ちばフラワーバス

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ちばフラワーバス株式会社
Chiba Flower Bus Co.,Ltd.
BRC 2step.JPG
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
289-1345
千葉県山武市津辺47
設立 1991年10月2日
業種 陸運業
事業内容 一般乗合旅客自動車運送事業
一般貸切旅客自動車運送事業
代表者 代表取締役社長 笹尾充宏
資本金 8000万円
主要株主 京成電鉄
外部リンク http://www.flower-bus.co.jp/
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ちばフラワーバス株式会社は、1991年に有限会社冷熱サービスとして設立され、1995年4月1日より京成電鉄成東自動車営業所の路線を引き継ぐ事でバス運行業務を開始した事業者である。現在の運行エリアも旧成東営業所とほぼ同じで、千葉市山武市東金市八街市を中心に路線を展開しているが、特に千葉駅 - 成東駅を結ぶ千葉線に高い比重が置かれている。

沿革[編集]

戦前 - 千葉都市モノレール開通[編集]

ちばフラワーバスとしての歴史は平成より始まるが、各バス路線の沿革をたどると、実は非常に古くから始まる。現在のフラワーバスの主幹路線である千葉線は1930年昭和5年)の開通であるが、これは京成電気軌道(現・京成電鉄)としての開通であり、実際には大正時代(開通年は諸説ある)に両総自動車という会社により千葉 - 東金にて開通している。この時の営業所は千葉営業所(当時の場所は初代・京成千葉駅近く)である。また、ルートも若干異なり、千葉駅 - 都町間は現・国道126号線ではなくその少し南の道路(千葉中央バスが松ヶ丘線として運行している道路)を経由していた。

その後京成は、1943年(昭和18年)に当時成東付近を運行していた成東自動車の買収を行い、成東営業所を設置した。これらは第二次世界大戦時における鉄道及びバスの統合政策により東金・成東地区の統合事業者が京成電気軌道となった事によるもので、これにより京成は都内から九十九里浜まで路線を延ばす事となった。なお、成東自動車は事前に佐倉自動車を買収していたので、この時点で佐倉地区のバス路線も京成の成東営業所の担当となった(なお、佐倉地区のバス路線は1971年に佐倉営業所として分離され、現在はちばグリーンバスとして分社化されている。)。

終戦を経て、『京成電鉄五十五年史』によれば、1960年(昭和35年)に成東営業所新設とある。1943年に設置されたにも関わらず、17年後に再び設置されている事から、第二次世界大戦の影響で初代成東営業所を一旦千葉営業所に統合したと推測される。

戦後は成東町内と八街市内の路線の充実に努め、後述する各線の他に多数の路線の新設を行った。これとは別に千葉駅 - 蓮沼海岸を直通する急行バスなども新設され、鉄道よりも優位に立っていた。しかし、昭和40年代を境にこの営業所も輸送量のピークを迎える事となった。結局、総武本線との並行区間が多い八日市場線や、他線に比べて線形の劣る松尾線、下横地線などが次々と廃止され、前・京成千葉駅 - (町方又は吉倉) - 八街駅 - 成東駅を通しで運行していた八街線と新八街線が八街駅で分割された。

そして、1987年(昭和62年)2月26日に成東発の主幹路線だった蓮沼線と小松線を統合、同時に蓮沼方面の特急バス(国道126号線経由)を廃止し、千葉東金道路を経由して成東駅に至る東金特急線(フラワーライナー)の新設という根本的なダイヤ改正が行われ、東金線以外は必要最小限度の運行本数に抑えられた。さらに、1991年平成3年)6月12日千葉都市モノレールが千葉駅まで乗り入れる様になると、八街線と新八街線はそれぞれモノレールの駅である都賀駅千城台駅を発着する様に短縮された。この時に当時千葉営業所担当だった宮田線も千城台駅発着となっている。

京成のバス分社化[編集]

以上のように成東地区のバスは路線網の縮小が続き、結局、京成電鉄は直轄による運行から、新たに設立した別会社への運行に切り替え、地域交通専業の形をとる事となった。但し、分社の形態としては1991年10月2日に設立された有限会社冷熱サービスを1994年(平成6年)8月2日に、ちばフラワーバス株式会社に社名変更し、業種を変更する形とした。このため、会社の設立年とバス事業の開始年は4年程離れている。いずれにしても千葉海浜交通千葉内陸バスの様に補助金を目的とした会社設立を除けば、初めての分社化となった。

分社化に伴い、1995年(平成7年)4月1日に特急バスであるフラワーライナーおよび成東駅発着系統(東金線成東発着便の約半数の便と八街線の東側、海岸線、武射田線)を京成から引き継いだ。これと同時に京成電鉄成東営業所は廃止(施設をそのままフラワーバスが使用)となったが、同営業所の車庫だった中野操車場は、京成電鉄千葉営業所中野車庫となった。このため、東金線のうちJR千葉駅発中野操車場折り返し便と成東駅折り返し便の一部、八街南線、都賀線、新八街線、千城台線および宮田線が京成の千葉営業所担当となった。

さらに、1998年(平成10年)4月1日に、京成の千葉営業所が新宿から御成台に移転したのと同時に千城台・都賀以東のローカル線はほとんどがフラワーバスに移管され、主力である東金線も中野操車場以東は、フラワーバスが単独運行する事となった。また、中野車庫もフラワーバスの所属となり、よって京成のバスは千葉営業所の「中野線」として、同所を単に折り返し場としてのみ使用する事となった。これにより、フラワーバスの営業エリアはかなり広がる事となった。そして1999年(平成11年)12月16日には、千葉線の中野操車場以西に於いても全便を担当するように変わった。こうして、従来京成電鉄成東営業所が関わっていたすべての路線が、段階的にフラワーバスに移管された。

本社・営業所[編集]

本社は千葉県山武市にあり、成東車庫を併設している。成東駅から徒歩で約3分程度である。直近に成東車庫停留所も併設しており、千葉特急線(フラワーライナー)、高速東京線(シーサイドライナー)、およびマイタウン・ダイレクトバスが発着する。

また、バス(路線)の車庫として、本社併設の成東車庫の他、千葉市若葉区東部に千葉出張所(中野操車場)がある。かつて京成の成東営業所の頃は中野操車場を名乗っており、その後、京成電鉄千葉営業所中野車庫、ちばフラワーバス千葉出張所と変化を遂げたが、直近のバス停の名称は現在でも「中野操車場」のままである。京成電鉄から移籍したのは1998年4月1日である。

現行路線[編集]

高速バス[編集]

シーサイドライナー[編集]

成東車庫 - 丘山小学校と東京駅 - 浜松町の両区間のみの乗車はできない。PASMOSuicaなどのIC乗車カードが使用可能。また、平日下り便のみ、東京駅始発の深夜バス(別運賃)あり。

フラワーライナー[編集]

かつての東金急行線(国道126号線経由)
  • 成東車庫 - 東金駅入口 - JR千葉駅千葉東金道路経由)
  • 成東車庫 - 白幡四ツ角 - 武射田 - 求名駅 - 東金中学校 - 千葉駅(バイパス・千葉東金道路経由)
  • 成東車庫 - 東金駅入口 - 東千葉メディカルセンター - 千葉駅(千葉東金道路経由)

千葉線の特急便に付与された愛称である。中間部で千葉東金道路を経由する。なお、当路線が設けられる前(1987年以前)は東金線(千葉線の当時の名称)と同じルートを急行として運行していた(東金急行線と呼称)。

  • 1987年2月26日:東金急行線(126号線経由)を千葉東金道路経由にして千葉中央駅 - 成東駅を開通。当時は千葉駅を非経由。
  • 1993年12月16日:千葉中央駅 - 成東車庫 - 光町役場に延長する。成東駅折り返し便も車庫発着に変更。
  • 1995年4月1日:フラワーバスに移管となる。
  • 1996年12月1日:東金駅入口経由便をすべて成東車庫止まりとする。バイパス経由便(千葉中央駅 - 東中学校 - 求名駅 - 辺田 - 成東車庫)を開通。全便を千葉駅経由に変更。
  • 2004年7月1日:武射田線(成東駅 - 家の子 - 砂押県道- 東中学校 - 砂押 - 求名駅/成東駅 - 白幡四ッ角 - 武射田 - 求名駅)の廃止に伴い、バイパス経由便を辺田経由から、武射田・白幡四ッ角経由に変更。ならびに、バイパス経由全便・東金駅入口経由便のほとんどが、JR千葉駅折り返しに短縮。
  • 2006年7月16日:千葉東テクノグリーンパーク(東金工業団地)経由便を新設。
  • 2008年3月16日:千葉中央駅バスターミナル発着便を廃止し、全便を千葉駅発着に変更。
  • 2011年5月16日:平日の下り便に、東金駅入口経由の深夜バス(運賃倍額)を新設。
  • 2012年3月16日:旭町停留所に停車扱い開始。
  • 2014年4月1日 : 千葉東テクノグリーンパーク乗り入れ便を廃止。

一部便の、東千葉メディカルセンターへの乗り入れを開始。

白子 - 東京線[編集]

  • 白子中里 - 白子車庫 - 大網駅 - 季美の森・南センター・(東千葉メディカルセンター) - 東京駅八重洲口 - 東雲車庫
    • 2013年4月28日:京成バス奥戸営業所から運行移管。
    • 2014年4月1日 : 一部便が東千葉メディカルセンターに乗り入れを開始。

小湊鐵道と共同運行。東京駅始発→大網駅止まりの深夜バスあり(毎日運行・別運賃)。ICカード(PASMOSuica)対応路線。

マイタウン・ダイレクトバス [編集]

東京 - 千城台・八街・成東線

京成バス千葉営業所との共同運行。フラワーバスは成東車庫・八街駅発着便のみを担当。一部、東雲車庫→八街駅間(下り便)の区間便あり。 ICカード(PASMOSuica)対応路線。専用車運用時は、時事通信社の文字ニュースが、車内前方のモニターに、テロップで流れる。

路線バス[編集]

千葉線[編集]

いずみ台ローズタウン経由の行先方向幕。経由地部分のバックがピンク色になっている
千葉市中央区鶴沢町付近の国道126号を走行中の千葉線車両
  • 成東駅 - 家の子 - 東金駅入口 - 中野操車場 - 宮田 - 千葉駅
  • 中野操車場 - 宮田 - 北谷津ゴルフ乗馬クラブ入口 - 大草 - 千葉駅
  • 中野操車場 - 宮田 - いずみ台ローズタウン - 大草 - 千葉駅
  • 中野操車場 - 宮田 - 平和公園 - いずみ台ローズタウン - 大草 - 千葉駅
  • 成東駅 - 東金駅入口 - 中野操車場
  • 成東駅 - 東金駅入口 - 東千葉メディカルセンター - 中野操車場 - 宮田 - 千葉駅(平日日中のみ)
  • 中田スポーツセンター - 宮田 - 北谷津ゴルフ乗馬クラブ入口 - 大草 - 千葉駅(日中のみ)
  • 平和公園 - いずみ台ローズタウン - 大草 - 千葉駅
  • 千葉駅 → 北谷津ゴルフ乗馬クラブ入口 → 宮田 → 中野操車場(深夜バス・運賃倍額)

主幹路線であり、京成電鉄(京成電気軌道)時代に遡れば最も古い路線の一つである。千葉と成東を東金経由で結ぶ。京成電鉄が運行していた頃は東金線と名乗っていた。

2012年現在、千葉駅 - 中野操車場を15分間隔、千葉駅 - 東金駅入口 - 成東駅を60分間隔(一部時間帯は約2時間間隔)で運行している。昭和50年代頃までは中野操車場折り返し便が少なく、千葉中央駅(当時の名称は京成千葉駅) - 成東の通し便が多くを占めた(但し、当時は宮田線などの並行する路線がいくつかあった。)。その後、中野操車場折返便が増便され、昭和60年代頃までに千葉駅(千葉中央駅) - 中野操車場が15分定間隔運行となった。一方、千葉駅 - 成東間は昭和60年代以降30分間隔を保っていたが、2005年に60分間隔に半減されてしまった。但し、千葉 - 東金・成東の移動に関して言えば、先述のフラワーライナー(特急)の方が所要時間が短い。

また、当路線とフラワーライナーは千葉 - 東金市内及び千葉 - 旧・成東町内でその運賃が対キロで算出される金額よりも低めに設定されている。特に、千葉 - 成東駅についてはJR線より安くなっている。

2007年4月1日よりちばシティバスいずみ台線の千葉駅発着便が廃止された事に伴い、中野操車場折り返し便の一部が五社神社・いずみ台ローズタウン経由に変更された。これにより、新たにバスが走る事になった区間(大草 - 五社神社 - いずみ台ローズタウン)は、京成の京葉ゴルフ場線時代の末端部の路線とほぼ同じルートである。

  • 1919年10月2日:[両総自動車]初代国鉄千葉駅 - 山田台 - 東金駅を開通。
  • 1930年:京成電気軌道の買収直前に、大野市太郎に譲渡される。
  • 1930年5月10日:京成電気軌道の路線となる。
  • 1943年4月21日:成東自動車を併合し、東金 - 成東間が京成電気軌道の路線となる。
  • 1958年京成千葉駅(当時)が本千葉町に移転し、移転地(以下、前・京成千葉駅)発着に変更。当初は銀座通り経由で旧駅側に迂回していたが、後に中央通りを直進するルートに変更。
  • 1983年4月16日:国鉄千葉駅 - 成東駅(急行含む)と国鉄千葉駅 - 中野操車場の系統を新設。2.5往復のみ運行されていた京成千葉駅(当時) - 国鉄千葉駅 - 成東駅系統(開設日不明)を大幅増発。
  • 1987年2月26日:京成千葉駅(当時)発着便全便を国鉄千葉駅経由に変更する。
  • 1995年4月1日:成東駅発着便の一部がフラワーバスに移管となる。京成電鉄は千葉(中央)駅 - 中野操車場の全便及び成東発着便の一部の便を受け持ち、すべて千葉営業所中野車庫担当とする。京成は中野操車場→往環橋便(成東駅非経由)も運行(往環橋便は後に廃止されるが、廃止日は不明。)。
  • 1998年4月1日:中野操車場を京成電鉄から譲受し、千葉出張所とする(停留所名称は中野操車場のまま)。成東駅発着全便及び千葉中央駅・JR千葉駅 - 中野操車場の約半数の便(深夜バスを除く)がフラワーバスに移管となる。京成は中野線として千葉中央駅・JR千葉駅 - 中野操車場の約半数の便を受け持ち、御成台車庫担当となる。
  • 1998年10月1日:千葉中央駅発着便を、東口から西口発着に変更。
  • 1999年12月16日:京成中野線(深夜バスを含む)をフラワーバスが譲受し、全便をJR千葉駅発着に短縮。
  • 2007年4月1日:中野操車場発着便の一部を、いずみ台ローズタウン経由に経路変更。
  • 2012年7月17日:平日ダイヤの中野操車場-成東駅間を、一部時間帯で減便し、いずみ台ローズタウン経由の区間便を増発。
  • 2014年4月1日 : 一部便が、東千葉メディカルセンターに乗り入れを開始。

千葉駅 - 中野操車場 - 東金駅入口 - 成東駅間の通し運行を減便。(平日・土休日1往復)

  • 2014年5月16日:千葉駅-中田スポーツセンター、千葉駅-いずみ台ローズタウン-平和公園の新設。

千葉駅 - 中野操車場 - 東金駅入口 - 成東駅間の通し運行は早朝の千葉駅行き1本のみに。

  • 2014年9月16日:千葉駅-ローズタウン-平和公園-中野操車場を土休日に新設。

千葉駅 - 中野操車場 - 東金駅入口 - 成東駅間の通し運行が1本/hに増便(平日は東千葉メディカルセンター経由)

八街線[編集]

  • 成東駅 - 外野 - 埴谷 - 八街駅
  • 山武支所前 - 八街駅

八街駅を起点に山武支所前までと埴谷を経て成東駅までの2地点へ向かう路線である。最盛期には千葉 - 八街 - 成東を直通運転しており(新八街線も同様)、埴谷経由成東便はその当時のルートの一部である。

山武支所(旧・山武町役場)前発着便は元々日向線として成東駅 - 日向駅間で開業し、その後八街側への延長がなされたが、利用者が少なく、2007年4月1日より八街駅 - 山武支所前間に短縮された。廃止区間のうち、日向駅を中心とする地域は、山武市の巡回バスによって一応の交通が確保されている。

  • 1924年1月20日:佐倉自動車により、千葉駅 - 並木 - 佐倉駅を開通(参考までに掲載)。
  • 1926年3月1日:並木 - 岩富町(現・町方)の区間を開通。
  • 1931年6月30日:岩富町 - 八街の区間を開通。
  • 1932年頃:佐倉自動車の路線が成東自動車の路線となる。
  • 1943年4月21日:京成電気鉄道(成東営業所担当)の路線となる。
  • 1966年6月1日:日向線(成東駅 - 日向駅)を開通。
  • 1966年11月1日:京成千葉駅(当時) - 町方 - 八街駅 - 埴谷 - 成東駅の通し運行を開始する。
  • 昭和40 - 50年代:日向線を成東駅 - 日向駅 - 八街駅に延長。
  • 同:八街駅で分割される。
  • 1995年4月1日:フラワーバスに移管となる。
  • 2007年4月1日:日向便を山武支所前 - 八街駅に短縮。

海岸線[編集]

  • 成東駅→白幡四ツ角→向渡入口→蓮沼南→南浜→作田海岸→作田南→中川岸→成東海水浴場→成東海岸→京塚→向渡入口→白幡四ツ角→成東駅
  • 成東駅→白幡四ツ角→向渡入口→京塚→成東海岸→作田海岸→作田南
  • 作田南→中川岸→成東海水浴場→成東海岸→京塚→向渡入口→白幡四ッ角→成東駅
  • 成東駅→白旗四ツ角→向渡入口→蓮沼南→南浜→成東海岸→京塚→向渡入口→白幡四ッ角→成東駅
かつての八街南線(八街駅 - 〈勢田/吉田〉 - 〈十文字/四木〉 - 山田台・中野操車場)

成東駅から向渡入口まで同一ルートで進み、向渡入口から先は蓮沼南・南浜・作田南・成東海岸を循環する便と、作田南非経由の蓮沼南・南浜循環便、蓮沼南・南浜非経由の作田南(起・終点)便とで構成されている。かつて、当路線用の1日乗車券が発売されていた。(現在は未発売。)

  • 1916年3月9日:成東自動車により、九十九里橋 - 片貝西の下が開通。
  • 1920年6月8日:本須賀浜 - 九十九里橋間が開通(京成の旧・片貝線にあたる区間の全通)。
  • 1920年8月26日:成東駅 - 本須賀浜(現・成東海岸)が開通。
  • 1922年10月5日:本須賀浜 - 小松海岸間が開通。
  • 1943年4月21日:京成電鉄の路線となる。
  • 昭和10 - 30年代:蓮沼線(成東駅 - 蓮沼南)が開通。
  • 1965年頃:小松線が成東駅 - 南浜に延長。
  • 1987年2月26日:小松線と蓮沼線が統合され、蓮沼南・南浜循環となる。片貝線と併せて海岸線と呼称。
  • 1995年4月1日:フラワーバスに移管となる。
  • 1996年12月1日:片貝線が短縮され、作田南起・終点便に変更となり、加えて蓮沼南・南浜循環。
  • 2003年9月16日:蓮沼南・南浜循環が全便、作田南を経由する様になり、蓮沼南・南浜・作田南循環となる。作田南起・終点便は少数運行となる。
  • 2012年10月1日:一部・作田南非経由の蓮沼南・南浜循環が復活。

八街循環線[編集]

  • 八街駅 - 吉田 - 吉倉 - 勢田 - 八街駅
  • 1956年9月20日:京成電鉄により、八街南線(八街駅 - 山田台(13.3km))を開通。成東車庫担当。経由地不明。
  • 1963年3月6日:八街南線の別の区間(八街駅 - 山田台(15.8km))を開通。経由地不明。
  • 昭和50年代:八街駅 - 中野操車場に延長。
  • 1995年4月1日:中野車庫担当となる。
  • 1997年3月1日:四木経由便が廃止される。
  • 1998年4月1日:フラワーバスに移管となる。
  • 2003年9月16日:吉倉以南の区間が廃止され、八街駅 - 勢田 - 吉倉 - 吉田 - 八街駅となる。八街循環線と呼称。
  • 2014年4月7日:ダイヤ改正。土曜・休日運休となる。

コミュニティバス[編集]

廃止路線[編集]

小間子線[編集]

  • 1951年5月18日:京成電鉄により、新八街線(初代京成千葉駅 - 吉倉 - 八街駅)が開通。
  • 1960年11月1日:京成千葉駅 - 町方 - 八街駅 - 埴谷 - 成東駅の通し運行が開始される。
  • 昭和40 - 50年代:八街駅で分割される。
  • 1991年6月12日:千城台駅 - 吉倉 - 八街駅に経路変更される。
  • 1998年4月1日:フラワーバスに移管となる。
  • 2003年9月16日:千城台駅 - 御殿入口 - 内小間子に短縮。小間子線と呼称される。
  • 2005年9月1日:千葉市コミュニティバス・おまごバス(平和交通が受託運行)の開通に伴い廃止となる。

宮田線[編集]

  • 川崎十字路 - 泉高校 - 千城台駅

元々は千葉中央駅から(JR千葉駅を経由せず)国道126号線を走り、宮田で左折して川崎十字路へ至る路線だった。千葉都市モノレール千葉駅延伸で運行頻度の少ない路線は千城台駅発着に変わり、この路線もそうなった。この時に国道126号線経由から泉高校経由となり、宮田停留所は通らなくなった。その後、乗客は定着せず、1997年3月1日の改正では川崎十字路より朝1本のみの運行となった。その後、1往復に増便されたり、1998年4月に当社に移管されたりもしたが、ほとんど運行されていないという状況は変わらず、そのまま廃止となった。なお、沿線には京成が千葉市からの委託を受けて運行しているコミュニティバスのさらしなバスが走っているが、当路線及び千城台線の廃止を受け、ルートが泉高校・グリーンタウン側に拡大されている。

千城台線[編集]

  • 千城台駅 - 泉高校 - 中野操車場

1991年の千葉都市モノレール千葉駅延伸と同時に新設された路線である。千城台駅 - グリーンタウン - 中田町間は宮田線と同一経路であり、同年当時は2路線合わせて1時間に1本程度の運行頻度があった。しかし、国道126号線上を並行して走る千葉線(京成電鉄時代の名称は東金線)が10 - 15分と圧倒的に高い運行頻度だったため、乗客はこちらに集中してしまった。その影響で当路線・宮田線の双方共大幅に減便され、廃止直前の本数はわずかに7往復(平日)だった。なお、開通当初はグリーンタウン経由と大草経由があったが、1997年3月に後者が一足早く廃止されている。中野操車場が終点だったため、千城台駅を発着する各線の出・入庫便の様になっていた。

レイクサイドライナー[編集]

  • 千葉駅 - 東金NT丘の街 - 高等技術専門校 - 日吉台 - 西が丘 - 湖北台 - 八坂台一・二丁目
    • 2013年3月31日の運行を最後に当路線から撤退し、九十九里鉄道単独運行となった。

都賀線[編集]

都賀駅と八街駅の間を佐倉街道・町方経由で結ぶ路線である。千葉、四街道、佐倉、八街の4市に跨って走り、佐倉市内の区間ではちばグリーンバスの神門線西御門発着便と並行している。幹線道路を比較的まっすぐに走っていく路線で、沿線には川村記念美術館があるが、住宅の多い地域ではないため、利用者は少ない。

佐倉自動車の支線として戦前に千葉 - 八街間で開通し、最盛期には千葉中央駅 - 八街駅 - 成東駅間の直通運転を行っていたが、その後規模を縮小し、1991年の千葉都市モノレール千葉延伸時に都賀駅発着となった。かつては、千葉市から佐倉街道方面に向かう並行路線として千葉線(千葉中央駅 - 京成佐倉駅)や吉岡線(千葉中央駅 - 四街道駅)があったが、これらは都賀駅短縮を経て京成電鉄時代に廃止され、最後に残った当路線が、フラワーバスに移管されて存続した。

かつての京成片貝線(成東駅 - 片貝西の下)
  • 1924年1月20日:佐倉自動車により千葉 - 並木 - 国鉄佐倉駅が開通。
  • 1926年3月1日:千葉 - 並木 - 岩富町(現・町方)が開通。
  • 1931年6月30日:千葉 - 岩富町 - 八街に延長。(八街線)
  • 1932年6月20日:成東自動車の路線となる。
  • 1943年4月21日:京成電気鉄道(成東営業所担当)の路線となる。
  • 1960年11月1日:京成千葉駅(当時) - 町方 - 八街駅 - 埴谷 - 成東駅の通し運行が開始される。
  • 昭和40 - 50年代:八街駅で分割される。
  • 1991年6月12日:都賀駅 - 町方 - 八街駅に経路変更(後に八街駅以西は都賀線と呼称)。
  • 1998年4月1日:フラワーバスに移管となる。
  • 2014年4月1日:路線廃止(最終運行は2014年3月31日)。

車両[編集]

京成電鉄成東営業所時代の車種選択を引き継ぎ、日野自動車の車両をメインに導入している。社番は京成バスと同じ表記で、千桁には「6」を表記する。

一般路線車は、千葉線を中心に使用される大型車両、その他のローカル線で使用される中型車両及び小型のリエッセ1台が配置されている。長距離を走る路線や閑散路線が多い当社では、交通バリアフリー法施行の直前まで比較的着席定員の多く取れるツーステップ車両のみを導入していた。このため、全国的にも導入例が極めて少ないツーステップのブルーリボンシティが在籍している。また、大型車両の中には全席2人掛け・補助席付きの貸切兼用車もある。自社発注車のほか、かつては日野・ブルーリボン日野・レインボーで京成バスから譲受した車両も存在した。現在ではワンステップバスのほか、経年車置き換えによりノンステップバスも少数であるが導入が行われており、最近の導入車両では吊革の持ち手を五角形状に変更している。

高速車は日野自動車及び三菱ふそう製を使用しており、一部を除き「フラワーライナー」や「シーサイドライナー」の専用塗装を施している。この他、貸切車や山武市コミュニティバス用の日野・ポンチョが配置されている。

PASMO Suicaと一日乗車券について[編集]

当社では、2008年3月5日からPASMOSuicaと相互利用)を導入した。最初に導入されたのは千葉線で、後に千葉駅 - 成東駅間の同一路線である「フラワーライナー」と、一般路線の千葉線以外の路線では2009年4月1日から導入した。なお、「シーサイドライナー」については、2014年4月1日から使用可能。

2012年10月1日より、海岸線で利用できる一日乗車券(500円)の発売を開始した。(現在は未発売。)

関連項目[編集]


外部リンク[編集]