首里

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旧・首里市のデータ
廃止日 1954年9月1日
廃止理由 編入合併
那覇市への編入合併
現在の自治体 那覇市
廃止時点のデータ
日章旗 日本
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県
団体コード
面積 6.7km².
総人口 '
()
隣接自治体 真和志市浦添村西原村南風原村
市の木
市の花
他のシンボル
首里市役所
所在地 〒903-0812 沖縄県
那覇市首里当蔵町2-10
(首里市役所当時の地名は首里市当蔵町)
電話番号 098-884-4312
外部リンク
位置
特記事項:
廃止当時は琉球政府アメリカ軍施政権下)。
合併後、1957年12月17日まで飛地だった。
市役所のデータは現在の那覇市首里支所のもの。
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)
那覇市首里支所

首里(しゅり)は沖縄県那覇市の一地域。那覇市の北東部を占める。

かつては首里市(市制施行前は首里区)として存在していた。さらに以前は琉球王国の王都として栄えた。

目次

[編集] 歴史

首里城正殿
大正期の首里三箇
昭和戦前期の首里市営バス
  • 三山時代頃 現在の首里城付近の高台に城が築かれる。
    • (当初の城域は、現・首里城内の「京の内」と呼ばれる範囲だったとされる。)
  • 1406年 南山の佐敷按司尚巴志が中山王武寧を攻撃して察度王朝を滅亡させ、中山国の首都を浦添から首里に遷都するとともに、首里城を王城とする。
  • 1429年 中山王尚巴志が南山王他魯毎を滅ぼして三山を統一し首里は琉球王国の首都となる。
  • 尚巴志王代 首里城を拡充整備した。
    • (拡充後の城域は、現在の城の内郭部分に相当)
  • 尚金福王代 当時離れていた那覇と首里をむすぶ長虹堤を建設。
  • 尚真王代  首里城を拡張整備し、ほぼ現在の大きさとする。国内の諸按司を首里に集居せしめる。
    • 以降、琉球処分まで、高級官吏の住む街「首里親国」(シュイウェーグニ)として栄える。
  • 1879年 廃藩置県により沖縄県が設置され、県庁が那覇に置かれる。これ以降、行政の中心は首里から那覇に移った。
  • 1880年 現在の首里高校の前身となる首里中学校(後の沖縄県立第一中学校)が開校。
  • 1896年4月1日 郡区制が施行され、首里区となる。
  • 20世紀初頭 西原間切の一部が首里区に編入される。(下記参照)
  • 1921年5月20日 首里区に市制が施行され、首里市となる。
  • 1945年 4月から6月にかけての沖縄戦で国宝の首里城が破壊される。
  • 1950年 首里城跡に琉球大学が開学。
  • 1954年9月1日 首里市が小禄村とともに那覇市と合併する。
    • 合併時には「古都・首里の名が消えてしまってよいのか」という意見が少なからずあったため、これら住民の意を汲んで、旧首里市域では合併後も町名に「首里」を冠することになった。(下記参照)
    • この時、真和志市(前年10月まで真和志村)が合併に応じなかったため旧首里市は那覇市の飛地となった。この状態は真和志市が那覇市と合併する1957年末まで続いた。
  • 1957年 沖縄キリスト教短期大学が開学。
  • 1958年 守礼門が復元される。以来首里城正殿が復元するまで沖縄県のシンボルとなる。
  • 1974年 旧首里市時代は市営バスだった「首里バス」が那覇交通(現、那覇バス)に吸収合併。
  • 1979年 首里城跡にあった琉球大学が西原町千原に移転。
  • 1986年 首里城跡の近くに沖縄県立芸術大学開学。
  • 1987年10月 沖縄自動車道が那覇インターまで開通。那覇市内~名護の所要時間は従来の半分以下の1時間余りに。
  • 1989年 沖縄キリスト教短期大学が西原町へ移転。
  • 1992年11月 首里城正殿が復元される。守礼門に替わって沖縄県のシンボルとなる。
  • 2000年12月 首里城とその周辺一帯が「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一部として世界遺産に登録される。
  • 2003年8月10日 沖縄都市モノレール線(ゆいレール)が開業。

[編集] 地理

首里城から海を望む

首里の地勢と地域について。 隆起石灰岩を基礎とする高台。最高地点は弁ヶ嶽(165.6m)。あちこちに名水があり、泡盛の産地としても名高い[要出典]

[編集] 地勢

首里という地域自体が海抜100メートル程度の高台の上に位置する。このため、NTTドコモの首里収容局(かつてはNTT(←電電公社←琉球電信電話公社)の首里マイクロ波中継所があった)、FM沖縄の送信所、移動無線の中継局(この2つは南風原町新川だが首里と一続きの丘にある)などの無線中継拠点があり、かつては崎山町に沖縄テレビラジオ沖縄の送信所もあった。
2006年6月12日に、首里鳥堀町で大雨による大規模な地盤沈下が発生し、上部にあったマンションが倒壊(2007年現在原因調査のため保存中)した。

  • 高地:虎頭山、ハンタン山(~上の毛、現首里城域)、弁ヶ岳(那覇市最高点:165.6m)、御殿山
  • 河川:真嘉比川(→安里川)、安里川、安謝川

[編集] 地域を構成する町

町の成り立ちと変遷[1]
地 域 区 分 地 名 の 旧 称 現 在 の 町 名
 首 里
 ス イ
 真和志之平等
 マーシヌフィラ
 眞和志(マーシ)村  首里真和志町(まわしちょう)
 町端(マチバタ)村  首里池端町(いけはたちょう)
 山川(ヤマガー)村  首里山川町(やまがわちょう)
 大飩川(ウドゥニガー)村
 与那覇堂(ユナファドー)村
 金城(カナグシク)村  首里金城町(きんじょうちょう)
 内金城(ウチカナグシク)村
 寒水川(スンガー)村  首里寒川町(さむかわちょう)
 立岸(タチヂシ)村
 南風之平等
 フェーヌフィラ
 桃原(トーバル)村  首里桃原町(とうばるちょう)
 大中(ウフチュン)村  首里大中町(おおなかちょう)
 當之藏(トーヌクラ)村  首里当藏町(とうのくらちょう)
 鳥小堀(トゥンジュムイ)村   *1  首里鳥堀町(とりほりちょう)
 赤田(アカタ)村        *1  首里赤田町(あかたちょう)
 崎山(サチヤマ)村       *1  首里崎山町(さきやまちょう)
 西之平等
 ニシヌフィラ
 赤平(アカヒラ)村  首里赤平町(あかひらちょう)
 上儀保(ウィージーブ)村  首里儀保町(ぎぼちょう)
 下儀保(シムジーブ)村
 汀志良次(ティシラジ)村  首里汀良町(てらちょう)
 久場川(クバガー)村  首里久場川町(くばがわちょう)
  西 原 間 切 *2
  ニシハラマジリ
 平良(テーラ)村     *2  首里平良町(たいらちょう)
 大名(ウフナ)村    *2  首里大名町(おおなちょう)
 末吉(シーシ)村     *2  首里末吉町(すえよしちょう)
 石嶺(イシンミ)村    *2  首里石嶺町(いしみねちょう)

*1 これら地域は特に「三箇」(さんか)と呼ばれ、首里の中でも気性や言葉遣いの勇ましさで知られる。また琉球王朝時代に泡盛の製造を許可された地域でもある
*2 これら地域は明治の末頃、首里区へと編入された。

[編集] 首里市当時に隣接していた自治体

浦添村西原村真和志村(1953年以降は市)、南風原村

[編集] 行政

[編集] 歴代首里区長

  1. 齊藤 用之助
  2. 朝武士 干城
  3. 知花 朝章

[編集] 歴代首里市長

  1. 高嶺 朝教
  2. 仲吉 朝助
  3. 久高 友輔
  4. 太田 朝敷
  5. 高安 玉兎
  6. 伊豆見 元永
  7. 仲吉 良光

[編集] 教育

以下に挙げる学校が首里にある。

また、予備校・学習塾の数も多く、非常に教育熱心な地域であると言える。

[編集] 産業

首里で最も面積の広い石嶺地区では、近年まで住宅地の中に点々と畑がみられ、近郊農業が行われていたが、次第に宅地化の波に呑まれ最近では見かけなくなってきた。

現在の首里は那覇市中心部のベッドタウンであるため、住宅街が主であり、特筆すべき産業はないが、首里城をはじめとする歴史的遺産が多く、沖縄県の観光産業に大きく貢献している(下記参照)。このような背景から、紅型首里花織といった伝統工芸の作業場が散在する。

また、「三箇」(上記参照)は王国時代より戦前まで泡盛の一大生産地であった。戦後、酒造業は県内各地に分散したが、現在でも数軒の酒造所がある。※瑞穂酒造・瑞泉酒造崎元酒造所・識名酒造

[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] 道路

[編集] 路線バス

詳細は「沖縄本島のバス路線」を参照

  • 1番・首里牧志線(那覇バス市内線)
  • 8番・首里城下町線(沖縄バス
  • 9番・小禄石嶺線(那覇バス市内線)
  • 11番・安岡宇栄原線(那覇バス市内線)
  • 15番・寒川線(那覇バス市内線)
  • 17番・石嶺(開南)線(那覇バス市内線)
  • 18番・首里駅線(沖縄バス市内線)
  • 19番・首里駅おもろまち線(沖縄バス市内線)
  • 25番・普天間空港線(那覇バス)
  • 33番・糸満西原(末吉)線(那覇バス)
  • 46番・糸満西原(鳥堀)線(那覇バス)
  • 91番・城間(南風原)線(東陽バス
  • 97番・琉大(首里)線(那覇バス)
  • 191番・城間(一日橋)線(東陽バス)
那覇インターで高速道路に入る路線
  • 111番・高速バス(琉球バス交通・沖縄バス・那覇バス・東陽バス4社共同運行)
  • 113番・具志川空港線(琉球バス交通)
  • 123番・石川空港線(琉球バス交通)
  • 280番・屋慶名(首里駅・国場)線(沖縄バス)

[編集] かつての交通機関

[編集] 名所旧跡や祭など

金城町石畳道

首里城近辺は名所旧跡が特に多い。

名所・旧跡

琉球王朝時代の1807年に親雲上(ぺーちん)の寄付で作った共同井戸。那覇市指定文化財。ヘリテージング100選に「樋川(ヒージャー)群(仲村渠樋川、垣花樋川、宝口樋川など)」として選定されている。那覇市首里儀保町4丁目。

祭り

かつて首里赤田町で行われていた祭礼。昭和初期に途絶えたが、平成6年に復興され今尚続いている。祭礼中子どもたちが歌う「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)」という囃子唄は沖縄民謡を代表する曲。

[編集] 首里出身の有名人

[編集] 脚注

[編集] 関連項目