尚敬王

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尚敬王
琉球国中山王
King Sho Kei.jpg
尚敬王の御後絵、向元瑚画、1796年
在位 1713年 - 1752年
全名 尚敬
名乗 朝糸
烏帽子親 尚祐・豊見城王子朝匡[1]
出生 1700年8月3日
死去 1752年3月14日(51歳)
埋葬 1752年
Flag of Ryukyu.svg 琉球国首里玉陵
王世子 尚穆
子女 別記
王家 第二尚氏
王朝 第二尚氏王統
父親 尚益
母親 聞得大君加那志
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尚敬王(しょうけいおう、1700年8月3日康熙39年6月19日) - 1752年3月14日乾隆17年1月29日))は琉球第2尚氏王朝第13代国王(在位:1713年 - 1752年)。第12代国王尚益王の子。

蔡温三司官にして多くの改革を行った。また教育や文化振興に力を入れ、琉球を文化大国へ導くなどその手腕は近世の名君とうたわれた。

1712年(康熙51年)、薩摩藩から許され、琉球国司から琉球国王の王号に復した。


家族表[編集]

  • 父・尚益王
  • 母・聞得大君加那志(号・坤宏)
  • 妃・聞得大君加那志(号・仁室。馬氏小禄殿内七世仲里親方良直次女)
  • 子女
    • 長男・尚穆、中城王子朝康
    • 次男・尚和、読谷山王子朝憲(読谷山御殿元祖)
    • 長女・津嘉山翁主(号・寛室。蔡氏十二世具志頭親方廷儀(蔡温の長男)へ嫁ぐ)
    • 次女・瑞慶覧翁主(号・順成。伊江御殿七世伊江王子朝倚へ嫁ぐ)
    • 三女・真嘉戸樽金(安谷屋翁主。享年十三)

脚注[編集]

  1. ^ 王代記』、41ページ