船橋新京成バス

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船橋新京成バス株式会社
Funabashi Shin-Keisei Bus Co., Ltd.
一般路線車両(独自塗装車)
船橋新京成バス独自塗装車(中型)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 新京成バス、船橋新京成、船橋SKバス、船橋SK
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:273-0105
千葉県鎌ケ谷市鎌ケ谷1丁目8番2号
設立 2003年平成15年)4月28日
業種 陸運業
事業内容 旅客自動車運送事業
代表者 代表取締役社長 北田良仁
資本金 5,000万円
従業員数 191人
主要株主 新京成電鉄 100.0%
外部リンク www.shinkeisei.co.jp/bus/
(新京成バス各社公式)
特記事項:新京成電鉄自動車部鎌ヶ谷営業所管内の乗合バス事業を継承。
2007年平成19年)10月1日に新京成グループ内の船橋バスが親会社の新京成電鉄に吸収合併された。これに伴い路線・車両を引き継いだ。
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船橋新京成バス株式会社(ふなばししんけいせいバス)は千葉県船橋市および鎌ケ谷市千葉ニュータウン西部などを営業エリアにもつ、新京成電鉄京成グループ)系列のバス事業者である。

概要[編集]

従来新京成電鉄が行なっていたバス事業を独立分社化することで2003年4月28日に設立され、同年10月1日に営業開始した。分社化の形態は事業エリア毎に3つの事業者としたもので、旧鎌ヶ谷営業所がここで触れる船橋新京成バスとなり、旧習志野車庫は習志野新京成バス、旧松戸営業所は松戸新京成バスとなった。船橋新京成バスの営業エリアは分社化前の鎌ヶ谷営業所及び旧船橋バスのエリアをほぼ踏襲し、主に、船橋駅北口北習志野駅鎌ヶ谷大仏駅(停留所名は鎌ヶ谷大仏)の3駅を主ターミナルとした船橋市北西部となっている。バス3社の本社はいずれも千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山にあるが、同社の営業所は鎌ケ谷市鎌ケ谷にある。また、2007年10月1日新京成電鉄に吸収合併された船橋バスの路線と車両を引き継いだ[1]

歴史[編集]

旧船橋バス時代の旧塗装車両

旧船橋バス[編集]

船橋バス株式会社
Funabashi Bus Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 船橋バス、F-BUS
本社所在地 郵便番号:273-0192
千葉県船橋市高根町2685番1号
設立 1979年昭和54年)7月25日
業種 陸運業
事業内容 一般乗合旅客自動車運送事業、他
代表者 代表取締役社長 巻島保幸
資本金 1000万円(2007年3月31日
売上高 1億7400万円
(2007年3月期)
従業員数 14人
(2007年3月31日)
主要株主 新京成電鉄 100%
特記事項:2007年平成19年)10月1日に親会社の新京成電鉄に吸収合併され、現在は解散。路線・車両は新京成グループ内の船橋新京成バスに引き継がれた。
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船橋バス株式会社(ふなばしバス)の本社・船橋営業所は、千葉県船橋市高根町2685番1号に位置した。最寄は「船橋グリーンハイツ入口」停留所。

大成グリーンハイツ(船橋グリーンハイツ)と船橋駅北口を結ぶ路線は、もともと大成建設が暫定的に、関連会社の大成輸送(運輸)に委託して、運行が開始されたのが始まり。当初は緑台2番地1号に車庫と事務所を設置。(1977年に現在地へ移設。現在はテニスコート。)開設以降、正式な事業免許を持つバス会社による運行移譲を検討。団地の管理組合と大成建設は新京成バスに委託を希望するが、路線免許や乗務員不足などの事情により、難色を示した。そこで、新京成が出資した連結子会社として、「船橋バス株式会社」が設立され、車両・設備全般を大成輸送から引き継いだ。一部の乗務員や取締役は新京成バスからの異動によった。
船橋バスの親会社である新京成電鉄株式会社は、同年10月1日を持って船橋バスを吸収合併すると発表した。
  • 合併:2007年(平成19年)10月1日
この日から上記の通り船橋新京成バスが船橋グリーンハイツ線の運行を開始した。[8]株式は新京成電鉄が100%所有していた為、株主総会で承認を得る必要がなかった故、吸収合併はスムーズに行われた。

車両・乗務員等は船橋新京成バスに移籍し、労組も新京成バス労組に合流した。なお、船橋営業所は操車場として転用され、夜間の車両の配置はなくなった。

旧習志野新京成バス[編集]

習志野新京成バス株式会社
Narashino Shin-Keisei Bus Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 新京成バス、習志野新京成、習志野SKバス、習志野SK
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:274-0071
千葉県船橋市習志野4丁目16番20号
設立 2003年平成15年)4月28日
業種 陸運業
事業内容 旅客自動車運送事業
代表者 代表取締役社長 小島太朗
資本金 5,000万円
従業員数 86人
主要株主 新京成電鉄 100.0%
外部リンク www.shinkeisei.co.jp/bus/
(新京成バス各社公式)
特記事項:新京成電鉄自動車部鎌ヶ谷営業所習志野車庫管内の乗合バス事業を継承。2014年4月16日に船橋新京成バスに吸収合併。
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習志野新京成バス(ならしのしんけいせいバス)は、かつて千葉県船橋市東部およびその周辺地域を営業エリア[9]にもっていた、新京成電鉄京成グループ)系列のバス事業者である。

本社・営業所[編集]

本社[編集]

同社の登記上の本店所在地は当初、新京成電鉄習志野新京成バス松戸新京成バスとともに千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山になっており、新京成線くぬぎ山駅に隣接していたが、鎌ヶ谷営業所および車庫がある同市鎌ケ谷に変更された。

鎌ヶ谷営業所[編集]

鎌ヶ谷営業所の在来塗装車

新京成線鎌ヶ谷大仏駅に隣接している。なお、「鎌ヶ谷大仏」停留所は名称に「駅」がつかないが、ちばレインボーバスの停留所は「鎌ヶ谷大仏駅」と「駅」をつけるという違いがある。

鎌ヶ谷大仏の車庫から離れた地域のために、御滝不動・古和釜十字路・飯山満駅・船橋グリーンハイツ入口に操車場が、夏見台団地・金杉台団地・三咲駅・ニュータウン七次台に折返場・乗務員休憩所が設けられている。

管轄路線は以下のほか、2000年8月16日に習志野新京成バスから移管を受けた北習志野線もあったが既に廃止されている。

鎌ヶ谷線[編集]

鉄道線松戸代行バスを除けば、新京成バスで最も古く、現在でも幹線と言える路線である。船橋駅〜鎌ヶ谷大仏間をほぼ直線状に 当時の路線名は夏見線であり、夏見(当時は夏見営団)経由であった(ただし夏見営団止まりが多かった)。その後、夏見折返便がワンマン化され、夏見線として別線扱いになったため、現在の鎌ヶ谷線は鎌ヶ谷大仏との往復の便だけを指している。

開通してからほどなく(ただし、昭和30年代としかわからない)、この線は鎌ヶ谷大仏からさらに先の富塚まで延長された。当初は船橋駅北口〜富塚の通し運行が多かったが、その後、鎌ヶ谷大仏駅および西白井駅との乗り継ぎが増えたため、鎌ヶ谷大仏での分割が進んだ。西白井駅以北についてはほぼ並行した区間である西白井線(西白井駅〜ニュータウン七次台)が開通し、しばらくは並行して運行していたものの、結局、これに一本化する形で2000年8月16日西白井駅〜富塚間が廃止となった。これと同時に、鎌ヶ谷大仏〜西白井駅間は西白井線に組み入れられ、鎌ヶ谷大仏を境に鎌ヶ谷線と西白井線が分けられることとなった。

同じく2000年8月16日に廃止となったものに初富経由便がある。これは、当初五香南線(五香駅船橋駅)として開通したものである。五香南線は開通当時から本数が少なった。特に五香駅船橋駅間を直通する便はほとんどなく、ほとんどが両端駅から鎌ヶ谷大仏間を運行していたり、分岐停留所の学校前止まりであった。その後、五香駅〜学校前間が廃止され、鎌ヶ谷線の支線となったが、大半の区間が東武野田線と並行していたため、本数も増えることなく結局廃止となった。

2013年3月1日にダイヤ改正が行われ、新たに新鎌ヶ谷駅経由の深夜バスが2本設定された。この路線は廃止された初富経由と新鎌ヶ谷線の一部区間走行し、且つ東武野田線に並行している。また系統番号はかつての延長区間・富塚行きの船01が充てられた。なお運行は平日のみ。

なお、鎌ヶ谷線は馬込沢〜鎌ヶ谷大仏においてちばレインボーバス白井線と重複している(「配給所前」停留所は船橋新京成バスのみ停車)。なお、定期券の共通利用等の制度は存在していない(これは習志野新京成バスの津田沼線・三山線とちばレインボーバスの神崎線も同様。なお、津田沼線と神崎線の津田沼駅〜八千代緑が丘駅間は新京成側に「八幡神社」経由便がない以外は完全に重複している)。

小室線[編集]

小室線は船橋駅から三咲駅を経由して小室駅に至り、新京成バス3社中で最長区間を運行する便を有する路線でもある。ただし、途中の三咲三叉路で鎌ヶ谷大仏方面に分岐する系統がありこちらの方が運行数が多く、小室駅まで至る便は1時間間隔でしかない。別項で触れる金杉台線も当線と同一視すれば、鎌ヶ谷線等に続く船橋駅発着路線の第二の幹線となっている。なお、このルートの船橋駅北口~鎌ヶ谷大仏の運賃は370円で鎌ヶ谷線の二和道経由とは異なる(二和道経由は310円)。

この路線は鎌ヶ谷線より5年ほど遅れた1958年に、当時の小室停留所まで開通した。その後、ほとんど経路を変えずに運行がなされていたが、北総開発鉄道(現:北総鉄道)が小室駅まで開通した際に、駅最寄りであるこの線が同駅まで接続するようになった。

小室方面は旧豊富村域であり、当初この線は同域内の移動手段の役目も担っていた(ただし、豊富村が船橋市と合併したのは1954年である)。このため、当初は船橋市役所豊富出張所や豊富農協への足として、この線の小室方面発着便は豊富農協前停留所を往復経由するようになっていた。この経由措置は2000年8月まで続けられたが、現在は、この線の三咲駅〜セコメディック病院折返便および古和釜線等にその役目を譲っている。

倉本記念病院は経営難で閉鎖、土地・建物を警備会社のセコムが買収して「セコム千葉病院」に改称し開院させたが、厚生労働省から営利企業の医療参入についての通達を受け、実際にはセコムが経営しているわけではなかったが、不本意ながら名称的にギリギリのラインである「セコメディック病院」(「セコメディック」=セコム+メディック)に再度改称した経緯がある[10][11]

また、新京成では「セコム千葉病院」行の方向幕等をすでに作成していたため、病院側と協議の結果、セコム千葉病院からセコメディック病院への変更に関わる方向幕等作成の費用を病院側が負担した。

金杉台線[編集]

  • 船12:船橋駅北口〜夏見台団地〜金杉町〜金杉台団地
  • 船31:船橋駅北口〜医療センター〜御滝不動(医療センター線)
  • 船32:船橋駅北口〜医療センター〜金杉台団地(医療センター線)
  • 船33:船橋駅北口〜医療センター〜三咲駅〜八木ヶ谷入口〜鎌ヶ谷大仏(医療センター線)
  • 船34:船橋駅北口〜医療センター〜三咲駅(医療センター線)

金杉台線は路線名が示す通り、終点の金杉台団地と船橋駅を結ぶ路線であり、団地輸送路線の側面を持つ一方、途中停留所の利用者も多く、ローカル路線としての主力となっている。小室線の支線に相当する路線と言うこともできる。

1983年に医療センターを経由する便が運行開始され、2ルートとなった。この医療センター経由便は、1990年代前半に夏見1・6丁目の道路が整備されたことにより、それまでの市場通りから直接北上するルートから、八栄小学校入口を経由するルートに変更された。しばらくの間は従来の金杉町経由便が多かったが、2000年8月のダイヤ改正により両ルートの便数比の差が縮まっている。

夏見線[編集]

  • 船15:船橋駅北口〜夏見〜夏見台団地〜コープ野村
  • 船16:船橋駅北口〜夏見台団地〜コープ野村
  • 船17:船橋駅北口〜夏見〜夏見台団地
  • 船18:船橋駅北口〜夏見台団地
  • 船20:船橋駅北口〜医療センター〜コープ野村

鎌ヶ谷線の項で記したとおり、開通当初は夏見線として同路線扱いだったが、その後、短距離便だけが先行してワンマン化されたので、名称を分離して別名で呼ぶようになった。その後、1968年に夏見台団地まで延長。さらに1975年にコープ野村まで延長されている。コープ野村付近のみが独自区間である。なお、現在ではこの線だけが夏見停留所(船橋駅より北上する県道から一つ奥に入ったところに設置されている)を経由する。夏見線以外の路線は夏見非経由である。

2000年8月までは、朝ラッシュ時を除く同線のほとんどの便が夏見経由であり、朝ラッシュ時は夏見を経由しないで夏見台団地、コープ野村を往復していたのと同時に夏見折返便も運行していた。平成初頭までは、上記の夏見を経由しない便を「直通」と呼んでいた(「直通コープ野村行」など)が、現在では「夏見を経由しません」などと変えられている。

このように、同線は夏見停留所にかなり力点を置いた路線であったが、2000年8月改正にて朝ラッシュ以外についても夏見非経由便を運行するようになった。さらに、夏見経由便は全体の2/5〜1/3と半数以下に抑えられた。

ついには、2007年4月のダイヤ改正で夏見折返便である船19が廃止された。

一方で、2012年3月の改正においては医療センター経由のコープ野村行きとして新たに船20が新設された。

2013年3月改正では廃止されていた深夜バスが再び設定され、平日深夜のみではあるが夏見台団地経由コープ野村まで運行している。なお、船橋駅北口発車番線は鎌ヶ谷線と同じ3番線から発車される。

船橋グリーンハイツ線[編集]

船橋バス時代の船51
  • 船51:船橋駅北口→駿河台→うぐいす園→高根小学校前→船橋グリーンハイツ
  • 船53:船橋駅北口〜八栄小学校入口〜米ヶ崎〜高根小学校前〜船橋グリーンハイツ
  • 東50:東船橋駅〜駿河台〜うぐいす園〜高根小学校前〜船橋グリーンハイツ
    • 1973年?:[大成輸送]船橋駅〜船橋グリーンハイツでノンストップ運行開始。
    • 1977年:[大成輸送]車庫を現在の船橋グリーンハイツ入口跡に移転。
    • 1979年:[船橋バス]大成輸送から引き継ぐ。
    • (不明):[船橋バス]船53(現在の米ヶ崎経由、当時は「短絡路経由」と呼ばれていた)運行開始。ただし経路は現在と違っていた。(JA船橋市(現・JAいちかわ船橋支店)前経由【方向幕には「農協経由直通:船橋駅と記載」】)
    • 2000年:[船橋バス]高根線の廃止に伴い米ヶ崎停留所を新設。
    • 2007年6月27日新京成電鉄の株主総会で船橋バスの吸収合併が決定[1]
    • 2007年10月1日:船橋バスより引き継ぐ。これに伴い船橋新京成バスとの並走区間で通過していた停留所に停車し、船橋グリーンハイツ方面のバスは整理券方式になる[12]
    • 2010年3月27日東船橋駅乗り入れ開始(東50系統開通)と船橋グリーンハイツ入口廃止(船52系統廃止)、船51系統が夜間下り方向のみになり、船53系統が往復化[13]
    • 2013年12月16日:減便によるダイヤ改正が行なわれる。

大成グリーンハイツ(船橋グリーンハイツ)は、新京成線高根公団駅が団地住民の足として考えられていた。 しかし住民は、それよりも団地からの距離が近かった、船橋駅北口を結ぶバス路線、高根線(高根小学校前停留所を利用)を利用しており、混雑時には高根・米ヶ崎で積み残し状態が起こるなど、ダイヤの遅れを招いた。 結果、開発元の大成建設が車両を提供し運行をしていたものである。実際の運行は大成輸送が担当していた。 そしてバス会社による運行を検討することとなったが、住民の要望もあったが、当時の新京成電鉄側も乗務員不足・労働条件が新京成と同じでは採算が合わないと難色を示した。 そして検討の結果、新会社「船橋バス株式会社」が設立された。この時に当時の新京成電鉄はいろいろと協力したが、なぜかバス路線は桜ヶ丘交差点・金杉交差点回りとした。

その後新京成の子会社となり、2007年6月27日新京成電鉄株主総会にて同年10月1日船橋バス新京成電鉄に吸収合併し、船橋新京成バスに路線及び車両が引き継がれることになった。 PASMO導入に備えたサービスの均等化を図り利用者減に歯止めをかけ、また資産を集中し効率的な運用を図ることを目的とした。 また、引き継がれた車両(ワンステップ車とノンステップ車)はカラーリングと車両番号をそのままに、車内のポスターや車外の会社名表示を変更しただけで、船橋新京成バスの路線で使用されている。

運用開始当初、船橋駅北口のロータリーには入れず、海老川近くに降車場をつくり、ロータリーが改良されてから乗り入れるようになった。また、船51・船53は船橋グリーンハイツ入口(旧船橋バス本社・旧船橋バス船橋営業所及び車庫、現在は操車場のみ)にも停車せず、緑台交番前を利用した。 ちなみに、引継時に実質的なダイヤ改定(白紙改定)を行わなかったため(改定そのものは停車停留所増加のためにされている)、米ヶ崎(短絡路)経由は上り線のみの設定のままであり、旧船橋バス時代からある停留所の時刻にも大きな変化はなかった。 また、移管によって吹上・米ヶ崎・高根小学校前の3停留所が船橋新京成バスの停留所として復活した。

2010年3月27日のダイヤ改定によって米ヶ崎経由が往復化し東船橋駅へ乗り入れるようになったが、船橋警察署経由の上り線と「船橋グリーンハイツ入口」停留所が廃止された。

船橋バス当時の系統は以下の通り。

  • 船51:船橋駅北口〜駿河台〜うぐいす園〜高根小学校前〜船橋グリーンハイツ
  • 船52:船橋駅北口〜駿河台〜うぐいす園〜高根小学校前〜船橋グリーンハイツ入口
  • 船53:船橋駅北口〜(短絡路)〜米ヶ崎〜高根小学校前〜船橋グリーンハイツ〔上り線のみ〕

大成輸送の時期から船橋駅~船橋グリーンハイツをノンストップ運転していたが、船橋駅北口のロータリーには入れず、船橋市中央卸売市場脇(現在の船橋シティハイツ周辺)が終点であった。その後、ロータリーが改良されてから乗り入れるようになった(駅前には改良中の頃、現在のイトーヨーカドー船橋店の東館側に乗り入れていた)。船橋新京成バスの路線と並行する区間があるが、停車しない停留所があった(天沼・富士見橋・船橋中央市場・市場三丁目・青山病院・東船橋三丁目・電話局前(→トステムショールーム船橋→蔵ノ下)・八栄小学校入口・長福寺入口)。 また、船51・船53は船橋グリーンハイツ入口(旧本社・営業所・車庫あり)にも停車していたが、引継ぎ前から高根小学校前で分岐していた。

なお、「船橋グリーンハイツ入口」停留所と船51の上りは2010年平成22年)3月26日をもって廃止されたが、同日より船53の下りと東船橋駅乗り入れが開始された。

船橋バス運行当時、一部の車両の運賃箱にカード対応機器が設置されたものの使用されておらず、バス共通カードは利用できなかった。またPASMO加入予定もなかったが、前述のとおり事業が船橋新京成バスに引き継がれたため、バス共通カードはその時点から対応した。運賃箱を交換した車両では移行まで運賃箱のバス共通カード挿入口はふさがれていた。船橋新京成バスは2008年平成20年)9月27日よりPASMOの取り扱いを開始した。

また当時は船橋新京成バスの路線と並行する区間では一部の停留所のみに停車していた。創業当初は旅客限定免許だったことや、路線設立の理由である「船橋駅と船橋グリーンハイツを結ぶこと」のため、当初は前述のとおりノンストップだった。しかし、沿線や通過する停留所の利用者からは停車要望も頻繁に出ていたため、ほぼ現在のような路線になった。それでも停車しない停留所がいくつかあり、要望も出続けていたが、前述のとおり船橋新京成バスの路線となったあとは停車し、また船橋グリーンハイツ方面のバスも整理券方式に統一された。さらに、2011年平成23年)3月20日から船橋駅北口・東船橋駅方面も整理券方式に変更された。

豊富線[編集]

船橋駅北口を出て、天沼十字路より東進して東船橋・北習志野・豊富方面へ行く中長距離路線。嘗ては東船橋駅を経由しなかった。基本的に古和釜十字路行きは毎時1〜2本、北習志野駅行きは毎時1本の運行である。

2000年8月15日まで一部便のみ習志野新京成バスが担当していた。

芝山線[編集]

芝山線は飯山満駅東船橋駅船橋駅北口を結ぶ路線である。芝山団地ができた時点では、近くに鉄道駅がなく、最寄り駅の一つである船橋駅までのアクセスを目的としてこの路線が開通した。団地輸送を目的としていたため、馬込台(現・雄鹿野の近く)〜吹上(2004年12月16日2007年9月30日まで船橋バスの吹上)間を新道経由でノンストップとし、東船橋三丁目経由で運行した。

その後、東船橋駅が開業すると同駅までの便と船橋駅への便(これは東船橋駅非経由)を交互に運行するように変更した。なお、ラッシュ時は東船橋駅発着便が主であった。

さらに、東葉高速鉄道の飯山満駅が芝山団地停留所の目の前に開業したことにより、この路線は存在意義が大幅に失われることとなった。そのため、東葉高速鉄道開通時の1996年とその4年後の2000年の二段階にわたって減便を行った。これ以降、船橋駅を発着するのはデータイムのみとなっている。ちなみに、1996年の減便の際には、あまりにも急に減らされたことから、利用者より増便の要求があり、これを受けて臨時便を設置したこともある。

2006年4月には、芝山中学校〜芝山団地間が廃止され、芝山中学校以西のみとなった。これは、前述した乗客の減少も要因の一つだが、加えて、芝山団地停留所の折返場の土地がUR都市機構(都市再生機構)の所有であることが関係する。すなわち、2004年に前身の都市基盤整備公団からUR都市機構に再編されたことに伴い、2005年度より同地の賃貸料を船橋新京成バスが同機構に支払うこととなったためである。なお、現在の芝山中学校の折返場は、もともと操車場だった(芝山操車場)のだが、ここも自前の土地ではなく、UR都市機構のものである。現在は芝山団地停留所横折り返し場跡には一戸建ての家屋が建っている。

2007年10月1日付けの船橋市広報で、10月5日飯山満駅前道路が開通し、10月14日にこの線が飯山満駅まで延伸する予定があることが示し、その後の開業前日開かれた地元地区運動会の挨拶でも発表され、14日付けで伸された。なお、新設される飯山満駅停留所は駅前への道路が開通した関係で新京成電鉄自動車部時代の新高根線(習志野営業所担当・飯01)の飯山満駅停留所とは別の場所となった。

古和釜線[編集]

  • 小室01:北習志野駅〜北習志野花輪病院前〜公園前〜古和釜十字路〜豊富農協前〜県民の森〜ハイランド〜小室駅
  • セ03:北習志野駅〜北習志野花輪病院前〜公園前〜古和釜十字路〜豊富農協前〜セコメディック病院
  • 習02:北習志野駅〜北習志野花輪病院前〜公園前〜古和釜十字路〜大穴〜八木ヶ谷入口〜鎌ヶ谷大仏
  • 習03:北習志野駅〜北習志野花輪病院前〜公園前〜古和釜十字路

古和釜線は、新京成線の北習志野駅から古和釜十字路、豊富農協前を経由して小室駅に至る路線である。船橋駅発着の豊富線を、より北側の主要駅につなげるために新設されたが、現在では、豊富線を圧倒する本数で運行されている。ただし、本数が多いのは、古和釜十字路以南である。それより北においても、後に新設されたセコメディック病院に至る便の方が多く、小室に至る便は、小室線と同じく1時間間隔である。

2000年8月15日まで一部便のみ習志野新京成バスが担当していた。

高根公団線[編集]

高根公団線は当初高根台団地への足を確保するために高根木戸駅からの循環バスとして開通した。その後、高根公団駅ができたことや、習志野台団地の造成に伴う北習志野駅の開業などから、ルートの変更が行われ現在に至っている。ちなみに、すべての便ではないものの高根公団駅から北習志野駅へ行って、また北習志野駅から高根公団駅に帰ってきたとき海老ヶ作線の運用につき、さつき台から戻ってきたときにまた高根公団線の運用につくダイヤが多い。運賃は新京成電車と並行する関係もあり全区間170円均一。

2000年8月16日に習志野新京成バスより移管。

海老ヶ作線[編集]

  • 高01:高根公団駅〜海老ヶ作〜さつき台
    • 2012年12月15日:市民プール停留所を大穴多目的運動広場に名称変更。(大穴市民プールの閉鎖による変更)

高根公団駅からのローカル路線であり、大穴町および大穴南、大穴北地区の中を走る。さつき台とは終点付近の住宅地で、町名は大穴北である。高根公団駅付近を除き、ほぼ全線にわたり低層住宅や田畑の中を走っていく。走行する道はやや狭いが、大型車で運行されているが、最近は中型車も運用に就いている。海老ヶ作付近には一方通行の道があり、上りと下りで別の道を走る箇所があることや、終点付近にて坂を登ることが路線の特徴と言える。運賃は全区間170円均一。

2000年8月16日に習志野新京成バスより移管。

建鉄線[編集]

  • 船35:船橋駅北口→建鉄前→山手三丁目→船橋駅北口
    • 2012年4月16日:道路切替に伴い新船橋駅を経由しなくなる。
    • 2012年12月15日:北本町一丁目停留所を森のシティに変更。同線のLED行先表示の経由に「森のシティ」の表示がなされている。

建鉄線は「建鉄循環」とも呼ばれ、船橋駅北西部の山手地区を走るローカル線である。線名の「建鉄」とは ショーケース事業、ランドリー事業等を行っている三菱電機(株)の完全子会社である日本建鐵(株)本社および製作所のことを指し、循環区間は同社ほかの所有する敷地の外周に沿っている。また、循環部の主として外側にはいくつかの集合団地がある。途中にある「山手三丁目」停留所は、同名の停留所が京成バスの海神線にもあるが、両者はそれぞれ別の場所にある。船橋市統計書(1967年)によれば、現在の循環線の他に、前貝塚循環もあったとの記述があるが、具体的なルートは不明である。なお、この路線が平日と土休日で別ダイヤになったのは1993年2月16日と比較的遅く、特徴の一つとして挙げられる。

かなり以前の一時期、循環部が時間帯によって、時計回りと反時計回りに切り替えられていたが、今は時計回りのみである。 沿線は工業地域であったが、工場の移転や縮小が進み、跡地にはマンションやショッピングセンター、ホームセンターが進出を続けており、渋滞が日常化して、朝夕や週末の定時運行が難しくなっている。 沿線の集合住宅がなくなったまま有名無実だった停留所名も、2005年10月に変更され、消滅した。(建鉄荘前、第一希望荘、第四希望荘) 同時に既に閉鎖していた旭硝子(株)船橋工場前にあった旭ガラス前を北本町一丁目に変更した。 第一希望荘は山手二丁目となったが、これも京成バスシステム海神線の停留所とは別の場所である。 東海神駅入口とあるように、東葉高速鉄道東海神駅からは離れていて見通すことは難しい。

かつて、東武鉄道新船橋駅の駅前に新船橋駅前停留所が存在していたが、循環部最後の停留所であるため、ここで乗車しても、東海神駅入口および船橋駅方面にしか行くことができなかった。その停留所も駅周辺の再開発によって駅前を回避するルートを採用したことによって2012年4月15日を最後に廃止された。 また北本町一丁目は市道の切り替えに伴って停留所の位置を複数回移動した後に2012年12月15日に開発地区の愛称である森のシティに名称変更された。 運賃は全区間170円均一。(2013年3月1日現在)

西白井線[編集]

  • 鎌10:鎌ヶ谷大仏〜西白井駅〜清水口〜ニュータウン七次台
  • 鎌12:鎌ヶ谷大仏〜西白井駅
  • 西白01:西白井駅〜清水口〜ニュータウン七次台

千葉ニュータウン内の清水口、七次台地区を走る路線である。もともと、鎌ヶ谷線が富塚までの路線を運行しており、その近辺ということで新京成の担当となった。当初は、ニュータウン内である西白井駅〜ニュータウン七次台間のみで運行されていたが、鎌ヶ谷線の短縮によりこの路線が鎌ヶ谷大仏まで延長されている。ただし、データイム以外の一部時間帯は西白井駅で分割して運行されている。西白井駅〜ニュータウン七次台間は短区間ながら、全線歩くにはやや長いという微妙な距離である。「小学校」「中学校」「三丁目」など、シンプルな名前の停留所が目立つ。開通当初は1時間あたり2〜3本程度運行していたが、徐々に減便させられ、2013年12月15日まではデータイム1時間おきとなっていた。翌16日のダイヤ改正で早朝と最終便が削減され、例として「鎌ヶ谷大仏」発最終便は20時台に繰り上げとなった。車両は富塚まで運行されていたころは大型車が多かったがその後は中型車に統一され、時間帯によっては小型車の運行もある。

鎌ヶ谷グリーンハイツ線[編集]

  • 馬01:馬込沢駅〜南児童センター〜鎌ヶ谷グリーンハイツ〜藤台中央公園〜慈祐苑

馬込沢駅から北西の鎌ヶ谷グリーンハイツに至る路線である。鎌ヶ谷グリーンハイツは周辺の道路が狭隘であるため大型バスの運行が困難であったが、小型車(三菱ふそうエアロミディ)の導入により路線を開設することができた。運賃は全区間150円均一となっており、他線の初乗り運賃より20円安い。なお、運転間隔は20分である。また、同線の三菱ふそうエアロミディは分社前の2台のみならず分社後にも1台導入されており、共に「ドレミ号」という愛称をつけた専用塗装の車両が用いられている(車検等で使用できない場合は船橋新京成バス塗装の小型車が代走に入る)。

井草線[編集]

  • 鎌01:鎌ヶ谷大仏〜井草橋第二公園〜井草県営住宅〜高野台二丁目〜高野台四丁目〜北総白井病院
    • 2005年2月16日:経路変更の上、鎌ヶ谷大仏〜北総白井病院に延長。循環運転を中止。

井草線は鎌ヶ谷GH線のちょうど3ヶ月後に新設された。その運行規模や、新設の目的、車両も鎌ヶ谷GH線とほぼ同様であるが、井草線を走行するエアロミディは分社後導入した車両のみで、鎌ヶ谷グリーンハイツ線の三菱ふそうエアロミディと違い愛称はつけられていない。また、当初は三菱ふそうローザで運行されていたが(三菱ふそうエアロミディは増備分)、後述の白井市循環バス「ナッシー号」に日野ポンチョが導入されたことに伴いそれまで「ナッシー号」で用いられていた日野レインボーが分社後塗装に変更され同線で運用開始した。同線で用いられていた三菱ふそうローザは後述の船橋市内実証実験に用いられることになった(後述)。なお本路線(と西白井線)には船橋新京成バス塗装の日野ポンチョが運用に入ることがある。

パークサイド鎌ヶ谷線[編集]

  • 東鎌01:東武鎌ヶ谷駅→貝柄山公園入口→12号棟前→東中沢二丁目→2号棟前→貝柄山公園入口→東武鎌ヶ谷駅(循環運転)
  • 運行時間帯:東武鎌ヶ谷駅発 平日:6:00〜22:10 土休日:6:40〜21:00
  • 運行間隔:平日朝のみ12〜18分 平日その他の時間帯及び土休日20分(土休日の13:20・13:40発は運転なし)
  • 所要時間:東武鎌ヶ谷駅→東中沢二丁目→東武鎌ヶ谷駅 約10分
  • 運賃:全線均一150円

東武鎌ヶ谷駅より出発し、URパークサイド鎌ヶ谷敷地内を反時計回りに一周した後、東武鎌ヶ谷駅に戻ってくる循環運転を行っている。

東武鎌ヶ谷駅〜貝柄山公園入口間において、2007年9月29日に開通した鎌ヶ谷市都市計画道路3・4・4号線及び3・4・17号線[1]を通り、同道路上に「梨の木通り」「道野辺中央」の各バス停が設置されている。

東武鎌ヶ谷駅〜貝柄山公園入口間には平日のみ鎌ケ谷市コミュニティバス「ききょう号」も運行されている(当路線と同様に上記道路を通行するが、途中バス停は無い。ルートは西線で鎌ヶ谷観光バスが運行)が、当路線は土休日も運行される上に運行本数も数倍以上ある。

鎌ヶ谷ファイターズスタジアム直通バス[編集]

船橋アリーナ直通バス[編集]

馬込霊園線[編集]

  • 臨時:船橋駅北口〜夏見台団地〜運動公園前〜馬込霊園

彼岸の時期に運行。船橋駅北口の8番のりばから発着する。

深夜急行線[編集]

新京成バス3社で初の深夜急行路線。東京駅を出ると宝町出入口から首都高速都心環状線に入り、江戸橋JCTから向島線両国JCTから小松川線を経て篠崎IC京葉口から京葉道路へ抜け、原木ICで一般道へ流出、その後新船橋駅入口で降車扱いの後建鉄線のルートで船橋駅北口へ至る。船橋駅北口においては乗降どちらも可能。船橋駅北口から北習志野駅までは雄鹿野経由になる前の豊富線のルートを通り、北習志野駅から八千代緑が丘駅までは習志野新京成バスのエリアに入り、一部津田沼線のルートを通る。八千代緑が丘駅からは高津団地中央を経由した後古和釜線のルートで終点の鎌ヶ谷大仏まで走行する。ただし、八千代緑が丘駅・高津団地中央方面に降車客がいない場合は船橋日大前駅から直接鎌ヶ谷大仏を目指す。

この路線が開設された背景には、平和交通が深夜急行路線「マイタウンライナー」を新京成バス3社のうち船橋・習志野の営業エリアにおいて走らせている(千葉ニュータウン線は新船橋駅から新鎌ヶ谷駅まで、津田沼・勝田台線は津田沼駅から八千代緑が丘駅まで)ことがあるとされる。平和交通はマイタウンライナー(この名称自体は平和交通のグループ会社であるあすか交通が高速バスに名づけたもの)として京成バス小湊鐵道を始めとする京成グループ各社のエリアを目的地とする深夜急行路線・日中高速路線を開設しており、近年は京成グループ各社においてもこの動きに対抗しており、この路線開設もその一環であろう。

また、この路線の開設にあたり、京成バス奥戸営業所から高速バス用車両が譲渡されている(後述)。

コミュニティバス[編集]

船橋市内実証実験路線[編集]

船橋市の公共交通サービス実証実験路線として、船橋市地域公共交通活性化協議会からの補助を受けて実験運行している(京成バス新都心営業所習志野出張所が実験運行している田喜野井線もこの制度による)。 運賃は全区間170円均一。運賃の支払いにICカードは使用可能(バスポイント対象)であるが、定期券の販売はなく、全線で使える特殊定期券類やノーカーアシスト優待等の適用対象外となっている。 協議会では、2路線とも運行開始4ヶ月後に一日平均利用者が200人を下回る場合は運行の中止を検討するとしているが、2012年2月19日までの同協議会の調査によるとそれを上回る利用があるとされる[14]

車両は京成バス田喜野井線と違い、主に前述の井草線から捻出された三菱ふそうローザを使用されてきたが、平成24年度より定員増による乗車機会の増加を狙い新車である日野ポンチョが導入された。三菱ふそうローザも新車の点検整備時の代車として引き続き使用されていたが全車廃車されたため代替の代車は日野レインボー7m仕様や三菱ふそうエアロミディが使用される。[14][15]

八木が谷線[編集]
  • 二和01:二和向台駅→八木ヶ谷入口→八木が谷北小学校入口→八木が谷3丁目
  • 二和02:八木が谷北→八木が谷北小学校入口→八木ヶ谷入口→二和向台駅
  • 二和03:二和向台駅→八木ヶ谷入口→八木が谷北小学校入口→八木が谷3丁目→八木が谷北→八木が谷北小学校入口→八木ヶ谷入口→二和向台駅
丸山循環線[編集]

船橋市医療センター輸送対策事業[編集]

船橋市医療センターの輸送対策事業として、船橋市の補助を受けて2013年6月10日から2014年3月までの平日のみでの試験運行予定。上記の八木が谷線と丸山循環線と違い、運賃は均一ではない。また、定期券の販売はせず、特殊定期券の適用もできない。

東部医療センター線[編集]

習志野営業所[編集]

習志野新京成バス時代(独自塗装車)

前身は習志野新京成バス(ならしのしんけいせいバス)である。同社の登記上の本社は当初、新京成電鉄船橋新京成バス松戸新京成バスとともに千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山に位置し、新京成線くぬぎ山駅に隣接していたが、営業所および車庫がある船橋市習志野に変更された。いわゆる本来の「習志野」の真ん中である。新京成線習志野駅が最寄り駅である(ただし、営業所には北習志野駅からバスに乗るほうが行きやすい)。

車庫が津田沼駅から離れているため新津田沼駅付近には操車場が、高津団地中央・自衛隊前・津田沼グリーンハイツには乗務員休憩所が設けられている。

従来新京成電鉄が行っていたバス事業を独立分社化することで2003年4月28日に設立され、同年10月1日に営業開始した。分社化の形態は事業エリア毎に3つの事業者としたもので、旧・習志野車庫(旧鎌ヶ谷営業所の分車庫)がここで触れる習志野新京成バスとなり、旧鎌ヶ谷営業所は船橋新京成バス、旧松戸営業所は松戸新京成バスとなった。(後者2社については、それぞれの記事を参照。)習志野新京成バスの営業エリアは分社化前の習志野車庫のエリアをほぼ踏襲し、主に、津田沼駅から国道296号に至る津田沼線およびその支線に相当する各線より形成される新京成電鉄線新津田沼駅〜北習志野駅間に沿ったエリアとなっている。同社の本社・営業所は千葉県船橋市習志野にあり、船橋新京成バスの本社は千葉県鎌ケ谷市鎌ケ谷にある。 2008年9月27日には、船橋新京成バスとともにPASMOが導入された[16]

1999年8月31日から現在の船橋新京成バスのエリアとともに上り方面と単一区間の路線は先払い、それ以外が後払いになったが、2011年3月20日から全て後払いとなった[4]。 また2012年2月25日から新バスロケーションシステム(Bus Vision)を使用開始した[17]

2014年4月16日に船橋新京成バスに吸収され、同社習志野営業所となった[18]

津田沼線[編集]

  • 津01:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜古和釜十字路~鎌ヶ谷大仏(廃止)
  • 津02:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜大和田新田~坪井~古和釜十字路(廃止)
  • 津03:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜高津団地入口(廃止)
  • 津04:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜千葉日大一高〜北習志野駅
  • 津05:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野原〜習志野車庫
  • 津06:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前
  • 津13:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜高津団地(未使用)
  • 津16:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜高津団地入口〜高津団地中央
  • 緑01:八千代緑が丘駅〜高津団地中央(廃止)
  • 緑02:北習志野駅八千代緑が丘駅(未使用)
  • 緑03:津田沼駅〜薬園台高校前〜自衛隊前〜習志野〜サンシャイン前〜八千代緑が丘駅
  • 習06:北習志野駅〜第二小学校入口〜習志野原〜習志野車庫
  • 習07:北習志野駅〜第二小学校入口〜自衛隊前(廃止、全て習06系統へ統一)
  • 直通:北習志野駅⇒千葉日大一高
  • 直通(臨時):津田沼駅⇒千葉日大一高
  • 直通(臨時):千葉日大一高⇒津田沼駅
    • 2004年3月16日:日大(北習志野)線が廃止され、津田沼駅北習志野駅便が第二小学校入口経由から千葉日大一高経由に変更。代替として、北習志野駅〜第二小学校入口〜自衛隊前の折返便(習07)が新設。津田沼線は、津田沼駅から国道296号線に入り北上する路線である。主に、高津団地中央・北習志野駅へ行く。
    • 2010年8月11日:実籾街道の道路改良工事により、習志野一丁目停留所を新設。経路変更に伴い、習06の自衛隊前停留所を廃止(習07は変更無し)。
    • 2012年3月31日:ダイヤ改正により北習志野駅〜自衛隊前(習07)廃止、北習志野駅〜習志野車庫(習06)へ統一。
    • 2013年6月27日:習志野四丁目停留所が朋和産業本社へ停留所名変更。

津田沼線の成り立ちは、年表の通り、京成の路線の交換による。京成の大和田線(現在廃止)および神崎線(現在はちばレインボーバスが運行)のうち、新木戸での折返便を新京成が受け取り、逆に京成は船橋市内線を受け取った(受取後にルート変更。京成バスシステム#市内線を参照の事)。開通のきっかけは、大和田線および神崎線の南側が新京成電鉄線と並行していることと、新京成の船橋市内線が京成のエリアに半ば独立した形で入っていたことから、これらを交換して営業エリアを明確に分けることが望ましいと判断されたと思われる。こうして、津田沼側において、京成バスは新木戸を越える長距離バスのみ(大和田線(廃止)および神崎線(現・ちばレインボーバスが運行))を運行するようになった。その後、京成の船橋市内線が衰退したのに対して、新京成の方は主力路線の一つとして定着した。なお、船橋市内線については京成バスシステムの節を参照されたい。

以下、個々の便について述べる。まず、高津団地中央便だが、これはもともと高津団地入口発着として開設された。団地の中まで入らなかったのは、既に東洋バスが八千代台駅などからの路線を設けていたからである。高津三叉路付近に小さな操車場を設けていたが、ここまでも回送で運行していた。しかし、東葉高速鉄道開業後、高津団地と八千代緑が丘駅を結ぶ路線を東洋バスと新京成バスのそれぞれが開通した。これにより、東洋バスは高津団地入口停留所付近を通過することとなり、運行エリアが重なったので、その見返りとして新京成バスももう少し団地に近いところまで延長できるようになったということらしい。ただし、津田沼線が高津団地中央に入ったのは、東葉高速が開業してから少し時間のたった1996年8月1日である。

八千代緑が丘駅便は、2000年8月改正まで坪井経由で古和釜十字路に至っていた便を、同改正で末端部分を付け替えたものであるが、津田沼駅〜八千代緑が丘駅間はちばレインボーバスの神崎線と完全に重複しており、一方で定期券等の共通利用の制度は存在していない(一部区間のみの重複は船橋新京成バスの鎌ヶ谷線とちばレインボーバスの白井線の馬込沢〜鎌ヶ谷大仏(新京成) / 鎌ヶ谷大仏駅(レインボー)間で前例はあるが、こちらも共通利用の制度は存在していない)。その古和釜十字路発着便はもともと鎌ヶ谷大仏まで走っていた。ちなみに、鎌ヶ谷大仏便の廃止は1996年7月1日であり、その時点での本数は4往復だった。また、2012年3月31日のダイヤ改正によって、八千代緑が丘駅便は大幅に減便され平日・土曜日とも2往復のみとなり、休日の運行はなくなった。


北習志野発着便は駅間を結ぶため起終点の両側に利用者がおり、割と安定した輸送を保っている。ただし、通し利用は少ない。津02、津03、津04(第二小学校入口経由時代)は習志野車庫が開設された後も鎌ヶ谷営業所(現・船橋新京成バス)が担当していた便もあった。 また、2012年3月31日のダイヤ改正によって、北習志野駅発千葉日大一高直通バスが新設。スクールバスではなく、時刻表に掲載されており、通常のダイヤの中で運行される。そのため、運賃を払えば乗車は可能。平日2本、土曜日3本の運行。

三山線[編集]

  • 津07:津田沼駅〜薬園台高校前〜田喜野井〜二宮神社前〜大久保(廃止)
  • 津08:津田沼駅〜薬園台高校前〜田喜野井入口〜二宮神社前
  • 津08A: 津田沼駅〜薬園台高校前〜田喜野井入口

津田沼駅から船橋市最東部の田喜野井、三山方面に向かう路線である。現在の三山線は津田沼線の支線のようになっているが、途中の薬園台二丁目で分岐して二宮神社前まで至る。単独運行区間の道が非常に狭くきついカーブがあるのがこの線の特徴である。

三山線のもともとの終点は大久保という停留所であった。これは現在の京成の東邦大学付属東邦中学・高校前停留所と同一の場所である。また、この路線が開通した当時は京成の停留所名も「大久保」であった。開通時は船橋駅南口〜大神宮坂上〜東町〜飯山満二丁目〜薬園台駅〜自衛隊裏口〜二宮神社前〜大久保(のち、船橋駅北口発着に変更)も運行していた。このため、全便が津田沼駅発着である津田沼線とは路線の性格が異なり、路線名も当初から別となっている。しかし、三山、田喜野井から船橋駅まで通し乗りする乗客はほとんどなく、結局、津田沼駅発着便の方が主力となった。そして、1975年頃を境に、船橋便は薬園台駅止まりとなり分割された(その後、習志野車庫まで延長され習志野線となった。)。こうして、二宮神社前〜大久保間の各停留所において、京成バスの大久保線とこの線との二経路の津田沼行きのバスを乗客が選択することとなった。

しかし、二宮神社前〜大久保間については、藤崎経由で走る京成バス大久保線の方が時間的に有利であり、乗客もそちらを選択するようになった。これを受け、平成初頭に二宮神社前での折返便が新設され、2000年8月の改正でそこまでの運行に短縮された。

  • 2010年2月6日より、自衛隊裏口と田喜野井の停留所名が次のように変更された。
    • (旧)自衛隊裏口 → 薬円台南小学校
    • (旧)田喜野井 → 天然温泉みどりの湯・田喜野井

前原線[編集]

  • 津09:津田沼駅〜前原西〜公団東口〜千葉病院前〜飯山満二丁目自治会館(廃止)
  • 津10:津田沼駅〜前原西〜公団東口〜千葉病院前
  • 津11:津田沼駅〜前原西〜公団東口
  • 津12:津田沼駅〜前原西〜管理事務所前(未使用)
  • 津14:津田沼駅〜前原西〜公団東口〜千葉病院前〜飯山満二丁目〜東町〜東船橋駅
    • 2007年3月1日:路線名を前原公団線から前原線に変更。
    • 2010年3月20日:東町〜東船橋駅間の運行ルートを船橋市場郵便局まわりから東船橋駅入口まわりに変更、習志野新京成バスの「東船橋駅入口」停留所を新設(船橋新京成バスの同名の停留所とは乗車扉が異なるため車両停車位置は同じだがポールの位置は少々異なる)。

前原線は津田沼駅とその北部のアルビス前原(旧・公団前原団地)とを結ぶ路線である。途中の公団東口停留所と前原駅とはそれほど離れていないが、新津田沼駅がJR津田沼駅と若干離れているために鉄道線よりもバスの方が有利な点が多く、路線として成り立っていると言える。1961年開通当初は千葉病院前までの運行であったが、その後(1960年代)飯山満駐在所前(現・飯山満二丁目自治会館)まで延長された。ただし、飯山満駐在所前(飯山満二丁目自治会館)までの運行は長らく1往復が続き(1989年12月16日以降は東船橋駅まで運行。後述。)、35年ほどたった1996年4月27日の習志野線(東船橋駅〜飯山満二丁目〜自衛隊前・習志野車庫)の廃止により、ようやく複数本数が運行されるようになった。なお、飯山満二丁目自治会館には折返場が無く、近くの三叉路にヘアピンカーブで入り、バックして折り返すという荒技を行っていた。 ちなみに、飯山満入口〜東町間は2000年8月15日まで新京成電鉄自動車部鎌ヶ谷営業所(現船橋新京成バス)の高根線と並行していた。

千葉病院前・東船橋駅発着便は全て中型車で運行されている。これは公団東口から先の道路に狭隘な区間が存在するためである。以前は大型車をツーマン運行していたが、時代の流れでワンマン化がすすみ、中型車の導入と増発によって対応した。なお、これに伴い、公団東口付近のルートを一部変更すると同時に飯山満二丁目自治会館便の東船橋駅までの延長を実施している。また、中型車は定員が少ないために、津田沼駅では「公団東口行」と「千葉病院行、東船橋駅行」とで乗場を分離したが、ダウンサイジング化の流れで公団東口折返し便も中型車で運行されることが多くなってきたため、2006年4月頃より3路線とも同じ乗り場となった。その後、2007年3月1日のダイヤ改正で千葉病院前発着便と公団東口発着便の運用が共通化された。

なお、ツーマン運行のときは車掌立ち位置(中扉後部)にワンマン運行用の運賃箱を設置して運賃収受を行っていた。(当時の鎌ヶ谷営業所の高根線や松戸営業所の小新山線や馬橋線もツーマンの頃は同じ方法で運賃を収受していた。)

津田沼グリーンハイツ線[編集]

  • 津15:津田沼駅〜薬園台高校前〜田喜野井入口~自治会館前~田喜野井小学校~津田沼グリーンハイツ(廃止)
  • 津17:津田沼駅新津田沼駅〜教習所前〜児童遊園〜津田沼グリーンハイツ
  • 津18(急行):津田沼駅新津田沼駅〜フレッシュタウン〜津田沼グリーンハイツ

津田沼グリーンハイツ線は線名の通り津田沼駅と津田沼グリーンハイツを結ぶ路線である。同社Webでは「津田沼GH線」との名称を用いている。 1993年の開通当初は津田沼駅〜田喜野井入口間が三山線と同一経路であったが、2002年12月の改正で新津田沼駅、前原東二丁目経由に変更され、路線長の短縮とともにそれまで交通が不便だった地域に新たに乗り入れるようになった。新しい運行区間の大半は道路が狭隘であるため、車両が大型車から中型車に変更された。また、路線長の短縮に伴い、津田沼駅〜津田沼グリーンハイツ間の運賃が値下げ(240円→170円、当時)となった。

2014年3月16日に、当路線のダイヤ改正とともに、[急行]フレッシュタウン経由の津18系統を新設。同社において初の急行バスである。運行本数は毎時1本で、朝と夕方は2本となっている。この系統は、京成バス東習志野線(津田沼駅〜習志野企業局)と京成バス運行による習志野市コミュニティバスのハッピーバス京成津田沼内陸ルートと重複する区間があるが、新津田沼駅を除いて重複する停留所はない。運行ルートとしては、習志野企業局前の交差点を左折し直進、藤崎交番前交差点で京成バスの各路線と交差する。更に直進していき、その先の藤崎小学校と通ずる交差点を左折し、四号棟前を通り終着地である津田沼グリーンハイツへと至る。津17系統では津田沼駅へは四号棟前から次の一号棟前へは途中で右折するが、本系統では直進していく。また、急行扱いとなっているのは、教習所前経由の慢性的な交通渋滞を考慮して所要時間が短縮されるためと考えられるが、定刻運行の場合、フレッシュタウン経由の方が1分長くなる。運賃は両系統とも180円であり、津田沼駅新津田沼駅では現金に限り100円である。なお、津田沼駅新津田沼駅で京成バス東習志野線と停留所が重複するが、運賃は各社それぞれの初乗り運賃となっており、同一ではない。

利用方法[編集]

旧習志野新京成バスを含め、2011年3月20日に一般的な中乗り運賃後払いに変更された。ICカードの普及を受けての変更としている[4]。また、以前同社では前払い時に乗務員の運賃箱設定完了前に読取部へのタッチによる運賃過払いの例もまれに見られた。

  1. 中扉から乗車。
  2. 整理券をとり、ICカードは読取部にタッチする(券なし区間は省略可)。
  3. 降りる停留所が近づいたら降車ボタンを押す
  4. 運賃箱に整理券と運賃・回数券を入れる、ICカードは読取部にタッチする。
  5. 前扉から下車する。

※主要ターミナルなどを中心とする100円区間運賃は現金のみ。回数券での利用はできない。

車両[編集]

習志野新京成バス時代の在来塗装車

船橋新京成バスでは、新京成電鉄鎌ヶ谷営業所時代より日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)製の車両を中心に導入している。このほか、一部の狭隘路線で限定使用される三菱ふそう製の小型バスや、日野自動車製の車両もわずかながら配置されている。また、一時は鎌ヶ谷グリーンハイツ線において「マルチライダー」(スウェーデンオムニノーバ・テクノロジー社製の低床車両)が使用されていたが、収容力・エンジン性能の問題からラッシュ時の運行に支障をきたすようになり、三菱ふそうエアロミディ(PA-ME17DF)に置き換えられる形で廃車となった。

しかし富士重工業(事業分割して後にスバルカスタマイズ工房→現・桐生工業)がバス車両の車体を製造するのを中止し、西日本車体工業製の車体に切り替えたが、大型車の需要が減ったせいもあってかしばらく中型のみを投入していた(2004年まではKK-RM252GAN改。2005年~2006年はPB-RM360GAN。習志野新京成バスも同じ時期に導入している)。三菱ふそうと日産ディーゼルが提携を発表したが、これが今後の新車導入に影響を与えた。

その後営業所内に尿素水(アドブルー)供給設備が設置され、2007年から日産ディーゼルスペースランナーRA(PKG-RA274MAN)を導入した。前述のメーカー間提携により、船橋新京成バスが導入する車両で1012号車以降は日産ディーゼルスペースランナーA(PKG-AP35UM)が導入された。1013〜1024号車は元習志野新京成バスのPKG-RA274MANが6台とPKG-AP35UMが4台である[19]。この配置換えにより、船橋新京成バス塗装では1012号車と1025号車のみの導入となった。なお中型車PB-RM360GAN(1412号車~1415号車)も並行して導入されているが2009年に導入された1416号車、1417号車はリアランプのバンパー内に集約されたり、後方の換気扇が最後部に移設など一部変更を行ったPDG-RM820GANを導入した。これ以降、同社では中型車の導入は行われていない。

1026号車からは再びPKG-RA274MANが導入されたが、それまでのPKG-RA274MANとは違い汎用テールとなった。1031号車以降はUDトラックスのバス製造・販売撤退[20]により三菱ふそう製に切り替え、LKG-MP35FMが導入された。また1036号車以降から分社後初めて大型ノンステップバス(三菱ふそうエアロスター(QKG-MP37FM))が導入された。

2007年10月1日から船橋バスの路線と車両を引き継ぐにあたり、新京成電鉄から分社したあととしては初めて国内4メーカーそろえたバス会社となった[21]

まず、船橋バス新塗装車は暫定的にF-BUSロゴを消して社名変更して当分船橋GH線に専属し、塗装を船橋新京成バス新塗装に塗り換え次第共通運用に就く予定。なお、引き継がれた車両のうち最古だったF-128号車(KC-LV380N)は廃車された。 また、中型車(PA-LR234J1・F-131→1400)の代わりに、船橋新京成バスの在来車が船橋GH線の運用に就くようになった。ただし、船橋新京成バスの中型車も時々運用に入ることがある上、旧船橋バス車の一部は暫定的に船橋駅を発着しない路線で試験的に運用されていたが現在は船橋GH線、古和釜線、高根公団線、海老ヶ作線中心に入っている。

ちなみにF-131は、10月末日に塗装変更の上1400に改番された。1400号車は主に鎌ヶ谷大仏以北(西白井線と廃止された新鎌ヶ谷線)での運用が中心となった後、企業特定輸送(森精機製作所。現在のDMG森精機)に用いられていたが2014年2月現在は再び乗合路線に転用されパークサイド鎌ヶ谷線、東部医療センター線を中心に運用されている。

船橋新京成バスの企業特定輸送は先述の森精機製作所以外にも、住友大阪セメント日野メルファ(KK-RR1JJEA)・S-118号車、いすゞガーラミオ(BDG-RR7JJBA)・1951号車)からも請け負っているが、専用車が検査等で運行できない場合は一般路線車(主に中型車)で代走される。

なお、白井市循環バス「ナッシー号」の車両が日野ポンチョ・ロングボディ仕様(BDG-HX6JLAE)で代替されたことにより、それまで使用されていた日野レインボー7m仕様(KK-HR1JEEE)は改番なしに塗装を変更され、前述のエアロミディ(PA-ME17DF)や三菱ふそうローザ(KK-BE63EE)の一部と共通運用になり鎌ヶ谷大仏以北の小型車用路線(主に井草線・西白井線)で用いられている。それまで用いられていた三菱ふそうローザのうち一部は前述の通り船橋市内実証実験に用いられていたが2012年6月から船橋新京成バス塗装の日野ポンチョ(SDG-HX9JLBE)が導入され、三菱ふそうローザは西白井線の運用に就くことが多かったがその後の新車導入により廃車された。

2013年4月16日からの深夜急行路線開設に伴い、京成バス奥戸営業所よりいすゞガーラ2000HD(KL-LV781R2)を譲受。車番は京成バス時代と同じ1060。船橋新京成バスにおいてはいすゞ製の車両の導入は船橋バスからの引継車6台、特定輸送用の1951号車に引き続き3例目(分社前を含めると4例目)である。方向幕の巻取機は前述の廃車されたローザのものを流用している。さらに5月に車体の違う同型車(21型M車体)も京成バスから1071として転入。こちらは幕がLEDとなっている。2台ともトイレ付。

習志野新京成バスでは、設立時から日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)の車両を一貫して導入していたが、UDトラックスのバス製造・販売撤退により三菱ふそう製に切り替えた。また、新京成三社のうちで唯一中型ロング車を保有していたことや2009号車以降日産ディーゼル・スペースランナーAを導入していることも特徴のひとつであった。

2008年初夏直前ぐらいに船橋新京成バスからワンステップのKC-UA460LSNを12台受け入れ代わりにワンステップのPKG-RA274MANを8台(全車)とPKG-AP35UMを4台を船橋新京成バスに譲渡、1013〜1020及び1021〜1024となった。理由は公表されていないが、習志野新京成バスが財政的に厳しいがゆえに新車の代金が捻出できず、船橋新京成バスが肩代わりするためと見られる。元習志野車は習志野塗装のままである。だが、PKG-RA274MANとPKG-AP35UMは譲渡後も増備され(前者は1台のみ)、LKG-AP35FMにモデルチェンジしUDのバス事業撤退後にOEM元の三菱ふそう製(LKG-MP35FM)に切り替えた後も増備が続いている。この増備によって船橋新京成バスから受け入れた車両を含めKC-UA460LSNやKC-JP250NTNに廃車が発生している。2012年から車両番号を2300代としてQKG-MP35FMを5台導入した。なお習志野新京成バスの大型車は唯一、ノンステップバスが導入されていない。

2009年10月より、全車両の車内放送が新しいものとなった。

2010年8月頃より、バックカメラの設置に伴い2401と2402の車両番号が2751と2752に変更となった。

松戸新京成バスより京成バスから高塚梨香台線とともに転入したKK-LR233J1改(2248・2223号車→3505・3501号車→2921・2922号車)が2台転属され、運賃箱等を撤去した上で郵便事業千葉西ターミナル支店の従業員輸送に用いられているが、2922号車(元2223→3501号車)が廃車された。また、2921号車は貸切用から一般乗合用に2721号車へ改番された。

現在はいずれの車両も船橋新京成バス習志野営業所に引き継がれている。

一方、船橋バスの前身の大成輸送は当初車3台日野RE100型、車番号101〜103)にて運行スタート。同団地の建設が進むにつれて利用者が急増、次いで三菱MR470型、車番号104〜106)、日野RE100型、車番号107・108)、を段階的に購入し8台まで増車。団地の計画が完了した時点で、日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)U20H型、車番号109)を導入し増車した。

船橋バスに運営が移り、いすゞK-CJM520型富士重工3E車体車)3台(購入当時NO.111〜113)を導入した。塗装を船橋バス新塗装に変更。同社初の方向幕による行先表示機搭載。新京成バス松戸営業所と同仕様に。その後同形式のF-114を導入し、104・105が早々に廃車になった(NO.からF-へ)。(因みに、この中の1台が船橋中央市場に引き取られ、暫く船橋駅〜市場間の送迎に使われていた。)

F-115・116(同型・初の冷房機器搭載車)は2台同時期に導入され、101〜103、106が廃車。次いで、F-117・118の2台(富士重工5E)を導入。107のみが廃車となり、結果1台増車し計10車両となった。ちなみに108・109は、船橋バス塗装に変更され、停留所増設に伴い、(船橋グリーンハイツ入口⇔船橋駅北口)の往復表示のパネルから、方向幕式へと行先表示機が改修され、テープ放送装置が設置された。

F-119(P-LV314M型初のリベットレス)を導入し、最後の日野車の108が廃車。大成輸送からの最後となる109を廃車しF-120を導入。次いでF-121(最後の5E)を導入するが、走行距離の関係からF-114を先に廃車。これによって車両更新が一息つくと、非冷房車のF-111〜113に冷房機器搭載改造を施し、保有全車が冷房機器搭載車となった。

F-112の廃車で初の富士重工7E(U-LV324M型)のF-122を導入。以降、F-113でF-123を、F-111でF-124をそれぞれ導入。しかし、F-125の導入でF-115・116の2台が廃車。結果保有9台へと減車した。以降、F-117でF-126、F-118でF-127(若干の仕様変更)の廃車更新を実施。四年後にF-119の廃車で同社初のワンステップ(KC-LV380N型)のF-128を導入。 順次廃車されF-129(KL-LV280N1型)で塗装変更と共にいすゞ製のエルガへ。F-130(KL-LV280L1型改)でのノンステップ車の導入で富士重工5Eが全廃。そもそもの利用者減と相まって、郵政民営化に伴い、団地内の、かつての日本郵政公社社宅が取り壊されハイツ内の住戸が減ると、F-131をエルガミオ・PA-LR234J1型で導入。しかし評判が芳しくないことと旧型大型車の代替の為その次のF-132・F-133は再びエルガ・PJ-LV234N1型で導入された。

前述の船橋新京成バスへの路線・車両譲渡のため、船橋新京成バスで使用し始めた小田原機器製の新型運賃箱や、中乗り用の整理券発行機・カードリーダが、設置され、また、9月26日頃から新塗装車から「F-BUS」や「FUNABASHI BUS」表記が撤去され、「船橋新京成バス」表記を隠す「船橋バス」と書かれたステッカーと、また扉ごとにある「出入口」表記を隠す「入口」・「出口」ステッカーが張られていた。

方向幕はF-131からLEDで導入されたが、移管の発表前の時点でF-128以降もLED化されている。

なお、F-126・F-127(U-LV324M、1994年式・1995年式、大型ツーステップ)は船橋新京成バスで必要なLED方向幕や整理券発行機などを搭載していなかったことと排ガス規制の為に船橋新京成バスには引き継がれなかった。

また、F-128(KC-LV380N、1999年式、大型ワンステップ)は船橋バス緑帯塗装のまま主に船橋グリーンハイツ線や古和釜線、高根公団線、海老ヶ作線に入っていたが2011年平成23年)2月に廃車された。

F-129(KL-LV280N1、2002年式、大型ワンステップ)・F-130(KL-LV280L1改、2003年式、大型ノンステップ)・F-132・F-133(PJ-LV234N1、2006年式、大型ワンステップ)については2014年(平成26年)現在、船橋バスF-BUS水緑塗装のまま主に船橋グリーンハイツ線や古和釜線、高根公団線、海老ヶ作線に入っている。

そしてF-131→1400(PA-LR234J1、2006年式、中型ノンステップ)は当初、船橋バスF-BUS黄緑塗装のまま主に古和釜線、高根公団線、海老ヶ作線(船橋グリーンハイツ線にも入ることはあったが他の大型車ほど頻度は高くなかった)に入っていたが、2007年(平成19年)10月末日、ジェイ・バス宇都宮事業所で船橋新京成バス塗装に塗り替えられ、車番も1400号に改番された。また、塗装変更後は全ての中型車向け運用に就いていたがその後運用が新鎌ヶ谷線を中心となり同線廃止後はパークサイド鎌ヶ谷線または西白井線に限定され、後に企業特定バス(森精機製作所。現在のDMG森精機)になっていたが2013年(平成25年)1月から再び乗合路線に転用され、現在は西白井線・パークサイド鎌ヶ谷線・東部医療センター線を中心に入っている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 日本経済新聞社ウェブサイトより(2007年6月27日付) (PDF)
  2. ^ 新京成ニュースリリース(2009年3月10日付)
  3. ^ 新京成ニュースリリース(2008年9月9日付) (PDF)
  4. ^ a b c 【船橋新京成バス・習志野新京成バス】乗降方式変更のお知らせ
  5. ^ 【新京成グループバス3社】新バスロケーションシステム(Bus-Vision)サービス開始について 新京成電鉄 2012年2月24日
  6. ^ a b 【船橋新京成バス】ダイヤ改正のお知らせ・深夜急行バスの運行開始(4/16~) 新京成電鉄 2013年4月5日
  7. ^ 新京成の連結子会社、2社を4月16日付で合併します 新京成電鉄 2014年4月9日
  8. ^ http://www.shinkeisei.co.jp/pdf/corporate/ir/settlement/080208.pdf (PDF) 新京成電鉄 平成20年3月期 第3四半期財務・業績の概況
  9. ^ 会社自身が認識しているのは「船橋市内の津田沼駅を中心としたエリアの路線」である。運転手募集広告の勤務地説明による。
  10. ^ ニュース追跡 企業名を冠した病院開設で紛糾 セコムがセコメディックに変わって落着|日経メディカル|日経BP記事検索サービス
  11. ^ なお同病院は、2005年5月に「医療法人社団 誠馨会(せいけいかい)」の傘下に入った。ちなみに同社団は、2001年6月にセコムと業務提携を交わしている。
  12. ^ 新京成ニュースリリース(2007年9月28日付)
  13. ^ 新京成ニュースリリース(2010年3月12日付)
  14. ^ a b 第16回船橋市地域公共交通活性化協議会
  15. ^ 新京成電鉄Webページ【船橋新京成バス】八木が谷線・丸山循環線に新車を投入しました
  16. ^ 新京成ニュースリリース(2008年9月9日付) (PDF)
  17. ^ 【新京成グループバス3社】新バスロケーションシステム(Bus-Vision)サービス開始について 新京成電鉄 2012年2月24日
  18. ^ 新京成の連結子会社、2社を4月16日付で合併します 新京成電鉄 2014年4月9日
  19. ^ なお、新京成電鉄時代にも習志野営業所から路線の移管を受けた際に習志野営業所から車両が転入している。
  20. ^ 2010年10月29日に三菱ふそうとの提携が打ち切りとなったため。
  21. ^ 船橋バスに最後まで現存していた車両は全ていすゞ自動車製の車両であった。また、分社前には松戸の旧型のいすゞ車が東京学館送迎(現在はコスモスバスが担当)に充当されていた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]