京都ハンナリーズ

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京都ハンナリーズ
創設:2009年
ホームタウン
  • 本拠地

京都府

  • アリーナ

ハンナリーズアリーナ

チームデザイン
  • チームカラー
Kit body thinlightbluesides.png
ホームジャージ
チームカラー
ホーム
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アウェイジャージ
チームカラー
アウェイ
獲得タイトル
球団組織
ヘッドコーチ: 浜口炎
公式サイト

京都ハンナリーズ(きょうとハンナリーズ)は、京都府を本拠地として2009年より日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)に加盟しているプロバスケットボールチームである。運営母体はスポーツコミュニケーションKYOTO株式会社。関西からのbjリーグ参戦は大阪エヴェッサ滋賀レイクスターズに次いで3チーム目である。京都府内のプロスポーツチームとしては京都サンガF.C.に次いで2チーム目。

目次

[編集] 概要

チーム名・「ハンナリーズ」(HANNARYZ)とは京言葉である「はんなり」からの造語であり、スポーツコミュニケーションKYOTOのスタッフが考えた500件近い候補から採用された。「はんなり」とは上品で明るく華やかなさまという意味であり、京都文化の継承に役立ちたいとしている[1]。チームロゴは一般公募されたものである。

[編集] チームカラー

  • 黒色、水色

[編集] ユニフォームスポンサー

[編集] 開催アリーナ

開催アリーナ
- 09-10 10-11 11-12
京都府 ハンナリーズアリーナ 14 18 20
京都府立体育館 6 2 2
向日市民体育館 6 4 2
三重県 三重県営サンアリーナ(メイン) - - 2
ホーム試合数計 26 24 26
  • 10-11シーズンは当初26試合ホームゲームを開催する予定であった。しかし東日本大震災の影響により、向日市民体育館でのホームゲーム2試合は中止となったため、24試合の開催となった。
  • ハンナリーズの運営母体・スポーツコミュニケーションKYOTO株式会社は、2011年4月から10年間、メインアリーナである京都市体育館の命名権を取得、名称はハンナリーズアリーナとなった。チーム名が体育館の"正式名称"となるのは日本初である。

[編集] 歴史

スポーツコミュニケーションKYOTO株式会社
Sports communication KYOTO Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
京都市南区東九条西山町8
業種 サービス業
事業内容 バスケットボールの興行
代表者 代表 多田羅隆文
外部リンク 京都ハンナリーズ
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2008年9月、京都チームのbjリーグ参戦決定が発表される。11月17日、チーム名「京都ハンナリーズ」が発表される。続いてチームロゴの一般公募が開始され、4月10日に参入スローガンと併せて発表される。

[編集] 2009-2010シーズン

初代ヘッドコーチ(HC)にはデービッド・ベンワー(前・埼玉HC)、アシスタントコーチ(AC)に青野和人(前・埼玉AC)を招聘する。エクスパンションドラフトでは岩佐潤(前・東京)と澤岻直人(前・琉球)を、新人ドラフトではともにJBLより瀬戸山京介川辺泰三を獲得。他に早川大史(前・大阪)、村上直(同志社大学卒)を獲得、外国人ではマクムード・アブドゥル=ラウーフ(元・NBAデンバー・ナゲッツ等)、ジョッシュ・ボスティックジョン・クリフォードレダ・ラリーミと契約する。

開幕戦は滋賀レイクスターズとの「京滋ダービー」。イベントには京都府出身でバスケットボール経験者でもあるタレントの安田美沙子が来場する。開幕2戦目で初勝利を上げるが、その後は下位を低迷する。シーズン途中で浅野崇史(前・埼玉)を加え、早川大史を解雇して5人目の外国人ジェイアール・インマンを獲得する。2010年2月、放送作家・脚本家の小山薫堂が広報企画アドバイザーに就任。4月2日、ベンワーHCが休養し、青野ACがHC代行として残り試合の指揮を執ることとなる。最終順位は西地区7チーム中6位。

[編集] 2010-2011シーズン

新HCには前シーズンから代行として指揮を執っていた青野和人が就任。澤岻・岩佐・浅野、ラウーフ以外の外国人4名は退団し、仲村直人井上裕介(何れも前・大阪)、レジー・ウォーレン(元・埼玉)、マイケル・フェイキブエ・トリム、さらに前年のレギュラーシーズンMVPであるウェンデル・ホワイト(前・浜松)が新たに加入。

ホーム開幕戦で沖縄に2連勝し勢いに乗るかと思われたが、その直後に5連敗を喫した。ウォーレンやフェイの故障による戦線離脱もあったが、エースのホワイトが1月16日の滋賀戦(向日市)において、チーム史上初となるトリプル・ダブル(29得点・15リバウンド・13アシスト、自身はbjリーグで2回目)を記録するなどしてチームを牽引し、前半戦を勝率5割で折り返した。2010年末に練習生の川畑隼人と選手契約。後半戦は1勝1敗を繰り返し思うように貯金を積めなかったが、3月に5連勝を記録し勢いをつけた。その3月には地震による影響で中止があり、ホワイトが退団。対策として活動休止となった仙台から日下光、埼玉からゴードン・クライバーをレンタル移籍で受け入れた。一時は西地区4位の時もあったが、最終的には西地区5位となり、チーム史上初のプレイオフ・ファーストステージの出場が決まった。

プレイオフ・ファーストステージ(2勝で勝ち抜け)は、隣県のライバルである滋賀レイクスターズとの京滋ダービーとなった。滋賀のメインアリーナである滋賀県立体育館での試合となったが、アウェーの中で第1戦に勝利した。あと1勝すれば勝ち抜けの中で第2戦・第3戦を連敗し、無念の敗退となった。

[編集] 2011-2012シーズン

青野和人HCが退団し、新HCには仙台をチーム創設から率いた浜口炎が3年契約で就任。川畑と全員の外国人が退団した。新加入は石橋晴行(前・滋賀選手兼任AC、大阪初代キャプテン)、ランス・オーレッド[2](元・NBAクリーブランド・キャバリアーズ)、リック・リカート[3](元・NBAミネソタ・ティンバーウルブズ)、ジャーメイン・ボイェット(元・NBAユタ・ジャズ)、リー・クマート(元・NBADLユタ・フラッシュ)とNBA経験者を含む実力者の獲得に成功した。共に211cmのオーレッドとリカートの"ツインタワー"を軸としたバスケを展開し[4]、11月10日の大分戦(ハンナリ)~12月25日の秋田戦(京都府立)まで12連勝をあげ、西地区最多連勝記録を更新した(これまでの西地区最多連勝記録は大阪・高松の11、bj記録は新潟・浜松の15)。12月に5人目の外国人として211cmのババカ・カマラ(元・富山、高松)を加えた。

[編集] 主な成績

[編集] bjリーグ

年度 レギュラーシーズン 最終結果 HC 備考
勝率 ゲーム差 得点 失点 得失点差 順位
2009-10 17 35 .327 17.0(12.0) 78.6 83.6 -5.0 西6位 --- ベンワー
青野和人(代行)
2010-11 28 20 .583 5.0 88.9 83.4 +5.5 西5位 プレイオフ
1回戦敗退
青野和人

ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している。


[編集] 個人別タイトル

ベスト5

  • bjリーグ2009-10 G マクムード・アブドゥル=ラウーフ

最高フリースロー成功率

  • bjリーグ2010-11 G マクムード・アブドゥル=ラウーフ 成功率89.0% (成功数81本/試投数91本・42試合出場)

[編集] スタッフと選手

[編集] スタッフ

役職 名前 生年 出身 出身校
ヘッドコーチ 浜口炎 1969 東京都 愛知学泉大学

[編集] 選手

名前が太字となっている選手がキャプテン

No. P 名前 生年 身長/体重 出身 前所属
0 G/F 瀬戸山京介 1982 187cm / 76kg 宮崎県 アイシンシーホース
1 C ババカ・カマラ 1981 211cm / 112kg セネガル オホッド
2 G ジャーメィン・ボィエット 1978 188cm / 86kg インディアナ州 ナトローゼ・フェラーラ
3 PG 石橋晴行 1973 173cm / 75kg 大阪府 滋賀レイクスターズ
5 F 井上裕介 1982 194cm / 100kg 滋賀県 大阪エヴェッサ
7 F リック・リカート 1983 211cm / 107kg ミネソタ州 ヴァケロシ・デ・バヤモン(プエルトリコ)
9 G 仲村直人 1976 192cm / 86kg 沖縄県 大阪エヴェッサ
11 F 川辺泰三 1982 190cm / 88kg 大阪府 三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ
30 G リー・クマード 1985 201cm / 86kg アメリカ フーズエット・プロヴァンス・バスケット
41 C ランス・オーレッド 1981 211cm / 112kg モンタナ州 オタゴナゲッツ
50 PG 村上直 1986 178cm / 68kg 大阪府 同志社大学

[編集] HC/AC/背番号/キャプテン変遷・過去の所属選手

[編集] 応援

[編集] チアダンスチーム

京都ハンナリーズのチアダンスチームは「はんなりん」。2009-10シーズンベストパフォーマー受賞。

[編集] アリーナナビゲーター(アリーナDJ)

[編集] マスコット

  • はんニャリン(青い猫)

参入2年目の2010-11シーズンより登場。背番号はブースター番号である55。(背番号55は2009-10シーズンはレダ・ラリーミがつけていた。)参入初年度は賃貸住宅情報誌「CHINTAI」のマスコット、「チンタイガー」が頻繁に登場していたが、シーズン終了をもって卒業し、その後は不定期で登場する。はんニャリンとチンタイガーはカラーリングが似ている。

[編集] チーム応援怪獣

2010-11シーズン開幕前に実施された「ウルトラ怪獣ドラフト2010」において獲得した。 ”初代”キングジョーが破壊した「六甲防衛センター」のモデルが国立京都国際会館であるという”因縁”がある。

[編集] オフィシャルソング

  • 茜色と陽炎の中で DJ SANCON feat. TAKUMA(10-FEET)、N∀OKI(ROTTEN GRAFFTY)、DOCTOR HASEGAWA

[編集] バスケ協会・他チーム・他競技との提携

地方のバスケットボール協会が、bjリーグに所属するチームを支援し、[5] 公式試合に対して協賛を行うのは京都だけである。(公式試合の協賛に限らなければ、地方協会の協賛・協力を得ているチームは日本協会のbjリーグ公認前からいくつか存在する。)

この理由として、かつてbjリーグのチームは日本協会傘下でなかったため、地方のバスケットボール協会がbjリーグのチームを支援しづらい事情のためと思われる。なお2010年3月にbjリーグは正式にJBA理事会より承認されたが、現状は変わっていない。

  • 関西のライバルチームである大阪エヴェッサ滋賀レイクスターズと合同で新聞社やテレビ局をはしごする、「プレスキャラバン」を実施している。また京阪ダービー・京滋ダービーのアウェーゲームのチケットをハンナリーズHPで購入できるなどの協力関係も構築されている。
  • 同じ西京極を拠点に活動する、京都サンガ京都アストドリームスと協力したスタンプラリーを実施した。各々の試合会場にあるスタンプをためると、他チームの入場料割引・グッズプレゼントがある。

[編集] パートナー

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ bjリーグ京都チームの名称は京都新聞2008年11月16日
  2. ^ Lance AllredWikipedia英語版
  3. ^ Rick RickertWikipedia英語版
  4. ^ 京滋勢さらなる高みへ京都新聞2011年10月14日
  5. ^ [1]

[編集] 外部リンク

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