ラジオ深夜便

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ラジオ深夜便
ジャンル トーク・情報
放送方式 生放送(一部録音あり)
放送期間 1990年4月~
放送時間 番組の時間割を参照
放送局 NHKラジオ第1NHK-FMNHKワールド・ラジオ日本
制作 NHK
パーソナリティ 出演アンカーを参照
テーマ曲 テーマ曲を参照
公式サイト 公式サイト
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ラジオ深夜便』(ラジオしんやびん)は、NHKラジオ第1放送FMラジオ放送ラジオ国際放送で放送されている深夜放送番組

年末年始を含め、連日放送される完全帯番組であるが、12月31日深夜から1月1日早朝にかけては特例がある(その節参照)。

目次

[編集] 番組開始の背景

かつてのNHKのラジオ放送は、災害時や、オリンピック中継などを除き、午前5時放送開始、午前0時放送終了だった。ところが、1988年9月に昭和天皇が重体になって以降、天皇の容態を深夜も含め随時速報した。この際、総合テレビラジオ第1FM放送24時間放送にし、定時放送終了後から翌日の開始時間までフィラーとしてクラシック音楽と関連ニュースを放送した。この「静かな音楽を終夜流す」という放送形態について、昭和天皇崩御1989年1月7日後も、常時24時間放送できないかという投書が数多く寄せられた。

1989年11月の3連休に、「67時間ラジオいきいきラリー」と題した特別放送を実施し、普段メンテナンスに当てる深夜時間帯に音楽や落語などを放送した。民間放送の「オールナイトニッポン」などの若者向けの深夜ラジオ番組に不満足だった中高年層から、「大人が聴ける静かな番組」として支持され、「ラジオ深夜便」の誕生につながった。深夜便のスタートは、深夜時間帯の地震や津波、突発的なニュースが発生した時に迅速な対応をする目的もある。従来は、放送設備の電源投入や、宿直・仮眠中の職員の支度など、放送開始までに10~15分を要していた。

[編集] ラジオ深夜便創設以降の歴史

  • 1990年4月から不定期放送で「特集 ラジオ深夜便」と銘打って午前0時から放送を開始。1990年度はゴールデンウィーク梅雨シーズン、お盆年末年始春休みと10月以降の週末に放送した。
  • 1991年4月より仮定時放送に移行し、月末を除く殆ど連日放送された。
  • 1992年4月より午後11時台からの定時放送に移行し、24時間放送がスタートする(但し毎週月曜日深夜から火曜日早朝と、年数回のメンテナンス実施日の1:00-5:00については休止)。[1]
  • 1995年4月より、金曜日深夜に「関西発ラジオ深夜便」(月末は「地方発ラジオ深夜便」)を放送開始。また、月曜日深夜から火曜日早朝の放送休止時間帯を第2・4週だけとして、第1・3・5週も24時間化した。
  • 1996年4月より、ラジオ第1放送休止時にFM放送でのリレー放送[2]を開始する(但し、年数回の大掛かりなメンテナンスを実施する場合は24時で放送終了とし、国際放送を除くテレビ・ラジオ全ての電波を停止した)[3]。当初はAMと同じくモノラルのままの放送。
  • 1998年4月よりラジオ第1、FM放送のサイマル放送(同時放送)が開始される。放送時間は1:00-5:00。開始当初は日曜深夜(月曜未明)とメンテナンス実施日は休止。FMはステレオ放送になった。
  • 2000年7月より、放送休止枠が各局の任意となる。ラジオ第1は主として毎月第2月曜深夜、FMは毎月第1・3日曜深夜に休止。年数回のメンテナンス期間にも実施する。但し大掛かりなメンテナンスや放送設備の移転作業の時を除いて、ラジオ第1とFMの両方が休止になるということはない。
  • 同年、放送開始10周年を記念して同番組のテーマソングをアレンジして、芹洋子がイメージソング「夢」を発表。
  • 2004年11月、2005年4月の放送開始15周年を記念して、画家エム・ナマエが製作したマスコットキャラクターを制定した。名称は一般公募で2005年1月末まで募集され、3月13日NHKホール東京都渋谷区)で開催の「ラジオ深夜便の集い」で「ゆめぞうくん」に決定した。
  • 2006年4月、毎週日曜は日曜名作座を移設(旧来は21:05-21:35)するため、ラジオ第1のスタートが23:40からとなる。2007年4月からは、さらに5分ずらして23:45スタート。
  • 2008年4月、日曜名作座の終了に伴い、日曜の放送が23:15からになる(ただし第4日曜日だけは月曜0:10から)。2009年4月以後第4日曜も23:15開始に
  • 2011年4月、ラジオ第1の日曜日の放送時間が渋マガZ新日曜名作座の移転など日曜日の番組編成見直しに付随して23:40-5:00に変更。また、FMの同時放送のうち、金曜日・土曜日の放送分(日付上、土曜・日曜)を1時台に定時番組を新編成するため2時から5時の3時間に短縮(他の曜日変更なし)。土曜日(日付上、日曜日)の1時台の放送分に関しては既に国際放送でも「NHKのど自慢」の再放送など独自編成に差し替えていることから、この時間帯は完全にラジオ第1単独での放送となる。
  • 2012年4月、ラジオ第1の土曜日・日曜日の放送分(日付上、日曜・月曜)が「wktkラヂオ学園」(22時台・23時台)の編成に付随して0:00-5:00に変更。また、FM放送についてもこれまで別番組を編成していた金曜日・土曜日の1時台放送分(日付上、土曜・日曜)が1年ぶりに同時放送に戻る。
  • 『地方発』の放送に併せて公開録音イベント「ラジオ深夜便の集い」を開催している。これは「こころの時代講演会」と「アンカーを囲む会」の2部構成で構成されている(会場によっては池田憲一による音楽講話も行われていたが、物故)。なお、1997年2000年2005年2010年には、NHKホールで関西発を含む全アンカー総出演で大々的な集いが開かれた。また、2005年1月には阪神・淡路大震災10周年記念「深夜便ウォーク」と題し、神戸市内のウォーキングイベントと集い(公開録音)を併催する試みが行われた。

現在では、若年層のラジオ聴取率が大きく低下したこともあり、深夜時間帯のラジオ聴取率で、民放ラジオ全体の聴取率を大きく上回る人気がある曜日や地域も多い。そのため、専ら若者や長距離トラック運転手向けに制作されていた深夜番組編成の再構築など、他の民放局へ影響を与える存在になっている。また、迅速な災害報道にも役立てられている。
例として、ニッポン放送は2003年に平日深夜の「オールナイトニッポンR」を「オールナイトニッポンエバーグリーン」に変え、若年向けの番組からシフトした。(ただし、2009年4月以降は「オールナイトニッポンR」が曜日限定で復活)
それに追随するかのように、TOKYO FM・JFNが2007年に27時以降の枠を「WANTED!」から「DAYBREAK」に切り替え、さらに2010年には「やまだひさしのラジアンリミテッドDX」を金曜に集約し、「」を編成している。

ちなみに、1992年頃は、NHKの労働組合である日本放送労働組合が、「労働強化」を理由に放送のレギュラー化に反対していた[4]

[編集] 出演アンカー

番組の進行役を「アンカー」と表現している。アンカーとは「(いかり)」という意味の英語で、「どっしり安定した頼りの綱」であるということと、「リレーの最終走者」という意味があるが、ここから派生して「放送や新聞におけるまとめ役」という意味で「アンカー(マン)」という言葉が使われる。[5]

[編集] 現在出演中のアンカー

  • 基本的にはNHKのベテランアナウンサーやNHKを退職したOB・OGが担当する。
  • 放送当日、特別番組や地方でのイベントなどの出演や負傷などによる不可抗力で出演できない場合は、当該曜日の別のアンカーが担当することもある。
  • 現役・嘱託のアナウンサーについては所属を付加。
放送曜日 奇数週 偶数週 特記
月曜日 遠藤ふき子日本語センター 伊藤健三東京アナウンス室
火曜日 須磨佳津江 石澤典夫(東京アナウンス室)
水曜日 川野一宇 宮川泰夫
木曜日 迎康子ラジオセンター 松本一路(東京アナウンス室嘱託、2007年4月から)
金曜日 西橋正泰関西発、第1・3週のみ) 中村宏大阪放送局 関西発、第2週のみ) 第4・5週目は大阪・関東以外の地方発
土曜日 栗田敦子(日本語センター) 柴田祐規子(ラジオセンター)
日曜日 明石勇[6] 高橋淳之(日本語センター、2011年8月14日から)[7]

伊藤、石澤、川野、松本、明石の各アンカーは担当のない週でもNHKラジオのニュースでアナウンサーとして勤務する場合がある(深夜も含む。伊藤アンカーは担当のない週にテレビのニュースを担当することもある)。遠藤、栗田は日本語センターで各種講座の講師を務める。

現役のアナウンサーは迎、伊藤、柴田、石澤、中村。迎は2010年7月末で60歳を迎えた。還暦を迎えたアンカーも多いが、退職後は嘱託等による再雇用やシニアスタッフ(番組出演契約[8]の場合も含む)としての契約を結んで出演を続けている。定年退職後も雇用契約を継続するかどうかは各自の判断にゆだねられる。他の非現役アンカーも在任中に定年を迎え新たな雇用契約を結んだか、定年になってからこの番組の担当になったか、女性では定年前に退職して子育て等が一段落して現役復帰したか、そのどれかに該当する。

NHKのアナウンサーの定年は57歳とされていたが、60歳のケースが大半を占めている。宮川アンカーの場合は60歳で一旦定年退職後、この番組を担当している。深夜の時間帯のラジオニュースやラジオ国際放送のニュースでも主に60・70歳代のアナウンサーが担当している。

2011年度に登場したアンカー[9]
当初は2011年3月28日深夜の放送から担当する予定だったが、東日本大震災の報道に携わっていた影響[10]などから、この回は遠藤アンカーが代役を務め、4月12日放送からの出演となった。
8月最初の偶週にあたる2011年8月14日放送分から担当。2011年6月まで第2・4日曜日は明石勇アンカーが担当していたが、同年7月3日まで第1・3・5日曜日を担当した徳田アンカーが急遽NHKのど自慢の司会に復帰したことにより、同年8月から徳田アンカーに代わって明石アンカーが第1・3・5日曜日に担当が変更。これに伴い8月から第2・4日曜日の新アンカーマンとして担当することになった(なお、2011年7月10日以降同月いっぱいの日曜は毎週明石アンカーが担当した)。

[編集] 過去に出演した主なアンカー

番組開始当初は今のような隔週交代出演制ではなく、毎週出演が多かった。★印は、日本語センターで話し言葉講座などの講師を担当。

[編集] 男性

  • 秋山隆(2007年4月-2008年3月、現在は土曜日昼間のラジオニュースと気象通報を担当)
  • 小高昌夫(1995年-1998年ごろ)
  • 葛西聖司(2007年4月-2011年3月、第2・4月曜日)
  • 国井雅比古(2006年4月-2007年3月、第2・4月曜日)
  • 小林弘明
  • 斎藤季夫(1995年-2007年3月、第2・4木曜日)
  • 榊寿之(2005年4月-2010年3月、奇数週土曜日)
  • 高梨敬一郎(1996年4月-1998年3月、関西発)
  • 立子山博恒
  • 徳田章(2010年4月-2011年7月3日、第1・3・5日曜日。翌週より以前担当していた『NHKのど自慢』の司会に復帰)
  • 中村充(1990年-1995年8月、毎週日曜日)
  • 平岩毅(1990年-1993年3月)
  • 古屋明信(現在はラジオのニュースを担当)
  • 古屋和雄(東京アナウンス室、2000年-2006年3月、第2・4月曜日)
  • 松川洋右(1990年-1996年、降板後はNHKワールド・ラジオ日本ニュースラジオ第2・FM放送の「名曲スケッチ」、「名曲の小箱」の曲目紹介を担当。現在はNHK放送博物館の職員として在籍)
  • 松田輝雄
  • 水野節彦(2001年4月-2009年9月 第2・4火曜日。現在も番組内の「あすへの言葉」インタビュアー・ディレクターを担当しているほか、番組内で日曜から月曜深夜にかけてのラジオニュースを随時担当)
  • 峯尾武男(1997年4月-2010年3月、第2金曜日、関西発)
  • 村田昭
  • 渡辺誠弥(1995年4月-1996年3月、月末を除いた金曜日、初代関西発深夜便アンカーマン)
  • 和田篤(1990年-1995年3月、隔週木曜)

[編集] 女性

[編集] テーマ曲

  • THE CHANCE YOU TAKE(23時台、0時台)
1時台はピアノ・ソロを放送。
10月から翌年3月のエンディングはアレンジしたものを放送。かつては0:00あるいは1:00で番組が終了する際にも使われた。
これらのテーマ曲はCD「ラジオ深夜便テーマ曲集」などに収録されている。

[編集] 放送体系

2011年4月現在の放送体制を以下に記す。放送機器の点検・保守、台風報道や選挙報道および重大ニュース、プロ野球やオリンピックなどのスポーツ中継、組閣会見、国会でのNHK予算審議など、様々な要因による放送時間の変更に関しては後述する。

  • ラジオ第1放送
月 - 金曜日(祝祭日を除く) 23:20 - 翌5:00
土曜日・祝祭日・年末年始(概ね12月29日-1月3日に開始される分[11]) 23:10-5:00
日曜日 23:40-5:00(渋マガZ・新日曜名作座の移転など日曜日の番組編成見直しに伴い、2011年4月から変更)
12月31日深夜については詳細後述
日 - 木曜日 1:00-5:00
金・土曜日 2:00-5:00
1時台に定時の新番組が編成されたため、2011年4月から変更。なお金曜深夜は週によって1:00開始となる。
ラジオ第1放送が別番組を放送する場合[13]でも、FMは1:00になれば通常通り放送する。年末年始などNHK-FMが特別番組を編成する場合、放送時間短縮や休止する事もある。
月 - 金曜日 23:20-5:00
土曜日 23:10-1:00、1時間中断して、2:00-5:00
日曜日 23:40-1:00、1時間中断して、2:00-5:00
1990年代後半から放送開始したが、開始当初は23時台と4時台のみ放送していた。その後、独自制作および独自編成時間の大幅な縮小と引き換えに国内同時放送枠が拡大された。現在の国際放送における放送体制は2009年4月からとなっている。
国際放送について、短波の放送では地域により放送される時間帯・周波数が異なるが、衛星デジタルラジオでは受信したチャンネルでそのまますべての時間帯が聴取できる。
ラジオ第1放送が別番組を放送する場合[13]、1:00までは別番組に差し替えるが、1:00になればFM放送と同時に通常通り放送する。但し、国会中継「予算委員会」の録音放送の終了時間が1:00を過ぎる場合は国会中継終了時間まで差し替え放送を継続する。
2007年4月22日(日曜深夜)放送分は23日0:20-5:00にラジオ第1放送との完全同時放送が実施された。国際放送では同時放送開始以来初めて1時台、2時台、3時台が放送された。
毎時、時報の1分前にネット音声回線を遮断し、次の日本語放送の周波数告知案内を行なう。番組放送中に周波数案内を放送するのは通常では深夜便のみ。[14]
のど自慢は1週間前の再放送。休止の場合、引き続き1時台も深夜便を同時放送。2011年3月27日は本番組終了後、1:45飛び乗りで深夜便を同時放送。
  • 日曜深夜(月曜未明)は1:00-2:00 日曜討論を放送する。(衛星ラジオは国内同時放送を行っているため再放送扱い)
日曜討論の放送時間拡大の場合は時報を跨いでも番組はそのまま続けられ、終了次第、途中飛び乗りで深夜便の同時放送に入る。休止の場合は深夜便の同時放送。


[編集] 過去の放送時間

曜日は放送時間上のもの(5時基点)。特記なきものは毎日同じ時間で放送
メンテ日=年2回、春・秋の特定期間を対象とした放送設備集中点検日。
  • 1992年-1995年まではこの期間の月曜-金曜深夜。
  • 1996年以後はラジオ第1は土曜・日曜を含むこの期間のおよそ10日間程度。FM(1998年以後)はこの期間の月曜-木曜2週間連続だが、各局任意となった2000年7月以後は金・土曜日に休止にする局も一部あり。
定時の休止日であっても、有事や大型連休(ゴールデンウィークお盆年末年始)などは通常放送した日もある。
年度 ラジオ第1 FMラジオ 休止日 特記
1990年 24:00-5:00 放送なし 不定期放送(本文参照)
ただし同年10月以後、金曜~日曜は毎週の放送となった
1991年 毎週月曜と月末の月曜-木曜
24:00-5:00
月末の月曜-木曜を除いてほぼ毎日放送
1992年-1995年[1] 23:20(年度により23:10)
-5:00
毎週月曜・メンテ日
1:00-5:00
1992年4月よりラジオ第1・定時の24時間放送移行[1]
23:10スタートの時代(年度不明)は23:55-24:00にローカルニュース・天気予報を挿入したことがある
1996年-1997年 1:00-5:00 ラジオ第1 第2・4月曜・メンテ日
1:00-5:00
FM 不定期放送
1996年4月よりFMはラジオ第1が毎月第2・4月曜とメンテナンスによる放送休止の日に限り放送
但し日曜日は週によって地上波全チャンネル共通メンテナンスに当てていたため24時終了で
FMへのリレーがない日もあった
1998年-2000年6月 23:20-5:00 ラジオ第1 第2・4月曜・メンテ日
FM 毎週日曜・メンテ日
いずれも1:00-5:00
1998年4月より1時-5時はFM放送でも同時放送開始と共にFMも定時の24時間放送移行
2000年7月-2005年 ラジオ第1 (第2・4月曜・メンテ日)
FM (第1・3日曜・メンテ日)
いずれも1:00-5:00
2000年7月より一応のメンテナンス日は設定するが、
休止は緊急有事対応のため各局任意となる
2006年 月曜-金曜 23:20-5:00
土曜 23:10-5:00
日曜 23:40-5:00
ラジオ第1 (第2月曜・メンテ日)
FM (第1・3日曜・メンテ日)
いずれも1:00-5:00
2006・2007年度は日曜日は「日曜名作座」を放送のためスタート時間変更
2007年 月曜-金曜 23:20-5:00
土曜 23:10-5:00
日曜 23:45-5:00
2008年-2010年 月曜-金曜 23:20-5:00
土曜 23:10-5:00
日曜 23:15-5:00
2008年度のみ第4日曜は24:10から開始
2011年 月曜-金曜23:20(祝日は23:10)-5:00
土曜 23:10-5:00
日曜 23:40-5:00
月曜-木曜・日曜
1:00-5:00
金曜・土曜 2:00-5:00
2011年4月より
ラジオ第1は日曜日のみ「新・日曜名作座」、
FMは金曜日に「岡田惠和 今宵、ロックバーで〜ドラマな人々の音楽談義〜」、土曜日に「青春リアルスピンオフ・君の思いを受け止めた!」をそれぞれ放送するため時間変更
※但し金・土曜日のFM放送は週により1時開始の場合もある
2012年 月曜-金曜23:20(祝日は23:10)-5:00
土曜・日曜 24:00-5:00
1:00-5:00 ラジオ第1、土曜日と日曜日は新番組編成のために1991年度以来21年ぶりに24時スタートに変更
ラジオ第1・FMの同時放送が1年ぶりに毎日1:00-5:00に戻る

[編集] 番組の時間割

ラジオ深夜便のコーナー一覧の詳述も参照。時刻表記は日本時間(JST))

時報前に天気、時報後にニュースを放送。『地方発』は従来の編成を基に、独自企画を放送する。放送機器の点検・保守、台風報道や選挙報道および重大ニュース、プロ野球やオリンピックなどのスポーツ中継、組閣会見、国会でのNHK予算審議など、様々な要因による放送時間の変更に関しては後述

23時台
  • 月 - 金曜日 日本列島暮らしの便り、ないとエッセー(ないとエッセーは、放送開始の遅れなど編成の状況により2回分連続で放送することがある)
    大抵時間割を発表してからすぐに暮らしの便りに入り、その後1曲目の音楽となるが、宮川が担当するときだけは、特殊編成でない限りほとんどの回でそれに入る前に必ず1曲目の音楽をかけてから暮らしの便り→2曲目という形になっている
    ないとエッセーのジングル(BGM)には由紀さおりの楽曲「心の家路」が使われている。
  • 第1月 - 木曜日 ミッドナイトトーク(0時台中盤まで)
    日本列島暮らしの便り、ないとエッセー、ワールドネットワーク、0時台中盤の企画は休止。第1金曜日(関西発)は従来通り。
  • 土曜日 サタデートーク・人生わたし流(0時台中盤まで)
  • 第1土曜日 「女優が語る私の人生」(0時台中盤まで)
  • 日曜日 ワールドネットワーク(2011年4月以後。23:40スタートになったため時間的な都合上0時台とコーナー枠入れ替え 日曜だけ0時台に放送された頃の一時期、テーマジングルはかつて流れていなかったが、現在は他の曜日と同様に流れている)
23時台終盤
  • 天気概況、明日の日の出の時刻
0時台前半
  • 月 - 木曜日 ワールドネットワーク[15]
  • 金曜日 アジアレポート
  • 土曜日 サタデートーク・人生わたし流/女優が語る私の戦後(23時台からの続き)
  • 日曜日 ないとガイド(2006年4月から12月までは随時、0時台にハイビジョンテレビ「眠れないあなたへ ラジオ深夜便から」と同時放送されていた)
  • (第1週)待ち合わせは映画館で - 青柳秀侑〈あおやぎひですけ、映画評論家・元文化放送アナウンサー)
  • (第2週)名画、名曲、名セリフ- 大杉正明(清泉女子大学教授)
  • (第3週)わたしのおすすめブックス- 松田哲夫(編集者)
  • (第4週)スポーツいちおし - 山本浩(法政大学教授・元NHKアナウンサー)
  • (第5週、ある月のみ)星空みあげて - 縣秀彦(国立天文台准教授)
0時台中盤
過去
  • 火曜日 暮らしすこやか
  • 木曜日 春夏秋冬味めぐり
  • 土曜日 ミッドナイトクッキング - 室町澄子アナウンサー、浜田ひろみ(料理研究家)(2009年3月29日放送分をもって終了)
0時台後半
1時の時報前(0:59)に随時、各局別で放送休止・減力放送のお知らせを放送。
不定期で日中の番組編成の都合上、総合テレビ・ラジオ第1放送で生中継による放送ができなかった国会中継の録画・録音放送を0:10から番組終了まで行うことがある。この場合、国際放送は国会中継終了(最大1:00までであるが状況によっては1:00を過ぎる場合あり)までフィラー音楽など別番組に差し替えられる。
1時台
  • シリーズ企画 - 平日深夜など
    • アンカーコーナー
    • 終戦記念日インタビュー(毎年8月の終戦記念日前後に4-5回程度)
    • 人権インタビュー(毎年12月の人権週間期間中に4-5回程度)
  • 奇数月第1月曜日 中野雄(なかの・たけし)のクラシックを楽しむ
  • 毎月最終月曜日 インタビュー「日本のあす、わたしの提言」
  • 毎月最終火・水曜日 深夜便 落語百選(2008年度まで演芸特選)
  • 奇数月第1金曜日 三代目海沼実の歌の世界(唱歌童謡など日本の歌を紹介して解説する)
  • 金曜 サウンドオアシス/人ありて、街は生き
  • 第1・2土曜日 深夜便アーカイブス(NHKのラジオ放送番組などライブラリーに保管されている懐かしい音源)
  • 第3土曜日 ラジオドラマ・アーカイブス
  • 第4土曜日 特集ロマンチックコンサート(ゲストを招き、テーマを設けて放送。2時台まで約2時間かけて)
  • 第2・第3日曜日 - 女優が語る私の戦後(当該月の第1土曜放送分を2週に分けて再放送)
  • それ以外の日(不定期) 列島インタビュー
    それ以外にアンコールやサウンドオアシスを放送。
    2005年は5月から8月に「シリーズ・私の戦後60年」を放送
    2010年7月-2011年1月の第1日曜日 隠居大学 - 天野祐吉
    2009年度までの第1日曜日 邦楽夜話 - 池田弘一(神田外語大学

※午前1時台、NHKワールド・ラジオ日本では土曜・日曜深夜(日曜・月曜未明)は別番組に差し替える。

2時台
3時台
4時台
  • ラジオ深夜便明日へのことば[20]
  • エンディング[21] - 誕生日の花・花言葉・花言葉の短歌[22]、あすの予告、このあとの番組案内
その他、啓発告知「みんなで防ごう!振り込め詐欺」シリーズも流れる[23]。その後新型インフルエンザの発生を受け、予防対策などの一口メモもしばらくの間放送していた。
エンディングテーマ曲は季節により変わる(たとえば11月から翌年3月は番組テーマ曲のアレンジ版を使用。概ね半年交互で替えている)。
随時、午前5時直前(4:59)に減力放送終了のおしらせを放送
新春特別編成
  • 正月3が日は特別編成となっており、23時・0時台は「新春インタビュー」(近年は新聞発表上12月31日深夜に当たる元日未明1時台にも放送され、4回シリーズになるケースが増えている)、1時台・2時台は「新春寄席」(演芸特選の特別編)を行う。また原則として1月4日から9日までの1時台には「新春・朗読への招待」(3が日にラジオ第2放送で放送されるものを再構成)が放送される。

[編集] 放送休止・変更

[編集] 概要

  • 急遽放送内容を変更する場合、コーナーが休止となるか、後日改めて放送される。
  • 地震や津波に関する速報[24]緊急地震速報発令時は放送を中断する。
  • ラジオ第1と国際放送では、プロ野球中継が延長した場合、開始時刻が遅くなる場合がある。NHKラジオ第1は4月から9月まで(ペナントレース)の木曜と金曜、リーグ戦やクライマックスシリーズで優勝が決まる可能性がある試合、日本シリーズを中継する。ミッドナイトトークなどは遅れ時間分をスライドして通常通り放送され、各地の日の出の時間や世界の天気は放送時間が変更になっても通常通り放送される。
  • ラジオ第1のみ、内閣組閣に伴う新閣僚会見を毎回深夜に放送する為に放送時間が変更される。
  • ラジオ第1のみ、『日曜討論』を深夜に録音放送する場合、放送開始時間が遅れる。高校野球中継(雨天中止時も深夜に放送する)のほか、2010年2月28日のチリ地震に伴う津波警報の発令[25]や2010年10月3日の緊急地震速報で一部が放送できなかった回[26]がある。ラジオ第1のみなので国際放送は別番組に差し替える。
  • 国政選挙や地方選挙の開票速報を編成する際、放送休止や放送時間の変更が行われる。
  • ラジオ第1のみ、国会中継を録音放送する場合、放送時間が変更される。#国会中継の録音放送を参照。
  • これ以外は#メンテナンスによる休止#台風報道による変更#放送の全面休止および#放送時間・放送内容の変更の各節を参照。
以下に示す放送日はNHKが運用する放送上の日付であり、午前0時以降の場合、実際の日付は翌日未明である。

[編集] メンテナンスによる休止

放送機器のメンテナンスのため、1時から5時まで放送休止減力放送をする場合がある。放送局管内の一部地域が放送の休止の場合もある。:

  • ラジオ第1は第2月曜深夜(日付の上では火曜未明)
  • FMは第1・第3日曜深夜(日付の上では月曜未明)[27]
  • ラジオ第1・FM共に9月・10月と1月・2月の特定された期間

放送休止日は全国共通だったが、2000年7月以後は地震台風豪雨などの天災が発生した場合の災害対策基本法や、テロなどの大規模な有事が発生した場合の諸法律の義務を履行するための処置として、メンテナンス実施日は設定しているが、休止するか通常放送(出力の減力放送を含む)するかは各局の任意判断となった。ラジオ第1とFMのどちらかの電波は送出するようになっている。放送施設の大規模な移転や送信設備の更新(老朽した送信機の入れ替え)では2波共に休止となる。

ラジオ第1の休止の場合、世界の天気のあとに放送休止の告知を行い、「君が代」が流れ、放送休止する。放送局によって異なり、FM放送の周波数案内があったり、1時の時報や「君が代」割愛などがある。世界の天気を伝えている最中に放送休止の告知が入ることもある。告知アナウンスは世界の天気のBGMに乗せて地方放送局の泊り勤務のアナウンサーがそのままお知らせを放送するか、ネット送出の音声回線を遮断して事前に収録した告知アナウンスを放送する。

関東地方(東京本局)では当日担当のアンカーが行い、1時の時報音のあとに「君が代」が流れる。ラジオ第1放送のメンテナンスは減力放送とした上で通常の放送を行うが、2008年9月22日深夜(9月23日未明)の3時から5時、及び12月9日深夜(12月10日未明)の1時から3時は停波を伴う放送休止を行った。

北海道の場合は(現在は札幌局のアナウンサーが全道一斉に収録済み告知を流す[28])「このあと、北海道の一部の地域のラジオ第1放送は、放送設備の点検・整備のため午前5時まで放送をお休みにします。ラジオ深夜便はFM放送でお楽しみください」という統一アナウンスが流れる。ただし、該当地域が札幌局のみの場合は札幌局以外の地域では告知は流れず、東京からの音声がそのまま流れる。

なお、デジタル総合テレビのデータ放送では、テレビ放送も含め放送休止の案内を出している放送局が一部存在する。また、深夜便開始前のローカルニュースの中でも放送休止の案内をお知らせする放送局もある。また、NHK各放送局のホームページでも放送休止の対象地域を確認することができる。

番組冒頭と0時台の放送予告では「一部地域では放送設備の点検や整備により、ラジオ第1放送(FM放送)が休止になります。これらの地域では1時以降、FM放送(ラジオ第1放送)でお楽しみください」としか説明しないため、一部地域の詳細の確認が不明なままで放送休止に入り、本番組が聞けなくなるケースもある。かつて務めていた葛西アンカーは休止になる一部地域の当該箇所、及びその箇所の大まかな対象世帯数をアナウンスすることがあった。伊藤アンカーは2011年9月以降、前述のアナウンスに加え、「また、インターネットを通じて『NHKネットラジオ らじる★らじる』でもパソコンからお聞きいただけます。」という旨の説明も行うようになった。

NHKワールド・ラジオ日本の衛星デジタルラジオ放送は年数回、NHKワールドTV、NHKワールド・プレミアムのテレビ放送と一括して放送機器のメンテナンスを行うため日曜深夜(月曜未明)においての放送が休止となることがある(休止時間帯は0時10分から5時まで)。この場合、衛星ラジオが休止中でも短波では通常通り放送される。なお、短波・衛星ラジオを一括して番組送出している関係上、国内向け放送とは異なって放送休止のアナウンスは一切行わず、番組内でも衛星ラジオの放送休止についてのお知らせは特に行っていない(実施時はNHKワールドのホームページで告知される。2011年は放送休止が1度もなかった)。

本番組を同時配信している「NHKネットラジオ らじる★らじる」でも不定期でこの時間帯(主に日曜深夜=月曜未明の1時から5時まで)を利用してメンテナンスが行なわれるためラジオ第1・FM同時放送に関係なく音声が一時途切れたり、別の音声が流れる場合がある。こちらも本番組内では国際放送と同様、メンテナンスの告知は行っていない(実施時は「NHKネットラジオ らじる★らじる」のホームページで告知される)。

[編集] 台風報道による変更

  • 通常台風災害の場合は毎時00分からのニュース(0時台は10分程度、1~4時台は5分程度)を15分程度に拡げる他、0時台以降は毎時30分前後にも5~10分程度のニュースや被災地に住む人々への生活情報などを入れる。その為時間の都合でコーナーを休止したり部分的に中断する場合もある。
  • また2004年以後、台風接近・集中豪雨が予想される場合は「防災の心得」と題した5分程度のミニ番組を0-3時台の00分から行われる定時ニュースと併せて放送する。これは台風・集中豪雨・洪水災害を未然に予防し、被害の最小限化に務めるためにNHKが製作したもので、毎回特にその災害において重要な項目を取り上げて毎時1本ずつ(甚大な被害が懸念される場合は2本)放送する。
  • なお甚大な被害をもたらす大型台風である場合には番組を全面休止して台風情報を断続的に放送することもある。
過去に台風情報に専念するために全編放送休止となった日
以上の3回は深夜便の放送開始予定時間に一旦深夜便のスタジオからのアナウンスを挟む形でニューススタジオから情報を送った。
この時は深夜便のスタジオには繋がず、直接ニューススタジオから台風情報を続けた。
この日も深夜便のスタジオには繋がず、ニューススタジオから台風情報を続けた。なお、田部井淳子が出演予定であったミッドナイトトークは放送日を変更し、10月10日深夜に放送した。
例外
  • 2004年6月20日(通常通り行われたサンデートーク以外は全面休止)

[編集] 放送の全面休止

国政選挙などで選挙開票速報を放送するために休止となることがある。他は以下のとおり。:

  • 1995年1月17日阪神・淡路大震災。この時は数日間テレビ、ラジオの全ての電波が阪神・淡路大震災の特別編成で、18日以後も番組の内容を震災関連ニュース・情報に差し替えられた。
  • 2000年5月3日広島で発生した西鉄バスジャック事件。この時は深夜便の開始時間に一旦深夜便のスタジオからアナウンスした後、テレビとの同時放送で事件の様子を伝えた。
  • 2001年9月11日ニューヨークなどで発生したアメリカ同時多発テロ事件。この時は翌12日から数日間『NHKジャーナル』を延長するなどして対応したため放送開始が0:45からとなり、予定されていた特集など一部コーナーが休止。この前日の10日も台風情報を提供したため、テスト放送の時代を除くと初めて2日間連続で番組休止となった。
  • 2003年3月20日イラク戦争勃発
  • 2004年8月162223日アテネオリンピック。他の開催日も番組を一時中断して中継を行うが、この3日間は特に競技中継種目が集中しているため全編放送休止となる。当初8月22日は23時台のみに放送する予定だったが、ソフトボールのページシステムトーナメント・準決勝(C)「日本vsオーストラリア」が行われることから急遽全面カットとなった。
  • 2004年10月23日:新潟県中越地方で震度7の大規模地震発生(「平成16年新潟県中越地震」)に伴う緊急報道の特別編成。ラジオ第1と国際放送では地震関連のニュースを、FM放送では安否情報をそれぞれ放送。
  • 2011年3月11日 - 13日東日本大震災発生に伴う緊急報道の特別編成。ラジオ第1と国際放送では震災関連のニュースを、FM放送では安否情報をそれぞれ放送。なお、テスト放送の時代を除くと3日続けて番組が休止となるケースは史上初。後述の通り、14日から番組は再開されたが震災関連のニュースや情報に差し替えられた。[29]

[編集] 放送時間・放送内容の変更

  • 1992年7月-8月:バルセロナオリンピック[30]
  • 1996年1月16日阪神・淡路大震災から同17日で1年が経過するため、神戸放送局[31]のスタジオからの特別編成を実施[32]
  • 1996年7月-8月:アトランタオリンピック(競技中継実施のため、開催期間中の一部時間帯を休止)
  • 1998年6-7月:1998 FIFAワールドカップフランス大会。大会期間中一部の試合をFM放送で中継(ラジオ第1は通常放送)
  • 2000年7月16日九州・沖縄サミットの開催を記念して、日曜日だが沖縄放送局からの特別編成で放送。
  • 2001年10月7日アメリカ同時多発テロ事件に対するアフガニスタンへの報復攻撃開始[33]
  • 2001年11月12日アメリカン航空の航空機がニューヨーク・クィーンズ地区に墜落炎上した事に関するニュース[34]
  • 2002年2月:ソルトレイクシティオリンピック[35]
  • 2004年8月:アテネオリンピック(前述
  • 2004年10月29日イラク日本人人質事件[36]
  • 2004年11月6日新潟県中越地震・台風災害の関連特番「被災者の声・いま私たちにできること (NHK24時間キャンペーン)」を総合テレビ、BS2と同時に集中放送のために主として2時台と4時台を「深夜便とともに」と題したテレビ・ラジオ同時進行の番組を放送するため内容を大幅変更した。この回では当日担当の宇田川清江アンカーに加えて、月曜担当だった古屋和雄アンカー[37]もアンカーを務め、テレビカメラがラジオセンター132スタジオに入って同時生放送を実施した。
  • 2005年1月16日阪神・淡路大震災から17日で満10年目に当たるため、大阪放送局から震災10年で浮き彫りになった課題を探る特集番組を編成。
  • 2005年12月31日:FM放送のみ、『熱唱オンエアバトルスペシャル』・『FMオンエアバトル』を放送するため放送休止。(12月31日の放送については後述
  • 2006年2月10日-26日 トリノオリンピック[35]
  • 2006年6月12日-13日および12月26日-27日 FM放送のみ『サウンドストリート21・リクエストスペシャル』放送のため、通常より1時間遅く午前2時からの放送となった。
  • 2006年6月-7月 「2006 FIFAワールドカップ」。大会期間中一部の試合をラジオ第1放送で中継。FM放送は通常どおり放送。決勝戦の日は2:50から5:00まで休止。NHKワールド・ラジオ日本は日本時間午後11時台・午前0時台に「FIFAワールドカップ」の中継が放送されている時間帯は国際放送独自編成の一般番組に差し替えとなった。
  • 2006年11月13日:月曜日だったがNHK大河ドラマ『功名が辻』の放送にちなんで高知放送局から放送された。
  • 2006年12月28日:関西地方(大阪放送局など)に限り、ラジオ第1放送で『石原裕次郎リクエスト特集』を放送したため4:00まで休止[38]
  • 2007年8月5-6日:ラジオ第1放送で23:45-1:00に広島放送局から『ヒバクシャからの手紙』を放送したため(中国地方では総合テレビと同時放送)、その時間帯のみ中断。国際放送では23:45-1:00を別番組に差し替えた後、1時台は中断。2時から放送再開。
  • 2008年8月5日:広島放送局から『ヒバクシャからの手紙』を総合テレビと同時放送したため、ラジオ第1は2:00から放送。FM放送では通常どおり1:00から放送開始。国際放送は23:20-1:00を別番組に差し替え。
  • 2009年2月28日3月1日NHK-FM放送40周年記念48時間特集番組FM40ラジオデー」の開催に伴い、FM放送では放送せず。
  • 2009年8月8日:広島放送局から『ヒバクシャからの手紙』を総合テレビと同時放送したため、ラジオ第1放送では23:30-1:00を中断。国際放送は23:30-1:00を別番組に差し替えた後、1時台は中断。2時から放送再開。
  • 2009年10月2-3日2016年夏季オリンピック開催都市決定のニュースを0:00-1:40頃まで総合テレビ・BS1と同時放送したため、ラジオ第1放送と国際放送はその時間帯のみ中断。FM放送では通常どおり1:00から放送開始。
  • 2009年11月16-20日:ラジオ第1放送は23:20-0:00に森繁久彌追悼特集番組『ありがとう森繁久彌さん〜日曜名作座、再び〜』を4日連続で(16日-19日)放送したため、ラジオ第1と国際放送は0:00から放送開始[39]。国際放送でも日曜名作座特集が放送された。
  • 2010年2月13日14日20日22日23日25日バンクーバーオリンピック(ラジオ第1・国際放送のみ)[40]
  • 2010年5月1日:FM放送は1:00-3:00に『青春リアルスピンオフ・君の思いを受け止めた!』を放送したため、3:00-5:00の2時間のみの放送だった。
  • 2010年6・7月:2010FIFAワールドカップ。大会期間中一部の試合をラジオ第1放送で中継。FM放送は通常どおり放送(6月11日・12日・14日・24日・25日・29日(当初の日程に追加)・7月2日・3日・6日・7日・11日)。ただし、7月11日深夜の決勝戦のみ参議院議員通常選挙の開票速報を優先して放送しためFM放送で中継した。
    • 2010年6月14日:2010FIFAワールドカップの日本対カメルーン戦を放送したため、ラジオ第1・FM・国際放送ともに1:00からの放送となったが、ラジオ第1放送では14日午後「国会中継『衆議院代表質問』」の中継生放送に入りきらなかった部分を中継録音放送したため、1:55-2:03頃を中断[41]
  • 2010年8月8日:ラジオ第1放送では広島放送局から『ヒバクシャからの手紙』を23:30から1:00まで総合テレビと同時放送したため、1:00から放送。国際放送は全国のニュースの終了後、23:25-2:00を別番組に差し替え[42]
  • 2010年8月21日:FM放送は1:00-3:00に『青春リアルスピンオフ・夏も君の思いを受け止めた!』を放送したため、3:00-5:00の2時間のみの放送だった。
  • 2010年10月15日:FM放送は1:10から放送したが、1:10ちょうどにニュースを終了させ、1時台のテーマ曲から始めた。都合により放送出来なかった青春アドベンチャー『バードケージ 一億円を使いきれ!(再放送)』を2話分(第9回と最終回)放送したため[43]
  • 2011年3月14-25日:東日本大震災関連の報道に対応した特別態勢。以下、通常放送との変更点を示す。
    • 23時台と0時台は専門家や著名人へのインタビュー、1時以降は音楽とリスナーからの激励・現状報告のメールやファックスを紹介。14~21日は1時以降の毎時30分から仙台局から「東北ライフライン情報」コーナーを特設。この関係で14~21日は全てのレギュラーコーナーが休止となり、番組ホームページや雑誌「ステラ」に事前発表されていた特集は順延となった。さらに「日本列島暮らしの便り」は「ないとエッセー」の未放送分をまとめて放送する関係で25日まで全て休止となった[44]
    • 通常使用する132スタジオではなく、131スタジオから放送した[45]
    • ラジオ第1放送は地震発生直後から22日の20時までインターネットでの同時放送を実施したため、14~21日はインターネット経由で当番組を聴くこともできた[46]。またFM放送は14、15日は23:30から、16-18日は0:00から同時放送を開始した[47]。国際放送は土曜日となった19日の放送を中断なしの全編同時放送に切替え[48]、周波数案内も14日から4月4日放送分までの間、全ての時間帯で割愛して放送した。
    • 18日放送予定だった松山発、並びに25日放送予定だった長崎発の『地方発ラジオ深夜便』は休止となり、両日とも東京発で18日は柴田、25日は迎両アンカーが担当した。なお、松山発と長崎発で本来放送される予定だったインタビュー特集および「深夜便の集い」の公開録音は25日にまとめて放送。しかし長崎の「深夜便の集い」の演目のうち、作曲家の大島ミチルの講演は大島が地震の影響で会場の大村市に来ることができずに中止となった[49]
  • 2011年4月10日:「2011統一地方選挙開票速報」のためラジオ第1・国際放送は2:20開始となったが、2:20以降も北海道地方のラジオ第1では3:00まで、関東地方のラジオ第1は4:00までそれぞれ放送局独自で開票速報の放送が続けられた。なお、FM放送では通常通り1:00から開始した。
  • 2011年8月6日:ラジオ第1放送では23:10から23:55まで広島放送局から『原爆の日・ラジオ特集』を、5分間の全国ニュースをはさみ0:00から2:00まで同じく広島局から『ヒバクシャからの手紙』を総合テレビと同時放送したため、ラジオ第1・FM・国際放送ともに2:00から放送。
  • 2011年9月11日 ラジオ第1放送では22:00から0:00まで 『アメリカ同時テロから10年 テロ戦争時代の市民は』を放送したため0:10からの放送となった。


[編集] 国会中継の録音放送

日中に放送した国会中継で放送できなかった分を総合テレビと同じ時間に録音放送することがある。これ以外に、2005年より予算審議の総務委員会(衆議院参議院)の質疑の模様を録音放送する。総合テレビと同時放送するため、放送開始時間は総合テレビの編成の都合で決まる。中継しないFM放送では通常どおり1:00から深夜便を放送する。同じく中継しない国際放送はラジオ第1の国会中継開始から1:00のFMでの深夜便開始までは「中断」となり別番組を放送するが、予算委員会の録音放送では1:00を過ぎてもラジオ第1の国会中継が終了するまで別番組差し替えが続くことになる。2011年度のNHK予算審議は東日本大震災の関連ニュースを優先して放送する都合上、2010年度内に録音中継の放送は行われなかった。年度が替わって決算審議として録音中継が行われた。

  • 2010年2月26日:この日は佐賀発の制作による放送だったが、当日午後「国会中継『衆議院予算委員会集中審議』」の中継生放送に入りきらなかった部分を中継録音放送したため0時台は「深夜便のうた」、「世界の天気」のみの放送。
  • 2010年11月19日:ラジオ第1放送では当日午後「国会中継『参議院予算審議』」の中継生放送に入りきらなかった部分を中継録音放送したため、0:15-1:19を中断。国際放送は0:15-1:19を別番組[50]に差し替えた。
  • 2011年11月15日:ラジオ第1放送では当日午後「国会中継『参議院予算委員会』」の中継生放送に入りきらなかった部分を中継録音放送したため、0:15-1:15を中断。国際放送は0:15-1:15を別番組[51]に差し替えた。
    • 上記2例についてはいずれも国際放送ではFIFAワールドカップやNHK予算審議(衆議院・参議院総務委員会)録音中継放送時の対応とは異なり、1:00になってもFM放送の同時放送には入らず、ラジオ第1放送で国会中継が終わるまで差し替え放送を続けた。国会中継終了後、ラジオ第1放送・国際放送向けに東京・ラジオセンターのニューススタジオにいるニュース担当のアナウンサーが途中飛び乗りのアナウンスを行った。

[編集] 12月31日深夜から1月1日未明の放送について

  • 平年、12月31日から1月1日にかけての深夜便の放送はNHK紅白歌合戦ゆく年くる年の放送の関係もあり、1月1日午前1時から放送がスタート[52]し、まれに6時まで延長する年もある。番組開始当初は年によって深夜便の放送がなかったこともあった。また年末の数日間、FM放送では「バイロイト音楽祭」の録音実況を送る特番があるため、午前2時台以後から放送する場合もある。また2005年12月31日-2006年1月1日放送のように、FM独自の年越し特番でFMだけ休止となったことがあった。
  • 12月31日が金曜日であった場合でも原則として東京発となる。

[編集] その他補足

  • 国際放送の差し替え番組の例として2010FIFAワールドカップが22:50からの場合は22:50-23:00に『名曲スケッチ』、23:00-23:40に『にっぽんのうた 世界の歌』、23:40-0:00に『弾き語りフォーユー』、0:00-0:50に『インストルメンタルジャーニー』(FM放送と同時刻の場合は国内同時放送)、0:50-0:55に『みんなのうた』、0:55-1:00に「海外安全情報」を放送。深夜便放送終了後もラジオ第1放送で中継が続いているときは中継が終了するまで同様の措置がとられる。
  • 当番組放送中の2008年4月28日の午前2時32分に沖縄県宮古島近海を震源とする地震が発生し、初めて緊急地震速報がラジオ第1・FMともに通常放送を強制中断して流れた[53]

[編集] スポーツ国際大会の特記

  • 近代オリンピックについては、東京のスタジオの案内役のアナウンサーと、現地にいるアナウンサー(夏季オリンピックジャパンコンソーシアム共同制作のもの。冬季オリンピックはNHK独占放送であるので、東京のラジオセンター131スタジオと現地のアナウンサーの会話がある)をつないで放送する。
  • FIFAワールドカップ2002日韓大会は除く)については、現地からアナウンサーが解説を担当するテレビとは違い、現地で製作された国際映像を基として東京のラジオセンター131スタジオ(2010年7月11-12日は131スタジオで参議院選挙の開票速報として使用する関係上、132スタジオに変更)で案内役のアナウンサー・解説者が試合の模様を触れるカラ出張である。[54]
  • 2008年8月開催の「北京オリンピック」では、オリンピック終了後も地域によってはさらに1週間にわたってラジオ第1放送の大掛かりなメンテナンスのため深夜放送休止の地域[55]があり、該当する地域では3週間もの変則的な状況が続くこととなった。
    • なお、2008年8月14日の放送は、「北京オリンピック」の野球「日本対台湾」戦の中継が延びたことにより『NHKジャーナル』が翌15日0:20-1:15の放送になったため、ラジオ第1では1:15から放送。

[編集] ラジオ・テレビ同時放送

深夜便の内容をテレビで放送する試みが行われている。いずれもテレビとの同時放送が始まるとテーマ曲「 The Chance You Take 」が流れる。

  • 2004年11月6日の地震・台風災害関連特番(前述
  • 2005年3月20日-21日深夜(21日-22日未明)「NHK80周年・深夜便15周年記念深夜便スペシャル」(0時台から1時台にかけて)
    同番組は3月19日から3日間に渡って行われたが、編成の関係上19日はラジオ第1のみで行われた。
  1. 3月19日 「だから深夜ラジオは面白い 深夜ラジオの魅力」
    宇田川清江(司会)、下重暁子(作家)、五木寛之(作家)、三上寛(歌手)
  2. 3月20日 「ビッグパーソナリティー・深夜の開放者たち」
    明石勇(司会)、宇田川清江(司会)、愛川欽也(俳優)、落合恵子(作家 元文化放送アナウンサー)、斉藤安弘ニッポン放送アナウンサー、オールナイトニッポンエバーグリーンパーソナリティー)
    海賊船拉致事件人質解放の臨時ニュースが入り、テレビではこのニュースの為に一時中断。
  3. 3月21日 「シンガーソングライターの時代」
    遠藤ふき子(司会)、古屋和雄(司会)、谷村新司南こうせつ坂崎幸之助中島みゆき(コメントゲスト、録音出演)
  • 12月25日深夜(26日午前)「テレビ深夜便」午前2時から1時間、BS-hiで同時放送(2時のNHKニュースではBS-hiは渋谷駅前の中継映像を放送。音声はラジオと同時)
  • 2006年4月 「眠れないあなたへ ラジオ深夜便から」
    月2・3回の日曜深夜(月曜日0:00-1:00)に「地球特派員2006」と原則隔週交互での定時放送がおこなわれた。内容はラジオセンター132スタジオの内部(132スタジオの窓越しにはニューススタジオの内部も見える)と副調整室の様子(副調整室に2台カメラを設置)それに全国各地の天気カメラの映像や風景(観光名所の映像の一部は、放送直前に収録したものもあり)などを交えて放送された。なお、ラジオ第1放送が一部地域での気象警報・交通情報および選挙開票速報による番組中断でもBS-hiでは全国規模の場合を除き一切中断なしで通常通り132スタジオからの音声が流れた。0:00の時報後、過去に2回選挙開票速報のニュースがあったため、番組開始までの間の15分間、1回は天気カメラの映像と音楽をはさんで放送。もう1回は別番組に差し替えていた。2006年12月24日深夜(25日未明)の放送を最後に終了となった。
  • 2006年7月24日深夜(25日未明 0:40-2:00)、女性のうつ病を考えると題した特別番組として国井雅比古アンカーと迎康子アンカーの司会、ゲストに吉永みち子(作家)、加茂登志子(東京女子医科大学)、山口律子(うつ病患者の支援団体代表者)を交えた座談会を教育テレビと同時放送(FMは1:10から)。

[編集] 派生番組

[編集] ラジオ

  • 2009年12月5日13:00-14:00、FM放送で『中島みゆきのラジオ昼間便(なかじまみゆきのらじおひるまびん)』を放送。深夜便リスナーという歌手の中島みゆきとアンカーの葛西聖司がトークを繰り広げた。
  • 2010年11月21日13:05-15:55で、『ラジオ昼間便』を放送(国際放送は13:15から)。深夜便の雰囲気をそのまま昼間に持ち込んで展開するもので、柴田アンカーが進行役を勤めた。ゲストとして深夜便ファンの著名人を代表して谷村新司天野祐吉後藤邑子の3人が出演し、深夜便の魅力やラジオの持つ豊かさについて語り合った。

[編集] テレビ

  • 1999年頃、NHK教育テレビジョンETV特集』などで深夜便を題材にした特集が3日間放送された。
  • 2010年、深夜便20周年記念として「真夜中のきずなを求めて 200万人の深夜便リスナー」と題されたテレビ特番があった。これは深夜便に影響を持ったリスナーや、中川翔子(タレント・女優)らのインタビューを放送した。ナレーターは柴田アンカー。
同年5月2日(再放映5日)に30分版で放送された後、5月29日(再放送6月2日)に新たにアンカーインタビューや生放送の舞台裏を収録した45分版が放送された。

[編集] 地方発深夜便

  • 1990年~91年の試験放送の時代から数回地方発の放送が実施されたが、本格的には1995年から実施されている。内容も、通常の放送とは一味違う構成となっている。
  • 年末年始など一部を除いた原則として金曜日の実施で、毎月1~3週目は関西発大阪放送局製作)、4、5週目は東京、大阪以外の各地方放送局が製作するラジオ深夜便を放送する。年末年始など一部例外的に東京発となるときがある。ちなみに1998年度は大阪発が1・3・5週目、それ以外が2・4週目の担当だった。東海地方の放送が5週ある月だった事が多かった(現在は東海地方も東京、大阪以外の各地域と同様の頻度)。
  • 関東地方の東京以外からの地方発ラジオ深夜便はそれぞれの放送局からではなく、通常の東京発と同じくラジオセンター132スタジオから放送される事が殆どである。関西地方の場合でも大津発(2009年5月、その前も同様)・奈良発(2006年11月)などを大阪のスタジオから放送したこともあった。それ以外は殆どはそれぞれの特集の舞台となる都道府県の放送局から放送される。
  • 地方発が放送される場合、事前にその土地土地にちなんだお便りの募集告知が流れる。また、関西発を除いては、直近にその地方で行われた「深夜便のつどい」の模様が放送される場合が多い。なお「地方発深夜便」の観覧募集のお知らせは、担当する放送局の総合テレビやラジオ第1のローカル枠で流れる。
  • 中国地方では、2007年2月23日深夜に「広島発・中国地方ラジオ深夜便」を全国ネットではなく中国ブロックネットで放送した。アンカーは清川徹アナウンサーが担当した。[56]

[編集] 海外発深夜便

これまでも、「ワールドネットワーク」で部分的に海外からの中継はあったが、2011年5月18日5月19日の放送はブラジルサンパウロとの中継を結びながら送る史上初の「全編海外発」となる「ブラジル発深夜便」として放送された(現地放送局のスタジオを貸切の上で放送。毎正時のニュース・全国一斉放送の地震情報のみ従来どおり東京・ラジオセンターから放送)。日本との時差は12時間あり、現地では昼間の時間帯であった。

この番組では現地進行役に明石勇を派遣し、全編を通してブラジルについての話題、日本とブラジルとの国交や移民100周年を超えた日系人文化について、ブラジルにゆかりのある日本人へのインタビューを交えて紹介。またブラジルの文化・芸術や日系人のリスナーからリクエストを募る日本の歌特集などを紹介した。(リスナーからリクエストを募る「日本の歌・こころの歌」の特集は公開生放送で行なわれた)。このため、一部のコーナーが休止や前後の日への振り替えとなっている。

[編集] 関連書籍・雑誌等

  • 番組機関紙「ラジオ深夜便」がNHKサービスセンターから毎月発行されている。同誌は1996年に会員制(定期購読専用)の季刊にて創刊し、1998年から一般の書店でも隔月刊で販売されるようになり、2003年からは月刊となった。アンカーコーナー、サンデートーク、深夜便こころの時代の紙上再録と、アンカーエッセー、お便りなどで構成されている。アンカーエッセーは現在奇数月号は奇数週、偶数月号は偶数週に担当するアンカーのコラムを載せている。
  • 番組の最後・5時前に放送される「今日の誕生日の花」のコーナーも毎年10月ごろにNHKサービスセンターから「誕生日の花・カレンダー」と題して出版される。当初この誕生日の花のコーナーは1990年の国際花と緑の博覧会(花の万博)の開催記念に制定されたものだったが、その後一部変更して特に誕生日の祝いにふさわしくない花言葉などを削除して、番組独自に再編成した誕生日の花を設定したという。
  • アンカーコーナーも一部書籍化されている。
  • 2005年の放送15周年を記念して書籍「ラジオ深夜便完全読本」[57]がNHKサービスセンターから発刊された。同書は歴代深夜便アンカーの現況や、4時台「深夜便こころの時代」の全放送リストなどを掲載している(2006年度-2010年度版も「深夜便年鑑」として発行)。
  • また自らのアンカー経験をつづった「眠れぬ夜のラジオ深夜便」[58]という本を宇田川が著している。また、2010年に宇田川が勇退するに当たり、業績を称えて番組機関紙から「深夜便読本・宇田川清江特集号」が発行された。
  • また、2006年-2010年の4年間にわたって放送された月1回のシリーズインタビュー「五木寛之のわが人生の歌語り」をまとめた書籍が角川書店より、CDがコロムビアミュージックエンタテインメントから発行されている。(第1巻「昭和の哀歓」、第2巻「昭和の青春」)
  • その他の書籍(NHKサービスセンター・ステラMOOK)には次がある
    • 「こころの時代」 2007年-2009年に季刊として10号発売され、「あすへのことば」にリニューアルする2010年には「特選集」と題して上下2巻で発売された
    • 「季語で日本語を旅する~保存版「ラジオ歳時記」」(2006年)、「季語で日本語を旅する 総集編」(2010年) 機関紙に連載している俳人・鷹羽狩行の俳句コーナーの書籍化
    • 「ラジオ深夜便 珠玉のことば ~深夜便からの100のメッセージ~」(2010年) 深夜便放送20年にわたる数多くのインタビューの中から、100人の有名人のコメントを集めた名言集
    • 「ラジオ深夜便 こころのエッセー」(2011年) 深夜便の放送開始15周年と機関紙発行10周年を記念して2006年から募集を開始した「深夜便こころのエッセーコンクール」。毎回リスナーのこれまでの経験や日常の体験を描いた暖かいエッセーが寄せられたが、その第5回募集(2010年)を記念して刊行された。同書では第4回までに発表された作品から入選作43作品をとりあげている
    • 「あすへのことば・特選集」(2011年) 「あすへのことば」で放送されたインタビューの中から抜粋して収録したもの
  • iTunes Music Storeのオーディオブックから、いくつかの番組が購入可能である。

[編集] リスナーについて・その他エピソード

  • 番組開始以来、曲のリクエストを受け付けていない。リスナーがリクエストした曲がかかることを待つために睡眠を妨げてしまうためである。ただし、東京・大阪以外の「地方発ラジオ深夜便」で、はがき・封書による曲のリクエスト募集(ご当地にまつわるエピソードを書き添えたものなど)を受け付けることがある。その場合は放送中に告知される。
  • 曲紹介の時に歌手名に対し敬称をつけないことに関して批判の投稿が来たが、そのことに対し女性アンカーの1人が他での曲紹介例などを挙げ、けっして不適当でないと真っ向から反論したことがあった。2011年現在、歌手のうちソロアーティストについては全て敬称を付けて紹介している。
  • 当番組は中高年向けに作られているが、民放深夜放送を嫌う一部の若者も聴いているようである。辻井伸行が番組の大ファンだったと2009年10月30日に放送されたインタビューで母が語っている。高田文夫によれば、大瀧詠一もリスナーだという事が、「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」の中で語られた。[59]
  • 好意的な意見が強い番組であるが、中波受信環境の悪化(例:NHK長崎第1放送と周波数が同一のIBC岩手放送ラジオの西日本での受信が困難になった、松山市の一部でNHK松山第1放送と周波数が近いTBSラジオの受信が困難になった、など)も見られるため、従前からの中波遠距離受信愛好者の中には、現在はNHK-FMで同一内容の放送を流しているにもかかわらず、NHKラジオ第1の終夜放送も継続することに反感を持つ人がいる(特に深夜に自局制作番組を放送しているラジオ関西やネット局の少ないJUNKのリスナー)。もっとも、遠距離受信先の民間中波放送局のほとんどは当番組と同一時刻に、「オールナイトニッポン」や「ミュージックナビ」、「あなたへモーニングコール」など、キー局制作の全国ネット番組を放送している。
  • 前述の放送80周年特番以外に、2010年1月3日の深夜便「新春インタビュー ラジオだから素敵なの」でTBSラジオのパーソナリティーを長年勤めている大沢悠里と深夜便の宇田川アンカーによる対談でのコラボレーションが実現した。これより前に大沢がパーソナリティーを務める「大沢悠里のゆうゆうワイド」に宇田川が出演しており(その際、宇田川の登場に合わせて「THE CHANCE YOU TAKE」をBGMに流し、深夜便のオープニングの雰囲気を再現する演出がなされた)、その返礼の意味合いもある。

[編集] 裏番組

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c なお、「ラジオ深夜便年鑑2010」(NHKサービスセンター刊)に書かれている年表では「1995年4月より定時放送化」と掲載されている他、1994年度までのNHK番組表においても、23時台のみが定時放送として扱われ、0時から5時の時間帯に「随時ラジオ深夜便を編成」という件が書かれてあった
  2. ^ 当時は午前1時-5時に深夜便を送り、5時の時報と共に一旦放送終了・6時まで休止にした。但し5時終了時の国歌演奏はなく、時報を放送した後はそのまま各局IDアナウンスをして停波した。
  3. ^ 当時は春季・秋季の一定期間、放送衛星が発生し、太陽電池が減ってしまうことから、衛星放送も深夜放送を休止したことがあった。またまれにBSアナログ放送だけ通常放送で地上系放送波のみ休止のときもあった。
  4. ^ この番組との関連性はないが、日本放送労働組合は1995年11月下旬に、終夜放送の増加に伴う労働強化に反対して、24時間ストライキを決行した事例がある。
  5. ^ 出典NHKサービスセンター「深夜便・よくある質問」
  6. ^ 2011年6月までは第2・第4日曜日を担当していたが、2010年4月から奇数日曜日を担当していた徳田が急遽NHKのど自慢の司会に復帰した都合上により、2011年7月10日以降同月いっぱいは明石が毎週日曜を担当。8月からは第1・3・5日曜日を担当し、担当のない第2・4日曜日もラジオのニュースを担当。
  7. ^ 2011年6月までは第2・第4日曜日を担当した明石アンカーが8月から第1・3・5日曜日を担当することに伴うもの。2011年7月10日から7月31日までは明石が毎週日曜を担当した。
  8. ^ 定年、及び嘱託期間終了で実質完全にフリーアナの身分となるため。
  9. ^ 担当曜日の出典・ラジオ深夜便年鑑2011および番組一覧:ラジオ深夜便・R1 NHKラジオ第1(2011年8月1日)
  10. ^ 最初の出演となった2011年4月12日放送で、伊藤アンカーは「仙台放送局に出向し、被災地の復旧・生活に役立つ情報を伝えるために」として当初出演する予定だった3月28日からのデビューを延期した理由を述べている。
  11. ^ 2010年
  12. ^ FMでのステレオ放送は年1回程度、回線テストのためモノラル放送となる場合があった。この場合、当日の番組内で事前告知を行なっていた。これは当時PCMデジタル回線を使用していたが、現在はラジオ・FM共用の光回線で運用しているためこのテストは行なわれていない。
  13. ^ a b オリンピック(一部日程ではそのまま同時放送となる場合あり)やサッカーワールドカップなどのスポーツ中継および年度末に行われるNHK予算審議(衆議院・参議院総務委員会)の中継録音放送、内閣組閣に伴う新閣僚記者会見の録画・録音による放送など。詳細は#放送休止・変更の節を参照。
  14. ^ それ以外では選挙開票速報の特別番組で2時前、4時前、5時前に行なわれるのみである。但し、2011年3月11日に発生した東日本大震災の特設ニュース以降4月4日まで日本語放送の周波数告知案内は本番組に限らず、すべての時間帯で割愛されていた
  15. ^ a b c d e 毎月第1週はミッドナイトトークに差し替えにより休止。
  16. ^ NHK嘱託アナウンサー時代から担当。現在はフリーであるためアナウンサーの肩書きは外され「松平定知さんです」と紹介される。
  17. ^ a b 一部のアンカー(遠藤、柴田ら)によっては0時台に「深夜便のうたがある」旨をアナウンスするが、3時台はその旨の説明がない。ただし、関西発については0時台・3時台ともある旨を説明した上で、その時間放送の楽曲とアーチストの紹介がある。
  18. ^ 明石勇アンカーは、午前3時台冒頭で3時頃に起床した聴取者に向け「おはようございます」と挨拶する。
  19. ^ 4時の時報前には「NHKの番組は視聴者・リスナーからの受信料で作られている」という旨の迎康子アンカーによるBGMつきナレーションが流れる。かつては室町澄子元アンカーによるナレーションだった。関西発および地方発の場合は、このナレーションはBGMなしで、番組を担当するアンカーが言うことになっている(ただし、2009年1月の地方発では東京発と同じく迎康子アンカーによるBGMつきナレーションが流れたことがあった)。
  20. ^ 関西発の場合、午前4時台冒頭の日付と時刻の案内で、「200×年、×月×日、午前4時×分です」と年から案内する。
  21. ^ アンカーによってエンディングのタイミングが微妙に違い、放送ぎりぎりまでコメントするアンカーもいれば残り2分を残して終わるアンカー(主に減力放送終了の告知が流れる場合)もある。宮川泰夫アンカーは誕生日の花の紹介の後、花言葉や誕生日の花にちなんだ曲や、宮川自身が連想する曲を1曲流す。
  22. ^ 2005年度は短歌作家(歌人)鳥海昭子が製作した誕生日の花にちなんだ短歌を発表した。鳥海は同年10月9日に心不全で死去(享年76)したが、遺族の了解により2006年3月(2005年度末)まで引き続いて誕生日の花の短歌を発表することを継続。2006年3月31日午前4時台の放送をもって終了した。
  23. ^ 振り込め詐欺の啓発告知はNHKのテレビ・ラジオ共通の啓発告知として2008年度から行われており、ラジオ第1放送の各番組内で放送している。
  24. ^ 震度6強を観測した地震についてはNHKのテレビ・ラジオ(国際放送を含む)すべての放送が中断され、一斉にニュースセンターから放送する。深夜便も放送が中断される。
  25. ^ チリ地震による津波警報により、23:15から『日曜討論』0:15のニュースに続き0:25から放送開始。国際放送では『日曜討論』を総合テレビ、NHKワールド・プレミアムと同時放送で23:00から0:00に放送、0:15までフィラー音楽で空白時間帯を穴埋め。23時台の「自然に親しむ・みなみらんぼう」は3月29日午前1時台に放送日時が変更された。
  26. ^ ラジオ第1放送は23:55-0:54.30まで中断。国際放送は1時台に『日曜討論』を定時放送する為に23:55-2:00を中断。
  27. ^ ただし、局によっては特定メンテナンス期間以外であっても所定休止週以外の日曜・月曜深夜に休止する場合もある。
  28. ^ 最近までは女性契約キャスターが担当することが多かった。
  29. ^ 3月11日の関西発ラジオ深夜便で放送を予定していた「ないとエッセー」などの各種コーナーは、4月1日の関西発ラジオ深夜便で放送された。この関係で4月1日の関西発深夜便は「日本列島暮らしの便り」と「列島今日の動き」が休止となった。
  30. ^ 競技中継実施のため、開催期間中の1時台、4時台の放送を休止。
  31. ^ 当時は中山手の局舎が被災したため神戸ハーバーランドに移転していた。
  32. ^ その後も2001年ごろまで1月16日、または17日を神戸発とした事があった。
  33. ^ この日は1時台の途中まで放送した後に、それ以後の番組を休止してその報道に充てた。
  34. ^ この時は13日午前0時台途中まで放送した後に、それ以後の番組を休止してその報道に充てた。
  35. ^ a b 競技中継実施のため開催期間中の一部時間帯を休止したが、オリンピック中継はラジオ第1放送のみで放送された。FM放送はトリノオリンピック期間中でも通常通りの編成で放送された。NHKワールド・ラジオ日本は日本時間午後11時台・午前0時台にオリンピック中継が行われる当該時間帯は国際放送独自編成の一般番組(みんなのうた、のこしたいふるさとの言葉、海外安全情報など)に差し替えとなった。午前4時台について(この時間帯はシンガポール中継の大洋州地域向けのみ)はFM放送で通常通り放送される関係からそのまま「深夜便」が放送された。
  36. ^ この日は秋田放送局の制作による放送だったが、30日午前4時前より人質の遺体が発見されたことによる緊急会見があったため、4時台はこの関連ニュースにあて、当初予定されていた深夜便の集いからの録音放送が中止された。なおこの日予定されていた録音放送は、11月30日の午前1時台に日時を改めて放送された。
  37. ^ 古屋和雄は1995年阪神・淡路大震災当時・大阪放送局在籍。
  38. ^ FM放送で29日午前1時から放送、この特集番組は12月25-28日の16:30-18:00に全国放送されたものだが、ローカル編成の関係上、関西地方向けは28日以外別編成を組んだためによる代替。
  39. ^ 16日のラジオ第1放送は一部地域で放送設備の点検・整備による放送休止のため1:00まで1時間のみの放送だった。
  40. ^ 但し、国際放送は一部の日程ではオリンピック中継を放送せず、FMと同時にそのまま深夜便を同時放送した日もある。
  41. ^ 一部地域では放送設備の点検・整備のため中継録音放送後は放送休止。
  42. ^ 23時台後半は『エターナルサウンズ』、「海外安全情報」。0時台はニュース(前日23:15-23:25放送分の再放送)『インストルメンタルジャーニー』。1時台は定時の国際放送独自編成で『日曜討論』を放送。
  43. ^ 当初第1回の放送は10月4日に予定されていたが、当日の22時台に発生した宮古島近海の地震で津波注意報が発令されFM放送も臨時ニュースに差し替えられた(『ミュージックライン』の生放送が中途終了となった)。このため青春アドベンチャーは翌5日から1日遅れで進行、最終回放送予定の15日に2回分をまとめて放送した。なお後番組の『ワールドロックナウ』『インストルメンタル・ジャーニー』は15分遅れで放送され、1:05から『音の風景』を放送した。
  44. ^ なお、「列島きょうの動き」は他コーナーが通常編成に戻った後も4月24日まで休止された。
  45. ^ 2011年3月14日放送で葛西アンカーが発言。
  46. ^ その後、2011年9月1日から既述の「NHKネットラジオ らじる★らじる」が始まり、常時当番組をインターネット経由で聴くことができるようになった。
  47. ^ 3月14日担当の葛西(この日が最後の担当だった)、15日担当の須磨両アンカーは23:30にFM放送のリスナー向けに改めて挨拶し、既にラジオ第1放送で流れていたトークの内容を紹介してから番組を進行した。
  48. ^ 26日は27日未明の1:00-1:45に「NHKのど自慢」の再放送があったほかはすべて本番組を同時放送
  49. ^ ラジオ深夜便の集いリポート(長崎県大村市)
  50. ^ 2010年11月19日(日付では20日未明)の国際放送では、0:15-0:55は「にっぽんのうた 世界の歌」(FM)、0:55-1:00は「みんなのうた」、1:00-1:15「エターナルサウンズ」(デジタルラジオ実用化試験放送)、1:15-1:19は時間調整のためのフィラー音楽
  51. ^ 2011年11月15日(日付では16日未明)の国際放送では、0:15-0:55は「にっぽんのうた 世界の歌」(FM)、0:55-1:15は「弾き語りフォーユー」(FM)
  52. ^ なお通常は内包される1時のNHKニュースは、24時台の分と統合する形で24:45-1:00(うち、24:55からはローカルニュース)に送るので、ニュースを流さないで1時の時報と同時にスタートする。ただし、2011年12月31日~2012年1月1日にかけての分は、1時から10分間のニュースを内包し、それが終わってから本編となった。
  53. ^ FMは放送休止の地域が一部あった。
  54. ^ 2010南アフリカ大会開幕戦の「南アフリカメキシコ」の冒頭で、NHKラジオ第1放送の解説・案内を担当した吉松欣史のコメントより
  55. ^ 札幌名古屋などは1週間連続で深夜放送休止となる。
  56. ^ http://www.nhk.or.jp/hiroshima/program/etc2007/07feb/index.html NHK広島放送局 2007年2月おすすめ番組
  57. ^ NHKサービスセンター編纂 『ラジオ深夜便完全読本―ふれあいと感動の15年』 NHKサービスセンター、ISBN 978-4871080637
  58. ^ 宇田川清江 『眠れぬ夜のラジオ深夜便』 新潮社〈新潮新書〉、2004年 ISBN 978-4106100642
  59. ^ その後、山下達郎のJACCS CARDサンデーソングブック(2010年1月放送)で本人が認めている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

NHKラジオ第一 深夜生ワイド番組枠(23:20(現在、土曜・年末年始は23:10~、日曜は23:15~)~翌5:00)
前番組 番組名 次番組
NHKニュース
※23:00~23:10
お休みの前に
※23:10~23:50
NHKニュース
※23:50~24:00
放送休止時間
※24:00~29:00
(24時までの番組は1991年度まで。
24時以後の休止は1991年度まで原則毎日実施
深夜便放送日は休止返上)
ラジオ深夜便
(23時台のみ1992年度から、24時以後は1990年度から、
但し、1991年度まで不定期放送で、1992年度から定時放送)
-
NHKFM 深夜生ワイド番組枠(1:00~5:00)
放送休止時間
※1:00~6:00
(1997年度まで原則毎日休止時間を実施、
深夜便放送日は休止返上)
ラジオ深夜便
定時放送としては1998年度から。
1996-1997年度はラジオ第1休止日に限り代替放送だった
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