JET STREAM
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| JET STREAM (ジェットストリーム) |
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|---|---|
| ジャンル | 音楽番組 |
| 放送方式 | 録音 |
| 放送期間 | 1967年7月3日 - |
| 放送時間 | 毎週月曜 - 金曜 深夜24:00 - 24:55(55分) |
| 放送局 | TOKYO FM |
| ネットワーク | JFN |
| パーソナリティ | 大沢たかお(2009年4月 - ) |
| テーマ曲 | 溝口肇「ミスター・ロンリー」 |
| 提供 | JAL(日本航空) |
| 公式サイト | 公式サイト |
JET STREAM (ジェットストリーム)は、TOKYO FMをキー局にJFN38局で放送されているイージーリスニングの音楽番組である。
目次 |
[編集] 概要
1967年7月3日に東海大学のFM試験放送局FM東海放送を開始。1970年4月からはFM東海を引き継いで同月開局したFM東京(現:TOKYO FM)に移り放送を続け、2004年11月25日に放送1万回、2007年7月3日に放送40周年を迎えた。日本のFM最長寿番組として現在も記録を更新している。
開始当初からJAL(日本航空)の一社提供番組であり、演出面等においてのみならず後述のとおりJALと深い関わりを持つ番組である。現在のパーソナリティ(当番組では機長と称する後述も参照)は俳優の大沢たかお。スクリプトは放送作家の堀内茂男。
オープニング曲にフランク・プゥルセル・グランド・オーケストラの『ミスター・ロンリー』を使用していることでも知られる。エンディング曲は『夢幻飛行』だったが、初代パーソナリティ・城達也の降板と共に使われなくなった(現在はオープニング、エンディングとも溝口肇編曲・演奏の「ミスター・ロンリー」を使用)。ただし初代機長城達也時代末期の金曜日版「Midnight Odyssey」はテーマ曲が異なり、スクリプトも原田宗典が担当していた。
現在のネット局の一つであるFMぐんまとradio CUBE FM三重では、開局時から1994年3月までFMナイトストリートをネットしていたため未ネット。さらに、radio CUBEでは別番組放送のために一時期金曜日のみ未ネットだった時期があった。
また、FM FUJIはJFN加盟局時代、この番組を一度もネットしたことが無い(ローカル番組→FMナイトストリート)。
この他、番組の放送開始が午前0時(=日付の変わった直後)であることから、開局もしくはJFN加盟後の最初の番組が当番組であったこともある(FM沖縄、Kiss-FM KOBE等)。
[編集] 日本航空との関わり
現在のFM東京会長である後藤亘(わたる)らが、旅愁を感じさせる番組作りを目指して企画。企画段階では10分番組の予定であったが、日本航空が気に入り、スポンサーとなった。これは、当時の日本航空宣伝課長がアメリカへ勤務した際に、航空会社提供の深夜のラジオ番組を聴いて、日本航空でも同様の番組をやりたいと考えていたことがあり、両者の意向が一致したことによる。[1]
日本航空はバブル景気崩壊以降経営が悪化した時期と、日本エアシステムとの経営統合(現在は吸収合併)後にトラブルが続き乗客数が減少し、同じく経営が悪化した時期に大胆な広告費歳出削減を行ったが、唯一の例外として「JET STREAM」の単独スポンサーだけは続けた。
日本航空のこの番組に対する思い入れは深く、海外旅行が夢だった時代に海外へ思いを馳せる貴重な番組として位置付けられていた。そのため、番組中では世界中の国や都市の紹介を行い、それらの国、都市へジャルパックで行くにはどれだけの費用を要する、という広告的な紹介が多く、さらに日本航空が通常流しているラジオ広告を番組の終了後に流していた。番組内で広告的な紹介を行なうことは当時として斬新であり、初代パーソナリティの城達也時代でこの斬新さを懐かしみ、今でもこの時代の番組編成に対し根強いファンがいる。
前述のような理由で、ラジオ・テレビ共に日本航空が「JET STREAM」を除く全ての番組提供を降板していた2005年12月までは、日本航空が提供する唯一の番組だった。2005年12月からは『松任谷由実 For Your Departure』に新たに日本航空がスポンサーに入ったほか、2007年10月からは『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』も日本航空がスポンサーになっている(詳細は日本航空インターナショナル#広告・宣伝活動を参照)。
なお、123便墜落事故以降、8月12日が放送日の場合には日本航空は事故の反省から番組への提供を自粛するため番組中に広告は入らない。また、8月11日の放送でも自粛する(日付上では8月12日になるため)ので、年2回自粛する年もある。
この他、番組開始当初(1960年代終わり頃)にFM東海が免許の更新について当時の郵政省と対立。この時日本航空も一時期スポンサーを降板した。他の番組は局アナで何とか続けられたが、「JET STREAM」だけは城でなければ駄目だということで、城は無償で出演していた。[2]
[編集] 機長、もしくはフライトアテンダント
この番組ではパーソナリティを、機長またはフライトアテンダントと呼んでいる。歴代パーソナリティと在任期間は以下の通りである。
- 二代目 小野田英一(1995年1月 - 2000年3月)
- 城は同じ事務所の先輩。『ラジオライブラリー「新・人間革命」』(文化放送)とともに事務所の先輩から後輩へ引き継がれた形となった。
- エンディングの挨拶は「ではまた明日の(or 来週○曜日の)、午前零時に、このラウンジでお会いいたしましょう」。
- 三才ブックス発行の「ラジオ番組表」の降板した2000年発行の号の読者コーナーにおいて、降板を惜しむ投稿が掲載された。
- 三代目 森田真奈美(2000年4月 - 2002年9月)
- 機長ではなく、フライトアテンダントの設定でパーソナリティを担当。また「乗客」としてゲストを迎え、世界中の国や都市をテーマにトークを展開した。
- この間は『LOVE SOUNDS ON JET STREAM』(ラブサウンズオンジェットストリーム)というタイトルで放送していた。
- この頃にはラジオショッピングもあったことが、上記の「ラジオ番組表」掲載の番組欄で確認することができる。
- しかし、当時大幅に変わった番組構成に対して、一部から疑問の声が上がっていたのも事実で、伊武雅刀に交代した際には城達也が担当していた当時のスタイルに戻される事となった。
- 四代目 伊武雅刀(2002年10月 - 2009年3月)
- タイトルが『JET STREAM』(ジェット・ストリーム)に戻される。
- 当初はCM入り時間の変更や、1週間通しの企画でラジオドラマを放送するなど試行錯誤が行なわれたが、その後は安定した人気を得る。城・初代機長のスタイルを踏襲した語りには、好評を持って迎えられていた。
- 番組中のコーナーは「サウンド・グラフィティ」。
- 当番組担当前にスネークマンショーにおいて、「JET STREAM」のパロディ「JET STRIP」のパーソナリティ「欲情達也」を演じた経験がある。
[編集] ソフト
初代機長の城達也時代のものを中心にLPレコード、CD化されたものや映像化(DVD化)されたものが残されている。なお、LPについてはCD版の有無不明のものあり。
[編集] 歴代オープニング・エンディング
- 初代(城達也時代)
- オープニング
- 「ミスター・ロンリー」(フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラ)
- エンディング
- 「ジェット・ストリーム(ロワールの星)」(カラベリ・グランド・オーケストラ)
- 「夜間飛行」(レイモン・ルフェーブル・グランド・オーケストラ)※「夜間飛行」は、ショップマニフィカの5枚組CD「My Dear(マイ・ディア)イージーリスニング・コレクション」に収録されている。
- 「夢幻飛行」(アンドレ・バウアー&ジェットストリーム・オーケストラ)
- 「THE ALLUVIAL PLAINS」(COLIN CHIN)
- 二代目(小野田英一時代)
- オープニング
- 「ジェットストリーム〜アイ・ウイッシュ」(中村由利子)
- 「Here, there And Everywhere」(The Beatles)
- エンディング
- 「ジェットストリーム〜アイ・ウイッシュ」(中村由利子)
- 「トワイライト・ウィンズ」(中村由利子)
- 三代目(森田真奈美時代)
- オープニング「ミスター・ロンリー」
- エンディング「ミスター・ロンリー」
※オープニング・エンディングは共通で、ピアノやギターの音色でアレンジされたものであった。
- 四代目・五代目(伊武雅刀・大沢たかお時代)
- オープニング
- 「ミスター・ロンリー(オープニングバージョン)」(溝口肇)
- エンディング
- 「ミスター・ロンリー(エンディングバージョン)」(溝口肇)
[編集] 年表
- 1967年7月3日 - FM東海にて、番組スタート。パーソナリティは城達也。スクリプトは伊藤酒造雄。放送時間は月曜日から土曜日の深夜0時から1時(後に土曜深夜廃止 → 0時55分終了となる)。
- 1970年4月27日 - ここからエフエム東京で放送。スクリプトを堀内茂男に交代。
- 1970年9月10日- 放送1,000回。
- 1980年3月10日 - レイモン・ルフェーブルによるエンディングテーマ「夜間飛行 NIGHT FLIGHT」を製作。
- 1985年1月18日 - 放送4,000回記念としてアンドレ・バウアーによる「夢幻飛行 Midnight cruise」を製作。
- 1991年4月 - 金曜日の特別番組「Midnight Odyssey」(スタートスクリプト:原田宗典)放送開始。
- 1995年1月2日 - パーソナリティに小野田英一が着任。スクリプトは清水哲男に。
- 1995年2月25日 - 城達也逝去。当日のエンディングで訃報を伝えた。
- 2000年4月 - ミレニアム・バージョン「ラヴサウンズ・オン・ジェットストリーム」スタート。パーソナリティに森田真奈美が着任。
- 2002年10月2日 - 番組名が「ジェットストリーム」に戻る。パーソナリティに伊武雅刀が着任。スクリプトに堀内茂男が復帰。
- 2004年11月25日 - 番組放送10,000回を達成。当日のTOKYO FM(JFN系各局)では、終日関連企画を放送。お昼の全国放送「ディア・フレンズ」では、堀内茂男がゲストに登場。午後の10時からは記念特番を全国放送した。
- 2006年3月21日 - 「FM Festival 05/06 Vodafone LOCK ON ROCK Special Program Final Act〜音楽でつながる、夢の“鼓動”」の3時間特番のため休止。
- 2006年6月12日 - 2006 FIFA(TM)ワールドカップドイツ大会(日本×オーストラリア戦)の中継のため休止。
- 2006年11月6日 - 11月3日に逝去したポール・モーリアの追悼特番を放送した。
- 2007年1月25日 - テレビ朝日系『報道ステーション』にて特集「シリーズ 団塊の世代に贈る(5)『ジェットストリーム』と深夜放送の時代」が放送される。[4]
- 2007年7月3日 - 放送開始40周年を迎える。前時間番組『SCHOOL OF LOCK!』を短縮、前日午後11時から特別番組「JET STREAM 40th Anniversary Around the oneworld」を全国放送。オープニングは城達也の過去のナレーション。12時の時報直後は『ムーン・リバー』が流れる。
- 2007年11月5日-11月10日 - 同局別番組とのコラボレーション企画「『JET STREAM』×『サントリーサタデー・ウエイティング・バーAVANTI』」を放送。
- 2008年6月27日 - レイモン・ルフェーブルが逝去。この日の番組では氏の訃報には触れなかったが、最初の3曲に氏の楽団の曲を流した。また訃報については、7月17日、18日の「サウンド・グラフィティ」のコーナーで触れる。かつては10周年記念コンサートも行われたほど番組と氏のつながりは深い。この日の同コーナーでは、1980年3月10日に当時の郵便貯金ホールで行われた「レイモン・ルフェーブル・グランド・オーケストラ・オン・ジェットストリーム」の演奏の模様を一部放送した。
- 2009年4月 - パーソナリティーに大沢たかおが着任。
[編集] ネット局
- TOKYO FM(放送幹事局)
- AIR-G'
- AFB
- FM岩手
- Date FM
- AFM
- Boy-FM
- ふくしまFM
- FMぐんま
- RADIO BERRY
- FM-NIIGATA
- FM NAGANO
- FMとやま
- FM石川
- FM福井
- K-MIX
- FMA
- radio CUBE FM三重
- Radio-80
- fm osaka
- Kiss-FM KOBE
- E-Radio
- V-air
- FM岡山
- HFM
- FMY
- Be Fine
- FMとくしま
- JOEU-FM
- Hi-Six
- FM FUKUOKA
- FMS
- fmnagasaki
- FMK
- Air-Radio FM88
- JOY FM
- μFM
- FM沖縄
[編集] 類似番組・パロディ番組等
[編集] 類似番組
イージーリスニング主体である点や、ナレーションを極力抑えた放送構成などの点で類似性の見られる番組。
- コミュニティ放送の番組も制作しているミュージックバードは2006年7月の改編で『Morning Stream』をスタートさせている。スタート当時のミュージックバードサイト上では「往年のエフエム番組『ジェット・ストリーム』を彷彿させるノンストップ・ミュージック・ゾーン。」と紹介されている。「Morning Stream」という番組名があるが、放送中はナレーションなど一切無く、ひたすら曲ばかりが流れるのみである。2009年4月改編で、月曜から金曜の5:00 - 8:00に放送時間を変更した。なお、ミュージックバードにはSPACE DiVA(スペースディーバ)があり、ここで聴くこともできる。
- RFラジオ日本では『日本香堂ヒーリングステーション ときめきフォーエバー』という番組があった(2002年春 - 2006年春)。番組では、往年の「JET STREAM」を連想させる番組構成・進行形式(オープニングの波の音(本家は飛行機の音)、オープニング / エンディングの毎回お決まりのナレーション、スポンサー名の酷似、番組ナレーターによるスポンサーの商品の宣伝、ナレーション構成の堀内茂男など)を持ち、ジェットストリーム・リスナーの間でも少しずつ人気になっていた。当初の放送日時は「JET STREAM」と重なる月曜日 - 木曜日深夜0:00 - 0:30(後に木曜日のみの週1回・60分番組に変更)であった。ナレーターは窪田等。
- BS日テレなどで放送されているユニバーサルミュージックの通販番組『音楽のある風景』(30分番組)は、放送ごとに違うジャンルの曲が流れるが、特にイージーリスニングを扱った回の放送では、美しい映像にイージーリスニングが流れ、合間にナレーションが入るという、「JET STREAM」のような内容となっている。
- NHK-FMではかつての『クロスオーバー11』や『ミュージック・リラクゼーション』が当番組によく似ている。とくに「クロスオーバー11」は時間帯の関係もあり、「クロスオーバー11」→「JET STREAM」の流れで聴いていた人もいた。
[編集] パロディ番組
タイトルの「JET STREAM」をもじった番組や番組内コーナー。番組構成等に全く類似性がないものもある。
- 北海道札幌市にあるコミュニティFMラジオ局真空管ラヂオ局 ラヂオノスタルジアにて、不定期に製作・放送されるパロディー番組『ROCKET STREAM』等。
- エフエム福岡『BUTCH COUNTDOWN RADIO』の一コーナーとして放送されている「ちょっとストリーム」(16:50 - 17:00)。当コーナーで使用される音楽は本家のイメージを損なわないように、イージーリスニングの曲をリクエストするようリスナーに呼びかけている。DJ BUTCHが伊武雅刀のものまねをし、斉藤ふみがCAに扮する。オープニングの語りだしを本家からパロディし、雲海酒造のそば焼酎「雲海」の名前を出すことでスポンサー協力を仰いでいた(雲海側はしばしば「そろそろ本気でスポンサーいかがでしょうか? 営業すっ飛んで参ります」とよく言っていた)が、粘り強いアプローチにより提携できた。
- HBCラジオで放送されている『ラジ魂』のエンディングのコーナー「ジェッ○ストリーム」。
- ニッポン放送で放送されている『ナインティナインのオールナイトニッポン』では「悪ジャネット・ジャクソンのジェットストリーム」というネタで放送。本家のスクリプトを18禁にアレンジ。
- この番組と同じTOKYO FM制作の番組『三菱ふそう presents 熊田曜子 風をあつめて』では、グラビアアイドルの熊田曜子がバスガイドとして観光バス風にアレンジ。ただし、イージーリスニングは扱ってない。
[編集] その他
- 小野田英一時代までは、日本航空の機内音楽プログラムとして、FMでの番組と同じフォーマットで制作されたジェット・ストリームが月替わりで流されていた。また、城達也時代に放送された番組が、当時のCMをつけたまま、機内でリバイバルされたことがある。
- 「JET STREAM」の関連番組として、2005年10月 - 2006年4月まで、この番組が始まる直前の23:57に伊武がパーソナリティを担当する『BOSE WAVE MUSIC』(スポンサー:BOSE)が放送されていた(ただしTOKYO FMのみの放送)。
[編集] 備考
- かつてはFM専門誌などで番組中に流れる曲が事前に分かったが、現在では、番組ホームページかTFM_ON_AIR_SEARCHで、放送された曲のみが分かる。
- 有名なオープニングナレーション「遠い地平線が消えて…」の一部において、「限りない」という所が「たゆみない」という表記あるいは発音をしていることがある。発売されている番組CDでもそれぞれのバージョンがある。
- 森田真奈美時代(「LOVE SOUNDS ON JET STREAM」)では、現在のフォーマットに加えて、毎回多彩なゲストを迎えていた(その当時の日本航空のCMソングを歌うアーティストをゲストに迎えたこともある)。
- 路線が大きく変更された三代目の森田真奈美時代(「LOVE SOUNDS ON JET STREAM」)から、四代目の伊武雅刀時代にて再び、初代 - 二代目時代の路線に戻された背景として、初代の城達也時代に製作・発売されていた番組CDアルバムのヒットが挙げられる。三代目期間中、かつての番組路線を懐かしんだリスナー達(番組を毎回聴いていた熱烈ファンだけでなく、何となく当たり前の様に聴いていただけのリスナーも大勢、この動きに同調・合流したとされる)が城達也時代の番組CDアルバムを大挙購入するケースが顕著になり、これが番組スタッフに路線の原点回帰を決意させる大きな契機になったといわれることがある[要出典]。
- 映像化作品の記録媒体がレーザーディスク主流の頃、一社担当ではなく、あえて複数会社が横断プロジェクト的に製作・販売を担った。
- 最近番組ではJALの機内誌「SKYWARD」の案内もしている。放送中にお話があった国のガイドとして、同誌を見ることを薦める内容である。
- 当番組は長く日本のFMにおいて圧倒的知名度を持つ番組であり、裏番組も当番組を意識したものが多い。例えばJ-WAVEの「MIDNIGHT FACES」や、JFN加盟前のkiss-FM KOBE「バール・サンドリオン」などがある。
- 番組を立ち上げた理由として、当時同じ頃に始まった深夜放送(『オールナイトニッポン』『パックインミュージック』)が主に中高生向けの番組だったため、それ以外の路線(主にヤングアダルト層、最低でも大学生以上)をターゲットにした番組を作らなければというものだったと、前述の後藤亘が語っている。[5]
- 制作局のTOKYO FMは、当番組のタイトルを冠した会員制レストラン「MEMBER'S CLUB JET STREAM」を、本社屋11階にて運営している。
[編集] 脚注
- ^ 出典:http://www.5-life.net/magazine/article-213-1.html TOKYO FM『JET STREAM』 「40周年特別インタビュー」
- ^ 出典:週刊文春 2007年2月1日発売号 連載「阿川佐和子のこの人に会いたい」 - ゲストとして後藤亘が招かれた。
- ^ 出典:http://www.j-wave.co.jp/blog/mp_news/2008/09/post_3361.html J-WAVEニュースルームBlog「私のラジオデイズ48」田中穂蓄
- ^ この番組によると、番組の開始当初の放送テープが東海大学の松前記念館(平塚市)に保管されている。
- ^ 出典:NHK総合テレビ『プレミアム10 FM40年記念番組 FMに愛を込めて』

