C-5 (航空機)

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C-5 ギャラクシー

C-5B

C-5B

C-5は、ロッキード社(現在のロッキード・マーティン社)が製造し、アメリカ空軍が運用している軍用超大型長距離輸送機。愛称は「ギャラクシー」(英:Galaxy/銀河の意)。

開発当時世界最大の輸送機であり、An-124 ルスラーンAn-225 ムリーヤの登場によりその座を譲ったものの、依然として世界最大級の輸送機である。

開発経緯[編集]

1961年アメリカ空軍C-133 カーゴマスターの後継となる大型輸送機を求め、幾つかの航空機メーカーへの開発を依頼し研究が始まる。アメリカ陸軍は、当時開発中であったC-141 スターリフターの内部構造が狭い事による搭載貨物の搭載制限[1]に不満を抱えていた。そこで、より大きな搭載量や貨物室を備えた輸送機の要望が後の「CX-4計画」に繋がる事となる。1962年にはC-141の拡大型であるエンジン6発搭載案が構想されたが、エンジン数を増やしても大幅な進歩が期待できない為に、この計画はキャンセルされた。

1963年後半には「CX-X計画」として、エンジン4発搭載型、総重量249t(55万ポンド)積載量81.6t(18万ポンド)およびマッハ0.75(805km/h)で飛行可能であり、胴体前後に貨物ドアを備えた機体が構想され「CX-X計画」は、その後「CX-HLS計画」に名称が変更し、その仕様をもって、航空機メーカー各社に提案が求められ、ロッキード社、ボーイング社、ダグラス社、マーティン社、ジェネラル・ダイナミクス社がこの提案に応えた。不時着時に動き出した貨物に押し潰されない様、貨物室上部に操縦席を配置、主翼後退翼を採用、後部ドアを使用した貨物搭載作業の際に障害とならない様、尾翼はT型尾翼を採用している点など各社共に基本設計は類似していた。それら設計案の中から、ロッキード社、ボーイング社、ダグラス社案が次の選考に進み、最終的にロッキード社案が採用される事となる。ロッキード社のジョージア州マリエッタ工場がC-141の生産を終えて稼動施設がたまたま空いていたという理由から当時のリンドン・ジョンソン大統領の政治的判断でロッキード社に開発が委ねられることに決定した[2]。なお、ボーイング社の設計案は大型機開発の技術・スタッフを転用した結果、民間向けのボーイング747へと発展している。

なお、C-5の発注機数は当初115機であったが、開発の遅れと機体価格の高騰を受けて81機に削減された。

初飛行は機体番号「66-8303」号機[3]1968年6月30日に行なった。試験飛行時のコールサインは「エイト スリー オー スリー ヘヴィー(eight-three O three heavy)」。 1969年12月にサウスカロライナ州、チャールストン空軍基地所属の第437空輸航空団から機体納入が開始された。

C-5(1970年)

開発途中でロッキード社は機体重量が予想よりも大きくなる事に気付き、軍に要求仕様の変更を求めたが受け入れられず、やむを得ず主翼の厚みをギリギリまで削る事で重量を削減したが、その処置は明らかに失敗であり、納入されたC-5Aは翼の構造強度が不足していることが判明し、その時点までのC-5全生産機が翼面荷重を抑えるため、最大搭載量80%の搭載制限措置が取られた。1976年から補強改修が行われ、1982年より緊急展開軍(RDF)構想の基に新型素材であるアルミニウム合金を使用した主翼の改設計などを行った機体がC-5Bとなり、初号機がアルタス空軍基地に納入され、以後50機が生産された。

1970年代初頭にはスペースシャトル輸送機としての運用計画が存在したが、高翼機であるC-5は採用に至らず、低翼機であるボーイング747が最終的に採用される事となった。対照的にロシアでは、シャトル輸送機には高翼機であるAn-124の発展型であるAn-225が採用されている。

その他ベトナム戦争での運用や第四次中東戦争におけるアメリカ合衆国本土からイスラエルまでの緊急空輸に用いられ、1990年代には湾岸戦争に投入、高い長距離貨物輸送能力を発揮して、高い評価を受けた。

1998年からはグラスコックピット化や新型航法装置、自動操縦装置など新型アビオニクスの搭載、エンジンの換装などを含んだ大幅な近代化・延命改修が計画され、C-5の製造も担当したロッキード・マーティン社が改修契約を獲得、2008年5月から順次換装が行なわれる。改修後の機体はC-5M スーパーギャラクシー(Super Galaxy)となる。アメリカ空軍では、現在でも現役で運用されているC-5のうち52機(C-5A:1機、C-5B:49機、C-5C:2機)をC-5Mへ改造する計画である[4]。また、2012年2月に公表された2013会計年度(FY 2013)予算案では、52機の改修案とあわせて改修対象とされなかった27機のC-5Aを退役させる案が示されており[5]、C-5Mへの改修が全機完了すれば、アメリカ空軍の大型長距離輸送機はC-5MとC-17 グローブマスターⅢの2形式に統一されることになる[5]

特徴[編集]

C-5 上面より

アメリカ本土から世界中何処へでもアメリカ軍全ての装甲戦闘車両航空機が運べ、その中には74トンの架橋戦車などの戦闘設備も含まれている。ペイロードはアメリカ軍輸送機としては最も大きく、主力戦車2両分に相当する約122トンもの貨物が搭載可能である。その大きさを生かして、1974年にはミニットマンICBMを空中から発射する試験を行った[6]

機体は、軍用輸送機として一般的に採用されている形状である。主翼は高翼配置、後退角を採用し、角度は25度である。主翼内部には12個の翼内タンクが内蔵されており、機首上部、操縦室後方には空中給油装置も装備されている。尾翼はT字尾翼を採用。エンジンは、ターボファンエンジンを主翼パイロンに4基搭載している。

C-5A/Bの貨物室は幅5.8m、高さ4.1m、長さ37.0m(+ランプ部7.2m)という巨大なもので、前後にローディングランプ付の貨物扉を持つ。その胴体形状は下が広いオムスビ型が特徴的であり降着装置(ランディングギア)には均等に重量配分ができる様、28個もの車輪が備え付けられている。また、この降着装置には「ニーリング(英:kneeling/ひざまずく)システム」と呼ばれる機構があり、貨物の搭積時には着陸装置を伸縮させる事により機体の床位置を下げる事(低床化)により作業の効率化が図られており、同時に最小縮位置で運搬用トラックの荷台と同じ位置になる様設計されている。

搭載例
降ろされるM1戦車
幅の広い貨物室

他にもMH-53大型ヘリコプターF-16戦闘機も分解・折り畳みによって搭載が可能。

積載物を降ろしつつ搭載が可能である貫通式貨物室を採用。前部と後部に油圧式大型開閉扉があり、この前後開閉扉は、搭載作業の障害にならない様、貨物室の最大幅、最大高まで開くように設計されている。これにより作業の迅速化も図られている。また、機内の一部は2階建てとなっており、上部デッキには兵員73名が搭載可能である。なお、この上部デッキは機体重量バランスの関係上、操縦席の後方ではなく、機体後方部に位置している。

800箇所の場所を試験し、そのデータを分析、不調を検出する解析装置MADAR(Malfunction Detection Analysis And Recording/故障発見解析記録装置)システムを装備し、このデータはFRED/フレッドと呼ばれ、乗組員に周知されている。C-5は維持・整備に多大な労力を要する兵器であり、1996年の記録によると、1飛行時間(フライトアワー)ごとに、A型は46マンアワー、B型は16.7マンアワーもの整備を要していた[7]

事故[編集]

C-5A[編集]

点検中、エンジン急速オーバーヒートによる油圧システムの火災が発生。負傷者0人。
12個の翼内タンク整備中に火災発生。作業者が死傷する。また、このC-5は製作された初号機であった。
着陸装置の火災が発生。緊急着陸の際、滑走路が短い別の空港へ緊急着陸したため止まり切れず逸脱。地上火災により滅失。
ベトナム孤児を輸送する「オペレーション・ベビーリフト」最中の事故。搭乗していた孤児を含む乗員乗客328人中153人が死亡。
1983年7月31日 アラスカで発生した事故
グライドスロープの指示よりも低く滑走路に進入したため、滑走路手前の堤防に胴体が接触。
死者0人。機体損壊状況が酷かったが、修理プロジェクトが立ち上げられ完全修復された後、テキサス州空軍にて運用。
タッチアンドゴー訓練中、車輪出し忘れによる胴体着陸。負傷者0人。機体は修理され、2007年にはC-5Cとして現役復帰。
離陸直後のエンジン故障により墜落。乗員17人中13人が死亡。4人が後部貨物室にて生存した。


C-5B[編集]

2006年4月3日 デラウェア州での事故
スラストリバーサーのアンロックによる緊急着陸中に滑走路手前にて墜落。17人中2人が重傷。


仕様(C-5B)[編集]

  • 全幅:67.89m
  • 全長:75.3m
  • 全高:19.84m
  • 空虚重量:170.0t
  • 最大離陸重量:381.0t
  • 最大搭載量:122.472t
  • 積載量:349t(769,000lb)
  • エンジン:GE TF39ターボファンエンジン(19,500kg)4基
  • 最大速度:920km/hマッハ0.79(496kt. 500 knots. 570 mph.)
  • 巡航速度:440ktマッハ0.77
  • 飛行高度:34,000ft(10.4km)
  • 海面上昇率:564m/min
  • 翼面積:580m²(6,200ft²)
  • 翼面荷重:610kg/m²(120lb/ft²)
  • 実用上昇限度:10,895m
  • 搭載燃料:193,620L(51,150USガロン)
  • 航続距離:4,445km(2,400nmi2,761mi)/263,200ポンド搭載時
  • 乗員:通常8名 最小4名(操縦士、先任操縦士、副操縦士、航空機関士2名、ロードマスター[8]3名)

派生型[編集]

C-5A
C-5B
C-5A
初期生産型。1969-1973年までに81機製造。1970年代中盤に主翼付け根にヒビが発見された為、搭載制限措置が取られた。
1981-1987年に主翼交換プログラムが実施された。
C-5B
主翼、エンジンを改良されたC-5A GE TF39-GE1C への換装、アビオニクスの改良を行ったタイプ。50機製造。
C-5C
船舶運搬用に改修されたほか、NASAの大型貨物輸送任務のために、2機のC-5Aを改造して製作。運用は空軍が行っている。


C-5M スーパーギャラクシー[編集]

C-5M 改修初号機
C-5M コックピット

1999年よりC-5の延命と近代化改修を目的として開発が進められていた最新型で、2006年5月16日に初号機がロールアウトした。この改修によって、離陸性能が30%、上昇性能が38%改善され、整備性と稼動率も大幅に向上した。

アメリカ空軍では、現在でも現役で運用されているC-5のうち52機(C-5A:1機、C-5B:49機、C-5C:2機)をC-5Mへ改造する計画で[4]、今後25年間はC-5を運用する方針である。なお、主な改修点は以下に示す。


登場作品[編集]

アニメ
シャフト社の警備部門SSS(=シャフト・セキュリティ・システム)輸送機として登場。
漫画
第1シリーズの「DUTY12:果てなき日々への追憶③」で、失踪した恋人の居場所を知った主人公の「篠塚高♀(No.9)」が彼の元に急行すべく「C-5A」を横田基地で拝借した。
マッコイがギリシアの基地にF-20を運び入れるのに使用された。
浜ちゃんがアメリカ大統領特使とカナダでのサーモン釣りに向かう際に軍の輸送機に便乗
岩国基地から貨物を積んで離陸したが、住宅地に墜落。墜落の際の爆発で、火だるまの鶏を周辺にまき散らした。
ゲーム
C-5そのものではないが、同機をモデルにしたと思われる大型輸送機をパナウ軍が使用。一部の軍空港に配備されている。プレイヤーも操縦可能。
特定ステージで特別な敵機として出現。
オーシア大統領を護送する為の極秘任務に使用された。
政府要人の護送任務に登場。
劇中に登場するロボット「戦術機」を輸送するために使用された。
アメリカ軍の輸送機として登場。プレイヤーが兵器類の派遣要請を出した時に作戦地域に降下、兵器を空中投下して急上昇しながら離脱していく。

脚注[編集]

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  1. ^ 最大搭載重量に届くそれ以前に、貨物室が物理的に満室になってしまう状態が多発した
  2. ^ 佐貫亦男『ジャンボ・ジェットはどう飛ぶか』より
  3. ^ 後、整備作業中の火災により滅失
  4. ^ a b “Lockheed Martin Delivers Third Production C-5M Super Galaxy To U.S. Air Force” (英語) 3機目のC-5Mがアメリカ空軍に引き渡されたことを公表するロッキード・マーチン社のプレスリリース
  5. ^ a b “Defense Budget Priorities and Choices” (英語) 国防総省が公表した2013会計年度(FY 2013)に向けての予算案の概要説明冊子。9ページ目の“Mobility Aircraft Implications”(機動航空機に関する事項)の項にC-5に関する記述がある
  6. ^ http://www.youtube.com/watch?v=96A0wb1Ov9k&NR=1
  7. ^ C-5 Service Life”. 2011年7月26日閲覧。
  8. ^ 搭載貨物の重量配分や搭載位置、搭載方法などを決定する選任担当士

関連項目[編集]

外部リンク[編集]