インスリン

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インスリンの分子構造

インスリンインシュリン、insulin)は、膵臓に存在するランゲルハンス島(膵島)のβ細胞から分泌されるペプチドホルモンの一種。名前はラテン語の insula (島)に由来する。21アミノ酸残基のA鎖と、30アミノ酸残基のB鎖が2つのジスルフィド結合を介してつながったもの。C-ペプチドは、インスリン生成の際、プロインスリンから切り放された部分を指す。

生理作用としては、主として血糖を抑制する作用を有する。骨格筋におけるグルコースアミノ酸カリウムの取り込み促進とタンパク質合成の促進、肝臓における糖新生の抑制、グリコーゲンの合成促進・分解抑制、脂肪組織における糖の取り込みと利用促進、脂肪の合成促進・分解抑制などの作用により血糖を抑制し、グリコーゲンや脂肪などの各種貯蔵物質の新生を促進する。腎尿細管におけるNa再吸収促進作用もある。炭水化物を摂取すると小腸でグルコースに分解され、大量のグルコースが体内に吸収される。体内でのグルコースは、エネルギー源として重要である反面、高濃度のグルコースはそのアルデヒド基の反応性の高さのため生体内のタンパク質と反応して糖化反応を起こし、生体に有害な作用(糖尿病性神経障害糖尿病性網膜症糖尿病性腎症の微小血管障害)をもたらすため、インスリンの分泌によりその濃度(血糖)が常に一定範囲に保たれている。

インスリンは血糖値の恒常性維持に重要なホルモンである。血糖値を低下させるため、糖尿病の治療にも用いられている。逆にインスリンの分泌は血糖値の上昇に依存する。

従前は「インシュリン」という表記が医学や生物学などの専門分野でも正式なものとして採用されていたが、2006年現在はこれらの専門分野においては「インスリン」という表記が用いられている。一般にはインスリンとインシュリンの両方の表記がともに頻用されている。

物性[編集]

構造[編集]

インスリンはアミノ酸からなるペプチドで、A鎖とB鎖の二量体という構造を有している。 プロセッシングされる前のプリプロプロテインは、ロイシン(18%)、グリシン(11%)、アラニン(9%)で38%とその4割近くを占める。 これはプロセッシング後に4つに切断され、そのうちの2つがA鎖とB鎖として切りだされ二量体を構成する。

A鎖: GIVEQCCTSICSLYQLENYCN
B鎖: FVNQHLCGSHLVEALYLVCGERGFFYTPKT

二量体のアミノ酸比率は、システイン(12%)とロイシン(12%)がもっとも多く合計で1/4を占める。

生化学[編集]

インスリンの作用機序[編集]

  • インスリンは細胞膜にあるインスリン受容体に結合する。
  • インスリン受容体は、インスリンが結合するとチロシンキナーゼとして活性化し、細胞質内のIRS-1(Insulin Receptor Substrate-1)がリン酸化される。
  • IRS-1→PI3キナーゼ(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)→PKB(プロテインキナーゼB)と信号が伝達され、細胞質のGLUT-4(GLUcose Transporter-4)が細胞表面へ浮上する。
  • GLUT-4はグルコースカリウムとともに血中から細胞内へ取り込む。例えばGLUT-4が多く存在する脂肪細胞に取り込まれたグルコースは細胞中で中性脂肪へ変換、蓄積される。
  • インスリンにより交感神経系が刺激され、Na+/H+交換輸送体機能が亢進し、尿細管でのNa+再吸収が増加して、体内のNa+量と水分量が増加して、高血圧浮腫をきたす。
  • インスリンは腎の近位尿細管細胞にあるNa+依存性モノカルボン酸トランスポーター(SMCT1)に作用し、Na+の再吸収を亢進させる。[1]

インスリンの生化学振動[編集]

膵臓から放出されるインスリンの濃度はおおよそ3~6分の周期で振動している[2]
(en:Insulin oscillation参照)

食事後の1~2時間ほどの消化の間、膵臓からのインスリンの放出は血中濃度が一定となるようには放出されてはおらず、3~6分の周期で血中インスリン濃度をおおよそ100 ピコモル/Lから800 ピコモル/L以上へと変動するように放出されている。 これは細胞にあるインスリン受容体の(インスリンに対する感応度や細胞表面の受容体の数そのものを減少させる)脱感作()を避け、インスリンの主要標的である肝臓の細胞に対してインスリンが十分に作用を果たせるようにするためではないかと考えられている。[2] インスリン受容体の脱感作はインスリン抵抗性とも関連があると見られることから、 インスリン療法の管理においては、このインスリン振動すなわち一定濃度ではなく理想的には血中濃度が周期的に変動するような投与についてその有効性を検討する必要があり、将来のインスリンポンプはこの点について考慮されることが望まれる。

歴史[編集]

結晶したインスリン(NASA撮影)

1869年にドイツベルリンの医学生パウル・ランゲルハンス (Paul Langerhans) は、顕微鏡で見た膵臓の構造を研究していた。後にランゲルハンス島として知られる「小さな枠の集合体」は当時まだ知られていなかったが、エドワール・ラゲス (Edouard Laguesse) は、それらが消化に関わる大きな役割を果たすものであり得ると主張した。

1889年、リトアニア出身のドイツの内科医オスカル・ミンコフスキ (Oskar Minkowski) とヨーゼフ・フォン・メーリング (Joseph von Mehring) は健康な犬の膵臓を取り除く研究を行った。実験が始まって数日後、ミンコフスキーはハエがいつもこの犬の尿に群がっていることに気付いた。尿を調べてみると、糖分が含まれており、ここで初めて膵臓糖尿病との関係が実証された。

1901年、アメリカの病理学者ユージン・オピー(Eugene Opie)によりランゲルハンス島と糖尿病との関連が明らかにされたとき、この研究は新たな段階を迎えた。つまり、糖尿病はランゲルハンス島の部分的あるいは全体的な破壊によって引き起こされるということがわかったのである。しかしながら、ランゲルハンス島が果たす特定の役割については、ここではまだよくわかっていなかった。

1. Preproinsulin (Leader, B chain, C chain, A chain); proinsulin consists of BCA, without L
2. Spontaneous folding
3. A and B chains linked by sulphide bonds
4. Leader and C chain are cut off
5. Insulin molecule remains

それから20年、これに連なる数々の研究が科学者の間で行われた。1921年には、カナダの整形外科医フレデリック・バンティング(Frederick Banting)と医学生チャールズ・ベスト(Charles Best)が研究室でインスリンの抽出に成功した。

1922年1月11日、当時14歳であった1型糖尿病患者に世界で初めてインスリンの投与が行われたが、これは、精製方法が未熟であったこともあり、患者にひどいアレルギー反応がでたため中断された。バートラム・コリップは、それから12日間投与量などの改善に日夜努力し、23日に再び投与が行われた。 今度は副作用を引き起こすこともなく、糖尿病の症状を取り除くことにも成功した。しかしながら、バンティングとベストはコリップを一種の闖入者と見なしたようで不和を生じたため、その後すぐにコリップは去って行った。

1922年の春が過ぎ、ベストは大量の需要にも応えられるように抽出技術を工夫したが、精製は未熟であった。1921年の発表の直後、イーライリリー社から、彼らは支援の申し出を受けており、4月にこの申し出を受けた。11月にリリー社は技術の革新に成功し、非常に純粋なインスリンの生産に成功した。このインスリンは、アイレチンという名ですぐ市場に出された。

1933年には、ポーランドの精神医学者マンフレート・ザーケルにより、インスリンを大量投与することにより低血糖ショックを人為的に起こさせて精神病患者を治療するというインスリンショック療法(Insulin shock therapy)が考案されたが、死亡例が多く、その後電気けいれん療法、薬物療法(クロルプロマジンに代表される抗精神病薬)などが登場したため1950年代には廃れた。

ノーベル賞[編集]

インスリンについては五人が、ノーベル賞を受賞している。インスリンを発見したバンティングとマクラウドが1923年に賞を受賞。その後も、1958年にタンパク質の中で世界で初めてインスリンのアミノ酸構造を解明したフレデリック・サンガー (Frederick Sanger) が、1964年にドロシー・ホジキン (Dorothy Crowfoot Hodgkin)が、1977年にはロサリン・ヤロー(Rosalyn Sussman Yalow)がラジオイムノアッセイをインスリンで開発した事で、それぞれノーベル賞を受賞している。

製剤の種類[編集]

インスリンペン型注入器

1921年にインスリンの分離に成功。1型糖尿病における薬物療法として、現在のところ唯一の治療法である。インスリンはタンパク質であるため、消化管内で速やかに分解されるため経口投与不可能である。そのため皮下注射によって投与することが多い。インスリン製剤は、作用発現時間、作用持続時間、原料となる動物種(牛、豚、人)によって分類されている。組み換えDNA技術によってヒト型インスリンが開発されてからはヒト型を用いるのが一般的である。ヒト型インスリン は大腸菌や酵母菌にヒトインスリン遺伝子を導入しインスリンを生産している。


作用時間による製剤の分類[編集]

インスリン製剤は作用発現時間や作用持続時間によって超速効型、速効型、中間型、混合型、持効型溶解溶解に分類される。持続型 (ultralente, U)というものも存在するが、近年ではあまり用いられない。インスリン製剤はカートリッジ製剤、キット製剤、バイアル製剤があるが、ここでは簡単のためバイアル製剤を用いて説明する。

超速効型インスリン製剤
一般名 商品名 発現時間(min) 最大作用時間(Hr) 持続時間(Hr)
インスリンアスパルト ノボラピッド® 10~20 1~3 3~5
インスリンリスプロ ヒューマログ® ~15 0.5~1.5 3~5
インスリングルリジン アピドラ® ~15 0.5~1.5 3~5
皮下注射後の作用発現が15分以内と非常に早く、最大作用時間が2時間と短いのが特徴である。インスリンの追加分泌の補充にきわめて適している。速効型インスリンでは食前30分に皮下注射する必要があったが、30分後に食事を確実に取るというのは日常生活の中では難しかった。超速効型インスリン製剤では15分で作用が発現するので、食事を取る直前にインスリン製剤を打てばよい、という点で非常に扱いやすくなった。推奨された使用法ではないが、体調が悪くて十分食事を取れそうにないとき、食事後に通常量の半量摂取できたと思えばインスリンも半量食後に投与する、といった方法も可能である。
作用時間が短いため、各食前1日3回の投与では食前に高血糖となる可能性があり、中間型インスリンを朝と夕に投与したり、持効型溶解を朝または就寝前に投与することが多い。
速効型インスリンは六量体形成となって凝集する傾向があり、六量体から単量体への分離が吸収の過程で律速段階となっていた。超速効型インスリンは、新しい遺伝子組換え技術を利用して、アミノ酸配列を変更し、六量体形成を起こしにくくしたインスリンアナログである。
Insulin Lisproインスリン・リスプロ(ヒューマログ)、Insulin Aspartインスリン・アスパルト(ノボラピッド、Aspと記載])、Insulin Glulisineインスリン・グルリジン(アピドラ)がよく知られている。臨床的特徴としては、両者にはほとんど差がない。


速効型インスリン製剤
商品名 発現時間(min) 最大作用時間(Hr) 持続時間(Hr)
ノボリンR® 30 1~3 8
ヒューマリンR® 30~60 1~3 5~7
レギュラーインスリン、またはRといわれ、構造的に内因性インスリンと同一であるが、安定性のために亜鉛イオンが付加されている。六量体形成傾向により内因性インスリンと比べ作用発現が遅くなっている。皮下注射のほかに筋肉注射や静脈内注射が可能である。
食前30分の投与によって、食事による血糖値の上昇を抑える。
混合型インスリン製剤
商品名 発現時間(Hr) 最大作用時間(Hr) 持続時間(Hr)
ノボリン30R® 0.5 2~8 24
ヒューマリン3/7® 0.5~1 2~12 18~24
速効型と中間型を10%から50%の割合で混ぜた混合型インスリンがよく使われている。
中間型インスリン製剤
商品名 発現時間(Hr) 最大作用時間(Hr) 持続時間(Hr)
ノボリンN® 1.5 4~12 24
ヒューマリンN® 1~3 8~10 18~24
neutral protamine hagedorn, NPH, Nと称される。硫酸プロタミンを付加することでインスリンの吸収時間を延長した製剤である。
インスリンの基礎分泌の補充としては以前は主流であった。が、後述の持効型に比べると、思わぬ時間帯に効果のピークが出現し、低血糖を起こす頻度が多いため、基礎インスリンとしては主役を明け渡しつつある。
持効型溶解インスリン製剤
インスリン・グラルギン(ランタス®)、インスリン・デテミル(レベミル®)、インスリン・デグルデク(トレシーバ®)が知られている。インスリン基礎分泌の補充によく用いられる。ランタス®とトレシーバ®は血中濃度がピークなしに24時間持続するため一日1回の皮下注射で用いられる。

投与方法[編集]

インスリン注入には2通りの方法がある。日本ではペン型注射器を使用するのが一般的である。しかし、例えばアメリカでは日本に比べてインスリンポンプの普及が遥かに進んでいる。ファイザー社が発売した吸入インスリンは2007年秋、市場規模が少ない事から発売休止になっている。

  • ペン型注射器
インスリンのペン型注射器

ペン型注射器を用いて、1日数回の皮下注射によってインスリン注入を行う。

  • インスリンポンプ

コンピューター制御で自動的にインスリンを注入する機械で、膵臓に似せたインスリンの注入スケジュール・プログラムを入力できるものである。これによる治療をインスリン持続皮下注療法という。インスリンポンプを使うと、針は刺しっぱなしでよく、針の刺し換えは 3日に1回程度で済む。短所としては、生体の膵臓は体調に合わせてインスリンを分泌するが、インスリンポンプはプログラムに合わせて人間の生活を管理しなければならないということ、また器械が故障すると糖尿病性ケトアシドーシスなどの事故も起こりうるので、患者はペン型注射器を予備として常備しておく必要があることである(参考:2007年現在、アメリカの某会社のインスリンポンプは血糖値を測定しつつリアルタイムにコンピューター処理し、現在の適正なインスリン注入量を投与する技術レベルにまで達している。ただ、日本では厚生労働省の認可に時間がかかるため、最新機種よりも常に2~3世代古いインスリンポンプの輸入販売が行われ続けているのが現状である)。

  • 吸入型インスリン(2006年1月26日にファイザー社がFDAの承認を受けたのが初。しかし、ファイザーは市場規模が少ない事から2007年10月に吸入インスリンのエクスベラの発売停止を発表した。ノボ社は2008年1月14日、イーライリリー社も2008年3月7日、開発取りやめを発表、同じく安全性よりも市場の動向を配慮した。)

インスリン療法[編集]

インスリンを用いた血糖管理、糖尿病の治療をインスリン療法という。インスリン療法としては強化インスリン療法とその他の治療法に分けられる。まずはインスリンの適応があるかどうかを判断する。

インスリンの適応[編集]

インスリン療法の絶対的適応
インスリン依存状態であるとき
糖尿病性昏睡(糖尿病性ケトアシドーシス、高浸透圧高血糖症候群、乳酸アシドーシス)であるとき
重症の肝障害、腎障害を合併する時
重症感染症、外傷、中等度以上の外科手術(全身麻酔施行例など)のとき
糖尿病合併妊娠(妊娠糖尿病で食事療法だけでは良好な血糖コントロールが得られない場合も含む)
中心静脈栄養時の血糖コントロール
インスリン療法の相対的適応
インスリン非依存状態の例でも著名な高血糖(例えば、空腹時血糖値250mg/dl以上、随時血糖値350mg/dl以上)を認める場合。
経口薬療法では良好な血糖コントロールが得られない場合(SU薬の一次無効、二次無効など)
やせ型で栄養状態が低下している場合
ブドウ糖毒性を積極的に解除する場合

インスリンの適応があると判断したら、患者の状態を把握し、インスリン強化療法を行うのか、それともその他の治療法を行うのかを判断する。インスリン療法の基本は健常者にみられる血中インスリンの変動パターンをインスリン注射によって模倣することである。健常者のインスリン分泌は基礎インスリン分泌と、食事後のブドウ糖やアミノ酸刺激による追加インスリン分泌からなっている。これをもっともよく再現できるのは強化インスリン療法であるが、手技が煩雑であるのがネックである。今後の糖尿病管理も強化インスリン療法を行うのなら、患者教育なども行い導入する価値はあるが、手術や処置で一時的に経口血糖降下薬を用いられないという場合、生活スタイルから強化インスリン療法を行うのが不可能な場合はその他の療法が選択される。

インスリン療法での注意点[編集]

インスリン療法の絶対的適応例では入院による導入が望ましいといわれているが、相対的適応例におけるインスリン療法の開始や経口血糖降下薬からの切り替えの場合は外来で行うことが多い。この際、インスリン量の調節のため外来を頻回にすることで対処することが多い。外来での導入に関しての危険性を評価するには

ケトーシスがないこと。
感染症や悪性腫瘍といった高血糖の原因となる他の疾患が存在しないこと
網膜症(特に福田分類でBとなるもの)、腎機能低下といった進行した糖尿病慢性合併症が存在しないこと。
食事療法、インスリン注射、血糖自己測定といった自己管理能力があること

を確認することが望ましい。これらに該当するようならば糖尿病専門医がいる施設や教育入院を用いないと外来でのコントロールは危険である。

インスリン療法では注意するべきことがいくつかある。インスリンの導入では皮下注射を自分で行えなければならない、血糖自己測定(SMBG)ができなければならない。シックディの対応、低血糖の対応といった問題を克服しなければ自宅では行うことができない。入院中は看護師の管理によって教育が不十分でも管理可能だが、退院前にこれらの教育がなされていなければ大きな事故につながりかねない。

特に気をつけることが低血糖の対応である。低血糖発作は初期ならばブドウ糖を摂取することで改善できる。しかしこのあと、低血糖になったからということで次の投与のインスリンを自己判断でスキップしてしまう場合が多い。低血糖が起こった場合は責任インスリンの調節をし再発予防を行わないと意味がないのでこういったことには十分留意する。

インスリンの調節中、ソモジー効果という現象に出会うことがある。これはインスリン量が過剰であるために、低血糖がおこり、その反動として拮抗ホルモンが分泌され高血糖となることである。早朝に高血糖となることが多い。インスリンの不足と思い増量すると重篤な低血糖発作がおこる。夜中の三時など高血糖発作が起こる前の時間の血糖値を測定すれば判明する。このころに低血糖になっていれば、それはソモジー効果である可能性が高い。

インスリン療法を開始すると膵機能が回復してくることがある。この目安はインスリン必要量の低下によって判断する。この場合はインスリン療法を中止できることもある。

αGIなどの経口血糖降下薬の中にはインスリンと併用できるものもある。SU剤で二次無効となったとき、内服薬を中止せず就寝前にNを投与することで糖毒性が解除されSU薬の効果が再び現れることもある。

 インスリン療法の実際 [編集]

責任インスリン[編集]

即効型又は中間型インスリンを用いるときの考え方であり、同インスリン製剤を用いる上での難しさを物語る考え方である。持効型インスリンに超速効型インスリンを組み合わせて用いる際にはこのようなことを考える必要がない。

朝食前のRは昼食前の血糖を下げる。昼食前のRは夕食前の血糖を下げる。夕食前のRは就寝前の血糖を下げ、就寝前のNは朝食前の血糖を下げると考えると分かりやすい。

強化インスリン療法[編集]

強化インスリン療法とは、インスリンの頻回注射。または持続皮下インスリン注入(CSII)に血糖自己測定(SMBG)を併用し、医師の指示に従い、患者自身がインスリン注射量を決められた範囲で調節しながら、良好な血糖コントロールを目指す方法である。基本的には食事をしている患者では、各食前、就寝前の一日四回血糖を測定し、各食前に速効型インシュリン(R)を就寝前に中間型インシュリン(N)の一日四回を皮下注にて始める。オーソドックスなやり方としては各回3~4単位程度、一日12~16単位から始める。量を調節する場合は2単位程度までの変更にとどめた方が安全である。超速効型インシュリン(Q)や持続型も近年は多く用いられる。

インスリン絶対的適応

初期投与量としては0.5単位/Kg/dayにて開始し、数日の効果判定後0.7~1.2単位/Kg/dayで維持する場合が多い。

体重 単位の計算値 処方例 朝食前R 昼食前R 夕食前R 就寝前N
50Kg 25単位 24単位 6 6 6 6
60Kg 30単位 32単位 8 8 8 8
70Kg 35単位 36単位 9 9 9 9

食前血糖値、空腹時血糖値が140mg/dl以上や食後2時間血糖値が200mg/dl以上の場合は責任インスリンの増量を検討する。食前血糖値が70mg/dl以下であれば責任インスリンの減量を検討する。但し、調節するインスリンの総量は4単位を超えない範囲で行うのが安全である。

インスリン相対的適応

初期投与量としては0.2単位/Kg/dayにて開始し、数日の効果判定後0.3~0.5単位/Kg/dayで維持する場合が多い。

体重 単位の計算値 処方例 朝食前R 昼食前R 夕食前R 就寝前N
50Kg 10単位 11単位 3 3 3 2
60Kg 12単位 12単位 3 3 3 3
70Kg 14単位 16単位 4 4 4 4

食前血糖値、空腹時血糖値が140mg/dl以上や食後2時間血糖値が200mg/dl以上の場合は責任インスリンの増量を検討する。食前血糖値が70mg/dl以下であれば責任インスリンの減量を検討する。但し、調節するインスリンの総量は4単位を超えない範囲で行うのが安全である。

 シックディルール [編集]

糖尿病患者が治療中に発熱、下痢、嘔吐をきたし、または食思不振のため食事ができない状態をシックディという。この場合の対応としては主治医や医療機関に連絡を行い指示を受ける、インスリンを決して自己中断をしない、水分を摂取して十分に脱水を防ぐ、口当たりがよく消化によいものを摂取し絶食にならないようにする、血糖を3~4時間ごとに測定する、可能ならば尿中ケトン体を測定するといったことが原則となる。2型糖尿病で食事が十分に摂取できていれば普段通りにインスリンの投与を行い、食事量が半分ならばインスリンを普段の半分量使用する、殆ど摂取が不可能ならば血糖値に応じてインスリンスライディングスケールで対応するのが一般的である。1型糖尿病の場合は基礎分泌に相当するインスリン量は変更しないのが原則である。入院の適応を考えるべき状況とは高熱が2日以上続く時や、嘔吐や下痢が続く時、脱水や尿量減少が認められるとき、高血糖(350mg/dl以下にならない)や尿中ケトン体陽性が続く時、高血糖に伴う症状(口渇、多飲、多尿、急激な体重減少、意識障害)があるときなどがあげられる。この状態になった場合は糖尿病性昏睡などの治療にのっとって治療を行う。

その他の療法[編集]

基礎インスリン分泌が保たれているような患者では、速効型(または超速効型)インスリンの毎食前3回注射など強化インスリン療法に準じた注射方法がある。また頻回のインスリン注射が困難な患者や強化インスリン療法が適応とならない患者(殆どが相対的適応)では混合型または中間型の一日1回~2回投与という方法もある。具体的にはNを朝食前に一回打ちにしたり、混合型製剤を朝食前、夕食前の2回打ちにし、食後血糖を抑えるためαグルコシターゼ阻害薬を併用した入りするなどがオーソドックスといわれている。このような投与法でもインシュリン量は0.2単位/kgにて開始し、0.5単位/kgまで増量可能である。中間型を2回打ちする場合は朝:夕を2:1または3:2の比率とすることが多い。中間型インスリンが一日10単位以上の場合は一日二回と分けることが多い。

二相性/混合インスリンアナログ一日二回法

初期投与量としては0.2単位/Kg/dayにて開始する。経口薬を併用することが多い。昼食前後の責任インスリンは存在しない。

体重 単位の計算値 処方例 朝食直前 昼食直前 夕食直前 就寝前
50Kg 10単位 10単位 6 0 4 0
60Kg 12単位 12単位 8 0 4 0
70Kg 14単位 14単位 10 0 4 0
持続型溶解インスリンアナログ一日一回法

初期投与量としては0.1単位/Kg/dayにて開始する。経口薬を併用することが多い。食前血糖値で効果判定を行う。

体重 単位の計算値 処方例 朝食前 昼食前 夕食前 就寝前
50Kg 5単位 5単位 0 0 0 5
60Kg 6単位 6単位 0 0 0 6
70Kg 7単位 7単位 0 0 0 7

空腹時血糖80mg/dl以下ならば2単位の減量を検討、空腹時血糖130mg/dl以上ならば2単位の増量を検討する。

ステロイド糖尿病におけるインスリン療法

ステロイドの血糖上昇作用は投与後2~3時間で発現し5~8時間で最大に達する。即ち空腹時血糖は正常であっても午後から夜にかけて高血糖になりやすい。食後血糖が250~300mg/dlに達した場合はインスリン療法を行う場合が多い。なお経口薬でも血糖コントロールは可能である。もともとインスリンを用いている場合はPSL5mgにつきインスリン2~4単位の増量が必要となる場合が多い。インスリンを用いていない糖尿病患者の場合はPSL20mg/dayで12~18単位/day、PSL40mg/dayで26から32単位/dayが最終投与量となる場合が多い。また非糖尿病患者の場合は0.2単位/Kg/dayでインスリン療法を開始する。ステロイドパルス療法では血糖が400mg/dl程度まで急激に上昇するため一時的にスライディングスケールを用いることが多い。下記がよく用いられるスライディングスケールの例である。

血糖値(mg/dl) 処置
<70 50%ブドウ糖20ml静注、またはブドウ糖10g内服
70~150 stay
150~200 R4単位皮下注
200~250 R6単位皮下注
250~300 R8単位皮下注
300~350 R10単位皮下注
350~400 R12単位皮下注

経口血糖降下薬からインスリン療法への移行[編集]

インスリン療法を行う場合は経口血糖降下薬を使用している場合が多い。欧米ではSU薬などを中止せずそのまま継続した方が血糖コントロールが安定し、低血糖のリスクが減るというデータもある。SU薬、αGI、BG薬は保険診療上も併用可能であるがTZD薬や速効型インスリン分泌促進薬は保険診療上併用ができない。SU薬を1錠だけ残し、インスリン導入をしている例が非専門医の場合は多い。

インスリンスライディングスケール[編集]

病棟などではインスリンスライディングスケールという方法をとることがある。これは各食前の血糖値に基づいてその時にうつインスリンを決定するという方法であり、短期間ならば良いが血糖の変動を激しくするので避けたほうが良い。本来は食事摂取できない糖尿病患者の血糖コントロールで用いられたプロトコールである。以下に一例を示す。

血糖値(mg/dl) 処置
<70 50%ブドウ糖20ml静注、またはブドウ糖10g内服
70~150 stay
150~200 R2単位皮下注
200~250 R4単位皮下注
250~300 R6単位皮下注
300~350 R8単位皮下注
350~400 R10単位皮下注

インスリン静注[編集]

食事をしないIVHの患者では高カロリー輸液にRを混ぜることもある。この場合はグルコース10gにつきR1単位から始めて血糖を測定から至適量を決めていく。注意として速効型インスリン以外の静注は禁止である。

CSII[編集]

速効型インスリンまたは超速効型インスリンの皮下持続投与によってインスリンの血中濃度を一定に保ち低血糖や高血糖のリスクを軽減する治療である。大まかの治療目標を以下に纏める。()は緩めの目標である。

時間 血糖値(mg/dl)
食前 80~110(130)
食後2時間 180(200)以下
就寝前 100~140
午前3時 90以上

CSIIでは強化インスリン療法(4回打ち)の時のインスリンの60~80%のインスリン量でコントロールできる場合が多い。基礎注入量と食前ボーラス量を決定する。基礎注入量が全体の40~50%を占め、残りが食前ボーラスとなることが多い。

糖尿病緊急症のときのインスリンの使用[編集]

糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)や非ケトン性高浸透圧性昏睡(HHS)の場合、インスリンを投与することがある。生理食塩水で500~1000ml/hrの輸液を開始し、Rを10単位静注する。以後は0.1単位/kg/hrにて点滴静注する。血糖が250~300mg/dl、HCO3>18、pH>7.3になるまで続ける。インスリン投与にて低カリウム血症となるためカリウムを補充する必要がある。これはインスリンがカリウムを消費することと糖尿病性緊急症の時はアシドーシスがあるためカリウムが高めに測定されるということの二つの理由で説明できる。乳酸アシドーシスの場合も基本的な対応は同様であり、脱水の是正、高血糖を伴う場合は高血糖の是正を行う。

欠乏物質 DKAでの欠乏量 HHSでの欠乏量
総水分 4~6l 4~9l
水分 100ml/Kg 100~200ml/Kg
Na 7~10mEq/Kg 5~13mEq/Kg
Cl 3~5mEq/Kg 5~15mEq/Kg
K 3~5mEq/Kg 4~6mEq/Kg
PO4 5~7mmol/Kg 3~7mmol/Kg
Mg 1~2mEq/Kg 1~2mEq/Kg
Ca 1~2mEq/Kg 1~2mEq/Kg

脚注[編集]

  1. ^ Medical Tribune 2011年1月27日号 別刷
  2. ^ a b Hellman 2007.

参考文献[編集]

  • 病態生理に基づく臨床薬理学 ISBN 4895924610
  • インスリン療法マニュアル第4版 ISBN 9784830613692
  • 糖尿病治療ガイド2008-2009 ISBN 9784830613708
  • 超速効! 糖尿病診療エクスプレス(上巻) ISBN 4903331032
  • 超速効! 糖尿病診療エクスプレス(下巻)ISBN 4903331040
  • Hellman B, Gylfe E, Grapengiesser E, Dansk H, Salehi A (2007). “[Insulin oscillations--clinically important rhythm. Antidiabetics should increase the pulsative component of the insulin release]” (Swedish). Lakartidningen 104 (32–33): 2236–9. PMID 17822201. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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