横田飛行場

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横田飛行場
Yokota Air Base
YokotaAirBaseGate2.jpg
横田基地第2ゲート
IATAOKOICAORJTY
概要
空港種別 軍用
設置/運営者 アメリカ空軍
国・地域 日本の旗 日本
所在地 東京都福生市ほか
建設年 1940年
所在部隊 第5空軍
座標 北緯35度44分55秒 東経139度20分55秒 / 北緯35.74861度 東経139.34861度 / 35.74861; 139.34861
ウェブサイト http://www.yokota.af.mil/
滑走路
方向 ILS 全長×全幅(m) 表面
18/36 I 3,353×60 舗装
福生市域の衛星写真。右側が横田基地。左側が多摩川。下部左から合流しているのが秋川
基地南東、立川方。分断されたかつての五日市街道。
横田コミュニティーセンター

横田飛行場(よこたひこうじょう)は、東京都多摩地域中部にある在日アメリカ空軍基地横田基地(よこたきち)と呼ばれることが多いし、同軍も横田航空基地と称しているが、日本の公的資料では「横田飛行場」と呼称されている[要出典]

目次

[編集] 概要

拝島駅の北側で東福生駅の東側に位置し、福生市西多摩郡瑞穂町武蔵村山市羽村市立川市昭島市(構成面積順)の5市1町にまたがる、沖縄県以外の日本では最大のアメリカ空軍基地であり、事実上、日本行政権の及ばない治外法権地区である。沖縄県の米軍基地のように民有地がなく、そのほとんどが国有地で占められている。

在日米軍司令部及び第5空軍司令部が置かれている極東における主要基地であり、極東地域全体の輸送中継ハブ基地(兵站基地)としての機能を有している。また朝鮮戦争における国連軍の後方司令部も置かれている。

軍用機に混じり、軍人及びその家族の本国帰省用に定期チャーター便パトリオット・エクスプレス)の民間旅客機が飛来する[1]。また、ユナイテッド航空デルタ航空などアメリカの航空会社の定期便のダイバートや米本国間米軍チャーター (MAC) などで使用されることがある(通常は発着しないものの、何らかの理由によるチャーター便運行時やダイバート発生時に着陸できる許可を得ているため)。貨物便はエバーグリーンインターナショナル航空など複数の航空会社が乗り入れている。

さらに、近年は北大西洋条約機構 (NATO) 加盟国であるフランス空軍輸送機(エアバスA340-200型機)の、フランス本国からニューカレドニアなどの海外県への移動の際のテクニカルランディング地として使用されることもある。

東京都調べによる2005年5月現在の基地関係者数は、軍人3,600人、軍属700人、家族4,500人、日本人従業員2,200人の、合計約11,000人である[2]

[編集] 沿革

1940年(昭和15年)に帝国陸軍立川飛行場の付属として多摩飛行場(たまひこうじょう)が建設され、太平洋戦争中には陸軍の航空機試験場(陸軍航空審査部)として利用されていた。敗戦後は、1945年9月4日アメリカ軍に接収された。戦中、米軍は偵察機から米軍が把握していなかった日本の空軍基地の報告を受け、その基地を横田飛行場と名づけたため、横田基地と呼ばれるようになった。接収後に基地の拡張工事が行われ、1960年頃にはおおむね現在の規模となった。

拡張に際しては、北側で国鉄(現・JR八高線国道16号の経路が変更され、南側で五日市街道が分断された(この為、この周辺では常時渋滞している)。朝鮮戦争当時はB-29爆撃機の出撃基地として機能し、ベトナム戦争時も補給拠点として積極活用されていた。

(基地の沿革についての詳細は、瑞穂町の資料[3]等を参照)

[編集] 部隊

[編集] アメリカ軍

[編集] 国連軍後方司令部

横田飛行場には朝鮮戦争における国連軍の後方司令部が存在しており、常勤の要員として軍人3名・軍属1名が配置されている。また、国連軍参加国のうち8ヶ国の在日大使館付駐在武官が参加する合同会議が3ヶ月に1回程度の割合で開かれており、事実上の駐日武官の連絡詰所となっている。飛行場には日章旗星条旗の他に、国連旗が常時掲揚されている。

国連軍後方司令部は、朝鮮戦争の休戦成立後、1954年(昭和29年)に日本とアメリカ・イギリス・フランスなど10ヶ国が「国連軍地位協定」を結んだことが始まりで、現在でも朝鮮戦争が国際法上「休戦」中(戦争継続中)であることが設置の根拠となっている。かつてはキャンプ座間に設置されていたが、2007年(平成19年)11月2日に横田飛行場へ移転した。

[編集] 航空自衛隊

2010年12月17日に閣議決定・公開された防衛計画の大綱及び次期中期防に基づき、以下の部隊等が府中基地より移駐及び新編される予定[4]

[編集] 基地データ

  • 基地総面積:7.136km²
(南北約4.5km 東西約2.9km 周囲約14km)
  • 土地所有者別内訳
提供面積(km²) 基地面積割合(%)
国有地 7.073 99.1
都有地 0.034 0.5
公有地 0.029 0.4
  • 市町ごとの横田基地への提供面積と、基地全面積に占める割合、および自治体全面積に占める割合
自治体名 自治体面積(km²) 提供面積(km²) 基地面積割合(%) 自治体面積割合(%)
福生市 10.24 3.317 46.5 32.4
瑞穂町 16.83 2.101 29.4 12.5
武蔵村山市 15.37 0.990 13.9 6.4
羽村市 9.91 0.417 5.8 4.2
立川市 24.38 0.290 4.1 1.2
昭島市 17.33 0.021 0.3 0.1

[編集] 基地公開

毎年8月頃の連続した土曜日日曜日2011年8月20日21日)に「横田基地日米友好祭」(通称:横田のカーニバル)が行われ、普段は立ち入ることの出来ない一般人(原則的には日本人アメリカ人)も第5ゲート(最寄駅は青梅線牛浜駅)から基地に入場できる。

友好祭では米軍機や自衛隊機の展示を行う航空ショーバンド演奏、米兵による模擬店出店、子供向けの遊戯施設の設置などがおこなわれる。過去には戦闘機の曲技飛行(現在の自衛隊基地で行われている機動飛行とは格段にレベルが違った)[要出典]も行われていたが、毎年、友好祭開催前に、東京都と地元市町がおこなう「横田基地日米友好祭に関する安全確保及び騒音対策について」の申し入れ[5]により、戦闘機等による飛行展示は行われなくなっている。但し、地元のC-12UH-1が滑走路上を航過飛行したり、C-130によるパラシュート部隊の落下傘展示などのためのフライトは行われる。

開催日および注意事項などは、この項目の外部リンクにある「福生市観光協会」などに掲載されるが、場内は喫煙所を除き全面的に禁煙である。また、晴天の日は路面のコンクリートによる熱反射が激しく、熱中症で倒れる人も少なからず存在する。

なお場内に自動車およびバイクの駐車場はなく、自転車のみ入場ゲート脇に停めることができる。

[編集] 航空管制

種類 周波数 (VHF) 周波数 (UHF)
CLR 131.400MHz 249.950MHz
GND 133.200MHz 308.600MHz
TWR 134.300MHz 315.800MHz
DEP 122.100MHz 363.800MHz
APP/ARRIVAL(AREA A) 123.800MHz 317.850MHz
APP/ARRIVAL(AREA B) 120.700MHz 261.400MHz
APP/ARRIVAL(AREA C) 118.300MHz 270.600MHz
PILOT DISPATCH 119.000MHz 313.600MHz
ATIS 128.400MHz 281.000MHz
TERMINAL 313.600MHz
AMC COMMAND POST 128.000MHz 276.200MHz
325.800MHz
349.400MHz
METRO 344.600MHz

[編集] 航空保安無線施設

局名 種類 周波数 識別信号
横田 TACAN 1172 MHz(CH-85x) YOK
横田 ILS(R/W 36) 109.7MHz I-YOK
横田 ILS(R/W 18) 108.7MHz I-YAS

いずれの局も24時間運用を行っている。

[編集] 名称の由来

陸軍多摩飛行場は大部分が当時の西多摩郡福生町(現在の福生市)にあったことから、地元では「福生飛行場」と呼ばれていた。

これを米軍が終戦前から「YOKOTA」と呼称したのは、アメリカ陸軍地図サービスが1944年に作成した地図では、北多摩郡村山町(現在の武蔵村山市)の大字名であった「Yokota」が、「Fussa」や「Hakonegasaki」より飛行場近くに記載されていたためと考えられており[6]地名としての「横田」は現在では消滅したものの、「武蔵村山市役所」の西隣のバス停名称として残っている[7]

[編集] 訴訟

基地問題は進駐直後から発生し、滑走路建設のための砂利採取は多摩川河床を低下させ、下流の府中用水などに影響を及ぼした。また、航空燃料や廃油の流出による地下水井戸水の汚染、異臭や引火事故、騒音および、たび重なる墜落事故[8]など、周辺住民の日常生活へも深刻な被害を及ぼした。

立川基地が返還された一方、横田基地では現在も年間の離着陸数は20,000回に及び、年に数回実施されていた空母艦載機着陸訓練は夜間にも行われていた[9]。このような訓練と、日常的に行われている飛行およびエンジンテストなどにより、周辺住民に多大な騒音被害を与えているため、飛行差し止めを求める訴訟も、数次、起きている。

1976年(昭和51年)に横田基地公害訴訟団が夜間飛行差し止め請求を起こし、さらに1996年から1998年にかけては、周辺9市1町の被害住民約6,000人が、アメリカ合衆国と国を相手取り、夜間早朝の飛行差し止めと、過去および将来の騒音への損害賠償の支払いを求めて新横田基地訴訟を起こしている[10]

[編集] 軍民共用化・中期防衛力整備計画

[編集] 軍民共用化

瑞穂町内の軍民共用化反対看板

東京都知事石原慎太郎は横田基地を民間航空機にも開放する「軍民共用化」を公約している[11]が、地元自治体の間では反対意見も根強い[12]

在日米軍再編に絡む横田基地の軍民共用化は「検討開始から12か月以内に終了する」という日米の合意に沿って、2006年10月より検討会において協議されてきている。しかし、2007年10月半ば、日本政府関係者の報道人への発言によれば、アメリカ側は横田基地への民間機乗り入れに難色を示しており、2007年11月8日、来日中のゲーツアメリカ国防長官高村外務大臣との会談において、協議の継続を求めた高村外相の要請にも同長官は首肯しなかった[13]

[編集] 中期防衛力整備計画

しかし日米両政府はアメリカ空軍と航空自衛隊による「軍軍共用化」では合意しており、航空管制権が日本側に返還され、航空自衛隊が受け持つことになる。

この合意が実現すると、同基地には空軍第5・第13航空軍司令部と、東京都府中市から移転してくる航空自衛隊航空総隊司令部が同居することになる。共用化や総隊司令部の移転などは当初の予定では2010年となっていて、既に「共同統合作戦調整センター」が設置されている(2006年2月)事が判明し、自衛隊移転のための工事が盛んにおこなわれている。

全世界的な米軍再編の動きに従って、キャンプ座間神奈川県)への陸軍第一軍団司令部移転計画(現在は米ワシントン州フォートルイスに所在)が存在し、これが実現した場合、四軍の司令部が日本に揃うことになり、“日米軍事一体化・アメリカの世界戦略への協力だ”として反対する一部市民団体の反発もあるが、日本政府は米軍再編へ協力する姿勢を示している。

だが2010年12月17日に閣議決定し公表された中期防衛力整備計画の内容に、「米軍とのインターオペラビリティを向上するため、横田基地を新設し、航空総隊司令部等を移転する」との表現があることが判明。沖縄県以外の日本では唯一、狭小な行政面積の3分の1を基地に提供している福生市が、航空自衛隊横田基地の新設は、たんなる呼称上の問題にとどまらず、基地機能の強化、基地態様の変化に直結するものだとして、内閣総理大臣防衛大臣などに、強く抗議、申し入れをおこなっている[14][15]

[編集] 横田空域

横田進入管制区、通称「横田空域」と呼ばれる1都8県(東京都栃木県群馬県埼玉県神奈川県新潟県山梨県長野県静岡県)に及ぶ広大な空域の航空管制を横田基地で行っている[16]。「横田ラプコン(RAPCON: Radar Approach Control の略)」「横田エリア」とも呼ぶ。この空域は米空軍の管制下にあり、民間航空機であっても当該空域を飛行する場合は米軍による航空管制を受けなければならない。ただし、事前協議によって飛行経路を設定する必要があり手続きが煩雑なため、羽田空港を発着する民間航空機は同空域を避けるルートで飛行している。羽田空港や成田空港から西日本や北陸方面へ向かう民間航空機の飛行ルートの障害となっているため、航空路が過密化する要因の一つとなっている。

同空域は1992年(平成4年)に約10%が、2008年9月25日に約20%返還され、現在は高度約7000m-約2400mの6段階の階段状となっている。2008年の一部返還により、羽田空港を利用する民航機が横田空域を迂回したり同空域を越すために急上昇する必要が減るため、年間約180億円(羽田空港の再拡張前は130億円)の経済効果があると試算されている。約180億円の内訳は、燃料費削減による効果が約66億円分、飛行時間短縮による運航コスト低減効果が36億円分、旅客利便性向上効果が77億円分とされる。羽田空港の年間発着回数は約296,000回から407,000回へと増加する。時間短縮効果は、羽田出発便のうち中国地方九州北部行きで3分、関西地方九州南部沖縄行きで約2分、羽田到着便では2分以上とされる。[17]

[編集] 燃料輸送

米タン(拝島駅)

鉄道貨物によってジェット燃料の輸送が行われている。JR鶴見線安善駅に隣接する米軍鶴見貯油施設より、JR南武線青梅線経由で運行される専用貨物列車(通称「米タン(べいたん)」)が、平日1日1往復設定されている。使用されるタンク車は、米軍輸送隊が日本石油輸送より借り受けているJP-8と車体に書かれた専用タンク車であり、36t積みのタキ38000形を使用した13両編成、または45t積みのタキ1000形を使用した12両編成で運行される。拝島駅に到着した貨車は、駅構内でディーゼル機関車に付け替えられて基地内まで伸びる単線非電化専用線(引込み線)を経由して運び込まれる。以前は定期列車であったが、現在は臨時列車となっている。但し、定期列車時代から運行有無は荷主である米軍の都合で決定されており、臨時列車化された現在と運行頻度は殆ど変りない。

なお、1967年(昭和42年)8月8日新宿駅にて発生した米軍燃料輸送列車事故は、隣接する米軍立川基地へ運転されていた同種の貨物列車で発生したものであり、当時のベトナム戦争反対運動や学生運動等の活動を刺激する原因となった。

[編集] アクセス

[編集] 鉄道

[編集] 自動車

[編集] 横田基地が登場する作品

小林源文著。米軍が撤退した世界で、自衛隊の反乱鎮圧の為と偽って侵攻して来たソ連軍の増援部隊が基地に到着する。中盤からの自衛隊の反撃作戦は、この基地の奪還から始まる。
設定ではアメリカから奪還し、そのまま国防軍の基地になったという設定。ゲームの契約をした中学生を保護する重要拠点になっているためたびたび登場する。
本基地でテロが発生するという設定。
基地に沿って走行する16号線沿いが舞台の設定。第2ゲートやフェンスも登場する。
OVAシリーズ第2話で香貫花・クランシーが来日したのは横田。また第6話でガトリング砲GAU-8)を受け取ったのも横田。
劇中では横田からF-22Aが発進し、基地内に侵入したTA(タクティカル・アーマー)と交戦した。
第一期において、横田基地という名称は登場しないが基地北側のフェンス沿いで撮影。劇中に離陸するC-5が登場する。

[編集] 脚注

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  1. ^ 米軍と契約している航空会社の機体が飛来する。2010年現在はノースアメリカン航空ボーイング757ボーイング767が乗り入れている。それ以前はワールドエアウェイズMD-11だった。
  2. ^ 横田飛行場の民間航空利用>横田飛行場ってどんなところ?>(1)横田飛行場の概要 東京都
  3. ^ 3.基地の沿革 (PDF) 瑞穂町
  4. ^ 平成23年度防衛予算の概要 (PDF) 防衛省
  5. ^ 横田基地日米友好祭に関する安全確保及び騒音対策について(要請) 東京都 2011年7月 報道発表資料
  6. ^ 横田基地命名の由来 横田基地とことんウオッチング
  7. ^ 都営バスMAP > 駅名で探す > 箱根ヶ崎 東京都交通局
  8. ^ 関連項目の在日米軍機事故の一覧や、埼玉県金子村B29墜落事故八王子市F80機墜落事故砂川村B29爆撃機墜落事故などを参照
  9. ^ 脚注2.参照
  10. ^ 公害弁連第37回総会議案書 2008.3.23 諫早 【2】各地裁判のたたかいの報告(基地騒音)〔1〕新横田基地公害訴訟高裁判決と今後のたたかい 新横田基地公害訴訟弁護団 弁護士 土橋実
  11. ^ 「横田ターミナル「造るつもりだった」 石原知事」 MSN産経ニュース
  12. ^ 米軍横田基地の軍民共用化に反対する陳情書 (PDF) 瑞穂町長・瑞穂町議会議長・同議会基地対策特別委員会委員長
  13. ^ 「横田基地、軍民共用合意見送り 米が難色」 朝日新聞アーカイブ
  14. ^ 中期防衛力整備計画(平成23年度〜平成27年度)に対する抗議・申入れ書 (PDF) 福生市議会議長
  15. ^ 中期防衛力整備計画(平成23年度〜平成27年度)に対する抗議・申入れ書について(回答) (PDF) 北関東防衛局
  16. ^ 横田空域の返還に向けて取り組んでいます 東京都
  17. ^ 横田空域の一部削減に伴う羽田空港の出発経路の設定について 国土交通省 2008年7月1日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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