テレビカー
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テレビカーとは、車内にテレビ受像機を設置した鉄道車両のことを指す。
テレビカーの名前は、京阪電気鉄道で全国的に広く知られているのが有名であるが、2011年に完全廃止されることになった。なお、他社にも存在する。また、日本で初めてのテレビカーは京成電鉄であった。
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[編集] 京阪電気鉄道
[編集] 現有使用車両
8000系が11編成在籍する(1編成は初代3000系からの編入車で30番台である)。テレビは編成の中程5号車の京都寄り車端、電話室横に設置されている。車両外板と窓上にはステンレスの切り抜き文字で大きく「テレビカー」と表示されている。特急料金などは不要で、運賃のみで乗車できる[1]。
アナログ放送受信時代には送信所のある生駒山を見通せない八幡市~橋本間近辺などで映像が乱れる事もあった[2]。その当時はNHK大阪総合を受信している事が多かったが、車掌の判断や乗客の要望によりプロ野球阪神戦中継など他の在阪VHF波を受信する事もあった。また、初期においては大阪と京都では電波の指向の違いから乗務員がアンテナを操作していたが、後にダイバーシティ方式に変更されたため、アンテナ操作が不要となっている。
1992年からはBSアンテナを設置し、主にNHK衛星アナログ放送を受信していたが、電波を遮られる場所では画像が途切れていた。
受信しているチャンネルの音声をラジオ放送で流す車両もある。また、地下区間ではLCX方式での受信となる。
2011年7月24日に予定されているアナログテレビの放送終了に向けて、車両に搭載する受信設備を地上デジタル放送対応の物に交換する作業が始まり、2006年10月6日に完了した。[3]。また、32形液晶画面テレビへの交換も進められ、2007年7月30日に完了した事が発表された(但し地下区間は従来通りアナログ放送となっている。中之島線には地上設備自体が設置されなかった)。
車内に設置しているテレビは、京阪沿線の大阪府門真市に本社を置く松下電器産業(現・パナソニック)製であったが、現在は京都産をアピールしている三菱電機製(沿線ではないが京都府長岡京市で生産している)である。
なお、2008年6月から2012年度までに8000系全編成の車体塗装を変更するが、テレビカーのロゴは四角形の中に「TV」、その右に小文字で「テレビカー」と表記されている。
ワンセグの普及によりその使命を終えたとして、2011年度までに順次テレビを撤廃する事が決定されている(京阪電気鉄道プレスリリース(PDF))。
[編集] 過去の車両
京阪電鉄のテレビカーは1800系から設置を開始した。車体外側面の文字はこの時に朱色の書き文字として始まった。続く1900系も白黒であったが、初代3000系からカラーとなった。いずれも京都側先頭車に設置された。
初代3000系は、1編成を残して8000系への置き換えによって廃車が進み、一部編成については1991年から富山地方鉄道に譲渡されて10030形となり、ここでもテレビは偶数車のみにUHF対応・VTR設置の上で当時のPanasonicの最新鋭機種「画王」に交換されたが、1996年のワンマン化改造に伴い運賃表を取り付けたため、撤去された。また、同年頃からさらに大井川鉄道にも譲渡されて3000形を名乗っているが、こちらはテレビを設置しなかったので、譲渡時にテレビを撤去している。残った3000系1編成も、2008年6月に8000系30番台となった。8000系30番台を含め、2011年度までにテレビを撤去することとなり、京阪のテレビカーは57年の歴史に幕を下ろすこととなった。
[編集] 京阪電気鉄道以外におけるテレビ設置車両
古くは京成電鉄で開運号専用車両であった1600形や、予備車であった1500形にテレビが搭載されていた。これが日本で最初のテレビ付き車両と言われる。但し、設置当時は放送時間が短かった事から開運号との運転時間とは必ずしも合致せず、夏期納涼列車として千葉線での運行で評判を得ていたという。当時人気の高かったプロレス中継を放映していた事から「プロレス電車」とも呼ばれた。京阪で問題となった電波受信については、京成の線形が電波指向性に都合が良かった事や、当時の京葉間は埋め立て前で路線が海岸沿いであった事もあり、問題とされなかったものの、京成津田沼以東では電波受信難の区間が存在する。
また、現在は取り外されたが、かつてはJR東日本の651系、JR西日本の681系、JR東海の371系及び小田急電鉄の20000形のグリーン車(小田急線内ではスーパーシート)の座席の肘掛けに収納型の液晶テレビが搭載されており、衛星放送を視聴する事ができた。
近畿日本鉄道は、10100系の第3編成を使用して1967年夏の3ヶ月間営業列車で実用化を前提とした試験を行ったが、当時の大阪線山間部の受像能力の関係で採用を見合わせた。テレビ受像機はソニー、三菱電機、東芝を各車1台ずつに設置していた[4]。
筑豊電気鉄道では、3000形の登場初期に一部編成でNHK北九州放送局の番組を放映するテレビが運転台後に設置されていた車両もあった。一方でテレビを放送しない編成は2000形と同じく案内とCMを流すビデオが設置されている車両がある(現在、一部編成は撤去されている)。
富士急行でも、1000形の一部編成がクロスシートになっており、その上部にテレビを設置している。
さらに、京阪の系列会社である京福電気鉄道(嵐電)でもNHK京都放送局の地上デジタル放送のキャンペーンのため、モボ2001形の2002号車に液晶テレビが2台設置された。
「テレビカー」の定義からは外れるが、285系サンライズ出雲・瀬戸ではA個室内に小さいテレビがあり、衛星放送を視聴できる。電波の届かないトンネル内などでは視聴不可となる。
[編集] ビデオ上映
1990年代初頭、山陽新幹線の100系(グランドひかり)のグリーン車に収納型の液晶テレビを搭載したり(視聴可能区間は博多駅~西明石駅付近)、0系を改造した「シネマカー」を連結したりしていた。
また、日本国有鉄道(旧国鉄)では1980年代に九州地区の特急「有明」用の485系や北陸地区の急行「能登路」用のキハ58系にスクリーンを設置し、映画や観光案内を流した事がある。

