尚真王

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尚真王
琉球国王
King Sho Shin.jpg
尚真王の御後絵向元瑚画、1796年
在位 1477年(成化13年) - 1527年1月(嘉靖5年12月11日)
全名 尚真
神号 於義也嘉茂慧
出生 1465年成化元年)
Flag of Ryukyu.svg 琉球国首里
死去 1527年1月12日嘉靖5年12月11日
Flag of Ryukyu.svg 琉球国首里
埋葬 1527年
Flag of Ryukyu.svg 琉球国首里玉陵
王世子 尚清
配偶者 (号は居仁。尚宣威王の長女)
  夫人:思戸金按司加那志(号は華后)
  夫人:銘刈子の娘
子女 別記
王家 第二尚氏
王朝 第二尚氏王統
父親 尚円王
母親 世添大美御前加那志
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島津忠良宛琉球国世主(尚真王)書状(1526年)

尚真王(しょう しんおう、旧字尚眞王1465年成化元年) - 1527年1月12日(嘉靖5年12月11日))は、琉球王国第二尚氏王統の第3代国王(在位1477年(成化13年) - 1526年(嘉靖5年))。童名は真加戸樽金(まかとたるかね)。神号は於義也嘉茂慧(おぎやかもい)。

第二尚氏王統・初代国王尚円王の子。1500年弘治13年)のオヤケアカハチの乱を平定して八重山諸島を、さらに1522年(嘉靖元年)には与那国島を征服した。50年にわたって王位に在り、琉球王国の最盛期を現出した。地方の按司(豪族)らを首里に集居させて中央集権化を図るなどして、王権を強化した。

家族[編集]

  • 父:尚円王
  • 母:世添大美御前加那志
  • 妃:居仁(生没年不詳。尚宣威王の長女)
  • 夫人:
    • 思戸金按司加那志(号は華后。生年不伝 - 正徳11年3月11日。父は謝氏二世知名親雲上成良、崎山村仲里家の祖)
    • 銘苅村銘苅子の娘
  • 子女:
    • 長男:尚維衡・浦添王子朝満(童名・思徳金、号・月浦。弘治7年 - 嘉靖19年11月11日。 小禄御殿一世、母は妃)
    • 次男:尚朝栄・大里王子(生没年、母、葬地不詳。後裔なし。位牌は天界寺)
    • 三男:尚韶威・今帰仁王子朝典(童名・真武體金、号・宗仁。生日不伝 - 嘉靖年間具志川御殿一世)
    • 四男:尚龍徳越来王子朝福(童名・真三良金、号・雲体。生没年、葬地不詳。向氏嘉味田殿内一世)
    • 五男:尚清・中城王子(のち即位。母は華后)
    • 六男:尚享仁・金武王子(生没年、母、葬地不詳。後裔なし。位牌は天界寺)
    • 七男:尚源道・豊見城王子(生没年、母、葬地不詳。後裔なし。位牌は天界寺)
    • 長女:佐司笠按司加那志(童名・真鍋樽、号・慈山。生没年不詳。母は銘苅子の娘、向氏湧川殿内二世・見里王子朝易に嫁ぐ)

冊封使(1479年)[編集]

  • 正使:董旻(兵科給事中)
  • 副使:張祥(行人司右司副)

外部リンク[編集]