神戸空港
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| 神戸空港 (マリンエア) | ||||
|---|---|---|---|---|
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| IATA:UKB - ICAO:RJBE | ||||
| 概略 | ||||
| 空港種別 | 第三種空港 | |||
| 開港日 | 2006年2月16日 | |||
| 所在都市 | 兵庫県神戸市 | |||
| 設置 | 神戸市 | |||
| 運営 | 国土交通省大阪航空局神戸空港出張所 神戸空港ターミナル株式会社 |
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| 運用時間 | 7:00 - 22:00 (JST) | |||
| 海抜 | 15ft (5m) | |||
| 位置 | 北緯34度37分60秒 東経135度13分35秒 |
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| 滑走路 | ||||
| 方向 | ILS | 全長 | 全幅 | 表面 |
| 09/27 | YES | 8,202ft (2,500m) |
200ft (61m) |
舗装 |
神戸空港(こうべくうこう Kobe Airport)は、大阪の西26km、神戸市中心部三宮の南8kmに位置する第三種空港である。兵庫県神戸市中央区の沖にある人工島ポートアイランド沖南側の人工島に建設された。国内97番目の空港で、第三種空港としては初めて建設・運営を市が手がける市営空港である。2006年2月16日開港。近隣には大阪国際空港と関西国際空港が存在し、これによって関西三大空港時代を迎えた。愛称は「マリンエア」で、2500m滑走路1本を持つ海上空港である。空港3レターコードは元々神戸が持っていた都市コードであるUKBを使っている。なお、運賃取扱上は大阪と同一とみなされる。よって、都市コードの大阪OSAには伊丹ITM・関西KIX・神戸UKBの3空港が存在する。OSAはマルチエアポートシティである。
目次 |
[編集] 概要
空港島の造成や連絡橋(神戸スカイブリッジ)等を含めた建設費3140億のうち90%以上を神戸市が拠出して運営する。旭川空港・帯広空港に次いで国内3番目の市営空港となる。神戸市は、神戸空港の経済効果を約3,621億円と試算し、初年度においては約319万人の利用を見込んでいたが、実際には269万7279人(搭乗率61.1%)と予想を下回った。 空港開港に合わせてポートライナーが延伸されて三宮駅から最速16分半で結ばれており、神戸空港駅から空港ターミナルビルまでは約10mの連絡通路でつながっている。公共交通機関から空港カウンターおよびセキュリティゲートまでの距離は、おそらく国内空港においては最短ではないかと言われている[要出典]。2006年7月より、関西国際空港との間を高速艇が約30分で結ぶ航路が新設された。
また、2006年9月28日より『国際ビジネスジェット』が就航したため、税関や入国管理・検疫などを扱う出入国審査室が旅客ターミナルビル一階に設けられた。ビジネスジェット到着時に関係職員が臨時的に対応するようになっているが、利用申請が2週間前(入国時)までと早い、時間も平日の9時-17時のみの対応と限られる、植物検疫ができないので機内のゴミが捨てられない、など実質的な利便性は十分と言えない。
着陸料は、座席数300席弱の航空機で1回14万円程で大阪国際空港(伊丹空港)の半分、東京国際空港(羽田空港)・中部国際空港の3分の2になり他空港や新幹線に対して競争力を高めている。また、駐車場は1,250台分設置し、1時間150円、24時間1,500円となる(ただし、航空機利用者は最初の24時間無料、以降24時間1,000円。※保安検査内および到着ロビー内で精算するため、航空機利用者以外は特例を活用できない)。
神戸空港には採算・安全性に対する不安を指摘する意見もある。採算面では、空港建設で発行した市債の返済財源に空港関連施設用地82.6haの売却益をあてる計画である。しかし、2007年1月時点で0.3haが売却されたのみであるなど、用地売却については不調であり、神戸市は期間限定で割引などの優遇策を導入する方針であると報道されている。
[編集] 路線
現在の路線については#就航路線を参照。
定期便就航については3社が参入している。
開港当時は、スカイマーク(SKY)が1日7便、日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)がそれぞれ1日10便。いずれの航空会社も羽田便が中心になり、SKYの全便、JALとANAはそれぞれ2往復で、神戸~羽田は3社計11往復。その他の就航先は札幌(千歳)(3)、仙台(2)、新潟(2)、熊本(1)、鹿児島(4)、那覇(4)であり、合計27便で開港した(カッコ内は開港時の設定便数)。その後の推移は以下のとおり。
- 2006年4月 ANA千歳増便(+1)、那覇減便(-1)
- 2006年6月 *2006年9月 SKY東京線増便(+1) 神戸空港合計28便
- 2007ANA新潟減便(-1)、那覇増便(+1)
年2月 SKY運航機材を全便ボーイング767に変更し、減便(-1)
- 2007年4-6月 ANA新潟・鹿児島便廃止(-2)、羽田・那覇・千歳増便(各+1、計+3)。JAL千歳増便(+1)
- 2007年7月 JAL仙台・熊本便廃止(-2)。日本トランスオーシャン航空、石垣便を開設(+1)、JALから那覇線を一部移管。
- 2007年7-9月 SKY那覇線季節運航。ボーイング737使用で一日2-3便を運行(1便は曜日限定運行)。
- 2007年12月、2月、3月 SKY東京線増便(+1)
- 2008年4月 SKY東京線減便(-3)(羽田-旭川就航に伴い、羽田発着枠を振替)
- 2008年8月-9月 SKY那覇線季節運航予定(+2)
- 2008年9月(予定) AMX(天草エアライン)熊本便運航予定(+1)
スカイマークは、羽田便の普通運賃を10,000円~12,000円、別途前割・スカイバーゲンを設定している。(当面搭乗者の変動を見ながら月により変動させる)
また、大手航空会社の航空券であれば神戸・関空・伊丹が同一運賃で乗降地を自由に変更できる「マルチエアポート」制も実施している。(例えば、日本航空の羽田発神戸行の便を利用して神戸で用事を済ませる。その後、大阪へ行き帰りに全日空の伊丹発を同一運賃で利用することができる。スカイマークについては対象外。)しかし割引運賃は適用外のため、あまりメリットはない。
[編集] 運用
空港の運用時間は午前7時から午後10時の15時間であり、第三種空港では最長になる。
安全面においては、半径25kmの範囲で共存しながら競い合う。伊丹・関空・神戸の3空港は標準到着経路や標準計器出発方式の経路が接近していて運用上の難しさはあるものの、進入・ターミナルレーダー管制を3空港共同で行うことで対応している。関西全域の空域管制は、関空で行われているが、ここにサテライト空港席として特別に神戸空港専用の管制卓がおかれて関空機と神戸機との間のスムーズな管制をはかっている。神戸空港の運用は、着陸は東向き、離陸は西向きが基本である。
いずれも、明石海峡側に離発着するように設定されていて多少の追い風でもこの運用を行っている。離陸の場合は西向きはそのまま明石海峡上空のMAIKOポイントへと向かう。やむを得ずに、東向きに離陸する場合は空港東側で180度旋回しMAIKOポイントへ向かう。関空機との競合を避けるため、離陸後1500FTのレベルオフ(水平飛行)が設定されていたが、2006年11月23日以降は、西向き離陸に限っては3000FTへ緩和された。着陸も明石海峡から進入し、東風の場合にはそのまま降り、西風の強い場合は空港南側を通り六甲沖あたりで180度旋回してサークリングアプローチで着陸する。南北方向の風の影響を受けやすく、揺れることもある。また、コンパクトな空港の特性を逆に活かしてブロックアウトから離陸までのタキシング時間が5分少々であるという利点がある。
開港後の定時運行率は、全国平均並となっている。神戸空港は大阪市の中心地梅田からは関西空港より近く、将来的に関西空港利用者が流出する可能性もある。関空第2滑走路増設の需要予想が崩れる可能性があるために国土交通省は神戸空港の1日の発着数を安全上の理由から30便(年間、約2万回)に抑え、国際線はチャーター便をも含めて一切認めずビジネス機などに限定する抑制策を敷いた。しかし、国土交通省の募集したパブリックコメントでは、神戸空港の国際便を要望する回答も多く、今後も神戸空港の抑制策が継続されるのかどうか注目される。
なお、2006年10月現在、神戸空港の発着数は一日28便となっている。 神戸空港の一日30便の根拠は、関空の年23万回(現在実績は10~11万回)の離着陸を前提にしたもので、飛行経路のシミュレーションがこの条件で行われたことによる。具体的には、1時間あたり関空機を45機処理する前提で、神戸の4-5機を問題なく処理することであり、これが1時間4機×運用時間15時間=30便(60発着)の背景である。
2006年現在の関空はピーク時でも1時間当たり30発着程度であるから余裕がある。事実、実際の神戸のダイヤはシミュレーションの条件を超えた1時間に6,7発着の時間帯が発生しているものの問題は出ていない。ただし、発着経路がMAIKOポイントで重なっているため、現状では大幅な増枠は困難であるとも考えられる。また、枠の制限は1時間当たりの発着数で決まっているので、運用時間の拡大はそのまま年間発着回数の増加につながるが、一方で深夜時間帯は関空機も陸上ルートを通らないため、空域全体の制約が厳しくなっており、いちがいに判断できるものでもない。
[編集] 今後の課題
開港1年目の利用数は当初の目標数を約50万人下回り、平成18年度の平均搭乗率は60.4%だった。初年度に利用者数の少ない便に関しては、各社撤退や減便を決めている。一方で観光客利用の多い北海道や沖縄への便、ビジネス利用の多い東京(羽田)便に関しては、増便の傾向にあった。また期待されていたプライベートジェットに関しては、僅か4機に留まっている。 もう1つの課題である空港の建設費を補う予定にしている土地売却に関しても、実際の所は殆ど進んでいない。 今後如何に空港の利用者数を上げていくのか、そして空港建設費を一体どうするのかが、2年目以降の大きな課題として突き付けられている。 なお開港2年目(平成19年2月~平成20年1月)も結果として搭乗者数297万人であり目標には届かなかった。[1] 3年目は4月下旬よりスカイマークの羽田便が減便されるため、目標達成にはかなり厳しいスタートとなる。
[編集] 施設概要
[編集] 空港島
- 面積:272ha(うち空港施設用地 153.6ha、空港関連用地 118.4ha)
- ポートアイランド南沖約1キロに位置し、大阪湾断層(海底活断層)があることが確認され、液状化対策を兼ねてグラベル・コンパクション工法が採用された。
- 神戸空港の島西緑地・空港島の西側には、水質浄化のための実験場と市民が親水できる空間を兼ねて海水が出入りすることができる浅い海水池(人工ラグーン)と、それを取り巻く砂浜や磯浜を設けて親水公園として整備されている。潮の干満で海水を調整して多様な生物が生息することで水質浄化も期待できる。この公園は、滑走路に隣接して飛行機の離着陸を間近に体感できる格好の場所となる。(2006年9月16日から暫定供用中)
[編集] 飛行場施設
- 滑走路
- 舗装厚は約87cm
- 管制塔(国土交通省大阪航空局神戸空港出張所)
- 旅客ターミナルビルに隣接した西側に位置する。高さは約33m
[編集] 旅客施設
- ターミナルビル
- 鉄骨造り 3階建て(一部4階建て)
- 東西約135m、南北約55m(延床面積15200m²・商業施設床面積1888m²)
- 「神戸空港ターミナル株式会社」が管理・運営
- 27のテナントが入居している(2006年2月16日現在)
- 固定搭乗橋は4本、PBB(パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ)は5本。5番搭乗口はPBBが2本である。
[編集] 給油施設
開港時容量約500klのタンクが2基。JAL・ANA・三愛石油の共同出資による「神戸空港給油施設(株)」が運営。さらに1基増設し3基となった。(2006年8月に着工、2007年2月1日供用開始)
1日の給油量を約120kl、常時4日分の在庫を保有する見込みが、実際には給油量が1.4~1.7倍になり、1日170~200klで推移してフル稼働となっている。大型機の就航、9月からの増便にも対応する。
[編集] 航空管制
| TWR | 118.50MHz |
| ATIS | 128.075MHz |
識別信号:KOBE AIRPORT
- ATISの周波数は混信等の問題により開港までに2度変更された。
(126.25→128.85→128.075)
[編集] 航空保安無線施設
| 局名 | 種別 | 周波数 | 運用時間 | 識別信号 |
| KOBE | VOR/DME | 111.25MHz/1134MHz | 7:00~22:00 | KCE |
| KOBE | ILS | 109.15MHz | 7:00~22:00 | IKO |
[編集] 歴史
空港建設計画は1946年の「市復興基本計画要綱」に初めて登場する。具体的な神戸沖空港建設の計画は、1969年5月に当時の運輸省の関西新空港構想に始まっている。この構想では、関西新空港予定地は神戸沖の他にも、播磨灘、淡路島、泉州沖が想定されていたが、大都市圏からのアクセスの利便性により神戸沖が有力とみられていた。
一方1972年当時は、伊丹空港の騒音が裁判にもなり、また公害反対を強く主張する革新勢力に力があった時代でもあったことから、神戸市議会は神戸沖空港反対決議を賛成多数で可決。翌年の市長選挙では空港問題が争点となり、当時の宮崎辰雄市長も神戸沖空港の反対を表明して空港推進派が推す対立候補を退けて再選された。そのためもあり、翌年の答申は泉州沖となった。宮崎市長の反対の背景には、高度経済成長と共に社会問題となっていた公害、環境問題に対する世論の関心の高まり、成田・伊丹を契機とする、反騒音・反公害運動の活発化を無視できなかったことにある。事実、1970年からの泉州各市と2度にわたる大阪府の泉州案反対決議、淡路島の各自治体による淡路案反対決議、伊丹市の大阪空港撤去都市宣言(1973年10月)など、この時期は空港そのものに対する反対がかなり強いものであった。泉州沖に答申が出た後でも、例えば1976年の泉州沖の観測塔設置について、「空港の建設を前提としたものではない」と府知事が国と約束するなど、なお根強い反対に配慮する必要があったほどである。このように大阪湾岸の自治体がこぞって反対をしている中で、神戸市は神戸沖に積極的と見られていただけに、神戸の反対は立地を審議する審議会に対する影響が大きく、この経緯が立地選定に決定的だった、とする意見は現在でも多い。しかし同時に、泉州は、人口が少なく開発余地が多いことから、当時の視点ではむしろ神戸沖以上の高い評価点を得たていた。
このような反対の中での関西空港の建設は、第一次答申後5年もたった1980年にようやく第2次答申が出るなど長期にわたる。この間、1970年代後半から1980年代になり、空港に対する意識が変化し始め、伊丹周辺では伊丹の存続、神戸では神戸沖の再評価あるいは誘致、泉州では泉州沖促進という方向への政策転換が次第に目立つようになる。神戸においても、1982年、市議会が神戸空港の建設を求めて反対決議の転換書を採択、これを受けて宮崎市長自らが運輸省に「神戸沖空港試案」を提出した。泉州11市町でも反対決議が順次取り下げられ、さらには要望決議を採択するように転換してきた。国自身は泉州沖推進の立場を維持しつづけ、神戸沖案は不適格、審議会で解決済みとして再審議の可能性を否定した。しかし、神戸沖の必要性=泉州沖の問題を指摘する活動は、兵庫県、神戸市を中心として継続し、泉州沖への同意を渋る兵庫県が、関空実施案への同意表明を行ったのとあわせ、地方空港としての神戸空港の調査協力を運輸省から引き出した。ここが、現神戸空港計画のスタートラインとなる。
その後は年表のように、神戸空港の計画そのものは行政レベルでは継続的に進んでいたが、大阪湾の水質汚濁など環境問題、近隣に伊丹空港や関西空港があることによる採算の問題、空域の調整の難しさや船舶航路との干渉、予定地域の活断層など安全性の問題などに疑問を持つ人がおり、早期から反対運動が存在した。1990年の全会一致の推進議決の段階でも、議会内に空港反対の意見が存在し、社会党と新社会の分裂の要素の一つとなった。また、「神戸空港を考える会」も発足した。しかしこれらの活動は概して限定的で全市民的な運動とは成り得ていなかった。
神戸空港問題が大きな市民活動になったのはやはり震災後である。笹山市長は引き続き空港建設を明言し、震災復興計画に神戸空港計画を盛り込んで「防災の拠点」と位置づけた。しかし震災で日々の生活にダメージをうけた市民の感情とは大きく隔離し、むしろ逆なでしたものとして大きな反発を招いた。埋め立てを中心とした土地開発行政がバブル崩壊後行き詰ってきたこと、震災前から増加しつつあった市債が急増し、起債残高が一般会計、特別会計等をあわせ3兆円にもなり、財政的に厳しい状況での大規模プロジェクトを危惧する考えなどもあわせ、空港反対は次第に大きな市民運動と発展した。
この間、神戸で震災ボランティアに携わった作家の田中康夫(前:長野県知事・新党日本代表)が“勝手連的に”「神戸市民投票を実現する会」を結成、自らがその代表を名乗り市民運動への取り組みを見せ、知名度の高さや神戸を頻繁に訪問するなど積極的に活動を重ね、市民運動の広がりを助けた。そうしてこの運動は、「神戸空港建設の是非を問う住民投票条例」を求める直接請求運動として展開され、その受け皿として市民団体「神戸空港・住民投票の会」が組織された。
(なお、田中康夫は市民サークルとしての「実現する会」とその代表の地位にとどまる一方、直接請求運動の“本体”である「神戸空港・住民投票の会」の「代表世話人」をも兼任する。署名運動はいくつかの団体の連合体として進んだので、このこと自体は問題ではない。しかし、条例案否決以降、運動の後半期には、たくさんの団体たちが統一的に動くことが難しくなり、田中康夫についても、後に市長リコールに対して「市民運動が政治運動化する」という理由から反対したことなどもあり、「運動の分断を招いている」「事実上の分派活動ではないか」との批判が発生することになる。彼が「神戸空港・住民投票運動」において果たした役割が大きいことは言うまでもないが、運輸省・環境省に対する応援署名など、法的効力に乏しい署名運動に熱心だった一方、前述のように市長リコールに反対して運動から事実上降りるなど、条例否決後の市民運動が伸び悩んだ部分での関与に対しては、十分な検証が必要であろう。)
1998年、住民投票条例の直接請求を求める署名運動が展開されて有効署名は307,797人に達した。この直接請求を受けて「神戸空港建設の是非を問う住民投票条例案」が議会に提案されるが、空港建設推進派が多数を占めていた議会では、大差で否決された。1999年に行われた市議会選挙では、空港反対派の議員が増加したものの、議会構成に影響があるほどの勢力にはなり得なかった(空港反対19→23,推進51→49)。その後の市長リコールの直接請求署名運動も行われるが盛り上がらず失敗。また1999年には野党議員によって「神戸空港建設の是非を問う住民投票条例案」が市議会に提案されるがこれも賛成少数で否決された。2001年の神戸市長選挙では、神戸市助役で元空港整備本部長だった矢田立郎(無所属)が初当選、このとき空港反対派は候補者一本化に失敗した。さらに建設活動や手続きが進むにつれて市民運動としては沈静化に向かい、2003年の市議会選挙では、建設反対派議員は議席を減らす結果となり、ほぼ震災前の水準に逆戻りした。一部の市民グループによって、空港工事差し止めの一連の訴訟が行われたものの、そのうち一つが2004年に神戸地裁で棄却。2005年大阪高裁。2007年の最高裁と棄却されるなど成功していない。2005年には、小型機用地利用に関する差し止め訴訟も神戸地裁で棄却され、神戸空港を開港前に中止するような方法は困難となった。開港前の最後の選挙である2005年の神戸市長選挙ではまたも候補一本化に失敗し、対立候補の一人は空港反対を争点にしたものの盛り上がらず、現職の矢田候補が再選された。2006年2月16日、これらの経緯をふまえて神戸空港が開港した。
- 1946年 空港建設計画が「市復興基本計画要綱」に初めて登場。
- 1971年7月 神戸市、ポートアイランド沖空港試案発表。埋立面積1100ha, 4000mx4+3200mx2。
- 1971年10月 航空審議会 関西国際空港部会設置。
- 1973年3月 神戸市会において、関空神戸沖案に宮崎辰雄市長が反対表明。
- 1973年10月 神戸市長選挙。革新候補として空港反対の宮崎市長が、空港推進の自民党の砂田重民候補を破る。
- 1973年10月 伊丹市、大阪空港撤去都市宣言
- (1974年8月 関空泉州沖答申) 神戸財界は関空の補助空港としての神戸沖空港誘致をめざす(10月22日。商工会議所計画)
- (1979年9月から1982年4月にかけて 泉州自治体での反対決議の撤回)
- 1980年11月 石井試案(当時自民党航空対策部会副委員長の石井一氏私案)の発表。遠くて高コストの泉州沖をやめて阪神沖(神戸沖)に関空を建設という内容。
- 1981年4月 参議院で社会党議員の石井試案に対する質問に塩川正十郎運輸大臣答弁。神戸沖は審議会で検討済。その上で泉州が適格と判断したから再検討はない。
- 1982年5月 神戸市議会が神戸沖空港建設を求める決議。(ほぼ同時期に大阪、和歌山で泉州沖要望決議)
- 1982年6月 「神戸沖新空港計画試案」(3000mx1,将来拡張して2本)発表。宮崎市長が運輸省に提出。小坂運輸大臣受取り拒否。
- 1982年12月 運輸大臣が坂井兵庫県知事と神戸空港に関して会談。新国際空港の必要性で合意。
- 1984年6月 兵庫県が泉州沖案(三点セット)に合意。このとき兵庫県が要求する神戸空港の実現の調査協力に運輸省が合意。
- (1984年10月 関空会社設立)
- 1985年5月 神戸市会、第5次空港整備5箇年計画(5次空整)への神戸空港組み入れ要望を議決
- 1986年6月 5次空整へ神戸空港の調査計画が、欄外記載の形で組み入れ。
- 1990年3月 神戸市会、第6次空港整備5箇年計画(6次空整)への神戸空港組み入れ要望を全会一致で議決。
- (1990年12月 伊丹存続決定)
- 1991年11月 国の6次空整で「予定事業」化。
- 1993年8月 新規事業へ格上げ。
- 1994年12月 着工準備調査費が1995年度政府予算に計上。
- 1995年1月17日 阪神・淡路大震災が発生。
- 1995年6月 「神戸市復興計画」策定:神戸空港の整備を盛り込む
- 1995年10月/11月 神戸空港及び空港島を含む神戸港の港湾計画の変更の環境アセスメント開始
- 1996年11月 神戸港港湾計画の変更。飛行場許可申請
- 1997年2月 国による飛行場設置認可。
- 1997年3月 国による港湾計画の認可
- 1997年10月 神戸市長選挙。オール与党体制から共産党が離脱して推薦した、空港反対の大西和雄候補が22万5千票を集めるものの現職の笹山幸俊候補(27万1千票)に敗れる。
- 1998年3月 神戸空港・住民投票の会成立。
- 1998年10月 埋め立てに係わる環境アセスメント(公有水面埋立)の評価書提出・縦覧
- 1998年10月 住民投票署名 有効署名数30万7797人(市選管発表)
- 1998年11月 臨時市議会:建設の是非を問う住民投票条例案を市議会が否決。(議事録は高碕啓子「議会という装置」で発刊)
- 1999年6月 空港島の埋立免許取得
- 1999年9月 神戸空港島埋立てが着工。
- 2000年5月 市長リコール署名。有効約8万7千筆で不成立。
- 2001年11月 神戸市長選挙。反対派候補が分裂し、推進派の矢田現市長が約21万票を集め当選。木村史暁約12万票、吉田順一約6万票、池上徹約4万票、上野泰昭約1万5千。
- 2004年3月 空港への支出返還訴訟で、神戸地裁が棄却。
- 2005年11月 JAL、ANA、SKYの航空3社が運行ダイヤを発表、7路線に1日27便(往復)就航が決定。
- 2006年2月2日 神戸スカイブリッジ一般供用開始、ポートライナー延伸部分開業。
- 2006年2月16日 開港。
- 午前5時50分に開港式。同7時21分に一番機の羽田空港行き日本航空ボーイング777-300(JA752J)が明石海峡方向27に離陸。同8時4分に定期便着陸一番機である羽田空港発の全日空ボーイング767-300(JA8579)が明石海峡方向09より到着。
- 2006年9月28日 C(税関)・I(出入国管理)・Q(検疫)との調整により、初の国際便(セスナを使ったビジネスジェット)が就航。
- 2007年9月8日 第三種空港としては異例の、旅客機を使った初の国際チャーター便(ANA1791便、767-300ER JA606A パンダジェット)が中国・天津に向けて飛び立った。
- 2007年9月14日 外国の航空会社の航空機では初となる国際チャーター便(海南航空HU-7931便、長安航空737型機を使用)を受け入れた。
- 大阪国際空港・関西国際空港と関連する事項についての詳細は関西三空港の経緯と現状を参照のこと
[編集] 就航路線
- 日本トランスオーシャン航空 (JTA)
- 那覇空港、石垣空港
- スカイマーク (SKY)
- 東京国際空港、那覇空港(夏期季節運航)
かつては新潟空港へも就航していた。
[編集] 交通機関
神戸空港はポートアイランドの南に位置し、ポートアイランドとは神戸空港島連絡橋(神戸スカイブリッジ、無料)を通る延伸されたポートライナーによりつながる。神戸スカイブリッジには歩道があり、歩いて渡ることも可能である。
神戸空港は、これまで伊丹や関空を利用していた姫路・加古川・高砂・明石・淡路・洲本・南あわじ・鳴門・徳島といった神戸以外の旅行客に対しても、その利便性の良さから利用が見込めるとする向きもある。
バス路線では、兵庫県内以外でも徳島からの高速バスが運行している。淡路島方面の高速バスは2007年3月15日付けでJR系の路線が撤退した[2]。2007年12月1日付けで全但バス・阪神電鉄バスの神戸空港乗り入れも中止されている。
以下の交通機関の運行本数や時刻表・運賃・料金等の詳細は、該当項目や公式サイトにて最新情報を確認されたい
[編集] 鉄道
[編集] バス
- 神姫バス・淡路交通
- 洲本高速バスセンター発着便
- 福良発着便
- 高田屋嘉兵衛公園発着便
山陽バスと神姫バスの神戸空港便は海上アクセスターミナルから発着し、空港着、発いずれも空港ターミナルを経由する形式である。
[編集] 船舶
- 海上アクセス
- 関西国際空港発着便(神戸-関空ベイ・シャトル)
- セラヴィ観光汽船
[編集] 土地利用・売却計画
空港島の土地は滑走路やエプロン、管制塔などの空港施設部分を除いてすべて売却する予定であり、定価はおおむね1平方メートル当たり270,000円である。 しかし、旅客ターミナルや駐車場、貨物ターミナル、海上アクセスターミナルのいずれもが土地を購入せず賃貸で営業しているなど、処分は進んでいない。 現在までに売却あるいは売却予定の土地は以下の通りである。
- レンタカー用地。2系列3社(トヨタレンタリース神戸、同兵庫、Fレンタカー)に合計0.3ha 開業時に処分。処分価格は定価の3割引。
- 西緑地。名古屋の結婚式場業者(ワールドブライダル)にラグーン沿いの1.17ha。2008年10月開業予定。0.3haを最初に購入し、残りは10年の期限で賃借。賃借期間中に購入を義務づけ。売却単価はいずれも定価を予定。
- 小型航空機機能用地。学校法人・ヒラタ学園(大阪府堺市)が約2haを分譲と賃貸で取得し、操縦士や整備士の育成、訓練飛行を行う予定である。
- 保管施設用地。港湾運送業の上組(神戸市)が神戸空港島に倉庫や事務所を建設し、同空港を利用した航空貨物を取り扱うことを検討している。約2haを分譲で取得する予定である。
なお、土地売却を促進するため、工費軽減で浮いた100億円の範囲において、定価の3割引から5割引で処分するという優遇策を平成19年度から実施中である。
[編集] その他
- 滑走路長2500mについては、国内線は飛行距離が短く、貨客が満載の状態でも燃料の搭載量が少なく離陸重量が軽いので、2500mの滑走路でもボーイング747-400Dや777-300などの大型機が離陸できる長さである。ただし、米国西海岸や欧州などの長距離国際線を運航するには、燃料搭載量が増えるなどの理由から3000m以上の滑走路長が必要となる。
- 2006年に公開された映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』では、開港前の神戸空港にある滑走路や管制塔でロケが行われた。また初代ウルトラマンの人間体・ハヤタが空港長を務めている設定だった。
- 神戸空港は、首都圏に大規模な災害が発生した場合の「被災地外広域搬送拠点」の一つとされている。2006年(平成18年)9月1日の政府主催総合防災訓練において、神戸空港から自衛隊機C-1にて11医療チーム約55名の医療団が搭乗し、訓練会場である埼玉県入間基地で医療活動を行った後、広域搬送対象患者を収容のうえ、再びC-1輸送機で神戸空港に戻り指定病院へ搬送する訓練を行った。
- 開港後、数ヶ月の間に多数の見学者が訪れた。見学者数は開港1年で約214万人となった。
- 一方で空港島設置の影響で潮流が変化し、溶存酸素量の低下、青潮の発生など大阪湾の水質汚濁が引き起こされているという指摘が京都学園大学の讃岐田訓などによってなされている。[2][3][4]
- 空港島西側の人工ラグーンでは、漁船の網に掛かるなどして保護されたウミガメ6匹を一時保護し、治療するという試みが行われた。
[編集] 関連項目
[編集] 参考
- ^ 神戸空港プレスリリース、天草エアラインプレスリリース 2008年2月28日
- ^ 同経路は、淡路交通・神姫バスの共同運行便は現在も運行している。撤退した西日本JRバスと本四海峡バスの高速バスは高速舞子・三ノ宮駅のほかに新神戸駅を経由していたため、淡路交通・神姫バス共同運行便より時間がかかっていた。
- ^ 神戸新交通ポートアイランド線延伸事業
[編集] 外部リンク
| 空港情報(RJBE) |
| 空港情報(worldaerodata.com) | 定時航空気象(METAR) | 飛行用飛行場予報(TAF) | 定時航空気象 |

