入間基地

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入間飛行場
IATA:N/A-ICAO:RJTJ
概略
空港種別 軍用
航空管制 航空自衛隊
海抜 295ft(90m)
位置 北緯35度50分31秒東経139度24分38秒
滑走路
方向 ILS m×幅 表面
17/35 NO 2,000×45 舗装

入間基地いるまきち、JASDF Iruma Airbase)は埼玉県狭山市入間市域にまたがる(本部等は、狭山市)航空自衛隊の基地。正式な住所は埼玉県狭山市稲荷山2-3である。

飛行隊、航空救難団、飛行点検隊の配備のみならず第1高射群の本部があり、有事首都防衛の要となっている。ただし、周りを住宅地に囲まれており、地元と協定を結んでいることから、戦闘機の運用は出来ない。基地司令は中部航空警戒管制団司令が兼務する。

埼玉県警察航空隊も当基地でヘリコプターを運用している。

目次

[編集] 航空管制

種類 周波数
GND 275.8MHz
TWR 122.05MHz,126.2MHz,236.8MHz,322.2MHz
GCA 125.30MHz,225.40MHz
YOKOTA APP 118.3MHz,270.6MHz
YOKOTA DEP 122.1MHz,363.8MHz
RESCUE 123.1xMHz,138.05MHz,247.0xMHz
GND,TWR,RESCUEは、空自入間基地航空保安管制群が担当。
APP,DEPは、横田基地が担当。
小文字のxは、周波数が変動することを示す。

[編集] 航空保安無線施設

局名 種類 周波数 識別信号
入間 TACAN 1004MHz YLT
保守は、空自入間基地航空保安管制群が担当。

[編集] イベント

入間航空祭でのブルーインパルス飛行展示
  • 毎年7月末頃納涼花火大会が行われる。
  • 毎年11月3日に航空祭が開催され、基地敷地内が一般に開放される。首都圏から最もアクセスが良い基地のため、毎年多くの来場者で会場が賑わっている。戦闘機や輸送機などの地上展示や、輸送機からの落下傘、ブルーインパルスによる曲技飛行などのイベントが行われる。
  • 毎年5月にランウェイウォークが開催される。普段は立ち入ることのできない滑走路を歩くイベントで、航空機の地上展示なども行われる。航空祭とは違い抽選による参加となっている。


[編集] 配置部隊

人員・面積で航空自衛隊最大の規模を誇る基地のため、様々な部隊が所在している。

中部航空方面隊隷下

航空総隊直轄

航空支援集団隷下

航空開発実験集団隷下

防衛大臣直轄部隊等

補給本部隷下

[編集] 主な所属機

入間航空祭でのYS-11 FC (2006年)

航空自衛隊

  • YS-11:航空総隊司令部飛行隊(EA, EB)、飛行点検隊(FC)
  • T-4:航空総隊司令部飛行隊
  • C-1:第2輸送航空隊、航空総隊司令部飛行隊(EC-1)
  • U-4:第2輸送航空隊、航空総隊司令部飛行隊
  • U-125:飛行点検隊
  • CH-47:入間ヘリコプター空輸隊

埼玉県警察

[編集] 主なその他装備

[編集] 歴史

入間基地 ランドサット画像
  • 1938年昭和13年) - 豊岡飛行場(現入間基地)に陸軍航空士官学校が開設。陸軍所沢飛行学校より航空神社が遷座。
  • 1941年(昭和16年) - この地に行幸された昭和天皇により、「修武台飛行場」と改名される。
  • 1945年(昭和20年) - 戦後進駐軍に接収され「ジョンソン基地」になる。航空神社は所沢市北野の北野天神社境内へ移設(1965年11月廃社)。
  • 1954年(昭和29年) - 東部訓練航空警戒隊が編成(中部航空警戒管制群の前身)
  • 1958年(昭和33年) - 中部航空方面隊司令部編成・中部航空警戒管制群発足により、入間基地開設。ジョンソン基地の米軍機が市内で墜落事故を起こし、死傷者14名を出す。
  • 1960年(昭和35年) - 航空救難隊本部(浜松)が移動。
  • 1961年(昭和36年) - 日米共同使用協定を締結。
  • 1962年(昭和37年) - 第7航空団、偵察航空隊が松島基地から移動。
  • 1967年(昭和42年) - 第7航空団、百里基地へ移動。
  • 1968年(昭和43年) - 木更津から輸送航空団が移動。
  • 1973年(昭和48年) - 入間航空隊にC-1輸送機が配備される。
  • 1974年(昭和49年) - 偵察航空隊、百里基地へ移動。
  • 1978年(昭和53年) - 輸送航空団を第2輸送航空隊に改編。基地が米軍から全面返還される。
  • 1981年(昭和56年) - F-86ブルーインパルス最後の展示飛行が行われる。
  • 1986年(昭和61年) - 旧陸軍航空士官学校本部建物を利用し「修武台記念館」を開館。
  • 1988年(昭和63年) - 入間ヘリコプター空輸隊が新編。「修武台記念館」開館を契機に航空神社が奉還再興される。
  • 1997年平成9年) - 多用途支援機U-4が第2輸送航空隊に配備される。
  • 1999年(平成11年)11月22日 - T-33練習機入間川河川敷に墜落し、その際送電線を切断したために埼玉県南部及び東京都西部を中心とする約80万世帯が停電、並びに信号機および鉄道が停止する。
  • 2000年(平成12年) - 倉庫建物より火災を起こし、付近を通る西武池袋線が運休する等の影響を与えた。
  • 2005年(平成17年) - 建物老朽化のため「修武台記念館」を閉館(2010年に航空歴史資料館としてリニューアルオープンする予定)。
  • 2007年(平成19年)3月30日 - 第4高射隊に地対空誘導弾ペトリオットの最新型(PAC-3)が配備された(空自の高射隊の中で最初)。
入間基地 2,000m滑走路 (2007年)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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