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石垣空港(いしがきくうこう、Ishigaki Airport)は、沖縄県石垣市(石垣島)にある地方管理空港である。年間利用客数は、国内1,865,314人、海外2,320人(2007年度)[1]。
[編集] 航空管制
管制は、国土交通省大阪航空局石垣空港出張所が担当
[編集] 航空保安無線施設
| 局名 |
識別信号 |
周波数 |
開設日 |
開設理由 |
| VOR |
DME |
| 石垣 |
GKE |
117.7MHz |
1211MHz |
|
|
| 八重山 |
YAE |
平19.10.25-平20.1.16 |
石垣局のメンテ |
保守は、大阪航空局石垣空港出張所航空管制技術官が担当
[編集] 歴史
- 1943年 地元沖縄県八重山郡が、旧日本軍海軍飛行場を誘致・建設。
- 1956年 民間航空による運航開始。
- 1972年 日本復帰と同時に石垣市管理から沖縄県の管理に移行。
- 1973年 第三種空港に指定。
[編集] 路線
かつては大阪国際空港、広島空港、多良間空港、波照間空港へも就航していた。
(石垣空港発)就航路線別旅客数/順位
| 行き先 |
旅客数 |
国内線順位 |
| 那覇空港 |
約139万人 |
上位14位 |
国土交通省 平成19年度航空運輸統計速報(平成20年6月26日)、上位50位までを記載。
[編集] アクセス
運行本数・所要時間・料金等の詳細は、該当項目や公式サイトにて最新情報を確認されたい。
- 東運輸
- 石垣バスターミナル発着便(西回り(ホテル日航八重山経由)、東回り(全日空ホテル&リゾート経由))
[編集] 新空港建設
現空港は現在様々な問題を抱えており、新空港の建設が検討されてきた。1982年には南西航空(現・日本トランスオーシャン航空)のボーイング737-200が滑走路をオーバーランし、炎上する事故も起き住宅密集地の空港への危機感が高まった。しかし同年発表された新空港案は石垣島東部の白保集落沖合いのサンゴ礁を埋め立てるもので地元や自然保護団体から強い反対を受け、1989年に撤回された。その後建設予定地は二転三転し、2000年に島東部の海沿いの陸地が新空港予定地として選定された。(新石垣空港も参照)
[編集] 建設推進論
- 今後、乗降客数が増加すると予想され、現在の空港での対応は困難となる恐れがある。
- 滑走路が1,500 mと短く、小型旅客機(現在導入されているジェット旅客機は、ボーイング737-400・500・700。RACではDHC-8などのプロペラ機が運航されている)ですら着陸する際には常に急制動が行われている状態であり、旅客機を運航するのに十分な長さとはいえない。
- 離陸時も航空機の滑走距離と最大離陸重量の兼ね合いから、(特に本土路線において)搭乗客数、搭載貨物数に重量制限が課せられており、一部本土路線では離陸時重量制限のため本土直行分の燃料が搭載できないため、那覇や宮古を経由し、燃料給油を余儀なくされている。
- また、滑走路長との兼ね合いから、上記記載の小型旅客機でしか運行出来ず、小型旅客機においては航空貨物のコンテナ輸送が不可能なため、八重山地域の産業振興・発展に支障をきたしている。
- 石垣空港の北には国指定のフルスト原遺跡があり、南には市街地が広がっているため、現空港の拡張は不可能である。
- 現空港の南側には市街地、住宅地、学校等が存在しており、現在でも航空機騒音等により住民生活に強い不安を与えている。特に、空港南側に位置する八重山商工高校、平真小学校では航空機騒音により授業を一時中断するほどの被害があるため、新空港建設は石垣市街地に住む住民から強い要請がある。
[編集] 建設反対論
- 乗降客数が増加する予想は過大。
- 環境が自慢の観光資源の島で、環境を破壊する大きな開発を伴う。
- 現空港の拡張は可能。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 大阪航空局「館内空港の利用状況概況集計表(平成19年度速報値)」
- ^ エアーニッポン、エアーネクスト何れかの機材・乗務員で運航
[編集] 外部リンク
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