久元喜造

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日本の旗 日本の政治家
久元 喜造
ひさもと きぞう
Hisamoto kizo 2013.jpg
生年月日 1954年2月1日(60歳)
出生地 日本の旗 兵庫県神戸市兵庫区
出身校 東京大学法学部
所属政党 無所属
配偶者 久元祐子
公式サイト 久元きぞう公式サイト

当選回数 1回
任期 2013年11月20日 - 現職
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久元 喜造(ひさもと きぞう、1954年2月1日 - )は、日本政治家自治総務官僚兵庫県神戸市長(1期)。

妻は国立音楽大学准教授でピアニストの久元祐子

来歴[編集]

兵庫県神戸市兵庫区生まれ。1960年神戸市立川池小学校に入学し、1964年神戸市立小部小学校に転校。神戸市立山田中学校灘高等学校東京大学法学部卒業。東大在学中は西尾勝坂本義和のゼミで行政学、国際政治を学んだ。

1976年、大学を卒業し自治省に入省。本省での勤務の他、青森市京都府札幌市内閣官房等への出向も経験する。1997年以降は地方公務員の年金・医療制度、地域振興の調整、地方公共団体の財政の調査・健全化、総務省内の政策調整、地方自治制度の企画・立案等を担当。また総務省在職中、「平成の合併」の推進、終結を図る法律改正、指定管理者制度の創設等に関する法改正に携わり、道州制に関する地方制度調査会答申にも参画した。2012年9月、総務省を退官。

2012年11月、神戸市議会での議決を受けて、矢田立郎神戸市長の下で副市長に起用された。2013年6月6日、神戸市副市長を退任。同日、矢田市長は自身の次期市長選への不出馬を表明。併せて「(久元に)バトンを渡したい」と述べ、自身の後継に久元を指名した[1]。翌6月7日、久元は神戸市長選への立候補を表明[2]自由民主党民主党公明党連合兵庫から推薦を受け[3]、無所属で立候補した。なお、一時は独自候補を擁立する構えを見せていた日本維新の会は、9月の大阪府堺市長選挙での敗北を受け、10月2日に独自候補の擁立断念及び自主投票を決定した(矢田市長は堺市長選において現職の竹山修身を支持)[4]。神戸市長選は久元を含む5人が立候補したが、久元が次点の候補に5,675票の僅差で競り勝ち、初当選した[5]。久元の得票数は161,889.094票(小数点以下は按分票によるもの)。投票率は36.55%[6]

11月20日に神戸市役所に初登庁し、正式に神戸市長に就任した[7]。初の戦後生まれの神戸市長である。

年譜[編集]

著作[編集]

  • 著書
    • 「ネット時代の地方自治」(2013年8月 講談社
  • 論文
    • 「地方自治法における違法確認訴訟制度の創設について」自治研究(第一法規)2012年11・12月号
    • 「東日本大震災と地方自治」月刊地方自治2012年1月号
    • 「地方自治関係判例三題」月刊判例地方自治(ぎょうせい)2012年1月号
    • 「第二八次地方制度調査会第一次答申と地方自治制度改革の課題について」自治研究(第一法規)2006年2・3・5月号
    • 「地方自治制度改革の方向と展望について」自治研究(第一法規)2004年5月号
    • 「市町村合併新法、地方自治法の一部改正などについて」(井上源三と共著)自治研究(第一法規)2004年7・8月号
    • 「平成4年度自治省重点施策について」自治研究(第一法規)1991年10月号
    • 「「地域づくり推進事業」を活用した地域づくりについて」自治研究(第一法規)1991年3月号
    • 「世代のはざま、世界観の相克-苦悩する年金制度の現在」月刊地方自治(ぎょうせい)1997年12月号
    • 「「ふるさと創生」関連施策の動向について」月刊地方自治(ぎょうせい)1991年2月号

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]