鹿島臨海鉄道

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鹿島臨海鉄道株式会社
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 KRT
本社所在地 〒311-1307
茨城県東茨城郡大洗町桜道301
電話番号 029-267-5200
設立 1969年(昭和44年)4月1日
業種 陸運業
事業内容 鉄道事業
日本貨物鉄道東日本旅客鉄道に係る業務の受託
駅売店の運営
代表者 代表取締役社長 金田好生
資本金 1,226百万円(2008年3月31日現在)
売上高 1,390百万円(2008年3月期)
営業利益 -2百万円(2008年3月期)
純利益 14百万円(2008年3月期)
純資産 3,522百万円(2008年3月31日現在)
総資産 4,755百万円(2008年3月31日現在)
従業員数 142人(2008年7月1日現在)[1]
決算期 3月31日
主要株主 日本貨物鉄道 (37.5%)
茨城県 (28.5%)
住友金属工業 (4.9%)
三菱化学 (4.5%)
全国農業協同組合連合会
ほか18団体
(2007年7月1日現在)[1]
主要子会社 鹿島臨海通運
外部リンク www.rintetsu.co.jp/
  

鹿島臨海鉄道株式会社(かしまりんかいてつどう)は、茨城県で貨物および旅客鉄道事業を行う第三セクター方式の鉄道事業者。本社所在地は茨城県東茨城郡大洗町桜道301番地。"Kashima Rinkai Tetsudo"の頭文字を取ってKRTとも略される。

大洗鹿島線鹿島臨港線の2路線を有し、大洗鹿島線には (Oarai-Kashima Line) の頭文字を取った「OKL」のシンボルマークがある。

目次

[編集] 概要

元来は、鹿島臨海工業地帯への原料および生産品の輸送のため、1969年(昭和44年)に日本国有鉄道(国鉄)[2]や茨城県、進出企業の出資により設立された貨物専業鉄道であった。一時期、新東京国際空港(現在の成田国際空港)への航空機燃料の暫定輸送に対する地元への見返りとして鹿島臨港線北鹿島 - 鹿島港南間で旅客営業を行ったことがあったが、数年で廃止されている。

1984年(昭和59年)、決して収支予想は悪くなかったものの国鉄の財政悪化によって国鉄線としての開業が危ぶまれていた日本鉄道建設公団建設線である鹿島線北鹿島駅(現在の鹿島サッカースタジアム駅)以北を引き受けることになり、大洗鹿島線として再び旅客営業を行うようになった。近年は、旅客収入が貨物収入を上回っている。

燃料輸送の終了後、貨物輸送量は一時大幅に減少したが、貨物のコンテナ化を進め、再び取扱量を伸ばしている。なお一時、大洗鹿島線でも貨物列車が運行されていた。

[編集] 歴史

  • 1969年昭和44年)4月1日 : 鹿島臨海鉄道株式会社設立。
  • 1970年(昭和45年)7月21日 : 鹿島臨港線北鹿島(現在の鹿島サッカースタジアム) - 奥野谷浜間開業(貨物専業)。
  • 1978年(昭和53年)7月25日 : 北鹿島 - 鹿島港南間で旅客営業開始。
  • 1983年(昭和58年)12月1日 : 北鹿島 - 鹿島港南間の旅客営業廃止。
  • 1984年(昭和59年)3月22日 : 茨城県議会で鹿島線(水戸 - 北鹿島間)を鹿島臨海鉄道が引き受けることを議決。
  • 1984年(昭和59年)9月11日 : 水戸 - 北鹿島間免許。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 : 大洗鹿島線水戸 - 北鹿島間開業。

[編集] 路線

[編集] 車両

[編集] 現有車両

[編集] 気動車

6000形
7000形

2003年4月1日現在、気動車は2形式21両在籍している。各形式の概要は次のとおり。

6000形(6001 - 6019、合計19両)
1985年(昭和60年)から日本車輌製造および新潟鐵工所ライセンス生産で製造された鋼製車体、両運転台式の大洗鹿島線用気動車である。開業時に6両製造され、以後1993年(平成5年)までに合計19両が製造された。
全長は20.5mで、トイレ冷房装置を装備する。室内はセミクロスシートでクロスシート部は転換クロスシートとなっており、定員は120名(うち座席56名)である。足回りは国鉄キハ37形に準じたものとなっている。新製時よりワンマン運転対応設備を装備していたものの使用される機会がなかったが、2001年(平成13年)4月から使用が開始された。
7000形(7001・7002、合計2両)
1992年(平成4年)に日本車輌製造で製造された2両編成の片運転台式気動車である。茨城県が所有する。
車内はリクライニング機構を備えた回転クロスシートにカーペット敷きのハイグレード車である。運転台後方にラウンジがあり、客室内デッキ側仕切りにはテレビが埋め込まれカラオケおよび衛星放送受信設備を備えている。定員は7001が44名、トイレを備える7002が42名。足回りは6000形と同一であるため、車体重量の重い本形式の方が性能は悪くなっている。
快速「マリンライナーはまなす」として運転されていたが、それが廃止されてからは定期運用はなく、毎年6月のアヤメの開花時期に合わせて運転される、水戸駅からJR鹿島線潮来駅までの臨時列車や、正月三が日の多客輸送の際に臨時列車として運行される程度である。なお、2008年(平成20年)8月1日から20日までは、水戸 - 大洗間の定期列車にも充当されていた。

[編集] ディーゼル機関車

KRD5(2008年3月)

2008年4月現在、ディーゼル機関車は2形式3両在籍している。各形式の概要は次のとおり。

KRD形(KRD4・5、2両)
鹿島臨港線の貨物列車牽引に使用される自社発注の国鉄DD13形に準じた56トン級ディーゼル機関車である。国鉄DD13形に比べてエンジンを高出力とし、減速比を大きくするなど重量貨物列車牽引に適した仕様となっている。
1970年(昭和45年)の開業時に1・2・3号機が用意され、1977年(昭和52年)には4号機、1979年(昭和54年)には5号機が増備された。いずれも日本車輌製造製で、4・5号機は燃料輸送用に増備されたものである。2号機は燃料輸送終了後の1983年(昭和58年)10月に仙台臨海鉄道に譲渡されている。1号機は1994年(平成6年)8月に、3号機は2007年(平成19年)3月に廃車された。3号機は廃車後、神栖駅構内の車両基地(神栖車両区)で部品取り用に保管されている。
KRD64形(KRD64-1、1両)
2004年(平成16年)に日本車輌製造で製造された64トン級ディーゼル機関車である。三菱のエンジン(S6A3-TA、560馬力)を2台搭載している。

[編集] 旧在籍車両

譲渡後、茨城交通キハ201形となった2000形(塗装変更後)
2000形(2001 - 2004)
大洗鹿島線開業時に国鉄キハ20形気動車を譲り受けたもの。投入に際して、前面形状の変更や車内の更新、トイレへの汚物処理装置設置などの改造が行われた。冷房装置を搭載しなかったため、6000形の増備にともなって運用から外れ、1989年(平成元年)から1991年(平成3年)にかけて全車が茨城交通(現・ひたちなか海浜鉄道)に譲渡されたが、2006年までに全廃となった。
キハ1000形(1001・1002)
鹿島臨港線で旅客営業を行っていた際に使用された気動車である。国鉄キハ10形気動車を1978年(昭和53年)に譲り受けたもの。旅客営業廃止後の1984年(昭和59年)に廃車された。

[編集] 子会社

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 出資法人等経営評価書(茨城県ウェブサイト)
  2. ^ 株式の出資比率は、国鉄が保有していた株式が日本貨物鉄道(JR貨物)にそのまま移っただけで、現在も設立当時と変わっていない。

[編集] 参考文献

  • 郷田恒雄「全国の現役機関車をめぐって 民営鉄道の電気機関車・ディーゼル機関車はいま... -その17-」、『鉄道ファン』第572号、交友社、2008年10月。

[編集] 外部リンク

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