ちばレインボーバス
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | レインボーバス |
| 本社所在地 | 〒270-1345 千葉県印西市船尾1377番地 |
| 設立 | 1998年 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 乗合バス事業,貸切バス事業他 |
| 代表者 | 代表取締役社長 芹澤弘之 |
| 資本金 | 9000万円 |
| 従業員数 | 74人 |
| 主要株主 | 京成電鉄 |
| 外部リンク | http://www.chiba-rainbow-bus.jp/ |
ちばレインボーバス株式会社は、1998年6月1日に京成電鉄より分社化して営業を開始した京成グループのバス会社である。京成電鉄バス部門の分社化としては、ちばフラワーバスに続く2社目であり、京成電鉄船橋営業所(現・京成バス船橋営業所)の分車庫であった船尾車庫および、松戸営業所の分車庫であった白井車庫を継承している。
営業エリアは主に印西市、白井市(千葉ニュータウン)およびその周辺地域である。神崎線、白井線、鎌ヶ谷線の三長距離路線がある。会社設立後、京成から引き継いだ路線の効率化を徹底的に進め、1998年から3年の間に7度にわたるダイヤ改正を行っている。
目次 |
[編集] 沿革
ちばレインボーバスの営業開始年は1998年と比較的新しいが、同社の運行する神崎線、白井線(および木下線)、鎌ヶ谷線それぞれの歴史は、戦前(昭和初期)より始まる。
[編集] 習志野自動車による木下へのバス(戦前)
神崎線(現、津田沼駅~木下駅)の起源は、薬円台に事務所を置いていた個人事業者白井保四郎による1927年10月5日に船橋駅~大和田(今の市役所付近か?)および新木戸~睦村の平戸間の開通である。なお、白井によるバス事業の創業は同年3月11日の谷津~津田沼駅~大久保~実籾線からである。その後、1933年に佐山(今の神崎橋付近か)、1935年頃に船尾を通り木下まで全通した。その後、白井はおそらく1935年7月15日(後述)に個人事業者から習志野自動車株式会社への法人化を行った。
それからまもない1937年1月に京成電鉄が同社の路線を買収し、習志野営業所(現・船橋営業所)を津田沼駅近傍に設置した。ちなみに、習志野自動車株式会社はバス路線を手放した後、保険代理業に業種転換し、現在でも京成保険コンサルティングとして存続している。京成開発株式会社の設立年月日は1935年7月15日になっており、前述した個人事業者の法人化がこの日のようである。京成としての神崎線の開通の経緯は以上の通りである。なお、習志野営業所およびその後の船橋営業所については、京成バス船橋営業所の記事を参照されたい。
[編集] 松戸~白井を走るバス(戦前)
鎌ヶ谷線(五香駅、鎌ヶ谷市役所、白井駅、白井車庫間の路線)の起源は、松戸に事務所を置いていた個人事業者大江六郎による1928年3月1日の松戸駅~五香~六実~佐津間間の開通である。その2年後の1930年10月1日に藤ヶ谷まで延長している。なお、当時の地図によれば、佐津間、藤ヶ谷付近の道路の敷設状況は今と異なっており、停留所も別の場所にあったようである。
その後、法人化を経て1935年11月に京成電鉄が買収を行い、松戸営業所を設置した。当時は新京成電鉄の設立前で、六実、佐津間、藤ヶ谷方面はおろか、八柱、五香方面でさえ、バスが唯一の大量輸送手段(注:車両は今より小型であるが。)であった。また、翌月には渡辺乗合自動車を買収し、松戸~市川・流山・金町の3線も引き継いだ。
[編集] 中山~木下へのバス(戦前)
現在の白井線(西船橋駅~白井駅・白井車庫)および木下線(白井駅~木下駅など)の起源は、森田祐吉経営の共立乗合自動車による中山~木下線である。共立乗合自動車は、この他、中山~大野間、木下~岩戸間も路線を有していた。その後、1943年7月14日に京成電鉄が共立乗合自動車を買収し、市川営業所を開設した。同営業所は同時に、京成の既存の路線(市川船橋線、国分線等)と併せて担当する。当時の市川営業所は、現在の本八幡駅南側に位置する市川交通自動車の八幡車庫である。その後戦争が激しくなり、物質およびエネルギーの調達の都合から1944年前後に不要不急の路線は廃止または休止。
[編集] 本社および営業所
ちばレインボーバスの本社は千葉県印西市船尾にあるが、営業所を兼ねており「本社営業所」と呼んでいる。なお、車庫の名前は船尾車庫であり、これは京成電鉄の頃の名称を引き継いでいる。この他、千葉県白井市神々廻(ししば)に白井車庫があり、白井線、鎌ヶ谷線、西白井線、法典線の4線はこの車庫の担当となっている。
[編集] 現行路線
[編集] 船尾車庫担当
[編集] スクールバス
- 木下駅~中央駅~東京電機大学(中央駅非経由便あり)
- 勝田台駅南口~東京電機大学
- 八千代緑が丘駅~秀明八千代中学校・高等学校
[編集] 神崎線
- 津田沼駅~サンシャイン前~八千代緑が丘駅~秀明大学~船尾車庫~中央駅~木下駅(一部便にサンシャイン前非経由便、中央駅非経由便あり)
- 八千代緑が丘駅~八千代西高校~睦小学校
- 1927年10月5日:[白井保四郎]船橋駅~平戸入口が開通。(船橋駅~大和田と同時に開通)
- 1933年2月1日:[白井保四郎]船橋駅~神崎橋に延長。
- 1935年7月15日:[習志野乗合自動車]習志野乗合自動車となる。
- 1935年頃:木下駅~船尾(場所不明)を開通。
- 1937年1月20日:[京成]京成となる。(神崎橋~船尾間の開通日不明。)
- 昭和:[京成]船橋駅~武西(神崎停留所と谷田停留所の中間付近)が開通。(のち廃止)
- 1962年2月1日:[京成]草深線(木下駅~開拓事務所前(現・原青年館付近))が開通。出入で津田沼十字路~開拓事務所前もあった。
- 1970年頃:[京成]津田沼駅~木下駅に短縮変更。津田沼駅~船尾車庫(ワンマン)と船尾車庫~木下駅(ツーマン)に分割する。
- 1945年9月3日:[京成]草深線が武西~開拓事務所前に変更。
- 1974年頃:[京成]草深線が廃止される。
- 1977年頃:[京成]全線ワンマン化に伴い、津田沼駅~木下駅の通し運行が復活し、木下駅【南口】発着に変更される。(大森~六軒を大型バスワンマンで通行することが困難なため。)
- 1988年頃:[京成]八千代国際大学(1998年より秀明大学)経由便を新設される。当時は八千代国際大学入口との往復による経由。
- 平成:[京成]中央駅経由便が新設される。
- 平成:[京成]大学経由便を大学および学園五丁目経由に変更。
- 1996年4月27日:[京成]八千代緑が丘駅経由となる。八幡神社経由便の新設。萱田線短縮代替として、緑が丘駅~八千代西高校~睦小学校便を新設し、船尾車庫担当となる。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。
- 2003年5月7日:朝夕の便が八千代緑が丘駅で分割される。同時に八千代緑が丘駅および船尾車庫での乗り継ぎ運賃制度(乗り換えても通し運賃)が開始される。全便が秀明大学経由となる。
[編集] 高花線
- 中央駅~電話局~高花
- 中央駅~四丁目東~高花
- 船尾車庫~高花団地入口~高花
- 1984年3月19日:[京成]ニュータウン線(中央駅~電話局~船尾車庫)を開通。
- 不明:[京成]中央駅~電話局~高花近隣公園~高花に延長。高花~船尾車庫を開通。
- 1996年4月27日:[京成]中央駅~電話局~高花二丁目~高花を開通。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。高花線と呼称。
[編集] 北口循環線
- 中央駅【北口】~牧の木戸一丁目~木刈四丁目~桜台三丁目~中央駅【北口】
- 1984年3月25日:[京成]木刈線(中央駅【南口】~牧の木戸一丁目~木刈四丁目)を開通。白井車庫担当。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。本社営業所担当。
- 2000年6月1日:中央駅~牧の木戸地区~木刈地区~桜台地区~中央駅に変更。駅北口発着に変更。北口循環線となる。
- 2003年3月1日:桜台中学校経由に変更。
- 2003年9月1日:朝の便について、木刈四丁目を終点とした東西それぞれの往復運行に変更。
[編集] 西の原線
- 印西牧の原駅→西の原小学校→西の原中学校→印西牧の原駅
- 印西牧の原駅~高花一丁目~船尾車庫
- 印西牧の原駅~(西の原団地循環)~高花一丁目~原山団地~中央駅
- 1995年4月1日:[京成] 印西牧の原駅の開業と同時に、西の原団地循環と船尾車庫との出入線が開通。(それまでは千葉ニュータウン中央駅から無料送迎バスの運行があった。)
- 平成:高花四丁目経由の出入便を廃止。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。
- 2003年12月1日:印西牧の原駅~(西の原団地循環)~中央駅便の運行が開始。
[編集] 白井車庫担当
[編集] 白井線
- 西船橋駅~古作~鎌ヶ谷大仏駅~白井駅~白井車庫
- 1928年11月27日:[石塚寅吉]中山駅~若宮~上山新田が開通。
- 1932年7月10日:[石塚寅吉]中山駅~鎌ヶ谷(木下街道上だが場所不明)に延長。
- 1933年10月15日:[石塚寅吉]中山駅~白井に延長。
- 戦前:[森田祐吉]森田祐吉の路線となる。
- 1939年頃:[森田祐吉]中山駅~若宮~白井~木下駅に延長。木下駅~岩戸が開通。
- 1942年7月14日:[京成]京成となる。木下線((市川車庫~)中山駅~若宮~木下駅北口)と呼称。木下駅~岩戸間は詳細不明。
- 1970年頃:[京成]前・白井車庫(のち法目道、現・白井市役所)で分割され、中山駅発着が西船橋駅発着・古作経由に変更。白井線【市川】(西船橋駅~古作~前・白井車庫、木下線(前・白井車庫~木下駅【北口】)となる。
- 1973年7月16日:[京成]現・白井車庫が神々廻に移転されたことを受けて、西船橋駅~現・白井車庫に延長。
- 1991年3月31日:[京成]白井駅経由に変更。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。
- 1999年10月1日:全線がラポワール経由に変更。
白井線は、西船橋駅から古作、木下街道を経由して白井車庫へ向かう路線である。西船橋駅~白井駅間の折り返し便もあり、あわせて1時間に1~3本程度の頻度で運行されている。戦前に個人事業者が開業した中山駅~木下駅間の路線(木下線)が戦後に前・白井車庫で分割され、これより南側が西船橋駅~白井車庫間の運行に改められ、白井線と呼ばれるようになった。
[編集] 鎌ヶ谷線
- 五香駅東口~クリーンセンター入口~六実駅~高柳駅~下総航空基地~白井工業団地~白井駅・白井車庫
- 五香駅東口→火の見下→鎌ヶ谷市役所(休日片道1便のみ運行)
- 鎌ヶ谷市役所~高柳駅~下総航空基地~白井工業団地~白井駅・白井車庫
- 五香駅東口~しいの木台~高柳駅西口
- 1928年3月1日:[大江六郎]松戸~佐津間が開通。
- 1930年3月1日:[大江六郎]松戸~藤ヶ谷に延長。
- 1935年11月21日:[京成]京成となる。松戸営業所担当。
- 1935年12月1日:[京成]松戸駅~五香~六実~向台(矢の橋のやや西,その後基地経由に変更)~白井(当時の役場、すなわち現公民館前)に延長。白井線【松戸】となる。
- 1936年1月15日:[京成]八柱線(松戸駅~八柱霊園)が開通。
- 1959年2月1日:[京成]平塚線(松戸駅~五香~六実~向台(その後基地経由に変更)~中村~平塚)が開通。
- 1960年3月10日:[京成]沼南ゴルフ場線(松戸駅~五香~高柳新田(現・クリーンセンター入口)~沼南ゴルフ場)が開通。
- 1963年8月30日:[京成]沼南ゴルフ場線が松戸駅~沼南農協前に延長。
- 1964年3月21日:[京成]富塚線(松戸駅~五香~六実~下総航空基地~富塚)を開通。
- 1960年代後半:[京成]常盤平駅経由便と東店舗前経由便の開通。
- 1987年:[京成]沼南ゴルフ場線が廃止される。代替としてクリーンセンター入口・篭益経由下総航空基地発着便が新設される。向台経由便がすべて下総航空基地経由に変更される。
- 1991年3月31日:[京成]五香駅西口・五香以西の定期運行を廃止。松戸駅発着便のすべてが五香駅西口発着に変更。松戸駅~八柱霊園間は臨時運行となる。白井便が白井停留所を白井公民館と改称の上、白井駅または白井車庫まで延長。白井工業団地便が河原子台経由白井駅または白井車庫まで延長。平塚便が中村経由から白井工業団地経由に変更。鎌ヶ谷市役所発着便の開通。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。ただし、鎌ヶ谷役所~白井方面に限り、柏井車庫担当に変更の上で京成が継続して運行。白井公民館経由便と平塚発着便はすべて京成による鎌ケ谷市役所からの運行となる。
- 1998年10月19日:[京成]平塚発着便および白井公民館経由が廃止。
- 1999年1月16日:[レインボー]五香駅西口発着便が五香駅東口発着に変更。[レインボー、京成]高柳経由の全便が高柳駅を迂回経由するようになる。
- 1999年4月1日:京成から鎌ヶ谷市役所~白井駅便が譲受され、鎌ヶ谷線の全便がレインボー単独運行となる。
- 1999年10月1日:六実駅発着便が新設。
- 2002年4月1日:五香駅東口~しいの木台が開通。
- 2003年11月10日:五香~白井方面便について、一部の便を除き五香駅~六実駅および高柳駅~白井方面に分割する。鎌ヶ谷市役所~白井方面便についてはそのまま。
- 2004年3月31日:鎌ヶ谷役所便が新鎌ヶ谷駅入口経由から新鎌ヶ谷駅経由に変更。
- 2010年4月19日:五香駅東口~しいの木台の路線を高柳駅西口まで延伸開業。
[編集] 西白井線
- 新鎌ケ谷駅~大山口中学校~西白井1~富塚~白井工業団地~白井車庫
- 2005年4月:白井市西白井地区にて住宅分譲が開始されたことに伴い、限定貸切として同地区と新鎌ケ谷駅及び西白井駅を結ぶ住民用シャトルバスが運行開始される。
- 2006年4月1日:上記区間を一般乗合路線として開設。西白井駅便は廃止。
- 2011年2月16日:ダイヤ改正実施。
[編集] 法典線
- 馬込沢駅~法田中学校~エステ・シティ~桐畑
- 2007年4月3日:開通
船橋市法典(藤原)地区周辺は、周辺にある木下街道(千葉県道59号市川印西線)などの幹線道路の渋滞により、交通の便が損なわれていた。そのため、地元自治会では地元自治体や関係交通機関に改善等の申し入れを行ってきた。この取り組みについてはNHKの番組「難問解決!ご近所の底力」にも紹介された(NHKで放映の内容)。この路線は同番組を契機に渋滞対策として地元自治会とちばレインボーバスによる協議によって開設された路線である。ちばレインボーバス側からは採算ラインと想定される人数以上乗らない場合撤退がありうるとの条件が提示されている。この路線を走行するバスには「フラワー号」という愛称がつけられている。なお、法典線・白井線ともに同名の「馬込沢駅」バス停があるが、前者は駅西口の前、後者は駅東口そばの木下街道沿いと所在場所が異なることに注意。
[編集] 廃止路線
[編集] 船尾車庫担当
[編集] 滝野線
- 印西牧の原駅【北口】→滝野二丁目西→滝野一丁目南→印西牧の原駅【北口】
- 1997年3月24日:[京成]開通。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。
- 2002年10月1日:滝野公園、滝野二丁目西経由となる。
- 2009年7月1日:廃止(代替バスとして2009年6月25日より北総交通で運行)
[編集] 白井車庫担当
[編集] 木下線
- 白井駅~白井~白井車庫~亀成~木下駅
- 白井駅~白井~谷田
- 白井駅~福祉センター~千葉ニュータウン中央駅
- 1928年11月27日:[石塚寅吉]中山駅~若宮~上山新田が開通。
- 1932年7月10日:[石塚寅吉]中山駅~鎌ヶ谷(木下街道上だが場所不明)に延長。
- 1933年10月15日:[石塚寅吉]中山駅~白井に延長。
- 戦前:[森田祐吉]森田祐吉の路線となる。
- 1939年頃:[森田祐吉]中山駅~若宮~白井~木下駅に延長。木下駅~岩戸が開通。
- 1942年7月14日:[京成]京成となる。木下線((市川車庫~)中山駅~若宮~木下駅北口)と呼称。木下駅~岩戸間は詳細不明。
- 1959年4月12日:[京成]谷田線(市川車庫~中山駅~若宮~白井~谷田)が開通。
- 1959年12月10日:[京成]名内線(市川車庫~中山駅~若宮~白井~名内橋)が開通。
- 1970年頃:[京成]全線が前・白井車庫(のち法目道、現・白井市役所)で分割され、中山駅発着が西船橋発着・古作経由に変更。白井線【市川】(西船橋駅~古作~前・白井車庫)、木下線(前・白井車庫~木下駅【北口】)、谷田線(前・白井車庫~谷田)、名内線(前・白井車庫~名内橋)の4線となる。谷田~名内橋の運行もあった。
- 1982年2月23日:[京成]木下線が木下駅~白井駅に延長。当時は北行が堀込経由だった。谷田線・名内線は法目道起点のまま。
- 1983年8月1日:[京成]白井保育園~名内橋および神々廻上~谷田間が自由乗降区間となる。
- 1991年3月31日:[京成]谷田線が白井駅発着白井役場【構内】経由に延長され、一部の便が福祉センター経由となる(福祉センター付近も自由乗降区間となる)。名内線は廃止され、白井工業団地以南は鎌ヶ谷線の一部となる(自由乗降区間は白井保育園~白井工業団地間となる)。
- 平成:[京成]福祉センター経由便が白井駅~福祉センター~千葉ニュータウン中央駅に変更。自由乗降区間の変更なし。
- 平成:[京成]木下線が木下駅南口発着に変更。
- 1998年6月1日:レインボーとなる。この頃より白井駅~谷田便も木下線の一部として呼ばれるようになる。
- 1999年4月1日:白井駅~福祉センター~千葉ニュータウン中央駅便が廃止。
- 1999年10月1日:全線がラポワール経由に変更。
- 2009年4月1日:廃止。
木下線は、北総鉄道の白井駅から木下街道を経由して成田線の木下駅に至る便と、途中の神々廻坂下で分岐して谷田に至る便からなる路線であった。
戦前に個人事業者が開業した路線であり、かつては中山駅~若宮~木下駅間を運行していた。谷田発着便は、1959年に白井村南部の木下街道から離れた集落への足として谷田線の名で開業したもので、同年には白井村北部の名内橋(現・白井工業団地停留所の真北約1km)に至る名内線も開業した。これらの2路線も木下線と同じように中山駅から木下街道を経由して運行され、支線のような位置づけとなっていたが、3線とも長距離路線であったので、1970年頃に前・白井車庫発着に短縮され、これより南側は白井線(西船橋駅~前・白井車庫)を運行することにより路線が分割された。
その後、白井側の発着点の変更、名内線の廃止、福祉センター経由便の新設・廃止などを経て、木下線は2009年3月31日の運行を最後に廃止された。廃止に向けて千葉県バス対策地域協議会に提示された案に対し、運行の継続を求める意見が寄せられたが、赤字額が年々増加していることやコミュニティバスによる代替が可能なことから、原案どおり廃止となった。
[編集] 車両
ちばレインボーバスでは、日野自動車、三菱ふそうトラック・バス(旧・三菱自動車)の車両を使用している。メーカが統一されていないのは、京成電鉄から選択車種の異なる2営業所(船橋:日野、松戸:三菱)下の車庫を引き継いだためである。分社化後も同じ2メーカより引き続き導入しているが、新造配置車種の変更や転属により、両車庫におけるメーカの比率が変化している。
管内に千葉ニュータウンを抱える船尾車庫では、大型車を主力としており、少数であるが3扉車やワイドドア(4枚折り戸)車も使用されている。白井車庫では、分社化後、中型車や小型車の比率が高まっている。
開業当初は、京成電鉄の車両を塗装変更せず、社名表記のみを「ちばレインボーバス」に変えて使用していたが、次第に青空と虹をモチーフとしたオリジナルのカラーリングに塗り替えられていった。なお、行先表示幕も社名が併記された全面青色のもの(一部路線を除く)に変更され、京成との差別化が図られている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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