中村時広

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日本の旗 日本の政治家
中村時広
なかむら ときひろ
生年月日 1960年1月25日(52歳)
出身校 慶應義塾大学
前職 愛媛県議会議員
衆議院議員
松山市長
所属政党 日本新党→)
新進党→)
無所属
称号 修士
法学士
公式サイト TOKIHIRO.JP ≪中村時広 公式WEBサイト≫

愛媛県の旗 公選第17代 愛媛県知事
当選回数 1回
任期 2010年12月1日 - 現職

当選回数 3回
任期 1999年5月2日 - 2010年10月21日

日本の旗 衆議院議員
当選回数 1回
任期 1993年 - 1996年
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中村 時広(なかむら ときひろ、1960年1月25日 - )は、日本の政治家。愛媛県知事(民選第17代)。愛媛県議会議員、衆議院議員松山市長を歴任。実父の時雄もかつて松山市長を務めた。

目次

[編集] 人物・略歴

慶応高校慶應義塾大学三菱商事勤務を経て、愛媛県議会議員として政界に入る。県議会議員、衆議院議員1期を経て、1999年に松山市長に当選。父親の時雄が松山市長だった時代に当時の愛媛県知事・白石春樹と微妙な緊張関係にあったのとは対照的に、知事・加戸守行との関係は良好であった。

「日本一のまちづくり」を標榜し、市民が誇れるまちづくりを進めてきた。坊っちゃんスタジアムへのオールスターゲーム誘致など、その人脈とフットワークを活かし、成果を上げている。フィールド・ミュージアムの考えを取り入れ、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をモチーフとしたまちづくりを推進した。

また、行政事務の改革にも積極的に取り組み、平成12年度には四国で初となった総合窓口を導入したり、平成18年度にはコールセンターを開設している。

四国内一位にして、唯一の50万都市であるが、積極拡大政策により政令指定都市を目指したり、道州制実施後の州都を目指そうという意思は表明していない(周辺に大きな都市がなく、合併を重ねても、人口規模拡大は現実的に困難であるためでもある)。

2010年9月に任期を2か月残して退任を表明した愛媛県知事・加戸守行の後任を選ぶ11月11日告示の知事選挙に立候補。これに先立ち10月21日に松山市長の退職願を提出[1]。知事選では加戸の後継候補として各政党から支援を受けるが、自身の後任を選ぶ松山市長選挙では中村が擁立した候補と自民党県連が擁立した候補が対立するねじれの状況にあった[2][3]11月28日施行の愛媛県知事選挙では対立候補を退けて初当選[4]

現在でも、月曜日の朝、伊予鉄道松山市駅前でマイクを握り、街頭演説を行っている。

その一方で、公私共に熱狂的な愛媛FCサポーターであり[5]、2006年シーズンにはゴール裏で観戦[6]したり、2006年6月7日に行われた全国市長会の為に上京した際に、同日平塚競技場で行われていたJ2第20節 対湘南ベルマーレ戦に公式Tシャツ姿で飛び入り参加で応援した事もある。

[編集] 学歴

  • 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校卒業
  • 1982年 慶應義塾大学法学部法律学科卒業

[編集] 経歴

[編集] 関連項目

[編集] 人物

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

官職
先代:
加戸守行
Shadow picture of Ehime prefecture.png 愛媛県知事 愛媛県の旗
民選第17代:2010 -
次代:
(当選者)
先代:
田中誠一
Flag of Matsuyama, Ehime.svg 松山市長
第27-29代:1999 - 2010
次代:
野志克仁
稲葉輝二代理を挟む)
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