近鉄大阪線

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近畿日本鉄道 大阪線
大阪線でも使用される9020系電車
大阪線でも使用される9020系電車
路線総延長 108.9 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V(直流
最高速度 130 km/h

大阪線(おおさかせん)は、大阪府大阪市天王寺区大阪上本町駅から三重県松阪市伊勢中川駅までを結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線

概要[編集]

大阪(大阪上本町駅および難波線大阪難波駅)と名古屋伊勢志摩方面を結ぶ特急列車が通る近鉄の基幹路線の一つである。また、三重県伊賀地域・奈良県中和地域・大阪府中河内地域から大阪市内への通勤・通学路線としても機能している。営業距離の108.9kmは、JR・三セクを除く日本の私鉄の路線では東武伊勢崎線に次ぐ長さとなっている(全線複線以上の路線としてはJR・三セクを除く日本の私鉄最長)。ほぼ全線にわたり大阪とを結ぶ国道165号と並走している。

青山町駅以西では、スルッとKANSAI対応カードおよびJスルーカード自動券売機での引き換えのみ)が使用できるが、伊賀上津駅以東では使用できない。また全線でPiTaPaおよびICOCAなどのPiTaPaと相互利用可能なICカードが利用できる。なお自動改札機が設置されていない伊賀上津駅 - 川合高岡駅間の各駅には、専用の簡易改札機を設置して対応している。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):108.9km
  • 軌間:1,435mm
  • 駅数:48駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:
    • 複々線:大阪上本町駅 - 布施駅間(4.1km 近鉄奈良線列車との方向別複々線)
    • 複線:布施駅 - 伊勢中川駅間(104.8km)
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
    • 大阪上本町駅 - 布施駅間が複々線化されるまでは同区間は奈良線に合わせて直流600V電化だった(そのため布施駅構内にデッドセクションがあった)。
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最急勾配:35.6(大和八木駅東方:高架と地平の境目[1]
  • 最高速度:130km/h(一部の特急)、120km/h(特急)、110km/h(一般車両) ※駅間毎は駅一覧参照

なお、新青山トンネル西坑口(大阪上本町起点84.048km地点)を境に、大阪上本町側が大阪輸送統括部(旧・上本町営業局)、伊勢中川側が名古屋輸送統括部(旧・名古屋営業局)の管轄。

沿線風景[編集]

桜井駅以西は大阪・奈良の府県境があるものの比較的平坦な区間で連続した急勾配は少ない。桜井駅から伊勢中川駅までは山越え区間になるが、開業当初から電化されており、曲線半径600m以下のカーブが生じないように設計されている(その他の区間には最小半径400mのカーブが存在)ため、最大33.3の連続急勾配も点在する。このため、強力モーターの電車が高速で山越えをするダイナミックな走行が見られる。

なお、以下に示す記述はすべて大阪上本町→伊勢中川方向における沿線風景であり、逆方向については順序が逆になり、風景の見える方向が左右逆となる。

大阪上本町駅 - 河内国分駅間[編集]

近鉄百貨店上本町店に内包された7面6線を有するターミナル駅である大阪上本町駅を発車してほどなく、地下から高架へと上がる奈良線(難波線)の線路が並行し(線路戸籍上、近鉄奈良線の起点は布施駅であるが、運転系統にあわせここでは奈良線と記す。詳細は近鉄奈良線の項目を参照)、JR大阪環状線の下を通り鶴橋駅に到達する。この駅は2面4線の構造で、1番線と3番線を奈良線、2番線と4番線を大阪線が使用している。JRと近鉄の主要幹線同士の接続駅ということもあり、終日多くの利用客で混雑する様子が見られる。

鶴橋駅から先はしばらく方向別複々線の線路になり、大阪線と奈良線がそれぞれ違う線路を走る。住宅街を高架で通り抜け今里駅に達する。今里を出てしばらくすると東大阪市に入り、奈良線の線路がさらに上へ上がり、布施駅となる。ここから奈良線と分かれ、線路は右にカーブする。次の俊徳道駅の高架下には2008年3月15日に開業したJRおおさか東線JR俊徳道駅がある。

俊徳道を出てしばらく進むと線路は地上になり、終日、近畿大学の学生などで賑わう長瀬駅に着く。そこから先は狭い住宅街を進み、2面4線の弥刀駅に達する。弥刀駅からすぐ河内国分寄りには引き込み線と折り返し設備があり、かつては近畿大学の学生を運ぶ弥刀駅折り返しの列車が使用していたが、現在も信貴線(後述)の車両入れ換えや回送列車の方向転換等に用いられることがある。弥刀駅を過ぎると再び高架に上がり、高々架の近畿自動車道と地上の大阪中央環状線に差し掛かる手前で八尾市に入り、久宝寺口駅。そのまま高架を進んで近鉄八尾駅に達する。

近鉄八尾駅を出るとすぐ、左手には西武百貨店アリオ八尾が見え、しばらく進むとメロディアンの本社および研究所が見える。線路が再び地上に下りると間もなく河内山本駅に着く。この駅からは信貴線が分かれており、大阪などから信貴山朝護孫子寺への参拝の足となっている。ここを過ぎると線路は右へ大きくカーブし、高安駅に達する。ここには高安検車区高安検修センターがあり、近鉄のいろいろな車両を見ることができる。その後高架に上がって国道170号大阪外環状線)を乗り越え恩智駅、そこを出てすぐに線路は地上になる。東方向(進行方向左側)に生駒山系の山並みを眺めつつ線路は南へ延び、柏原市の住宅街に入って法善寺駅堅下駅と進む。安堂駅のあたりからJR関西本線大和路線)と国道25号が並走し、やがて大阪線はこの2線を立体交差で跨いで大和川を渡り、河内国分駅に着く。

河内国分駅 - 大和八木駅間[編集]

河内国分駅を過ぎたあたりから線路はゆるやかに左へカーブし、景色も次第に金剛山地の山々がせり出してくるようになる。西名阪自動車道の下を通ると大阪教育大前駅。この駅を過ぎてすぐの新玉手山トンネルを抜けてしばらく進んだ所に府県境があり、大阪府から奈良県に入る。

関屋駅の先で勾配を登り切り、二上駅を過ぎて奈良盆地に踏み込むと、南側(右側)にフタコブラクダ状の稜線を持つ二上山が見えてくる。この辺りでは二上山寄りを走る南大阪線に最も接近する。線路は徐々に香芝市の中心部へと進み、香芝市役所の最寄駅近鉄下田駅に達する。ここを過ぎるとJR和歌山線を乗り越え、五位堂検修車庫・高安検車区五位堂車庫を右手に眺めつつ五位堂駅に達する。

住宅街を通り抜け大和高田市に入り、築山駅を過ぎて大和高田駅に達する。しばらく進むと田園地帯に入り、松塚駅を過ぎて曽我川を渡ると線路は橿原市に入る。このあたりから右手に大和三山の一つ畝傍山が見えてくる。橿原市の住宅街に入ると真菅駅。そこから線路はしばらく住宅街の中を進み、橿原線からの京伊特急用の短絡線が合流して、高架の大和八木駅に到着する。この駅には大阪だけでなく京都方面からも一部の特急が運転されており、同一ホームでの特急同士の連絡が時折見られる。またこの駅からは「高速道路を通らない日本一長いバス路線」である十津川経由新宮方面行きの奈良交通バスが発着している。

大和八木駅 - 名張駅間[編集]

大和八木駅を出て橿原の市街地を抜けると、左手に耳成山(大和三山)が、右手に天香具山(大和三山)が見える。特に耳成山は線路のすぐ近くにそびえており、周辺に目立った丘がないためとても美しく見える。耳成駅を過ぎると線路は桜井市に入り、住宅と畑、山林が調和したのどかな風景が続く。大福駅を通り過ぎると左手には三輪山が、右手にJR桜井線(万葉まほろば線)が見えてくる。大阪線の線路は高架へ上がりJR線もこちらに迫ってきて桜井駅に達する。

桜井駅を出るとJR桜井線(万葉まほろば線)が左に分かれていき、国道165号を乗り越えると、2面4線の大和朝倉駅。この付近から線路は、初瀬川の谷の山肌に沿って最大33.3‰の上り勾配が連続している。線路はやがて牡丹紅葉の名所である長谷寺の最寄り駅、長谷寺駅を通る。長谷寺駅を過ぎると、室生・赤目の山々がせり出してくる。トンネルをくぐり約8kmに亘って続いた上り勾配が終わると、3面5線を有する宇陀市の中心駅、榛原駅に達する。

榛原駅を出るといよいよ山間部に入り、駅間の距離も長くなる。国道165号と並走しつつ室生口大野駅三本松駅を通り、宇陀川を渡るとやがて奈良県から三重県へ入る。


線路は赤目四十八滝の最寄駅、赤目口駅に達し、山間から名張盆地へと移っていく。名張川を渡ると車両基地を構えた名張駅に到達。駅の売店には関西で売られている商品だけでなく、中日新聞中日スポーツなど東海・中部地方でよく見られる商品が並ぶようになり、関西(近畿)地方中部地方の境界的な様子を見せる。利用客もこの駅からは大阪方面ではなく四日市名古屋方面に向かう通勤、通学客が現れてくる。

名張駅 - 伊勢中川駅間[編集]

名張駅を出てしばらくは名張の市街地を通り、桔梗が丘駅に至る。この駅を過ぎると線路は住宅街を出て田園地帯を走る。美旗駅を過ぎ、伊賀市に入ると伊賀神戸駅に着く。この駅から伊賀鉄道伊賀線が北に分かれており、伊賀市(旧上野市)の中心部、上野市駅へはここで乗り換えとなる。大阪線の線路は木津川を渡り、さらに山間部を進んで車庫を構える青山町駅に出る。この青山町駅から先、伊賀上津駅西青山駅東青山駅榊原温泉口駅にかけてはほとんど人家がない完全な山(布引山地)の中を進むことになる。トンネルも多く、この間で全長5,652mの新青山トンネル、1,165mの垣内(かいと)トンネルを通る。新青山トンネルを通り抜けると線路は津市に入る。

榊原温泉口から先もしばらくは山間部、トンネルを進むが、大三駅を過ぎたあたりから山を抜け、田園地帯に入る。伊勢石橋駅を過ぎると徐々に住宅も多くなってくる。川合高岡駅まで来るとほぼ平地であり、完全に山を越えたことを実感させられる。この川合高岡駅はJR名松線一志駅に程近く、当駅への乗換駅となっている。

線路はその後伊勢自動車道をくぐり松阪市に入って、左手方向に名古屋線への連絡線が分かれる。中村川を渡ると名古屋線の線路が迫り合流して、大阪線の終点伊勢中川駅に到着する。この駅は大阪線・名古屋線とも始終着駅ではあるが、線路自体はこの駅より山田線となって宇治山田・賢島方面に続いており、伊勢中川より大阪、名古屋方から直通運転する列車も多い。

運行形態[編集]

列車種別[編集]

大阪線では、特急快速急行急行準急区間準急普通が運転されている。ここでは特急以外の各種別の詳細を示す。なお、特急は「近鉄特急」の項を参照のこと。

特急停車駅、青山町以西の快速急行停車駅、高安以西の準急停車駅のホームは10両まで対応している。

大阪上本町から青山町を越えて伊勢方面に直通に運転される急行、快速急行にはおもにロングシート2610系1400系1407F2800系2817F、朝夕を中心に5200系5800系5820系L/Cカー)のトイレ付きの車両が充当されるが、ダイヤ乱れが起きた場合はトイレのない車両が運用に入ることがある。トイレ付き編成はそれぞれが限定運用となっているが、曜日や時間帯等で変わることも多い。5200系やL/Cカー運転による大阪上本町 - 青山町間運転の快速急行・急行の運用もあり、朝6時台の大阪上本町駅発宇治山田行き急行・夜20時台の五十鈴川駅発大阪上本町行き快速急行には原則名古屋線富吉検車区所属の5200系統が充当されていたが、2014年のダイヤ変更で、名古屋線所属のLCカーもしくは、ロングシート車に変更された。

特急以外の各種別は、奈良線のそれらとは異なり難波線に乗り入れておらず、阪神線との相互直通運転も実施していないため、難波線・阪神線とは鶴橋駅で乗り換える必要がある。大阪上本町駅でも乗り換え可能だが、対面乗り換えはできない。難波線に乗り入れていない理由は、難波線の線路容量に大阪線の列車が入線する余裕がないことに加え、大阪上本町駅発車時点で特急車や奈良線の列車とは編成の向きが逆であることから、事故や自然災害などで運用が乱れた際に増解結が出来なくなったり、故障時の救援に支障を来たす恐れがあるためである。

快速急行[編集]

昼間時以外に大阪上本町駅 - 大和八木駅(下り最終のみ)・名張駅(上りのみ)・青山町駅山田線松阪駅宇治山田駅鳥羽線五十鈴川駅鳥羽駅(休日夕方下り、平日の宇治山田行き普通→上本町行き快速急行のみ)間で運転される。通勤時間帯の長距離優等種別という位置付けである。大阪上本町駅 - 伊勢中川駅間の最短所要時間は1時間39分である(表定速度66km/h)。赤目口駅 - 青山町駅間は各駅に停車する[2]。特急の待避は主に榛原駅・名張駅で行われるが、一部に五位堂駅や大和八木駅で待避する列車や、始発駅から終着駅まで無待避の列車もある。なお、早朝・夜間には前述の通り名古屋線の車両により運用されている列車もある。

大阪上本町駅を毎時15・20・25分に発車する下り列車(休日の21時台は除く。後述の急行も含む)は名張駅で大阪難波駅を毎時30分に発車する名阪乙特急と緩急接続している。ただし、上り列車は運転間隔が異なるために朝の一部を除けば名阪乙特急とはほとんど接続しない。

利用客からは「快速」あるいは「快急」と略して呼ばれる場合もあるが、旅客案内においては「快速急行」で統一されている。1978年3月のダイヤ変更(布施駅3層化改造工事完成に伴う変更)以前は、この種別が急行として運転されていた(「過去にあった列車種別」を参照)。なお、快速急行への改称後も五位堂駅は2001年3月まで、美旗駅は2003年3月まで通過していた。青山町駅以西は最大10両、以東は4・6両編成で運転される。このため名張駅(または青山町駅)で増解結を行う列車もある。

2012年3月20日のダイヤ変更で区間快速急行と統合され、室生口大野駅と赤目口駅の2駅が停車駅に追加となり、伊賀上津駅、西青山駅、東青山駅の3駅が通過となった[3]。青山町駅 - 榊原温泉口駅間で通過運転を行う関係で、青山町駅発着・松阪駅以東発着列車ともに青山町駅で伊勢中川駅発着の普通列車に接続する列車がある。

近年では急行への変更ないしは減便などで運転本数は年々減少しており、2013年3月17日のダイヤ変更で朝の下り列車が平日の8時台を除いて全て急行に変更された。また、2003年までと2012年は伊勢中川駅始発の列車(近鉄名古屋駅 - 伊勢中川駅間を急行として運転し、伊勢中川駅で大阪上本町行き快速急行に種別変更したもの)も運転されていた。

急行[編集]

昼間時と朝の下りにおける大阪上本町駅 - 名張駅・青山町駅・宇治山田駅・五十鈴川駅間の運転が基本。昼間時は五十鈴川駅(一部時間帯は宇治山田駅)、青山町駅、名張駅折り返しが毎時1本ずつ設定されている。快速急行の停車駅に加え布施駅・河内国分駅・三本松駅・伊賀上津駅・西青山駅・東青山駅に停車する。河内国分駅と三本松駅のホームの有効長が6両編成分までであるため4両もしくは6両編成でしか運転できない(ドアカットは行わない)のと、乗降客が多いが緩急接続ができない布施駅(通過待避のみ可)に停車するため、混雑が激しく運転本数が増える朝のラッシュ時の上りや夕方から夜のラッシュ時の下りには運転されていない。従って、閑散時間帯やラッシュ時でも混雑が激しくない朝のラッシュ時の下りや夕方から夜のラッシュ時の上りの長距離優等種別という位置付けとなっている。榛原駅 - 榊原温泉口駅間は各駅に停車し、昼間時に区間準急・普通が乗り入れない榛原駅 - 名張駅間と、普通列車の本数が激減する名張駅 - 東青山駅間では普通列車としての役割も担う。上り下り共に9割以上の列車が河内国分駅と榛原駅で準急以下の種別と接続する。名張以西では昼間の一部の列車[4]を除き6両編成で運行されている(以東は一部4両編成)。

昼間時以外(快速急行運転時間帯)は名張駅以東での区間運転と朝の下り、および平日夕方以降の上りが一部この種別で運転されており、夕方の伊勢中川発名張行きと名張発大阪上本町行きがあるほか、朝の下りは平日一部の時間帯を除き、快速急行の代わりにこの種別が運転され、平日の夕方上りは快速急行と交互に運転されている。また、朝6時台の宇治山田行きは宇治山田駅到着後、鳥羽線鳥羽行き普通列車に種別変更してそのまま運転している。 その他、早朝には名張発の名古屋線近鉄名古屋行き(特急とは異なり伊勢中川でスイッチバック)、平日の朝9時台に名張発松阪行き、朝に名張発五十鈴川行き、朝に鳥羽線鳥羽駅始発大阪上本町行きが1本ずつある。時刻表上では名古屋線直通は上記の1本のみだが、ほかに早朝に近鉄名古屋駅から伊勢中川行きとして運転した急行が、伊勢中川駅でそのまま大阪上本町行きに行先変更する急行が2本設定されている。

五十鈴川駅発着の急行は伊勢中川駅で近鉄名古屋駅方面行きの急行との相互接続を図っている(これは快速急行も同様)。また、大阪上本町を毎時15分に発車する下り宇治山田・五十鈴川行きは全列車が名張駅にて名阪乙特急および単独運転の京伊特急と相互接続を図っている。ほとんどの名張駅折り返し(一部は青山町折り返し)列車は名張駅で伊勢中川方面の普通列車と接続が図られている。

昼間は名張駅か榛原駅で特急を待避するが、布施駅、五位堂駅、大和八木駅、青山町駅、東青山駅で待避する列車や、始発駅から終着駅まで無待避の列車もある。待避回数は列車によって異なるが、上りの五十鈴川発着列車を中心に2回行うことが多い。昼間時間帯の乙特急の当線内所要時間が最速で1時間22分(表定速度80km/h)であるのに対して、急行は最速で1時間44分(表定速度62km/h)かかり、20 - 30分程度の時間差・速度差がある。

2003年までは五十鈴川駅・鳥羽駅始発列車が多く設定されていたが、2004年3月のダイヤ変更でほとんどの列車が宇治山田駅折り返しに変更となった。また、2012年3月20日のダイヤ変更で青山町駅発着列車の約半数が名張駅発着に短縮されている。2014年9月21日のダイヤ変更で宇治山田折り返しが一部を除き五十鈴川折り返しに変更となった。

長谷寺ぼたん祭や紅葉時の日中には長谷寺駅に臨時停車する。

大晦日の深夜から終夜運転を行う越年ダイヤでは大阪上本町駅 - 宇治山田駅間でほぼ毎時1本の割合で運転される。一部列車は宇治山田駅から普通に変わって鳥羽駅まで運転される列車もある。

前述のように利用客の多い布施駅や河内国分駅に停車し、快速急行が通過して普通列車の本数が激減する三本松駅や伊賀上津駅、西青山駅、東青山駅に停車するため、快速急行の中でも6両編成以上の増結運転を必要としない列車を中心に順次急行に変更されるなどで運転時間は年々拡大しており、2013年3月17日のダイヤ変更で平日の夜間に上りの急行が増発、および朝の下り快速急行の大半と平日夜間の上り快速急行の一部が急行に変更されたことから、朝の6時台から平日は22時台まで、休日は19時台までの運転となった。

現在の急行は1978年3月に設定された2代目である。かつての急行については「過去にあった列車種別」を参照。定期列車では存在しないが、「大和八木」「榛原」「伊賀神戸」「東青山」「鳥羽」表示は用意されている。

準急[編集]

昼間時以外に大阪上本町駅 - 高安駅・大和八木駅(深夜のみ)・榛原駅・名張駅間で運転。全線通しで運転される列車はなく、大阪近郊での中距離優等種別という位置付けとしている。大阪上本町駅 - 河内国分駅間では鶴橋駅・布施駅・近鉄八尾駅・河内山本駅・高安駅に停車し、普通列車の激減する河内国分駅以東では各駅に停車して、その区間における普通列車としての役割を担う。奈良線の準急と比べると、急行との所要時間や停車駅数での格差が大きく、急行以上の優等列車を通過待ちするため、例えば大阪上本町駅から大和八木駅まで60分以上もかかることがある。

2012年3月20日のダイヤ変更により、昼間の時間帯において区間準急が設定されるまでは、大阪上本町駅 - 高安駅間の系統が1往復、大阪上本町駅 - 榛原駅間の系統が2往復、合計で毎時3本運転されていた。昼間時(急行が運転されている時間帯)を除く快速急行運転時間帯は、現在も最長で名張駅まで運転されている。朝ラッシュ時は高安駅以西最大10両編成、夕ラッシュ時は高安駅以西最大8両編成、ラッシュ時以外は基本6両編成、一部4両編成あり。また、過去(1990年代初めまで)は3両編成(ラッシュ時は高安駅以西6両 - 7両編成)が基本であった。

ラッシュ時は五位堂駅・大和八木駅・榛原駅または名張駅で快速急行、大和八木駅・名張駅で乙特急と相互接続する。

また現在、一部列車には2610系などのトイレ付き車両、5200系やL/Cカーといったクロスシート車両が使用される列車もある(平日の大阪上本町18:55発名張行に5200系など)。

2001年3月のダイヤ変更までは、五位堂行の準急が1日1本だけあった(高安駅折り返しもこのダイヤ変更で一度消滅したが後に復活した)。また2003年3月5日以前の日中のダイヤは入出庫運用を除くすべての準急が大阪上本町 - 榛原間で毎時3本運転されており、大阪口の普通はすべて河内国分または高安での折り返し運転であった。

そして前述の通り、2012年3月20日のダイヤ変更により、日中の列車は区間準急に置き換えられた。

急行以上の種別の停車駅は変遷してきているが、準急の停車駅や基本的な運行形態は少なくとも1950年代後半から50年以上変わっていない。ただし、1967年までは信貴山口駅および八木西口駅発着列車、1965年頃の一時期は伊賀神戸駅発着列車が存在した。1959年の名古屋線改軌前は名張駅 - 宇治山田駅間にも運行されていた。

区間準急[編集]

2012年3月20日のダイヤ変更より昼間の時間帯の準急と高安駅 - 河内国分駅・榛原駅間の普通を置き換える形で新設された種別で、近鉄では2006年3月21日のダイヤ変更で新設された奈良線に続くものである。準急停車駅に加え、準急が通過する恩智・法善寺・堅下・安堂の4駅に停車し(即ち近鉄八尾駅以東の各駅に停車)[3]、これにより、昼間の大半の普通が高安駅発着に短縮されるとともに、大阪府下の中では利用客数の少ない恩智・法善寺・堅下・安堂4駅間の停車本数を維持しつつ同区間の実効運転本数を削減するなどの合理化を図っている。大阪上本町駅 - 榛原駅での運転が基本だが、平日の上り列車に1本のみ五位堂駅始発、下り平日3本・土休日2本、上り1本名張駅発着の列車もある。また早朝に上り列車に1本のみ大和八木駅始発もある。

河内国分駅と榛原駅で急行と、大和八木駅で乙特急と接続する。編成両数は一部が6両編成の他は4両編成が基本であるが、大阪上本町駅 - 高安駅間では快速急行や準急の折り返しが区間準急となる場合は8・10両編成もある。この場合は高安駅にて車両切り離しを行なう。

英文表記は Suburban Semi-Express[5] (方向幕などの表記は「 SUB.SEMI-EXP 」)である。

普通[編集]

各駅に停車する列車で、全線を通しで運転する列車はなく、系統上では名張駅を境に分割されている。

名張以西では大阪上本町駅 - 高安駅・河内国分駅間での運転が基本で、榛原駅・名張駅まで運転されるのはラッシュ時と早朝深夜の一部のみである。昼間時の大阪上本町駅発着は毎時5本で、内訳は高安駅折り返しが4本、河内国分駅折り返しが1本である。早朝・深夜には榛原駅・名張駅のほかにも大和八木駅を発着とする列車や、早朝・夜間および朝ラッシュ終了直後に五位堂駅発着の列車、五位堂駅発大和八木駅行きおよび高安駅・榛原駅発名張駅行や名張駅発五位堂駅行きの区間運転列車もある。

大阪上本町駅 - 高安駅間は昼間時は毎時5本であるが、運行間隔が一定でなく約6分 - 16分とバラつきがある。2003年3月5日以前は大阪上本町 - 高安間が毎時6本、河内国分までが毎時4本であったものが、減便の影響で運転間隔が大きく開く時間帯が生じることとなったためである。また、1970年代までは弥刀駅発着の列車も設定されていたが、現在は高安駅発着に統合されている。高安 - 河内国分の途中駅は2012年3月のダイヤ変更以降も従来同様毎時4本(普通4本を区間準急3本、普通1本に変更)としているが、高安以西同様に運転間隔は一定しておらず下りの場合で約8 - 23分(上りは約12 - 20分で下りよりもばらつきが小さい)となっている。

名張駅以東では名張駅・青山町駅・東青山駅 - 伊勢中川駅間での運転が基本で、昼間時は名張駅発着と東青山駅発着が毎時1本ずつ、朝夕は名張駅と青山町駅発着列車が約30分 - 40分間隔で運転されている。基本的に山田線には乗り入れないが、上り早朝の1本のみ入出庫の関係で名張駅 - 山田線明星駅間での運転がある。名張駅・青山町駅・東青山駅 - 伊勢中川駅間の大半の列車が伊勢中川駅で宇治山田行き、名古屋方面行きの急行、普通列車に接続している。また名張駅では名張駅発着(一部は前後に走る青山町駅発着)の急行に接続している。2012年3月20日のダイヤ変更で快速急行が青山町駅 - 榊原温泉口駅間でも通過運転を行うために同列車が運転される時間帯を中心に東青山駅折り返し列車の一部が青山町駅まで延長された[3]

2004年3月に山田線伊勢中川駅 - 宮町駅間がワンマン化されるまでは名張駅・東青山駅 - 明星駅・宇治山田駅間の普通列車がわずかだがあり、これらの下り列車は最初から宇治山田行きであるのに対し、上り列車は伊勢中川行きとして運転され、伊勢中川駅到着後改めて東青山または名張行きとして運転されていた。この他、明星駅発着列車とほぼ同様の理由で名張駅 - 青山町駅間の区間運転のものも設定されており、これは名張駅で快速急行や準急などに系統変更もしくは行先変更して継続運転することが多い。

編成両数は名張駅以西では基本的に6両編成で運転され、日中と深夜には一部列車が4両編成で運転されている。なお、伊勢中川駅発着の列車は榊原温泉口駅 - 伊勢中川駅間の各駅のホーム長が2両分しかないため全列車が2両編成で運転され、基本的には名張駅発着列車は大阪線の所属車両で、東青山駅発着列車は名古屋線所属列車で運転されていたが、2004年以降は名古屋線用の2両編成が減少されたことや山田線のワンマン化に伴い、昼間の列車でも名張駅発着列車同様、大阪線所属編成で運転されている(一部名古屋線所属編成の間合い運用もあり)。また名張駅 - 青山町駅間の普通は2両 - 6両編成の列車が混在しているが、青山町駅到着後に折り返し快速急行となる(その逆もあり)列車は8・10両編成もある。名張駅 - 青山町駅間の列車は日中の乙特急が停車しない桔梗が丘駅の速達性確保や伊賀線(現在の伊賀鉄道)の西名張駅 - 伊賀神戸駅間廃止の補償という側面もあったが、日中の急行の運転本数が毎時2本から3本に増便されてからは大幅に縮小されている。2両編成の列車でもワンマン運転は行っていない。

1956年に大阪上本町駅 - 布施駅間が複々線化されるまでは、大阪線の全列車は今里駅を通過していた。

2003年まで、普通列車は河内国分駅 - 名張駅間では早朝・深夜しか運転されておらず、ほとんどの時間帯で急行(榛原駅 - 名張駅間)・準急列車がその代わりを果たしていた。同年3月のダイヤ変更で日中にも榛原発着の列車が設定されたが、2012年3月のダイヤ変更で再び河内国分駅・高安駅発着に短縮された。また、名張駅 - 伊勢中川駅間の普通列車は1989年に増発されたもので、1976年 - 1989年は青山町駅 - 東青山駅間にも昼間時は普通列車が運転されていなかった。

越年ダイヤ(大晦日の深夜から終夜運転)では、大阪上本町駅 - 榛原駅(一部名張駅)間でおおむね30分間隔で運転されている。なお、名張駅以東での設定はなく、名張駅 - 榊原温泉口駅では急行が普通列車の役割を担い、大三駅・伊勢石橋駅・川合高岡駅では2009年まで元日の初発繰上げが行われていたものの、実質的に「終夜運転が実施されていない」のと同等である。また、明星駅始発の名張行き普通列車が鳥羽線鳥羽駅始発に変更される。

普通列車も準急や青山町駅発着の急行と同じく2610系などのトイレ付き車両、5200系やL/Cカーといったクロスシート車両が使用される列車もある。

臨時列車・臨時停車[編集]

大阪線では大学受験や行楽シーズンなどで臨時列車や定期列車の延長運転が行われたり、臨時停車を実施している。停車駅の半数以上が6両まで対応ホームの駅であるために6両編成の運転が多い。

  • 近畿大学で受験や資格試験などが実施される場合は、最寄りの長瀬駅に急行や準急の臨時停車が行われている。その他の受験・資格試験では、大阪教育大前駅でも定期急行などの臨時停車が実施されている。
  • 春の行楽シーズンには、ボタンで有名な長谷寺に訪れる乗客の利便性を高めるため、長谷寺駅に日中の急行が臨時停車する。また秋の紅葉の時期にも急行が臨時停車する。かつては、快速急行や区間快速の臨時停車も行われていたが、近年では急行のみの臨時停車となっている。
  • 2009年2月11日には、毎日放送主催の「毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク」が藤原京周辺で開催されるのを受けて、参加者の便宜を図るため臨時列車が3本運転された。臨時列車は大阪上本町発名張行き区間快速1本と大阪上本町駅 - 名張駅間で臨時急行1往復が運転された。名張行き区間快速は2000年3月のダイヤ変更で青山町駅まで運転区間を延長する形で消滅したため、約9年ぶりの運転であった。
  • 2010年12月12日には信貴線と西信貴鋼索線が開業80周年を迎えるのを記念して、大阪上本町発信貴山口行きの臨時直通列車が運転され、大阪上本町発信貴山口行き準急として運転した。信貴山口行き1本のみの運転で、「準急・信貴山口」の方向幕が無いため両先頭車正面に大型方向板、助士席側に信貴線・西信貴鋼索線開業80周年のヘッドマークが掲出された。信貴線内全駅のホーム有効長が最大2両編成と編成に制約があるため、途中駅での増解結は行われず全区間2両編成で運転された。信貴線の大阪線からの直通列車は1967年に廃止されて以来、43年ぶりの運転であった。
  • 2012年11月18日には朝日・五私鉄リレーウォーク 第5回 世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道in「吉野山」開催に伴い、大阪上本町発橿原神宮前行きの臨時快速急行が運転された。
  • 花火大会関係では、2008年と2009年の8月には奈良県宇陀市で開催される宇陀市はいばら花火大会への観客の便宜を図るため、イベント終了時刻に合わせ、榛原発五位堂行き普通列車1本が運転された。
  • 正月三が日には、伊勢神宮へ参拝する乗客の便宜を図るため、臨時特急が運転されるほか、2002年までと2011年は日中の一部の宇治山田駅発着の定期急行を五十鈴川駅発着に変更されるなどの措置が取られていた。また2009年11月3日に伊勢神宮内宮の宇治橋渡始式が執り行われた際は、大阪上本町発宇治山田行き快速急行の運転区間を延長する形で、五十鈴川行き快速急行も運転された。

過去にあった列車種別[編集]

高速[編集]

1982年 - 1987年に、大阪上本町駅から鳥羽駅まで臨時列車として「高速 伊勢志摩号」が運行されていたことがある。途中、鶴橋駅・大和八木駅・東青山駅(年始時期は通過)・伊勢市駅・宇治山田駅・五十鈴川駅に停車し、停車駅数は乙特急より少なく京都直通の準ノンストップ特急なみの停車駅数となっていたが、2610系などの一般車両(20100系「あおぞら」号車両を含む)を使用していたため車両性能の関係上所要時間は乙特急より10分程度遅かった。その後は停車駅は同じで、臨時「快速急行」という種別で運転されていたが、1990年代前半に消滅した。

旧・急行[編集]

現在の快速急行は、1978年3月15日以前は急行として運転されていた。

1960年頃における上本町駅 - 宇治山田駅[6]・近畿日本名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅)間急行の大阪線内は、鶴橋駅・大和八木駅・名張駅・伊賀神戸駅・佐田駅(一部列車のみ・現在の榊原温泉口駅)にのみ停車し、2011年現在の阪伊乙特急より少ないものであった。 その後、停車駅は以下のように変遷した。

  • 1960年代前半:佐田駅が全列車停車となる。
  • 1967年12月20日:大和高田駅・桜井駅・榛原駅が停車駅となる。
  • 1970年3月21日:桔梗が丘駅が停車駅となる。
  • 1976年3月18日:名阪直通急行を廃止。伊賀神戸駅 - 榊原温泉口駅間が各駅停車となる。同時に青山町駅 - 東青山駅間からは、昼間時間帯の普通列車の運転が廃止となる[7]

1978年3月15日ダイヤ変更で、朝夕の列車は快速急行に改称され、昼間は布施駅に停車するとともに榛原駅 - 伊賀神戸駅間も各駅停車となる別の列車となり、現在の急行となった。

区間急行[編集]

1960年頃、上記の急行とは別に、朝夕に運転された榛原駅・名張駅・伊賀神戸駅・松阪駅発着の急行は、大和高田駅・桜井駅・榛原駅・佐田駅にも停車していた(近鉄内では「通勤急行」とも呼んだ)。この列車を分離することにより、上本町駅 - 松阪駅間の列車として1961年9月に「区間急行」が設定された。 その後、以下のように変遷した。

  • 1964年10月1日:桔梗が丘駅(同日開業)と美旗駅に停車し、名張駅 - 伊賀神戸駅間各駅停車とする。昼間時にも毎時1本運転されるようになる。
  • (この間):松阪駅発着列車を急行に変更。運転区間は上本町駅 - 伊賀神戸駅間となる。
  • 1970年3月21日:室生口大野駅・赤目口駅を停車駅に追加するとともに、運転区間を青山町駅まで延長。ただし日中は名張駅までの運行とする。
  • 1976年3月18日:松阪駅発着の急行が区間急行に変更され、運転区間を松阪駅まで延長。青山町駅 - 榊原温泉口駅間各駅停車となり、既に各駅停車である区間と合わせて赤目口駅 - 榊原温泉口駅間各駅停車となる。

1978年3月15日のダイヤ変更で、朝夕の列車は「区間快速急行」(後節参照)に改称され、昼間は布施駅・三本松駅に停車し、現在の急行となった。なお、この時まで準急が毎時1本名張駅まで運転されており、準急が三本松駅に停車していた。

区間快速急行[編集]

区間快速急行は略して「区間快速」とも呼ばれた。駅構内の自動放送においては、青山町駅以西では「区間快速」と略されて呼称されたが、榊原温泉口駅以東では正式名称である「区間快速急行」の呼称が用いられていた。

昼間時以外に大阪上本町駅 - 大和八木駅・名張駅・青山町駅・伊勢中川駅・山田線松阪駅間で運転されていた。大半は大阪上本町駅 - 青山町駅間の運転で、大和八木行きは下り最終のみ、名張駅および伊勢中川駅は上り列車のみの運転であった。快速急行と同様に通勤時間帯の長距離優等種別としての役割を担っていた。快速急行の区間運転版ともいうべき扱いで、快速急行(2012年ダイヤ変更以前)の停車駅に室生口大野駅と赤目口駅が追加され、(現行の)急行と違って三本松駅を通過していた(乗降客数が両隣の2駅に比べて著しく少ないことに加え、ホームが6両対応であることから8・10両編成で運用されることのある区間快速急行が停車できなかったため)。ドアカットも行われなかった。赤目口駅 - 榊原温泉口駅間は各駅停車であった。青山町駅以西最大10両、以東4・6両編成。深夜に運転される大阪上本町発大和八木行の区間快速急行も存在しており、この区間の停車駅は快速急行と同一であるが、区間快速急行として運転されていた[8]。越年終夜運転の際は、青山町駅・松阪駅発着の列車を延長する形で山田線宇治山田駅、鳥羽線五十鈴川駅まで延長された。名張駅以東の停車駅は快速急行・急行と同一。特急の待避は主に榛原駅か名張駅で行われていたが、大阪上本町駅 - 青山町駅間では無待避の列車もあった。一部は大和八木駅や東青山駅でも特急の待避をしていた。

2011年3月時点では、全国の鉄道事業者をみてもこの列車種別は近鉄のみの存在であった。英文表記は Suburban Rapid Express(方向幕などでは SUB.RAPID EXP )。定期列車では存在しなかったが、方向幕には「榛原」「名張」「伊賀神戸」「宇治山田」が用意されていた。ただし、「伊勢中川」表示は用意されていなかった。

2012年3月20日のダイヤ変更で前述の快速急行と統合され名称上は消滅した[3]。ただし大阪上本町駅 - 青山町駅間に限れば停車駅は区間快速急行のものがそのまま引き継がれている。

廃止直前の停車駅
大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - 五位堂駅 - 大和高田駅 - 大和八木駅 - 桜井駅 - 榛原駅 - 室生口大野駅 - 赤目口駅 - 名張駅 - 桔梗が丘駅 - 美旗駅 - 伊賀神戸駅 - 青山町駅 - 伊賀上津駅 - 西青山駅 - 東青山駅 - 榊原温泉口駅 - 伊勢中川駅 - 松阪駅

運転本数[編集]

大阪線における特急以外の種別の昼間時(10 - 14時台)の運転本数はおおむね以下のようになる。

駅名

種別
大阪上本町 高安 河内国分 榛原 名張 青山町 東青山 伊勢中川 山田線直通
運行本数 急行 3本 2本 1本
区間準急 3本  
普通 5本 1本   1本 2本  

昼間時の大阪上本町駅 - 青山町駅間の各駅は1時間あたり少なくとも3本の列車が停車する。

奈良線に比べて、大阪線の大阪上本町側における昼間時の各種別の運転間隔にばらつきがある。

乗務員[編集]

  • 出庫時、起立して運転することとなっている。
  • 多層建て列車(近鉄では親子列車と呼ぶ)に対応するため、ブレーキハンドルとリバースハンドルを入れた「ハンドル袋」を携行する。なお大阪線では、乗務担当列車が多層建て列車でなくても必ずハンドル袋を携行する。
  • 乗務員交代は、高安駅・大和八木駅・名張駅・青山町駅・伊勢中川駅で行われる。

車両[編集]

現用車両[編集]

2014年9月現在、大阪線所属の通勤車両は5800系・5820系・2680系をのぞくトイレ付の車両が明星車庫に、それ以外の車両は高安車庫にそれぞれ所属している。 ダイヤ編成などの関係から、これら大阪線所属の車両が名古屋線の一部列車にも使用されており、4両編成の1400系 (1407F)・2800系(2817F)・2610系・まれに5200系が主に急行などで入線する。2両編成は、シリーズ21の9020系9051F、ごくまれに入線する信貴線用編成の1430系1431F・1432F 以外すべての大阪線所属車両が入線する。

早朝・夜間には、以下の名古屋線所属の車両が大阪線の一部列車にも使用されている。

名古屋線車両については5200系以外の車両で2両・4両編成が主に快速急行や急行などで入線し、増結編成は名古屋線に所属するVVVF制御車の中でワンマン対応でない1430系1433F・1434F、1233系1242F・1243F・1247F・1248F・1260Fと2800系2812F・2814Fと9000系9003F・9005F・9006Fに限定して入線する。ただし9000系はワンマン対応・非対応を問わず東青山駅以西にはほとんど入線しなかったが、2014年のダイヤ変更で名古屋線のワンマン対応車以外は、共通運用となったため、入線するようになった。2014年のダイヤ変更までは、5200系も入線していた。

また、全列車が2両編成で運転する名張駅・青山町駅・東青山駅 - 伊勢中川駅間の普通列車で運用される編成は基本的に限定されており、名古屋線車両の間合い運用をのぞけば2410系2412F・2413F、1220系1221F・1222F、9020系9051F以外の2両固定編成で運用されている。

なお、現在編成全車が名古屋線の所属となっている2000系・2050系は当初は大阪線の所属となっていた。これら2形式は1480系・2400系・2410系・2430系の冷房改造工事・車体更新工事などに伴う車両不足を補うために新製冷房車として大阪線に投入されたもので、工事の進捗に伴って順次名古屋線へ転属していった。しかし、2014年のダイヤ変更で2800系2817Fと1260系1261Fが大阪線に戻っている。

特筆される点として、大阪線所属の通勤車両は2410系など1960年代後半から1970年代前半にかけて製造された車両の大半が2012年(平成24年)12月時点でも健在である。これは阪神電気鉄道との相互直通運転に備えて2000年代後半に奈良・京都線系統に新製車両を優先的に投入させたことなどによるものであり、大阪線では2003年(平成15年)に5820系5852F・9020系9051Fが投入されて以降は通勤車両の新製投入は行われておらず、奈良・京都線系統から8810系・9200系の一部を転属させる形で賄われており[9]、また大阪線では単独3連での運用が無くなったことから余剰となった2430系3連の一部が名古屋線に転出、その一部はワンマン改造を行って2444系となっている。2800系も半数以上の編成が名古屋線に転属しており、3両編成は1998年までにすべて名古屋線へ転属、2013年には2両編成の車両が1810系の廃車代替で名古屋線に転属している。

また、高安駅・五位堂駅 - 榛原駅間は車両の定期検査や車体更新などを終えた後、試運転で名古屋線所属の一部車両や、奈良・京都線所属の車両が走ることがある。

団体用車両[編集]

標準軌線区の各線で運用されている。「名古屋線」の項も参照。

  • 20000系「楽」
  • 15200系「あおぞらII(2代目)」:2005年(平成17年)に特急車12200系から改造。2009年(平成21年)4月現在、15101F(4連)・15103F(2連)が大阪線の所属(高安車庫の配属)となっている。
  • 15400系「かぎろひ」:近鉄グループの旅行会社「クラブツーリズム」の専用列車として2011年(平成23年)に特急車12200系から改造。2両編成2本が在籍し、同年12月23日より運用開始[10]

事業用車両[編集]

  • モト90形電車 (97・98):軌間が異なる南大阪線系統の車両を要部検査・全般検査で五位堂検修車庫へ回送する際の牽引車として使用。高安車庫に配属されている。
  • モト75形電車 (77・78):集電方式が異なるけいはんな線の車両(7000系・7020系)を要部検査・全般検査で五位堂検修車庫へ回送する際の牽引車として使用。奈良・京都線の所属で、西大寺車庫に配属されている。

過去の車両[編集]

  • 1000系:ク1101形・サ1151形の2両。2430系と編成を組んで2007年1月まで使用されていた。現在は検査後の試運転でのみ入線。
  • 1450系
  • 1460系
  • 1480系
  • 1481系:鮮魚列車専用編成、2001年11月まで使用。
  • 2000系:現在は名古屋線所属
  • 2800系:3両編成
  • 2050系:現在は名古屋線所属
  • 2200系
  • 2250系
  • 2400系
  • 2600系:4扉固定クロスシート車両
  • 20100系「あおぞら」:団体用車両。
  • 18200系「あおぞらII(初代)」:団体用車両(元特急車)。18201F(4連)・18203F(2連)が大阪線の所属(高安車庫の配属)となっていた。
  • 電動貨車モワ10形(モワ11・12):2250系から改造。集電方式が異なる東大阪線(現・けいはんな線)の車両(7000系)を要部検査・全般検査で五位堂検修車庫へ回送する際の牽引車として使用していたが、1998年に廃車(以降は上記のモト75形77・78が担当している)。西大寺車庫の配属となっていたが書類上は大阪線の所属であった。

歴史[編集]

上本町駅 - 布施駅 - 桜井駅間は大阪電気軌道(大軌)の手で、桜井駅 - 伊勢中川駅間は参宮急行電鉄(参急)の手で建設され1930年に全通した。1975年に全線複線化されたが、この時開通した西青山駅 - 東青山駅間の新青山トンネル (5,652m) は日本の大手私鉄では最長である。

大軌が初めに建設した区間のうち布施駅 - 八木駅間には、奈良線・畝傍線(今の橿原線)によって形成された大阪から橿原神宮へ向かう路線をショートカットすることや、この地域におけるテリトリーを確保する目的があったとされる。そのため、開業時の終点となった八木駅は現在の大和八木駅がある位置ではなく、先行して開業していた畝傍線の八木駅、すなわち現在の八木西口駅に合流する形となっていて、上本町から橿原方面への直通を意識した線形とされていた。

しかし、並行して大阪鉄道線(現在の近鉄南大阪線)が1929年までに開通したため、両社が関西急行鉄道に統合される1943年までは、橿原と吉野への参拝客・行楽客輸送を巡って競争関係にもなった。

一方で参急が建設した桜井駅 - 参急中川駅(現在の伊勢中川駅)と、大軌が建設した八木駅 - 桜井駅間は、大阪から現在の山田線と合わせて伊勢神宮への快速参拝ルートを造り上げようという目的から建設が行われることになった。この免許収得に関しては、1922年に近鉄田原本線の前身である大和鉄道(この時の営業区間は王寺駅 - 田原本駅〈現在の西田原本駅にあたる〉間で、田原本駅 - 桜井駅間が建設中であった)が既に桜井駅 - 名張駅間で新線敷設の免許を取得していたため、大軌が同社を子会社化し、その免許線の延長申請を出させるという手法がとられた。

1927年に予定通り大和鉄道は桜井駅より名張駅を経て宇治山田駅までの免許を得て、それを新設会社の参急に譲渡した。同時に大軌自身の手で、八木駅 - 桜井駅間接続線の免許も収得した。

1929年、大軌は参急の開通に先駆けて、八木駅から桜井駅にいたる区間を開業させ、このとき八木駅も現在の大和八木駅の位置に移転し、旧駅は八木西口駅という畝傍線の中間駅(運賃計算上は八木駅と同一)になった。とはいえ、上本町駅から橿原方面への直通列車の運転を考慮し、八木西口駅へ向かう旧線も八木線と畝傍線を結ぶ連絡線として存続した。

参急が建設を担当した区間に際しては、最短時間で大阪と伊勢を結ぶため、山岳地帯をトンネルで抜ける線形を採用した。それでも33.3‰(1/30)という、登山鉄道ではない一般の鉄道にとっては急勾配となる区間が随所に発生し、同線に使用される電車はその最初となる2200系以降、勾配対策が重要な鍵となった。

桜井駅 - 長谷寺駅間では長谷鉄道の路線がすでに並行して存在していたが、大軌では同社を参急線開業前の1928年に合併し、参急線開業後の1938年まで長谷線として営業を続けた。また、名張駅 - 伊賀神戸駅間で並行路線を有していた伊賀電気鉄道も1929年に大軌が合併(直後に参急へ賃貸、1931年に譲渡)して伊賀線とし、並行区間(西名張駅 - 伊賀神戸駅)は1964年に廃止した。

なお、国が建設すべき路線を定めた改正鉄道敷設法の81.には、「奈良県桜井ヨリ榛原、三重県名張ヲ経テ松阪ニ至ル鉄道及名張ヨリ分岐シテ伊賀上野附近ニ至ル鉄道並榛原ヨリ分岐シ松山ヲ経テ吉野ニ至ル鉄道」が示され、1929年 - 1935年に順次名松線として松阪 - 伊勢奥津間が部分開業していたが、近鉄大阪線・山田線それに伊賀鉄道伊賀線の敷設によってその意義を失い、以後国鉄線がこの地域に開業することはなかった。

1938年関西急行電鉄(後に参宮急行電鉄へ合併)によって現在の近鉄名古屋線が完成し、同線とあわせて名阪都市間輸送の一役も担うようになった。

大軌と参急の合併によって関西急行鉄道が発足した時に線名の整理が行われ、大軌桜井線と参急本線の伊勢中川駅以西をまとめて大阪線にし、参急本線の伊勢中川駅以東の区間は山田線となった。

年表[編集]

大阪電気軌道・関西急行鉄道時代[編集]

  • 1914年(大正3年)4月30日:大阪電気軌道により上本町駅(現在の大阪上本町駅) - 深江駅(現在の布施駅)間が開業。600V電化。
  • 1922年(大正11年)3月:深江駅を足代駅に改称。
  • 1924年(大正13年)10月31日:国分線として足代駅 - 八尾駅(現在の近鉄八尾駅)間が開業[11]
  • 1925年(大正14年)
    • 3月21日:八木線として高田駅(現在の大和高田駅) - 八木駅(現在の八木西口駅)間が開業[11]
    • 9月30日:国分線の八尾駅 - 恩智駅間が開業。久宝寺口駅開業。足代駅を布施駅に改称。
    • 12月10日:弥刀駅開業。
  • 1926年(昭和元年)12月30日:俊徳道駅開業。
  • 1927年(昭和2年)7月1日:八木線の恩智駅 - 高田駅間が開業。高安駅 - 恩智駅間・高田駅 - 八木駅間が複線化。国分線が八木線に編入され布施駅 - 八木駅間が全通。
  • 1928年(昭和3年)8月:八尾駅を大軌八尾駅に[12]、八木駅を大軌八木駅に改称[11]
  • 1929年(昭和4年)
    • 1月5日:桜井線として大軌八木駅(現在の大和八木駅) - 桜井駅間が1500V電化で開業。布施駅 - 大軌八木駅間の架線電圧も600Vから1500Vに昇圧し、布施駅構内にデッドセクションを設置。畝傍線(現在の橿原線)との交差地点に大軌八木駅開業、これまでの大軌八木駅を八木西口駅に改称。
    • 10月27日:参宮急行電鉄により桜井駅 - 長谷寺駅間が開業。
  • 1930年(昭和5年)
    • 2月1日:八木線が桜井線に編入[11]
    • 2月21日:参宮急行電鉄 長谷寺駅 - 榛原駅間が開業。
    • 10月10日:参宮急行電鉄 榛原駅 - 伊賀神戸駅間が開業。
    • 11月19日:参宮急行電鉄 伊賀神戸駅 - 阿保駅(現在の青山町駅)間、佐田駅(現在の榊原温泉口駅) - 参急中川駅(現在の伊勢中川駅)間が開業。
    • 12月20日:参宮急行電鉄 阿保駅 - 佐田駅間が開業し、現在の大阪線全通。
  • 1932年(昭和7年)12月:大軌山本駅を河内山本駅に改称[12]
  • 1941年(昭和16年)3月15日:大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併、関西急行鉄道となる。布施駅 - 伊勢中川駅間を大阪線とする。
    • 大軌八尾駅を関急八尾駅に、国分駅を河内国分駅に、大軌高田駅を大和高田駅に、大軌八木駅を大和八木駅に、参急上津駅を伊賀上津駅に、参急石橋駅を伊勢石橋駅に、参急中川駅を伊勢中川駅に改称。
  • 1942年(昭和17年)10月1日:布施駅 - 八木西口駅間を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく鉄道に変更。

近畿日本鉄道の発足後[編集]

  • 1944年(昭和19年)
    • 6月1日:関西急行鉄道と南海鉄道との合併により社名を近畿日本鉄道に変更。関急八尾駅を近畿日本八尾駅に、下田駅を近畿日本下田駅に改称。
    • 11月3日:大和朝倉駅開業。
  • 1945年(昭和20年)6月1日:俊徳道駅・築山駅・真菅駅休止。
  • 1946年(昭和21年)3月1日:俊徳道駅・築山駅・真菅駅再開。
  • 1956年(昭和31年)12月8日:上本町駅 - 布施駅間複々線化、奈良線と分離。新設の大阪線用2線は1500V電化。当初は線路別運転。布施駅構内のデッドセクション廃止。
  • 1959年(昭和34年)12月23日:美旗駅 - 伊賀神戸駅間複線化[13]
  • 1960年(昭和35年)12月27日:阿保駅 - 伊賀上津駅間複線化[13]
  • 1961年(昭和36年)
  • 1964年(昭和39年)10月1日:桔梗が丘駅開業。
  • 1965年(昭和40年)3月18日:佐田駅を榊原温泉口駅に改称。
  • 1967年(昭和42年)
    • 9月1日:川合高岡駅 - 宮古分岐(中川短絡線分岐点)間複線化[13]
    • 10月19日:三軒家信号場 - 西青山駅間複線化[13]
    • 11月1日:大三駅 - 亀谷信号場間、高野信号場 - 川合高岡駅間複線化[13]
  • 1968年(昭和43年)3月1日自動列車停止装置 (ATS) 使用開始。
  • 1969年(昭和44年)9月21日:奈良線の架線電圧昇圧に伴い上本町駅 - 布施駅間奈良線用2線も1500Vに昇圧。
  • 1970年(昭和45年)
    • 3月1日:近畿日本八尾駅を近鉄八尾駅、近畿日本下田駅を近鉄下田駅に、阿保駅を青山町駅に改称。
    • 3月21日:特急列車が3月15日に開業した難波線の近鉄難波駅(現在の大阪難波駅)へ乗り入れ開始。
  • 1971年(昭和46年)10月25日:榊原温泉口駅 - 東青山駅間で特急同士の正面衝突事故が発生。死者25名、重軽傷者224名の大事故となる。
  • 1973年(昭和48年)
    • 12月10日:伊賀上津駅 - 三軒家信号場間複線化。
    • 12月18日:垣内信号場 - 大三駅間複線化。
    • 12月22日:宮古分岐 - 伊勢中川駅間複線化。
  • 1974年(昭和49年)
    • 5月19日:亀谷信号場 - 伊勢石橋駅間複線化。
    • 8月9日:伊勢石橋駅 - 高野信号場間複線化。
  • 1975年(昭和50年)
    • 9月13日:上本町駅 - 布施駅間を方向別運転化。
    • 11月23日:新青山トンネル開通。西青山駅 - 垣内信号場間が複線の新線に切替えられ、全線複線化完成。

全線複線化完成後[編集]

  • 1976年(昭和52年)8月8日:布施駅 - 長瀬駅間(約2.4km)連続立体交差化事業により高架化。
  • 1978年(昭和53年)12月17日:近鉄八尾駅付近(久宝寺口駅 - 河内山本駅間約2.2km)を連続立体交差化事業により高架化。
  • 1982年(昭和57年)10月5日五位堂検修車庫完成。玉川(奈良線)・高安(大阪線)・古市(南大阪線)の各工場の工場機能を集約。
  • 1984年(昭和59年):近鉄初のVVVF車両1420系(当初は1250系)の営業運転開始。
  • 1986年(昭和61年)3月18日:上本町駅 - 名張駅間で一部の快速急行と区間快速急行が10両編成運転を開始。
  • 1987年(昭和62年)9月21日:区間快速急行および急行の停車駅に五位堂駅を追加。
  • 1988年(昭和63年)
    • 3月18日:21000系(アーバンライナー)の営業運転開始(当初は名阪甲特急に限定運用)。特急の120km/h運転開始。
    • 3扉転換クロスシート車両5200系の営業運転開始。
  • 1990年(平成2年)3月15日:名阪甲特急の全列車21000系化および一部列車を大和八木駅にも停車開始。
  • 1991年(平成3年)
    • 3月19日:青山町駅配線変更工事完成により、10両運転区間を上本町駅 - 青山町駅間に延長。
    • 12月6日:大阪教育大前駅開業。
  • 1992年(平成4年)
    • 3月19日22000系 (ACE) の営業運転開始(当初は名阪乙特急に限定運用)
    • 10月16日:新玉手山トンネル上り線使用開始。
    • 10月28日:新玉手山トンネル下り線使用開始。0.1km短縮。
  • 1994年(平成6年)3月15日:23000系(伊勢志摩ライナー)の営業運転開始(当初は阪伊甲特急(・名伊甲特急)に限定運用)。特急の130km/h運転開始。夜間の一部を除く阪伊特急を上本町駅発着に。
  • 1995年(平成7年)3月16日:近鉄八尾駅・河内山本駅・高安駅でホームの10両対応工事が完成、上本町駅 - 高安駅間で準急の10両運転開始。
  • 1996年(平成8年)
    • 2月:2610系2621Fを改造したL/Cカー試作編成の試験運用開始。
    • 3月15日:大和朝倉駅で待避線の使用開始、これにより河内国分駅 - 榛原駅間における昼間の下り準急の運転間隔が11 - 30分間隔から20分間隔に均等化。23000系を京伊特急にも運用開始。阪伊特急の運行体制見直し(一部列車の臨時列車格下げなど)開始。
  • 1997年(平成9年)
    • 3月18日:昼間の急行(快速急行・区間快速急行を含む)が上本町駅 - 青山町駅間で毎時2本から3本に増発(伊勢直通1本と青山町折り返し2本)
    • 7月25日:新造L/Cカー(5800系)の営業運転開始。
  • 1998年(平成10年)
    • 3月17日:23000系を阪伊乙特急にも運用開始。近鉄難波駅 - 湯の山温泉駅間直通の特急(近鉄難波駅 - 白子駅間は名阪乙特急に併結)を廃止(近鉄四日市駅 - 湯の山温泉駅間の単独運行に)青山町車庫が完成し、使用開始。
    • 4月1日:上本町駅 - 青山町駅間でご乗降確認システム(フェアシステムK)および列車運行管理システム (KOSMOS) 稼働開始。
  • 2001年(平成13年)
    • 2月1日:上本町駅 - 青山町駅間でスルッとKANSAI対応カードの取り扱い開始。これに伴い、上本町駅・布施駅・大和八木駅・伊勢中川駅における「途中下車指定駅」の制度が廃止。
    • 3月22日:23000系を名阪甲特急にも運用開始。快速急行の停車駅に五位堂駅を追加。
    • 10月14日:上本町駅 - 青山町駅間でJスルーカードの取り扱い開始。
  • 2002年(平成14年):シリーズ215820系)の営業運転開始。
  • 2003年(平成15年)3月6日:阪伊特急の一部を近鉄難波駅発着に変更。京伊特急の一部が大和八木駅 - 賢島駅間で阪伊乙特急と併結運転。阪伊乙特急(一部列車)の停車駅に大和高田駅・榛原駅[14]を、京伊特急の停車駅に名張駅・伊勢中川駅(以上全列車)・榛原駅・伊賀神戸駅(以上は阪伊乙特急との併結列車のみ)を、快速急行の停車駅に美旗駅を、急行の停車駅に河内国分駅をそれぞれ追加。
  • 2006年(平成18年)3月22日:21000系を阪伊乙特急にも運用開始(平日1往復[15]
  • 2007年(平成19年)4月1日:大阪線の各駅でPiTaPaICOCAの取り扱い開始。
  • 2008年(平成20年)6月14日:上本町駅 - 布施駅間と五位堂駅 - 榛原駅間で車上速度パターン照査式ATS (ATS-SP) の使用開始。
  • 2009年(平成21年)
    • 2月27日:東青山駅構内で脱線事故が発生。この影響で青山町駅 - 伊勢中川駅間が終日不通、バス代行輸送実施[16][17]。 。
    • 3月1日:Jスルーカードの自動改札機・のりこし精算機での取り扱いを終了[18]
    • 3月20日:上本町駅を大阪上本町駅に改称。平日23時台に大阪難波(同日付で近鉄難波から改称)発大和八木駅行き特急1本を増発[19]。23000系の名阪甲特急への定期運用および21000系の阪伊乙特急への定期運用が無くなる。
    • 6月4日:河内国分発大阪上本町行の朝の上り列車内で、トイレ内で不審火が発生し、乗客が多数避難する事態に。同線では、同年5月末から電車のトイレやホームで不審火が相次ぐ[20][21]
  • 2010年(平成22年)
    • 4月1日:東青山駅 - 伊勢中川駅間で名古屋列車運行管理システム「KRONOS」(クロノス)の運用開始[22]
    • 10月10日天皇皇后の奈良視察に伴うお召し列車を、近鉄奈良駅から室生口大野駅間および大和朝倉駅から大阪上本町駅間にそれぞれ運転(同月7日には京都駅から近鉄奈良駅間にも運転)。21020系(アーバンライナーnext)の第1編成を充当[23][24]
  • 2012年(平成24年)3月20日:区間快速急行が快速急行に統合され廃止、快速急行が室生口大野駅・赤目口駅停車、伊賀上津駅・西青山駅・東青山駅通過となる。準急が通過する恩智駅・法善寺駅・堅下駅・安堂駅を停車駅に加えた区間準急を日中に新規設定[3]
  • 2013年(平成25年)3月21日:阪伊特急で観光特急50000系(しまかぜ)が営業運転を開始[25][26]

駅一覧[編集]

凡例
●:停車、|:通過、▲:長谷寺ぼたん祭や紅葉時に臨時停車
普通は各駅に停車(表中省略)。
近鉄奈良線直通列車は当該路線記事を、特急列車は「近鉄特急」を参照のこと。
#印の駅は列車待避可能駅
駅名 駅間キロ 営業キロ 区間
最高速度
(km/h)
下り/上り
区間準急 準急 急行 快速急行 接続路線 所在地
大阪上本町駅 - 0.0 - 近畿日本鉄道難波線(一部直通運転:「近鉄特急」を参照)
大阪市営地下鉄■ 谷町線■ 千日前線谷町九丁目駅
大阪府 大阪市
天王寺区
鶴橋駅 1.1 1.1 50/55 西日本旅客鉄道大阪環状線
大阪市営地下鉄:■ 千日前線
大阪市
生野区
今里駅 1.7 2.8 115/100  
布施駅# 1.3 4.1 115/100 近畿日本鉄道:奈良線 東大阪市
俊徳道駅 1.0 5.1 115/110 西日本旅客鉄道:おおさか東線JR俊徳道駅
長瀬駅
近畿大学前)
1.1 6.2 120/120  
弥刀駅# 1.2 7.4 120/120  
久宝寺口駅 0.9 8.3 115/110   八尾市
近鉄八尾駅 1.3 9.6 120/120  
河内山本駅# 1.5 11.1 110/110 近畿日本鉄道:信貴線
高安駅# 1.1 12.2 95/90  
恩智駅 1.1 13.3 110/110  
法善寺駅 1.6 14.9 120/120   柏原市
堅下駅 0.8 15.7 120/120 近畿日本鉄道:道明寺線柏原駅[* 1]
西日本旅客鉄道:関西本線(大和路線)…柏原駅
安堂駅 0.9 16.6 120/120 近畿日本鉄道:道明寺線…柏原南口駅[* 1]
河内国分駅#
関西福祉科学大学前)
1.6 18.2 110/115  
大阪教育大前駅 1.6 19.8 110/110  
関屋駅
大阪樟蔭女子大学前)
2.2 22.0 120/110   奈良県 香芝市
二上駅 2.1 24.1 100/100  
近鉄下田駅 1.6 25.7 110/120 西日本旅客鉄道:和歌山線香芝駅[* 2]
五位堂駅#
(真美が丘ニュータウン前)
1.4 27.1 110/120  
築山駅 1.7 28.8 120/120   大和高田市
大和高田駅 1.1 29.9 110/110 西日本旅客鉄道:桜井線(万葉まほろば線)・和歌山線…高田駅
松塚駅 1.9 31.8 110/110  
真菅駅 1.0 32.8 110/110   橿原市
大和八木駅# 2.0 34.8 110/115 近畿日本鉄道:橿原線
耳成駅 2.1 36.9 120/110  
大福駅 1.3 38.2 120/115   桜井市
桜井駅 1.6 39.8 120/115 西日本旅客鉄道:桜井線(万葉まほろば線)
大和朝倉駅# 2.1 41.9 110/105  
長谷寺駅 3.7 45.6 115/100  
榛原駅# 4.5 50.1 115/100   宇陀市
室生口大野駅 7.1 57.2 120/120  
三本松駅 2.5 59.7 110/120  
赤目口駅 4.3 64.0 120/120   三重県 名張市
名張駅# 3.2 67.2 120/120  
桔梗が丘駅 2.8 70.0 120/120      
美旗駅 3.1 73.1 120/120      
伊賀神戸駅 2.4 75.5 120/120     伊賀鉄道伊賀線 伊賀市
青山町駅# 2.4 77.9 120/115      
伊賀上津駅 2.7 80.6 120/115      
西青山駅 3.2 83.8 120/110      
東青山駅# 7.7 91.5 110/130       津市
榊原温泉口駅 3.9 95.4 110/115      
大三駅 2.2 97.6 120/120      
伊勢石橋駅 4.0 101.6 120/120      
川合高岡駅 2.8 104.4 120/120     東海旅客鉄道名松線一志駅
伊勢中川駅# 4.5 108.9 120/120     近畿日本鉄道:名古屋線山田線(一部直通運転:下記参照) 松阪市
直通運転区間 伊勢中川駅から
○急行…鳥羽線鳥羽駅、名古屋線近鉄名古屋駅まで
○快速急行…鳥羽線鳥羽駅まで
  1. ^ a b 柏原駅・柏原南口駅とは徒歩連絡。運賃算出時の道明寺線との営業キロ通算制度は普通乗車券にはなく、定期券のみ適用される。
  2. ^ JRの駅とは少し離れているが、王寺駅 - 高田駅間は桜井駅より発着列車が多いため王寺方面への乗換駅として利用できる。

主要駅の乗降客数[編集]

2012年11月13日調査による主要駅の乗降客数は次の通り[27]

  • 大阪上本町 76,230人
  • 鶴橋 153,580人
  • 布施 38,072人
  • 長瀬 30,476人
  • 近鉄八尾 34,353人
  • 河内山本 19,757人
  • 高安 11,236人
  • 河内国分 15,301人
  • 五位堂 25,509人
  • 大和高田 15,806人
  • 大和八木 34,537人
  • 桜井 17,374人
  • 榛原 10,555人
  • 名張 12,950人
  • 桔梗が丘 6,702人
  • 伊賀神戸 4,758人
  • 青山町 2,275人
  • 榊原温泉口 1,095人
  • 伊勢中川 6,876人

脚注[編集]

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  1. ^ 該当部分はわずかな距離でしかなく、他にも大阪上本町→鶴橋などの高架区間に35‰が点在するが、列車運行上考慮を要する連続勾配としては本文中にあるとおり33.3‰が最急である。
  2. ^ 車内放送では各駅停車区間の停車駅は「○○から○○の間の各駅に停車」と放送されるが、青山町駅以西の駅での停車駅案内では各駅停車区間もすべての停車駅が表記され案内される。(かつての)区間快速急行や急行も同様である。
  3. ^ a b c d e 平成24年のダイヤ変更について (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース、2012年1月20日
  4. ^ 4両編成で運転される急行列車の案内
  5. ^ 同じ列車種別が設定されている東武鉄道小田急電鉄は共に「 Section Semi-Express 」となっている。
  6. ^ この宇治山田駅発着の急行は通称「宇治急」と称されていた(関西の鉄道 No.33 近畿日本鉄道特集 PartVII 大阪線・伊賀線 関西鉄道研究会)。
  7. ^ 同区間の昼間時の普通列車は1990年3月15日ダイヤ変更で再び設定。
  8. ^ 一時期五位堂駅は区間快速急行停車、快速急行通過で区別ができていたが、その後快速急行も停車するようになったためまた同一になった。
  9. ^ 8810系は1980年代後半にも一時的に8926Fが大阪線で使用実績があった。
  10. ^ 近鉄特急をクラブツーリズム専用列車に改造し、12月23日から運行開始! (PDF) - 近畿日本鉄道・クラブツーリズム、2011年10月7日
  11. ^ a b c d 『近畿日本鉄道100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年、p.86
  12. ^ a b 『近畿日本鉄道100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年、p.678
  13. ^ a b c d e f g 『近畿日本鉄道100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年、p.294
  14. ^ 2002年から2003年にかけての越年終夜運転で、一部の特急が先行して大和高田駅・榛原駅に停車した。
  15. ^ これまでにも23000系の検査時代走および大晦日終夜運転で阪伊特急に充当されているが、定期列車の固定運用としては初めて
  16. ^ お詫び 大阪線東青山駅構内列車脱線事故について (PDF) - 近畿日本鉄道 2009年2月27日
  17. ^ 鉄道事故(概要) - 国土交通省・運輸安全委員会
  18. ^ Jスルーカードの利用終了について (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2008年12月2日
  19. ^ ダイヤ改正についてのお知らせ (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2009年1月16日
  20. ^ 近鉄大阪線電車のトイレ放火、先月末から相次ぐ - 読売新聞 2009年6月4日
  21. ^ 近鉄電車内トイレでまた不審火 - 産経新聞 2009年6月4日
  22. ^ 名古屋列車運行管理システム「KRONOS」が運用開始します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2010年3月30日
  23. ^ 行幸啓について (PDF) - 奈良県ホームページ
  24. ^ 近鉄で21020系使用のお召列車運転 - 鉄道ファン(交友社)「railf.jp」鉄道ニュース、2010年10月11日
  25. ^ 新型特急しまかぜのご案内 - 近畿日本鉄道
  26. ^ 次世代 新型観光特急「しまかぜ」、平成25年3月21日デビュー! (PDF) - 近畿日本鉄道ニュースリリース、2012年9月28日
  27. ^ 駅別乗降人員 難波線 大阪線 - 近畿日本鉄道

参考文献[編集]

  • 徳田耕一(編著) 『まるごと近鉄ぶらり沿線の旅』 河出書房新社、2005年ISBN 4309224393
  • 諸河久・杉谷広規(編著) 『日本の私鉄 近鉄1』 保育社〈カラーブックス〉、1998年ISBN 458650904X
  • 諸河久・山辺誠(編著) 『日本の私鉄 近鉄2』 保育社〈カラーブックス〉、1998年ISBN 4586509058
  • 近畿日本鉄道(編著) 『近鉄時刻表』各号、近畿日本鉄道。
  • 日本交通公社(編著)「京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表」各号。(1987年頃に廃刊)
  • 電気車研究会「鉄道ピクトリアル2003年1月号増刊 特集:近畿日本鉄道」2003年
  • 田淵仁 『近鉄特急』上、JTB、2004年ISBN 4533051715
  • 「鉄道ファン」各号(交友社)
  • 「鉄道ダイヤ情報」各号(交通新聞社)
  • 「鉄道ジャーナル」各号(鉄道ジャーナル社)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]