日本エアコミューター

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JAC DHC-8-400(Q400)型機 JA847C
JAC DHC-8-400(Q400)型機 JA847C
JAC SAAB340B型機
JAC SAAB340B型機

日本エアコミューター(Japan Air Commuter Co.,Ltd.: JAC)は、JALグループ航空会社ターボプロップ機(プロペラ機)を運行している。

目次

[編集] 概要

社名 日本エアコミューター株式会社
Japan Air Commuter Co.,Ltd.
設立 1983年1月
本社住所 鹿児島県霧島市溝辺町麓787-4 鹿児島空港内
従業員数 466名
資本金 300,000,000円
JALインターナショナル60%、鹿児島県奄美諸島12市町村40%)
航空会社コード JAC / 3X 
無線呼出名称
(コールサイン)
COMMUTER(コミューター)
拠点空港 鹿児島空港


[編集] 略歴

鹿児島県の離島アクセス改善のため、当時の東亜国内航空(後の日本エアシステム、現在は日本航空インターナショナルと合併)と鹿児島県奄美諸島14市町村(合併により12市町村に減少)が出資して、コミューター航空会社として発足した。当初は旧奄美空港に本社を置き、奄美諸島をはじめとした路線が中心であったが、次第に日本エアシステムから西日本のローカル路線の移管を受け、路線を拡充していった。現在も、奄美諸島12市町村が資本の4割を出資し役員を派遣している。

日本航空と日本エアシステムとの経営統合後は東日本の地方空港へも乗り入れ始めている。同じグループ会社のJALエクスプレス (JEX) 、J-AIRとは、路線の違いに加え、機種(JACはターボプロップ機(プロペラ機)、JEXとJ-AIRはジェット機)の違いもある。

機体マーキングは原則的にJALグループのものに倣っている。自治体等が出資している関係上、JALグループがワンワールドのメンバーとなった後も、メンバーにはならない。

[編集] 沿革

  • 1983年7月1日: 設立(本社は旧奄美空港内)
  • 1983年11月2日: 不定期航空運送事業免許を取得
  • 1983年12月10日: ドルニエ228により運航開始(奄美 - 喜界島徳之島沖永良部島与論島
  • 1988年6月15日: 本社を鹿児島空港内へ移転
  • 1988年7月6日: 定期航空運送事業免許を取得
  • 1988年7月19日: YS-11運行開始(鹿児島-沖永良部)
  • 1992年12月1日: SAAB340B運航開始
  • 1994年5月18日: 離島路線以外での運航を開始(大阪-但馬
  • 2003年2月1日: Q400運航開始(大阪-鹿児島、大阪-出雲
  • 2007年10月1日: 松本 - 新千歳運航開始。北海道に進出。
  • 2008年3月17日: 運行乗務員の健康上の理由により欠員が発生し、運行に支障をきたすため、3月20日 - 30日の大阪国際空港を発着する一部の便(計6便)が運休になると発表。
  • 2008年6月18日: 乗員組合ストライキに突入し、同日運行予定便中86便が欠航[1]

[編集] 機内サービス

飲物・オーディオプログラム等ジェット機並みの機内サービスは無いが、毛布や新聞などのサービスはある。その代わりにJACオリジナルのキャンディや屋久島・与論島、同社の主力機であるSAAB340B・Q400がデザインされたポストカード、ルートマップを配布している。 また、2007年7月よりオリジナルの機内誌『UPROP』(アップロップ)が創刊された。

[編集] 就航路線

[編集] 機材

[編集] 過去に使用していた機材

YS-11(大阪空港
YS-11(大阪空港
  • ドルニエ 228 (1983年12月10日 - 1995年9月30日まで)
  • YS-11(2006年9月30日に退役。日本の民間航空としては、JACが最後の運航者だった)

[編集] JALグループ企業 (グループ企業のうち、航空事業者)

◎JALグループは国際航空連合(アライアンス)「ワンワールド」に加盟しているが、※のある航空会社は経営施策上ワンワールドには加盟していない。

(「運送の共同引受」により全便をJAL便として運航。法人名として表記する以外は対外的には「ジェイ・エア」を使用)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク