慰霊の日

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

平和祈念公園

慰霊の日(いれいのひ)は、沖縄県が制定している記念日で、日付は6月23日である。

目次

[編集] 概要

1945年6月23日に沖縄戦の組織的戦闘が終結したことにちなんで、琉球政府及び沖縄県が定めた記念日である。復帰前は、住民の祝祭日に関する立法(1961年立法第85号)に基づく公休日とされ、現在でも沖縄県内では公休日である(ただし地方限定の公休日であるため、当該日が日曜日にあたっても翌日振替休日にはならないが、過去には学校などによって翌日も休日になることもあった)。そのため、国の機関以外の役所学校等は休日となる。なお、国立大学法人である琉球大学は、1999年までは通常通り授業を行っていたが、2000年より授業は休講としている。なお、教職員などは国家公務員扱いのため休日とはならない。

毎年、この日には糸満市摩文仁の平和祈念公園で沖縄全戦没者慰霊祭が行なわれる。

[編集] 経緯

1945年4月1日アメリカ軍沖縄本島上陸によって本格的に開始された沖縄戦は、第32軍司令官牛島満大将(当時は中将)をはじめとする司令部が自決した日をもって組織的戦闘が終結したとされている。この自決がいつあったのかについては、6月22日説と6月23日説があり、現在、沖縄県では6月23日説を採用している。どちらが本当に自決があった日であるかについては議論があり、1961年に当時の琉球政府が慰霊の日を定めた際にも、当初は6月22日としていたものを、1965年に6月23日に改めた経緯もある。現在は1974年に制定された「沖縄県慰霊の日を定める条例」により、「我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため(条例第1条)」、6月23日を「慰霊の日」と定めている。

一方で、司令部が壊滅してもそれを知らされなかった兵士たちが抵抗を続けたため、散発的な戦闘は司令部自決の日以降も続いた。このため、慰霊の日を司令官自決の日と定めることに対して疑問を投げかける立場もある。たとえば沖縄市では、慰霊の日を休日とする一方で、同年9月7日に降伏文書への調印が行なわれたことから、同日を「市民平和の日」と定めている。

1962年から、この日には沖縄県が主催する沖縄全戦没者慰霊祭が行なわれ、沖縄戦犠牲者の遺族やその子孫などが集まり、式典中の正午には黙祷が捧げられる。また、この日は沖縄県平和祈念資料館が入場無料となる。

1980年代末に国の機関が本格的に週休2日制(土曜閉庁)導入することにあたり、慰霊の日を休日として廃止することが浮上した(直接には、地方自治体独自の休日制定を許さない地方自治法改正による)が、沖縄県の歴史的経緯などの地域事情により見送られた(再度の地方自治法改正による。その際、法解釈が定まっていなかった慰霊の日が日曜日にあたる場合も、翌日でも休日としないことが明確になった)。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク