尚穆王

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尚穆王
琉球国中山王
King Sho Boku.jpg
在位 1752年 - 1794年
別号 尚喜[1]
全名 尚穆
名乗 朝康[2]
烏帽子親 蔡温・具志頭親方文若[3]
出生 1739年5月3日
死去 1794年2月19日(54歳)
埋葬 1794年
Flag of Ryukyu.svg 琉球国首里玉陵
王世子 尚温王
配偶者 佐敷按司加那志
子女 別記
王家 第二尚氏
王朝 第二尚氏王統
父親 尚敬王
母親 聞得大君加那志
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尚穆王(しょうぼくおう、1739年5月3日 - 1794年2月19日)は、琉球王国第二尚氏王朝の第14代国王(在位:1752年 - 1794年)。

寝廟御殿を創建。また、このころ琉球科律完成。さらに、褒章制度を整備し、国民の模範となるものに物品や役職を授けた。

1788年に世子の尚哲が死去している。

家族[編集]

  • 父 尚敬王
  • 母 聞得大君加那志
  • 妃 佐敷按司加那志(童名・思真鶴金。号・淑徳。玉城御殿八世・高嶺王子朝意女)
  • 夫人 真南風按司加那志(童名・真牛金。号・仁厚。向氏幸地殿内系祖・松川親方朝応女)
    • 安谷屋阿護母志良礼(号・蘭室)
    • 宮里阿護母志良礼(号・瑞雲)
    • 与儀阿護母志良礼(号・清室)
  • 子女
    • 長男 尚哲、中城王子
    • 次男 尚図、浦添王子朝央(母は妃。浦添御殿一世)
    • 三男 尚周、義村王子朝宜(母は仁厚。義村御殿一世)
    • 四男 尚容、宜野湾王子朝祥(母は仁厚。小禄御殿へ養子)
    • 五男 尚恪、美里王子朝規(母は蘭室。美里御殿一世)
    • 長女 聞得大君加那志(母は蘭室。童名は恩亀樽。向氏識名殿内十世識名親方朝睦に嫁ぐ)
    • 次女 小那覇翁主(母は瑞雲。平良殿内九世・森山親雲上昌本に嫁ぐ)
    • 三女 上間翁主(母は瑞雲。具志川御殿十二世・今帰仁按司朝英に嫁ぐ)

脚注[編集]

  1. ^ 通航一覧巻之十五』:宝暦二年冬十二月二日、中山王尚喜使今帰仁等来聘
  2. ^ 王代記』、43ページ
  3. ^ 蔡氏家譜·十一世温』:「乾隆十八年癸酉八月朔日値 主上歳十五将行元服之禮(温)奉 命為御烏帽子親」