NHK沖縄放送局

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NHK沖縄放送局
NHK logo.svg
NHK Okinawa Broadcasting Station.JPG
放送対象地域 沖縄県
所在地 900-8535
沖縄県那覇市おもろまち二丁目6番21号
公式サイト
総合テレビ
コールサイン JOAP-DTV
デジタル親局 那覇 17ch (キーID1)
アナログ親局 那覇 2ch
Eテレ
コールサイン JOAD-DTV
デジタル親局 那覇 13ch (キーID 2)
アナログ親局 那覇 12ch
ラジオ第1
コールサイン JOAP
親局 那覇 549kHz
ラジオ第2
コールサイン JOAD
親局 那覇 1125kHz
FM
コールサイン JOAP-FM
親局 那覇 88.1MHz
主な中継局
アナログテレビ
総合テレビ
平良 7ch、石垣 9ch
ほか
教育テレビ
平良 4ch、石垣 12ch
ほか
ラジオ
ラジオ第1
平良 1368kHz、石垣 540kHz
ほか
ラジオ第2
平良 1602kHz、石垣 1521kHz
ほか
FM放送
平良 85.0MHz、石垣 87.0MHz
ほか
特記事項:
*ラジオ放送は1945年3月23日から1972年6月24日まで放送中断
  • 1967年から本土復帰までは沖縄放送協会(OHK)が運営
  • 総合テレビ開局日はOHK宮古放送局(現在の宮古島市平良中継局)の開局日。
    現沖縄放送局(旧OHK中央放送局)の開局日は1968年12月22日
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NHK沖縄放送局(エヌエイチケイおきなわほうそうきょく)は、沖縄県放送対象地域としているNHK地方放送局。テレビとラジオで県域放送を行っている。

概要[編集]

開局は1942年3月19日であるが、沖縄戦でちょうど3年後に機能停止となり、一旦廃局。その後、1972年5月15日の沖縄返還で沖縄県が“復活”した[1]ことに伴い、沖縄放送協会の業務を移譲する形で設立され、復活した。この時はちょうど「開局30周年」にあたるきりがいい年であった。

過去には戦前の歴史とは別とする見方が一般的であったが、沖縄県内で米軍を巡る諸問題がいろいろと起こるようになると、それを語る上では戦前の歴史は切っても切り離せないという現実から、本土復帰40年に際し一時断絶を踏まえ「周年」という言葉は使わないものの、戦前からの歴史を継承し、前述の1942年を正式な開局日とした。ただしそれでも開局順では佐賀局よりも後となり、現段階でも九州・沖縄ブロックの最後発放送局であることに変わりはない。

スタジオは2006年3月5日まで、県庁所在地の那覇市ではなく豊見城市にあった。NHK放送局の中では唯一、放送局所在地の市名を使用せず、県名を用いた放送局である[2]。また豊見城市の市制施行前の旧豊見城村時代は、NHK放送局の中では唯一“に所在する放送局”であった。放送会館の那覇市おもろまち移転後、旧会館跡地は豊見城高安テレビ・FM放送所として送信機能のみが残されている。

大東諸島におけるサービスの状況[編集]

本島周辺と先島地区では地上デジタル放送を含めた全ての放送サービスを利用できるが、大東諸島は地勢的要因により2014年6月時点で以下の通りとなっている。

総合テレビジョン教育テレビジョン(Eテレ)
  • 大東諸島においては、沖縄半島から遠く離れており、地上波の直接受信ができないばかりか、ケーブルテレビも整備されておらず、NHKはおろか、地元の県域民放も視聴することが長らくできなかった。そこで1975年にNHK沖縄が「放送試験局コールサイン・JO7D-TV)の扱い」として、沖縄放送局が番組を収録したビデオテープを南大東島役場に送り、それを1日あたり4時間程度放送するのみだった。
  • その後1984年5月に現在のNHK BS1の母体となる衛星第1放送(旧)の試験放送(当初は2チャンネル体制を予定していたが、衛星の故障により1チャンネルのみ)を、地上波の総合の同時放送(一部時差放送や教育テレビの時差放送もあり)という形で提供するようになった。1987年の番組再編で、地上波の同時中継は1986年に開局した衛星第2放送(当初は教育テレビのみ。1989年の本放送移行後は独自編成と混成)に移行し、更に同時期に衛星第1は独自編成となった。
  • この後、1998年4月から2011年7月24日のアナログ放送終了までは、衛星通信で送られていた小笠原諸島向けのNHK東京(JOAK-TVとJOAB-TV)の放送を受信、地上波に変換して放送していたが、アナログ放送終了に伴い2010年後半からはソースがBSを利用したセーフティネット放送に切り替えられた。沖縄県の情報は電話回線により、画面へのテロップ挿入で伝えた。
  • デジタル放送の中継局は当初、2010年の設置を目指しているとされていたが、本島⇔大東島間の中継回線をどうやって整備するか、その設置費用負担をどうするかといった諸問題が山積みになっており、開局の目処は立っていなかった。その後、2011年初頭に本島⇔大東島間の海底ケーブル敷設工事に着手する見通しが立ち、同年敷設されたため、アナログ放送最終日の2日前となる2011年7月22日に開局した。
  • なおセーフティネット放送についてはBS波のデジタル化対策も兼ね、直接受信できるようにもなっていた。
ラジオ第1放送
  • 2007年4月1日にFM波変換の形で中継局が開局したが、本島⇔大東島間は衛星通信回線で信号を送っているため、極端な悪天候の場合は聴取できない場合あり。
ラジオ第2放送
FM放送
  • 5月から8月頃のEスポ発生時以外は終日受信不可。中継局は設置されていない(開局時期も未定)。特に大東諸島は全国で唯一NHK-FM放送のラジオ放送による直接受信できない地域として残っている。
ラジオ共通
  • 2011年9月1日からラジオ第1・第2およびFM放送のラジオ3波をインターネットで同時配信する「NHKネットラジオ らじる★らじる」が開始されたため、大東諸島ではラジオ第1・第2に加え、これまで聴取不可だったFM放送の番組もインターネットを通じて聴取できるようになった。
※ただし、これらは東京・名古屋・大阪・仙台の番組の再送信となる上、権利処理困難で同時配信されない一部番組も含まれるため、FMの県域番組(九州・沖縄ブロック番組も含む)および権利処理困難で同時配信されない一部番組は回線・中継局が整備されない限り聴取不可。
  • 特に『ラジオ深夜便』は、不定期的に放送機器のメンテナンスにより、ラジオ第1放送が1時から5時まで放送休止となる場合、沖縄県内全域で放送休止および一部の地域での休止の際、該当地域に入っていれば、らじるらじるでの補完聴取を除けば全く聴取できない。

チャンネルと周波数[編集]

呼出符号(コールサイン)[編集]

  • 総合系統:ラジオ第1放送JOAP、総合テレビJOAP-DTV、FM放送JOAP-FM
  • 教育系統:ラジオ第2放送JOAD、EテレJOAD-DTV

“JOAP”は戦前、沖縄放送局のラジオ放送に割り当てられたが、1945年の終戦とともに廃止され、戦後は前橋局のFM放送に“JOAP-FM”として割り当てられた。その後、本土復帰に伴い沖縄放送協会がNHK沖縄放送局に改組される際、新しく開局する沖縄局に“JOAP”を割り当てる方が望ましいという意見があり、“JOAP”は前橋局から沖縄局に譲られた。これに伴い前橋FM放送は“JOTP-FM”に変更され、この呼出符号が割り当てられていた京都FM放送は“JOOK-FM”に変更された。

豊見城市にあるNHK沖縄放送局旧局舎(現在もテレビ送信所として使用)

テレビジョン放送[編集]

  • 先島地域におけるカッコ内のチャンネルは、本島⇔宮古島間の海底ケーブルが開通するまでの米国式チャンネル。
  • 総合テレビのリモコンキーIDは全国大半の地域と同じ1。Eテレは全国共通の2
地域 局名 デジタル アナログ 備考
総合ch Eテレch 空中線電力 開局日 総合ch Eテレch 映像空中線電力
本島周辺 豊見城 17 13 1kW 2006-04-01 2+ 12 5kW 最大実効輻射電力は10倍
今帰仁 17 13 30W 2007-12-01 38 40 300W OHK時代の1969年に開局、沖縄では初のUHFによる中継局
久米島 33 25 3W 2007-12-01 36[4] 34[5] 30W OHK時代の1971年に開局
首里 60 62 3W
南城佐敷 36 25 3W 2007-12-01 60 62 30W
宜野湾 21 19 1W 2009-12-01 41 43 10W
胡屋 36 25 1W 2009-12-01 24 26 10W
具志川 19 25 1W 2009-12-01 46 48 10W
沖縄石川 36 25 0.3W 2008-12-01 60 62 3W
恩納 41 43 3W
名護東江
(なごあがりえ)
44 46 1W
本部 46 45 0.1W 2008-12-01 60 62 1W
久米島東 20 19 0.1W 2008-12-01 51 49 1W 久米島局がUHFへ移行した際に設置された
先島諸島 宮古島 17 13 100W 2008-05-01 7(9) 4 1kW 海底ケーブル開通までは先島地区の親局
多良間 22 18 0.1W 2008-12-06 60 62 1W
石垣 26 24 100W 2008-12-06 9(11) 12 1kW OHK時代は八重山放送局で親局だった
石垣川平 22 18 30W 2009-04-xx 11(13) 6 500W
祖納 17 13 1W 2009-04-xx 8(10) 1 30W[6]
与那国 36 45 1W 2009-04-xx 37[7] 39[8] 10W
大東諸島 南大東 32 27 3W 2011-07-22 54 52 30W アナログ親局は東京本局、1998年4月放送開始・2010年6月末放送終了
北大東 42 40 3W 2011-07-22 42 40 10W

ラジオ放送[編集]

NHK豊見城金良ラジオ放送所
局名 ラジオ第1 ラジオ第2 FM 備考
周波数 空中線電力 周波数 空中線電力 周波数 空中線電力
那覇 549kHz 10kW 1125kHz 10kW 88.1MHz 1kW[9] FMはTV放送所から送信
名護 531kHz 1kW     本島北部地区の難聴解消のため、1986年屋我地島に設置
今帰仁   84.8MHz 100W
久米島 84.2MHz 10W
宮古島 1368kHz 100W 1602kHz 100W 85.0MHz 1kW[10] FMは1976年12月の海底ケーブル回線全通と同時に開局
(与那国FM局も同)
石垣 540kHz 1kW 1521kHz 1kW 87.0MHz 100W
川平
(かびら)
    77.7MHz 100W
多良間 86.2MHz 30W
祖納
(そない)
85.2MHz 10W 83.1MHz 10W   中波混信解消と防災放送充実のため第1は1991年、第2は2003年開局
与那国 83.5MHz 10W 80.3MHz 10W 85.8MHz 10W AMは中波による混信解消のため2003年開局
南大東 83.5MHz 10W   中波による混信解消のため2007年4月1日開局

大東諸島における衛星放送の再送信[編集]

大東諸島では地理的・技術的事情により、1984年5月の衛星放送実験放送開始から1998年4月に地上波再送信放送を開始するまで、衛星放送(BS1・BS2)による放送で同諸島(南大東・北大東両島)をカバーしており、その後も続けられた。いずれもBSアナログ放送を地上波に変換した上での放送であるため、VHFアンテナで視聴可能であるものの、アナログ放送が終了(BSデジタルに完全移行)次第、中継局を廃止する可能性が高い(デジタル移行後はパラボラアンテナでの受信となる)。なお中継局ではBSデジタルチャンネルは放送されていない。

南大東BS中継局
  • 衛星第1テレビジョン→BS1 4ch・100W
  • 衛星第2テレビジョン(BS2)→BSプレミアム 6ch・100W

受信可能エリア[編集]

  • 沖縄県、鹿児島県奄美地方南部の一部
  • 大東諸島は、アナログテレビ放送は東京本局のエリア(小笠原諸島向け衛星中継を大東諸島へも向けている)であったが、2007年4月1日に開局したラジオ放送と2011年7月22日に開局した地上デジタルテレビ放送は沖縄局のエリアとなる。

備考[編集]

  • 地上デジタル放送開始と同時にワンセグ放送も開始した(ただしローカル放送は10月から)。
  • 西表島祖納と与那国島のラジオ第1と第2、および南大東島のラジオ第1の中継局は、FM波による中継局となっている。
  • 沖縄本島と宮古島および南大東島の間は海底光ファイバー回線で結ばれている。
    • 宮古島-伊良部島-多良間島-石垣島の区間は多重無線回線で結ばれている
    • 石垣島のテレビ電波はFM中継局の於茂登岳で石垣・川平各局に分配した上で、川平局から西表島(祖納)と与那国島へ伝送している(民放テレビ局とは別回線)。
  • ラジオ第2は夜間は混信が激しい場合は熊本局873kHz 500kWが受信可能(ただし1125kHzのエリア内はラジオ沖縄と接しているため聴取困難)。

報道室・事務所[編集]

那覇市内にある局から離れている場所でのニュースの取材などに対応するため、本島中部の沖縄市と北部の名護市の2ヶ所に「報道室」がある。また、かつての沖縄放送協会放送局があった先島地区に、報道取材と受信料事務、受信相談を受け持つ事務所を設けている。

報道室
  • 沖縄
  • 名護
事務所[11]

沿革[編集]

※その後沖縄は米軍統治下に置かれ、米軍放送や民間放送局が発達した。
  • 1967年(昭和42年)10月2日 日本政府とNHKの全面的な支援により沖縄放送協会(OHK[12])設立。
  • 1967年(昭和42年)12月22日 OHK宮古放送局開局、テレビ放送開始(呼出符号KSDY-TV)。
  • 1967年(昭和42年)12月23日 OHK八重山放送局開局、テレビ放送開始(呼出符号KSGA-TV)。
  • 1968年(昭和43年)12月22日 OHK中央放送局開局、テレビ放送開始(呼出符号KSGB-TV)。
  • 1972年(昭和47年)5月15日 沖縄の本土復帰に伴い、沖縄放送協会をNHKに統合し、NHK沖縄放送局“再開局”。旧OHKテレビを「NHK沖縄(総合)テレビジョン」(本島豊見城局の呼出符号JOAP-TV)に改称。
※本島では新たに教育テレビ(JOAD-TV)放送開始。
※先島地区では、八重山局を宮古局に統合した上で引き続き総合テレビのみで継続(呼出符号JOVQ-TV)。放送内容は総合テレビと教育テレビの混合編成で遅れ放送だった[13]。ニュースはラジオのニュース音声に独自に字幕のついたブルーバック画面で放送した。
  • 1972年(昭和47年)6月25日 本島では沖縄戦による廃局で中断していたラジオ放送がラジオ第1として復活(呼出符号JOAP)するとともに、新たにラジオ第2(呼び出し符号JOAD)放送開始。宮古島・石垣島にも中継局を開設し、本島と同時放送となった。
  • 1974年(昭和49年)3月24日 本島でFM放送(呼出符号JOAP-FM)開始。ただし回線の都合により当初放送は全てモノラルだった。
  • 1975年(昭和50年)3月31日 テレビ放送がなかった南北大東島で試験放送開始。南大東島に放送試験局設置(呼出符号JO7D-TV)。1日2時間で本島からの空輸によるビデオ放映だった。
  • 同年 海底ケーブル暫定開通により宮古・八重山地域でのテレビのニュースが沖縄本島・本土と同時放送となる(ただし白黒による放送)。
  • 1976年(昭和51年)12月22日 本島⇔宮古島間の海底ケーブルが正式に開通。宮古・八重山地域でのテレビ放送が、沖縄本島と同時放送となる(沖縄宮古放送局は平良テレビ中継局となりJOVQ-TVは廃止)。同時に同地域での教育テレビとFM放送開始。
  • 1977年(昭和52年) FM放送がローカル放送のみステレオ化される。
  • 1984年(昭和59年)5月12日 放送衛星による衛星試験放送開始で、南北大東島のテレビ放送が同時放送となる。当初はBS 1のみで総合テレビ中心の番組編成で全国放送であるため、沖縄ローカル枠はなかった。
  • 同年 FM放送の全国向け放送用のステレオPCMデジタル回線が導入され、全国向けのFMラジオ放送もステレオ化される。
  • 1986年(昭和61年) 沖縄本島北部の名護市屋我地島にラジオ第1の中継局開設。ただし中波による中継局設置はこれが最後となった。
  • 1991年(平成3年)11月 外国との混信により夜間受信困難だった西表島西部の祖納にFMによるラジオ第1の中継局開設。AMの中継局をFMで放送することは国内初であったが、県内では以後この形が主流となる。
  • 1995年(平成7年)2月 久米島のテレビ中継局をVHFからUHFへ変更。旧チャンネルが東京タワー局と同じchであることによるEスポ障害を改善するためであった。[14]
  • 1998年(平成10年)4月1日 南北大東島で通信衛星波中継により地上波(総合・教育)テレビ放送開始(東京本局のものを放送)。
  • 1998年(平成10年)10月 西表島~与那国島へのテレビ伝送波が放送波中継からSHF回線中継に切り替わり、与那国局のテレビ放送はVHFからUHFに変更、祖納局のテレビ放送の出力は100Wから30Wに減力。
  • 2003年(平成15年)10月 西表島祖納にラジオ第2、与那国島にラジオ第1と第2の中継局がFMによる放送で開設。ラジオ第2の中継局設置自体が沖縄の本土復帰による3局整備以来31年ぶりであった。
  • 2006年(平成18年)2月6日 デジタル総合テレビ、本放送開始に向けサイマル放送(試験放送)開始。
  • 2006年(平成18年)3月6日 那覇市おもろまちに建設した新放送会館への移転完了。同時に、地上デジタル放送対応のマスター更新。なお、移転前から既に那覇市内にあった営業部門は既に建物完成後に先行して移転していた。
  • 2006年(平成18年)4月1日 豊見城本局で地上デジタル12セグ放送(総合・教育)、ワンセグ放送開始。
※ワンセグは当初福岡局のものをそのまま放送し、沖縄局独自放送に切り替えた時期は北九州局がデジタル放送を開始した半年後の10月1日であった。
  • 2007年(平成19年)4月1日 南大東島に沖縄局のラジオ第1中継局がFMによる放送で開設された(伝送方法は通信衛星が使われた)。
  • 2011年(平成23年)7月22日 本島⇔南大東島間の海底光ケーブルが開通。南北大東島で沖縄局の地上デジタルテレビ放送中継局が開局し、沖縄本島と同時放送となる。
  • 2011年(平成23年)7月24日 この日の正午をもってアナログ放送を終了。翌日(7月25日)午前0時までに完全停波。
  • 2012年(平成24年)3月1日 FM放送の石垣中継局を石垣市真栄里(於茂登岳)からデジタルテレビ中継局が置かれている石垣市大川(バンナ岳)に移転するとともに、多良間中継局及び川平中継局を開局。

主な沖縄局制作番組[編集]

総合テレビ[編集]

  • NHKニュース おはよう沖縄(平日7:45 - 7:51)
  • 沖縄ちゅらTV(平日11:45 - 12:00)
  • おきなわHOTeye(平日18:10 - 18:58:55)
  • ニュース845沖縄(平日20:45 - 21:00)
  • きんくる 〜沖縄金曜クルーズ〜(不定期金曜日19:30 - 19:55、内容により20時台まで)
  • 台風情報おきなわ(台風接近時に空き時間に随時放送)
  • 沖縄の歌と踊り(現在はスペシャルとして月1回程度放送であるが、かつては毎週1回30分間放送していた)
※前身の沖縄放送協会時代から続いており、情報番組以外のNHKの地域ローカル番組としては数少ない老舗番組の一つ。夏の旧盆特番では総合テレビが編成上の都合で放送できない場合、Eテレで放送することもある。
終了した番組

Eテレ[編集]

※『にほんごであそぼ』の沖縄県版。総合テレビでも放送。

ラジオ第1[編集]

※2007年4月放送開始。沖縄局制作としては初のレギュラー全国放送番組。

FM放送[編集]

アナウンサー・キャスター[編集]

アナウンサー[編集]

キャスター[編集]

お天気カメラの主な設置場所[編集]

本島
那覇市(おもろまちの放送会館、前島の那覇営業部があったビルの屋上[15]那覇空港)、北谷町沖縄市恩納村
先島
宮古島市石垣市

その他[編集]

  • 沖縄県内(当放送局管内)には、現在NHK単独のテレビ中継局は存在しない。[16]
  • 太平洋戦争で沖縄での組織的戦闘が事実上終了した6月23日の「慰霊の日」に併せて、沖縄戦を後世に語り継いでいくための講演会や当事者の手記を当局アナウンサー・キャスターが朗読する会「朗読シアター」が行われていた[17]。この企画は、2013年以降は実施されていない。

脚注[編集]

  1. ^ 復帰特措法においては、現在の沖縄県は第3条の規定により戦前の沖縄県から続いていることになっている。
  2. ^ 戦前の一時期、那覇放送局として開設準備が進められていた。なお、地上デジタル放送のトランスポンダストリーム名は「NHK総合・那覇」・「NHK教育・那覇」となっている。また、このためauのワンセグ携帯の一部では「NHK那覇」と表示する機種がある。
  3. ^ 東京都の代表校が出場した場合も同文。これは小笠原諸島のテレビ中継所が開設されてから地上波中継が開始される1996年まではBS以外受信することが事実上できなかったことによる名残り
  4. ^ 1995年までVHF3chだったが、スポラディックE層による難視聴解消のためUHFへ移行した。
  5. ^ 1995年までVHF1chだったが、スポラディックE層による難視聴解消のためUHFへ移行した。
  6. ^ 与那国島への放送波中継を行っていた頃は100W
  7. ^ 西表島からの放送波中継だった頃は10ch(US12ch)。
  8. ^ 西表島からの放送波中継だった頃は12ch。
  9. ^ 最大実効輻射電力9.5kW。
  10. ^ 石垣島へ放送波中継するため親局と同じ出力で放送。
  11. ^ NHKの番組内では宮古島報道室・八重山報道室と呼ばれテロップもそのように表示される。
  12. ^ 岡山放送CX系)とは当然のことながら無縁。
  13. ^ 大相撲高校野球は1日遅れ、大晦日の紅白歌合戦は元日に放送されていた。
  14. ^ ちなみに、琉球放送テレビは4chであったため、これ以後も変更されず、2011年7月24日のアナログ放送終了まで沖縄県内唯一のVHF波によるテレビ中継局となっていた。
  15. ^ 主に泊港を映していた。
  16. ^ 本島地方では1984年3月17日まで、先島地方では1993年12月15日までそれぞれNHK単独の中継局が存在した。
  17. ^ ラジオ深夜便2011年6月30日深夜(7月1日未明)1時の放送より。

外部リンク[編集]