調布飛行場

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東京都調布飛行場
Chofu Airdrome
Chofu airfiled.JPG
IATA:?-ICAO:RJTF
RJTFの位置
RJTF
調布飛行場の位置
概要
国・地域 日本の旗 日本
設置場所 東京都調布市
空港種別 その他の空港
運営者 東京都港湾局
標高 42.3 m・138.8 ft
位置 北緯35度40分02秒
東経139度31分56秒
座標: 北緯35度40分02秒 東経139度31分56秒
ウェブサイト
滑走路
方向 ILS 全長×全幅 (m) 表面
17/35 NO 800×30 舗装
リスト
空港の一覧

調布飛行場(ちょうふひこうじょう Chofu Airport)は、東京都調布市(一部三鷹市府中市にまたがる)にある日本の飛行場である。東京都営空港の一つ。正式名称は「東京都調布飛行場」[1]。「調布空港」と呼ばれることもある。

歴史[編集]

開設まで[編集]

飛行場入口近くにある、東京都港湾局による「調布飛行場」モニュメント
調布飛行場付近の空中写真。(1984年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
北から見る。飛行機が離陸している。
西から見る。飛行機が離陸している。
近くにある飛行場竣工当時の門柱
飛行場北側にある戦闘機用掩体「大沢1号」
飛行場北側にある戦闘機用掩体「大沢2号」

1938年昭和13年11月、陸軍次官・内務省次官から東京府知事へ飛行場建設への協力を申し入れた。12月18日、調布尋常高等小学校で飛行場建設予定地の説明会を開催した。

1939年昭和14年1月16日、「東京調布飛行場」の建設が告示され、3月20日に東京府知事が逓信大臣に飛行場の設置許可を申請をした。4月22日、地鎮祭が挙行され、建設工事が開始された。5月30日には飛行場予定地の買収が完了し、建物、竹木類の撤去・伐採終了した。

1940年昭和15年3月30日、陸軍省・逓信省航空局・東京府で調布飛行場設置に関する協定を締結した。

開設[編集]

1941年昭和16年)4月30日、竣工式が行われ、現在の位置に東京府により公共用飛行場として開設された。そのときの名称は「東京調布飛行場」で、これが現在の「東京都調布飛行場」の前身である。開設当初は現在の滑走路とほぼ同じ位置のメイン滑走路(全長1000 m・幅80 m)とメイン滑走路の南端近くで交わる東西方向の横風用滑走路(全長675 m・幅80 m)との合計2本のコンクリート舗装滑走路が存在した。

戦時中[編集]

太平洋戦争中は,もっぱら帝国陸軍が使用した。特に,1942年(昭和17年)のドーリットル空襲後は帝都防空拠点として重要視されるようになり、南は現在の味の素スタジアムのあたり、西は現在の警視庁警察学校のあたりまでそれぞれ拡張され、未舗装の滑走地帯となった。

第二次世界戦争末期は、首都圏に飛来するボーイングB-29爆撃機などを撃退するために戦闘機隊が配備された。中でも有名なのは三式戦闘機を装備した飛行第244戦隊で、京浜地区の空襲のたびに出動しB-29に体当たりするなどして戦果を挙げているが、沖縄戦が始まると同戦隊は特攻作戦支援のために九州へ移動したため、調布飛行場には偵察機だけが残された。

アメリカ軍による占領[編集]

第二次世界大戦の敗戦後の1945年(昭和20年)9月、調布飛行場は日本を占領下に置いた連合国軍の主力であるアメリカ軍によって接収された。舗装滑走路は飛行場として使用され、戦時中に拡張された未舗装の西側地区は当初、アメリカ軍の水耕農場(人糞堆肥を用いない衛生的野菜の生産場)とされた。また、これら物資輸送の為、西武多摩川線から専用線が引かれ、物資輸送されていた。その後,その専用線は廃線となる。

1952年(昭和27年)になるとサンフランシスコ講和条約日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約が発効、行政協定により飛行場とともに「調布水耕農園(施設番号 FAC 3702)」の名称で接収財産から提供施設区域に切り替えられた。

その後、東京都渋谷区にあったアメリカ軍兵舎・住宅施設「ワシントンハイツ」が1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催にあわせて日本に返還されることになったことから、代替住宅施設が建設され、「関東村住宅地区及び補助飛行場」と名称変更された。

返還[編集]

1954年(昭和29年)8月、飛行場の日米共同使用がアメリカ側から認められた。

1955年(昭和30年)2月、飛行場地区の一部が日本に返還され国(運輸省)の管理によって場外離着陸場として運用されるようになった。

1972年(昭和47年)2月、地元の三鷹・府中・調布の3市は全面返還後の利用などについて協議するために市長及び市議会議長で構成する調布基地対策連絡協議会(略称「六者協」)を結成。同年4月、東京都は継続使用を求める日本国政府に対し3年以内に代替空港の選定及び移転をすることを条件に暫定使用を了承。

1973年(昭和48年)3月、飛行場地区が日本に全面返還された。

その後約10年にわたり政府(運輸省,現国土交通省)、東京都及び六者協の間で返還後の跡地の利用について協議・折衝が繰り返される。

その間、1979年(昭和54年)3月には、新中央航空が調布 - 新島間の不定期便運航を開始。更に1984年(昭和59年)12月には調布 - 大島間が、そして1992年平成4年)7月には調布 - 神津島間の不定期便が運航されるようになった。

都営コミューター空港[編集]

1992年(平成4年)7月、国から東京都に調布場外離着陸場の管理・運営が引き継がれた。

1996年(平成8年)7月、東京都と六者協とが調布場外離着陸場の正式飛行場化に合意。

1998年(平成10年)に東京都から運輸省に飛行場設置許可申請が出され、同12月に飛行場設置許可が下りた。そして1999年(平成11年)7月に滑走路そのほか飛行場施設の整備工事に着手した。

2001年(平成13年)3月31日、正式な飛行場(都営コミューター空港)として開港。

2006年(平成18年)4月1日、これまで調布飛行場内に置かれていた国の機関(国土交通省東京航空局及び気象庁の官署)が廃止され、代わって東京都が情報提供業務などを行うこととなった。

旧飛行場時代の面影[編集]

2本の滑走路のうち東西方向の横風用滑走路はアメリカ軍占領時代以降使用されなくなっていたが、1990年代前半まではどちらも航空写真などで旧日本軍時代の舗装跡をはっきり確認することができた。しかし、「関東村」の跡地が日本国政府から払い下げられて開発が始まると、旧滑走路,駐機場の舗装跡などは撤去された。撤去後に改めて現在の滑走路、駐機場及びその他の付属施設を新設したため、旧飛行場の面影は現在ほとんど残っていない(詳細に探せば、ごく一部に見つけることはできる。)。

現在、移築保存された旧飛行場の門柱と飛行場北側に残された戦闘機用コンクリート掩体壕三つが公開されている(他にも掩体壕,対空砲砲座跡などがいくつか残っているが、個人の敷地内なので公開されていない。)。

運航路線[編集]

旅客ターミナル[編集]

旅客ターミナル内には新中央航空のチェックインカウンター、待合室、自動販売機トイレなどが設置されている。ATM、外貨両替所、レストランなどはないが、ターミナル外の空港敷地内にレストラン「プロペラカフェ」がある。また、旅客ターミナル前にバス停がある。

2013年(平成25年)4月2日に新しいターミナルビルが完成し、供用が始まった。

アクセス(出入り)[編集]

運行本数・運賃・経路の詳細は、公式サイトなどで最新情報を確認されたい。

バス[編集]

電車[編集]

自動車[編集]

  • 調布駅からタクシーで10分程度。
  • 自家用車の場合は、駐車場(有料)がある。

所在地[編集]

〒182-0032 東京都調布市西町290番3号(東京都調布飛行場管理事務所)

データ[編集]

  • 面積:約39 ha
  • 管制圏:2006年3月31日をもって廃止(以前は滑走路の中心点から高さ約750 m半径5 kmの空域となっていた)
  • 航空機の駐機可能数: 固定翼機90機 回転翼機(ヘリコプター)6機
  • 運用方式:有視界飛行方式 (VFR)

イベント[編集]

1995年から毎年10月頃に『調布飛行場まつり』が開催されている。セスナヘリコプターの展示やデモ飛行などが行われるほか、オークションやフリーマーケット、スタンプラリーや屋台なども出て賑わう[3]

備考[編集]

  • 戦時中の拡張工事の際には、近藤勇の生家が工事の邪魔となり取り壊されている。
  • 飛行場北側の都立武蔵野の森公園内に残存している戦闘機用掩体壕は、復元整備され公開されている。
  • 2009年の第15回多摩川クラシコ川崎フロンターレは、FC東京のホームスタジアムである『味の素スタジアム』へ行くために、竹芝ふ頭からフェリーで一旦伊豆大島へ渡り、伊豆大島から飛行機で調布飛行場へ降り立ちスタジアムへ向かうというアウェイツアーを実施した。

登場作品[編集]

参考資料[編集]

  • 東京都発行のパンフレット「調布飛行場」

脚注[編集]

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  1. ^ 東京都営空港条例” (日本語). 東京都 (2009年7月24日). 2010年3月19日閲覧。
  2. ^ 新中央航空、4月2日から調布/三宅島線に就航 スケジュール発表 FlyTeam 2013年12月26日付
  3. ^ 第17回調布飛行場まつりを開催(東京都公式ホームページ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]