円覚寺 (那覇市)
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円覚寺 (えんかくじ)は沖縄県那覇市の首里城北面にかつて存在した臨済宗の寺院。
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歴史 [編集]
第二尚氏の菩提寺として弘治7年(1494年)に鎌倉の円覚寺を模して建立された。第二尚氏の支援を受けて繁栄し、寺前にある円鑑池では、中国からの冊封使を招いて宴が開かれるなど、琉球王朝史の中で極めて重要な位置を占めていた。
明治時代の琉球処分後、仏殿、三門、方丈などの寺の伽藍は昭和8年(1933年)国宝に指定されたが、第二次世界大戦で放生橋(ほうじょうばし)を残して全て焼失した。跡地は戦後、昭和23(1948)年に琉球大学の教員宿舎が、昭和40(1965)年頃に同大学のグラウンドが建設され、基壇や石畳などの遺構は破壊もしくは地下に埋め込まれた。昭和43(1968)年に総門が復元され、放生池の修復が行われた。昭和59(1984)年に琉球大学の移転が完了し、遺構の全容解明と復元整備が進められている。旧琉球大学跡地を除く残りの敷地は、現在沖縄県立芸術大学の一部となっている。
再建された建造物が総門のみの為、参考写真のように放生橋(放生池)越しに総門を奥にした構図が多く誤解されがちであるが、三門、仏殿などの伽藍は池の手前側にあった。
往時の円覚寺 [編集]
- ※ 『琉球建築』より、田辺泰編、座右宝刊行会、復刻1972年、初版1937年
文化財 [編集]
重要文化財 [編集]
- 放生橋 - 室町時代、中国の石工の作になる石造桁橋。高欄に弘治戊午歳(弘治11年・1498年)の銘がある。沖縄返還後の昭和47年(1972年)、国の重要文化財に指定された。前後の参道、池周囲の石積・石畳が附(つけたり)指定となっている。現在は沖縄県の所有。
- 梵鐘(旧円覚寺楼鐘)・梵鐘(旧円覚寺殿前鐘)・梵鐘(旧円覚寺殿中鐘) - 沖縄県立博物館に所在
沖縄県指定有形文化財 [編集]
- 総門
- 円覚寺放生池石橋勾欄
史跡 [編集]
- 円覚寺跡
アクセス [編集]
モノレール [編集]
- 沖縄都市モノレール線(ゆいレール)首里駅徒歩15分
路線バス [編集]
各路線の概要、経由地、運行本数等は、系統名の右のバス会社を参照。
県立芸大前バス停 [編集]
- 8番(首里城下町線) 沖縄バス
首里城公園入口バス停 [編集]
- 1番(首里識名線) 那覇バス
- 8番(首里城下町線) 沖縄バス
- 17番(石嶺線) 那覇バス
- 46番(糸満西原(鳥堀)線) 那覇バス