おなり神

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おなり神(おなりがみ)またはをなり神(をなりがみ)とは、妹(をなり/おなり/うない)が兄(えけり)を霊的に守護すると考え、妹の霊力を信仰する琉球の信仰宮古島を除く)。また兄(男性)の守護者としての妹(男性の血族の女性)を神格化して呼称するもの。 民俗学上、伊波普猷が発表し、柳田國男折口信夫が展開したことで知られる。

概念[編集]

古来、琉球では女性の霊力が強いと考えられており、に仕えるノロシャーマンであるユタも女性だった。この霊力が特に兄に強力に作用し、守り神のごとく守護すると考えるものが、おなり神信仰である。おなり神信仰では、妹を兄のおなり神と呼び、妹を神格化する。この信仰から、男がや戦争に行く時は、妹の毛髪や手拭をお守りとして貰う習俗があった[1]

おなり神信仰において、兄と妹の関係性は別格とされる。既婚者の男性を霊的に守るのも伴侶である妻ではなく妹と考えられており、近世までは既婚者に大事があった場合でも、その妹が呼び出されて祈念を行うということがよくあったという。このことは、兄と妹の関係性が、場合によってはの関係性より強固であり、尊重されることを意味している。旅行や戦争の時、兄弟が毛髪等を貰った相手は自分の姉妹からが全体の6割から8割に達し、自分の妻から貰ったのは5分から6分であり妻よりも自分の姉妹から貰った割合の方が多くなっている[2]

そもそも厳密には、琉球方言の「をなり」「えけり」は本土方言の「」「」という意味ではない。「兄から見た妹」を「をなり(おなり)」、「妹から見た兄」を「えけり」と呼ぶ[3]。つまりをなり・えけりは、兄と妹のみで完結した関係性なのである。をなりとえけりの想定する宇宙には、男女は兄と妹しか存在しない。

伊波普猷はこのことから、この概念は男女間のすべての関係性を内包するものと指摘した。つまり、をなり・えけりには、肉親としての男女、恋人としての男女、夫婦としての男女の関係が多層的に想念され、その世界において、兄=男が世界を支配し、妹=女は男を守護し、神に仕える神女と位置づけられるのである。

後述するように、この思想が琉球王国祭政一致体制の基盤を作ったと考えられている。

なお、女性の霊力への信仰や、兄と妹にこうした関係性を投影する古代信仰・宗教神話は、大和を含め、西洋東洋を問わずに散見される。柳田國男は、日本神話の兄神と妹神の関係性に琉球のをなり神信仰との類似点があることを指摘し、おなり神信仰が大和と琉球に共通した古代信仰であると考察している。

琉球王国における位置[編集]

この観念は、俗世を支配する男性を、神に仕える女性が男と社会を霊的に守護するという観念に転化された。つまり政治を男が行い、その男を守護する女が神事を司り、神託を得て霊的に指導するという祭政一致体制の基盤となったのである。この原則は集落レベルから国王にまで一貫されている。集落のもっとも古い宗家の主人は根人(ニーッチュ)と呼ばれ、その妹は集落の祭事を司る根神(ニーガン)となる。さらに領地を統治する按司(アジ)の妹は、その領地の祭事の司祭であるノロとなる。そして国王とノロの最高位の聞得大君もまた、完結した宇宙であるえけりとをなりの強固な関係で結ばれていた。これは、をなり神の持つ霊的守護力の概念が、王国において兄から家族、家族から集落、集落から地域、地域から王国へと拡張し、拡大解釈されていったということでもある。

以上は古琉球においては絶対の構造であった。国王・尚宣威が高級神女により罷免され、尚円の子(尚真王)が王位を継承したという伝承もあり、一時期は王のおなり神であるノロの方が国王より強大な権力を持っていたと考えられている。しかし尚真王の時代に聞得大君職が設置され、この権力構造は国王優位に改められることとなった。

その後、薩摩の侵入を受けて以後、近代化を進める羽地朝秀、祭温らの改革によって、おなり神信仰を核とする古代的な神権政治の色彩は段階的に弱体化され、解体されていった。

儀式[編集]

イザイホーの祭りの中にて、兄を持つ妹がおなり神となる儀式が執り行われる。兄はイザイホーの祭りの前になると、妹に祭りの時に身に付ける神衣や下着類を作る白生地を贈る。祭りの最終日に、トウツルモドキの葉の冠を被った妹は、座敷に上がってカヤの敷物の上に座り、兄と向き合って神酒の椀を飲み交わす。それが終わると、立ち会ったノロがトウツルモドキの葉の冠を妹の頭から取って兄に渡す。これによって妹は兄を守護するおなり神となる[4]

神女に兄がいない際は、弟か甥かいとこがえけりの役をする。

現在のおなり神信仰[編集]

太平洋戦争中、沖縄県では妹からもらったものをお守りとして戦地に行ったという逸話が多く聞かれた。現在も集落単位でのおなり神信仰は存続しており、根人・根神という存在は広く見られる他、王国以来の特別な聖地である久高島には、「男は海人(うみんちゅ:漁師)、女は神人(かみんちゅ:神職者)」というが残り、現在も成人既婚女性のほぼ全員がなんらかの神人(神職者)となっている。

脚注[編集]

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  1. ^ 『神の文化史事典』白水社, 2013年, p.158
  2. ^ 谷川健一『日本の神々』岩波書店, 1999年, p.221
  3. ^ 『沖縄民俗辞典』吉川弘文館, 2008年, p.107
  4. ^ 谷川 健一『日本の神々』岩波書店, 1999年, p.220

関連項目[編集]