大阪エヴェッサ

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大阪エヴェッサ
愛称 エヴェッサ
チームカラー ブラック、レッド、ゴールド
所属リーグ 日本の旗 bjリーグ
地区 ウエスタンカンファレンス
創設年 2005年
本拠地 関西文化圏
アリーナ 住吉スポーツセンターSumiyoshi130714-1.JPG
収容人数 3,500
運営法人 ヒューマンスポーツエンタテインメント株式会社
代表者 川下裕左
ヘッドコーチ 日本の旗 東頭俊典
優勝歴

3回
05-06 | 06-07 | 07-08 

bj-KBL チャンピオンシップゲームズ1回
公式サイト http://www.evessa.com/
ユニフォーム
Kit body thinredsides.png
ホームジャージ
Kit shorts redsides.png
チームカラー
ホーム
Kit body thinblacksides.png
アウェイジャージ
Kit shorts blacksides.png
チームカラー
アウェイ
テンプレートを表示
ヒューマンスポーツエンタテインメント株式会社
Human Sports Entertainment Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
542-0081
大阪府大阪市中央区南船場4-3-2
御堂筋MIDビル9F
設立 2005年平成17年)6月7日
業種 サービス業
事業内容 バスケットボールの興行
代表者 代表取締役 川下裕左
資本金 5,000万
主要株主 ヒューマンアカデミー
外部リンク evessa.com
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大阪エヴェッサ(おおさかエヴェッサ)は、関西文化圏をホームタウンとしてbjリーグに所属するプロバスケットボールチームである。bjリーグの発足時より所属する6チーム(ナショナル・シックス)の一つである。

概要[編集]

教育事業、人材サービス事業などを展開する大阪発祥のヒューマングループが出資して設立した「ヒューマンスポーツエンタテインメント株式会社」が運営母体である。ホームタウンは関西文化圏であり(#キーワード参照)、公式戦は大阪府を中心に行っている。吉本興業と提携を結んでいる。獲得タイトルはbjリーグ優勝3回、bj-KBL チャンピオンシップゲームズ1回の計4回で、bjリーグチーム中最多である。

テレビ放送[編集]

地上波
  • NHK大阪放送局による実況生中継が、2007-08シーズンより毎シーズン2試合行われている。
CS
  • GAORAでエヴェッサのホームゲームを中心に放送されていた。

また、BSフジにおいて放送される場合もある。

チームカラー[編集]

  • チームカラーはブラック・レッド。

ユニフォームスポンサー[編集]

過去のユニフォームスポンサー[編集]

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

ホームアリーナ[編集]

地区 アリーナ 地図 年度
05-06 06-07 07-08 08-09 09-10 10-11 11-12 12-13 13-14
大阪市 住吉スポーツセンター 2 10 2' 10 12
大阪市中央体育館 地図 6(1) 2 8(1) 2 2 -
大阪府立体育会館 地図 2 8 4 2 2 4
舞洲アリーナ(メイン) 地図 10 - -
北大阪 池田市五月山体育館 地図 (1) 2(1) (1) 4(1) 4 (2) 2 2
東部大阪 なみはやドーム(サブ) 地図 12 4 6 2 2 4
なみはやドーム(メイン) 地図 2(1) 4 2 - -
東大阪アリーナ 地図 2 4 2 4 - -
守口市民体育館 地図 2 6 4 2' 4 4 4 2 4
泉州 堺市金岡公園体育館 地図 2 4 2 - -
岸和田市総合体育館 地図 (1) 4 2 2 2 2 -
兵庫県 ベイコム総合体育館 地図 2(1) 4 2 2 - -
神戸市立中央体育館 地図 2 2 2 2 -
ワールド記念ホール 地図 2 - - - -
奈良県 橿原公苑第一体育館 2 -
レギュラーシーズン・ホーム試合数 20 20 22 26 26 26 26 26 26
レギュラーシーズン・平均観客数 2,130 3,178 3,003 3,069 1,835 1,636 1,774 1,469 ?
プレイオフ・平均観客数 - - - 1,659 2,216 1,991 1,615 - ?

斜数字:プレイオフの開催数、「'」は最終決定戦を示す

(カッコ書き):プレシーズンマッチの開催数

(カッコ書き・斜数字):bj-KBL チャンピオンシップゲームズの開催数

  • なみはやドームについて、サブアリーナの方がメインアリーナより多く使用されている事が上記よりわかる。これは、サブアリーナは通年使用可能なのに対し、メインアリーナが冬季はスケート場、春季はプールとして使われる関係で、秋季のわずかな期間しかバスケのために使えないからである。

チームの特徴[編集]

チームの特徴は、初代HC・天日謙作が掲げた「走るバスケ」。ボールを奪えば即座に相手陣内に入り、得点を狙いにいくスタイルである。よって、俊足の選手やスタミナのある選手が多い。チアダンスチームbtによる当時の応援コールに"Run To Win!"(勝利のために走れ!)というのがあるほど、「走るバスケ」はブースターにも浸透していたと言える。2代目HC・ライアン・ブラックウェルは、「走るバスケ」に守備からリズムを作る要素を加えることを目指し、"Win with defense"をテーマにした。その後を受けたゾラン・クレコビッチ古屋孝生そしてビル・カートライトは「走るバスケ」の復活を目指した。

歴史[編集]

bjリーグ加入[編集]

チームの源流は2004年に発足したバスケットボール界初の特定非営利活動法人・「大阪ディノニクス」である。当初bjリーグにはその大阪ディノニクスとして登録する予定であったが、運営母体の資金的問題によりメインスポンサー「ヒューマン」を主体として、大阪を代表する商売繁盛の神様・戎様(えべっさん)をニックネームにした「大阪エヴェッサ」として参加することになる(名目上はディノニクスのトップチームを移譲する形となっている。なお、大阪ディノニックスは大阪府実業団リーグで活動している)。

2005-06シーズン[編集]

bjリーグ初年度の2005-06シーズンは、ガードのマット・ロティック、フォワードのリン・ワシントン、センターのジェフ・ニュートンらを中心に手堅いオフェンス・ディフェンスを展開し、平均得点と得失点差でリーグ首位に立った。レギュラーシーズン31勝9敗で勝率トップとなる。ロティックはリーグ最多の平均アシスト数を記録し、ベスト5に選ばれる。ニュートンの平均ブロック数はリーグ首位、天日謙作監督は最優秀コーチに選出される。プレイオフでは初戦で仙台89ERSを下し、決勝では新潟アルビレックスを破って優勝を果たす。MVPにはリン・ワシントンが選出された。

2006-07シーズン[編集]

開幕に先立ち、9月25日・27日に大阪市中央体育館と韓国で開催された、bj-KBL チャンピオンシップゲームズに出場。25日は5540人の観衆が詰め掛けた。結果は1勝1敗で得失点差も同点のため、両者優勝となった。

レギュラーシーズンは一時期5連敗を喫するなど苦戦を強いられたが、田村大輔の復帰後は、徐々に勝ち星を重ね、29勝11敗で1位でプレーオフ進出を決める。プレーオフでは準決勝で大分に69-63で勝利。決勝では高松を94-78で勝利を収め、2シーズン連続で完全優勝を果たす。MVPにはデイビッド・パルマーが選出された。

2007-08シーズン[編集]

前シーズンMVPのデイビッド・パルマーが退団し、シーズン序盤にリン・ワシントンを怪我で欠き苦戦が予想されたが、波多野和也の成長や大分から新加入したマイキー・マーシャルが2試合連続でトリプル・ダブルを記録するなどの活躍で西地区を引っ張り、西地区1位でプレイオフに進出する。プレイオフも勝ち上がり3連覇を達成した。MVPにはリン・ワシントンが選出された。

開幕に先立ち、9月23日・30日に尼崎市記念公園総合体育館と韓国で開催された、bj-KBLチャンピオンシップゲームズに2年連続出場。23日は3203人の観衆が詰め掛けた。結果は1勝1敗で得失点差により優勝を逃した。

当年度はなみはやドームでの試合はメインアリーナーで11月にある2試合だけ(サブアリーナーでの試合なし)の開催となり、18試合を大阪府各地を巡回して行い、2試合を兵庫県内初のbjリーグ公式戦として、尼崎市記念公園総合体育館で開催。また、NHK大阪放送局製作で、地上波における初めての実況生中継が2試合行われた。観客動員数は大阪府各所を回って開催したため、1500人前後にとどまった試合もあったが、シーズン中の2試合で7000人を超え、ホーム最終戦では7417人を集めた。観客動員総数は66069人、平均で3003人となった。経営においても、初の単年度黒字を計上した。

2008-09シーズン[編集]

2008年オフは日本人選手の大量移籍、マイキー・マーシャルマット・ロティックジェフ・ニュートンといった主力外国人の退団により選手の顔ぶれが大幅に変わった。石橋、田村、ロティック、ニュートンの退団により、チーム結成当初から在籍するメンバーは、波多野、ワシントンの2人だけとなる。

選手の大型化を図りニック・ダウィッツ(前・仙台)、エリック・ウォルトン(前・琉球)を獲得、ナイル・マーリー(元・富山)とアイルランド代表のジャスティン・ノートンを加え、日本人選手も早川大史(前・大分)、堀川竜一(前・埼玉)、呉屋貴教(前・富山)といずれも190cm以上の選手を揃えた。

開幕に先立ち、9月19日・28日に大阪市中央体育館と韓国で開催された、bj-KBLチャンピオンシップゲームズに3年連続出場。25日は5850人の観衆が詰め掛けた。結果は2敗で優勝をまたも逃した。

例年にない高さのバスケでシーズンに臨んだが、開幕戦で滋賀レイクスターズに苦戦すると、琉球ゴールデンキングス高松ファイブアローズとの上位陣相手には勝ちきれない試合が続く。埼玉ブロンコスに大差で敗北、代々木第二体育館で行われた東京アパッチ戦でホーム初勝利を献上するなど波に乗れず、呉屋をライジング福岡仲西淳とのトレードで手放し、年末にはダウィッツの契約を解除、プレイオフが迫った4月にはウォルトンも手放した。

それでも、2月にライアン・ブラックウェル(元・仙台)が加入すると、チーム状態は上向き、終盤は沖縄戦の勝利と高松との直接対決での連勝を含む9連勝でレギュラーシーズンを西地区2位で終え、プレイオフ進出とカンファレンスセミファイナルのホーム開催権を得た。

プレイオフ・カンファレンスセミファイナル(守口市民体育館)では高松(西地区3位)と対決した。レギュラーシーズン終盤で仲村直人波多野和也が相次いで故障で戦列を離脱し、仲西淳今野翔太が先発。彼らをはじめ日本人選手の活躍もあり、高松を2勝1敗で下してファイナル4に進んだ。カンファレンスファイナルで琉球ゴールデンキングス(西地区1位)に敗れ4連覇はならず、3位決定戦でも浜松・東三河フェニックス(東地区1位)に敗れ総合4位に終わった。

2009-10シーズン[編集]

オフに波多野が埼玉ブロンコスに移籍したことにより、リーグ開幕当初から大阪に所属している日本人選手は一人もいなくなった(当初からの所属はワシントン1人のみ)。これは開幕当時の6チーム中初である。新加入選手は、陳海沫(前・浜松)、勝又英樹(前・仙台)、ドラフト指名により勝久マイケル井上裕介高田紘久、2006-07シーズン以来の復帰となるデイビッド・パルマー、NCAAの名門メンフィス大卒のワキ・ウィリアムスである。

シーズン前半は外国人選手の合流が遅れたことや新加入選手の多さなどが響き、負けが先行。そこで、喜多誠(前・高松、高松の初代キャプテン、当初エヴェッサのスクールコーチ)と選手契約を交わし、チームの活性化を図った。さらにウィリアムスを高松へ放出、彼に代わるビッグマンとしてジェイソン・クロッツを加えた。クロッツの加入・日本人の活躍を通してチーム状態は上向き、3月は負け無しの10連勝で西地区1位に躍り出て、プレイオフのホーム開催権を得た。

プレイオフ・カンファレンスセミファイナルは、エヴェッサとしても初開催となる神戸ワールド記念ホール滋賀レイクスターズ(西地区4位)を迎え行われた。マイキー・マーシャル、堀川、佐藤、石橋、城宝と元エヴェッサ選手が多い滋賀を相手に連勝し、リーグ創設から唯一となる5年連続ファイナル4進出を決める。5月22日に有明コロシアムにて西地区2位の琉球ゴールデンキングスと対戦し、これを破り2年ぶりにファイナルに進出。しかしファイナルでは浜松・東三河フェニックス(東地区1位)に圧倒され、王座奪還はならなかった。

2010-11シーズン[編集]

チーム創設時から指揮を執っていた天日謙作HCが退団し、芦屋大学のHC兼客員教授に就任。比嘉ACも退団した。後任HCにはライアン・ブラックウェルが現役を引退して就任。ブラックウェルの新HC就任により、彼の母校であるシラキュース大学のような守備が日本で披露されると、アメリカESPNのブログでも紹介された。[2]

仲西、陳、マーリー、井上、仲村、喜多、パルマーは他チームに移籍し、勝久マイケルはサテライトチーム「大阪エヴェッサEⅡ」のコーチに就任。ドラフト会議では小淵雅(前・沖縄)を指名。他にはウィリアム・ナイト(前・浜松)、ローレンス・ブラックレッジ、ウェイン・マーシャル、田村大輔(何れも前・IBLバンクーバー・タイアンズ)が加入。なお田村は久々の大阪復帰となった。"Win with defense"をテーマに、守備からリズムを作るバスケを目指した。

なお、このシーズンよりサテライトチーム「大阪エヴェッサEⅡ」が設立され、トップチーム「大阪エヴェッサ」への昇格を目指して天野喜崇ケビン・タイナー宮本真司(元・高松、なお2011年3月より高松のフロントスタッフ[3])らが入った。

仲西、マーリー、喜多と実績あるPGが移籍した中で、小淵がスタメンPGとして活躍し、10月は5勝1敗でスタートした。しかし11月に滋賀・沖縄に連敗し首位を明け渡した。12月に小淵がケガにより長期離脱を余儀なくされたが、7連勝を挙げて首位を奪い返した。1月上旬には地元大阪でのオールスターゲームに出場予定だった今野、下旬にはオールスターゲームMVPのワシントンが怪我で戦線離脱した。状況を打開するために、開幕当初からPGに挑戦した高田だけでなく、シューターのナイトをPGとして起用、さらに離脱したワシントンがACのような役割を担い、ブラックウェルHCをサポートするなどしたが、チームは調子を落としていった。

2月に刺激策としてEⅡコーチの勝久マイケルと再び選手契約を結び、EⅡから天野とタイナーを昇格させてPGの拡充を図った。さらにクロッツの契約を解除し、現役のチャイニーズタイペイ代表であるツェン・ウェンティンも獲得した。新戦力の活躍で勢いを取り戻したかと思われたが、今度はスタメンPGとして期待されたタイナーがケガに見舞われた。さらにスタメンに定着していたブラックレッジが退団。そこで活動休止となった仙台から薦田拓也、埼玉から元NBAプレーヤーでありPGとして実績のあるケニー・サターフィールドをレンタル移籍により獲得した。絶対的なPGを固定できず、選手の入れ替わりが多いという状況ではあったが、西地区2位を確保。プレイオフ・カンファレンスセミファイナルのホーム開催権を得た。

プレイオフ・カンファレンスセミファイナルは、エヴェッサとしても初開催となる住吉スポーツセンターライジング福岡(西地区3位)を迎え行われた。マーリー・仲西という昨年までエヴェッサの主力として活躍した選手がいる福岡を相手に2戦連勝し、リーグ創設から唯一となる6年連続ファイナル4進出を決める。5月21日に有明コロシアムにて西地区1位の琉球ゴールデンキングスと対戦したが敗れてしまった。翌日の3位決定戦では新潟アルビレックスBBに勝利した。

2011-12シーズン[編集]

退団したのは、サターフィールド(埼玉に復帰)、ナイト(JBL2兵庫ストークスへ移籍)、ウェンティン(内定先の上海西洋シャークスへ移籍)、勝久マイケル横浜ビー・コルセアーズのAC兼通訳に就任)、薦田拓也(仙台に復帰)の5人。新加入は竹田智史(前・高松、05-06シーズン以来の復帰)、青木康平(前・東京)、ラベル・ペインの3人。残留したのが11人と、選手を多く入れ替えていたここ数年のオフとは異なり、前シーズンの既存戦力をベースに臨む事になった。

新加入の青木・竹田がスタメンに定着し、前年のレギュラーであった小淵・今野・高田らがベンチに控えるという層の厚さとリーグ最少失点の守備を誇り、10月23日の沖縄戦(東大阪)~11月20日の大分戦(大原)まで9連勝を挙げて首位を独走した。しかし11月26日の宮崎戦(守口)でワシントンが負傷、翌27日からの3試合を欠場した。チームは26日の宮崎戦から3連敗、沖縄に首位を明け渡し前半戦を2位で折り返した。オールスターによる中断期間中にペインが退団、ブラックレッジを浜松へ放出、マイク・ベル(前・仙台)とボビー・セントプルー(元・仙台)が加入した。

2012年3月13日、リン・ワシントンアメリカから大麻密輸したとして、大麻取締法違反容疑で逮捕された[4]。 その後、不起訴となり釈放されるも[5]、現役を引退した。

西地区2位を確保して、プレイオフ・カンファレンスセミファイナルのホーム開催権を得たが、住吉スポーツセンターでのプレイオフ・カンファレンスセミファイナルにおいて京都ハンナリーズ(西地区3位)に敗れ、初めて有明行きを逃した。

2012-13シーズン[編集]

新HCにセルビア人でクウェート代表HCを歴任したゾラン・クレコビッチが就任。なおブラックウェル前HCは、シーズン途中から群馬HCに就任した。外国人選手全員と、青木・高田・田村らが退団した。新加入は川辺泰三(前・京都)、橘佳宏(前・仙台)、高田秀一(前・高松)、綿貫瞬(前JBL2・石川)、橋本拓哉(前・大阪エヴェッサバスケットボールカレッジ、bj史上初の現役高校生選手)、ネイサン・ウォークアップアンドレ・コインブララリー・コックスである。

伝統である「走るバスケ」の復活を目指したもののシーズン開幕4連敗を喫し、クレコビッチHCが解任され、古屋孝生が後任のHCに就任した。選手もコックスの契約解除、コインブラの大分放出、リック・リッカート(前・京都)、ドウェイン・レイサンの加入、マイク・ベルの復帰で臨戦態勢を整えた。しかし順位はプレイオフ圏内までは上昇せず、西地区9位で前半戦を終了した。そこで後半戦巻き返しの起爆剤として、選手時代にシカゴ・ブルズでNBA制覇に貢献し、ブルズHCも務めたビル・カートライトを新HCに迎えた。なお、古屋前HCはACとなった。

その後チームは7位まで浮上するも4月13日に京都が高松に勝利したことで5試合を残して7位以下が確定。初めてプレーオフ進出を逃し、同じく初の負け越しとなる22勝30敗の7位に終わった。

2013-14シーズン[編集]

選手・コーチングスタッフに対して総入替えを実施した。新HCに元男子日本代表ACであった東頭俊典、新ACに森山知広(エヴェッサカレッジHC)が就任。なお開幕当初、根間洋一(前・滋賀AC)がACとして所属していたが退団し、古屋孝生が再びACに復帰した。選手は、呉屋貴教(前・信州)、石橋晴行仲村直人(共に前・岩手)、佐藤浩貴(前・島根)といったエヴェッサに復帰となる選手を含め、昨シーズン4回もトリプル・ダブルを達成したケビン・ガロウェイ(前・浜松)、澤岻直人ディリオン・スニード(共に前・岩手)、菅原洋介(前・琉球)、ザッカリー・アンドリュース(元・新潟)といったbj経験者らを新たに迎えた。開幕から6連勝と波に乗るかと思われたがその後8連敗を喫し、11勝17敗で前半戦を終了した。前半戦終了後に、ケイパース、澤地が退団、球団初のアーリーエントリー制度で相馬卓弥畠山俊樹の2選手が入団、ダルコ・チョハダレヴィッチ(前・群馬)をスニードとの交換トレードの形で獲得し、ディアンドレ・ベル(前・千葉)も加えた。

主な成績[編集]

年度 レギュラーシーズン プレイオフ結果 HC
勝率 ゲーム差 得点 失点 得失点差 順位
2005-06 31 9 .775 - 84.6 74.4 +10.2 1位 優勝 天日謙作
2006-07 29 11 .725 - 85.8 80.2 +5.6 1位 優勝
2007-08 31 13 .705 - 88.4 81.3 +7.1 西1位 優勝
2008-09 35 17 .673 6.0 87.8 83.4 +4.4 西2位 4位
2009-10 34 18 .654 - 82.8 78.4 +4.4 西1位 準優勝
2010-11 32 18 .640 2.0 81.2 76.0 +5.2 西2位 3位 ライアン・ブラックウェル
2011-12 35 17 .673 4.0 76.3 73.3 +3.0 西2位 地区準決勝敗退
2012-13 22 30 .423 20.0(6.0) 77.1 76.9 +0.2 西7位 - ゾラン・クレコビッチ

古屋孝生

ビル・カートライト

ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している

個人別タイトル[編集]

MVP

コーチ・オブ・ザ・イヤー

ベスト5

アシスト

ブロックショット

  • bjリーグ2005-06 ジェフ・ニュートン
  • bjリーグ2006-07 ジェフ・ニュートン
  • bjリーグ2007-08 ジェフ・ニュートン

フリースロー成功率

その他受賞[編集]

トリプル・ダブル達成者[編集]

リン・ワシントン(2回) マイキー・マーシャル(2回) ナイル・マーリー(1回)

リーグ戦の主な記録[編集]

個人記録[編集]

通算最多試合出場

最多連続試合出場

最年少試合出場

最年長試合出場

シーズンフルタイム出場

1試合最多得点

1試合最多リバウンド

1試合最多アシスト

通算最多得点

最多連続得点試合

シーズン最多得点

最年少得点

最年長得点

チーム記録[編集]

得点失点関連記録[編集]

最多得点・最多失点

  • 1試合最多得点
  • 1試合最多失点

連勝記録[編集]

最多連勝

最多連敗

同一カード最多連勝

同一カード最多連敗

ホームゲーム開催時のタイムスケジュール[編集]

  • 試合開始2時間前  開場
  • 試合開始1時間前  開演・btによるオープニングダンス・応援指導・アリーナDJ登場
  • 試合開始50分前   ミニミニブースターズによるダンス
  • 試合開始45分前   両チーム選手紹介・ウォームアップ
  • 試合開始前     スターター5発表・btウェルカムダンス・ティップオフ(サンダーバードのオープニングで流れるカウントダウンが流れ、ティップオフ。)
  • 前半        オフィシャルタイムアウト時(第2クォーター5分経過時)にbtからのプレゼントの投げ入れあり
  • ハーフタイム    btハーフタイムダンスショー
  • 後半
  • 試合終了      監督・選手インタビュー
  • 選手退場      選手がブースターとハイタッチを行い退場

以上に関しては試合日によって変更有なので大阪エヴェッサホームページで確認すること。

応援[編集]

応援スタイル[編集]

  • ハリセン:エヴェッサホームゲーム会場のグッズショップで500円で販売している。野球のメガホンやチアスティックスのように叩いて応援するスタイルは、お笑いの町大阪らしいといえる。なおハリセンで応援するスタイルは、浜松・群馬・横浜でも採用されている。
  • 2012-13シーズン、第3Q終了時にbtの振り付けに合わせてダンスを踊ったり、タイムアウト時にシャナナ☆(MINMI)の音楽が流れ、リズムに合わせてタオルを回す応援があった。

マスコット[編集]

  • まいどくん
コート隅においてエヴェッサを応援している。またタイムアウトにおいてbtが登場しない時は、まいどくん自らコート内に登場し、音楽を流してダンスを披露する。

チアダンスチーム[編集]

アリーナDJ[編集]

下埜正太 (05-12、FM大阪でレギュラー)~たつを(12-、『おはよう朝日です』(ABC・朝日放送による、関西ローカルの朝番組)のリポーター[6])


なお2012年2月~プレイオフの間、フリースタイルバスケットボールチーム・大阪籠球会MC マッチョ[7]がアリーナに登場していた。

オフィシャルソング[編集]

当初は藤井隆歌唱の「OH MY JULIET!」をブースターソングとして使用していた。

2007年4月には松本人志の実兄・松本隆博作詞・作曲・歌による公認ブースターソング『商売繁盛で・・かかってこんかい ~大阪エヴェッサ応援歌~』が発売。4月1日、大阪市中央体育館にて行われた東京アパッチ戦で本人が登場して初披露された。また、4月21・22日に有明コロシアムで行われたセミファイナルおよびファイナルの試合前にも披露され、ダンスチーム「bt」と共に歌い踊った。その後年数回、ホームゲームでミニライブを開催している。

2009-2010シーズンからは新たに、かおり&ユカリ Featuring SHINGO★西成の「Go EVESSA!」が応援ソングとして加わった。

応援番組[編集]

応援番組はないが、アリーナDJのたつをがレギュラーを務めるABCラジオ音楽活力プログラム Cheers!(毎週日曜日18時から21時)[8]で、エヴェッサをPRしている。ホームゲーム開催時は試合終了後に番組に出演して試合結果を報じたり、翌週にホームゲームがある際は開催告知をしている。

キーワード[編集]

関西文化圏[編集]

エヴェッサのホームタウンは、「関西文化圏」となっている。関西文化圏とは、大阪という枠組みを超えて、大阪エヴェッサを応援してくださる人たち、同じ関西人としての気質、それは関西弁を使ったり、笑いのつぼが一緒であったりという人たちが生活する文化圏のことを示すと、球団の公式HPに記されている。実際に、兵庫県阪神地域における公式戦開催・エヴェッサバスケットボールスクールとチアダンススクールの展開、芦屋大学との教育提携などを行っている。

ダイナスティ(DYNASTY)[編集]

英語で”王朝”という意味であり、球団HPにおいて「3連覇達成でダイナスティを築く」とある。またホームゲーム会場で配布されるマッチデープログラムの題名としても使用されている。

有明コロシアムで16連勝[編集]

bjリーグ開幕以降、公式戦、プレーオフにおける全ての試合で、エヴェッサが過去に有明コロシアムで行った試合は16勝0敗と、全て勝利している。これには、東京アパッチブースターからも12月22日の試合前に、「有明で12連勝中!?(連勝したため記録は14に伸びた)でもそんなの関係ねぇ!」と小島よしおのギャグを用いた揶揄をするほどである。プレイオフでも連勝し3連覇を達成し、連勝は16に伸びている。また、『商売繁盛で・・かかってこんかい ~大阪エヴェッサ応援歌~』の歌詞の中にも「アウェイはうちらの別荘や」という歌詞があり、まさに有明はエヴェッサにとって別荘であるといえよう。ただし、2008-2009シーズンの行われたアウェイでの東京アパッチ戦で1敗を喫しているが、有明ではなく代々木第二体育館で行われた試合なので、記録は継続していた(また、富山グラウジーズのホームゲームも負けなしである。逆に高松ファイブアローズのホームゲームではプレシーズンゲームを含め未だに勝利したことがなかったが、3月30日の試合でトリプルオーバータイムの激戦の末、117-113で勝利し、高松のホームゲームで初勝利となった)。

なお、東京アパッチとの試合は代々木第二体育館で行われた関係で、大阪エヴェッサが今シーズン有明コロシアムで試合をするには、カンファレンスファイナルいわゆるファイナル4にまで残らなければならず、ファイナル4まで進出は果たしたものの、琉球ゴールデンキングスに敗れ16連勝で止まった。

ティップオフ時のカウントダウン[編集]

大阪エヴェッサは、bjリーグ開幕当初から試合開始の時にカウントダウンを行う演出をしている。この演出は、2年目以降に参入した高松ファイブアローズライジング福岡滋賀レイクスターズ浜松・東三河フェニックスの試合でもカウントダウンが行われている。

ブースターズMVP[編集]

2008-09シーズンより「ブースターズMVP」と題して勝利した試合ごとにMVPを決めている。

Jリーグクラブなどで行われている「マン・オブ・ザ・マッチ」に近いが、名前の通りブースター投票により決定しているのが大きな特色である。

ヤングスターバスケットボールプログラム[編集]

2010年より3ヵ年計画で、バスケットボールの普及と強化を目的としたプロジェクトを開始する。

サテライトチーム「大阪エヴェッサEⅡ」の設立

トップチーム・リーグプレイヤーへの入り口としてサテライトチームを編成し、トップチーム環境下の高いレベルで技術の向上を図るステージを設立。日本クラブバスケットボール連盟または、日本バスケットボールリーグ2部機構への参入も検討。天野喜崇ケビン・タイナーがトップチーム「大阪エヴェッサ」へ昇格した。

「エヴェッサカレッジ」の設立

2010年4月開講予定でサテライト、トップチームへつながる育成機関として2年制専門校の「エヴェッサカレッジ」(プロプレイヤー育成科、コーチ育成科、スポーツマネジメント科など)を設立する。

「エヴェッサバスケットボールスクール」「チアダンススクール」の教室数を拡大

バスケットボールの普及と青少年育成を目的とした「エヴェッサバスケットボールスクール」を、現在、大阪府・兵庫県下で展開。2012年より「エヴェッサジュニアスクール」「エヴェッサキッズスクール」としてさらに展開する。

また、「チアダンススクール」も大阪府・兵庫県下で展開。チアダンスの楽しみを教え、“トップチーム”とも言えるbtへの輩出を目指す。

永久欠番[編集]

チーム創設初年度から中心選手ととして活躍し、リーグ三連覇に大きく貢献したリン・ワシントンの44番は永久欠番となっている[9]

イベント・他団体との連携[編集]

  • スポンサー企業が主催するイベントに選手・コーチ・btが出向き、フリースロー大会やパフォーマンス披露などを実施している。
  • 関西のライバルチームである京都ハンナリーズ滋賀レイクスターズと合同で新聞社やテレビ局をはしごする、「プレスキャラバン」を実施している。また関西ダービーである京都・滋賀戦アウェーゲームのチケットを球団の公式HPで購入できるなどの協力関係も構築されている。また、滋賀を迎えて行われた2009-10シーズンのプレイオフ・カンファレンスセミファイナル(神戸ワールド記念ホール)では、アウェーである滋賀のブースも設置された。
  • 2009年11月5日、芦屋大学と教育提携を結び、教育・スポーツ業界の人材育成を目指して業務協力を行うことになった[10]。エヴェッサ初代HCの天日謙作をHC兼客員教授として招聘、2010年からは上原光徳元社長も芦屋大学へ転身した。芦屋大学は天日氏の指導の下、6部リーグで優勝を果たした。また冠試合の開催などを行っている。


脚注[編集]

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  1. ^ http://www.evessa.com/outline/ 球団HP
  2. ^ ESPNESPNブログ(英語)
  3. ^ [1]高松ファイブアローズ公式Facebook
  4. ^ プロバスケの米国人選手、大麻1.5キロ密輸 読売新聞 2012年3月13日
  5. ^ [2] 球団HP
  6. ^ http://www.evessa.com/news/2012/10/entry_19877/ 球団HP
  7. ^ [3]バスナビ
  8. ^ [4]2013年3月17日
  9. ^ 大阪エヴェッサ永久欠番のお知らせ2012年6月8日
  10. ^ [5]芦屋大学HP

関連項目[編集]

外部リンク[編集]