リンク栃木ブレックス

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リンク栃木ブレックス
原語表記 リンク栃木ブレックス
愛称 ブレックス
チームカラー ネイビーブルー、黄色
所属リーグ 日本の旗 NBL
創設年 2007年
本拠地 栃木県宇都宮市
アリーナ ブレックスアリーナ宇都宮
収容人数 約2,900名
運営法人 リンクスポーツエンターテインメント
代表者 鎌田眞吾
ヘッドコーチ トーマス・ウィスマン
優勝歴 2009-10シーズン
公式サイト http://www.linktochigibrex.com/
ユニフォーム
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ホームジャージ
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チームカラー
ホーム
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アウェイジャージ
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チームカラー
アウェイ
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リンク栃木ブレックス(―とちぎ―、LINK TOCHIGI BREX)は、栃木県宇都宮市を本拠地とするナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)に所属するプロバスケットボールチームである。略称「リンク栃木」。旧称「栃木ブレックス」。

概要[編集]

運営会社は株式会社リンクスポーツエンターテインメント。2008-09シーズンよりトップリーグ(JBLNBL)に参戦している。

スローガン[編集]

ENERGIZE(エナジャイズ) ・プロチームとしてプライドを持ち、自分達自身が日々力強い努力を重ね、エネルギッシュでイキイキとした精神的なプレーすることで、周囲の人々に元気や活力を与えられるチームを目指す。また、昨年からスタートしたBREX SMILE ACTIONをはじめ、より精力的に地域貢献活動に取り組み、地域を活性化させる存在になるという想いも込め、今シーズンのスローガンを「ENERGIZE」に決めた。2013-2014シーズン、リンク栃木ブレックスはこのスローガンのもと、活動していく。

チーム名の意味[編集]

"ブレックス"の意味

  • BREAK THROUGH(現状を打破する)という言葉の発音から作った造語。既成概念を打破し、スポーツ界、バスケ界、そして栃木に風穴をあけたい!という思いを込めている。
  • REXという言葉は、ラテン語で王者を意味している。BasketballのREX=B-REX=バスケットボールの頂点を目指すという意思を込めている。

"リンク"の意味

  • ネーミングライツ契約企業(現在は親会社)である株式会社リンクアンドモチベーションの「リンク」。
  • リンク栃木ブレックスが、栃木県の地域住民、企業、行政、協会を「リンク(連鎖)」させていくことで相互作用や相乗効果(シナジー)を生み出したい、という意味も込められている。

チームカラーの由来[編集]

栃木県の姉妹提携州である米国インディアナ州にあるNBAチーム「インディアナ・ペイサーズ」のチームカラーを踏襲している。ペイサーズに敬意を表し、またNBAのプレーやエンターテイメントを手本としたいという思いを込めている。

チームの理念[編集]

「強く愛されるモチベーションあふれるチーム」

  • 1年目はJBL2にて優勝することができた。2年目はJBLに昇格し、チーム創設3年目にして当初の目標であった日本一を達成することができた。ブレックスの理念は、いついかなる時も「強く愛されるモチベーションあふれるチーム」であり続けること。頑固たるチームを作り、毎シーズン最善を尽くして、頂点を目指してゆく。

目指すチーム像[編集]

「多くの人達に「何か」を提供できるチーム」

  • ゲームを観戦しに来た人はもとより、チームや選手と触れ合ったすべての人達に「何か」を感じてもらいたい、「何か」を与えることができるチームでありたいと思っている。「何か」とはエネルギーのようなもので、例えば「自分もこうなりたい」といったような意思やモチベーションであったり、「自分にもできるんだ」という希望や自信といったもの。このような「何か」に気づくきっかけを多くの人達に提供できるチームでありたいと考えている。

ホームアリーナ[編集]

メインとなるホームアリーナはブレックスアリーナ宇都宮(宇都宮市営体育館)。ホームゲームは宇都宮以外の栃木県内各地でも数試合行う。過去には群馬県・福島県でも開催していた。なお、2013-14シーズンはブレックスアリーナが大規模改修工事に入るため開幕戦2試合のみとなる予定。

地区 アリーナ 収容人数 年度
08-09 09-10 10-11 11-12 12-13 13-14
宇都宮市 ブレックスアリーナ宇都宮 2,900人 6 8 4 10 12 2
宇都宮市清原体育館 1 2 2 - - 8
県央 フォレストアリーナ 2,260人 5 4 4 6 6 6
県北 栃木県立県北体育館 2,054人 1 1 2 1 - 4
県南 栃木県立県南体育館 2,020人 4 2 2 4 2 6
足利市民体育館 1 1 1 - - 2
群馬県 ぐんまアリーナ 1 1 1 1 - -
福島県 福島県営あづま総合体育館 - - 2 1 - -
須賀川アリーナ - 1 - - - -
レギュラーシーズン・ホーム試合数計 18 20 16 20 20 28

歴史[編集]

設立経緯[編集]

2004年12月、栃木にプロバスケチーム設立を目指し活動開始。2007年より開幕する日本バスケットボールリーグ(新JBL、当時は「新リーグ」)への参戦を目指し、2005年12月「栃木県にプロバスケットボールチームを作る会」を結成。(当時他にbjリーグ参戦を目指す団体もあった)

2006年6月、栃木県出身の駒澤大学バスケットボール部OB、金井亨が中心となり運営母体「ドリームチームエンターテイメント栃木」(DTE栃木)を設立し新リーグへの参入を正式に申請する。いったんは参入の内定をもらったものの、諸事情により最終的には参戦に至らず。しかし、その後同年限りでバスケットボール日本リーグ撤退を決めていた大塚商会アルファーズから会員資格を譲渡され、「栃木ブレックス」として、新JBLの下部リーグとして旧日本リーグを受け継ぐ日本バスケットボールリーグ2部機構(JBL2)に参加する事が決定。これは大塚商会創業者が栃木県出身である縁から、アルファーズ元スタッフがDTE栃木に参画していたことによるものである。経営コンサルティング会社のリンクアンドモチベーションとメインスポンサー契約を結び、社長には元アメリカンフットボール選手であり同社のコンサルタントを務める山谷拓志が就任。

JBL2[編集]

初代ヘッドコーチに大塚商会アルファーズ元コーチの金田詳徳が就任する。選手は全員がプロ契約で、その内、2006-07シーズンの大塚商会の選手は3名、元bjリーグ選手が2名である。

初年度となる2007-08シーズンはレギュラーシーズン3位ながらファイナルまで進み、レギュラーシーズン1位の千葉ピアスアローバジャーズを下し初代JBL2王者となる。

JBL[編集]

2008-2009シーズン[編集]

オーエスジーフェニックス東三河が2007-2008シーズン限りでJBLからbjリーグへ転籍したため、2008-09シーズンよりJBLに昇格。昇格にあたりチーム名の命名権をメインスポンサーのリンクアンドモチベーションに売却し、4月1日より「リンク栃木ブレックス」とする。またヘッドコーチに秋田県立能代工業高等学校で監督を務めた加藤三彦が就任。山谷はゼネラルマネージャーも兼任する。新入団選手に加藤の高校の後輩かつ教え子でもある高久順ら、移籍選手として日本代表の川村卓也、元日本代表の伊藤俊亮、地元出身の大宮宏正らを獲得した。さらに2008年8月31日、加藤の高校の後輩かつ教え子である元NBA選手の田臥勇太を獲得した[1]

シーズン開幕後、序盤は苦戦が続いたため加藤がヘッドコーチを更迭される。後任にはいすゞ自動車・JOMOでコーチ歴のあるトーマス・ウィスマンが就任し、その後は調子をあげたものの、プレーオフは惜しくも逃す。

2009-2010シーズン(初優勝)[編集]

株式会社リンクスポーツエンターテインメント
Link Sports Entertainment Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:320-0833
栃木県宇都宮市不動前2-2-33
スズキビルIII2F
設立 2006年6月
(株式会社ドリームチームエンターテインメント栃木)
業種 サービス業
事業内容 バスケットボールチームの経営
代表者 代表取締役社長 鎌田眞吾
資本金 5,000万円
売上高 5億3,300万円
(2011年12月期)
決算期 12月
主要株主 リンクアンドモチベーション 100%
関係する人物 小笹芳央(取締役会長)
山谷拓志(前社長)
外部リンク リンク栃木ブレックス
特記事項:2009年5月に株式会社ドリームチームエンターテインメント栃木から株式会社リンクスポーツエンターテインメントへ商号変更。
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2009年、リンクアンドモチベーションの完全子会社化。これに伴い運営会社も「リンクスポーツエンターテインメント」に改称。ウィスマンヘッドコーチと2年契約を締結。新人選手としてスラムダンク奨学生第1号の並里成を獲得。

2010年3月20日に行われた三菱電機戦の勝利でレギュラーシーズン4位以上が確定し、JBL昇格後初のプレーオフ進出が決定。レギュラーシーズンは最終的には2位となる。本拠地・宇都宮で行われたセミファイナル・パナソニック戦を2勝1敗で通過し、ファイナルに進出。ファイナルではアイシンシーホースに3連勝し、初優勝を果たした。プロチームの社会人日本リーグの1部リーグ優勝は、日本協会及び旧日本リーグ機構主催時代を含め42年の歴史で初めてとなる。

2010-2011シーズン[編集]

チームを優勝に導いたウィスマンは日本代表HC就任のため、契約を1年残しHCを勇退。後任にはブルース・パーマーに内定していたが、前所属との契約解除を巡るトラブルのため断念する。中国(CBA)江蘇ドラゴンズのHCジェイソン・ラベドーと2年契約を締結。日本人選手との契約は全員と継続。

7月30日には鹿沼市との間で「マザータウン」協定を締結。2007年より鹿沼総合体育館(フォレストアリーナ)を練習拠点として活動してきたが、締結後はマザータウンとして鹿沼市での活動をより積極化する。

同年より下部育成チーム「TGI D-RISE」がJBL2参入を果たす。

12月15日、成績不振のためラベドーHCを解任、パーマーが改めてHCに就任した。

東日本大震災の影響でシーズン終盤は中止。

2011-2012シーズン[編集]

2011-12シーズンはパーマーHCが続投、ACにbjリーグ・京都ハンナリーズ元HCの青野和人を迎え入れる。町田洋介が引退、並里成、大宮宏正らが移籍したものの、新戦力として北海道から山田大治、アイシンから網野友雄らが移籍加入した。外国人としてNBAでもプレー経験を持つナイジェリア出身のオルミデ・オイデジ、前日立のタイラー・スミスが加入。12月には「東日本大震災復興支援チャリティーゲーム・コジマ presents KIZUNAドリームマッチ2011」をブレックスアリーナ宇都宮で開催した。

しかし、このシーズンはプレーオフ出場を逸し、その責任を取る形でパーマーHCを2012年3月12日付けで解任し、青野ACをHC代行として残り4試合で指揮を執ることになった[2]。また、設立当時からチームを支えた山谷も同シーズンを最後にGMを辞任[2]日本バスケットボール協会新リーグ運営本部副本部長兼COOに就任。

2012-2013シーズン[編集]

2012-13シーズンは新GMに取締役の鎌田眞吾、新HCにアテネ五輪リトアニア代表HCを務めたアンタナス・シレイカが就任。オフには片岡大晴が移籍。田臥勇太も一度はリスト入りしたものの再契約。新戦力として東芝から移籍の宮永雄太、筑波大卒の田渡修人が加入した。

NBL[編集]

2013-2014シーズン[編集]

2013-14シーズンよりJBLはNBLに改組され、引き続き同リーグに参加することになった。

これに伴い、GM辞任後も代表取締役だった山谷はNBL専務理事COOに就任のため退任。

オフには安齋竜三が引退、川村卓也がNBA挑戦のため退団(最終的には和歌山へ移籍)、伊藤俊亮、梁川禎浩、宮永雄太も移籍した。一方で休部となったパナソニックから渡邉裕規を獲得。

9月10日、bjリーグの京都ハンナリーズとプレシーズンを行う[3]

主な取り組み[編集]

ブレックスアリーナ[編集]

宇都宮市が推進する「施設愛称によるプロスポーツ応援事業」の一環として、ホームアリーナである宇都宮市体育館を2009年5月より2013年3月まで愛称を「ブレックスアリーナ宇都宮」としている。これは施設命名権とは異なり市が無償で命名しているものであり、公共施設にチーム名が愛称として使用されるのは日本初である。同じく宇都宮市をホームとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟する栃木SCが練習場に使用し、自転車チームの宇都宮ブリッツェンも協議に入っている。[4]

下部組織[編集]

リンク栃木ブレックスでは、二軍に当たる組織として「TGI D-RISE」を結成しており、2010年よりJBL2に参戦している。

リンク栃木ブレックスの殿堂[編集]

2007年のチーム発足に当たり、栃木県のバスケットボールにおいて顕著な功績を収めた功労者を称えるため、「栃木ブレックス殿堂」(後に改名)を設立した。現在、以下の7名が表彰されている。

2008年
  • 古島加寿夫(元栃木県バスケットボール協会理事長・会長)
  • 平賀(旧姓横山)アサ子(宇都宮女子商業高校卒、1967年女子世界選手権ベスト5)
  • 今野(同生井)けい子(同高校卒、1975年女子世界選手権銀メダリスト・MVP・得点王、モントリオール五輪得点王)
2009年
  • 香中亮一(元栃木県バスケットボール協会審判委員長・日本バスケットボール協会副部長・FIBA国際審判員)
2010年
  • 中山慶恵子(栃木県バスケットボール協会副会長)
  • 伊澤正憲(栃木県バスケットボール協会副会長)
2011年
  • なし(東日本大震災のため)
2012年
  • 該当者なし
2013年
  • 吉田一(栃木県バスケットボール協会顧問)

地域密着型[編集]

県民、とりわけバスケットファンの宇都宮市民らの協力が、チームの急成長に大きく貢献している。また、チーム自体も、県内各所でバスケ教室を開催するなど、バスケットボールの普及活動を行っている。

主な地域密着活動は以下の通り。

  • BREX SMILE ACTION(社会貢献活動)
  • D-PROJECT supported by LAWSON(訪問指導)
  • ブレックス主催イベント(ファンイベントなど)
  • バスケットボールクリニック
  • キッズモチベーション・プロジェクト(小学校訪問)
  • 栃木銀行presetnsブレックス・キャラバン(県内での公開練習と交流会)

放送[編集]

地元テレビ局であるとちぎテレビではJBL2時代より中継を実施しており、JBL昇格後は開幕戦及び宇都宮で開催されたオールスターゲームの生中継も行った。2009-10シーズンはホームゲーム生中継が増加しただけでなく開幕戦を含むアウェーゲーム2試合も録画中継することになった。さらにプレーオフ進出に伴い、セミファイナル3戦を録画中継、ファイナル第3戦(これが優勝決定試合となった)は生中継が決定した。とちぎテレビではローカルニュース番組「イブニング6」内でブレックス応援コーナー「DUNK 愛LOVE BREX」が放送されている。現在もとちぎテレビでの主管試合中継をスカイ・エーとの共同制作により、栃木県内には生中継で、スカパー!や全国の契約ケーブルテレビ局では後日録画中継で放送されている。

チーム関連のラジオ番組としては、栃木放送では「CRTイヴニングタイムズ」内コーナー「Best!ブレックス!」、RADIO BERRYで「B-BOX」内コーナー「あやえもんのGO!GO!BREX!!」、川村卓也がメインパーソナリティの「川村卓也のたくやんちゃレディオ!」(川村の出身地にあるFM岩手へもネット)、NHK宇都宮放送局では「とちぎ6時です!」内コーナー「ブレックス応援リーグ」が放送されている。

日本代表戦[編集]

2010年7月7日に本拠地であるブレックスアリーナ宇都宮にて開催されるバスケットボール男子日本代表VS東莞レオパーズの強化試合は、運営会社であるリンクスポーツエンターテインメントが主管して行われた。その後も、7月27日に(ブレックスが主催試合を開催した事のある)福島県須賀川市で開かれたレバノン戦も主管となった。

BREXバスケットボールコート[編集]

2010年11月5日、新たな練習施設として「BREXコミュニティーセンター(仮称)」を建設することを発表した[5]

この施設は宇都宮市清原工業団地の鈴運メンテック株式会社清原営業所内に建設され、体育館が中心となるが、文部科学省が推進する「総合型地域スポーツクラブ」の役割を担うため、各種施設を複合させた「コミュニティーセンター」として、スポーツ振興や交流の中核として想定されている。最低限としてトレーニングルーム・選手寮・クラブハウスを備え、天然芝グランド・自転車周回コースも計画に上げていた。

2011年9月6日、「BREXバスケットボールコート」としてオープン。

2012年よりチームが使用しない時間に限りレンタルコートとしての利用を開始した。

施設概要
  • 木製バスケットボールコート1面(FIBA公認正規サイズ)
  • バスケットボールゴール6基(内ミニバス用リング2基)
  • 飲料自動販売機
  • AED
  • 各種備品:バスケットボール・ビブス・デジタイマー・マーカー

成績[編集]

リーグ戦[編集]

JBL[編集]

年度 リーグ レギュラーシーズン セミファイナル ファイナル 最終結果 HC
順位
2007-08 JBL2 1 13 3 3位 1 0 1 0 優勝 金田詳徳
2008-09 JBL 2 16 19 5位 --- 5位 加藤三彦
トーマス・ウィスマン
2009-10 3 27 15 2位 2 1 3 0 優勝 トーマス・ウィスマン
2010-11 4 15 21 6位 震災のためプレイオフ実施せず ジェイソン・ラベドー
ブルース・パーマー
2011-12 5 18 24 6位 --- 6位 ブルース・パーマー
青野和人(代行)
2012-13 6 13 29 6位 --- 6位 アンタナス・シレイカ

NBL[編集]

年度 レギュラーシーズン カンファレンス
セミファイナル
カンファレンス
ファイナル
ファイナル 最終結果 HC
順位
2013-14 1 31 23 東3位 1 2 --- 5位 アンタナス・シレイカ

全日本総合バスケットボール選手権大会[編集]

成績
2008 ベスト16
2009 ベスト8
2010 ベスト8
2011 ベスト8
2012 ベスト8
2013 ベスト8

獲得タイトル[編集]

スタッフと選手[編集]

チームスタッフ[編集]

選手[編集]

No. P 選手名 生年 身長/体重 出身 前所属
0 G 日本の旗田臥勇太 1980 173cm/75kg 神奈川県 アナハイム・アーセナル(NBADL)
6 G/F 日本の旗小林大祐 1987 189cm/88kg 福岡県 日立サンロッカーズ東京
8 F/C 日本の旗山田大治 1981 200cm/105kg 大阪府 北海道
9 G 日本の旗遠藤祐亮 1989 185cm/78kg 千葉県 大東文化大学
13 G 日本の旗渡邉裕規 1988 180cm/74kg 神奈川県 パナソニックトライアンズ
24 F アメリカ合衆国の旗トミー・ブレントン 1989 196cm/102kg 米国 Stony Brook University
25 G/F 日本の旗古川孝敏 1987 190cm/90kg 兵庫県 アイシンシーホース
27 F 日本の旗熊谷尚也 1990 194cm/84kg 福岡県 日本体育大学
32 F アメリカ合衆国の旗ライアン・ロシター 1989 206cm/116kg 米国 Canton Charge
73 G 日本の旗田渡修人 1990 185cm/81kg 東京都 筑波大学
G 日本の旗鮫島宗一郎 1987 188cm/85kg 鹿児島県 レノヴァ鹿児島

歴代ヘッドコーチ[編集]

過去の選手[編集]

ユニフォームスポンサー[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]