長沙市

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中華人民共和国 湖南省 長沙市
黄興南路歩行商業街
黄興南路歩行商業街
簡称:長、湘
別称:星沙、星城
旧称:臨湘、潭州
長沙市の位置
長沙市の位置
中心座標 28°11′46″N, 112°58′20″E
簡体字 长沙
繁体字 長沙
Chángshā
カタカナ転記 チャンシャー
国家 中華人民共和国
湖南
行政級別 地級市
建市 1933年
市委書記 陳潤児
市長 張剣飛
面積
- 総面積 11,819 km²
人口
- 総人口(2007) 649.72 万人
- 人口密度 550 人/km²
- 戸籍人口(2007) 637.36 万人
- 市区人口(2007) 245.58 万人
経済
- GDP(2008) 3,001 億元
- 一人あたりGDP 48,170元
電話番号 731
郵便番号 410000
ナンバープレート 湘A
湘O(公安関連)
行政区画代碼 430100
市樹 クスノキ
市花 ツツジ
官方ウェブサイト http://www.changsha.gov.cn/

長沙市(ちょうさ-し)は中華人民共和国湖南省の省都。古い歴史をもつ国家歴史文化名城であり、経済的にも湖南省の中心として発展している。株洲市湘潭市とともに、中国の製造業の中心の一つである「長株潭都市群」を構成する。

目次

[編集] 地理

北は岳陽市益陽市、西は婁底市、南は株洲市湘潭市、東は江西省萍郷市と接する。

長沙は瀏陽河および撈刀河湘江に合流する地点にあたる。

[編集] 歴史

長沙の名は早くも『逸周書』に見え、春秋戦国時代には国に属し、成王のとき黔中郡が置かれたことに始まる。秦代に秦36郡のひとつとして長沙郡が設置されている。代初には呉芮を封じて臨湘県を都とする長沙王国が設置され、5代49年間続いた。長沙王国のである軑侯利蒼一族の墓所として、有名な馬王堆漢墓を今に伝える。唐代から清末にかけて潭州の中心として発展し、中華民国が成立すると1933年長沙市と改称、湖南省の省都とされ現在に至っている。

1938年長沙大火では多くの文化財を失うと同時に1939年から1944年にかけては日中戦争の戦場ともなっている。

[編集] 行政区画

長沙地級市は4市轄区、3県、1県級市を管轄する。

[編集] 経済

市内には長沙経済技術開発区と長沙ハイテク技術産業開発区が設置され、2003年の全市生産総額は928.2億元、対外輸出総額は約10億米ドルであった。

[編集] 教育

古くは中国最初の最高学府である岳麓書院が置かれ、現在でも国家重点大学が5校存在する中国国内の教育・研究重点都市として位置する。

[編集] 交通

[編集] ゆかりの人物

[編集] 友好都市

[編集] 外部リンク

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