国際興業

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国際興業 株式会社
Kokusai Kogyo Co., Ltd.
KokusaiKogyo Honsya.jpg
国際興業本社(東京・八重洲
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒104-8460
東京都中央区八重洲二丁目10番3号
設立 1940年昭和15年)5月15日
業種 運輸業・不動産業・自動車販売業・その他製品 など
事業内容 一般乗合、貸切、乗用旅客自動車運送業ほか
代表者 社長 小佐野隆正、副社長 河井一彦
資本金 1億円
売上高 482億4700万円(2007年3月期)
従業員数 2565名(2007年3月現在)
決算期 3月
主要株主 サーベラス・キャピタル・マネジメント
主要子会社 北海道いすゞ自動車
十和田観光電鉄
秋北バス
岩手県交通
山梨交通
花巻温泉
富士屋ホテル
関係する人物 小佐野賢治(創業者)
外部リンク http://www.kokusaikogyo.co.jp/
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国際興業株式会社(こくさいこうぎょう)は、日本の総合商社である。

東京都中央区を拠点に、運輸観光不動産、ゴルフ用品販売、輸入自動車販売などを行っている。みどり会会員企業。

2004年平成16年)以降は、アメリカの投資ファンドサーベラス・キャピタルマネジメント社傘下にて経営再建中である。

目次

[編集] 概要

実業家・小佐野賢治が、1940年昭和15年)5月15日に興した自動車部品販売業「第一商会」を淵源とする。小佐野は翌1941年昭和16年)、同じく自動車部品販売業である東京アメリカ商会の経営に参画、同社の実権を握ると第一商会を同社に合流させた。

戦時体制下において小佐野は軍需省の出入り商人として活動して大いに蓄財、大東亜戦争末期の1945年昭和20年)2月には商号を「東洋自動車工業」に変更した。

日本の敗戦後に小佐野は、今度は駐留米軍を相手とする中古車の展示販売を行って大成功を収めた。1945年昭和20年)12月20日には東洋自動車工業を「国際商事に商号変更、根津財閥から熱海ホテル、富士山麓電気鉄道から山中湖ホテル、東京急行電鉄から強羅ホテルをそれぞれ買収、主に駐留米軍を顧客とする観光事業に進出した。

次いで国際商事は東京急行電鉄から東京観光自動車・東都乗合自動車を買収。これらを用いて、駐留米軍のための送迎バス事業を請け負った。1947年昭和22年)、現在まで続く社名「国際興業」に改称、更にアメリカから中古車と農機具の輸入・販売を手がけ、在米事業の基盤を築く。
1960年昭和35年)先に買収した大阪交通(大阪タクシーを源流とする大阪ハイタク界の大手)へ逆さ合併を行い、関西にも拠点を持つ事になる。

シェラトン・ワイキキ(左)とロイヤル・ハワイアン(右)

その後、山梨交通富士屋ホテル国民相互銀行日本電建などを買収・傘下に収めるなどして事業を拡大。ハワイでは1963年昭和38年)にロイヤル・ハワイアンモアナ・サーフライダーシェラトン・プリンセス・カイウラニといった複数の名門ホテルを取得したほか、1973年昭和48年)には大型ホテル、シェラトン・ワイキキを買収している。

2004年平成16年)、UFJホールディングスUFJ銀行(現、三菱東京UFJ銀行)をはじめとする金融機関からの単体での有利子負債が3300億円に上り、経営不振に陥っているという情報が、大手新聞社を中心に一斉に流れた。同年11月30日米国投資ファンドサーベラス買収・傘下に収める。

2005年平成17年)には資本金14億5050万円を大幅増強1030億1800万円としてサーベラス主導の再建がはじまっているが先行きは未知数である。2007年平成19年)4月現在の資本金は1億円になっている。近年ではJR東日本のびゅうプランに国際興業グループの花巻温泉をつけたプランを共同で行っている。

[編集] 国際興業グループ

運輸事業を中心に複数の事業を行っている。国際興業グループでのキャッチコピーは「身近な暮らしのパートナー」。

[編集] 運輸・交通事業

自動車教習所事業・町田ドライヴィングスクール
  • 乗合バス事業 - 国際興業バス
    路線バスは、東京では城北・城西地区、また埼玉では県南部などに路線を持つ
  • 観光(貸切)バス事業 - 多くは国際興業観光バスへ合流。貸切バス事業は継続
  • ハイヤー事業 - 国際興業ハイヤー
  • 自動車教習所事業 - 町田ドライヴィングスクール

[編集] 観光・レジャー事業

[編集] 流通・商事事業

[編集] 開発・不動産事業

[編集] 関連会社

過去の関連会社

[編集] その他

  • 国際興業」の名の由来は、上記の通り戦後駐留米軍を相手に活動してきた事からと思われがちだが、実は小佐野が戦前関与していた「国際自動車」(Km)の「国際」の響きが気に入って自分の会社名にも採用してしまった事によるものである。
  • 国際興業の観光バスのカラーリングも、大阪交通と共に買収した神戸タクシーが運行していた、日野・ブルーリボンのカタログ塗装がベースとなったものを、やはり小佐野が気に入って以来国際興業グループ全社で採用される事になった。
  • 小佐野賢治の生存中は、「KKK」と略されていたが、現在では年配の人以外ほとんど使わない。「KKK」とは「KokusaiKogyoKabushikigaisya」の略であり、関係の深かった東京急行電鉄の「TKK」に倣った物で、採用した昭和20年代当時は、このローマ字三文字の略称が流行していた。
    以前はバス車体にローマ字略称が記されていたが、のちに使われなくなった。現在は公式にはローマ字の略称は用いられていない(但し、国際興業バスの一部バス停に「KKK」のロゴが残っている所がある)。

[編集] 脚注

  1. ^ 中古バスドットコム公式HPより

[編集] 外部リンク


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