放送されている)、その経緯でスポンサーを担当していた。
合わせて過去には、毎日放送制作のTBS系列全国ネット番組『すてきな出逢い いい朝8時』、1999年までの『毎日甲子園ボウル』(全国ネットでの放送は2007年まで続いた)のスポンサーを担当した事もあった。
他に、毎年年末にTBS系列で放送される『輝く!日本レコード大賞』のスポンサーになった事もあった。
[編集] 主な商品
[編集] 医療用医薬品
- クレストール:スタチン系高脂血症治療薬(シオノギ創製アストラゼネカ株式会社と併売)
- ランデル:カルシウム拮抗剤、高血圧治療薬
- ロンゲス:ACE阻害薬、高血圧治療薬
- フロモックス(一般名 塩酸セフカペンピポキシル):セフェム系抗生物質
- クラリチン(一般名 ロラタジン):抗アレルギー剤(→MSD株式会社と併売)
- コランチル:胃炎・消化性潰瘍治療薬
- ケフラール(一般名 セファクロル):抗生物質
- PL顆粒:総合風邪薬 ※「PL」は一般用医薬品(以下参照)の「PyLon」から。
- リンデロン(一般名 ベタメタゾン):ステロイド剤(メルクからの導入品)
- ベンザリン(一般名 ニトラゼパム):睡眠導入剤
- ヒルナミン→睡眠導入剤
- ディフェリンゲル0.1%(一般名アダパレン):痊瘡治療薬
- ラピアクタ(一般名 ペラミビル):抗インフルエンザウイルス剤、既存のタミフル・リレンザのように経口での摂取が難しい患者を考慮し、点滴剤となっている。本邦での上市が国際誕生となった。
- SG配合顆粒→解熱鎮痛薬
- オキシコンチン、オキノーム:オピオイド系鎮痛剤
- プレドニン(一般名 プレドニゾロン):ステロイド剤 (合成副腎皮質ホルモン剤)
[編集] 一般用医薬品(OTC医薬品)他
- ポポン
- ポポンS【指定医薬部外品】 - 総合ビタミン剤
- ポポンCホワイト【第3類医薬品】 - L-システインを配合したビタミンC主薬製剤。しみ、そばかす、日焼けによる色素沈着の緩和に。
- ポポンBフレッシュ【第3類医薬品】 - ビタミンB1主薬製剤。疲れたときのビタミンB1補給や肩こりに。
- ポポンピュメリ錠VA【指定第2類医薬品】- 2011年1月発売。パソコン作業をする人の多くが悩んでいる目の乾燥感に対し、角膜表面のムチン層(粘液層)の形成を助けるビタミンAを主薬製剤。ジセチアミン塩酸塩水和物(ビタミンB1誘導体)も配合。(製造販売元:ダイト)。
- ポポンピュメリ錠VB【第3類医薬品】 - 2010年3月発売。PC作業などによる眼精疲労・肩こりに。ジセチアミン塩酸塩水和物(ビタミンB1誘導体)やコハク酸d-α-トコフェロール(天然型ビタミンE)など5種類のビタミンを配合。
- ポポンピュメリ目薬M【第3類医薬品】- 2011年1月発売。パソコン作業による目のかわき(ドライアイ)をやさしいさし心地で潤す涙液型目薬(眼科用薬)。添加物としてヒマシ油も配合(製造販売元:テイカ製薬)。
- ポポンピュメリ目薬R【第3類医薬品】 - 2010年3月発売。PC作業などによる目の疲れ・充血に。シアノコバラミン(ビタミンB12)、ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)配合(製造販売元:テイカ製薬)。
- ポポンVL整腸薬【第3類医薬品】- 2011年12月発売。ビフィズス菌・ガッセリ菌・アシドフィルス菌にビタミンB2・B6・Cを配合したチュアブル(水なしで服用する)タイプの整腸薬(製造販売元:日東薬品工業)。
- シナール - ビタミンC主薬製剤。しみ、そばかす、日焼けによる色素沈着の緩和に。
- シナールA細粒【第3類医薬品】 - ビタミンCとその働きを助けるビタミンB2を含む細粒剤。4包で2,000mgのビタミンCを補給できる。
- シナールAカプセル【第3類医薬品】 - ビタミンCとその働きを助けるビタミンB2を含むカプセル剤。4カプセルで2,000mgのビタミンCを補給できる。糖・ナトリウム無添加。
- シナールS錠【第3類医薬品】 - ビタミンCとその働きを助けるビタミンB2、ビタミンEを含む錠剤。
- シナールLホワイト錠【第3類医薬品】 - 2011年9月発売。ビタミンC1,000mgに、L-システインとパントテン酸カルシウムを配合したビタミンC主薬製剤(製造販売元:大峰堂薬品工業)。
- プロビキューレ - 2010年7月発売。発売当初は改正薬事法で第3類医薬品のみに認められているインターネット限定販売製品だったが、2011年5月末から店頭販売を開始した。
- べクス【第3類医薬品】- 天然ビタミンE・ビタミンC主薬製剤。手足の冷え・肩こり・シミの緩和に。「べクスカプセル」と「べクスEC細粒」がある。
- べリックスAプラス【第3類医薬品】- ビタミンB1誘導体(ジセチアミン塩酸塩水和物)を主成分に、神経・筋肉の円滑な働きに必要なビタミンB2・ビタミンB6・ビタミンB12と末梢の血行を高める天然型ビタミンE(コハク酸d-α-トコフェロール)を配合したビタミンB1主薬製剤。肩こり・眼精疲労・腰痛の緩和に。
- キュアモリ【指定医薬部外品】 - 2011年10月発売。ビタミンB2・ビタミンB6、ローヤルゼリー、タウリン、ヨクイニン、カルシウムなど9種類の有効成分を配合した女性向けのミニドリンク剤。
- ローカスタ【第3類医薬品】 - 2009年12月発売。パンテチン・ソイステロール・天然型ビタミンEを配合した血清高コレステロール改善薬(製造販売元:明治製薬)。
- セデス - 解熱鎮痛薬
- パイロン - 総合かぜ薬・鼻炎用内服薬
- シオノギS胃腸薬顆粒【第2類医薬品】 - 健胃生薬・消化酵素剤・利胆剤・制酸剤・胃粘膜修復剤などを配合した総合胃腸薬。
- コランチルA顆粒【第2類医薬品】 - 胃腸鎮痛鎮痙剤。
- シオノギD軟膏【指定第2類医薬品】 - デキサメタゾン酢酸エステルを配合した外皮用薬。
- シオノギPV軟膏【指定第2類医薬品】 - 2010年8月発売。アンテドラッグステロイド成分プレドニゾロン吉草酸エステル酢酸エステルを配合した皮膚保護作用が高い軟膏タイプ(製造販売元:新生薬品)。
- シオノギPVクリーム【指定第2類医薬品】 - 2010年8月発売。アンテドラッグステロイド成分プレドニゾロン吉草酸エステル酢酸エステルを配合した使い心地の良いクリームタイプ(製造販売元:新生薬品)。
- レスフィーナ細粒「分包」【第2類医薬品】 - 2009年10月発売。寝つきが悪い・イライラ・意力減退に効果的な生薬製剤(製造販売元:日東薬品工業)。
- コレクト
- クッションコレクト【管理医療機器】 - 適度な弾力が4~5日持続するクッションタイプの入れ歯安定剤。
- コレクトソフトA【管理医療機器】 - ソフトな弾力が3~4日持続するクッションタイプの入れ歯安定剤。取替えも容易。
- タッチコレクトII【管理医療機器】 - 携帯に便利なテープ状・のりタイプの入れ歯安定剤。
- コレクトクリーム【管理医療機器】 - 薄くのびてピッタリフィットするクリーム状・のりタイプの入れ歯安定剤。
- さわやかコレクト - 抗菌成分を配合した入れ歯洗浄剤。総入れ歯・部分入れ歯兼用。
[編集] CM出演者
- 現在
- 明石家さんま(セデスファースト)
- 藤村俊二(がんの痛み)
- 柳原可奈子(ニキビは皮フ科へシリーズ) - 30秒バージョンはアニメーション付き。このバージョンは「ミュージックフェア」限定であるため、オチは「また来週、ピンポ~ン」で締める。
- 過去
- 黒柳徹子(パイロン)
- 十朱幸代(パイロンAM)
- 浅野ゆう子(同上)
- 松本典子(セデスA)
- 荻野目洋子(新セデス)
- 和久井映見(新セデス)
- 石黒賢(同上)
- ヴァネッサ・ウィリアムス(セデス・ハイ)
- 瀬戸朝香(セデスシリーズ)
- 鈴木杏樹(セデスシリーズ)
- 辺見えみり(セデスV)
- 原田夏希(セデス・キュア)
- 鹿賀丈史(クッションコレクト)
- 杉良太郎(さわやかコレクト)
- 林寛子(新ポポンS)
- 小林聡美(同上)
- 佐藤弘道(同上)
[編集] 製造・研究拠点
[編集] 研究所
- 中央研究所(大阪市福島区)
- かつては、工場だった。
- 新薬研究所(大阪府豊中市)
- かつては神崎川工場だったが、摂津工場開設後は、研究所に建て替えた。
- 医科学研究所(大阪府摂津市)
- 油日ラボラトリーズ(滋賀県甲賀市)
- 医療用医薬品の合成・探索・薬効評価を中心とした創薬研究、ならびに実験用動物の育成を行う。
[編集] 工場・事業所
- 杭瀬事業所(兵庫県尼崎市)
- かつては医薬品製造の拠点だったが、新薬開発や治験薬製造を中心とした医薬品開発拠点へと転換を図っている。
- 摂津工場(大阪府摂津市)
- バイアル注射剤をはじめ、シオノギ主力製品の製剤や小分包装などを行う。
- 金ケ崎工場(岩手県胆沢郡金ケ崎町)
- 自社開発の抗生物質の原末から製剤・包装までの一貫製造と、開発された抗生物質の新薬のパイロット製造を行う。
[編集] 関連項目
- 医薬品
- 医薬品卸
- 薬品
- 日本の企業一覧 (医薬品)
- サンスター - 同社製歯磨き粉の販売を受託していた。商品名「サンスターシオノギ」。ペンギン印で有名。
- パンテーン - 現在はP&Gが販売しているヘアケア製品(女性用シャンプー・コンディショナー(リンス)製品)。元はロシュ社の製品で日本での独占販売権を所有していた。
[編集] 脚注
- ^ 当時はまだ家庭用洋薬そのものが少なかったため、新しく販売されたものも多く、これらの薬の中には「シオノ新薬」という表記のものも多数存在していた。
- ^ シオノギは1927年(昭和2年)に消炎・鎮痛用の薬を患部に塗って治療する、いわゆる現在の巴布剤を「エキシカ」と名付けて売り出し、これが大いに売れると、一方のタケダも同年同種の巴布剤を「ホスビン」と名付けて売り出すようになり、両社の間で苛烈な競争が起こると共に、激しい消耗戦に発展した。その後しばらくして、巴布剤の売れ行きも落ち着くと、両社が本社を置く道修町で肝油事業をおこなっていた伊藤千太郎商会(現・ワカサ)の創業者、伊藤千太郎の手により、1929年(昭和4年)に協定が結ばれ、両者のそれぞれの製品名をとって「エキホス」という名で販売されることになり、両社の出資により設立された二巴合名会社を通じて、製造されることになった、という事例がある。
- ^ 2011年1月26日付朝日新聞朝刊37面
- ^ この他に、「シオノギはあなたの健康に奉仕するため益々よい薬をつくることを願って日々努力をつづけています」や、「シオノギは今年もあなたの健康に奉仕するため 覚悟をあらたにしています」というパターンなども存在した。
- ^ フジテレビでは『ミュージックフェア』の他に、1963年から1967年頃まで放送されていた『シオノギテレビ劇場』でもスポンサーを担当している。