松山空港

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松山空港
Matsuyama Airport
Matsuyama Airport(MYJ)3.JPG
IATA:MYJ-ICAO:RJOM
MYJ/RJOMの位置(日本内)
MYJ/RJOM
MYJ/RJOM

空港の位置

概要
国・地域 日本の旗 日本
設置場所 愛媛県松山市
空港種別 商業
運営者 国土交通大臣
運営時間 7:30 - 21:30
標高 8 m・25 ft
位置 北緯33度49分38秒
東経132度41分59秒
座標: 北緯33度49分38秒 東経132度41分59秒
ウェブサイト
滑走路
方向 ILS 全長×全幅 (m) 表面
14/32 I 2,500×45 舗装
リスト
空港の一覧
上空より見た松山空港
1974年撮影の松山空港付近の空中写真。滑走路延長2,000メートルの頃。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。1974年撮影の6枚を合成作成。

松山空港(まつやまくうこう、Matsuyama Airport)は、愛媛県松山市にある国管理空港である。

概要[編集]

伊予灘に面した海岸線に位置し、海側からが優先進入路となっている。松山空港から半径10km以内の航空交通管制圏は松山空港が管制しているが、その上空の高度約4500メートルまでの空域はアメリカ海兵隊岩国基地が行っている[注 1]。空港ターミナルビルの管理・運営は伊予鉄道が行っていたが、1978年に松山空港ビル株式会社(後述)が設立されて以降は同社が管理運営を行っている。

年間利用客数は、国内2,300,795人、国際52,311人(2012年度)[2]。次点の高松空港と比較しておおむね2倍で四国地方では最多であり、中四国地方でも広島空港に次いで2番目の利用者数である。

松山市中心部からの交通の利便性が高い。

愛媛県は二宮忠八(明治時代の航空機研究者)の出身地という縁から、構内には彼が設計した飛行機の模型が展示されている。

歴史[編集]

広島湾要塞の防空を担うため日本海軍が設営した吉田浜飛行場が前身である。

太平洋戦争中には9つの航空隊および基地部隊として内海空本部が展開したほか、飛行場北側の敷地には予科練教育隊である松山海軍航空隊が置かれた。軍用飛行場としての名残は、周辺に3基保存されている戦闘機用の掩体壕にも見てとれる。なお、吉田浜飛行場時代の滑走路設備は、現在の滑走路と誘導路の中間に現存している。

戦後は、イギリス連邦占領軍により接収を経て、旧飛行場を拡張して民間空港として利用されている。

沿革[編集]

  • 1941年 - 海軍呉建築部の下、土木工事を内務省神戸土木出張所、建築工事を錢高組が担当して工事を開始する。
  • 1943年10月 - 第一期工事が終了し、松山海軍航空基地として使用を開始する。
  • 1944年4月 - 第二期工事として、掩体、隧道、誘導路の工事を開始する。
  • 1943年-1945年 - 第263空(戦闘機隊・豹部隊)、第341空(戦闘機隊・獅子部隊)、第653空(母艦部隊)、第541空(艦爆隊・響部隊)、第601空(母艦部隊)、二代目第343空(戦闘機隊・剣部隊)、171空(偵察機隊、翔部隊)、721空(神雷部隊)、大和空第二千早隊(中練特攻隊)の各航空隊のほか、基地部隊として内海空本隊が展開する。
  • 1945年 - 連合国軍に接収される。なお、朝鮮戦争時には米英軍が使用した。
  • 1952年7月 - 連合国軍による接収が解除される。旧基地のエプロン部分を滑走路とし、民間空港として整備する。
  • 1956年3月 - 大阪国際空港との間で民間旅客輸送を不定期便にて開始する。
  • 1958年2月 - 空港整備法に基づく第二種空港として指定される。
  • 1959年10月 - ターミナルビル(初代)が完成。1,200m滑走路の供用を開始する。
  • 1961年
    • 4月 - 当空港初の民間定期便として、大阪国際空港線が就航する。
    • 9月 - 広島空港線が就航する( - 1999年3月)。
  • 1965年11月 - 東京国際空港への直行便が就航する。
  • 1966年1月 - 福岡空港線が就航する。
  • 1966年 - 全日本空輸YS-11が着陸に失敗して伊予灘に墜落、乗員乗客全員死亡(全日空松山沖墜落事故)。この事故を機に滑走路延長、ILSなどの航行保安施設等の拡充が決定する。
  • 1967年4月 - 第1次空港整備5ヵ年計画(1967年度 - 1971年度)により、滑走路の延長計画などに着手する。
  • 1968年 - ターミナルビル(2代目)が完成する。
  • 1971年5月 - 名古屋空港線が就航する( - 2011年2月)。
  • 1972年
    • 3月 - 岡山線( - 1981年10月)および宮崎線( - 2005年2月)が就航する。
    • 4月 - 2,000m滑走路の供用を開始し、中・四国で初めて(全国で6番目)のジェット化空港となる。
  • 1973年6月 - 海側からの離着陸を基本とする航空機騒音軽減運航(優先滑走路方式)規制を開始する。
  • 1978年
    • 11月 - ターミナルビルの運営会社「松山空港ビル」を設立する。
    • 12月 - 鹿児島空港線が就航する。
  • 1979年4月 - 初の国際チャーター便(香港行き)が就航する。
  • 1981年10月 - 第4次空港整備5ヵ年計画(1981年度 - 1985年度)により、2,500m滑走路の整備が決定される。
  • 1985年10月 - 滑走路延長工事が開始され、滑走路を海側に500m延長するための埋立護岸工事および、ターミナルビル地域拡張工事に着手する。
  • 1986年11月 - 那覇空港線が就航する( - 2010年10月、2011年10月より再開)。
  • 1989年7月 - 運用時間を13時間に延長する(8:00 - 19:30 → 7:30 - 20:30)。
  • 1991年10月 - 新千歳空港線が就航する( - 2007年10月、2011年3月 - 2011年10月)。
  • 1991年12月 - 延長2,500mの滑走路および、旅客ターミナルビル(3代目)の供用を開始し、ジャンボジェット機の就航が可能となる。
  • 1992年
    • 1月 - 松山空港利用促進協議会が設立される(愛媛県、松山市、経済団体、関係企業で構成)。
    • 9月 - 新たな貨物ターミナルビルの供用を開始する。
  • 1994年
    • 9月 - 関西国際空港線が就航する( - 2009年10月)。
    • 12月 - 国際線ターミナルビルの供用を開始する。
  • 1995年4月 - ソウル線が就航する。
  • 1996年9月 - 仙台空港線が就航する( - 1998年12月)。
  • 1997年12月 - 小松空港線が就航する( - 1999年6月)。
  • 1998年6月 - 松本空港線が就航する( - 2001年7月)。
  • 2004年
    • 7月 - 上海線が就航する。
    • 10月 - 熊本空港線が就航する。( - 2008年8月)。
  • 2005年
    • 2月 - 中部国際空港線が就航する。
    • 7月 - 運用時間を14時間に延長する(7時30分から20時30分だったものを、21時30分まで延長)。
  • 2007年4月 - 日本国内の空港では初の、エプロンルーフの運用を開始する。
  • 2008年1月 - 帰省ラッシュ時に、出発ロビー内にポンジュースの蛇口を設置する。
  • 2013年6月 - 国内線としては中四国で初めてのLCCによる、成田空港線が就航する[3]
  • 2014年2月 - 関西国際空港線が就航する。

施設[編集]

松山空港ビル株式会社
Matsuyama Airport Terminal Building Co,Ltd
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 791-8042
愛媛県松山市南吉田町2731番地
設立 1978年11月
業種 不動産業
事業内容 空港ターミナルビルの賃貸及び運営管理等
代表者 代表取締役社長 佐伯要
資本金 11億2,500万円
従業員数 40名
主要株主 伊予鉄道 29.3%
愛媛県 26.7%
全日本空輸 16.8%
松山市 13.3%
日本航空インターナショナル 8.2%等[4]
外部リンク http://www.matsuyama-airport.co.jp/
テンプレートを表示

国内線の搭乗口は4か所あり、保安検査場から見て左からA,B,C,Dと並んでいる。現在は、基本的に

  • 搭乗口Aと搭乗口BをJAL・JAC便(Jet Starも使用することが多い)
  • 搭乗口Cと搭乗口DをANA便

という棲み分けがされている。

松山空港ビル[編集]

松山空港ビル(まつやまくうこうビル)は、当空港ターミナルビルの賃貸・管理等を行うために設立された企業である。

1978年設立。その後、1991年に新旅客ターミナルビル、1992年に新貨物ターミナルビル、1994年に国際線ターミナルビルの供用を相次いで開始している。

株主には、かつてターミナルビルを運営していた伊予鉄道や就航会社の全日本空輸・日本航空インターナショナルのほか、自治体(愛媛県松山市)、金融機関(伊予銀行愛媛銀行愛媛県信用農業協同組合連合会)および地元メディア(愛媛新聞社南海放送テレビ愛媛)が名を連ねている[5]

就航路線[編集]

海側滑走路を滑走する日本航空のボーイング767型機
2階出発ロビーから見た全日空機
スポットにつくアシアナ航空機

国内線[編集]

かつての国内線定期就航路線[編集]

過去には、新千歳空港仙台空港松本空港小松空港名古屋飛行場岡山空港広島西飛行場熊本空港大分空港宮崎空港の各空港への路線が就航していた。

  • 大阪(関西)便は、ANKが2009年(平成21年)4月1日から不採算航路であることや原油高騰のため1往復減便し2往復となったが、搭乗率が低迷していたため同年10月末で廃止となった。2014年2月からPeach Aviationにより運航されることになった。
  • 熊本便は、AMX(天草エアライン)が2008年(平成20年)8月末をもって原油高騰および新規路線開設(神戸 - 熊本便)に伴う機材繰りの都合のほか、頻発した機材トラブルによる搭乗率低迷の影響で廃止となった。
  • 宮崎便は、JACが1日1往復運航していたが、搭乗率が低迷していたため2005年(平成17年)2月末で廃止となった。
  • 新千歳便は、2011年3月~10月の間の季節限定運航で復活したが搭乗率は芳しくなく、その後当初は同様に季節限定運航で開設した沖縄便が好調なことから、沖縄便が期間延長を重ね2013年秋現在に至るまで運航されており、現在は全日空の扱い上運休中となっている。

国際線[編集]

航空会社が2社以上の航路は、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便

  • 中国東方航空 (MU) ・ 日本航空 (JL)
    • 中華人民共和国の旗 中国上海浦東国際空港(上海) : 就航時、週2便(月・金)。2012年4月18日から週3便(月・水・金)、2013年3月以降 4便(月・水・金・土)に増便されたが、2013年10月27日から週2便(月・金)に減便[7]。エアバスA319型機。
  • アシアナ航空 (OZ) ・ 全日本空輸 (NH)
    • 韓国の旗 韓国仁川国際空港(ソウル) : 就航時から週3便(火・金・日)。エアバスA320・A321型機。
  • 愛媛県松山市と台北市松山区との交流から、中華民国の旗 中華民国台湾)・台北松山空港とのチャーター便の就航を目指しており、チャイナエアライン(CI)により2013年10月11日と14日に運航された。同名の空港同士を結ぶ航空便は世界初という[8]。また、将来の定期便化も目指している。

利用状況[編集]

(松山空港発)就航路線別旅客数/順位[9]
行き先 旅客数 国内線順位
東京国際空港 約143万人 上位11位
大阪国際空港 約48万人 上位45位

交通[編集]

リムジンバス[編集]

2012年10月27日までは、高知市へのホエールエクスプレスが停車していた。

一般路線バス[編集]

松山市街までは10分~15分間隔でバスが運転されており利便性は高い。運行本数・所要時間・料金等の詳細は、運行会社の項目や公式サイトを参照。

  • 伊予鉄道
    • [52]道後温泉、奥道後、湯の山ニュータウン行(松山駅、松山市駅、大街道経由)
    • [53]松山市駅行(松山駅経由)

乗合タクシー[編集]

自動車[編集]

松山市中心部からのアクセスは愛媛県道18号松山空港線(通称:空港通り)を経由するのが一般的となっている。慢性的な交通渋滞が課題となっていたが、1998年に松山空港線の新路線(通称:新空港通り)が供用された事により松山市内中心部とのアクセスは改善された。空港リムジンバスも新空港通りを経由する。
しかし、松山市郊外からのアクセスには時間がかかることがあるため、松山外環状道路空港線(松山ICと接続)などを整備し、アクセス性を向上する計画である。

駐車場は、旅客ターミナルビル前と貨物ターミナル前に公営の駐車場がある(第一駐車場は立体駐車場となっている)。このほか、旅客ターミナルビルまで送迎付きの民間駐車場も近傍に存在する。

タクシーの場合は、松山市駅まで約2,000円。

周辺[編集]

  • 2012年3月現在、空港周辺のうち、西は瀬戸内海に面し、南と北は帝人をはじめとした工場群や下水処理場、東には住宅と工場・倉庫等が混在しているほか一部に水田などがあるが、大型の商業施設や観光施設などはない。
  • 空港近くの南吉田地区には松山海軍航空隊基地の遺構である掩体壕が3か所に現存している。
  • ターミナルから滑走路をはさんで西側には公園が整備されている。
  • 空港の北側に存在する北吉田公園は、飛行機、管制塔など、空港に関する遊具が存在する。

事故・インシデント[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ さらにその上空の管制は福岡航空交通管制部が行っている。沖縄の進入管制空域が2010年3月31日に返還されたため、国内の民間空港で米軍が進入管制権を持つのは松山空港のみとなっている[1]

出典[編集]

  1. ^ “解く追う 松山空港の管制権問題”. 愛媛新聞. (2013年1月27日) 
  2. ^ “管内空港の利用状況概況集計表(平成24年度速報値)” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省大阪航空局, http://www.ocab.mlit.go.jp/about/total/report/pdf/riyou_h24d.pdf 
  3. ^ 中四国初の国内線LCC、松山-成田便就航 - 愛媛新聞(2013年6月11日付、同年10月5日閲覧)
  4. ^ 県出資法人経営評価検証シート (PDF)”. 愛媛県 (2013年). 2014年8月3日閲覧。
  5. ^ 会社概要”. 松山空港ビル (2009年). 2012年10月16日閲覧。
  6. ^ 大阪(関西)-四国・松山線を開設 (PDF) (プレスリリース) - Peach Aviation(2013年10月8日付)
  7. ^ 上海線、来月27日から 週2便に減 松山空港[リンク切れ] 愛媛新聞ONLINE 2013年9月13日付
  8. ^ 「松山―松山」便が就航 日台、発着地同名は世界初 日本経済新聞、2013年10月11日、2013年10月11閲覧
  9. ^ “平成24年度航空輸送統計速報” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省総合政策局, (2013年7月18日), http://www.mlit.go.jp/common/001005182.pdf 上位50位までを記載
  10. ^ “松山空港で小型機が胴体着陸 けが人なし”. 47NEWS (共同通信). (2009年10月10日). http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009101001000425.html 2012年12月24日閲覧。 

外部リンク[編集]