マッドハウス

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株式会社マッドハウス
MADHOUSE Inc.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
〒164-0012
東京都中野区本町三丁目23番3号
新中野AM1ビル3F
設立 1972年10月17日(有限会社マッド・ハウスとして)
業種 情報・通信業
事業内容 アニメーションの企画・制作、著作権管理
代表者 代表取締役会長 細川知正
代表取締役社長 岡田浩行
資本金 100,000,000円
主要株主 日本テレビ放送網株式会社 84.5%
株式会社インデックス
株式会社電通
株式会社バップ
株式会社ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
株式会社WOWOW
関係する人物 丸山正雄出崎統りんたろう
外部リンク http://www.madhouse.co.jp/
特記事項:株式会社マッドハウスの前身は1993年10月設立の株式会社パオハウス
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株式会社マッドハウス(英語表記:MADHOUSE Inc.)は、アニメーションの企画・制作および著作権管理を主な事業内容とする日本の企業。日本動画協会正会員。

目次

[編集] 概要

1972年10月、虫プロダクション(旧社)の従業員だった丸山正雄出崎統りんたろう川尻善昭らが、同社の経営危機をきっかけに独立して設立。同社の石神井スタジオのメンバーが中心になった。初代の社長は虫プロの制作管理スタッフだったおおだ靖夫が務めた。

丸山正雄によると、「会社名「マッドハウス」は昔千葉県にある「松戸ハウス」という名前のお店のパクリです。巷では「丸山&出崎(統)【Maruyama And Dezaki】」ということで「MAD」など諸説囁かれていますが、全然違います。」[1]とのこと。

以前の本社スタジオは東京メトロ丸の内線南阿佐ヶ谷駅付近の元ボウリング場。りんたろう色彩設計によるスタジオは「まるで幼稚園のようだ」と言われるほど[2]アニメ界では珍しいカラフルなスタジオであったが、2004年に東京都杉並区荻窪に移転。2010年1月、中野区本町に本社・スタジオを再び移転した。

[編集] 沿革

1970年代〜1980年代

東映動画のテレビシリーズに参加するとともに、出崎統と杉野昭夫のコンビによる東京ムービーのテレビシリーズを中心にした。これは東京ムービーの藤岡豊社長がマッドハウス設立にあたって資金を支援した関係によるもの。出崎と杉野がスタジオあんなぷるを設立して独立し、丸山正雄が社長に就いた1980年代には主にりんたろうが監督する角川書店製作の劇場向け作品やオリジナルビデオアニメ(OVA)を中心に制作していた。

1990年代

テレビアニメは元請スタジオの外注というスタンスで制作した作品が多かったが、1989年の『YAWARA!』を皮切りとして、1990年代からはテレビ作品に本格的に進出し、自社制作も行なうようになった。このほか1991年には韓国の制作プロダクション、DR MOVIEと提携。仕上工程の下請けを皮切りに、グロス請けを任せるまでになっている。

1998年から放映開始された『カードキャプターさくら』(浅香守生監督作品)は、原作を見事に昇華した脚本、演出、作画、音楽に魅せられたファンを獲得。それまでOVAや映画の仕事を中心とし“ 一般向け ”や“ アニメ通好み ”という評価を得ていたマッドハウスの名を、コアなアニメファンに周知させる同社の代表的な作品となった。

1999年12月、『D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜』『Bビーダマン爆外伝』等の制作に関わった同業の株式会社パオハウスを吸収。有限会社マッド・ハウスは業務をパオハウスに移管し、パオハウスは「株式会社マッド・ハウス」に商号変更した。パオハウスは『YAWARA!』を製作したキティ・フィルム落合茂一が1993年に独立創業した会社で、1999年4月の落合死去後、キティグループ出身の増田弘道が1年のみ代表を引き継いだ。なお増田は株式会社マッドハウスの代表取締役に就任(-2005年)した。有限会社マッド・ハウスはその後二度の商号変更を経て「有限会社マッドボックス」となった。

2000年代

世界的に評価の高い川尻、今敏らを監督陣に擁し、『アニマトリックス』など芸術性の高い作品から『ギャラクシーエンジェル』のようなマニアックな娯楽作品まで、幅広い作品を手がけ、会社としては円熟期に入った。

2001年にはDR MOVIEに資本出資し一部子会社化。同年、DR MOVIEと共同制作した『爆転シュート ベイブレード』よりデジタルペイント・コンポジットを導入。以降各作品順次デジタル制作に移行した。1990年代末期から業界全体で導入が進んでいたデジタル制作には当初慎重で、2001年まではセルとフィルム撮影による作品制作を続けてきたが、アニメ業界全体の急速なデジタル制作化へ呼応したもの。

2004年2月、携帯電話向けコンテンツ制作供給大手の株式会社インデックスの第三者割当増資を引き受け、同社の子会社となる(2005年5月末時点でのインデックスの出資比率は72.4%であった)。同年11月、作品のクレジット等での表記と統一するため、「株式会社マッド・ハウス」を「株式会社マッドハウス」に商号変更。インデックス傘下にあるタカラトミーインターチャネル・ホロンインデックスミュージックアトラス、タカラトミー傘下のタツノコプロ、タカラトミーと業務提携したガンホー・オンライン・エンターテイメント、その子会社となったブロッコリーなどとのメディアミックスや協業の可能性を模索した。

2005年にかねてから深夜枠作品で繋がりの深かった日本テレビ放送網バップ電通の3社、2006年にはWOWOWの第三者割当増資を引き受けた。また、従来あまり重視してこなかったCGの作品への導入に関しても、同じくインデックス傘下となったCG制作会社のダイナモピクチャーズとの協力関係を構築するなど従来の作画とCGとの融合に挑戦しており、他会社の制作アニメとは異なる立体感のある作品になっている。

2010年代

2011年2月8日、日本テレビ放送網により子会社化されることが発表された。マッドハウスが2月18日付けで実施する第三者割当増資の全額約10億円を日本テレビ放送網が引き受け、インデックスに代わって所有株式割合84.5%の筆頭株主となる。日本のアニメ制作産業ならびに制作会社の経済力の弱さと低迷が指摘されており、日本テレビ放送網は自社が持つコンテンツ管理能力のノウハウを導入し、利益の改善を図るという。子会社化発表前、前二期連続で赤字を出すほど経営が落ち込み、また当時の親会社であるインデックス・ホールディングスの日本振興銀行の破綻による経済損失の煽りも受ける形となった。

[編集] フィルモグラフィ(公開順)

[編集] テレビシリーズ

[編集] TVスペシャル

DVD化時に『ギャラクシーエンジェルS』に改題。
  • 太陽の黙示録
    • 前編「海峡」(2006年9月17日、制作協力:タマ・プロダクション
    • 後編「国境」(2006年9月18日、制作協力:タマ・プロダクション)
  • DEATH NOTE ディレクターズカット完全決着版 〜リライト・幻視する神〜(2007年8月31日)
DVD化時に『DEATH NOTE リライト〜幻視する神〜』に改題。
  • DEATH NOTE リライト2 Lを継ぐ者(2008年8月22日)

[編集] アニメ映画

[編集] OVA

[編集] その他のアニメ

  • 池田聡/Je Reviens ビデオクリップ集内のアニメパート(1987年)
  • ~宇宙とコミュニケート~Let's Talk!(瀬戸大橋博'88・NTTパビリオン「宇宙帆船NTT号」内、スペース・アドベンチャーシアターでの上映アニメ)(1988年)
  • ワイルドアームズ(1996年)
ゲーム内のアニメーション制作。
  • 龍神沼 (2001年)
石ノ森萬画館宮城県石巻市)の館内上映用アニメ。
  • 消えた赤ずきんちゃん (2001年)
石ノ森萬画館の館内上映用アニメ。
  • 小川のメダカ (2002年)
石ノ森章太郎ふるさと記念館(宮城県登米市)の館内上映用アニメ。監督:村野守美
  • RAGNAROK ONLINE プロモーション映像 (2002年)
ラグナロクオンライン』のプロモーション用アニメ。キャラクターデザイン:結城信輝
ゲーム内のアニメーション制作。
日本科学未来館の館内上映用3Dアニメ映画
ゲーム内のアニメーション制作。
CMアニメーション制作。
CMアニメーション制作。
テレビ番組『声優バラエティー SAY!YOU!SAY!ME!』のコーナー「SKE48 オリジナルアニメを作って声優にも挑戦しちゃおう!」で制作された作品。

[編集] 関係者


[編集] 脚注

  1. ^ 阿佐ヶ谷探偵団第一回:「マッドハウスのネーミングの由来は?」 - 2004年2月5日
  2. ^ 「マッドハウスに夢中!!」(2001年7月発行、オークラ出版)の記述より

[編集] 外部リンク

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