川村卓也

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川村卓也
TAKUYA Kawamura
和歌山トライアンズ  No.9
Kawamura takuya.jpg
名前
本名 川村卓也
愛称 タクヤ、タク、タッキー
ラテン文字 TAKUYA Kawamura
日本語 川村卓也
基本情報
日本の旗 日本
誕生日 1986年4月24日(28歳)
出身地 岩手県盛岡市
身長 193cm
体重 86kg
血液型 O型
足のサイズ 30cm
選手情報
ポジション SG
背番号 9
経歴
2005-2008
2008-2013
2013-
オーエスジー
リンク栃木ブレックス
和歌山トライアンズ

川村 卓也(かわむら たくや、1986年4月24日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。岩手県盛岡市出身、ポジションはSG。身長193cm、体重86Kg。

出身校は、仙台市立連坊小路小学校仙台市立五橋中学校盛岡市立下小路中学校岩手県立盛岡南高等学校。日本初の高卒プロ契約選手。「オフェンスマシーン」の異名を持つ。

来歴[編集]

仙台市立連坊小路小学校に通いながら、片平小学校のミニバスケットボール部に所属しプレーを磨いた。仙台市立五橋中学校に進学し、3年生時の2001年全国中学校体育大会でベスト4入りする。

その後、盛岡市立下小路中学校へ転校し、2002年4月、盛岡南高校に進学。高校入学時から非凡なシュート力と得点力で全国に知られる。1年生時は全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウィンターカップ)に出場し、1回戦の京北戦ではチームトップの22得点を記録したが敗れた。2年生時の全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)1回戦・白岡戦では55得点、2回戦の桜宮戦で51得点してベスト16進出に貢献。3年生時のインターハイではベスト8入りに貢献した。

また、2005年に国際バスケットボール連盟(FIBA)とNBAが共催して行われた開催地域のトップ若手選手(19歳以下)を集めた第1回バスケットボール ウィズアウト ボーダーズ(Basketball Without Borders)のアジア地区キャンプの参加メンバーに選出され、同キャンプにおいてコーチを務めたNBA選手達から高い評価を受け、MVPに選ばれた。

高校卒業後の2005年、JBLスーパーリーグ所属の実業団チーム・オーエスジーフェニックスに入団。ルーキーイヤーの2005-06シーズンに新人王を獲得し、2006-07シーズンには全日本総合バスケットボール選手権大会、スーパーリーグとも史上最年少ベスト5を獲得した。

同シーズン終了後、オーエスジーのbjリーグ転籍に伴うJBL脱退により、代わってJBLに参加するプロチーム・リンク栃木ブレックスへ移籍。2008-09シーズン、得点王を獲得。日本人が得点王を獲得するのは日本リーグ時代とあわせて24年ぶり。2009-10シーズンにはJBL初優勝に貢献。

2013年オフ、NBA挑戦のためリンク栃木を退団[1]和歌山トライアンズに移籍[2]。同年のNBLオールスターに選出されている[3]

しかし、海外のチームとは契約に至らず、2013年8月にNBLの和歌山トライアンズと2年契約を締結した[4]。同年のNBLオールスターに選出されている[5]。契約初年度の2013-14シーズンは準優勝に貢献。

日本代表歴[編集]

高校3年生時の2004年、U-18日本代表主将を務め、FIBAアジアジュニア選手権に出場し9位。翌2005年、未来の日本代表を担う大学生を対象としたスプリングキャンプに高校生ながらも選出。そこでの活躍が目に止まり、同年日本A代表候補に唯一の10代選手として選ばれ、同年に行われたキリンカップバスケットボール2005、キリンインターナショナルバスケットボール2005、第23回FIBAアジア選手権に出場。

2006年世界選手権代表にもチーム最年少で選出され5試合に出場。

2007年アジア選手権には主力として8試合に出場し8位。1試合平均14.6得点。

2011年アジア選手権は決勝トーナメントの準々決勝で敗れて最終順位7位だったが、大会ベスト5に選出された。9試合に出場し、1試合13.4得点、1.7リバウンド、3.1アシスト。

経歴[編集]

  • 盛岡南高 - オーエスジー(2005年〜2008年) - リンク栃木ブレックス(2008年〜2013年)- 和歌山(2013年~)

受賞歴[編集]

国際大会
日本国内

出演[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]