バスケットボール男子日本代表

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 Basketball pictogram.svgバスケットボール男子日本代表
国または地域 日本の旗 日本
協会 日本バスケットボール協会
ヘッドコーチ 長谷川健志
FIBAランキング 35位(2012年8月30日版)
オリンピック
出場回数 6回
初出場 1936 ベルリン
最高成績 10位(1956)
ワールドカップ (男子) / 女子世界選手権
出場回数 4回
初出場 1963 世界選手権
最高成績 11位(1967)
アジア選手権
最高成績 1位優勝(1965、1971)
ユニフォーム
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ホームジャージ
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チームカラー
ホーム
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アウェイジャージ
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チームカラー
アウェイ
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男子日本代表チーム、レバノンとの親善試合。2010年7月25日、墨田区総合体育館

バスケットボール男子日本代表(―だんしにほんだいひょう、英:Japan men's national basketball team)は、日本バスケットボール協会によって編成され、国際大会に派遣される男子バスケットボールナショナルチームである。

概要[編集]

日本代表チームとしての初の国際大会出場は、1917年に東京で開催された第3回極東選手権競技大会である。この時の日本代表は、京都YMCAによる単一チームであった。

1936年、バスケットボールがオリンピック正式種目となったベルリン大会オリンピックに初出場。戦後になってからも1956年メルボルン大会に出場して以降、1968年メキシコシティ大会を除き毎回出場。バスケットボール世界選手権にも1963年大会で初出場、続く1967年大会にも連続出場するなど世界大会の常連であった。アジア選手権でも1965年大会1971年大会に優勝するなどアジアの上位であったが、その後は国際大会に復帰した中国の台頭などもあり、1976年モントリオールオリンピック出場を最後に世界規模の大会への出場から遠ざかる。

1995年福岡ユニバーシアードで準優勝すると、その時のメンバー6人を擁して1997年アジア選手権で7大会ぶりの準優勝を達成し、1998年に31年ぶりに世界選手権出場を果たす。1次リーグは3連敗を喫したが、順位決定戦でセネガルに勝利した。

2003年にヨーロッパの名将ジェリコ・パブリセヴィッチをヘッドコーチに招き、2006年世界選手権の開催国として出場。1次ラウンド初戦のドイツ戦は70-81と善戦、パナマ戦では1次ラウンドとしては1963年大会以来の勝利をあげ、前回大会4位のニュージーランドに対しては前半を18点のリードで折り返したが、後半に大逆転を許して2勝目を逃し、結局通算1勝4敗で敗退した。

近年は中東勢の台頭もあり、アジア選手権でのメダル獲得も1997年大会を最後に逃し続けている。アイシンシーホースで実績を残し、ヘッドコーチに就任した鈴木貴美一がチームを率いた2007年アジア選手権大会は自国開催(徳島)でありながら日本バスケットボール協会内部の混乱でチーム強化もおぼつかず8位に終わり、この大会での北京オリンピック進出ばかりか、同大会の世界最終予選進出も逃した。さらに2009年大会は直前のヘッドコーチ交代劇の影響もあり世界選手権出場どころか前回よりさらに下回る歴代最低の10位に沈んだ。

2010年は史上初めてヘッドコーチを公募にかけ、リンク栃木ブレックスをJBL初優勝に導いたトーマス・ウィスマンが就任。2010年FIBAアジアスタンコビッチカップにて、決勝戦で地元レバノンに敗れはしたが、準優勝となり好スタートを切る。さらに同年の広州アジア大会でも4大会ぶりにベスト4入りを達成。しかし翌2011年9月に開催されたアジア選手権兼ロンドンオリンピックアジア予選ではベスト4を目標に掲げるも、ロンドンオリンピック世界最終予選の出場権獲得を逃し7位に終わった。

それから半年経った2012年3月になって日本協会はウィスマンを解任し、鈴木貴美一がアイシンと兼任で自身2度目となるヘッドコーチに就任。9月に東京で開催された2012年FIBAアジアカップで準優勝。翌2013年は2014年ワールドカップ出場権の獲得を目指したが、2013年アジア選手権2次ラウンドでフィリピン台湾ヨルダンを相手に3連敗を喫して決勝トーナメントに進めずに9位になり、ワールドカップ出場権を逃した。その後、10月の協会理事会で鈴木は不振の責任を取って辞任。

2014年4月、前青山学院大学HCの長谷川健志がHCに就任。7月に行われた2014年FIBAアジアカップでは準々決勝で台湾に敗れて順位決定戦にまわり、6位に終わった。

愛称[編集]

日本バスケットボール協会は日本代表チームの愛称を2011年4月から5月にかけて一般公募した。その中から男女共通の愛称として「隼(ハヤブサ)ジャパン」を選定し、2011年7月に発表した。

国際大会の成績[編集]

夏季オリンピック[編集]

世界選手権[編集]

アジア選手権[編集]

  • 1960年 3位3位
  • 1963年 - 不参加
  • 1965年 - 1位優勝
  • 1967年 - 3位3位
  • 1969年 - 2位準優勝
  • 1971年 - 1位優勝
  • 1973年 - 4位
  • 1975年 - 2位準優勝
  • 1977年 - 3位3位
  • 1979年 - 2位準優勝
  • 1981年 - 3位3位
  • 1983年 - 2位準優勝
  • 1985年 - 5位
  • 1987年 - 3位3位
  • 1989年 - 4位
  • 1991年 - 3位3位
  • 1993年 - 7位
  • 1995年 - 3位3位
  • 1997年 - 2位準優勝
  • 1999年 - 5位


アジア競技大会[編集]

  • 1951年 - 2位準優勝
  • 1954年 - 3位3位
  • 1958年 - 3位3位
  • 1962年 - 2位準優勝
  • 1966年 - 4位
  • 1970年 - 3位3位
  • 1974年 - 7位
  • 1978年 - 4位
  • 1982年 - 3位3位
  • 1986年 - 6位
  • 1990年 - 4位
  • 1994年 - 3位3位
  • 1998年 - 10位
  • 2002年 - 6位
  • 2006年 - 6位
  • 2010年 - 4位


東アジア競技大会[編集]

  • 1993年 - 5位
  • 1997年 - 5位
  • 2001年 - 3位3位
  • 2005年 - 2位準優勝
  • 2009年 - 3位3位
  • 2013年 - 4位

東アジア選手権[編集]

FIBAアジアカップ[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]

歴代の代表選手[編集]

現在の代表[編集]

2014年FIBAアジアカップ出場メンバー。

No. 氏名 P 身長/体重 生年月日 所属 備考
4 石崎巧主将 PG 188/85 1984/07/06
5 太田敦也 C 206/110 1984/6/4 浜松・東三河フェニックス
6 正中岳城 PG 180/78 1984/09/15 トヨタ自動車アルバルク東京
7 岡田優介 SG 185/81 1984/09/17 つくばロボッツ
8 小野龍猛 F 197/100 1988/01/06 千葉ジェッツ
9 金丸晃輔 SG 192/78 1989/3/8 アイシンシーホース三河
10 竹内公輔 PF 206/98 1985/1/29
11 菊地祥平 SG 191/93 1984/08/27 トヨタ自動車アルバルク東京
12 比江島慎 G 190/78 1990/8/11 アイシンシーホース三河
13 田中大貴 SG 191/88 1991/9/3 トヨタ自動車アルバルク東京
14 張本天傑 F 198/95 1992/01/08 トヨタ自動車アルバルク東京
15 竹内譲次 F 207/98 1985/01/29 日立サンロッカーズ東京

年代別代表[編集]

国籍以外で特に制限のないナショナルチーム(A代表)の他に、年齢の上限が設けられた大会に派遣されるいわゆる年代別代表も存在する。

  • ユニバーシアード(U-24)日本代表
大学生による競技大会であるユニバーシアードに派遣されるナショナルチーム。原則として大学または大学院に在学中、ならびに大会前年に大学または大学院を卒業した選手が資格を得るが、代表に選ばれる実力を持つ選手のほとんどが大卒であり、24歳以下の選手で構成されるためU-24日本代表と表現する場合もある。ユニバーシアード日本代表は1995年の福岡大会で、世界大会では日本バスケットボール史上初めてとなる準優勝の快挙を成し遂げた。2007年のバンコク大会では「竹内世代」と呼ばれる大卒選手中心の編成でベスト4入りを果たした。
  • U-19日本代表
19歳以下の大会であるU-19世界選手権およびその予選を兼ねたU-18アジア選手権に派遣されるナショナルチーム。2004年までは18歳以下のジュニア日本代表と呼ばれていた。
  • U-17日本代表
2010年に第1回が開催される17歳以下の大会であるU-17世界選手権およびその予選を兼ねたU-16アジア選手権に派遣されるナショナルチーム。2009年に新設。2011年U-16アジア選手権で銅メダルを獲得。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]