小林源文

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

小林 源文(こばやし もとふみ、1951年1月28日 - )は、日本漫画家(本人曰く「劇画家」)、イラストレーター福島県出身、東京都在住。

作風[編集]

  • 戦争劇画ともいえる作風で、戦争を題材とした作品を描く漫画家。代表作に『黒騎士物語』など。第二次世界大戦を題材とすることが多いが、近代戦や架空戦記的な世界観、あるいは遠未来の戦争や兵士のタイムスリップなどを題材としたミリタリーSF作品も描いている。
  • スクリーントーンは使わず、薄墨による独特のタッチを用いている。
  • その扱う題材から批判されることもあり、朝日新聞社に『ナチス劇画家』と紹介されたことがある[要出典]
  • 小林源文の全作品における女性キャラクターの割合は非常に低く女性キャラクターはほとんど登場しないか、あるいは登場しても単なるモブであるが、例外的に主人公の恋人が登場する「装甲擲弾兵」、女性兵士が主人公の作品「士官候補生ハイト」がある。また、近年の「自衛隊特殊部隊オメガ」シリーズでは佐藤三佐に協力するモンゴルの女性将校が登場するなどこれまでの作品の傾向が多少変化しつつある。
  • 小林源文作品は手塚治虫のとったスター・システムのように同一キャラが身分を変えて他作品にも登場することで有名。代表的なキャラクターとして佐藤大輔、中村正徳、斉藤三弥がいる。佐藤の現在の基本的な身分は陸上自衛隊三佐、中村は同三曹、斉藤は統合幕僚長たる陸将。また、佐藤の初登場時の階級は二等陸尉、中村は一等陸士であった。その他、『ハッピータイガー』などの原案を手掛けた戦記作家の梅本弘も「梅本」というキャラクターとして作品中に登場している。
  • 「レイド・オン・トーキョー」ではアシスタントの中村正徳が描いたと思われる美少女イラストが殺伐とした戦闘シーンの合間に数コマ登場し読者を驚かせる。
  • 実在人物や企業の名を、皮肉や風刺の為に躊躇することなく登場させる。
  • 現代日本が戦争に巻き込まれる作品では、首都を占領されたり借金を踏み倒されるなど、大抵が悲劇的な結末を迎える。

経歴その他[編集]

1951年、警察官の両親の間に生まれる。母は元看護婦で、戦後福島県警婦人警察官第1号となった人物である。父は戦争中帝国陸軍憲兵だったが、終戦後警察官となった。父は問題を起こして警察を辞め、その後の再就職先でもトラブルが絶えず、職を転々としていた。[1]

川崎工業高校電気科卒業後、夜間専門学校卒。その後、弱電企業に6年、冷凍コンテナの保守点検会社でサービスマンとして10年勤務。その後、専業の劇画家となる。

高校生の頃に、ニール・アダムスリチャード・コーベンの作品に出会い、「アメコミの上手い人たちの絵を目標にして漫画を描いてみたいと思った」という。

劇画家としての本格的な修業は1968年から開始。中西立太によれば小林が高校3年生の時に、中西のアトリエに「松尾君という漫画友達と一緒にあらわれた」とのこと。中西は当時『ボーイズライフ』誌上で矢野徹の小説「宇宙の特攻兵」の挿絵を描いており、小林は中西のような絵を描く方法を教えてもらいに来たという。小林自身は「(中西先生の)弟子にはなれなかったが、この出会いが運命を変えた」と語っており、小林は中西を師と仰ぎ、また中西の方も小林を徒弟として拘束せず遇していた関係がうかがえる。 プロデビュー直後、中西に納得のいかない表現でたしなめられた事から長年「怖い人だ」という気持ちを抱えていたが、これを未熟さに対する叱咤激励と解釈し猛省、後年にその時のお互いの気持ちを確認し合い、わだかまりは解消された。[要出典]

その後、中西立太との共著『壮烈!ドイツ機甲軍団』収録の「チタデレ」及び「クリストローゼ」でプロ劇画家デビューをする『ホビージャパン』誌上で「ハリコフ攻防戦」を手始めに戦記物を月間連載(絵描き仲間の上田信から彼のピンチヒッターとして連載を頼まれたのがきっかけ)、以後兼業劇画家として活動していたが、「カンプグルッペZbv」連載中にバイクで自損事故(赤坂の迎賓館の入り口にバイクで突っ込む)を起こして入院(このときの代行として小林誠が『ドラゴンズヘブン』を執筆した)。会社を退職し(「いつの間にかクビになっていたが、もともと月に2週間しか出社しておらず、半年前から退職願いを出していた」とのこと)この日より正式に専業劇画家として活動を始め、実質的な小林源文事務所である「スタジオゲルベ」が神奈川県内に創設された。後に義理の息子となる中村正徳も所属していたが現在は活動を停止。なお、中村正徳も一時、漫画家(劇画家)として活動しており小林源文・他著『バトルオーバー北海道』にはソ連軍の若い女性兵士と日本の若い自衛隊員が戦場となった北海道で双方の身分を乗り越えて愛し合うというストーリーの作品が掲載されている。ちなみに中村正徳と師匠である小林源文の画風はほとんど似ていない。

小林は現役の2ちゃんねらーであり、作者公式サイトの掲示板でも2ちゃんねる内の用語である「w」や変則的な「w!」などを使うほか、『Cat Shit One』作中ではアスキーアートキャラのギコ猫を登場させている。「萌え不要論者」としての資質も顕著であり、関連スレッドにて信者が「萌え」関連の話題を出すと、すぐにそれを「萌えなどいらないと思ってる」と否定するが、最近では毛嫌いしていた「萌え」に理解を示したのか「まりたん集中ドリル」にイラストを提供している。

『Cat Shit One』の『コンバットコミック』での連載を日本出版社の上層部に打診したところ、「先生、こんなの描いたらマンガ家生命が終わりますよ」と言われ憤慨し、同社へ「絶縁宣言」した後、『コンバットマガジン』に移行し同誌で『Cat Shit One』を連載した。また、『2ちゃんねるぷらす』誌上において『Cat Shit One』の番外編を連載していた(同誌は2004年12月22日発売のVol.11を以って休刊となっている)。

小林劇画の台詞[編集]

登場人物の台詞にも印象的なものが多く、これも小林作品の特徴とされている。有名なものとして、以下のものがある。

  • 「俺のケツをなめろ!」( Leck mich am Arsch ! )- ゲーテの戯曲『鉄腕ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』の初稿にある台詞より。主に黒騎士のバウアー中隊長が使う。英語の"Kiss my ass"に相当する言葉。
  • 「魔女のバアさん」シリーズ - バアさんとはロシアの言い伝えに登場する魔女・バーバ・ヤガーのこと。
  • 「ボケ!」 - 各作品で佐藤大輔が中村正徳を鉄拳で殴りつける時に多用される。
  • 「ヒイッ!」 - 中村3等陸曹の刹那の叫び。
  • 「いつか殺してやる」 - 同、中村の佐藤に対する殺意のこもった独り言。しかし佐藤が死ぬシーンがあるのは『ハッピータイガー』のみ。野戦憲兵政治将校に付きまとわれる将兵もこの台詞をよく呟く。
  • 「教育してやる」- いい気になっている敵を戒めるように叩きのめす前の言葉で、ドイツ戦車兵の台詞によく使われる。パウル・カレル著『彼らは来た』におけるミハエル・ヴィットマンバルタザール・ヴォルの「やつら、もう勝ったつもりでいるようですね」「らしいな、では教育してやるか」が原点。
  • 「ゲルマンスキー!」 - 「Germansky!」: ゲルマン人!( ドイツ人)の事。ロシア赤軍兵士が、ドイツ兵を呼ぶときに使う。実際の戦場では、ロシア人は「ファシスト」、「Fliz(フリッツ)」などと呼んでいた様である。なお、ロシア語でドイツ人を表す単語はニェーメツ(немец)であり、語源は「言葉(スラヴ系言語)を喋れない人」である。ロシア語で「ゲルマンスキー」または「アメリカンスキー」と言うと、「ドイツ(人)の」、「アメリカ(人)の」という形容詞のことである。
  • 「歓迎委員会」 - 敵の襲撃に対し、本格的に対抗すること。「歓迎委員会のお出ましだ」、「クソッ、敵の歓迎委員会だ!」などのように使う。

カードゲーム[編集]

  • なお「俺のケツをなめろ!」は、同タイトルでカードゲーム化された(天下布武かあどげえむ『俺のケツをなめろ! EAST FRONT 1944』)。第二次大戦末期の東部戦線の戦車戦闘を扱ったカードゲームであるが、「俺のケツをなめろ!」や「よし!教育してやる」「情け無用ファイヤー」など『黒騎士物語』作中の名台詞がカード化されており、ゲーム上も有効な効果を持つという、ある意味からの小林劇画世界を忠実に表現したゲームであった。

作品リスト[編集]

劇画[編集]

  • パンツァーフォー!

WW II 初期から終戦にかけてのドイツ軍戦車兵の活躍を描く

  • ソルジャーブルース
国際紛争を未然に防ごうとする国際組織の物語
(オメガシリーズの原型のような作品)
1980年代初頭の国際情勢を反映した内容である。
「パンツァーフォー!」の主人公が「司令」として登場する。

上記2つは黒騎士物語より前に連載されていた。

2003年の新装版ではTOKYO WARSと改名されているが、2008年の新装版ではレイド・オン・トーキョーに戻されている

他にも日本出版社のボムコミックスシリーズのアンソロジー集の中に作品が多数収録されている。

  • パンツァークリーク 1942-1943 (ボム・コミックス)日本出版社/\490

ゲーム関連[編集]

小林作品を原作としたゲーム[編集]

  • 黒騎士物語 Black Knights
1987年に雑誌『新シミュレイター13号小林源文特集号』[2]の付録として発表されたシミュレーション・ゲーム。デザインは『シミュレイター』編集部の中黒靖。タイトル通り『黒騎士物語』をモチーフとするゲームで、第二次大戦の東部戦線の戦車戦闘を扱いつつ、「俺のケツをなめろ」や「クルツ、照準器がイカれているぞ」などのカードが大きな威力を持つという、小林作品世界のキャラクターゲーム的存在といえる。
  • 俺のケツをなめろ! EAST FRONT 1944
1980年代のアナログ・カードゲームブームのさい出版された。ブランドは「天下布武かあどげえむ」。カードのイラスト等は『黒騎士物語』から使用されている。小林世界の台詞が大きな効果を持つ等『黒騎士物語Black Knights』からの影響が見られる。

その他の作品[編集]

  • 学研のX図鑑「戦車」でモノクロとカラーイラスト
  • 防衛庁の依頼で「未来の自衛官(タクティカルベスト+暗視ゴーグル)」
  • 集英社学習漫画「世界の歴史」(1990年から2002まで使われた旧作品)の第13巻の「第一次世界大戦」についての最後のページの「おもしろ歴史資料館」の第一次世界大戦時の各国の軍服装備銃器武器兵器のイラスト。

予想イラスト

  • 陸上自衛隊マスコットキャラデザイン(CSOのキャラクターを流用したもの)
  • 筋肉少女帯のCDアルバム「最後の聖戦」のジャケットのイラスト
  • メディコム「日本警察特殊急襲部隊SAT」付録コミック
  • ホビージャパン「まりたん集中ドリル2ねんせい」イラスト
  • 旧トミー(現タカラトミー)「ヒストリー・オブ・ゾイド」イラスト
  • 神林長平SF小説「今宵、銀河を杯にして」表紙イラスト。
  • 「どくそせん」(イカロス出版)帯イラスト。
  • スペースボンバー』向け劇画形式の広告(なおこの販促漫画では中村正徳が宇宙人の親善大使に対して「なに見てんだよ」と文句を言ったことから宇宙人の地球侵攻が始まり中村が佐藤大輔より「なんかやったろ!」と叱責され平手打ちされている)

その他[編集]

  • 作者の知人をモデルとしたキャラクターが作中に多数出演することが多く、特に佐藤大輔[3]と中村正徳[4]が知られている。作品によっては作者自身を登場させることもあるが、後姿のみの場合が多い。
  • 匿名掲示板2ちゃんねる一等自営業 ◆JYO8gZHKO.というハンドルネームで書込みを行っている。
  • あるテレビゲームの製作発表直後に、極秘であったはずの仕事の受注を飼い猫が日記で、本人が軍事板で漏洩してしまい、話自体が流れた模様。本人によると関係者に対して資料用として貸し出したと思われる電動ガン二丁が返却されていない模様。
  • 過去に自分で金を出して買って読んだ漫画は鳥山明の『Dr.スランプ』と高橋留美子の『うる星やつら』しかないとネットで告白した。掲示板2ちゃんねるの自身の関係スレではファンらが源文作品に関して「萌え」ネタを投稿すると小林源文はそれに対し当初、「萌えはいらない」と不快感を示していたが、現在では「萌え系」ミリタリームックなどにイラストを提供したり萌えアニメ『ガールズ&パンツァー』内で自身の作品の使用を許可したりなど協力をしているのである(エンド クレジットにしっかり「小林源文」とクレジットあり)。なお小林が萌えイラストを描いているわけではない。
  • 深夜、路上にてエアガンで狙撃されたことがあり、「エアガン廃止署名ができたら真っ先に署名するぞ」と著書の後書きで発言していた。しかし現在では、御殿場で開催されるサバイバルゲームに自身でカスタムした電動ガンで多数参加するなどエアガン、サバゲーフリークでもある。
  • 赤いセラに乗っていた。
  • 「キャットシットワン」の元ネタは「幸福物語」であり、小林が「勝手に使うな」と念押ししていたのにもかかわらずアシスタントの中村正徳が同人誌にそれを使ってしまい、怒った小林源文が「中村プロマンガ家育成計画」をストップさせた。なお、「キャットシットワン」は元はウェストポイント下級生の隠語である「ドッグシットワン(犬のクソ1号[5])」であり、それが転じて「キャットシットワン」になった。
  • 昨今、一部ネットコミュニティで話題になっている「自衛隊員が身分を隠してベトナム戦争に参加していたのではないか」という議論に関して小林源文は「自衛隊員のナム戦参加は防衛庁関係者から実際に聞いた話」としてそれを裏付ける話をしている。
  • ミリタリー業者や海外のマニアから情報を得て、武装親衛隊に参加した日本人の独自研究をしている。過去にも同様のテーマを元にハッピータイガーを執筆している。
  • 三島瑞穂は生前に参加していたサバイバルゲームで共産軍側チームの親玉小林源文をとっ捕まえることを何度か目論んでいたが、終ぞ成功しなかった。
  • 公式サイト名の「GENBUN-WORLD」の由来は、よく「源文」を「げんぶん」と読み間違えられる事からであるが、ずっと以前から知人には「ゲンブンさん」と呼ばれており、また本人もそれを許容している。
  • 2008年12月に自分でプロデュースした名前だけ編集長で『ゲンブンマガジン』を創刊、第75回コミックマーケットにて発表する。季刊誌で年4回の発売を目指す予定。
  • 自身が編集も手がけるゲンブンマガジンの直販分はVOL.2まで小林源文本人が直接発送業務を行っていた。

イラストレーターとしてのこだわり[編集]

師匠である中西立太に「漫画家も良いが、一枚絵も描けなくては駄目だ。これからは皆、どんどん絵が下手になっていく。今しっかり絵を勉強しておけば、将来それが希少価値になる」と言われて修行を開始したことから、一枚絵に対する強いこだわりを持つ。

1987年に「シミュレイター」誌に掲載された漫画「小林源文の「俺のケツをなめろ!」」では、以下のようなセリフを吐いている。

「エッ何!君がイラストレーターだって。笑わせるじゃないか。ただのマンガ。カットしか描けんでさ。イラストってのは一枚絵のことを言うんだ。マンガじゃない。絵だ! 線画とペン画は違うぞ。同じに見えるのは勉強が足りない。畠山君にもいっている。君はまだカットライターだとな。(中略)ちゃんとした絵が描けて始めてイラストレーターなんだ。マンガと絵は違うぞ。その区別もつかんでプロになろうなんて不道徳のきわみだ。ギャラを取る資格は無い。もしプロを目指すなら来たまえ。教育してやろう。」

本人のウェブサイトでも、一枚絵の描けるイラストレーター育成の重要性を熱心に訴えている。

偽小林源文事件[編集]

1980年代前半に発生した「小林源文」を名乗る人物が起こした事件。当時タミヤニュースの読書投稿欄「声」ではシェパード・ペイン派とフランソワ・バーリンデン派のモデラーの間で激しい論争が繰り返されていた。その投稿者に「小林源文」を名乗る者から仙台中央郵便局の消印がある脅迫状が次々と送りつけられるという事件が発生した。当時は投稿者の氏名と住所が番地まで掲載されており、タミヤ模型では事件を受けて投稿者の住所を市町村名までしか掲載しなくなった。しかし、偽「小林源文」は電話帳等で同じ市町村の同姓の家を調べ、脅迫状を送りつけてきたために、投稿者の住所は都道府県名までしか掲載されなくなった。事件は飛び火し、小林源文が連載を担当していた『ホビージャパン』誌、『モデルグラフィックス』誌などの投稿者、出版社、小林源文本人にも及んだ。さらに脅迫状だけでなく、投稿者や小林の名前で勝手に通信販売に申し込むなどの行為に及んだ。

偽手紙の筆跡などから犯人は以前より小林に対して抗議を繰り返していた人物と思われ、小林は彼の名前をあげて警察に相談したが「プライベートな事」として全く取り合ってもらえなかったという。事件は朝日新聞赤報隊事件を契機に言論に対する暴力をテーマにした特集記事で紹介され、世間に広く知られるようになった。そしてその直後、脅迫文が宮内庁や首相官邸にも差し出された事で警察がやっと重い腰をあげ、偽「小林源文」が逮捕され、事件は収まった。犯人は予想通りの人物で彼は仙台市在住の軍事マニアで小林源文のファンでもあった。

事件の社会的影響は大きく、それまで雑誌読書投稿欄で、投稿者の住所が公開されるのは一般的だったが、以降非公開が原則となった。

また、小林源文とホビー・ジャパン社との関係がギクシャクしたのもこの事件が原因だと言われているが、小林は「全然違うよ。HJの社長が交代したので話しましょう。HJで最初に『黒騎士物語』大判の本が出たんだ、印税は5%。これは完売した。その後に日本出版で単行本(他社での出版の連絡は当時のHJ編集長に2回伝えた)を出した。これは印税10%だった。出版界では同じタイトルでも版形が違えば出版出来るんだ。当時のHJ社長はこれが気に入らないので、俺に弁護士に訴状を作らせて送らせたんだよ。この社長は正当性に関係なく商売敵に訴状を送って黙らせる手法で、裁判闘争はかなりやってましたね。 …ミニカーとHOゲージの薄い本から初めて、一代で会社を築いた経営者なんで大したもんだと俺は思うね。…俺は著作権専門の弁護士を同行して社長に、著作権は作家そのものにあると証明して頂いて一件落着したんだ。著作権は出版社にあると間違ってる出版社はまだまだあるよ。」と語っている。

脚注[編集]

  1. ^ 小林源文『ゲンブンマガジンVol.001 』 ゲンブンマガジン、2009年1月、ASIN B001P9DA4S
  2. ^ XoD「シミュレイター」(新)総目録
  3. ^ 作家の佐藤大輔がモデルと言われている
  4. ^ 作者の元アシスタントがモデル。後に小林源文の娘と結婚し義理の息子になった
  5. ^ 名前を覚えるまでもない存在の意

関連項目[編集]

外部リンク[編集]