橋下徹

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日本の旗 日本の政治家
橋下 徹
はしもと とおる
Toru Hashimoto Ishin IMG 5731 20130713.JPG
大阪府 2013年7月13日
生年月日 1969年6月29日(45歳)
出生地 東京都渋谷区幡ヶ谷
出身校 早稲田大学政治経済学部[1]
前職 弁護士タレント
所属政党 無所属→)
大阪維新の会→)
日本維新の会→)
維新の党
公式サイト 橋下徹オフィシャルウェブサイト

Flag of Osaka Prefecture.svg 第52代 大阪府知事
当選回数 1回
任期 2008年2月6日 - 2011年10月31日

Flag of Osaka City.svg 第19代 大阪市長
当選回数 2回
任期 2011年12月19日 -
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橋下 徹(はしもと[注釈 1] とおる、1969年(昭和44年)6月29日 - )は、日本政治家大阪市長(第19代)。タレント弁護士大阪弁護士会所属 登録番号25196)。維新の党共同代表。大阪維新の会代表。大阪府知事(公選第17代)と日本維新の会共同代表を歴任。

目次

来歴・人物[編集]

第23回参議院議員通常選挙で、応援演説を行う橋下(京都市四条通

出生、学生時代[編集]

実父は暴力団組員[2][3]。橋下が小学校2年の時、実父はガス管咥えて自殺した[3]。物心ついたころには実父は家にいなかったのでほとんど記憶はない[3]。母親が苦労して家計を支え、小学5年のころ大阪府吹田市に引っ越し、1年後に大阪市東淀川区に移り住んだ[4]。いずれも、手狭な府営住宅から地元の公立学校に通った[4]。すでに小6で身長170センチ、体重65キロの体格だった橋下はかなり目立つ存在だった[5]。小学校では転校初日からいきなり同級生に殴られた[5]。小中学校時代は、体の大きさから「おっさん」と呼ばれた[5]

学生時代について橋下本人はtwitter(2011年10月29日)で「僕は学生時代真面目な学生でなかったことは認める。そして、先生の中にも僕のことを嫌っていた人はいっぱいいただろう。」とコメントしている[3]

中学時代

大阪市立中島中学校入学。中1の頃、母が再婚した[3]。中学時代にラグビーを始めた理由は「一番ワルそうな部に入ったほうが安全だと思ったから」という[5]。中学2年生でラグビー部のキャプテンとなった橋下について当時の顧問は、「彼は1日の練習プランではなく、継続的なプランを立てた。なぜその練習が必要なのかを理屈で部員に説明していた。急速にチームが出来上がっていった」と話す。また、3年生時の担任教諭は、「クラスがもめた時、互いの主張を取り入れて解決するのは必ず橋下だった。論理立ててものを述べる交渉術は当時から卓越しており、教師から見てもこちらが見透かされているような怖さがあった」と語る[6]。高校受験シーズンを迎えた頃、橋下は放課後の教室で仲間達と勉強会を開いたが、実際には橋下がみんなに教える場になっていた。「勉強教えて」と言われれば、嫌な顔一つせずに応じていたという。仲間達と進路の話題になると橋下は、「俺は将来、政治家になりたい」と語り、当時の仲間の一人は「僕らはどの高校に行くとか、目の前のことしか考えていなかったけど、あいつはいつも遠い先を見据えていた」と回想する[7]

高校時代

大阪府立北野高等学校入学。高校では、名前の読み方から「ハシゲ」と呼ばれた[5]。高校時代の同級生には自民党衆議院議員川条志嘉NHKアナウンサー藤井彩子などがいる。高校の時代所属していたラグビー部の顧問は橋下について、「能力の高さは際立っていたが、まじめに練習する姿勢は感じられず遅刻も多かった。小さい頃からコツコツ努力するのが嫌いだったんでしょう」と語り、怠慢によりレギュラーを外されると、橋下は別人のように猛練習を開始したといい、「彼は追い込まれなければやらないタイプでは。逆に言えば本番では予想外の力を出せる人間でもあった」と話す[8]
3年生時、全国大会に出場したラグビー部で橋下は、通常8人で組むスクラムを7人に減らし、余った1人が素早くボールを外に蹴り出すという戦術を考案。また、ガムシャラに走るだけの練習をやめ、試合をイメージしながら走る合理的トレーニングを導入。後に橋下は当時を振り返り、「当たり前だと思ってることに疑問を持ったり、伝統を変えようとしたり、何で?と思った時に立ち止まって考えることで、パワーが生まれる」と語っている[9]。高校日本代表候補に選ばれ東西対抗にも出場する。高校在学中に、日本テレビの『全国高等学校クイズ選手権』に出場。地方予選で敗退したが、放送には映っていた。地方大会・事前番組・本放送に映ったことのある芸能人は橋下とザ・プラン9浅越ゴエのみである。学校での成績は芳しくなく、現役時代には早稲田大学を2学部受験するも、不合格に終わった[10] 卒業後、一年間の浪人生活を経験。

大学時代

早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。兵庫県明石市泉房穂市長(第49期司法修習生=1995年研修所入所=橋下と同じラグビー同好会に所属)は同じ自治体トップとして橋下をよく知る人物の一人であり、ラグビーの練習後に聞かされた話を今も覚えている[11]
「橋下は破れた革ジャンをタダ同然で仕入れて1着3万円とか5万円で売って大学を卒業したと言っていた[11]。『破れたやつを売ったらまずいやろ』と言うと『どこが悪いんですか。気付かずに買うのはお人よしや』と」[11]

この学生ビジネスで不渡手形をつかまされ、訴訟を起こすといった経験をきっかけに、法律家を目指すようになった[11]早稲田大学政治経済学部を卒業した[1]1994年に司法試験に合格。

弁護士として[編集]

新米弁護士時代

司法修習を経て1997年に弁護士になった橋下は大阪の樺島法律事務所に入る。ボス弁の樺島正法は新米弁護士時代の橋下を「純粋な弁護活動よりカネに執着が強い印象だった」「弁護士会から紹介された依頼人から高い着手金を取り、副会長に電話で注意された際『何がいけないんですか』と食って掛かっていたのが印象的だった」と厳しく批判している[12][13]。橋下本人はtwitter(2011年10月29日)で「僕が最初に勤めた法律事務所のボス弁は僕のことを大嫌いである。弁護士の多くは僕のことを嫌いだし。人が人を評価するには色々ある。そういう人は事実を離れて話すだろう。公人という立場である以上、そこは気にしない。」とコメントしている。樺島事務所に入った後、「同和地区に住んでいたけど私は同和じゃなかった[14]。だから補助金ももらえなかったし、深く恨んでいる。私は同和問題はやりません」と言い、部落解放同盟朝田善之助派が起こした京都市営住宅の家賃値上げ反対訴訟に参加することを拒否した[15]
弁護士2年目の1998年(平成10年)、大阪市内に自前の「橋下綜合法律事務所」を設立して独立。示談交渉による解決を看板にする。飛び込み営業なども行い顧客を集め[16]、年間400~500もの案件を手がける。弁護士としての主な担当業務は企業コンプライアンスM&A、エンターテインメント法、スポーツビジネスなど。大正時代に築かれた日本最大級の遊廓と言われ、最後の色街ともいわれる飛田新地の料飲組合の顧問[17]などもしていた。2008年(平成20年)2月6日大阪府知事に就任した後は、事務所を法人化し別の弁護士が運営する。芸能事務所タイタンと業務提携し、自身のタレントとしてのマネージメントを委託していた。また、同社の顧問弁護士も務めていた。

商工ローンの弁護士として

橋下綜合事務所を設立して2年目の1999年(平成11年)から2004年(平成16年)までの6年間、消費者金融大手「アイフル」の子会社である商工ローン企業「シティズ」の顧問弁護士であった[18]シティズは利息制限法を超えるグレーゾーン金利で融資していたが、他の多くの貸金業者が払いすぎた利息の返還に応じていたのに対し、シティズは貸金業法17条書面及び18条書面の交付によって「みなし弁済」を主張して、過払い利息の返還に応じず、圧倒的に多数の裁判でも勝利してきた。これについては、多重債務問題に取り組む弁護士、司法書士、被害者の会などからはシティズについて「利息制限法による引き直し計算を前提にした特定調停・個人民事再生に応じない」「多重債務救済手続の支障になる」「連帯保証人を要求し、連帯保証人から債権回収を図る」として対応に極めて問題のある企業と考えられていた[19]。一方で橋下はみなし弁済などのグレーゾーン金利について、「法律にのっとって貸しているのだから、どこが問題なのか」「こちらが悪いというのなら法律を変えるしかないでしょう」と語っている[20]

マスメディアへの進出[編集]

大阪で弁護士活動をしている中、高校時代の先輩からMBSラジオラジオ番組に代理出演を依頼され出演。偶然その時の放送を聞いていた朝日放送プロデューサーから出演依頼を受け、朝日放送『ワイドABCDE〜す』にジャーナリスト大谷昭宏と共に出演するようになる。大谷とはその後『スーパーモーニング』や『ムーブ!』でも共演している。同番組の火曜日に出演していたデーブ・スペクターが橋下の存在を知り、橋下が出演した放送のテープを東京に送ったことから在京キー局各社に名前が知られるようになった。関西ローカルにおける初期のTV媒体出演時は、一般の弁護士像から逸脱した簡易な服装(カラーサングラスに茶髪)と、軽薄な言動で軟派な弁護士役として活動していた。

2003年(平成15年)4月から、久保田紀昭の後任として日本テレビ系全国ネットの『行列のできる法律相談所』にレギュラー出演するようになる。同年7月には関西ローカルの『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)でもレギュラーとなり、これらの番組におけるユニークな言動で全国的に知名度が上がっていった。大阪に事務所があり、番組出演の前後に公判を入れることがあるため、出演するのは関西ローカルの番組が多かった。

しばしばタレント文化人批判や下ネタ発言をする一方、ワイドショーなどでは事故・事件・時事問題について自分の意見を強く述べていた。また、司法問題や法曹界全般、弁護士・裁判官の資質に至るまで幅広く批判していた。このため自身の発言で物議を醸すことも多かった。

政治家として[編集]

2007年(平成19年)12月12日大阪府知事選挙に出馬することを表明。

2008年1月府知事選に出馬した橋下は、八尾市の街頭で、「私は(八尾市の)同和地区に住んでいました。」と演説した。

2008年(平成20年)1月27日投開票の大阪府知事選挙で183万2857票を獲得し当選。同年2月6日に大阪府知事に就任。

2009年(平成21年)に、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選出された。

2010年(平成22年)4月、大阪維新の会代表。

2012年(平成22年)9月、日本維新の会代表。

2012年(平成22年)11月、日本維新の会代表代行。

2013年(平成22年)1月、日本維新の会共同代表。

2011年(平成23年)11月、自らが掲げる大阪都構想などの政策実現を目的として、任期を3ヶ月余り残して大阪府知事を辞職、任期満了に伴う大阪市長選挙に立候補。

40年ぶりとなる府知事選とのダブル選挙、現職の平松邦夫(12月19日任期満了)との一騎打ち等が注目されたが、結果は750,813票と平松に20万票以上の差をつけて初当選。

同年12月19日、第19代(公選制では9代目)大阪市長に就任した。市外在住者(豊中市在住)が大阪市長になるのは史上初であり[注釈 2]、知事経験者が政令市長に就任するのも史上初である。

都道府県知事から市区町村長に転身するのは極めて異例である。

2014年(平成26年)3月23日、出直し選挙を図り、2番手候補に30万票以上の差をつけて再選。

大阪府知事選出馬[編集]

出馬表明[編集]

2007年(平成19年)12月に2008年大阪府知事選挙への立候補が報道されたが[21][22]、当初は「2万%あり得ない」と否定した。後の出馬会見で、実際には自民党の古賀誠・選挙対策委員長、堺屋太一らと東京で会い、立候補を了承していたこと、報道された場合は会談自体なかったことにすることで合意していたことを明らかにした。2007年12月11日、再び大阪府知事選挙への立候補の意思があると報じられ、マスメディアの報道が出馬と否定に割れたが、本人は12月11日午後に再度否定した。翌12日、大阪府庁で行われた記者会見において正式に出馬表明[23]。普段のラフなスタイルと打って変わって髪は黒く、サングラス(色付き眼鏡)も掛けず、スーツネクタイ姿で現れた。

二転三転した理由については、仕事の調整の手続き上であるとしたが、番組で共演する評論家で友人の宮崎哲弥は、「橋下がウソを付いた理由」もウソであるとし、「自公推薦だけでなく、財界の支援取り付けの確認ができるまで待っていたため」であると述べている[24]

また、以前から自民党大阪府議会議員から打診があり、12月3日に立候補の正式要請を受けたこと、島田紳助やしきたかじん辛坊治郎からの後押しが出馬を決意するきっかけとなったとしたが、たかじんはその後「(知事選出馬への)GOサインを出したかどうかは、微妙だと思う」と語った [25]が、選挙戦終了後、「たかじんのそこまで言って委員会」収録後に楽屋で出馬を説得した事実を認めている。

なお、知事選への出馬により、出演しているテレビ・ラジオのレギュラー番組を全て降板することとなり、収録済みの『ムハハnoたかじん』は別番組に差し替えられることとなった[26]

支持勢力[編集]

2008年(平成20年)1月7日自民党公明党共に党本部としての推薦・支持を見送ることを表明し、自民党は「府連推薦」、公明党は「府本部支持」とし、共に府連レベルでの支援を決定した。公明党大阪府議団は、「核武装論など、今までの発言に支持者から反発があった」と過去の言動から「推薦」を見送り「支持」に留め、公明党本部もこれを尊重することを表明した。公明党は同年1月16日新春年賀会に橋下を招き、支持母体である創価学会を初めとする支持者らに橋下への支援を訴えた。

政策[編集]

記者会見では、認証保育施設の増設、公立中学での米食給食の実施、大阪市中心部を石畳ガス灯で整備する、歩行者天国を設置するなどを主張。しかし、それらは大阪市など大阪府以外の自治体が実施権限を持つ政策であったため、自民党府議団と会談した際に、公約となる政策を再度考えてくるよう資料を渡され出直しを命じられた。

府庁改革については、告示前に「府庁解体」を行うとして「ちゃぶ台をひっくり返す」「汗をかかない方は去って下さってかまいません」と発言するなど府庁職員に対して厳しい姿勢で臨んでいたが、その後、府庁職員の前で話す際には「皆さん(府庁職員)の盾、サンドバッグになります。一緒にスクラムを組んでください。 」とも発言している[27]

知事選挙公約[編集]

4つのトライ[28]
  •  1「子どもが笑う、大人も笑う大阪に」
安心して子どもを産み育てられ、公立小学校に緑があふれ、食育教育の充実で子どもが伸びやかに育ち、明るく豊かな学校生活が送れ、多様な府立高校が選べ、ボランティア団体・NPOに活気があり、専門的な公立病院がある大阪に。
  •  2「人が集い、交わるにぎわいの大阪に」
メリハリの利いた補助制度と、商業地域・市街地に人が集まる仕組みづくり。
  • 3「中小企業が活き活きし、商いの栄える大阪に」
府庁全体が中小企業振興のサポーターとして働き、大企業の要望を取り入れられる。大阪府立大学というシンクタンクがある大阪に。
  • 4「府民に見える府庁で、府民のために働く職員と、主役の府民が育てる大阪に
」
むだな出費を抑え、道州制をめざした投資会社大阪府庁。住民への直接サービスは市町村にどんどん権限を委譲し、府庁は、各市町村にまたがる事業や各市町村の調整、また大阪府の方向性
を決定する司令塔の役割に徹する組織を再編。現在の大阪府の事業は、効果が見えにくいプロジェクトや単なるお金貸しの事業ばかり。今後は、効果がはっきり見える事業にしか投資しない。府議会からのチェック機能、情報公開の徹底。大阪の笑顔のために、国とたたかう、府職員の士気が満ちあふれる大阪に。
17の重点事業[29]
  1. 「(仮称)出産・子育てアドバイザー制度」を創設
  2. 小児科・産科の救急受け入れを促進
  3. 妊婦一般健康診査の受診回数を拡大
  4. 乳幼児医療費助成を拡充
  5. 不妊治療費補助を拡充
  6. 駅前・駅中に保育施設の整備を促進
  7. 子どものいる若い夫婦への家賃補助制度を創設
  8. 障がい者や高齢者への公共公益活動を支援
  9. 大阪府内の公立小学校などの運動場を芝生化
  10. 大阪府内の全公立中学校に給食の導入を促進
  11. 安全な地域づくりをめざして防犯カメラの設置を支援
  12. 大阪府内で冬季イルミネーション・イベントを実施
  13. 「石畳と淡い街灯」の街をつくる
  14. 中小企業活性化のため大規模コンベンションを開催
  15. 大阪の活力アップのため知事による積極的なセールスを展開
  16. セーフティネットを除き大阪府が出資する法人を抜本的に改革
  17. 府立施設や府の事業で必要性のないものは民営化・売却を促進

選挙戦[編集]

推薦・支持している自民党と公明党は表立った支援をせず、選挙対策本部は所属事務所タイタンと高校時代のラグビー部OBを中心とし、政党色を薄めた選挙戦を展開。自民・公明の大阪選出国会議員、地方議員がいっさい応援演説をせず、著名人の応援は選挙戦終盤に来た参議院議員丸山和也と宮崎県知事・東国原英夫程度であった。7人の子持ちであることを前面に押し出し、「子供が笑う」をキャッチフレーズに「4つのトライ」と17点の重点事業をマニフェストとして掲げた。

最終的には対立候補に80万票以上の大差を付けて当選。当選当時の都道府県知事の中で最も若い知事となった。いわゆる「タレント知事」の誕生は大阪府では横山ノック(2期を務め、途中で辞職)以来13年ぶり。弁護士出身の現職知事は愛知県知事神田真秋に次いで2人目である。公選の大阪府知事としては初の東京都出身である。38歳の公選知事は歴代3番目の若さである[30]

当選直後から各種メディアに出演。1月29日には内閣総理大臣福田康夫を表敬訪問。また、知事就任前に大阪府庁に登庁し事実上大阪府知事としての職務を始める。自民党大阪府議団の一室を借り、事実上の仮知事室として府職員と就任後の2008年当初予算の作成、政策協議を行う。

大阪府知事として[編集]

財政非常事態宣言[編集]

2008年(平成20年)2月6日に大阪府知事として大阪府庁に初登庁。就任の記者会見で財政非常事態宣言を出し、2008年度当初予算では前年度比で1000億円削減することを明言。現行4176万円の知事退職金を半減させるとした。6月5日には府の財政再建に道筋をつける為の「財政再建プログラム案」を提示。「収入の範囲内で予算を組む」という選挙公約に則り、事務事業・出資法人・公の施設について多岐にわたる見直しを行なった。その結果、3年間で計2441億円(一般施策経費919億円、建設事業費239億円、人件費1283億円)の歳出を削減したほか、613億円の歳入を確保した。

2008年(平成20年)から2010年(平成22年)にかけての「財政再建プログラム案」の主な取り組みは以下のとおりである[31]

  • ハコモノ集客施設を中心に公の28施設を廃止、見直し
  • 大阪府指定出資法人44法人に対する廃止・見直しを行い、28法人に削減
  • 知事給料月額30%カット・ボーナス30%カット・退職手当50%減額、一般職員給料月額カット(16%~3.5%)、ボーナスのカット(10%~4%)、退職手当の減額(10%~5%)、住居・通勤・管理職手当のカット、旅費制度の見直し、職員互助会等補助金の廃止[32]。一般職員退職手当の減額は都道府県で初めて
  • 非常勤職員の雇用単価の見直し。休職制度の見直し。警察専門嘱託員の人員削減と報酬月額カット
  • 義務教育等教員特別手当の見直し。教育関係非常勤職員費の見直し(単価カットと新規任用停止)。時間講師・府立学校教務事務補助員雇用費の縮減
  • 私学助成府立大学運営費交付金の見直し
  • 府営住宅の管理費縮減、修繕・建て替え整備費用削減
  • 市町村施設整備資金貸付金制度の再構築
  • 文化関連事業の見直し(センチュリー交響楽団への補助金削減、文化情報センター・現代美術センターの廃止、ワッハ上方の運営費縮減、芸術文化振興補助金の重点化、大阪文化賞の再構築、大阪21世紀計画事業推進費の廃止)
  • その他各種事業(大阪府人権協会補助金、人権相談推進事業費補助金、男女共同参画関連事業、観光振興事業、子育て支援関連事業、救命救急センター運営関係事業、高齢者の生きがい・地域生活支援事業、地域見守り・コーディネーター関係事業、障がい者就労支援関係事業、病院事業費負担金・病院事業貸付金、地域就労支援事業、小規模事業経営支援事業費補助金、企業立地促進補助金)の見直し
  • 歳入の確保(府有財産の売却、市町村施設整備貸付金の繰上償還、基金の活用、出資法人からの歳入確保、自動販売機設置業者の公募、退職手当債の発行、行政財産使用料・普通財産貸付料減免の見直し、義務教育費国庫負担金の受入増)

地方分権[編集]

国の直轄事業の地元負担分請求について「内訳を開示しない、ぼったくりバーみたいな請求書」と批判し、7億円の直轄負担金カットを表明した[33]。この批判をきっかけにメディアが注目し、国の内訳が公開されると出先機関の庁舎建設費、人件費、退職金などまで地方自治体に負担させていたことが各地で次々と顕在化した。このことを受けて、直轄事業地方負担金を2010年度から原則廃止となった。

情報公開[編集]

2008年(平成20年)2月6日の知事就任会見で、「情報公開の徹底」を選挙公約に掲げたことを踏まえた「情報公開室」の設置を表明。「どんな情報を出すのか」という記者の問いに、「基本的には、あらゆる情報」と答えた[34]4月23日の会見では、「知事職という独裁者的な職を民主的にコントロールしてもらうために、情報公開が必要不可欠」との認識を示し、「透明度日本一の府政を目指す」と語った[35]

2011年(平成23年)9月1日全国市民オンブズマン連絡会議が発表した「2010年度全国情報公開度ランキング」において大阪府は満点となる70点を獲得[36]2007年のランキングでは都道府県で28位だった順位も1位タイへと上昇した[37]

知事任期中に実施した「オープン府庁(究極の情報公開)」と呼ばれる取り組みは以下のとおりである。

  • 「予算編成過程の公表」…全国で初めて、各会計(一般会計、特別会計、企業会計)ごとに、予算編成過程における各段階(財政課長要求・査定、総務部長要求・査定、知事要求・査定)の内容を府のウェブサイトで公開[38]
  • 「公金支出情報の公表」…全国で初めて、約3000ある府の全事業について、公金を支出した翌日に府のウェブサイトで担当課名、支払日時、事業内容を公開[39]
  • 「施策プロセスの見える化」…府のウェブサイトに「府民チェックボード」と「オープン府庁ポータルサイト」を設置。所属ごとに業務・施策の「概要」や「発端」情報、上司との打ち合わせや会議などの進捗状況を時系列で掲載[40]
  • 「府民の声の見える化」…府の全部署に寄せられる府民の声を、各部署で「府民の声システム」へ登録。府民課が内容に応じて赤フラグ(申出者へ連絡するもの)・青フラグ(業務・施策反映を検討するもの)・フラグなし(トレンド分析に活用するもの)の仕分けを実施。各部署で検討を行い進捗状況をウェブで公表[41]

方針撤回[編集]

選挙戦で公約した「原則として府債を発行しない方針」を当選後の2008年(平成20年)2月に撤回。2008年(平成20年度)の暫定予算案において、「発行しないと府民生活に影響が出る」との説明のもと、建設事業費として160億円の府債を発行する方針を発表した。さらに、「ギリギリまで発行を抑えたが、後半にどんとついてくる」と発言しており、府債発行を増額させる可能性を示唆している[42]

同じく、選挙戦で公約した子育て支援策「駅前・駅中保育所を100カ所設置」を2008年(平成20年)10月に撤回。10月1日の府議会本会議にて「子育て支援は市町村が取り組むべき」と話し、「公約を取り下げるのか」との府議の質問に「取り下げる」と答えた。

学力別クラス編成導入について、選挙中に「塾でもやっていることが、なぜ公立の学校でもできないのか」として熱心に導入を呼びかけていたが、文部科学省銭谷真美事務次官などの反発もあり、2008年(平成20年)2月13日にこれを撤回。「基本となるクラスまで学力によって分けるのは反対」と正反対の見解を述べた。また、約600億円(生徒児童一人あたり約37万円)に上る私立学校助成金の削減を検討していたが、これも撤回。次年度以降も当面続けることを明らかにした[43]

府議会、組合との対決[編集]

4月11日、総額1100億円の予算削減を行う財政再建プロジェクトチーム案を発表。この案を元に議論を進めるとし、「賽は投げられた」と述べた。この案は、職員人件費の大幅削減、警察官の定数削減、私学助成金のカットや助成団体への補助金見直しを含む大胆な案で、賛否入り乱れた大きな反響があった。4月17日には、市町村への補助金カット反対を訴える市町村長との交流会で、感極まって涙を見せる一幕を見せた。

6月5日には、試案を若干見直した「大阪維新プログラム」と称した案を発表。人件費や私学助成金など固定費を375億円削減し、全体で1100億円の歳出削減を図る骨子は変わらなかった。6月20日には、職員労働組合との徹夜の団体交渉に挑んだが、組合員から時節罵声が飛ぶなど荒れた雰囲気の中、両者の主張は平行線をたどり結局決裂したまま予算提出となった。

7月1日からの臨時大阪府議会では、府側が提出した2008年度本予算が審議され、知事与党からも厳しい批判がなされたことから予算の見直しを表明した。しかし、府議会各会派の足並みの乱れもあり、私学助成金や人件費のカットについて18億円の小幅修正を行った案が、共産を除いた主要3会派(土壇場で賛成に回った野党民主を含む)で可決された[44]

治安・暴力団対策[編集]

「安全な地域づくり」を選挙戦で公約していた橋下は、2008年(平成20年)9月26日府議会本会議において、「大阪の犯罪情勢は依然として厳しい」との認識を述べた上で、「街頭犯罪ワーストワンを返上する」と明言[45]。翌年の2009年(平成21年)4月、警察・知事部局・教育委員会などが連携して行なう総合的な治安対策の司令塔として、府庁内に「青少年・地域安全室」を新設した[46]。翌年の2010年(平成22年)に大阪府は、11年間続いていた街頭犯罪件数全国ワーストワンと、35年間続いていたひったくり件数全国ワーストワンを返上[47]。大阪府の犯罪認知件数は、知事就任前である2007年(平成19年)の216,303件から、2010年(平成22年)には164,096件へと24%減少し、同時期に全国の犯罪認知件数が17%減少したことを上回った[48][49]

知事任期中に実施された主な治安対策は以下の通りである[46]

  • 防犯カメラ1700台(府内104駅の周辺に1250台・街頭犯罪多発地域に450台)の設置(府の全額補助)
  • LED防犯灯を街頭犯罪多発地域に1940台設置(府の50%補助)
  • 大阪府警交野警察署の新設、第2科学捜査研究所・証拠品管理センターの設置[50]
  • パトカーや捜査用車両への車載カメラシステムの導入
  • DNA型鑑定器材、捜査用撮影資器材など第一線警察活動の資器材強化
  • 悪質重要事件捜査支援システムの整備
  • 小学校の空き教室を利用して地域の防犯活動拠点とする「地域安全センター」を府内126校区に設置[51]
  • 府内各土木事務所に警察官を配置し、地域住民による自主防犯活動を支援
  • 地域住民では実施困難な深夜の青色防犯パトロールを府内24市で委託事業により実施
  • 巡回指導や声かけ活動などを実施する「少年補導センター」を府内17市町で設置推進[52]

警察官の定員について、2008年(平成20年)4月に策定された「財政再建プログラム試案」では520人の削減が盛り込まれていたが、大阪府警や府議会の強い反発を受け撤回[53]。その後は一転して、2009年(平成21年)12月17日に橋下自ら警察庁に赴き安藤隆春警察庁長官(当時)に警察官定員増を要望。[54]2010年(平成22年度)の当初予算で102人、2011年(平成23年度)には86人と、警視庁に次ぐ規模の増員を計上した[55][50]

2008年(平成20年)3月24日、橋下は府議会の警察常任委員会に出席。大阪府の知事が警察常任委員会に出席するのは30年ぶりであった[56]。委員会で橋下は、暴力団について「暴力を背景とする脅しを武器に、国民や企業、近年では行政機関等から不当な利益を得ている集団であり、暴力団こそまさに府民の敵、社会の敵である」と述べた上で、「公共調達における暴力団の関与については、府民の貴重な税金が暴力団の資金源となる可能性もあり、非常に憂慮すべきこと」、公共事業下請け業者からの暴力団排除を「府警本部とも協議しながら進めていく」と語った[57]

2010年(平成22年)9月の府議会において、暴力団の「下請けを含めた公共工事からの排除」という独自の規定が盛り込まれた[58]大阪府暴力団排除条例が可決・成立、2011年4月1日から施行された[59]

2010年(平成22年)8月12日の記者会見で橋下は、暴力団の資金源とも指摘される貧困ビジネス[60]を規制する条例を検討していると表明した。橋下は府の担当部局から、貧困ビジネスは「民間対民間の取引なので(規制は)できない」と言われたため、「自分で(条例案の)ドラフトを書いた」と明かし、「福祉担当者や弁護士がこの条例を元に、悪い業者と戦うことができる」と説明した[61]。その後、10月27日の府議会において、貧困ビジネスを規制する全国で初めての条例「大阪府被保護者等に対する住居・生活サービス等提供事業の規制に関する条例」が可決・成立[62]2011年(平成23年)2月1日から施行された。

しかし、2013年10月現在ひったくり件数が二位を大きく引き離した一位であるなど、大阪の治安は全く改善されていない。 2013年の街頭犯罪、強制わいせつ共にワースト1であった。特にひったくりは、二位の千葉県の1.5倍も発生している。

青少年問題協議会[編集]

2010年11月、大阪府青少年問題協議会は、一部のジュニアアイドル誌に18歳未満の子どもが水着や下着姿などで扇情的なポーズをとる写真が児童ポルノ禁止法の規制の対象外となっていることを問題視し、被写体の子供の視点に立った「子どもの性的虐待の記録」を定義する答申が府議会に提出された。府知事である橋下は、同協議会に対して諮問を行った[63][64]。2011年に改正された青少年健全育成条例では、児童ポルノ禁止法では対象外である「水着、下着等を着用した状態で陰部又はでん部を強調した姿態をとらせる行為」の記録を含めた「子どもの性的虐待の記録」を、事業者及び保護が製造、販売をしないことと、何人も所持をしないことを罰則規定のない努力義務とし、大阪府はそのために必要な調査、指導及び助言をすることと規定した。

教育非常事態宣言と教育改革[編集]

  • 知事就任後、2008年(平成20年)9月5日の記者会見で、全国学力テストの成績が2年連続で低迷したことを受け、「府の現状について『教育非常事態宣言』を発する」と述べ[65]、教育力向上への取り組みを徹底する考えを示した。橋下知事は「府教育委員会が前回の(学力)テスト後に『方策を取る』と言ったのに、全く改善されなかった」と理由を説明。「教員が逃げているだけ」として、正答率も含めた学力テストの市町村別結果を公表する必要性を強調した。また、9月末で2人が任期切れを迎える教育委員について「僕の考えに共鳴する人に多数を取ってもらいたい」と述べ、その後「百ます計算」で知られる陰山英男と「小河式プリント」の小河勝を任命した。
  • 翌6日には、枚方市で開かれた日本青年会議所大阪ブロック協議会主催のフォーラムで、「PTAが機能していない故の現状であり形式主義に陥っている」として「PTAを解体する」、全国学力テストの市町村別結果を公表するよう府教育委員会が市町村委員会に要請する事について「指導助言が無視されるようなら府教育委員会も解散する、小中学校課の予算は付けない」と発言。
  • 同年12月には、「子供の安全」と「学力向上」のため、小中学校への携帯電話持ち込み禁止を行うよう府教委に要請した。
  • 前知事が府内の全公立小学校に導入した「35人学級」について、「負担に見合う効果があるか疑問」として見直しを検討する意向を示した。また、「画一的に少人数にすればいいというものでもない。基礎ができている子の場合は、200人くらいでも授業は成立する。」との見解を示した。
  • 2011年度から大阪府内の公立高校10校を「進学指導特色校」に指定し、これまで府立高校から約1000人だった難関国立大と難関私立大への合格者の6割増を目指すことを発表。また体育科を設置する高校と教育センター付属研究学校も同時に設置予定で、「学力に加え多様な進路希望に対応する」という主張に沿った内容となる予定[66]
  • 大阪府立大学について、「存在意義が十分理解されていない」として、廃止や大阪市立大学との統合を含めて検討する方針を示した。しかし、統合の全段階である現在兼任している大阪市立大学の理事長と学長を分離する条例案は、2013年11月、市議会により否決された[67]
  • 府立高校の入試制度について、学業成績以外にスポーツなどでの評価を重視する、多様な入試制度プランを提唱している[68]
  • 教育バウチャー制度への意欲を示しており、2013年12月より大阪市全域で導入された[69]

府庁移転問題[編集]

大阪府庁を大阪ワールドトレードセンタービルディングへ移転する提案を出したが、条例は2009年3月議会で否決された(入居を見込んでいたビル側はこれにより会社更生法適用が確実となる)。直後の記者会見で「やっぱり日本は北朝鮮じゃないってことですよ。何でも思い通りに物事を進めたら独裁者になってしまう」と発言。引き合いに出されたことを抗議しながら生徒保護を求める文書を朝鮮学校保護者会「大阪府オモニ会」から手交された[70]。 これを受けて、北朝鮮によるミサイル発射の際、「大阪にも多くの北朝鮮籍の人が住んでいる。言論の自由が保障されている日本に住む北朝鮮籍の人は、北朝鮮の今の体制について厳しく批判しないといけない。国民に変える気概がなければ、国は変わらない」と述べた[71]

同和問題[編集]

2008年(平成20年)2月の大阪府議会で、堀田文一府議(日本共産党)から「私は、部落解放同盟は、暴力と利権をほしいままにし、部落差別解消にブレーキをかけた、そういう害のある団体だと感じております。(略)行政がそのような特定民間運動団体(部落解放同盟)を応援していいのか」との質問を受け、橋下は「部落解放同盟が利権や暴力だということを言い切られることでありましたら、これは私の今までの法律家としての感覚からすれば、全く証拠も根拠も何もないことでありまして、それは私も確かにそういうつながりがあるところも知っております、そういう事件があったことも知っています。ただし、そういうことがなく、本当に同和問題の解決に取り組んできたということも知っております。一面的な側面をとらえることなく、きちんと、解放同盟の活動を真摯に見ていただきたく思います」と返答し[72]、堀田から「知事は、今、私の部落解放同盟の評価について何の根拠もないと言いながら、いろいろ事件があったのは知ってると。知ってたら、やっぱり根拠があるということなんですよね。いろんな問題が起こってます。そこは冷静に見ていただきたい」との反論を受けた[72]

堀田はまた、大阪府における同和奨学金の受給者の全員が返還免除を受けていることを「同和」の特別扱いとして府議会で問題にしたが、橋下はこれを特別扱いではないとした上で、「社会の実態といいますか、歴史的経緯を御存じない、そのような御指摘」「まだ同和問題で苦しまれているそのような家庭で育って、大学や高校に行くのに経済的な理由で進学が困難であるというような子どもを救うことが先決」と反論している[72]。さらに橋下は「議会の議決に行政は拘束される。主張を通すなら多数派を取って私にぶつけてください」とも発言し、少数会派を否定する暴言として議事録から削除された[73]。この答弁につき、日本共産党と協力関係にある同和団体の民主主義と人権を守る府民連合(民権連)は「橋下知事の方にこそ、『事実誤認・認識不足』があると言わざるをえません」と批判した[74]

2008年(平成20年)3月の府議会で、橋下は「私はいわゆる同和地区で育ったが、同和問題は全く解決されていない。ただ、差別意識があるからといって、特別な優遇措置を与えていいのかは別問題。一から総点検していただく」、「この問題に真っ正面から取り組まないと人権問題、同和問題は解決しない。逃げてはいけない」と述べた[75]黒田まさ子府議(日本共産党)が2000年ならびに2005年の府調査のデータを挙げて「結婚差別も克服、解消されていっている」「同和行政は逆差別になっている」と発言したところ、橋下は「いまの質問は残念でなりません。そのような数字や机上の論にしばられることなく、現場の実態を見極めて、政治をやっていきたい」「同和問題が解決されたということは、まったくの事実誤認、認識不足だ」と応じた。これに対して部落解放同盟大阪府連委員長の北口末広は「平松市長も、橋下徹知事も、部落差別が存在していることを明確に認め、差別をなくすことが行政の責務と明言している。その信念をもって進めていただきたい」(2008年4月、部落解放同盟大阪府連定期大会での発言)と橋下を讃えている[76]

2008年(平成20年)8月7日、部落解放同盟大阪府連の北口末広らとの政策懇談会を大阪府庁内の会議室で開き、 部落問題解決に向けた施策のあり方などについて意見交換した。橋下は「同和問題の解決へ、(残り任期)3年半、真正面から取り組みたい」と挨拶し、「いわゆる同和地区で育ってきた。都道府県知事のなかで同和問題について一番知り尽くしていると自負している。みなさんの協力をいただきながら、できる限り解決していきたい」と述べ、戸籍謄抄本などの不正取得防止へ本人通知の制度を考えたいとの意向も示した。また、差別意識をなくすために何が必要かのやり取りの中で、「部落差別の根本は「」への差別だが、それはなくなってきている」と述べ、「経済的困窮者が集まってきているところという外形的な差別に切り替わってきていると思う」と持論を展開した[77]。橋下はまた、飛鳥会事件の小西邦彦やその弟子の丸尾勇(恐喝・職務強要で逮捕され有罪判決を受けた部落解放同盟安中支部の元相談役)の名を挙げ、「解同にしても、飛鳥の小西さんや、八尾のMさん、ああいう人が行政に働きかけたから声が届いたというプラス面もあるが、一回ああなると払拭するのはたいへん」とも発言している[78]

部落解放同盟との関係[編集]

橋下徹は部落解放同盟大阪府連合会が設立した組織「同和問題解決(部落解放)・人権政策確立要求大阪実行委員会」の役員(副委員長)に就任していると、部落解放同盟大阪府連合会の機関紙「解放新聞大阪版」が報じている[79][80]

同組織は人権侵害救済法案(人権擁護法案)成立を目的に設立されている。同じく副委員長に平松邦夫・前大阪市長、倉田薫・池田市長も就任している。また就任の時期が2009年11月であることから、週刊朝日による橋下徹特集記事問題の前から人権侵害救済法案(人権擁護法案)を推進していたことが伺える[独自研究?]

その一方で、部落解放同盟中央本部委員長の組坂繁之は橋下を

「独裁的で、憲法改正を簡単に口にする。大阪市長としても、大阪人権博物館(リバティおおさか)や部落解放・人権研究所への補助金を打ち切ると決定した。大阪国際平和センター(ピースおおさか)に対してもそう。人権意識を磨き、差別や戦争をなくすための研究・啓発機関をつぶそうとは、とんでもないこと」

と批判し、「部落の鬼っ子」と呼んでいる[81]

関西三空港問題[編集]

大阪府知事として株主である関西国際空港の活性化の要望をするために出向いた際、関西三空港のあり方について記者団に対し「伊丹空港(大阪国際空港)の廃止も含めて検討し、きちんと方向を出さないといけない」と述べた。一時は撤回したが、2009年に再び大阪国際空港の廃港を主張し、同空港の活性化を求める兵庫県の井戸敏三知事らと対立した[82]

肖像権問題[編集]

府知事選出馬前、雑誌「FLASH」に無断撮影されたことで光文社肖像権侵害で訴えたが敗訴。控訴しない旨を明らかにし、判決が確定した[83]。また、7月25日、橋下の肖像画を無断使用したお菓子を池田市の第3セクターが販売しようとしたのに対し「法的措置も辞さない」とした。しかし翌日になって「盛り上がるなら使ってもらってもよいが、品質保証はできない」と述べ、肖像画使用を黙認。この騒動について、本人は池田市長との出来レースだったと述べている[84]

財政問題[編集]

2009年(平成21年)7月30日、2008年度の普通会計の実質収支が11年ぶりに119億円の黒字になった事が明らかとなった[85]。主な要因としては、人件費抑制などが挙げられる[86]

しかし同年10月28日、橋下は会見で、実際には基金からの借入金が約1500億円あったとして黒字化を事実上撤回した[87]。この件に係る経緯は以下の通りである。

大阪府の財政の経緯[編集]

  • 1997年(平成9年)、府の法人2税収入の大幅減少を受け、大阪府基金条例・第3条の改正を府議会が可決[注釈 3] これにより特定目的基金から一般会計への借入が可能になった[88][89]
  • 条例改正後は、赤字圧縮のための「やむを得ない措置」として、減債基金から一般会計への借入を行なっていたことが太田房江元府知事時代から公表されていたが[90]、橋下は知事就任後にこの借入をやめると宣言。橋下の指示で作られた府財政担当者の研究会は2008年(平成20年)12月、借入は基金の設置目的に沿わないとして「今後一切おこなわないこと」と指摘していた[88]
  • 翌年に2009年(平成21年)2月の府議会において、大阪府基金条例・第3条が再び改正され[注釈 4] 、特定目的基金から一般会計への借入は原則としてできなくなった[89]
  • 同年10月、これまで判明していた減債基金からの借入のほかに、新たに6基金から1479億円の借入が明らかになり、府財政課は、減債基金と同様に「実質的には赤字」と説明した[88]
  • 同月初め、橋下が、府環境農林水産部所管で緑化推進が目的の「みどりの基金」(2008年度で名目上の残高87億円)を使って大規模な緑の拠点づくりの計画を作るよう指示。しかし、みどりの基金は一般会計に83億円を貸し付けており、実際の残額は4億円。一般会計を所管する財政担当から「財政難のため、返済が困難」と報告があり、問題が発覚したという[91]
  • 同月28日付の府の作成した資料[92]によると、以前から公表されていた2002年から2008年にかけての減債基金から一般会計への借入5202億円とは別に、1998年(平成10年)から2001年(平成13年)にかけて6基金から1533億円の借入があり、うち1479億円が未返済。橋下の知事就任以降の借入はなく、過去の借入は一般財源で積み立てた範囲内で行っており、府民等からの寄付分を含んでいないとされている。
  • この事態を受け、府の財政課長は「条例上は問題なかったが、名目と実質の違いを明らかにすべきだった。今後わかりやすい説明に努める」とコメント[88]。橋下は借入金について、「いつ返すのか決まっていない。これは借り入れじゃなくて使い込み」「基金から借り入れて、何とか数字を合わせている。真実の数字に基づいた会計制度にしないといけない」と指摘[87]。返済計画がなく不良債権化していると指摘し、会計システム改革に着手する考えを明らかにした[91]
  • 2010年(平成22年)2月3日の会見で橋下は、特定目的基金を減資し、今後は一般会計から特定目的基金への拠出をやめ、積み立ては財政調整基金に一本化、寄付の受け皿としての基金は残すという方針を明らかにした[93]。同月の府議会において、大阪府基金条例の改正が可決され[注釈 5] 、特定目的7基金の6588億円が一括減資処分された[89]
2010年(平成22年)2月8日、府が財政赤字を隠すために、5つの公社への貸付金を年度末の3月31日にいったん全額返済させて歳入とし、新年度の4月1日に改めて貸し付けていたことが、府の包括外部監査で「不当な操作」と指摘された。この一時返済がなければ853億円の赤字であった[94]。この件に係る経緯は以下の通りである。
  • 1998年(平成10年度)から1999年(平成11年度)にかけて、府は財政赤字額を縮小するために、5つの公社に対してそれまで行なっていた長期貸付金を繰上償還させ、翌年度以降は貸付金を年度末に一旦全額返済させて歳入とし、さらに新年度に改めて貸し付ける「短期貸付金」方式に切り替えた[95][96]
  • 2006年(平成18年)2月21日2005年(平成17年度)の包括外部監査結果報告書が提出され、こうした短期貸付金が「実態に反した不透明な処理」との指摘を受けた[96]
  • 同年10月20日の府議会住宅水道常任委員会において、当時の太田房江知事は、短期貸付金が「府民から見て不透明な部分はある」とした上で、長期貸付に切り替えるべきとの指摘に対して「中長期的な課題として受けとめる」と答弁した[97]
  • 2008年(平成20年)12月、橋下の指示で作られた府財政担当者の研究会は、こうした短期貸付金の解消について「多額の財政負担が生じる対応は中長期的な課題」としながら、「当面は(貸付額を)必要最小限に抑えるべき」との結論を出した[96]
  • 2009年(平成21年)3月2日自治体の短期貸付金の会計処理に絡む「赤字隠し」を巡り、同様の処理が北海道埼玉県福井県三重県滋賀県京都府兵庫県岡山県長崎県札幌市川崎市新潟市浜松市名古屋市京都市の9道府県と6政令市で行なわれていたとの報道がなされた[98]
  • 同年3月19日、府議会住宅水道常任委員会で橋下は、短期貸付金について「公の組織が資金繰りに困って、民間ではやらないような手法をとっている」「でたらめな財政手法」と述べた上で、長期貸付への切り替えを「中長期なんてのんきなことは言ってられない、できるなら本当はすぐにでもやるべき」としながらも、一般財源の手当が必要なことから「申し訳ないが、府民の皆さん、府を転覆させないためにちょっと延ばさせてください」と答弁した[99]
  • 同年11月13日[100]、大阪府住宅供給公社[101]・大阪府土地開発公社[102]・大阪府育英会[103]の3公社について、府の短期貸付金から金融機関の長期貸付金への切り替えを行なう旨の予算要求書が作成された。
  • 2010年(平成22年)2月8日、短期貸付金を「不当な操作」と指摘する2009年度包括外部監査報告書が提出され[104]、新聞各社が報道。翌9日、当時の原口一博総務大臣は会見で、大阪府の短期貸付金を巡る報道について「違法とまでは言えない」としながらも、「本来は長期貸付け又は補助金という形で対応すべき。早急に見直すように助言をしている」と述べた。また、「これは大阪府だけ(の問題)ではない。公会計制度をそもそも見直そうと考えている」とし、住民から見た自治体財政の「透明性が確保されているのか、あるいは財政の持続可能性をどこまで判断されるのか。判断ができないようなやり方はまずい」とコメントした[105]
  • その後の対応として府は、2010年(平成22年度)より前出の3公社への短期貸付金を金融機関の長期貸付金への切り替え、他の2公社については2015年までに廃止とする措置を講じた[106]
2009年(平成21年)10月から翌年の2010年(平成22年)2月にかけて報道が相次いだこれらの不適切な会計処理に関して、橋下は2010年2月16日の会見で、「公会計システムがでたらめである」とし、「明治以来続いてきた現金主義」や「出納整理期間とかわけのわからない期間」などを問題点として挙げ、抜本的な改善を総務大臣に訴えていくと語った[107]。同年3月3日、内閣府の第2回地域主権戦略会議に出席した橋下は、地方自治制度改革に関する提案書を提出[108]。その中で、「複式簿記発生主義会計の導入」「出納整理期間の廃止」を提案している[109]
なお、2010年(平成22年度)の決算において大阪府は、「特定目的基金からの借入」と「公社への短期貸付金」を見直した上で[110]普通会計の実質収支で274億円の黒字見込みであると報じられている[111]

会計制度改革[編集]

自治体公会計制度について、「民間の収入と公会計の収入が全然違うことに非常に戸惑いを感じる」と、その判り難さを指摘していた橋下は[112]、新しい会計制度の導入を検討。大阪府は当初、総務省2006年に公表した新地方公会計「基準モデル」を採用する方針だったが、橋下は「財務マネジメントに生かせる会計制度にすべきだ」として[113]出納整理期間などの問題点が指摘されていた[114]総務省基準モデルの採用を見送り、東京都2006年から採用している新公会計制度を参考に新システムを構築することを目指した[113]

複式簿記の採用[編集]

2009年(平成21年)4月17日、東京都の石原慎太郎知事は会見で、「大阪の橋下知事から(東京都と同じ会計制度を)導入したいと言われた」と明かした上で、「先進国複式簿記発生主義をやってない国は日本だけ」「会計制度そのものを変えないと国民の不安・不満は解消できない」と、かねてからの持論を展開。さらに石原は、会計制度改革について「特に大阪が熱心」と述べ、都の関係者を大阪府に派遣してサポートする意向を示した[115]。一方の橋下も同月28日の会見で、府の会計制度改革について「共同で、連携で東京都とやっていく」と明言[116]。6月1日には「大阪府新公会計制度プロジェクトチーム」を府庁内に発足させ[117]、大阪府と東京都の間で関係職員の相互派遣を開始[118]。 12月25日、新公会計制度導入に向けた中間報告を取りまとめ[119]、翌2010年8月16日には「大阪府の新公会計制度案」を公表した[120]

大阪府の新公会計制度案では府の事業を251に分類し、事業ごとに人件費も含めた収支を計上。借金も府の収入に組み込まれるこれまでの単式簿記現金主義から、複式簿記・発生主義へと転換。固定資産についても、サービス能力の低下に応じて帳簿価格を減額する減損会計を導入し、府債の残高や利払いの状況も実態に即して解り易く表記するように改めるとした。新制度について、大阪府は2011年度にシステムの試験運用と職員研修を行なった上で、2012年度からの本格導入を予定している[113]

複式簿記についての見解[編集]

橋下はこの新公会計制度を「全国に波及させていきたい」と述べており[121]、国に対しては、2009年10月30日に行なわれた総務大臣とのテレビ会議の中で、「公会計制度を、きちんと組織マネジメントができるような、企業会計原則に近い正確な情報を出す制度にしないといけない」と発言、原口一博総務大臣(当時)は「公会計制度の抜本改革については、バランスシート経営、それからキャッシュマネジメントという考え方を入れていかないといけない」と応じている[122]。また、全国知事会に対しては、同年11月12日に行なわれた全国知事会行政改革プロジェクトチーム会議において、「複式仕訳に基づく新会計制度の早期導入を、先進県の協力の下、全都道府県で検討」すべきと提案している[123]。翌2010年11月11日には、大阪府と東京都との共催により都庁で行なわれた「公会計制度改革シンポジウム」で、全国の自治体関係者など約500名を前に講演。「現金主義の官庁会計では財務情報が見えず、単年度の資金繰りの帳尻合わせに終始してしまう」「民間企業では当たり前の複式簿記・発生主義による財務諸表を作成し、正確な財務情報を明らかにすることで、将来を見通した地域経営が可能となる」「財務マネジメントを実践し借金漬けの運営から脱却していくには、会計制度の改革が必要である」と語った[124]

首長連合[編集]

横浜市中田宏元市長や松山市中村時広前市長(現愛媛県知事)らとともに「首長連合」を結成する。「首長連合」は2009年の衆院選で民主党への支持を表明したため、大阪府知事選で橋下を支援した自民公明両党から「裏切りだ」との声が上がった[125]。選挙後、落選した中山太郎自民党大阪府連会長は「考えもしなかった態度」「信用できない」と橋下を非難した[126]

沖縄米軍機訓練の関西移設案[編集]

下地による提起と橋下の「議論呼びかけ」[編集]

2009年(平成21年)11月2日沖縄県選出の国民新党下地幹郎政調会長国会で、普天間飛行場移設問題について、普天間を嘉手納基地に統合した上で、嘉手納の一部訓練を本土空港に移設すべきとの考えを示し、「関西空港B滑走路が全く稼働率ゼロだから」「あそこを活用して外来機の訓練をやると嘉手納の騒音は半分になる」と提起した[127][128]。下地はその後の取材に対して、「普天間基地の移設や本土で受け入れ可能な候補地については常に考えており、関空はいつも選択肢だった」と話し、関空移設案は数年来の腹案であったと明かした上で、「(関空は)地理的にも日本の中心にあるうえ、北朝鮮にも近い。米側にとって悪くない立地だ」との見解を語った[129]
11月13日、下地提案について記者からコメントを求められた橋下は[130]、「関空をどうかというのは僕も考えていないので、なかなかコメントできない」と前置きした上で、「沖縄県以外の日本国民はちょっと無責任であり、沖縄にすべてを負担させ過ぎという気はある」との認識を示した。そして、沖縄戦自決した大田実海軍中将の言葉『沖縄県民かく戦えり。県民に対し後世、特別のご高配を賜らんことを』を引用して、「(この言葉を)僕らは胸に刻んでおかなくてはいけない」と語り、「関空という案を本気で国が論じられるのであれば、地元知事としてその論議の中にしっかりと入っていきたい」と述べた[131][132]
関西移設案について評価[編集]
11月17日、下地は国会で13日の橋下発言を紹介した上で、「(橋下の)コメントを私は非常に重く受けとめている」と述べた。これに対して北澤俊美防衛大臣は、「橋下知事の申されることは極めて勇気のあることで、国民のみんなが一度考え直さなきゃいかぬことだ」とした上で、関空移設案について「せっかくの御提言でありますので、私もしっかり胸に秘めて、今後の対応に参考にさせていただきたい」と答弁した[131]
11月30日、橋下は関西移設案について「あくまで個人的な見解」と断った上で、「国から正式な話があれば(議論を)受け入れる方向で考えたい」と発言[133]。12月2日、下地と社民党阿部知子政審会長沖縄県議会議員4名らと意見交換を行なった橋下は、「安保政策に関して(府知事が)積極的に発言するのは行き過ぎ」と前置きした上で、関西移設案について「今の時点で受け入れますとか言えない立場。議会と議論もしていない」と述べた。一方で、議論の前提として「関西に国際ハブ空港機能も持たせてもらう政府の案」を挙げ、「きれいごとだけでは済まない。大阪の都市機能を上げていくのが僕の責務」とも語り、「関空・神戸空港(への訓練移設)に限らず、沖縄の負担軽減案として、大阪が何か負担しなきゃいけないのであれば、その案を持って府民・議会を説得したい」との考えを示した。また、沖縄の負担軽減の考えを持ったきっかけとして、「知事になる5年前くらいに講演会で沖縄に行った際、(戦史)資料館や普天間・嘉手納などを見て回り思いを強くした」と説明した[130]

各方面の反応[編集]

2009年(平成21年)12月1日岡田克也外務大臣は関西移設議論について、「(橋下の)そういった気持ちは非常に歓迎すべきこと」と表明[134]。3日には武正公一外務副大臣が、「(関西移設の)一例を挙げると訓練移転」とした上で、「沖縄県外で色々な可能性を探ることは否定しない」と述べ、検討対象になりうると示唆した[135]。6日には関西3空港問題を取り扱う国土交通省成長戦略会議の中条潮委員(慶應義塾大学教授)が、「防衛省が関空を借りて米軍基地として使うことは、関西空港会社の負債軽減と空港維持の為の選択肢の一つ。検討課題にすべき」と発言[136]。また、米空軍嘉手納基地のケネス・ウィルズバック英語版司令官は9日、関西移設について「提案があれば、我々も実現に向けた計画立案を開始するかもしれない」と言及[137]。さらに、仲井眞弘多沖縄県知事県議会において、「防衛外交は国の仕事で全国知事会は余り近寄らない雰囲気があったが、橋下発言は全国の知事が防衛・外交についても関心を持っていく糸口になる」との見解を示した[138]
一方、ジョン・ルース駐日米大使は12月2日、「ロードマップが唯一実現可能な選択だ」と述べ、現行案以外の可能性を否定[139]前原誠司沖縄北方担当大臣は11日、関西移設案について「首相官邸閣僚から指示があれば検討するが、話は一切ない」として、検討の考えがないことを示唆した[140]。また、大阪府議会では共産党の府議が、関西移設議論に係る橋下発言を問題視。「普天間基地は、県内・国内のたらい回しではなく、即時撤去が(沖縄)県民大多数の声」[141]「普天間にいる海兵遠征隊は、抑止力ではなく侵略力」[142]などとして、橋下に発言の撤回を求めた。さらに、革新系団体「関西新空港絶対反対泉州住民の会」は、「戦争のためにある米軍基地は沖縄にも関空にもいらない。即時撤退すべき」として府に抗議を行なった[143]
  • 知事会との温度差
2009年(平成21年)12月17日全国知事会戦略会議において橋下は、「政府から要請があれば知事会が基地問題のテーブルに着くべき」と提起。「地方はこれまで国に金くれ、権限寄こせばかり言ってきた。国と地方の対等を言うならば、国が困っていることも受け止める場を作る必要がある」と述べた。しかし他知事から「安保議論は地方には重すぎる」との異論が出され、意見集約はできなかった[144][145]
2010年(平成22年)5月27日、全国知事会において、沖縄米軍基地分散先への「立候補」を求めた鳩山由紀夫総理大臣に、各知事からは否定的な意見が相次いだ。唯一鳩山に理解を示した橋下は、「沖縄県などの犠牲の上に、大阪府民は安全をタダ乗りしている」とした上で、「ただ、自治体が動いても、米国からダメだと言われると動けない。2006年の米軍再編ロードマップを履行し、政府が第2段階の基地負担軽減という時に話を振ってもらえれば、できる限りのことはする」と述べた[146][147]。また、6月2日の近畿ブロック知事会において橋下は、「関西には米軍基地がない」「関西として、訓練受け入れの話があれば協議に応じると表明すべき」と提起。しかし他知事からは慎重意見が相次ぎ、意見集約はできなかった[148]
7月14日、橋下は、沖縄米軍基地負担問題について「(5月の全国知事会議以降に)何か進展があるかといったらない、国からも何か方針が出たわけではない」と述べた上で、「むしろ国の方針、意気込みが後退したようにも感じる」との認識を示した。[149]
  • 神戸空港を巡る摩擦
2009年(平成21年)12月1日、かねてから関西3空港の在り方について、大阪国際空港を廃港のうえ関空・神戸「2つの海上空港」に「選択と集中」させるべきと提言していた橋下は[150]、「関空に限らず、沖縄の基地負担軽減に資する空港は神戸空港」と述べ、関空・神戸ともに関西移設議論の対象であるとの見方を示した[151]。これに対して、神戸市矢田立郎市長は同日、「神戸空港は市民の利便に資するように造られており、(軍用機)移設は議論の余地もない」と反論。井戸敏三兵庫県知事は2日、「兵庫県は基地関連施設が随分立地しており、これ以上協力できることがあるか。ただちに具体案を出すのは難しい」とした上で、橋下発言について、「自分の思いつきで沖縄県を混乱させていいのか。日米関係をどうするか非常に深刻な議論がなされているところで問題提起としてはあまりにも無責任」と述べた。[152]。さらに1日と2日、神戸市の空港事業室長は大阪府に電話をかけ、「他の自治体が管理する空港を基地移転先に例示した(橋下)知事発言はもってのほか。厳重に抗議する」と伝えた。報告を受けた橋下は4日、「市長からの抗議なら分かるが、公務員政治家に厳重抗議するのはおかしい」とした上で、「何とかしたいという思いで(関西)3空港問題を考えている。『いちいち口を出すな』と言うなら、3空港問題から神戸空港を除いて神戸市で全部責任を取ればいい」と述べた[153][154][155]
2010年(平成22年)4月25日、関西3空港問題について橋下と会談した前原誠司国土交通大臣は、「神戸は切り離し、関空と大阪(国際空港)の一体運用を考えている」と明言[156]。これを受けて橋下は28日、「関空・神戸の海上2空港で関西を引っ張っていくと一生懸命言ってきたが、地元がそういう大きな戦略を掲げることなく、自分達の空港を存続させてくれという主張を繰り返した結果、神戸空港は見離されてしまった」と発言。「僕はリスクを冒して伊丹廃港(を言ってきた)」とした上で、兵庫県と神戸市にも「神戸空港を生かすためにはどうしたらいいのかという政治的な判断が必要だった」との見解を語った[157]。11月22日、国交省は関空と大阪空港の統合・民間売却案を提示[158]。橋下は24日、「今までのやり方でやって立ち行かないなら、新しい方法で踏み出すほかない」として、統合・民間売却案に支持を表明した[159]
11月29日、沖縄県知事選再選を果たした仲井眞は、「県外移設」を選挙公約としていた普天間飛行場の移設先について、「本土の方が(沖縄より)空間が広いのでむしろ可能性がある。橋下知事が『関空はどうか』と言っているので一度見てきたい」と述べ、関空視察の意向を表明[160]。これに対して橋下は30日、「政治状況は日々刻々と変わっている。残念ながら、関空は大阪空港との統合で、運営権を民間に売却する話がスタートしている。関空が基地負担軽減の受け皿になることは今の方向ではない」と発言。「経営統合が決まる前に政府から軍用の話を持ちかけられていれば検討もありえたが、今はありえない」とした上で、「(仲井眞には)できたら神戸空港を見ていただきたい。将来性が見えない海上空港は神戸だ。(視察する場合)僕もついていく」と述べた[161][162]。橋下は翌日、前日の発言が「受け入れ撤回」と報じられたことについて、「撤回したつもりはない、関西で受け入れを考えなくてはいけないことは一貫して言っている」とした上で、「候補地は国が決めて、決められた場所について住民を説得するのが知事の仕事」「国が決めたことなら協議の場は拒否しない。それはずっと一貫している」と説明。さらに、「今は国の方針で伊丹と関空の経営統合」が進んでいるとして、「関空に軍用機を飛ばすというだけでは大阪府(民)に説得のしようがない。そうするのだったらこうするという全体のプランを(国が)出してくれたら、そこから話をする」と語った[163]
  • その後の経過
2012年(平成24年)2月23日、橋下は自らが代表を務める大阪維新の会の公約にあたる「維新八策」に、普天間飛行場の県外移設を含む方針を固め、「普天間基地問題で維新が何らかの見解を出すのであれば、(沖縄に)ご挨拶には伺う。沖縄県の担当者に会ってもらえればありがたい」と話した。また、仲井眞との面会については「会っていただければありがたいが、いちローカル政治集団が伺うのは失礼ではないか」と述べた[164][165]。これに対して28日、仲井眞知事は県議会において、「(橋下が)沖縄にお見えになるか、ないしはどこかでお目にかかれれば(話を)伺ってみたい」と答弁した[166]。3月10日、大阪維新の会は維新政治塾のレジュメの中で、外交・防衛政策の課題として「日本全体で沖縄負担の軽減を図る更なるロードマップの作成に着手」することを明記。「2006年(米軍再編)ロードマップ・普天間問題」を議論の課題に挙げた[167]

大阪都構想[編集]

2010年(平成22年)1月12日、公明党の年賀会で「競争力のある大阪にするためには、一度大阪府を壊す必要があるし、大阪市も壊す必要がある。来たるべき統一地方選挙において、大阪の形を1回全部解体して、あるべき大阪をつくりあげる」と述べ、府と市の枠組みを取り除き、広域行政によって「ひとつの大阪」を目指す考えを示した。その上で、きめ細かな住民サービスを行うため東京23区のような特別区の導入も検討しているという。橋下は2011年春に行われる大阪府議会および23の市町の選挙(統一地方選挙)に向けて大阪の形を変えていきたいと主張し、政治グループを立ち上げる決意を示し、2010年4月19日大阪都構想の実現を掲げる地域政党大阪維新の会を結成、自らが代表に就任した。

カジノを含めた統合型リゾート構想[編集]

2009年(平成21年)9月15日夢洲咲洲地区まちづくり推進協議会において橋下は、 大阪市内ベイエリア再開発の一環として、「カジノが1つのキーワード。結論は出なくても、始めからできないというのではなく、是非検討して欲しい」と提言[168]。10月29日の講演会では、 関西の活性化には都市ごとの役割分担が必要との考えを示した上で、京都奈良を「世界に誇れる観光の街」、神戸を「日本を代表するファッションの街」と評価。大阪について、「こんな猥雑な街、いやらしい街はない。ここにカジノを持ってきてどんどんバクチ打ちを集めたらいい。風俗街ホテル街、全部引き受ける」「大阪はエンターテインメントの街でいいじゃないですか。都市で役割分担して、上がってきた税収を分ければいい」との考えを語った[169]

翌年の2010年(平成22年)1月22日から橋下はシンガポールを訪問しカジノを視察[170]、「こういう施設が大阪に欲しい」と話し、「民間に(カジノ)候補地を提示して、選んでもらうのが行政の役割」と述べた[171]。同年7月、府庁に「大阪エンターテイメント都市構想推進検討会」を設置。「カジノを含めた統合型リゾート(Integrated Resort=IR)」を府内に立地する為の検討を開始した[172]。7月9日の検討会初会合で橋下は、「公営ギャンブルOKの日本において、なぜカジノだけダメなのか」とした上で、「金がないと言えば、国はすぐ増税と言う。増税をやるならカジノだと思う。カジノには所得再配分機能もある。カジノの収益福祉医療教育の財源に充てればいい」と述べた。また、外国人観光客を呼び込む為にもカジノは必要と語り、「立地は大阪湾ベイエリアがいい」との見解を示した[173]

同年10月28日には、カジノやパチンコの換金の合法化をめざす国際観光産業振興議員連盟(カジノ議連)の議員らを招いたギャンブリング&ゲーミング学会の大会に出席し、「ギャンブルを遠ざける故、坊ちゃんの国になった。小さい頃からギャンブルをしっかり積み重ね、全国民を勝負師にするためにも、カジノ法案を通してください」と議員らにカジノ合法化を求めた[174]

翌年の2011年(平成23年)8月18日、検討会は基本コンセプト素案をまとめ、 「カジノ、ホテル、コンベンション・センターショッピングモールアミューズメント施設、レストラン等を備えた統合型リゾート施設を、民間事業者の建設・運営主体によって構築する」との目標を提示した[175]

大阪市長として[編集]

生活保護[編集]

2013年3月16日、「大阪市の職員164人の親族が、生活保護を受給していた」ことが判明した。これは、大阪府「東大阪市の職員30人の親族の生活保護受給」が発覚した後、大阪市で調査した結果、明らかになった[177]

橋下はこれを受けて、大阪市職員に対し「職員には自分の家庭もあるだろうが、節約して親族をサポートしてもらう」と述べ、「生活保護を受給している親族に仕送り」する様に促した[178]

公募校長制度[編集]

市長選において市立の小中学校の校長公募制度を公約に掲げ、2013年4月より市教委が導入した[179]

  • 公募校長が、市教委に助言を求めたことで、「教務主任や生徒指導主事等への推薦者を、教員同士の投票で選ぶ」という規定の存在が、あらためて注目された。この規定は、30年以上前から存在していたが、人事権は校長にあるため、問題視されていなかった。しかし、今後問題が生じるおそれもあるとして見直されることとなった[180]
  • 教育評論家の小林正は「人事権の掌握は組織の管理運営の最大の武器。教員による偏向教育などの問題が起きても、校長には止められなくなってしまう」と、警鐘を鳴らした。公立学校には、学校教育法37条に「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」という法律がある。文科省も「校内人事は校長の権限で行われなければならない」としている[180]
  • 市教委は、「規定は不適切。無視して校長が人事を決めればいい」、「教員の理解を得ながら進めた方がいい」とした為、公募校長は、選挙は行わず、全教員から意向を聞き、最終的に人事を決めた。法に無い規定には手をつけなかったが、教員や保護者が「独断的な学校運営」と苦情を出した為、市教委事務局は、一時、校長の更迭を検討する事態となった[180]
  • 橋下は定例会見で、「何の責任もない教員が選挙で人事を決めるのは民主的でもなんでもなく、秩序を乱す。感覚が狂っている」と発言した。その結果、教育委員は「規定について全校の状況を調べる必要がある」とし、全市立学校約460校の調査に乗り出すことを決めた。市教委幹部は「複数の校長から選挙の存在を聞いた」と話している。大阪市の公立学校の事態が、深刻である可能性もある[180]
  • 港区の小学校長が児童の保護者らへのセクハラで懲戒処分を受けて更迭されたほか、市教委に無断でアンケートを実施した西淀川区の小学校長が厳重注意を受けたり、住之江区の小学校長が「スキルを生かせない」「給与が低い」などとして就任からわずか約3か月で自主退職するなど、採用者11人のうち6人が不祥事やトラブルを起こす事態となった[181]。その後も生野区の中学校長が教頭と口論の末に土下座をさせるトラブルが発覚している[182]

大阪市議会[編集]

これらを受けて、大阪市議会は、2014年度一般会計当初予算案から公募校長の採用経費など計7500万円を削除する修正案を可決した[183]

時事問題についての見解・発言[編集]

政治[編集]

東日本大震災[編集]

  • 東日本大震災による震災瓦礫について日本各地で受け入れ拒否の動きが発生しているが、橋下は「安全性を確認した上で、原則受け入れる」「嫌だと言えば東北地方はどうなるのか」と発言している[184]

外国人参政権[編集]

  • 2012年9月19日、地域社会のルール作りについては賛成する一方、外国人参政権に反対の意向を表明した[185]

国民の定義について[編集]

  • 2010年2月26日、大阪府議会で、下記の様な考えを明らかにした[186]

出生主義か、血統主義かをいろいろ考えるに当たっては、やはり天皇制が一番重要なポイントになってくると思います。日本国憲法の第一章のところ、一番最初のところに、国民の権利義務の前のところに天皇制というものをきちんと置いて、我々は天皇制をいただいているということは、やはりこれは血統主義なんだと、日本の国柄というものは血統主義なんだということを前提に我々の国家、日本というものは成り立っているんではないかというふうに考えます。

(引用) 大阪府議会 定例会本会議会議録 2010年2月26日 P.20 12~15行目

外国人地方参政権の参政権だけのところに焦点が当たっていますけれども、日本人とは何ぞやというところで本当は議論しなければいけないというふうに思っています。アメリカだとか、いろんな他国の制度と比較されますけれども、例えば在日韓国人の問題が僕は大阪で一番ポイントになってくると思うんですが、在日韓国人の二世、三世は、生地主義を、出生主義をとれば、これは日本人になってしまうわけなんですね。国民になってしまう。血統主義でいけば、在日韓国人は帰化しない限りは外国人ですけれども(後略)

(引用) 大阪府議会 定例会本会議会議録 2010年2月26日 P.20 6~9行目

夫婦別姓[編集]

  • 選択的夫婦別姓法案について、「自身の家庭が母親の再婚のため親子で名前が異なっており親子で名前が異なっているが、まったく問題なく家庭が円満であり、別姓が家庭を崩壊に導くようなことはない」と述べた[187]

歴史認識[編集]

  • 歴史認識に関して「中国や韓国に謝り続けたからいいじゃないか、 お金を払ったからいいじゃないかというのは違う」と述べ、第二次大戦の総括が必要との認識を示した。[188]
  • 2014年2月25日、河野談話を「歴史事実を語るのに、政治的妥協をやってしまった最悪のペーパー」と評した[189]

TPP[編集]

  • TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)について、「基本的に賛成。世界情勢をみれば、アメリカと韓国がやっていて、日本だけが世界とのつながり遮断するわけにはいかないと思う」としている[190]。またTPP反対派の論客である中野剛志について「なぜ僕がTPPにこだわるか、デフレ下でも競争にこだわるか、中野氏にぶつけてみたい。価値観、哲学が180度異なるであろう[191]。」と述べている。
  • 但し、国益に反する“TPPには反対”は、当然という意志を下記の様に明らかにした。

国益に反する場合はTPP参加反対。これはTPPについて後退でも何でもなく当然の確認。TPP交渉参加国も、国益に反してまでTPP参加を認める国などない。

(引用)BLOGOS 橋下徹2012年11月30日 政治がよくならないのはメディアの責任でもある/政権公約の細かな文言を議論しても意味はない - 11月30日のツイート

国防[編集]

  • 核武装にについては、2007年12月12日の大阪府知事選出馬時の記者会見において、「現実に日本が核武装することはありえない」と述べ、同年12月25日には「バラエティー番組での発言で世間ウケしないといけなかった」と弁明した[192]。また、米海軍艦艇への給油活動を行うテロ対策特別措置法には肯定的である。
  • 地方での講演依頼の中には「憲法9条改正反対」や「核廃絶」などについての依頼もある。政治的な内容の講演はなるべく関西を中心に『そこまで言って委員会』のネットエリア内[193]に限って行い、それ以外の地域では政治的な内容を含まない講演[注釈 6]であれば引き受けている[要出典]

その他[編集]

  • 大阪維新の会タウンミーティング(2010年12月12日夜)で、「大阪市職員は政治活動をしている。政治活動に公務員が首をつっこんでくるのはおかしい。負けたときは一族郎党どうなるか。われわれが勝ったときには覚悟しとけよ」と発言[194]
  • 府知事選出馬表明以前には、政治家を志す動機について自著で「別に政治家を志す動機付けが、権力欲や名誉欲でもいいじゃないか」「なんで『国民のために、お国のために』なんてケツの穴が痒くなるようなことばかりいうんだ?政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。その後に、国民のため、お国のためがついてくる。自分の権力欲、名誉欲を達成する手段として、嫌々国民のために奉仕しなければいけないわけよ」と述べている[195]
  • 小泉の引退表明時に、「小泉元首相らしいというか、感動です。小泉元首相がやったことと比べれば、僕のやったことなんて鼻くそみたい」と発言した[196]
  • 外国人からの政治献金について、政治資金規正法の抜け道である外国人に販売可能な政治資金パーティー券の飲食代との差額を利用して、外国人だと意識した上で政治献金を募っていることを公言している[197]

事件・司法[編集]

  • ライブドア社長の堀江貴文有価証券報告書の虚偽記載で実刑判決を受けたことについて、「堀江は社長を辞任しており再犯の可能性もないのに、罪を認めないと執行猶予がつかないというのは、政治資金収支報告書の虚偽記載など他の犯罪に対する刑とのバランスがおかしく、(堀江に厳しい)世論になびいているとしか思えない」として「司法に失望した」と述べた[198]
  • 日本弁護士連合会が憲法・法律・死刑執行に関し度々意見表明をする事について、「問題は、この弁護士会が政治的な意見表明を行っていることである。(中略)こういう組織は政治的な意見表明をしてはいけないという当たり前の事を理解していない弁護士が多いのだ」と批判した[199]
  • 附属池田小事件」発生時、「被告人を速やかに死刑にすべき」という寄稿を週刊誌で発表した。その後、死刑判決を望んでいた被告人から弁護人を通じ、早期の死刑実現に対する援助を依頼する手紙が届く。橋下は、被告人が遺族に謝罪するという条件付で了承する旨返答した。しかし被告人からの返事の手紙には、人生に対する恨みや苦悩は書かれていたが、遺族への謝罪や反省のコメントは書かれていなかった[要出典]
  • 耐震偽装問題に関し、マンション住人に自己破産を勧める発言をしたことで批判を受けた[要出典]

教育[編集]

  • 厳しいしつけ体罰に肯定的である。ただし、体罰と称し大ケガを負わせるような行為には極めて批判的である。
  • 2008年(平成20年)9月、国土交通大臣に就任直後の中山成彬(第5・6代の文部科学大臣)が、「(日教組が強いから)学力が低い。」「日教組は日本のガン」「解体しなければいけない」などの批判を行ったが[200]、これについて橋下は「本質を突いている」「事実である」とし、日教組批判を行っている[201]
  • 「大阪府教育基本条例」を提案。これに対して、橋下に請われて府教育委員を務める陰山英男は、教員管理を強めれば教育が良くなるという橋下の思想は間違いだと批判、「条例が成立した場合は辞任しますから」と言明している[202]高橋哲哉からは「これは“教育破壊基本条例”だ」「知事を天皇にした天皇制ともいえる府政を作ろうとしている」と批判されている[203]。またこの条例については、思想家の内田樹も自身のブログ上で「最大の問題点は、この条例案は『学校教育というのは非常に惰性の強いシステムであって、頻繁な変更になじまない』という現場の人間にとっての常識を理解していない」と批判している[204]

その他[編集]

  • 事件報道においては実名報道に反対している。被害者についてはマスメディアによるメディアスクラムによって精神的にさらにダメージを受けるためで、被疑者については推定無罪冤罪の可能性もあるからとしている。ただ、被疑者については裁判で有罪が確定して以降なら実名報道もかまわないとしている。この2点において、逆に原則実名報道を主張する辛坊治郎とは幾度も激しい論戦を繰り広げている。
  • 2004年(平成16年)球界再編問題における選手会ストライキについて、「野球選手がストライキをすると単なる労働者に成り下がってしまう。球団から一々指揮命令を受けないためにも労働者になるべきではない。個人の事業主として集団で契約更改を拒否すればいいだけである」と発言した。

話題になった言動[編集]

  • 2002年(平成14年)5月、TBS系列の情報番組サンデージャポン』で『狂言が好きな人は変質者』と述べ、関連する団体や人物から批判を受けた[205][206]。2012年には観客動員数が少ない事を理由に文楽や管弦楽団への財政補助を削減。ツイッターで4月に「文楽の世界は身分保障の公務員の世界になっている」、6月にも「特権意識に甘え、(略)世間とかけ離れた価値観、意識のもとに伝統に胡坐をかいてきた」とツイート。これには赤川次郎が「動員数で言ったらベートーヴェンはAKB48にも劣るということじゃないか、そんな馬鹿な話があるか」[207]六代 桂文枝も「頑張れるだけ頑張るのが芸人の務めだが、守らなければ続かない芸もある」[208]と批判。季刊『上方芸能』は2012年6月号で「文楽を守れ!―132氏からの熱いメッセージ」と題した特集を組み、ドナルド・キーン竹下景子がメッセージを寄せた[209]桂南光は『咲くやこの花芸術祭2013』の記者会見で「よく知っている人だから嫌味を言わせてもらう」と前置きして「芸術をどう理解しているのか。日本維新の会も忙しいかもしれないが、政治より芸術の方が楽しい」とコメント[210]
  • 弁護士登録した1997年4月以降の数か月も含め、合計34か月間以上に渡って国民年金の保険料が未納であったことが発覚している[211]
  • 2007年(平成19年)に逮捕者を出しているパチンコ関連企業梁山泊の関係者と交友があると報じられたが、橋下も報道陣の取材に対しこの事実を認めている。2007年(平成19年)3月に逮捕された梁山泊関係に連れられて「許永中愛人である女性がママをしている」とされる大阪北新地の高級クラブを訪れたという[212]
  • 2008年(平成20年)9月7日、ラジオの公開収録で、学力テストの市町村別正答率の公開を拒否する教育委員会に対し「クソ教育委員会」と発言した[213]。橋下は後に、大阪市長や自らの母親に発言をたしなめられたことを明かし、謝罪したが発言は撤回しなかった。その後、大阪府下の市町村長から橋下の主張する正答率公開に賛同する声が出たため、府教委も方針を転換し、市町村別正答率を公表した。
  • 2008年(平成20年)10月19日に、伊丹駐屯地で開かれた「中部方面隊創隊48周年記念行事」の祝辞の中で、「人の悪口ばっかり言っているような朝日新聞のような大人が増えると日本はダメになります」と発言した。後に、10月3日の朝日新聞における山口県光市の母子殺害事件を巡る橋下のタレント弁護士時代のテレビ発言を批判した社説に対する反論だと主張した[214]。その翌日の同年10月20日には「朝日新聞がなくなった方が世のためになる。全く愚かな言論機関。すぐさま廃業した方がいい。権力の悪口を言っていればいいと思っているのではないか」と非難した[215]。これらの言動について産経新聞は「えーと、悪口ばかり言っている大人は・・・・・・なんでしたっけ。」[216]と論評した。
  • 「中国や韓国(との過去)に対する気持ちをしっかり日本国民として代々ずっと持ち続けなきゃいけない」[217]と述べ、弁護士でありながら遺恨を子々孫々まで持ち込む考え方を肯定し、物議をかもしている。
  • 週刊文春は、「虎の威を借る政治家」として小沢一郎を批判したと記事にした。[218]これに対して橋下はツイッター上で「バカ文春」と連呼し、大阪ダブル選前の生い立ち報道以来の「橋下氏VS週刊文春」が 再燃した[219]。しかし、週刊文春2012年(平成24年)7月26日号の『独占告白 橋下徹大阪市長はスチュワーデス姿の私を抱いた!』に関しては、「娘に制服を着ろと言えなくなった」と述べて、いつもの橋下節とはいかなかった[220]
  • 2014年(平成26年)12月13日、大阪市内で演説し、「自民と公明が320を超える議席を獲って歴史的な勝利を収めます」「いやもう、参りましたよ」「勝ち目ありません!」と敗北宣言を報道された[221]

慰安婦問題への対応[編集]

慰安婦問題については、「慰安婦が軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられた証拠はない」として、日本軍による慰安婦の強制連行を否定する立場を取っている[222]

慰安婦制度について[編集]

2013年5月13日には、慰安婦問題について「銃弾の飛び交う場で命かけて走っていく時に、猛者集団、精神的に高ぶる集団をやっぱりどこかで休息じゃないけど、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度、必要なのは分かるわけです」[223]、「歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、山ほどある。そういうのを抑えていくためには、一定の慰安婦みたいな制度が必要だったのも厳然たる事実だ」「(慰安婦制度は)朝鮮戦争の時もあった。」「日本国が、韓国とかいろんなところの宣伝の効果があって、レイプ国家だと見られてしまっている。ここが一番問題。証拠が出てくれば認めなきゃいけないが、今のところ2007年の(第1次安倍内閣の)閣議決定ではそういう証拠がないとなっている。」などと発言[224]した。

5月16日朝日新聞大島隆記者は、アメリカ合衆国国務省のジェン・サキ報道官の記者会見において、橋下の発言を紹介した後、アメリカ合衆国は慰安婦を「性奴隷」として定義しないのかと質問した。サキ報道官は「慰安婦の定義について、あなたは特定の事象を具体化しようとしている。米国は慰安婦は慰安婦であると過去から述べている(Again, I don’t know that I’m going to define it. You kind of laid out the specific details there, and we have described this issue in the past as comfort women)」と回答した[225]。橋下の発言に対しては、「言語道断で不快だ」と非難した[226]

メディアとの応酬

5月15日には「(慰安婦を)容認はしていない。」とした上で「日韓基本条約に基づき、法的に解決済みと言っていることの方が元慰安婦を傷つけている」と安倍晋三首相を批判するとともに「欧米諸国が自由恋愛の名の下に、現地の女性を使っていたのも事実だ。日本だけを不当に侮辱している」「今、慰安婦制度が必要とは言っていない。メディアの報じ方で世界が誤解する」と述べた[227][228]

  • 「慰安婦に対する法的責任がある」、「元慰安婦に対する配慮を」とした報道に対し、橋下徹は、「僕本人に何の確認も取っていないもの」、「誤報じゃないと言っているが、表明なんて思っていない。これは意図的なものと感じざるを得ない。ちょっと一線を越えていると思う。」、「応援してくれる人を引き離す様な話」と主張した。[229]

慰安婦との面会[編集]

2012年(平成24年)9月24日、韓国から訪日した元慰安婦が橋下に面会するため大阪市役所を訪れた[222]が、橋下が登庁しない日だったため実現しなかった[230]。橋下は翌25日、慰安婦と面会する意向を示す[222][230]一方、24日に面会しなかったことを朝日新聞記者からツイッターで批判されたことに対しては、「今までの朝日記者で一番質が悪い」「記者ってそんなに偉いんですか。偉そう過ぎ」とツイートし返し、騒動になった[231]

2013年5月13日、橋下は再訪日する元慰安婦に対して「オープンの場ならばお会いして、どういう経緯で慰安婦になったのか聞いてみたい」「僕に会うというのは政治的な主張をしたいということでしょうから、オープンにしないと市長としてお会いする意味はあまりない」と述べ真相に興味を示した[232][233][234]

5月24日、元慰安婦側との面談が2度目の中止となった。「会うのが嫌になった」とこの時も元慰安婦側がキャンセルした形となった[235]。元慰安婦側は「(橋下は)自らを救うため、ひざまずくパフォーマンスまでしようとした」「責任を取って政界から引退することを望む」などの主張をしているという[236]

この際、橋下は要望があれば面会に応じるとし「(24日は)休日でお会いできなかった。慰安婦の方の意見にもしっかり耳を傾けないといけない」「証拠がなかったら事実を認めることはできない」と述べていたが、元慰安婦の側は「謝罪したいというならともかく、話を聞こうというだけなら面会する必要はない」[237] と話した。

慰安婦関連発言への反応[編集]

識者の反応
  • 東浩紀は「橋下徹は、そりゃいろいろおかしいところもあるけれど、でも実行力や洞察力のある重要な政治家だと思うけどな。こういうふうに潰していいんですかね」「(自身は橋下徹支持派ではないが)橋下徹憎しでヒステリーみたいに罵詈雑言飛ばしているひとが多いので、ごく常識的な懐疑を述べているだけ」とツイッター上で発言して過度の橋下バッシングに疑問を唱えた。また、堀江貴文もこの意見に同意する趣旨のツイートをしている[238]
  • 吉永みち子は、「慰安婦制度を容認する前提には、人間性を否定する戦争の肯定がある」と指摘。和田春樹は「問題について既に判決は出ており、裁判は終わっている」と批判。小沢遼子は「従軍慰安婦は世界的な問題として捉えられており、品位を持って語ってほしい」と注文した[239]
  • サンデー毎日編集長の潟永秀一郎は「日本は過去に犯した行為について反省する必要はありますよね。そうした中で今回のような発言が飛び出してくるのは、とても怖い」、三屋裕子は「女性の人権を無視していることは明らかで、嫌悪感を覚えますね」と述べている[240]
  • 慰安婦問題研究で知られる吉見義明は2013年6月4日、2013年5月の発言は自身の研究を否定するものであるとして謝罪と撤回を求め、回答期限を7月5日とする公開質問状[241]を送ったが、期限を2週間以上過ぎた21日現在も回答は受け取っていない。このような態度は無責任で到底容認出来ないとして再度公開質問状を送る予定という[242]
  • 浅草キッド水道橋博士は、2013年6月15日放送(関西地区)のたかじんNOマネーにおいて、橋下は自身の発言に対して支持が7割(番組視聴者のみを対象としたアンケート)を越えたことに関して「やはり有権者の方は冷静だなと。小銭稼ぎのコメンテーターとは違う」とコメントしたことに激怒し、「橋下さん、冒頭で小銭稼ぎのコメンテーターと言われたんで、ぼく今日で番組降ろさせていただきます」と唐突に番組降板を表明してスタジオを退場した[243][244]
政治家の反応
  • 石原慎太郎は「軍と売春はつきものだ。それが歴史の原理だ。間違ったことは言っていない」と述べ、橋下を擁護した[245]

与野党双方から批判の声が上がった。[246]

  • 野田聖子は「論外だ。男性の矜持はどこに行ったのか」と橋下の発言を批判した[247]
  • 稲田朋美も「慰安婦制度は女性の人権に対する大変な侵害だ」と批判した[248]。また、「慰安婦制度自体が悲しいことだが、戦時中は合法であったのもまた事実だ」と語り、同時に「今であろうと戦時中であろうと女性に対する重大な人権侵害であることに変わりはない」とも述べた[249]
  • 片山さつきは「橋下市長、あなたの仕事は不十分な知識で機微にわたる困難な問題に口を突っ込み混乱を巻き起こすことではなく、自ら言い出した大阪の改革をやり遂げることじゃないの? おねーさんは怒っています! 早く謝罪し、今後この問題については、事前に奥様に聞いてからご発言なさいませ!」と怒りを露わにし、早急な謝罪を求めている[250]
メディア
  • マスコミ各社は、この発言を受けて、各都道府県の定例知事会見などで、各都道府県の知事に対して、慰安婦問題に関する見解を示すように求めている。
  • NHKは「従軍慰安婦問題は、日本の帝国主義が膨張するなかで広がった戦時の性的な暴力行為」だとする韓国側の反応を伝えた[251]。また中国も同様に「慰安婦の強制は日本軍国主義が第2次大戦で犯した重大な罪である」と論評した[252]
  • ワシントン・ポストは、AP通信による「戦時中の性奴隷[253]は必要だったと大阪市長」(Osaka mayor says wartime sex slaves were needed to ‘maintain discipline’ in Japanese military)と見出しを付けた記事を掲載した[254][255]
  • 毎日新聞の会見の一問一答[256]に対しては、橋下自身は「かなりフェアに発言要旨を出している」と述べている。
アメリカ合衆国政府

2013年5月16日、アメリカ合衆国国務省ジェニファー・サキ英語版報道官は記者会見で、橋下の従軍慰安婦に関する発言に対して、「橋下市長のコメントは非常識で、そして攻撃的であった」「その時代、性の目的のために取り引きされたこれらの女性たちに起きたことは酷いことであり、はっきりした人権侵害である」「われわれは被害者に心からの同情を表すとともに、日本がこの問題や過去の問題について近隣諸国と協力し、前に進むべく関係を育むことを望んでいる」と発言した(慰安婦という言葉に対しては「私はそれを定義するつもりはない」と言及を避けている。)[257]。この記者会見は日本のマスコミによって『サキ報道官は橋下の従軍慰安婦に関する発言に対して「言語道断であり、不快だ」として厳しく批判した。アメリカ政府が今回の問題で公式に立場を明らかにしたのはこれが始めてであるが、その表現は異例ともいえるほど厳しいものであった』と報じられ[258]、橋下が「米国は日本占領期に日本人女性を活用した。(日本人を)特殊な人種と批判するが、それは違う」とツイッターで反論する事態となった[259]

韓国

韓国外交省は「反人道的な犯罪を擁護している」と強く反発した[260]

  • 金武貴(ムーギー・キム)[261]は、「(橋下の)地方分権、道州制、議員の大幅削減、企業・団体献金の禁止、原発廃止といった大改革」に国民が熱狂したにもかかわらず、石原氏というポイズンピルを受け入れて日本の恥のような位置づけになってしまったことは残念だと主張している。[262]
  • 元慰安婦の金福童は14歳(1940年)の時に「軍服を作るために日本へ行く」と言われて日本軍に連行され、前線地で8年間、22歳になるまで慰安婦として従軍させられたとの主張をした上で「ここに本人がいるのに、どうして証拠がないと言うのか。 私がここに生きている。それ以上の証拠がいったいどこにあるのか」と橋下を非難した。彼女の証言に基づくと、日本の降伏後に3年程度慰安婦を強いられたということになる[263]。また、終戦間際に戦地の病院で看護に従事(2005年1月11日の朝鮮日報の記事によると1945年8月31日に軍属に採用[264])したとの体験談を語っている[265]。その約2ヶ月後、金福童は米国のグレンデール市の従軍慰安婦像除幕式にも足を運び、式典参加者に対して「日韓の未来はあなた方が協力して日本に圧力をかけ、公式謝罪を勝ち取れるかどうかに懸かっている」[266]と訴えた。
団体
  • アジア女性資料センター婦人民主クラブ女たちの戦争と平和資料館靖国・天皇制問題情報センターなどが、参議院議員会館で抗議集会を開催した[267]。「日本軍慰安婦問題関西ネットワーク」も5月17日、大阪市役所前で緊急抗議集会を開催[268]
  • 「日本主婦連合会」[269]・「なでしこ維新の会」[270]会長の東瀬幸枝は、「戦時体験ある女性として、全面的に橋下徹氏の発言を支持する」と表明した。東瀬は「戦後進駐軍が今里新地に徘徊していた頃、私たち大阪の主婦は命がけで働いていた。しかし怠惰な各国人女性達は米兵と夜な夜な遊び狂い、せしめた物品を高額な金額で売りさばき遊興していた。」と述べ、「一部の異常な女性団体の発言やデモは不勉強極りない失礼な行動です。どうぞ、国民の皆様は、戦争体験者の実体験からくる真実を知って下さい」と訴えた。さらに、橋下の一連の発言は「国民を守る為の発言、戦争を防ぐ為の発言、不運に巻き込まれた女性の名誉の為の発言、現在も必要な軍隊の維持方法の為の現実的な提案発言、女性達が今後に不幸に巻き込まれる事の無いように~との思いやり発言」であると主張した[271]

テレビで懲戒請求呼びかけ[編集]

最高裁判所判例
事件名 損害賠償請求事件
事件番号 平成21(受)1905
2011年(平成23年)7月15日
判例集 民集 第65巻5号2362頁
裁判要旨
弁護士であるテレビ番組の出演者において特定の刑事事件の弁護団の弁護活動が懲戒事由に当たるとして上記弁護団を構成する弁護士らについて懲戒請求をするよう呼び掛けた行為が、不法行為法上違法とはいえないとされた事例
第二小法廷
裁判長 竹内行夫
陪席裁判官 古田佑紀須藤正彦千葉勝美
意見
多数意見 全員一致
意見 竹内行夫、須藤正彦、千葉勝美
反対意見 なし
参照法条
民法709条、弁護士法58条1項
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2007年(平成19年)5月27日放送の読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』において、「あの弁護団に対してもし許せないと思うなら、一斉に懲戒請求をかけてもらいたい」、「何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」[272]山口県光市母子殺害事件の弁護団に懲戒請求を行うよう視聴者に呼びかけた[273]。これによりテレビやインターネットなどで、「懲戒請求書の記載の仕方」を見た人たちの懲戒請求書約7,558通(前年の2006年度中に全弁護士会に来た懲戒請求総数の6倍以上)が殺到することになった[274]

これに反発した弁護団のうち4人が業務を妨害されたとして、2007年9月、橋下に1人当たり300万円の損害賠償を求めて広島地裁に提訴した。橋下は「発言に違法性はない」、「懲戒請求は市民の自発的意思」、「自身のテレビでの発言と一般市民の懲戒請求の間には因果関係はない」などと反論した。

後に橋下自身は懲戒請求していなかったことが明らかになり、そのことを批判されたが、その理由について「時間と労力を費やすのを避けた」[275]、「自分がべったり張り付いて懲戒請求はできなくはないが、私も家族がいるし、食わしていかねばならないので…」などと釈明した[276]

この懲戒請求呼びかけについて、ジャーナリスト江川紹子は「請求の内容によっては、懲戒請求をされた弁護士の側から訴えられる可能性もあるという負担やリスクを説明せず、ただ『誰でも簡単にできる』と気楽なノリでしゃべっている」、「「世間」を煽っている感じさえする」などと批判[277]

同年8月6日、橋下は弁護団が開いた緊急報告集会に出席していたが、その場では「安田弁護士が最高裁の弁論を欠席したこと、これは究極の弁護方針として、弁護戦術として、これはもうもっともだと思う」などと発言していたが、翌8月7日の自身のブログにおいては、自分たちだけが正義の実現者だと思い上っているとして、「この集会はカルト集団の自慰(オナニー)集会だね。」と酷評した。また、「チンカス弁護士」「オタク法律家」「法律オタクのお坊ちゃん弁護士」などと述べた[278]

また、横浜弁護士会が懲戒請求者に対して住民票の提出を要求したことに対して、自身のブログで「横浜弁護士会のインチキ野郎」「偽善に満ちた行為」と激しく非難[279]

懲戒請求自体は「正当な弁護活動の範囲」などとして各弁護士会で次々と却下されており、懲戒処分された弁護士は1人もいなかった[280]

同年12月17日、今度は反対に、市民約350人が「刑事弁護の正当性をおとしめたことは、弁護士の品位を失うべき非行だ」として、大阪弁護士会に橋下に対する懲戒処分を請求した[281]。橋下弁護士が懲戒請求をよびかけた弁護団の中に兄弁護士にあたる先輩がいた事から、橋下弁護士の最初の勤め先の親弁護士であった樺島弁護士も、この橋下弁護士に対する懲戒請求に名前を連ねている[282]。その後2009年4月14日、弁護士会綱紀委員会は懲戒相当である旨議決[283]。2010年9月17日、業務停止2ヶ月の処分が下った[284]。また21日、処分内容が一部マスコミに漏れた点を問題視し、大阪弁護士会会長に対しても懲戒処分申し立てをした[285]。「弁護士会の品位の基準と僕の基準は違う」とまで発言している[286]

広島弁護士会に請求申し立てされた7弁護士への懲戒請求は却下されたが、これを受け、弁護団の4人が橋下を相手に損害賠償請求を行った。一審の広島地裁は2008年10月2日名誉棄損を認め計800万円の賠償を命じた[287]。二審の広島高裁は2009年7月2日、賠償責任は認めたが賠償額を360万円に減額する判決を下した[288]。終審の最高裁は2011年7月15日、二審を破棄し、賠償請求を棄却した[289][272]。これにより橋下の逆転勝訴が確定した。

また、2009年11月27日に弁護団21人のうち19人が、橋下と読売テレビに対して合計1億2,400万円の損害賠償を求めて訴訟をおこした[280][273]が、広島地裁は2013年4月30日、請求を棄却した[290]。2014年2月28日に広島高裁は地裁判決を支持し、弁護士側の控訴を棄却した[291]

所得申告漏れ[編集]

2006年(平成18年)5月23日、本業である弁護士業務の経費計上等にかかわる約2500万円の申告漏れを大阪国税局から指摘され、修正申告に応じたと産経新聞[292]に報道された。これについて、橋下は自身のブログで「税務調査によって、過去3年間の実際に支出した経費の一部を税務上の経費からはずした結果、(名目上は)過去3年分の所得が(2500万円)増えたことになるが、実際には支出しているから手元に残っていない。しかも、飲食ではなく法律業務に使ったのであって、それを意図的な所得隠しや架空経費の計上で税金をごまかす『申告漏れ』と同一視した」と反論した。また「『申告漏れ』という報道が一般には『脱税』と受け取られやすいのに、情報の受け手のことを考えない(自己満足的な)情報を発信した」という意味で産経新聞を「情報の受け手のことを考えて情報を発信しやがれ、このオナニー新聞が!」と罵倒し、産経の記者の実名を挙げ批判した。また、記者が情報を得たと思われる税務当局の人物を特定したと書き、その税務署員と産経の記者が国家公務員法に違反すると断じた[293][294][注釈 7]。ブログでは、産経新聞に対して「法的手続きも検討している」と述べていたが、現在まで法的手続は取っていない。橋下の抗議により産経新聞は同年7月8日付け朝刊で、経費請求した名目や内容をそれぞれ「タレント活動に必要などとして」「飲食代などの」としていた箇所を省くとした訂正記事を掲載した。

さらに、この件を報じた『週刊文春』(2006年6月15日号)が、マスメディアでは公開していなかった橋下の家族のプライバシーを明かしたことについて、取材した記者の実名を挙げ「この問題は脱税事件などの違法性を帯びた社会的な事件ではないのに家族のプライバシーを侵害した」として、「三流以下の死に体週刊誌」「魂の欠けたジャーナリズム」と厳しく非難した[295]

NHK出演拒否発言[編集]

府知事就任3日目にNHK生放送(関西ローカル)されたテレビ番組『かんさい特集 「新知事・市長に問う 大阪の、これから」』に出演した際の状況から、同局に対する今後のスタジオ出演には出ない旨の発言をした。

2008年(平成20年)2月9日に、同番組に出演した橋下は、元鳥取県知事片山善博、大阪市長平松邦夫、上山信一(慶應義塾大学教授)らが出演していた討論の途中でスタジオ入りした。事前に遅れることをNHK側も承知していたことであったが、登場した橋下に司会のNHKアナウンサー藤井彩子は「ちょっと遅刻ですけども、およそ30分で遅刻して到着されました」と紹介した。橋下はこれらの言動に対して激昂し、同日行われた記者会見で、東京での公務がある為に出演が遅れる事は依頼があった日から再三NHK側に伝えてあった事、NHK職員が公務中や移動中でも執拗に公務を切り上げて早く出演してくれと迫ってきた事、女性司会者の言動、現場のプロデューサーやディレクター及びスタッフの挨拶が無い事などを挙げ、今後NHKの番組への出演はしないと発言した(取材はこれまでどおり受けており、大阪市長に就任した現在でも続いている)。この後、藤井は番組の降板を余儀なくされ、東京アナウンス室に配置転換された。

これに対してNHK大阪放送局広報部は、「発言は場を和ませようとしたもの、挨拶はしている」とコメント。藤井アナウンサーは高校時代の橋下の同級生である。

同日の関西テレビでは、やしきたかじんがホストを務めるバラエティー番組『ムハハnoたかじん』が、NHKの生番組(19時30分番組開始)とほぼ同時刻の19時29分番組開始で放映されていた。そちらは約30分の録画放送で19時57分まで放映されており、橋下は大阪市長平松邦夫とともに出演していた。また、橋下は同番組に大阪府知事に立候補する直前までレギュラー出演していた。

共同通信社との衝突[編集]

2013年8月20日、夏休み休暇中にサザンオールスターズのコンサートに行った際に「数万人の観客が盛り上がり、総立ちになっても、橋下氏はほとんど座ったまま」と配信した共同通信の記事に対して「悪意丸出しだ。ひどすぎる」と非難した[296]。共同通信社は大阪都構想の時点から「問題は、彼に75万もの票を入れた有権者の方にある」などの報道をしており、橋下とは長期に及ぶ対立関係にある[297]

府職員への一斉送信メール問題[編集]

2009年(平成21年)10月1日に、府の全職員に、府内のダム建設費用に関して、以下のメールを一斉送信した。(抜粋)「水需要予測の失敗によって380億円の損失が生まれたことに関しても、恐ろしいくらい、(職員の)皆さんは冷静です。何とも感じていないような。民間の会社なら、組織あげて真っ青ですよ!!(略)何があっても給料が保障される組織は恐ろしいです……」。これに対して、翌日、女性職員から知事あてに、反論のメールが送信された。すると同日知事は、「まず、上司に対する物言いを考えること。私は、あなたの上司です。組織のトップです。その非常識さを改めること。これはトップとして厳重に注意します。あなたの言い分があるのであれば、知事室に来るように。聞きましょう」と返し、批判合戦となり、8日には、「トップに対する物言いとして常識を逸脱している」として、女性職員を厳重注意処分にした。この一連のやり取りに関して、府に寄せられたメール、電話の反響が、約700件に上った。

市民からの意見は、賛同派と批判派がほぼ相半ばした。知事に賛同する人たちからは「職員全員に社会常識を再教育すべきだ」「民間企業では上司と考え方が違う場合、失礼のないように意見し、通らなければ身を引くしかない」などの意見があった一方、「処分までは大人げない」「意見を求めながら、内容が気に入らないからと処分すれば、誰も意見を言わなくなる」といった知事批判もあった。府の担当者は、「これだけ賛否が分かれる反響は初めて」と話した[298]

「公私混同」との指摘[編集]

2010年(平成22年)7月14日、サッカー・ワールドカップ(W杯)で日本代表選手として活躍した遠藤保仁選手(当時ガンバ大阪所属)に「感動大阪大賞」を贈った際、贈呈式直前、遠藤選手を知事室に招き入れ、当時小学生と幼稚園児だった自分の子供3人に会わせた。3人ともサッカーファンで、知事自ら誘ったという。8月25日の定例記者会見で明らかにした。

この日の記者会見で、「公私混同ではないか」と問われた知事は、「知事職が(プライベートと仕事を区別しにくい)公私混同で、僕の子供は一般家庭とは違う制限を受けている。個人ではなく、政治家のファミリーとして見てほしい」と述べた。

「サインが欲しいほかの子供と比べて不公平では」との指摘には、「その子供のお父さんに知事になってもらい、(制限を受ける)苦しい親子関係に耐えてもらうしかない」と反論した。

橋下知事には7人の子供がおり、これまでも公務でプロ野球の始球式を行った際などに子供を連れて行き、一緒に試合観戦をしたり、サインボールをもらったりすることがあったという[299]。識者からは「公私混同だ」との批判も出ている。[注釈 8]

「鳥取県議なんて6人でいい」[編集]

2011年(平成23年)5月24日に、議員定数をめぐる議論に関連し「鳥取県は60万人くらいの人口で、議員が40数人いるんですかね。鳥取県議なんて6人でいいんですよ」と発言。府庁で記者団に述べた[300]

この発言を受け、鳥取県知事平井伸治は24日午後、知事公邸で緊急記者会見し「大阪の人が鳥取県の自治について議論するのは差し出がましい。大きなお世話だ」と不快感を示した。平井は「簡単に人口で割りきる議論は、デリケートな地方自治にはなじまない。そんな暇があるなら大阪府の自治についてしっかり議論してほしい」と批判した[301]

橋下は5月26日、大阪市内で開かれた関西広域連合の会合で、自身の発言について平井に謝罪した。会合の冒頭、橋下はテレビ中継で参加した平井に対し、「すいませんでした。僕の個人的意見で、暴走した発言だった。府庁の幹部や大阪維新の会のメンバーからも怒られた」と釈明した。平井も「都市と地方の違いに考慮してもらえれば」などと述べた[302]

「今の日本の政治で一番重要なのは独裁」[編集]

2011年(平成23年)6月29日の夜に、大阪市内のホテルで行われた政治資金パーティーで大阪府知事・大阪市長のダブル選挙に関して、「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」「大阪は日本の副首都を目指す。 そのために今、絶対にやらなければいけないのは、“大阪都”をつくることだ」「今の日本の政治で一番重要なのは独裁。独裁と言われるぐらいの力だ」と述べ、大阪都構想に反対する大阪市を抵抗勢力だとして「権力を全部引きはがして新しい権力機構をつくる。これが都構想の意義だ」と締めくくった[303][304]。この「独裁発言」に平松邦夫大阪市長は「絶句した」[305]と述べ、「“大阪都構想”は中身がない、妄想だ、と言ってきたが、その通りだったことを自ら認めた。市民のためでも府民のためでもなく、自分のため、というのが独裁だ」と批判した[306]

橋下は自分自身は独裁者とは成り得ないと考えており、「今の統治機構において(中略)いわゆる独裁は無理」「選挙が公正に行われる限り、権力の独裁はあり得ない」「メディアの厳しいチェックも受けて、独裁なんてやりようがないですよ」と自身のツイッター上で発言している[307]。独裁ではないかという指摘に対して「こんなキュートな独裁者いますか?」と言い返すことがある[308]

沖縄米軍司令官に「もっと風俗を活用してほしい」と進言[編集]

2013年5月13日の大阪市役所で記者団に向けた夕方の会見にて、日本維新の会と政策協定を結んだ政党そうぞう関係者らとともに飛行場を視察した際に橋下が「沖縄で米兵の性犯罪が多発している」と指摘した上で「若い兵士の(性的)欲求にどのように対応しているのか。合法的な風俗での対応は考えていないのか」と司令官に尋ねた後に「もっと風俗業を活用してほしい」と進言したことを明らかにした[309]

「戦時中の慰安婦制度、必要なのは誰だって分かる」と発言したことが問題視される中で、同日夕方の会見で「慰安婦制度じゃなくても風俗業は必要だと思う。米軍の司令官には法律の範囲内で認められている中で、性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にあるわけだから、もっと真正面からそういう所(風俗業)を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをきちんとコントロールできない。建前論じゃなくて、もっと活用してほしい』と米軍海兵隊司令官に進言したことを明らかにした[310]

上述の橋下の進言に対応した米海兵隊司令官は「凍り付いたように苦笑いして『米軍では禁止している』」と述べ、その話題をすぐに打ち切った[311]

2013年5月14日、上述の橋下の発言[312]に対し、米国防総省の報道担当者は「我々の方針や価値観、法律に反する。いかなる問題であれ、買春によって解決しようなどとは考えていない。ばかげている」と批判した。

これに対し、橋下は「日本国において法律で認められた風俗業を否定することは自由意思でその業を選んだ女性に対する差別だ[313]」、「日本をはじめ完全なる職業選択の自由がある国で、法律上認められた風俗業を否定するのか」、「だいたい、アメリカはずるい。アメリカは一貫して、公娼制度を否定する。現在もそうだ」、「建前は禁止でも、軍人の性的欲求が0になるわけがない」などと反論した[314]

エピソード[編集]

大阪府知事就任初期の橋下

思想[編集]

  • 著書の中で「ルールをかいくぐるアイディアを絞り出すことこそ、いまの日本にとって一番必要なんじゃないか!」[315]「明確なルールのみが行動の基準であって、明確なルールによる規制がない限りは何をやっても構わない」[316]「ルールの隙を突いた者が賞賛されるような日本にならないと、これからの国際社会は乗り切れない」[317]などと述べている。
  • 「競争の土俵に上がれる者」に対しては徹底的に競争を促している。障害者に限定すれば、企業への雇用促進を奨励している。生活保護に関しては、予算カットの方向が目標である。「障害者雇用日本一を目指したい」と述べて、障害者の法定雇用率1.8%に満たない企業に対して雇い入れ計画の提出を義務づける障害者雇用促進条例を全国で初めて制定[318]したり、障害者支援学校の増設やスクールバスの拡充をするなど、障害者支援政策に積極的に取り組んでいる[319]
  • 政治手法を批判する立場から、左翼系の学者やメディアなどに「ハシズム(橋下主義)」との呼称が使われている。橋下とファシズムをかけたかばん語バズワードで、山口二郎・北海道大学大学院教授が主催したシンポジウム「『橋下』主義(ハシズム)を斬る」、山口らの共著『橋下主義(ハシズム)を許すな』で用いられている。同シンポジウムでは、精神科医師の香山リカから「バトルを描いて二者択一を迫るのが得意。世の中には白か黒かでは割り切れないものもあるのに」、薬師院仁志・帝塚山学院大学教授から「両立し得ない軍隊式官僚主義と市場原理主義を、時と場所に応じて使い分けてしゃべる。住民をどこに連れて行こうとしているのか」などの批判を行った[320]。しかしこれらの批判者は元々憲法問題などさまざまな点で橋下とは異なる立場であり、橋下も「これらのハシズムとか言っている大学教授や有識者の話を聴いても、『なるほど』という意見は何一つない」と答えている[321]
  • 民主旋風が吹いた2009年(平成21年)の総選挙などでは民主党に投票したと発言した。[322]

交渉術、処世術[編集]

民主旋風が吹いた2009年(平成21年)の総選挙などでは民主党を支持する立場を取っていた[322]が、現在は距離を置き批判などをしている。 小沢一郎元代表を評価していたとみられる。

2013年1月、大阪市立桜宮高校で体罰により生徒が自殺した事件に関連して、橋下は入試の中止を要請。「(市教委が2科の募集中止を拒否した場合、対抗措置として)予算執行権をきちんと行使する」「春に顧問が残っているようなら、体育教師分の人件費を出さない」「(それでも反対なら)選挙で僕を落とす手段が与えられている」など続々と意見表明している。[323][324]

情報発信[編集]

大阪市長になってからは簡易ブログツイッターで、積極的な情報発信をしている。2011年2月1日に開始してから、2011年2月20日までにフォロワー数が8万人を超えた[325]。2013年4月時点では、フォロワー数が約100万人と全国の政治家の中で最も多い[326]

在特会会長・桜井誠との意見交換[編集]

2014年10月20日、大阪市役所にて、在日特権を許さない市民の会(在特会)会長桜井誠と面会し、会談を行ったが、開始直後から互いに相手を罵り合う状態の中で開始された。前半には取っ組み合い寸前で警備陣が仲裁に入ったが、その後も「帰れさっさと!!」「お前ここ大阪市役所だぞ?お前が帰れ」などと言い合い、予定時間の30分より大幅に短い約8分で会談は打ち切られた[327][328][329]

その他[編集]

  • 星座はかに座、干支は酉年、血液型はB型。
  • 以前までは喫煙者であったが、全面禁煙化が急速に進んだ事をきっかけに卒煙する決意をし、2010年代以降は非喫煙者であり、「現役喫煙者とは現地までは常に別行動したい。」と語るほどの極度の嫌煙家である。
  • 2007年(平成19年)10月7日に、電子掲示板サイト2ちゃんねる』に「橋下弁護士の一家惨殺してやる」というタイトルの殺害予告スレッドが投稿された。これに対し、橋下は法律の専門家として一般市民の言論に対してはできる限りアクションは起こしたくなかったが、内容や自分の立場や家族のことを考え、所属法律事務所、マネジメント会社、警察との協議により刑事告訴を行ったことを自身のブログで明らかにした[330]

系譜[編集]

橋下家[編集]

大阪府八尾市豊中市

家系
橋下の母によれば、「橋下一族は先祖代々同和地区に住んでいたわけではなく、徹の祖父の代にたまたま転入したに過ぎない」という[333]。橋下の母によれば、「橋下家は同和部落出身ではない」ということになる[334]
実父の出身地の寒村の橋下姓の老婆は「昔は“橋下(ハシシタ)”という家が六十軒ぐらいあった。大概の者は名前を“橋本”に変えて出て行ったと聞いている。ここらの人はみな教育熱心で、一生懸命勉強して就職差別やいろんな差別と闘ってきた。」[335]と述べている。
橋下姓
橋下のは次のように語っている。「あの子が生まれた時点で、向こう(橋下家の人々)との因縁を断ち切るつもりで、ハシシタ姓をハシモトと変えたんです。向こうの親たち(橋下徹の祖父母)は、反対しました。けど、の下を歩むようなイメージの苗字はどうか。この子は、橋のたもとを注意深く生きていくように、と願って変えました。だから、ちっちゃいときから、あの子はハシモト。その意味は当人もよく知らないはずです。」[336]
実父・叔父
橋下が実父について述べたインタビューによると、「父親の思い出はひとつだけ。2、3歳のとき、食事中にを投げたら、背負い投げされてぼこぼこにされたんです」という[337]
橋下の母によれば「父親はあの子が小さいときに離れ、以来私も近寄らせませんでした。あの人と私たちは東京と大阪で離れていましたので、仕事も何をしていたのかよく知りません」という[338]
実父は橋下の幼時期に家庭から離れ、八尾市の同和改良住宅に住み、橋下が小学校2年生の時に死去。自殺だったという[注釈 9]。実父は現在、同和地区住民のために建設された八尾市の市営墓地に眠っている[336]
橋下の実父と、その弟の両方を知っているという地元住民によると、「弟は○○(地区)で水道工事会社をやっていたが、今は倒産してない。この水道工事会社は、実は兄、つまり橋下知事の実父が段取りして設立した会社や。暴れん坊で、ある組織[注釈 10]三羽烏といわれたほどの男や。立場上、名前を出せなかったので弟に会社をやらせていたんや」という[339]
また橋下の叔父(実父の弟)の水道工事会社は地元八尾市の指名業者でもあったが、部落解放同盟大阪府連が資金源獲得のために設立した直轄の建設業者組織「大阪府同和建設協会」の会員でもあった[339]倒産時多額の借金を抱えていたため、「貸した金を踏み倒された。なのに謝るどころか、平気な顔をして外国車を乗り回している。なにが『ハシモト』や100人が100人『ハシシタ』と読むわ!」と、今なお怒りが収まらない住民もいる[339]
橋下は父親が元暴力団だったという報道について「ほぼ事実」と認め[340]、twitterで「実父についての記憶は殆ど無い、実父のガス自殺は成人近くになって知らされた、実父が正式な暴力団組員であったことは週刊誌報道で初めて知った」などとコメントしている。
橋下の母は「暴力団だったなんて知りませんでした。私たちといっしょに暮らしているときは、そうではありませんでしたから。」と述べている[341]
家庭
妻と七人の子がいる[342]。妻は高校の同級生[342]。橋下は進学のために上京するのだが、妻も彼と離れたくないと神戸の大学に籍を残しながら上京、同棲生活をスタートさせた[342]。妻の両親は同棲には反対だったが、彼女は「勘当されても構わない」と駆け落ち同然で橋下と一緒に暮らし、支えていくことを選んだ[342]。橋下によれば「僕は育児に家事何もしないですよ。子供は単に玩具感覚の可愛さです。完全にキム・ジョンイル体制。将軍様ですもん。僕は子供をつくるまでが好きなのかもなあ(笑)」という[343]
血脈を報じた雑誌に対して
橋下は、取材記者の氏名や会社の電話番号まで自らのツイッターで公表、「親父がやくざ、けっこう毛だらけだ」と逆手にとった[341]
部落解放同盟大阪府連合会・赤井隆史書記長によれば「両週刊誌の記事は、橋下氏の父親が暴力団員であったことと、出自であり暮らしていた地区の問題を同列に扱っています。暴力団とその地区がイコールで結びつけられているのです。同和地区に対しての偏見のなかに、“暴力的である”“ガラが悪い”といったイメージがある。両週刊誌の記事はこうした差別、偏見を助長してしまいます」という[344]
月刊『WILL』(2012年1月号)に、橋下と同じ父親がやくざで被差別部落出身者であることを公言している作家の宮崎学が、「橋下徹前大阪府知事の出自を暴く異常」と題して、一文を寄せた[345]。宮崎によれば「たしかに、不祥事があれば叩けばよい[345]。しかし、出自と不祥事は全く別の問題である[345]。それは、出自に関する問題は、相手に抗弁権が一切ないからである[345]。僕は解放同盟に対して、運動の原点を厳しく批判してきたが、解放同盟から文句を言われたことはほとんどない[345]。それは、相手に抗弁権のないことでは決して批判しなかったからでもある[345]。人間が生きていくうえで自分の力ではどうしようもない運命、出自まで叩く材料にするというのは、足をすくう非常にいやらしい批判であり、ジャーナリズムとして完全に間違っている[345]」と述べた。

略系図[編集]

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ナツ
 
 
 
橋下円吉
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
義父
 
 
 
 
実父
 
叔父
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
橋下徹
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
子七人
 
 
 
 

出演[編集]

府知事就任後(報道・ワイドショー番組を除く)出演[編集]

テレビ番組[編集]

府知事選立候補表明前までの出演[編集]

テレビ番組[編集]

その他多数

ラジオ番組[編集]

その他多数

CM[編集]

著書[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 本来の読み方は「はしした」だった。橋下の母によれば、「徹が生まれた時点で橋下(はしした)家との因縁(いんねん)を断ち切る意図のもとに「はしもと」と改めた」という(『g2』2010年12月、森功「同和と橋下徹」p.32~33)。
  2. ^ 戦後の歴代市長は平松邦夫まですべて大阪市内に在住している(た)。
  3. ^ 1997年2月定例府議会、第35号議案「大阪府基金条例一部改正の件」。
  4. ^ 2009年2月定例府議会、第82号議案「大阪府基金条例一部改正の件」。
  5. ^ 2010年2月定例府議会、第73号議案「大阪府基金条例一部改正の件」。
  6. ^ 7人の子持ちということから子育て関連についてが特に多い。中にはかつて番組で競演した丸山和也弁護士(現・参院議員)とコンビで出演し、講演会のはずがトークショーと化したり、ビンゴ大会の司会を行う場合まであった。
  7. ^ しかし、その記事の中では自身は産経新聞を熟読しており、雑誌の『正論も定期購読しており、「だいたい産経新聞に賛成だから、購読を続ける」としている。
  8. ^ 元神奈川県逗子市長の富野暉一郎・龍谷大学教授「外国の賓客に妻同伴で対応するのはもてなしとしいう側面があるが、公務中に子供を著名人と会わせるのは、公私混同の家族サービスと見られても仕方ない。目くじらを立てるほどの問題ではないかもしれないが、公職にある者としての配慮に欠けた面があったと言わざるを得ない」(読売新聞2010年8月26日「橋下知事 公私混同」)
  9. ^ 地元八尾の府議によれば「父親は、八尾の改良住宅に住んではったそうです。同和対策事業の一環として建設された住宅で、そこで亡くなったらしい。普通の死に方ではなく、ガス爆発だったと伝えられます。単なる事故か、あるいは仕事に行き詰って自殺したのではないか、などとも囁(ささや)かれていました」という(g2第6号、2010年12月「同和と橋下徹」35ページ)
  10. ^ 「この組織に属していたある人物の“名前”を言えば、地元の年配者なら誰もが思い当たる。この“ある人物”は、組織に属しながら、部落解放同盟○○支部書記長や同大阪府連執行委員を務め、詐欺恐喝で何度も逮捕されている」(『平成日本タブー大全2008』104頁)
  11. ^ これがきっかけで公式の場でもトップ会談が組まれ、意見交換が行なわれていた。

出典[編集]

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  14. ^ 後に橋下の実父は同和出身者だったことが週刊誌により明らかにされた
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参考文献[編集]

  • 別冊宝島Real076『平成日本タブー大全2008』
  • g2ジーツー)』講談社、2010年12月号 vol.6、森功「同和と橋下徹」
  • 週刊新潮』(2011年11月3日号)
  • 週刊文春』(2011年11月3日号)

関連項目・人物[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
平松邦夫
Flag of Osaka City.svg 大阪市長
民選第9代:2011年 -
次代:
現職
先代:
太田房江
大阪府の旗 大阪府知事
民選第17代:2008年 - 2011年
次代:
松井一郎
党職
先代:
結成
維新の党共同代表
江田憲司と共同
初代:2014年 -
次代:
現職
先代:
新設
日本維新の会共同代表
石原慎太郎と共同
初代:2013年 - 2014年
次代:
維新の党
先代:
結成
日本維新の会代表
初代:2012年
次代:
石原慎太郎
先代:
新設
日本維新の会代表代行
初代:2012年 - 2013年
次代:
廃止
先代:
結成
大阪維新の会代表
初代:2010年 -
次代:
現職