鹿児島空港
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| 鹿児島空港 Kagoshima Airport |
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| IATA:KOJ-ICAO:RJFK | ||||
| 概要 | ||||
| 国・地域 | ||||
| 設置場所 | 鹿児島県霧島市 | |||
| 空港種別 | 商業 | |||
| 運営者 | 国土交通大臣 | |||
| 標高 | 271.9 m・892.1 ft | |||
| 位置 | ||||
| ウェブサイト | ||||
| 滑走路 | ||||
| 方向 | ILS | 全長×全幅(m) | 表面 | |
| 16/34 | II | 3,000×45 | 舗装 | |
| リスト | ||||
| 国際空港の一覧・日本の空港 | ||||
鹿児島空港(かごしまくうこう)は、鹿児島県霧島市にある空港。空港法第4条1項5号に該当する空港として政令で定める空港に区分されている。海上保安庁第十管区海上保安本部鹿児島航空基地(かごしまこうくうきち)を併設する。九州では福岡空港に次ぐ第2位の旅客乗降数を誇る。
目次 |
[編集] 概要
鹿児島県霧島市の通称・十三塚原にあり、鹿児島市街地に出るのには、約35分~1時間を要する。鹿児島市街へは日中ほぼ10分おきにバスが運行されている。離島路線を抱えているので、第二種空港としては規模が大きい。
2時間以上かかり乗り継ぎを要する熊本空港よりも、1時間程度で到達でき高速バスがそのまま乗りつけることから、熊本県人吉市や球磨郡など、鹿児島県外の利用者も多い。
レンタカーの需要も高いため、トヨタレンタリースやニッポンレンタカー等たくさんのレンタカー営業所が鹿児島空港前の国道504号沿いに軒を連ねている。
年間利用客数は、国内5,478,009人、国際92,419人(2007年度)[1]。
[編集] 歴史
- 1932年(昭和7年) 鹿児島市鴨池地区に、鹿児島市営水陸両用飛行場が建設。
- 第二次世界大戦中は、海軍鹿児島基地として使用。
- 1957年(昭和32年) 旧・鹿児島空港(通称・鴨池空港。現在の鹿児島市鴨池新町付近)が第二種空港として開港。
- 1972年(昭和47年) 現在地に移転し、新たに鹿児島空港として開港。滑走路は、2500m。当初より国内線とは別に国際線専用ターミナルを要するなど、ローカル空港としては先駆的であった。
- 1980年(昭和55年) 滑走路、3000mに延伸、供用開始。
[編集] 航空管制
| CLR | 121.8MHz |
| GND | 121.7MHz |
| TWR | 118.2MHz,126.2MHz,261.2MHz |
| DEP | 119.4MHz |
| APP | 119.4MHz,120.8MHz,126MHz,261.2MHz |
| TCA | 120MHz,225.2MHz |
| ATIS | 127.05MHz |
[編集] 航空保安無線施設
[編集] 空港内設置
| 局名 | 識別信号 | 周波数 | |
| VOR | DME | ||
| 加治木 | KGE | 115.7MHz | 1191MHz |
[編集] 空港外設置
| 局名 | 識別信号 | 周波数 | |||
| NDB | VOR | DME | TACAN | ||
| 鹿児島 | HK | 390KHz | |||
| HKC | 113.3MHz | 1167MHz | |||
| 国分 | KBE | 117.3MHz | 1207MHz | ||
- 保守は、大阪航空局鹿児島空港事務所航空管制技術官が担当
[編集] 就航路線
航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便。
[編集] 国内線
- スカイネットアジア航空 (SNA)・全日本空輸 (ANA)
- 東京国際空港、那覇空港
- オリエンタルエアブリッジ (NGK)
- フジドリームエアラインズ (FDA)
- 静岡空港(2009年7月23日より就航予定)
かつては新千歳空港、仙台空港、小松空港、神戸空港、徳島空港、高知空港、大分空港へも就航していた。
| 行き先 | 旅客数 | 国内線順位 |
|---|---|---|
| 東京国際空港 | 約225万人 | 上位6位 |
| 大阪国際空港 | 約101万人 | 上位26位 |
国土交通省 平成19年度航空運輸統計速報(平成20年6月26日)、上位50位までを記載。
[編集] 国際線
かつては香港国際空港、バンコク国際空港、シンガポール・チャンギ国際空港、グアム国際空港、ナウル国際空港、ポートモレスビー国際空港へも就航していた。
[編集] 近辺の見どころ・宿泊
- 西郷公園
- バレル・バレープラハ&GEN
- かごしま空港ホテル
- JR肥薩線嘉例川駅(北へ約3km)。創建以来の古い駅舎が残る。「温泉バス」が経由する。
- 目前に霧島山が見えるように、周囲には妙見温泉など温泉が多く「温泉バス」が本数は多くないものの運行しており、一日500円で一箇所の温泉入浴券付で乗車する事ができる。
[編集] アクセス
鹿児島空港は主要都市や市街からやや離れた場所にあるが、九州自動車道溝辺鹿児島空港インターチェンジが至近にあり、高速道路を利用したアクセスは非常に良好である。空港ターミナルビルでは、鹿児島市を始めとした県内各都市や、宮崎市など県外各都市への直通バスが出ており、鹿児島市~熊本市間の高速バスなども停車する。鹿児島空港南バスストップで長距離バスの発着もある。また、レンタカー、貸駐車場も空港至近で多く営業している。 反面、鉄道のアクセスは肥薩線嘉例川駅となるが、車でも10分程度かかり、肥薩線はアクセス路線となってはおらず、本数も少ないなど利便性は高くない。 一般道では国道504号が至近を通るが、高速道路のアクセスが良好なため、霧島市など近隣から利用される程度である[要出典]。
[編集] バス
- 空港ターミナルビル:県内各都市や県外各都市への直通バスが出ている他、一部の都市間高速バスなども停車する。券売機、窓口もある。
- 鹿児島空港南バスストップ:九州自動車道上に位置。長距離高速バスが発着する。一部空港ターミナルに直接乗り入れる便もある。
[編集] 鉄道
- 最寄駅は嘉例川駅より車で約7分、バス(霧島行き)で約10分。嘉例川バス停から徒歩約5分。ただし、本数が肥薩線含めいずれも少ないので、利用には注意が必要。
日豊本線の国分駅(約25分)、加治木駅(約20分)からが、路線バスのアクセスが1日10本程度あるため嘉例川駅に比べて便利である。
[編集] 道路
[編集] 旧・鹿児島空港
旧・鹿児島空港は、1932年に鹿児島市営水陸両用飛行場として建設された。第二次世界大戦中には、海軍鹿児島基地として使用された。特別攻撃隊の基点としては鹿屋と知覧が著名であるが、本飛行場も使用された。
1957年には鹿児島市の中心にほど近い鴨池地区に鹿児島空港(通称・鴨池空港)が第二種空港として開港した。1972年に空港が現在地に移転したため、旧空港は廃止となった。
旧空港の跡地は日本住宅公団により鴨池ニュータウンとして開発され、1996年には県庁や県警本部がこの一角に移転した。また、旧空港ビルはスーパーマーケット、旧格納庫は南国交通鹿児島営業所の車庫として利用されていた(2008年8月に鹿児島市小野町へ移転)が、旧格納庫については2008年10月以降に取り壊される予定。
[編集] その他
- 2006年度の主な路線の旅客数[4]
- 東京(羽田):225万6,732人
- 大阪(伊丹):97万6,414人
- 神戸:18万5,184人
- 関西:9万5,776人
- 中部:47万6,808人
- 福岡:24万8,614人
- 屋久島:16万5,140人
- 奄美大島:30万0,182人
- 徳之島:13万3,937人
- 那覇:21万1,401人
- 東京線が最も大きなシェアを持ち、大阪線・中部線・奄美大島線・福岡線・那覇線と続く。ワイドボディ機は、幹線を除くと東京線や大阪線に導入されたケースが多い。またそうした背景から多数メモリアルフライトの舞台ともなり、東亜国内航空(現日本航空)・エアバスA300のファーストフライト(1981年3月1日)、日本航空・マクドネル・ダグラスMD-11のファーストフライト(1994年4月1日)、全日本空輸・トライスターのラストフライト(1995年11月30日)、同ボーイング747-SRのラストフライト(2006年3月10日)と、実に4度も羽田〜鹿児島線がワイドボディ機に関するメモリアルフライトの舞台となった。
- 空港内には離島路線を担う日本エアコミューターの本社がある。同空港を拠点に奄美、沖永良部、与論などの薩南諸島への路線を展開している。その主力であった唯一の国産旅客機YS-11の国内ラストフライトの舞台ともなった(2006年9月30日JAC3806便 沖永良部発鹿児島行)。
- 海上保安庁第十管区海上保安本部鹿児島航空基地を併設する。
- 空港施設内に鹿児島空港内簡易郵便局が設置されている。
- 到着ロビー(1階)を出ると出入り口(2)と出入り口(3)の間に空港温泉足湯 おやっとさあ(お疲れ様の意)が設置されている。
- 以前はエア・ナウル(現アワー航空)のナウル線(グアム経由)運航されていたが、機材やパイロット不足で就航率が悪く二日遅れなどの遅延も多く撤退した。なお、当時のチケットはオセアニア方面へ向かう旅行者向けに格安航空券として販売されていた。
- 2002年4月~2006年4月の期間、スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)によって羽田空港便が就航していたが、就航から4年で撤退した。しかし、搭乗率が平均60%台と、当時としては比較的高い数字を維持していたにも関わらず撤退したことは地元経済界の出資者から猛反発を受けた。撤退の背景には当時50億円の赤字を抱えたスカイマークが、より高い収益を確保すべく路線の集約をもって機材の回転数を上げる狙いがあったとされる。岩崎産業が訴訟を提起するなど、同社が撤退した3路線の中でも最も激しい抗議を行ったのが鹿児島であった。
- 現在地は第二次世界大戦中に海軍航空隊・国分第二基地として、沖縄方面への特攻出撃などにも使用されていた場所である。滑走路34方向に空港公園があり、戦時中の滑走路の破片が展示されている。
[編集] 脚注・出典
- ^ 大阪航空局「管内空港の利用状況概況集計表(平成19年度速報値)」
- ^ JALエクスプレスの機材・乗務員で運航する便あり
- ^ エアーニッポン、エアーネクストの機材・乗務員で運航する便あり
- ^ 第4表 国内定期航空路線別、区間別、月別運航及び運送実績(国土交通省 航空輸送統計調査 年報)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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