HOYA

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HOYA株式会社
HOYA Corporation
Hoya.jpg
Hoya corp head office nakaochiai shinjuku.JPG
HOYA本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7741 1961年10月2日上場
本社所在地 日本の旗 日本
161-8525
東京都新宿区中落合二丁目7番5号
設立 1944年昭和19年)8月23日
(株式会社東洋光学硝子製造所)
業種 精密機器
事業内容 エレクトロオプティクス製品、ホトニクス製品、ビジョンケア製品、ヘルスケア製品及びペンタックス製品の製造販売
代表者 鈴木 洋(取締役兼代表執行役CEO)
資本金 62億64百万円
発行済株式総数 4億3501万7020株
売上高 連結:3606億73百万円
単独:2663億46百万円
2012年3月期)
純利益 連結:426億80百万円
単独:266億91百万円
(2012年3月期)
純資産 連結:3848億02百万円
単独:1807億97百万円
(2012年3月31日現在)
総資産 連結:5752億35百万円
単独:3425億04百万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 連結:32,363名 単独:4,454名
(2012年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 7.03%
JPモルガン・チェース・バンク380055 4.94%
ステート ストリート バンク&トラストカンパニー 4.28%
(2012年3月31日現在)
主要子会社 関連会社参照
外部リンク http://www.hoya.co.jp/
特記事項:連結は国際財務報告基準ベースのため、売上高は売上収益、純利益は当期利益、純資産は親会社の所有者に帰属する持分。
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HOYA株式会社(ホーヤ、HOYA Corporation)は、日本の光学機器・ガラスメーカー。みどり会の会員企業である。

概要[編集]

一般にはメガネレンズメーカーとして知られており、社名は発祥の地である東京都保谷市ほうやし、現在の西東京市)に由来する。現在はその地に社屋は無く、本社は新宿区中落合に移転している。

マスクブランクス・半導体製造用フォトマスクなどの半導体部門、HDDプラッタなどのディスク部門、メガネコンタクトレンズなどのアイケア部門、眼科医療用の眼内レンズ、内視鏡などのメディカル部門、光学レンズなどの光学部門、情報システムASPカスタマーソリューションなどのサービス部門、等の事業部門を持つ。眼鏡部門は国内トップクラスであるが、海外のシェアは高くはない。半導体製造用のマスクブランクス、HDD用のガラス基板事業における世界シェアはいずれも70%を超えている。

歴史[編集]

先の大戦中に創業した軍需向けレンズ等の光学ガラス生産が終戦で行き詰まり、戦後は江戸切子職人他の人材を集め高級硝子食器の生産へ参入。GHQ向けの受注を機に、海外向けを含むクリスタルガラス食器・シャンデリア生産へ拡大。その基礎を確立する。

ドッジラインオイルショック等の課題を経て、眼鏡レンズ、さらに半導体マスクコンタクトレンズ、HDDなどの生産へと進出。 多角化戦略の結果、各部門でトップシェアを誇るなど、日本を代表する精密機器ガラス企業となる。

沿革[編集]

  • 1941年11月 - 愛知県出身の山中正一山中茂の兄弟が東京府保谷町(現在の東京都西東京市)で東洋光学硝子製造所を創業。光学ガラス製造に着手。
  • 1944年8月 - 資本金120万円の株式会社に改組。商号を(株)東洋光学硝子製造所に変更。
  • 1945年10月 - クリスタルガラス食器製造開始。
  • 1947年8月 - 商号を(株)保谷クリスタル硝子製造所に変更。
  • 1952年2月 - 光学ガラスBK7製造再開。
  • 1960年11月 - 昭和工場(東京都昭島市、現在の昭島工場)を新設。保谷光学工業(株)、山中光学工業(株)および保谷光学硝子販売(株)を吸収合併し、商号を(株)保谷硝子に変更。
  • 1961年10月 - 東京証券取引所市場第二部へ上場。
  • 1962年
  • 1963年5月 - 武蔵工場(埼玉県入間市)を新設。
  • 1967年4月 - 累進焦点メガネレンズを発売。
  • 1972年12月 - ソフトコンタクトレンズ製造開始。
  • 1973年2月 - 東京証券取引所および名古屋証券取引所の市場第一部へ指定替え。
  • 1974年1月 - 長坂工場(山梨県長坂町)を新設し、ICマスクサブストレート製造開始。HOYAオンラインシステム(メガネレンズの受発注)を発表。
  • 1976年 世界初、高品質クリスタルガラス量産に成功する。
  • 1982年10月 - 子会社の(株)保谷電子を吸収合併。
  • 1983年1月 - 八王子工場(東京都八王子市)を新設し、ICフォトマスク製造開始。
  • 1984年
    • 8月 - 新本社ビルを現在地に竣工。
    • 10月 - 子会社の(株)保谷レンズおよび(株)保谷クリスタルを吸収合併し、商号をHOYA(株)に変更(登記上の商号はホーヤ(株))。
  • 1985年4月 - 児玉開発研究所(埼玉県児玉町)を新設。
  • 1986年10月 - R&D(東京都昭島市)センター竣工。
  • 1987年
  • 1989年4月 - オランダにHOYA EUROPE B.V(現HOYA HOLDINGS N.V.)、米国にHOYA CORPORATION USAを設立。
  • 1991年3月 - HDDガラスディスクを発売。
  • 1993年10月 - HOYA グループ環境理念・環境基本原則を制定。
  • 1994年4月 - グループの機構改革を行い、3ディビジョン制(エレクトロオプティクス、ビジョンケア、クリスタル)へ移行。
  • 1995年6月 - 社外取締役制度を導入。
  • 1996年
    • 8月 - 米国IBM社とHDD用次世代ガラスディスク開発の技術協力開始。
    • 11月 - 熊本工場(熊本県菊池郡大津町)を新設。
  • 1997年
    • 4月 - カンパニー制を導入し2つのカンパニー(エレクトロオプティクス、ビジョンケア)と3つの事業子会社(HOYA PHOTONICS, INC.、HOYAヘルスケア(株)、HOYAクリスタル(株))へ機構改革。SAP社のERP(統合業務パッケージソフト)R/3を導入。
    • 5月 - シンガポールにエリア持株会社としてHOYA HOLDINGS ASIAPACIFIC PTE. LTD.を設け、先にオランダおよびアメリカにそれぞれ設置したHOYA HOLDINGS N.V.とHOYA HOLDINGS INC.の2社と合わせて欧州、北米、アジア各地域のエリア持株会社体制が整う。
    • 12月 - HOYA LENS DEUTSCHLAND GmbHがHOYAグループ最初のISO 14001を取得。
  • 1998年4月 - 四半期毎の連結決算発表を開始。五日市工場が国内主要工場で最初のISO 14001を取得。
  • 1999年
    • 2月 - 国内主要全工場でISO 14001を取得。
    • 9月 - ベルギーのメガネレンズ製造販売会社BUCHMANN OPTICALINDUSTRIES N.V.を買収。
  • 2000年
    • 4月 - アメリカのメガネレンズ加工販売会社OPTICAL RESOURCESGROUP, INC.を買収。(2001年3月、HOYA(株)の在外支店に組織変更)
    • 7月 - 沖電気工業(株)の半導体フォトマスク製造部門を譲り受ける。
  • 2001年
    • 5月 - 高屈折プラスチックレンズ素材「アイリー」を使用した「HOYALUXサミットプロ」および「NuLux EP」を発売。
    • 10月 - 軟性眼内レンズ(ソフトIOL)製造開始。
  • 2002年
    • 5月 - 半導体新基板材料3C-SiC製造販売を新会社にて開始。
    • 8月 - 大日本印刷(株)と次世代半導体用マスクブランクスの技術アライアンス締結。
    • 11月 - 商業登記規則の改正によりローマ字その他の符号が商号に使えるようになったことに伴い、登記上の商号をホーヤ(株)から、HOYA(株)に変更。
  • 2003年
    • 1月 - 名古屋証券取引所の市場第一部上場廃止。
    • 3月 - 子会社のHOYAクリスタル(株)、HOYAクリスタルショップ(株)を吸収合併。
    • 6月 - 委員会等設置会社へ移行。
    • 7月 - グローバルベースでの財務マネジメント機能を欧州エリア持株会社に移管。
  • 2004年
    • 2月 - 子会社のHOYA オプティクス(株)を吸収合併。
    • 3月 - 日本板硝子(株)のHDD 用ガラスディスク事業を譲り受ける。
    • 10月 - 米国預託証券(ADR)プログラムLevel-1を開設。
  • 2006年
    • 1月 - 武蔵工場閉鎖。なお跡地は2008年4月に「三井アウトレットパーク 入間」となった。
    • 12月21日 カメラ・医療機器大手のペンタックス(株)と経営統合し、2007年10月1日に「HOYAペンタックスホールディングス」へ称号を変更・事業再編を行うと発表。
  • 2007年
    • 4月9日 ペンタックス社長・浦野文男が経営陣から合併の同意を取り付けられなかった責任を取って辞任。これに伴い、合併計画は白紙撤回される。
    • 4月10日 ペンタックスに対し株式公開買付(TOB)による友好的買収・子会社化を提案したと発表。
    • 5月22日 ペンタックスはHOYAに対し、TOBの受諾を通知。
    • 8月6日 ペンタックス株の公開買付けを終了。全株式の90.59%を取得、買収額は944億8200万円。
    • 8月14日 ペンタックスを連結子会社とする。
  • 2008年
    • 3月31日 HOYAを存続会社とする吸収合併方式によりペンタックスと合併する。
  • 2009年
    • 11月30日 ペンタックスより引き継いだ測量機器事業を台湾儀器行に譲渡する。
  • 2010年
    • 1月1日 子会社のHOYA ヘルスケア(株)を吸収合併。
  • 2011年
    • 10月1日 ペンタックスより引き継いだイメージング・システム事業をリコーに譲渡する。

ペンタックスとの経営統合[編集]

カメラ大手ペンタックス2007年平成19年)10月をめどに新会社「HOYAペンタックスホールディングス」を設立し、医療向け事業の拡大やカメラ・レンズの一貫生産体制をはじめとした各事業の統合・効率化を図る方針であったが、ペンタックスの創業家である松本家が鈴木洋のカメラ事業を転売を示唆させる発言に激怒したことを背景にして、2007年(平成19年)4月にペンタックス側の経営陣が合併反対に動いたことから計画は白紙撤回された。これを受けて、HOYAは友好的買収による子会社化を発表。当初ペンタックス側はこれを拒否し、単独での経営を目指した中期経営計画を発表したが、阿部修平率いるスパークス投資顧問やフィデリティなどの大株主と資本市場に評価されず、結局5月22日株式公開買付 (TOB) による買収の受諾を通知した。これにより、HOYAは、7月3日からTOBを開始、8月6日までに90.59%の株式を取得し、8月14日にペンタックスを連結子会社としたが、経営陣の鈴木洋らは身内であるはずのHOYA創業家の一員である山中裕からも、買収価格の不適切さや手続きについて日経ビジネス2007年5月28日号[1]上で強い批判を受けた。

2007年10月29日、HOYA・ペンタックス両社は当初の計画通り合併による事業の統合・効率化がベストと判断し、2008年(平成20年)3月31日を効力発生日とする合併契約を締結した。2008年(平成20年)3月31日、HOYAを存続会社とする吸収合併方式にペンタックスと合併。ペンタックスは解散した。合併後の社名は「HOYA株式会社」だが、「PENTAX」ブランドは維持される。また一部HOYAと旧ペンタックスとで重複する製造部門・部署があるが、経営統合後も事業統合は行わなかった。合併前のHOYAは三和グループに属していたが、第一勧銀グループに属していたペンタックスとの合併によりHOYAは三和色と第一勧銀色を併せ持つ企業となった。

ペンタックスより引き継いだ測量機器事業(現:TIアサヒ株式会社)は2009年11月30付で台湾儀器行に、デジタルカメラ・交換レンズなどのイメージング・システム事業(現:リコーイメージング株式会社)は2011年10月1日付けでリコーに譲渡された。

事業所[編集]

  • グローバル本社(東京都新宿区)
  • IRオフィス(東京都中野区
  • ブランクス事業部
  • マスク事業部
  • MD事業部
    • 新宿オフィス(東京都新宿区)
    • 長坂事業所(山梨県北杜市)
  • オプティクス事業部
    • 昭島工場・営業部(東京都昭島市
  • ビジョンケアカンパニー
    • 日本本部(東京都中野区)
  • メディカル事業部
    • 日本統括本部(東京都中野区)
    • HOYAメディカルリサーチセンター(東京都板橋区
    • HOYAメディカルロジスティックスセンター(埼玉県本庄市
    • 国内7営業所
  • アイケア事業部
    • 本部(東京都中野区)
  • PENTAX

関連会社[編集]

  • HOYAサービス株式会社 - 「モヤモヤさまぁ〜ず2」「やすだの歩き方」のナレーションに採用されている音声合成ソフトウェア「VoiceText」は現在当社から発売されている。
  • HOYA CANDEO OPTRONICS株式会社
  • アヴァンストレート株式会社(旧NHテクノグラス)
  • HOLTジャパン株式会社

評価[編集]

  • 1996年(平成8年)5月頃から2002年(平成14年)11月頃まで販売していた、眼鏡レンズの耐衝撃性強化加工「シプラスコート」(加工料、レンズ1枚につき2,000円)について、この加工を全く行わず計36,000枚(7200万円相当)を出荷していた[2]。これが不当景品類及び不当表示防止法に違反する(優良誤認)として、公正取引委員会より排除命令を受けている[3]。問題発覚後、マスコミの取材に対して「加工済みかどうかはレンズを割らないと判断できないため、交換・返金は極めて難しい」[4]とコメントした。積極的な交換・返金に応じていないとの批判を受けている。2009年(平成21年)4月現在、同社のウェブサイトでシプラスコートに関する記述は、2003年4月7日付のニュースリリース[5]と2003年6月13日付のニュースリリース[6]を除いて見つけることができない。
  • レーザー光線増幅用の特殊ガラスを米国ローレンス・リバモア国立研究所レーザー核融合施設「国立点火施設」(National Ignition Facility; NIF)に納入したこと[7]に対して、核兵器の性能維持・開発に協力するものとして、原爆被爆者、広島市長、長崎市長、平和運動団体などから批判を受けている[8][9]

その他[編集]

提供番組[編集]

過去 提クレが「HOYAメガネ」表記となっているものはいずれも旧社名・保谷硝子時代当時のものである。

注記・参考資料[編集]

  1. ^ 日経ビジネス2007年5月28日号
  2. ^ '02HOYA「めがね用レンズ(無償交換)」
  3. ^ 平成15年(排)第1号 排除命令 公正取引委員会 審決等データベースシステム
    HOYA株式会社に対する排除命令について 2003年3月28日 公正取引委員会
    '03HOYA「めがね用レンズ(公正取引委員会の排除命令に基づく公示)」
  4. ^ 「景品表示法違反でHOYAに排除命令 公取委」 朝日新聞(Asahi.com) 2003年3月28日18時31分
  5. ^ シプラス加工品についてのお詫びとご案内 HOYA株式会社 ニュースリリース 2003年4月7日
  6. ^ シプラス加工品についての(特設)「お客様センター」 開設時間変更のお知らせ HOYA株式会社 ニュースリリース 2003年6月13日
  7. ^ ローレンス・リバモア国立研究所の2001年1月24日付ニュースリリース Hoya Corporation Produces More Than 600 Laser Glass Slabs for LLNL's National Ignition Facility は、NIFがアメリカ合衆国エネルギー省核兵器維持管理プログラムにとって要石のひとつであると説明している。
  8. ^ 水爆研究施設に協力するHOYAに関する資料集 原水爆禁止日本国民会議
  9. ^ 衆議院 会議録 第151回国会 安全保障委員会 第8号(平成13年6月14日(木曜日))
  10. ^ 申告漏れ:200億円、HOYAに指摘−−東京国税局 毎日新聞 2013年6月29日

外部リンク[編集]