有線ラジオ放送

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有線ラジオ放送(ゆうせんラジオほうそう)または有線音楽放送(ゆうせんおんがくほうそう)とは、有線電気通信設備を用いた音声その他の音響の放送である。

単に有線放送、有線と呼ばれる場合もあるが、有線放送や有線には「有線放送電話」が含まれている。

概要[編集]

有線ラジオ放送は、多くのチャンネルを有し、ジャンルJ-POP演歌歌謡曲ロックポップスジャズクラシックヒーリングBGMカラオケなど多岐にわたる。リクエストを受け付けるチャンネルもあり、聴きたい楽曲電話によってリクエストすることもできる。いずれのチャンネルもディスクジョッキーは選曲と再生機器操作に専念し、音声による曲紹介や番組紹介、司会はしない。

また、ラジオ放送再送信しているものもある。

定義[編集]

「有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律」(昭和26年4月5日法律第135号。平成23年6月30日廃止)の第2条は、次のいずれかに該当するものを「有線ラジオ放送」と定義していた。

  • 一区域内において公衆によつて直接受信されることを目的として、ラジオ放送(当該放送の電波に重畳して、音声その他の音響、文字図形その他の影像又は信号を送る放送を含む。以下同じ。)を受信しこれを有線電気通信設備によつて再送信すること。(共同聴取業務
  • 一区域内において公衆によつて直接聴取されることを目的として、音声その他の音響を有線電気通信設備によつて送信すること。(告知放送業務
  • 道路広場公園等公衆の通行し、又は集合する場所において公衆によつて直接受信されることを目的として、音声その他の音響を有線電気通信設備によつて送信し、又はラジオ放送を受信しこれを有線電気通信設備によつて再送信すること。(街頭放送業務

歴史[編集]

1937年新潟県東頸城郡牧村(現・上越市)で、明願寺に置かれたラジオから、10m離れた向かいの理髪店まで配線を引きスピーカーを設けたのが日本の民間における有線でのラジオ共同聴取の始まりと言える[1]。のちに、明願寺住職による、独自放送のできる設備を備え、共同聴取を行う世帯で結成された「協聴会」会員は最大600軒を数えた。この共同聴取は1968年に、テレビが普及し使命を終えたとして終了した。なお、地区で最初にテレビを設置したのも明願寺であった。

親子ラジオ[編集]

親子ラジオは、1952年から沖縄県奄美群島の主な市町村においてアメリカ軍の援助資金で設置され、民間企業により運営されたラジオ共同聴取施設である。

電力事情が悪く、ラジオ受信機が高価であったため、最盛期の1958年には12万台の加入があった。その後の、電力事情の安定とラジオ受信機の普及により徐々に姿を消していき、現在では宮古島市池間島奄美市名瀬などに残るだけである。

電柱等の無断使用について[編集]

有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律第3条の2において、「道路法 (中略)の許可その他法令に基づく処分を受けないで設置されている有線電気通信設備又は所有者等の承諾を得ないで他人の土地若しくは電柱その他の工作物に設置されている有線電気通信設備によつて有線ラジオ放送をしてはならない」と規定されている。

また、有線ラジオ放送の業務を行おうとする場合は、同法第3条前段の規定により、届出書を総務大臣に提出しなければならないが、有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律を施行する規則(昭和26年電波監理委員会規則第3号)第2条第2項において、「届出書には、使用する有線電気通信設備の設置に関し必要とされる道路法(中略)の許可(中略)その他法令に基づく処分又は所有者等の承諾の事実を証する書面の写しを添付しなければならない」と規定されている。従って、許可等を得ていない場合は届出書を提出することができない。

届出書を提出せずに有線ラジオ放送の業務を行うのは違法である。しかし、加入希望者の拡大に対応して、従来、電柱の所有者である電気事業者電気通信事業者の承諾を得ないでケーブルを引く等の方法が採られてきた。

平成23年8月現在、業界大手2社(キャンシステムとUSEN)は届出書を提出しているので、問題はない。

主な事業者[編集]

関連項目[編集]

脚註[編集]

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  1. ^ 武田徹著『NHK問題』2006年ちくま新書 ISBN 9784480063366