百里飛行場

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百里飛行場(Hyakuri Airfield)
百里基地(Hyakuri Air Base)
茨城空港(Ibaraki Airport)
RJAH ibaraki-airport airside.JPG
旅客ターミナルビル(茨城空港)
IATA: IBRICAO: RJAH
概要
空港種別 官民共用
所有者 防衛省
運営者 航空自衛隊
供給都市 小美玉市
所在地 茨城県小美玉市百里与沢
使用期間 1937 - 1945年
1966年 -
所在部隊 中部航空方面隊第7航空団
航空総隊偵察航空隊
航空救難団百里救難隊
標高 105 ft / 32 m
座標 北緯36度11分00秒 東経140度25分14秒 / 北緯36.18333度 東経140.42056度 / 36.18333; 140.42056
ウェブサイト 百里基地
茨城空港
地図
IBR/RJAHの位置(日本内)
IBR/RJAH
IBR/RJAH
空港の位置
滑走路
方向 全長 表面
ft m
03R/21L 2,700×45 舗装
03L/21R 2,700×45 舗装

百里飛行場(ひゃくりひこうじょう)は、茨城県小美玉市百里与沢にある、航空自衛隊が管轄する飛行場である。

2010年に民間共用化され茨城空港(いばらきくうこう)として営業を開始した[1][2]

滑走路と、自衛隊施設の大半は百里にあるが、茨城空港の旅客ターミナルビルは隣の与沢にある。

沿革[編集]

百里飛行場(茨城空港)の空中写真。1974年撮影の13枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 1937年昭和12年):百里ヶ原海軍飛行場として設置(百里原海軍航空隊)。
  • 1945年(昭和20年):終戦後、満州などの海外引揚者の開拓地となる。
  • 1956年(昭和31年):航空自衛隊基地の建設が計画される。
  • 1966年(昭和41年):航空自衛隊百里基地(航空自衛隊百里飛行場)として設置。
  • 1990年(平成2年):日米地位協定第2条第4項(b)の適用施設・区域として在日米軍に新規提供される(施設・区域名: 百里飛行場、 Hyakuri Air Base, FAC 3187)[3]
  • 1993年平成5年)
    • 6月:小川町(現・小美玉市)が茨城県に対し、「百里基地民間共用化を軸とした小川町の活性化推進に関する要望書」を提出。
    • 10月:小川町及び同議会からの要望を受け、「百里飛行場民間共用化可能性調査」を県が実施。
  • 1995年(平成7年)8月:「百里飛行場民間共用化構想」を県が発表。
  • 2000年(平成12年):民間共用化事業として事業化。
  • 2008年(平成20年)11月14日旅客ターミナルビル建設開始。
  • 2009年(平成21年):新滑走路完成供用開始、現滑走路の改修工事着手。
  • 2010年(平成22年)
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年) 
    • 3月7日:スカイマークの神戸線を1日1便から1日2便に増便。
    • 5月1日:スカイマークの沖縄/那覇線を季節便として7月 - 9月に運航する予定であることを発表。
    • 6月23日:春秋航空の上海/浦東線の定期便運航(週6便)を開始[7]
    • 7月1日:スカイマークの沖縄/那覇線を季節便として就航開始。
    • 10月1日:スカイマークの沖縄/那覇線を神戸経由に変更。
  • 2013年(平成25年)
    • 7月1日:スカイマークの沖縄/那覇線の直行便が季節運航便として就航開始。同時に、札幌/新千歳線を1日2便から1日1便に減便(前者の就航に伴う機材運用に関わる措置)[8]
    • 10月28日:スカイマークの沖縄/那覇線を神戸経由に変更。同時に、札幌/新千歳線を1日1便から1日2便に増便[9]
    • 12月20日:スカイマークが米子線を神戸経由で就航開始[10]
  • 2014年(平成26年)

民間共用空港[編集]

建設の経緯[編集]

茨城空港(百里飛行場)の位置(座標

日本国政府アジア・ゲートウェイ構想を掲げ、東京羽田空港千葉県成田空港を除いた他の空港における航空自由化によって、アジアや一部の欧米諸国の間で、路線や便数の制約をなくす政策を進めてきた。これにあわせ、日本政府は国際航空運賃を自由化し、チャーター便についての規制緩和を実施してきた。

世界の大都市圏は国際・国内線が乗り入れる基幹空港のほかに、セカンダリー空港を完備してきた。例えばイギリスロンドンロンドンシティ空港ヒースロー空港の他、80km圏内にスタンステッド空港ルートン空港ガトウィック空港があり、ドイツフランクフルトフランクフルト空港以外の80km圏外にフランクフルト・ハーン空港がある。これらは都心から少し離れているゆえに空いているという利点を活かして、通常の大規模空港では等閑にされてしまいがちなローコストキャリアや、チャーター便、コミューター航空、あるいはビジネスジェットなど、ニッチな航空需要に合致し、航空史上にも貴重な受け皿となってきた歴史がある。

グローバリゼーションが続く世界では国際線による旅客者数が増え続け、日本政府が予想する日本全体の国際旅客数は今後、年間7000万人を超えるとされている。この中で最も国際旅客者の需要増加が見込まれているのは茨城県を含む首都圏[17]であり、その分量は日本全体の4分の3にも達している。しかしながら、首都圏に於ける既存の空港は羽田と成田の2つのみでその処理容量は限界を超え、2010年には超過した旅客者数を捌くため空港の拡張や発着枠の拡大を余儀なくされていた。さらに、首都圏の北側は最寄り空港まで2、3時間を要するなど、空港空白地帯となっていた。茨城県は、この需要に応えることを、首都圏第3の空港としての茨城空港の整備の意義と位置づけている[18]。当建設事業では、自衛隊基地の普段使われていない部分を転用するため、同規模の空港では500億円程度かかっていた建設費が半分以下の220億円程度に抑えられた。空港基本施設の建造費のうち3分の1は茨城県が負担した[19]

開業前の批評[編集]

2010年の時点では、当空港の開業について懐疑的な論評も見られた。

  • 同空港は就航路線が一路線も決まっておらず、開港後のビルの採算見通しが不透明な状況で、見切り発車した格好だ[20]
  • (要約)そもそも、百里飛行場は最寄駅である石岡駅新鉾田駅からは10km以上の距離がある交通不便の地にあり、商業施設等もほとんど存在しないため、百里基地に勤務する航空自衛官か らも「陸の孤島」と呼ばれていた。無料駐車場が確保されているため、自家用車利用者にはメリットがあるものの、東京都心から車でのアクセスにも1時間半程 度かかることなど、都心との行き来にも時間がかかり、開港時の国内定期便はスカイマークの神戸線(1日1往復)のみに留まっていた。これらのことから、空 港近隣在住者以外の利用者にとってこの空港を利用する利点は少なく赤字は必至であり、「税金の無駄遣いである」との指摘が各方面からなされた[21]
  • 年間利用者は20万人前後の見通しで、国が4路線就航の前提で見込んだ約81万人には程遠い。空港ターミナルビルの運営収支も初年度は約2000万円の赤字となる見込みだ[22]
  • 比較的短時間で行ける成田国際空港もLCC専用ターミナルの建設を検討している[23]

一方、発着料金が東京/成田東京/羽田と比較して3割ほど安く抑えられていることに言及し、国際線・LCCの首都圏のターミナルとしての役割が期待されているとした報道も在った[24]

開港後[編集]

茨城空港
駐機中のスカイマーク機

開港1年目の東日本大震災による被災と海外からの褒章[編集]

茨城空港は2011年(平成23年)3月11日東日本大震災で被災し、天井パネルの落下などの被害が出た。しかし、滑走路は無事であり、羽田・成田両空港が閉鎖されたため急遽代替着立先を決める必要に迫られた86機の航空機のうち2機を受け入れた[25]。震災から3日後の14日には当空港ロビーは通常の営業を再開した[26]

同年10月20日、茨城空港はベスト「ローコスト エアポート オブ ザ イヤ 2011(The CAPA Low Cost Airport of the year 2011)」を海外のシンクタンクであるセンター フォー アジア パシフィック アヴィエーション(Centre for Asia Pacific Aviation, CAPA)から受賞した。当空港は航空会社へ適した環境を提供し、格安航空会社(LCC)運航へのサポートを通じ首都圏近郊への価値あるアクセスポイントとして機能している事から「アジア・太平洋地域で最も革新的かつ影響力ある空港」とされた。CAPAエグゼクティブ・チェアーマンのピーター・ハービンソン(Peter Harbinson)は

地震と津波の深刻な逆境にも関わらず、茨城は格安空港路線の産業努力を続け、傑出したサービスを提供し続けた[27]。この授賞は、我々を確かにとてもよく勇気づけてくれるものだ[28]

とした。国内の空港としてこの部門において褒章されたのは茨城空港が初である[29]。橋本茨城県知事は授賞式で、

私は世界的にLCCが台頭してくることにいち早く着目して、茨城空港の運航コストを低く抑える工夫を重ねてきた。ローコストエアポートとしての受賞は、我々の目指してきたことが評価されたもので感慨深い。また、東日本大震災で被災した本県にとって、このような賞を受賞できた事は大変大きな励みになる。今後とも、茨城空港が皆さんにとって使いやすい空港となるよう取り組んでいきたい。

とコメントした[30]

2年目以降の運用[編集]

茨城空港は徹底した格安化に取り組み、旅行者に対して旅行運賃の低減をもたらした。また、当空港の駐車場は無料であり、着陸料は首都圏にありながら羽田空港や成田空港より3割以上割安となっている。このため、茨城空港は「時代の最先端」といわれている[31]

開港から半年後には、スカイマークにより名古屋/中部・札幌/新千歳への路線開設が表明され、また春秋航空が上海/浦東への定期チャーター便を開設したため、開港2年目には国内線3路線・国際線2路線を擁する見込みとなった。2010年度は、春秋航空による上海/浦東線が中国籍航空機と航空自衛隊の訓練との兼ね合いから、一部東京/成田への発着を余儀なくされるという課題も生じていたが、これも解決され、同年11月より全便が茨城発着となった。半年経過時点でスカイマーク神戸線の搭乗率は75〜87%と同社線全体でも高い水準に達し[32]、7月末に運航を開始した春秋航空による上海/浦東線についても平均80%という利用状況となり[33]東京駅と茨城空港を500円[34]で結ぶ関東鉄道と茨城県の共同運行による高速バスも盛況となった[35]。後には、前述の通り名古屋/中部・札幌/新千歳への路線開設表明も行われるに至った。2011年2月のこれらの新路線開設に合わせ、水戸駅つくば駅東京駅からの既存の高速バス・連絡シャトルバスの増便[36]のほか、新たに常陸太田市ひたちなか市方面からは茨城空港ライナーの乗り入れが発表された[37]。これらのほか、石岡駅と当空港を結ぶバス専用道路の開通とその後の増便[38]などの好適な進化も生まれた。

茨城空港開港2年目の2012年(平成24年)度の当空港利用者数は、国際線において全国51空港中第15位、民間共用6港の中で小松空港に継ぎ国際線利用実績第2位、且つ国内線・国際線をあわせて民間共用6港中第3位だった。また、同年の茨城空港国内路線利用者は30万8649人で、開港から2年目で全国90空港中第43位と既に全国において中位以上の利用者数であった。開港2年目の国際線・国内線の空港乗降客数は、既に全国90空港中第41位だった[39]。2014年5月現在、当空港の路線は国内線において札幌空港那覇空港名古屋空港福岡空港神戸空港米子空港など全国へつながっており、かつ国外線において上海浦東国際空港仁川国際空港などアジアハブ空港とつながっている。当空港の旅客数は2010年(平成22年)20万3070人から、2011年(平成23年)29万3203人、2012年(平成24年)40万8139人と2年で倍増した[40]。2013年(平成25年)度1月末までの空港旅客者数は合計123万6451人を超えた[41]

3年目以降の運用[編集]

国土交通省の開港前に算出していた茨城空港の需要予測は年間約81万人[42]、開港4年目の年間利用者数はまだその約半分に迫ったところである為、十分に完備した施設を持つ茨城空港の処理可能旅客者数は、東京羽田空港・千葉県成田空港に比べて捌ける人数に余裕があり、空いている状態である。国際線の利用者数は順調に増えているが、スカイマークが繁忙期に札幌便を半減させた影響で2013年度の国内線利用客数は開港から3年間に倍増後に初の微減となった為、茨城空港には就航可能人数に対してゆとりが感じられる。国土交通省・東京航空局の集計によれば、2013年度の利用者数は静岡空港が前年度から3.1%増の46万1804人、茨城空港が前年度から5.2%減の38万7096人、福島空港が前年度から4.3%増の24万3774人であった[43]

来場者および乗降客数[編集]

空港利用促進協議会の看板

茨城空港は開港から2年目の2012年5月3日、来場者が累計200万人に達し[44]、開港から3年目の2013年に300万人を達成した[45]

空港乗降客数推移(人)[46][47]
国際線 国内線 合計
2009年度(3/11〜3/31) 7,840 666 8,506
2010年度 106,972 96,098 203,070
2011年度 55,068 238,135 293,203
2012年度 99,490 308,649 408,139
2013年度 99,406 286,918 386,324
2014年度(4月まで) 8,645 25,627 34,272
累計 377,421 956,093 1,333,514

就航路線[編集]

国内線[編集]

航空会社 就航地
スカイマーク (SKY) 直行便 : 新千歳空港中部国際空港神戸空港福岡空港

神戸経由便 : 米子空港那覇空港
名古屋/中部経由便 : 那覇空港(2014年7月18日から同年8月31日まで運航予定)

国際線[編集]

航空会社が2社以上の場合、太字の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便(コードシェア便)

航空会社 就航地
中華人民共和国の旗 春秋航空 (9C) 上海浦東国際空港(上海)
韓国の旗 アシアナ航空 (OZ)
全日本空輸 (NH)
仁川国際空港(ソウル)(2011年3月12日[48]から無期限で運休中[49][50]

チャーター便[編集]

航空会社 就航地
ミャンマーの旗 ミャンマー国際航空 (8M) マンダレー国際空港(マンダレー)(往路)、ヤンゴン国際空港(ヤンゴン)(復路)[51]

上海浦東国際空港との間に春秋航空が週6便の定期チャーター便を運航していた(2012年6月23日より定期便化)。これ以外に、旅行会社が日本国内外へのツアーを催行するために用意したチャーター便は開港から2013年6月現在で、累計142便あった[52]

就航交渉[編集]

茨城県知事・橋本昌は、羽田・成田の発着枠がない航空会社に対して茨城空港への乗り入れを働きかけているとし、一方で、茨城開港前の段階で決まっていたスカイマーク社以外のLCCキャリアは羽田・成田の発着枠があるためそれら以外のところへの就航決定を発表しにくい様子が伺えるとしていた[53]。このほか、当空港は国内線の就航対策として搭乗率保証制度の導入を検討していた[54]

茨城空港開港翌月の2010年4月より、スカイマーク社が初の国内線定期便として神戸線の運航を開始した。当初スカイマーク社は航空自衛隊との共用飛行場のために自由に運航ダイヤが組めないことを理由として神戸線を2010年9月1日から9月30日まで運休していたが[4]10月1日より運航を再開し[5]、さらには2011年2月に札幌/新千歳線と名古屋/中部線を増便し、且つそれらを定期便として茨城空港に就航させた[6]。ソウル/仁川線を運航していたアシアナ航空は釜山への週3便程度の運航も計画していた[55]。オーストラリアのV オーストラリアは、ケアンズからの就航を検討している[56]

茨城空港は国際線において、フィリピンのLCCセブパシフィック航空香港香港エクスプレス航空(現LCC)との間で就航へ向けて交渉を行った[57]オーストラリアのLCCジェットスター航空にも就航を要請した[58]が、後にジェットスター航空がJALと合弁で設立したLCCジェットスター・ジャパンは、成田空港を中心に就航し、2014年4月現在、茨城空港に就航していない。茨城空港はマカオのLCCビバ・マカオとも交渉を行っていたが、同社は2010年3月28日経営困難に陥り、燃料費が支払えないための遅延が頻発していたことなどを受けて、マカオ政府当局が営業免許を取り消すと発表[59]し、ビバ・マカオは運航を停止した。

これに先立つ2008年、マレーシアのLCCエアアジア Xクアラルンプールから茨城空港への就航も検討していた[60]が当初は2010年12月羽田線へ就航した[61]。後に当社とANAとの合弁で設立されたLCCエアアジア・ジャパン、のちバニラ・エアは成田空港を中心に就航した。エアアジアは日本再進出に際して、羽田・成田は着陸料や施設利用料などのコストが高く、発着枠も限られているとし、かつLCCにはコストの安い空港が望ましいとして、茨城空港へ調査チームを派遣する事を明らかにした[62]が、新生エアアジア・ジャパンは中部国際空港を拠点とする事を表明[63]している。

また、茨城空港はネパールからもBBエアウェイズによる就航計画がある。BBエアウェイズ代表取締役のヴァッタ・バァバンは、首都圏にある茨城空港とネパールの国際空港であるトリブバン国際空港を結ぶ事は、観光による経済価値は無論、文化や国際交流にとっても重要な意味を持つだろうとしている[64]

施設[編集]

空港ターミナル。
1階は出発・到着ロビー、2階は売店・展望デッキ
展望デッキ
当初、百里基地施設方向はくもりガラスとなっていた。2014年現在、透明ガラスに改修された
制限区域側から見た空港ターミナルビル。ターミナルと駐機場の間に仕切りが設置されている

旅客ターミナル[編集]

茨城空港は新滑走路の南西に旅客ターミナルビルが置かれている。

茨城空港の旅客ターミナルは格安航空会社 (LCC) に十分対応できるよう整備され[65]、日本国外のLCCキャリアから好意的な評価を受けている[66]。当ターミナルは国際線の入管施設に対応するため、当初の計画より拡大され、延べ床面積が約7800平方メートルとなった[67]

出発ロビーと到着ロビーは同じ1階に設置され、ボーディング・ブリッジを介さずタラップを使って搭乗する仕組みである。また、駐機場は航空機が自走でUターンできる構造にしている。通常はプッシュバックが必要となるが、この工夫により航空機の地上移動時間が短縮され、かつ航空会社が空港に支払う空港利用料も抑える事が可能な仕様となっている[68]

2010年の開港当初、防衛上の観点などから百里基地の中枢部を見渡せないよう、斜めから眺めるときのみ見えなくなる特殊加工のくもりガラスが当空港の展望デッキに設置されていた。当空港は発着する航空機を十分に見たいとの訪問客からの需要に応え、2014年3月11日よりこの部分を通常仕様の透明ガラスへ改修し、同年3月17日その工事は完了した。なお当展望デッキは高い脚立を持ち込んでの見学・撮影を禁止している。

茨城空港の旅客ターミナルビルは航空機利用に係る諸施設のほか、売店やレストラン、カフェ等が入居している。

滑走路・誘導路[編集]

  • 既存滑走路 (03R/21L) - 2,700m×45m
  • 新設滑走路 (03L/21R) - 2,700m×45m
    • 着陸帯 - 2,820m×150m
    • 新設滑走路は航空自衛隊百里基地が使用していた既存滑走路の西側に平行に建設された。新滑走路完成後、既存滑走路 (2,700m×45m:03R/21L) を閉鎖して改修工事が行われた。
  • 連結誘導路 - 165m×4本(既存滑走路と新設滑走路を連結する誘導路)
  • 取付誘導路 - 155m×1本(新設滑走路と駐機場を連結する誘導路)
  • 茨城空港駐機場 - 中型ジェット機用×3、小型ジェット機用×1

航空自衛隊百里基地[編集]

第302飛行隊のF-4EJ改
F-4EJ改 第7航空団40周年記念塗装機
第501飛行隊の、RF-4
偵察航空隊のRF-4
第305飛行隊F-15運用20周年記念塗装機

百里基地(ひゃくりきち)は茨城県小美玉市にある航空自衛隊基地基地司令第7航空団司令が兼務する。

埼玉県にある入間基地は地域との協定により、アフターバーナー装備の飛行機の運用ができない(ダイバートを除く)ことから、航空自衛隊が関東地方戦闘機の運用が可能な唯一の基地(離島を除く)であり、「首都防空の要」ともいわれる。また、国家首脳を招いた各種行事も多数実施されている。飛行群は第7航空団F-4部隊第302飛行隊F-15部隊の第305飛行隊)、偵察航空隊第501飛行隊、RF-4Eを装備)、航空救難団百里救難隊、UH-60J、U-125Aを装備)がある。

基地反対派からの用地買収ができず、日本では珍しい「くの字型」の誘導路となっている。同様の例には成田空港がある。航空自衛隊は滑走路が破壊された場合には誘導路からも離陸することを想定しているが、百里基地ではそれが困難である。また、反対派が基地内に所有する飛地(平和公園、平和農園、百里稲荷神社)内に植えた木や「自衛隊は憲法違反」と記された巨大看板が、管制塔から滑走路端への視界を妨げている。なお、この飛地へは壁やフェンスで囲まれた小道が通されており、出入りが可能となっている。

民間でアクロバット飛行を行う飛行チーム、「エアロック」を主催したロック岩崎(岩崎貴弘)が、在官中最後に所属した基地でもある。

配置部隊[編集]

中部航空方面隊隷下[編集]

  • 第7航空団司令部
    • 飛行群 - 首都圏唯一の戦闘機部隊で同圏内の防空が主任務。二個飛行隊が対領空侵犯措置任務を実施。
    • 整備補給群
    • 基地業務群
      • 第7基地防空隊
  • 中部航空施設隊)第3作業隊

航空総隊直轄[編集]

航空支援集団隷下[編集]

防衛大臣直轄[編集]

航空観閲式・百里基地航空祭[編集]

  • 1996年より自衛隊大型行事が陸上自衛隊中央観閲式」、海上自衛隊観艦式」との各自衛隊持ち回り担当になり航空自衛隊が担当する「航空観閲式」は1996年より3年おきに同基地で行われる。招待者のみが参加できる。
  • 航空観閲式が行われない年は、「百里基地航空祭」という名称の航空祭が開催され、各種の航空兵器も数多く展示される。例年、9月頃に開催されるが正確な開催日は間近にならないと公表されない。
  • ほぼ毎年行うものは航空自衛隊のF-15戦闘機とF-4戦闘機によるスクランブル発進デモと機動飛行、模擬対地射爆撃、RF-4偵察機による戦術偵察飛行、ブルーインパルスによるアクロバット飛行、UH-60Jによる乗員の降下とU-125の旋回飛行による救難訓練等の飛行展示等。
  • 地上展示機は飛行展示機が地上で展示される他にUH-1CH-47SH-60JP-3CT-7T-400C-1C-130Hなどがある。

歴史[編集]

(参考文献:三野正洋 『世界の航空博物館&航空ショー』 サック出版部 1999年

関連画像[編集]

百里基地の出動事例[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

空港連絡鉄道は無く、最寄駅のJR常磐線 石岡駅、または鹿島臨海鉄道大洗鹿島線 新鉾田駅共に、空港から10km以上離れている。これらの駅と空港間の行き来には下記のバスが利用できる。

バス[編集]

鉾田ルート
東京駅からのバスが到着
茨城交通も乗り入れる

県内の主要な駅との間で空港連絡バスが運行されている。関鉄グリーンバスによる水戸駅とのバス路線は、空港を経由して小川駅まで運行される。また、路線車を用いた石岡駅との間を結ぶ空港連絡バスは一部便を除き、廃止された鹿島鉄道線の跡地を利用したかしてつバス専用道(石岡一高下 - 四箇村駅間)を経由する。

東京都心とのアクセス改善のため、東京駅との間に高速バスの運行を2010年5月27日に開始した。運賃は片道1,000円だが、搭乗客に限って500円に割引される[72]

2012年10月1日からは新鉾田駅を結ぶ「茨城空港連絡バス(鉾田ルート)」の運行も始まった。

2013年10月1日からは小美玉市内循環バスの運行も始まった。

道路[編集]

茨城空港北インターチェンジ

百里飛行場周辺は道路網が整備されておらず、民間共用を機に改善が進められている。自家用車による空港までの所要時間は水戸市から30分、つくば市から45分を見込んでいる。空港内には、約1,300台を収容する無料駐車場が設置されている。

百里基地航空祭の開催時には、臨時シャトルバスが石岡駅、羽鳥駅から出ている。自家用車の場合、駐車場が制限されているため、パークアンドライドが推奨されている。

周辺施設[編集]

  • 茨城空港公園 - 茨城県が建設を進めている都市公園。飛行機の離着陸を見られる公園の整備などが行われている。公園内に茨城県を形取った池がある。
  • 茨城空港テクノパーク - 茨城県が企業誘致のために整備した工業団地・産業団地。開港に合わせて分譲中である。

舞台となった作品及び撮影が行われた作品[編集]

事件・事故[編集]

2010年3月21日午前11時45分頃、韓国仁川国際空港発のアシアナ航空168便が、着陸時に滑走路端を約30m越え、過走帯(約60m)に進入するオーバーラン事故があった。

同機は滑走路端を越えて過走帯に進入し、航空自衛隊百里基地が過走帯内に設置していたバリアにぶつかった後に停止した。乗員乗客計93名に怪我はなく、機体の損傷も無かったが、自衛隊が設置したバリアは破損した。同機は停止後、自力でUターンし、駐機場に戻った[73]

22日昼過ぎに、百里基地から「民間機側の過走帯にタイヤ痕がある」と指摘され、国土交通省百里空港事務所はオーバーランに気づいた。同事務所がアシアナ航空からオーバーランの報告を受けたのは翌23日であった。同社広報は21日に現地事務所に口頭で報告したとしているが、同事務所は報告は受けていないと説明しており、食い違いを見せている。アシアナ航空は原因について「着陸する際に南側にずれてしまった」と説明しているが、同機パイロットは「で滑走路が濡れ、止まれなかった」と話している。

また、国土交通省百里空港事務所は発表の遅れについて「事実関係の確認に時間がかかった」としているが、実際は自衛隊側から破損の事実を伝えられて、報告に至った。本件は茨城空港で初の運航トラブルとなった[74]

東日本大震災の影響[編集]

茨城空港開港から1周年となる2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生し、前述のよう、空港ターミナルビルでも天井パネル落下の被害が生じた。茨城県開発公社坂入健理理事長は当空港の建設段階で天井パネルの不必要さを指摘し、東京都品川区に本社がある設計会社・梓設計へこの旨を伝えていたにも関わらず、当設計会社は見た目や防・吸音を重視し当パネルを当空港ロビーへ設置していた。東日本大震災の当日、このパネルが落下した。施設設計を担当した梓設計の原口修執行役員は法的に問題がないため設計ミスではないと語った。このパネル落下の後処理の為、地震発生の翌12日、13日はロビーが全面閉鎖され、坂入理事長は天井パネルを今度は張らず、また、震災による天井落下を機に落下しなかった天井もすべて撤去した。こうして茨城空港は大震災当日から3日後に当たる、14日から営業を再開し、全面復旧した[75][76][77]

東日本大震災当日、東京羽田空港千葉県成田空港は機能を全面停止し相互代替性が不能になったが、茨城空港は上述の天井パネル落下以外の目立った被害はなく首都圏3空港の中で唯一滑走路を無事に機能させ続け、そのとき飛行中だった不時着の航空機2機を受け入れた。これら羽田と成田を除く各空港や米軍基地へ不時着した航空機86機の内、14機が燃料不足で緊急事態宣言を出していた[78]

この震災当日から春秋航空とアシアナ航空は当面のあいだ欠航となったが、春秋航空は同年4月1日から運航を再開し、且つ7~9月は不定期な運航ながら週3便の運航を国土交通省へ申請した。春秋航空は茨城空港にそれまでも週3便運航していたが、本来なら同年3月27日以降は週5便に増便する予定であった。一方、アシアナ航空は茨城空港内にあるアシアナ航空茨城支店は同年5月末で一時休業、東京支店に統合し[79]6月30日まで運休するとしていた[48]が、それは10月30日までに延長され、さらにその後需要が回復するまで当面運休することを決めた[50]。アシアナ航空は2013年1月18日に漸く茨城空港へのチャーター便を再開し、往復とも満席となった[80]

脚注[編集]

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  1. ^ http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/kuko/about_airport/jigyo_gaiyo.html
  2. ^ a b 「茨城空港が開港、98番目 定期は韓国1往復のみ」 - 47NEWS(2010年3月11日)
  3. ^ 平成2年防衛施設庁告示第2号
  4. ^ a b 「神戸‐茨城線」の運休について - スカイマーク(2010年6月24日付)
  5. ^ a b 「神戸‐茨城線」の運航再開について - スカイマーク(2010年7月20日付)
  6. ^ a b 2011年2月期間の運行ダイヤについて - スカイマーク(2010年11月25日付)
  7. ^ 春秋航空の茨城=上海路線が定期便になります! - 茨城県 2012年6月20日
  8. ^ 茨城空港、7月から那覇直行便 スカイマーク - 茨城新聞(2013年5月2日付)
  9. ^ 10月27日〜「茨城−札幌線」が再び1日2往復運航されます! - 茨城空港HP(2013年8月27日付)
  10. ^ 茨城空港HP
  11. ^ ミャンマー国際航空、茨城発着のチャーター便の運航計画を発表 FlyTeam ニュース 2013年10月31日付
  12. ^ 茨城空港送迎デッキ、曇りガラス透明化 年度内に完成 飛行機見えず苦情 茨城新聞 2014年3月9日付
  13. ^ 2014年4月18日より就航路線が拡大 〜新路線「茨城-福岡線」、「茨城-名古屋(中部)線」を運航〜 スカイマーク 2014年1月28日付
  14. ^ スカイマーク、4月18日から茨城発着で福岡、セントレア線を開設 Flyteam 2014年1月28日付
  15. ^ スカイマーク、茨城〜福岡線に就航! 茨城〜名古屋/中部線も復活! Traicy 2014年1月28日付
  16. ^ 新路線「仙台-那覇線」を季節定期便として就航 「茨城-那覇(経由便)」を季節定期便として1往復増便運航 「羽田-那覇線」「名古屋(中部)-那覇線」「那覇-宮古線」を増便運航 スカイマーク 2014年4月23日付
  17. ^ 首都圏整備法施行令第一条による。
  18. ^ http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/kuko/about_airport/igi.html
  19. ^ 茨城県企画部空港対策課 茨城空港利用促進等協議会、事業概要。2014年閲覧。
  20. ^ 伊東浩一東京新聞2008年11月15日、「空港ターミナルビル着工 採算・就航は視界不良」
  21. ^ 宮嶋茂樹、『週刊文春』2010年3月11日号、「「陸の孤島」茨城空港、開港直前の現実」
  22. ^ 高橋慶浩、『毎日新聞』2010年3月7日、「茨城空港 採算は視界不良 定期便2路線で11日開港へ」
  23. ^ 朝日新聞』2010年6月6日、「成田空港、格安航空専用ターミナルを検討 秋にも判断」
  24. ^ 東京新聞2010年3月12日
  25. ^ 時事通信社、【図解・社会】東日本大震災・震災当日成田、羽田空港に向かっていた86機の着陸先(2012年4月1日)。2014年5月閲覧。
  26. ^ みんなの空港新聞。2014年閲覧。
  27. ^ The Japan Times, Ibaraki Airport voted CAPA’s low-cost airport of the year, 2011/10/22. 2014年5月閲覧。
  28. ^ Ibaraki Prefectual Government, Airport Promotion Division, Press release, Ibaraki Airport named The CAPA Low Cost Airport of the year 2011. 2014年5月閲覧。
  29. ^ CENTRE FOR AVIATION. 2014年5月閲覧。
  30. ^ みんなの空港新聞、2011年11月28日、茨城空港が「LCCエアポート・オブ・ザ・イヤー」に-豪シンクタンク。2014年閲覧。
  31. ^ 県民学研究会『茨城学』洋泉社、p.44
  32. ^ 搭乗実績”. スカイマーク株式会社. 2013年1月11日閲覧。
  33. ^ 春秋航空が茨城に就航、初便搭乗率80%も「不満」−片道4000円に意欲”. 旅行業界 最新情報 トラベルビジョン (2010年7月29日). 2013年1月11日閲覧。
  34. ^ 搭乗者の大人。非搭乗者は1000円。
  35. ^ 「茨城〜上海4000円」で話題 中国の格安航空がモテモテ - ZAKZAK(2010年11月2日付、2011年2月2日閲覧)
  36. ^ 茨城空港高速バス・連絡シャトルバスの増便について - 関東鉄道(2011年2月2日閲覧)
  37. ^ 茨城空港ライナー (PDF) - 茨城交通(2011年2月2日閲覧)
  38. ^ 2/1ダイヤ改正のお知らせ (PDF) - 関鉄グリーンバス(2011年2月2日閲覧)
  39. ^ 茨城空港は百里として記載されている。国土交通省、航空旅客数・貨物取扱量の推移。2014年閲覧。
  40. ^ 県民学研究会『茨城学』洋泉社、p.45
  41. ^ 茨城県、企画部空港対策課。2014年5月閲覧。
  42. ^ 百里飛行場 主要都市と直結”. 国道交通省関東地方整備局鹿島港湾・空港整備事務所. 2012年1月28日閲覧。
  43. ^ 茨城新聞。2014年6月1日(日)、茨城空港 旅客、初の減 札幌便の減便響く 国際線は10万人突破13年度。2014年。
  44. ^ イベント情報 茨城空港来場者200万人達成記念イベントの開催”. 茨城空港. 2013年1月11日閲覧。
  45. ^ 茨城空港利用促進等協議会、茨城空港の歩み。2014年閲覧。
  46. ^ 航空:空港管理状況”. 国土交通省. 2013年8月7日閲覧。
  47. ^ 茨城空港のあゆみ”. 茨城空港利用促進等協議会. 2013年12月12日閲覧。
  48. ^ a b 茨城・ソウル便、6月末まで運休 アシアナ、原発事故懸念茨城新聞(2011年12月24日閲覧)
  49. ^ フライト情報|茨城空港茨城空港公式サイト(2011年12月24日閲覧)
  50. ^ a b “茨城空港ソウル便、11月以降も運休「需要回復せず」”. 茨城新聞. (2011年9月23日). オリジナル2011年9月30日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110930090720/http://ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13167020138004 2011年12月24日閲覧。 
  51. ^ ミャンマー国際航空の茨城発着チャーター便、12月6日から販売 FlyTeam ニュース 2013年12月2日付
  52. ^ チャーター便運航実績”. 茨城空港利用促進等協議会. 2014年6月5日閲覧。
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  61. ^ マレーシアのLCCエア・アジアX、羽田-クアラルンプール線就航 - 日本経済新聞(2010年9月21日付)
  62. ^ エアアジア:日本路線に再参入へ 15年にも合弁会社設立 - 毎日新聞(2014年4月10日付)
  63. ^ [http://toyokeizai.net/articles/-/41135 スクープ!楽天が航空事業に参入へ パートナーは東南アジア最大手LCCのエアアジア] - 東洋経済ONLINE (2014年6月26日付)
  64. ^ ごあいさつ”. BB AIRWAYS (2014年6月4日). 2014年6月4日閲覧。
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  66. ^ 低コスト航空会社に対応へ 導入されれば全国初 - 09年度開港の茨城空港 常陽新聞(2007年12月8日
  67. ^ 茨城空港ターミナル、30年間の収支見通し 常陽新聞(2008年3月12日
  68. ^ '08くらしと県予算<6> 茨城空港整備
  69. ^ 野田首相が航空観閲式に出席
  70. ^ 埼玉県秩父市におけるヘリ墜落による乗員等の捜索・救助に係る災害派遣について(最終報)防衛省報道資料
  71. ^ 東日本大震災に伴う災害派遣活動 航空自衛隊百里基地広報
  72. ^ 茨城空港〜東京駅間に直行高速バス-航空便発着に合わせ運行 - みんなの空港新聞(2010年5月26日付、2011年2月2日閲覧)
  73. ^ アシアナ機オーバーラン、報告は2日後 - 読売新聞2010年3月24日付)
  74. ^ 茨城空港:アシアナ航空機がオーバーラン - 毎日新聞2010年3月24日付)
  75. ^ 東日本大震災:茨城空港、14日から開港 毎日新聞 2011年3月14日
  76. ^ 日本経済新聞、2011年6月27日。2014年閲覧。
  77. ^ みんなの空港新聞。2014年閲覧。
  78. ^ 朝日新聞、2012年2月27日8時31分、燃料切迫、14機が緊急事態 3・11着陸地変更で混乱。2014年閲覧。
  79. ^ 「ソウル便運休」期間延長を申請 アシアナ航空 東京新聞 2011年5月18日付 同日閲覧
  80. ^ 茨城新聞 震災後初、アシアナ航空チャーター便 「定期便再開を」と期待 茨城-ソウル、往復とも満席、2013年1月19日(土)。2014年閲覧。

関連項目[編集]

航空自衛隊関連[編集]

民間共用空港関連[編集]

外部リンク[編集]

茨城空港関連[編集]

航空自衛隊百里基地関連[編集]