空港連絡鉄道

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空港連絡鉄道の例(東京モノレール羽田空港線
空港駅の例(仙台空港駅ホームと仙台空港旅客ターミナル)

空港連絡鉄道(くうこうれんらくてつどう)は、旅客空港都市とを結ぶ鉄道である。本記事では軌道を含む。空港アクセス鉄道ともいう。

本記事では、空港と直結した鉄道駅である空港駅についても述べる。

目次

概要[編集]

空港は敷地が広く、多くは郊外に立地するため、市内への連絡手段が必要である。航空交通がさほど発達せず、また自家用車の保有も少なく道路の混雑があまりない状態の頃(日本では1960年代まで)は、リムジンバスが主な連絡手段であった。

ところが1970年代半ば以降になると、大型機の就航と増便に伴う航空旅客の増大や慢性的な道路混雑により、空港連絡にも大量輸送手段が求められるようになってきたため、関西国際空港中部国際空港といった新たに設置された基幹空港では建設の段階から道路と並んで空港連絡の鉄道を用意する様になり、従来の空港でも鉄道路線の新設や延長などをしているところが増えている。輸送量が限定され、それほど大量の輸送力が求められない場合はモノレール新交通システムが採用される事もある。空港連絡輸送に用いられる車両については、スーツケースなど大型荷物の置場を設置するなどの配慮がなされている。

これより利用者の少ない空港では、近隣に既存の鉄道がある場合でも、軌道系の輸送手段は造られていない。

日本[編集]

空港への軌道系アクセスは、日本においては1964年昭和39年)9月17日に開業した東京モノレール東京モノレール羽田線(正式名称)を起源とする。以後、渋滞がなく定時性が保てる事、バスなど他の交通機関に比べて輸送力が大きい事、また環境負荷が少ない事などの理由から、日本各地にて計画は立てられたものの費用などの問題で時間が掛かり、ごく一部を除き1990年代に入ってから開業した路線が増えた。現在も各地で開業・建設・計画・構想が進んでいる。

空港へ連絡するという特殊な事情から、専用車両が充当されたり、特別な列車種別や運行経路が設定される場合もある。また、特急料金指定席が設定される例もある。

北海道[編集]

新千歳空港[編集]

連絡列車
朝晩以外は全て快速「エアポート」として運行。

日中時間帯は毎時4本15分間隔で運行されている。札幌行き1本、小樽行き(札幌経由)2本、旭川行き(札幌経由)1本(札幌〜旭川は特急「スーパーカムイ」として運行)である。

沿革
1980年(昭和55年)10月1日 - 日本国有鉄道(国鉄)が千歳線上に旧・千歳空港へのアクセスを目的として千歳空港駅を開設。国鉄初の空港アクセス鉄道となった。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR北海道に継承。
1992年平成4年)7月1日 - 新千歳空港ターミナルビルの供用開始に合わせて、千歳線千歳空港駅から新千歳空港駅に至るまでの路線が開業。なお、これによりそれまでの千歳空港駅は南千歳駅と改称。

東北地方[編集]

花巻空港[編集]

連絡列車
普通。路線記事を参照。
沿革
1988年(昭和63年)3月13日 - 二枚橋駅を花巻空港駅に改称。
2009年(平成21年)4月9日 - 花巻空港ターミナルビルの移転により、アクセスの役割を果たさなくなる。
2013年(平成25年)10月1日 - 岩手県交通が運行する盛岡バスセンター - 花巻空港間の高速バスが当駅を経由するようになる[1][2]

花巻空港の近くに位置することから、1988年に二枚橋駅から駅名改称したが、当時のターミナルビルまでは約2km離れており、路線バスまたはタクシーへの乗り換えが必要であった。その後、2009年4月にターミナルビルが滑走路を挟んだ反対側、駅から約3.8km離れた位置に移転したにも関わらず、路線バスの経路は変更されなかったため(旧ターミナルビル前を通過)、空港駅とは名ばかりでアクセスが困難となった。このため、鉄道利用者が花巻空港を利用するためには、花巻駅発着の路線バスを利用するか盛岡バスセンター発着(盛岡駅経由)の高速バスを利用するしかなかった。しかし、2013年10月に花巻駅発着の路線バスが廃止された代わりに、盛岡バスセンター発着の高速バスが当駅を経由するようになったため、バスへの乗り換えが必要ではあるが再びアクセスの役割を担うことになった。

なお、釜石線似内駅の方が近くに位置するが(約2.8km)、同駅は運行本数そのものが少なく駅前を経由するバス、待機するタクシーが無いため不便である。釜石線沿線より花巻空港を利用する場合は、新花巻駅下車にてタクシー利用が確実である。

仙台空港[編集]

連絡列車
仙台空港アクセス線」(快速・普通列車仙台駅 - 仙台空港駅間)
沿革
2007年(平成19年)3月18日 - 東北本線名取駅より分岐する形で、仙台空港線と仙台空港駅を開業。開業時より東日本旅客鉄道(JR東日本)と相互直通運転を開始。
その他
仙山線との直通運転が臨時列車にて数回行われた。

関東地方[編集]

成田国際空港[編集]

連絡列車(JR東日本)
特急「成田エクスプレス」・快速「エアポート成田」など。
連絡列車(京成)
スカイライナー」・「アクセス特急」(成田スカイアクセス経由)・「快速特急」(京成本線経由)など。各路線の記事も参照。
沿革
1966年昭和41年)7月4日 - 新空港の建設予定地が現在地に決定する。
1971年(昭和46年)1月18日 - 成田新幹線、全国新幹線鉄道整備法に基づき基本計画決定。同年4月1日に整備計画決定。
1972年(昭和47年)2月10日 - 成田新幹線の工事実施計画認可、1974年(昭和49年)2月に着工。
1978年(昭和53年)5月20日 - 新東京国際空港が開港。
1978年(昭和53年)5月21日 - 京成電鉄が成田空港駅(現・東成田駅)までの路線を開業させ、「スカイライナー」の運行を開始。ただし当時のターミナルビル(現在の第1ターミナル)とは800mほど離れており、その区間は連絡バスが運行されていたが、徒歩でのアクセスも可能であった。
1982年(昭和57年)5月31日 - 新東京国際空港アクセス関連高速鉄道調査委員会が運輸省(当時)に対してA・B・C案を答申。
1983年(昭和58年)5月 - 成田新幹線、沿線自治体・住民の建設反対運動激化により進展困難、工事を凍結。
1984年(昭和59年)11月1日 - 運輸省がB案ルート(成田新高速鉄道、現・京成成田空港線(成田スカイアクセス))を推進する旨を発表。
1986年(昭和61年) - 成田新幹線の計画を断念、1987年(昭和62年)3月31日に基本計画が失効。
1987年(昭和62年) - 成田空港アクセス鉄道問題解決への動きが一向に進展しない事により、当時の運輸大臣(現・国土交通大臣)・石原慎太郎1999年2012年の間は東京都知事)が、建設中止になった成田新幹線(東京 - 成田空港間)の路盤の一部を活用してJR東日本と京成電鉄がそれぞれ分岐・延伸して成田空港に乗り入れさせる案を指示[3]、後に着工。
1991年平成3年)3月19日 - 現在の成田空港駅が開業しJR東日本と京成電鉄が共有して乗り入れ開始、これにより、それまでの京成電鉄の成田空港駅は東成田駅に改称した。JR東日本が特急「成田エクスプレス」と快速「エアポート成田」の運行を開始。
1992年(平成4年)12月3日 - この3日後の6日に新たに「第2ターミナル」が開業することとなったため、それに先立つこの日、JR東日本と京成電鉄の両方に空港第2ビル駅が開設された。東成田駅と第2ターミナルの間に長さ500mの地下連絡通路が設けられる。
1998年(平成10年)11月18日 - 京急空港線に羽田空港ターミナルビルに直結する(新)羽田空港駅(現・羽田空港国内線ターミナル駅)が開業し、同日より京成本線・押上線、都営浅草線、京急本線・空港線経由で同駅とを結ぶ空港間連絡列車が設定される。
2004年(平成16年)4月1日 - 新東京国際空港が民営化され、成田国際空港となる。
2010年(平成22年)7月17日 - 北総鉄道千葉ニュータウン鉄道成田高速鉄道アクセス成田空港高速鉄道から線路・施設を借用(鉄道事業者#第二種鉄道事業)して運行する新ルート、京成成田空港線(成田スカイアクセス)が開業。これに伴い、従来京成本線経由で羽田空港とを結んでいた京成線の空港間直通連絡列車は、平日下り5本・上り3本(土休日は京成本線経由列車は運行されない)となり、大半の列車が成田空港線経由に変更された。またスカイライナーが新型となり(京成AE形電車 (2代))、一部区間で新幹線を除く在来線の列車速度としては最高の160km/h運転を開始。日暮里駅 - 空港第2ビル駅間を最速36分で結び、従来の京成本線経由のスカイライナーの1時間程度に比べて、時間を短縮した。

東京国際空港(羽田空港)[編集]

連絡列車(京急)
エアポート快特・快特・エアポート急行など。路線記事を参照。
連絡列車(モノレール)
空港快速・区間快速など。路線記事を参照。
沿革
1956年昭和31年)4月20日 - 京急穴守線(現・空港線)に(旧)羽田空港駅が開業。しかしながら名前だけで、そこからバスやタクシーなどに乗り継ぐ必要があった。
1964年(昭和39年)9月17日 - 東京モノレール羽田線が羽田駅(当時の空港ターミナル付近)まで開業。日本初の空港アクセス鉄道となった。
1991年平成3年)1月22日 - 羽田空港の沖合展開工事の進捗に伴い、京急空港線の(旧)羽田空港駅を休止。
1993年(平成5年)4月1日 - 京急空港線の(旧)羽田空港駅を少し東へ移設し、羽田駅と改称して営業再開。
1993年(平成5年)9月27日 - 羽田空港の新ターミナル開業に伴い、東京モノレール羽田線を(新)羽田空港駅まで延伸。また、それまでの羽田駅を移設し京急空港線羽田駅と接続させたため、京急ルートでの空港アクセスが誕生。同時に東京モノレール羽田線の羽田整備場駅を整備場駅に改称。
1998年(平成10年)11月18日 - 京急空港線も(新)羽田空港駅まで路線延長、同時に羽田駅を天空橋駅に改称。同駅開業と共に、京急空港線・京急本線、都営浅草線、京成押上線・京成本線経由で成田空港とを結ぶ空港間連絡列車が設定される。
2004年(平成16年)12月1日 - 空港第2ターミナル(全日本空輸などが使用)が開業。それまでのターミナルは第1ターミナル(日本航空などが使用)となり、東京モノレール羽田線を羽田空港第2ビル駅まで延長すると共に羽田空港駅を羽田空港第1ビル駅に改称。なお、京急線の羽田空港駅は新ターミナル側の階段及び改札口の供用を開始した。
2010年(平成22年)7月17日 - 京成成田空港線の開業に伴い、従来京成本線経由で成田空港とを結んでいた京急線の空港間連絡列車は、日中の大半の列車が成田空港線経由に変更され、両空港間の移動時間が短縮された。なお、夜間帯の空港間連絡列車については京成本線経由とした。
2010年(平成22年)10月21日 - 近距離国際線用の滑走路とD滑走路の完成及び国際線新旅客ターミナルビル開業に伴い、東京モノレール羽田空港線羽田空港国際線ビル駅、京急空港線羽田空港国際線ターミナル駅が開業。同時に京急線の羽田空港駅を羽田空港国内線ターミナル駅に改称。[4]
その他
京急線では、羽田・成田両空港間を移動する旅客に考慮し、京急・都営・京成線経由で成田空港駅または空港第2ビル駅との間を利用する場合、大人90円、子ども50円がそれぞれ割引となる空港連絡特殊割引制度を設けている。
東京急行電鉄多摩川線蒲田駅から京浜急行電鉄の京急蒲田駅を経て大鳥居駅に至るまでの「蒲蒲線」の建設計画があり、同線が開通した場合は東横線東京メトロ副都心線方面からも連絡列車を運行し、東急蒲田駅で蒲蒲線と地下に設置される同一ホームでの接続を行う形で、東京西部からの羽田空港連絡鉄道が誕生する事になる(東急線は1067mm、京急線・蒲蒲線は1435mmで軌間が異なる)。また、蒲蒲線を大鳥居駅まで延伸して同駅で京急空港線と接続する構想や、同線の大鳥居~羽田空港間のレールを3線化して蒲蒲線を羽田空港駅まで延伸する構想もある。但し、実現には課題が多く、現在のところ建設・開業に向けた具体的な進捗はほとんどない。
また、「羽田空港アクセス線構想」としてJR線と京急線の品川駅東京臨海高速鉄道りんかい線東京テレポート駅から東海道貨物線に直通し、さらに鶴見線なども活用して品川・東京テレポート - 東京貨物ターミナル - 浜川崎 - 弁天橋 - 桜木町間の新線建設・貨物線の旅客化整備を行い、それと京急空港線と東京モノレール線の天空橋駅とが近接しているところに「空港口駅」を設置して、これまた羽田空港アクセスにしようという計画があったが、JR東日本が東京モノレールを傘下に収めたことで建設不要とされ、本計画は事実上中止となった。ところが、2020年に開催される予定の東京オリンピックを機に再検討されることになった[5]。休止中の東海道貨物線の浜松町 - 東京貨物ターミナル付近を活用し、東京貨物ターミナル - 羽田空港間は新たにトンネルを建設する計画となっている。
さらに、京急大師線小島新田駅から羽田空港方面に延伸する計画も存在する。
  • 羽田との航空路線がある各地の空港の搭乗ロビーには京急・東京モノレールそれぞれの乗車券の自動券売機が設置されているケースが多い。現に両者の競争は激しく、数々の割引乗車券が存在する。なお、JR北海道の一部駅のタッチパネル式券売機では東京モノレールの浜松町もしくは京急の品川までの乗車券が購入できる。

中部地方[編集]

中部国際空港(セントレア)[編集]

連絡列車
ミュースカイ・特急・準急など。路線記事及び名鉄特急を参照。
沿革
2005年(平成17年)1月29日 - 同年2月17日の開港を前に、常滑線常滑駅から延伸する形で、中部国際空港駅が先行開業。
その他
名古屋臨海高速鉄道あおなみ線金城ふ頭から中部国際空港まで延伸する計画も存在していた。ほかに、武豊線武豊駅から延伸する計画も存在していたが、中止に終わっている。

近畿地方[編集]

大阪国際空港(伊丹空港)[編集]

連絡列車
普通。路線記事を参照。
沿革
1997年(平成9年)4月1日 - 大阪モノレール線を延伸する形で、大阪空港駅が開業。
その他

関西国際空港[編集]

連絡列車(JR西日本)
特急「はるか」関空快速・シャトルなど。路線記事を参照。
連絡列車(南海)
特急「ラピート」空港急行・普通
沿革
1994年(平成6年)6月15日 - 同年9月4日の開港を前に、JR関西空港線と南海空港線が関西空港駅まで先行開業。特急「ラピート」などは開港日から運転を開始。

神戸空港[編集]

連絡列車
快速など。路線記事を参照。
沿革
2006年(平成18年)2月2日 - 同月16日の空港開港を前に、市民広場駅から延伸する形で、神戸空港駅まで先行開業。

中国・四国地方[編集]

米子空港[編集]

連絡列車
快速「みなとライナー」・普通。路線記事を参照。
沿革
2008年(平成20年)6月15日 - 空港滑走路延長に伴う同線の経路変更と同時に、従来の大篠津駅を移転の上、改称する形で米子空港駅が開業。
  • なお、1955年(昭和30年)の美保飛行場における民間航空路開設から1980年(昭和55年)に空港ターミナルビルが現在地に移転するまでの間は、空港ターミナルが大篠津駅に隣接する位置にあった。
その他
米子空港駅の移転設置前は、隣の中浜駅、それに移転前の大篠津駅がそれぞれ空港近傍の駅となっていた。

九州・沖縄地方[編集]

福岡空港[編集]

連絡列車
普通。JR筑肥線筑前前原西唐津方面からの直通便あり。路線記事を参照。
沿革
1993年(平成5年)3月3日 - 既存路線を延長する形で福岡空港駅が開業。同時に1号線を空港線に、2号線を箱崎線に改称。
その他
駅は空港東側の国内線ターミナル寄りの地下にあり、空港西側の国際線ターミナルへは国内線ターミナル前からシャトルバス(無料)により連絡されている。

宮崎空港[編集]

連絡列車
特急・普通。一部は日豊本線からの乗り入れ。路線記事を参照。
沿革
1996年(平成8年)7月18日 - 日南線に新設された田吉駅から分岐する形で、宮崎空港線と宮崎空港駅が開業。

那覇空港[編集]

連絡列車
普通。路線記事を参照。
沿革
2003年(平成15年)8月10日 - モノレール線の開業と同時に、那覇空港駅が開業。

かつて存在していたアクセス駅[編集]

  • 千歳空港駅(JR北海道千歳線)
    • 1980年昭和55年)10月1日に開業。旅客ターミナルビルとは連絡橋で結ばれた。新千歳空港および新千歳空港駅が開業した1992年(平成4年)7月1日南千歳駅へ改称。現在は新千歳空港駅からの直通列車がない区間への乗換駅として機能する。
  • 羽田駅(東京モノレール羽田線)
    • 1964年(昭和39年)9月17日に開業。羽田空港の旅客ターミナルが沖合に移転される前、その地下に設けられた。1993年(平成5年)9月27日実施の旅客ターミナル移転により羽田駅から新たに設けられた羽田空港駅(2004年12月1日に羽田空港第1ビル駅へ改称)へ空港連絡駅が変更され、それと共に羽田駅は移転の上で京急線との接続駅へと変容し、1998年(平成10年)11月18日には天空橋駅と改称した。

かつて存在した空港近傍の駅[編集]

計画中(計画断念)の空港アクセス[編集]

函館空港
函館市電湯の川電停からの延長案につき、2009年に市の第1回函館市交通事業経営計画検討会議[リンク切れ]において当時の交通局長から、市民から要望はあるが採算から見て困難との回答があった。また、空港近傍を通過予定だった鉄道路線として戸井線がある。
新潟空港
成田国際空港
成田新幹線の建設工事に着手したものの、沿線住民の反発から工事中断となった。成田新幹線の東京駅として着工された施設が、現在京葉線の駅として使用されており、また成田空港付近の工事の遺構の大部分は成田空港高速鉄道成田高速鉄道アクセスに受け継がれている。
東京国際空港
茨城空港
鹿島鉄道を使用する案も出ていたが、同線の廃止により消滅した。その後首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスを同空港へ延伸する構想がある。[要出典]
静岡空港(富士山静岡空港)
名古屋飛行場(県営名古屋空港/小牧空港)
1992年策定の運輸政策審議会答申第12号名古屋圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画についてにおいては、名鉄小牧線味美駅から支線を分岐させて空港に乗り入れる名鉄名古屋空港線の計画がある。また、同答申に計画されている市交金山線を名古屋空港まで延伸する構想もあるといわれている[誰によって?]
ただし、いずれも中部国際空港の開港以後は実現へ向けての動きはほとんどない。
関西国際空港
岡山空港
岡山電気軌道の乗り入れ構想がある[要出典]
広島空港
山陽本線白市駅から分岐して新線を敷設し、広島空港へ乗り入れようとする計画があった[6]広島県は空港アクセスがバスやタクシーに依存しており、山陽自動車道が通行止めになる事も多いので安定したルートとして計画推進に熱心であったが、地元の自治体は建設費の負担に消極的であった。これは距離は短いとはいえ、登山鉄道並みの急勾配のため多額の建設費が見込まれるためである。

当初はHSST方式により空港と広島市内を結ぶ壮大な構想もあった[7]が、2001年(平成13年)に断念し、通常の鉄道路線(全長約8km・直流電化1500V・単線・総事業費約340億円)に変更された。その後、広島県はJR西日本に資金負担を求めたが、安易な資金負担に応じない会社方針であること、山陽本線のダイヤが錯綜すること、新幹線と競合する航空路線に協力し難いこと、採算性がないことを理由に拒否された。その後JR西日本と接続しない単独路線の建設や、運行車両を広島県が保有してJR西日本にリースするを計画したが、JR西日本の協力も得られず赤字経営が予想されるとして、2006年(平成18年)9月に計画の凍結が発表された。また藤田雄山広島県知事が翌10月の県議会で事実上断念する発言をしており、将来状況が激変しない限り、現時点では実現する可能性はないといえる。

第3の案として、空港から5kmの地点を通る山陽新幹線に新駅設置案(この場合駅からシャトルバスを運行する必要性が生じる)も出されたが、新規路線よりも経費は減るものの、新幹線の優位性が薄れる事から当時のJR西日本社長・垣内剛は「ライバル(航空機)に塩は送れない」と発言しており、また県当局も「新幹線駅を検討したこともなければ、将来するつもりもない」としており、実現性が乏しいといえる[8]
高松空港
高松琴平電気鉄道琴平線仏生山駅から支線を分岐し、高松空港まで達するという計画があった[要出典]。その後、同線には空港通り駅と呼ばれる連絡バスとの接続駅が2006年(平成18年)7月29日に開設されたが、新線計画がどうなったかは不明である。もっとも、現・高松空港の需要が開港当時(1989年)の予想を大きく下回っている[9]ことや、同社が民事再生法の適用を受けたりした現状では新たな空港連絡鉄道の可能性は遠のいた。現在の空港付近を経由する鉄道として塩江線があった(やや東側を経由)が、開港より約半世紀前の1941年に廃止となっている。
松山空港
1995年に愛媛県が策定した総合交通政策では新交通システムもしくはモノレールの建設が挙げられていた[10]。その後、伊予鉄道松山市内線の延伸も一部で提案されるようになっており、2014年2月の県定例会で中村時広知事は、延伸を「将来の夢」と述べた議員の質問に対してそれに賛同しながら「実現には、多額の経費や事業採算性を初め、克服すべき多くの課題を有している」「今後、主体となる松山市や伊予鉄道などと連携しながら、将来の目指すべき交通体系の一つとして、その夢の実現の可能性を追求していきたい」と答弁した[11]
高知空港(高知龍馬空港)
土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)の開業に際し、アクセス鉄道を建設するプランを高知県庁で調査検討した。2001年に「プロジェクトとしての有意性は高いとの結果は得られたが、現在の補助制度では事業採算性が確保されず、空港アクセス鉄道の事業化は困難」との結論に至り、実現しなかった[12]
北九州空港
佐賀空港
佐賀県などが構想している九州国際空港に関連した連絡鉄道の案として、佐賀駅から南下、もしくは西鉄天神大牟田線から分岐させる案がある[要出典]
熊本空港
豊肥本線の電化区間にある三里木駅から分岐して新線を敷設し、熊本空港へ乗り入れようとする計画が検討されていたが、採算が取れないため断念された[13]
鹿児島空港
肥薩線の日当山駅表木山駅嘉例川駅などから分岐線を作ってはどうかという構想がよく持ち上がる[要出典][誰によって?]が、利用客の大半を占める鹿児島市内中心部へはバスに比べ大回りのルートとなるため所要時間上不利であり、単線で運転間隔の短縮も困難なことからバスに対し優位に立つことは難しく、現時点[いつ?]では実現に向けた動きはない。

アジア[編集]

大韓民国[編集]

中華民国(台湾)[編集]

中華人民共和国[編集]

香港[編集]

マカオ[編集]

タイ[編集]

マレーシア[編集]

シンガポール[編集]

インドネシア[編集]

インド[編集]

アフリカ[編集]

モロッコ[編集]

南アフリカ共和国[編集]

オセアニア[編集]

オーストラリア[編集]

北アメリカ[編集]

アメリカ合衆国[編集]

カナダ[編集]

メキシコ[編集]

南アメリカ[編集]

ブラジル[編集]

中東[編集]

イスラエル[編集]

アラブ首長国連邦[編集]

トルコ[編集]

ヨーロッパ[編集]

イギリス[編集]

イタリア[編集]

オーストリア[編集]

オランダ[編集]

ギリシア[編集]

スイス[編集]

スウェーデン[編集]

スペイン[編集]

デンマーク[編集]

ドイツ[編集]

ノルウェー[編集]

フランス[編集]

ベルギー[編集]

ポーランド[編集]

ロシア[編集]

世界の主要国際空港と都心との距離とアクセス所要時間[編集]

※ 所要時間順:空港名の左の地名はアクセスを示している都市名であって、必ずしも空港所在地ではない。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 花巻駅-花巻空港 9月30日で廃止に 県交通ダイヤ改正 - 岩手日報、2013年8月24日付
  2. ^ 10月1日(火) 『いわて花巻空港』発着路線バスに関する重要なお知らせ (PDF) - 岩手県交通、2013年8月、2013年9月19日閲覧。
  3. ^ どうなる、こうなる首都圏の鉄道網--(最終回)成田新線・新交通編 - 1 / 2 Business Media 誠 2008年11月7日
  4. ^ 10月21日(木)京急線「羽田空港国際線ターミナル」駅 開業! 2010年5月14日 京浜急行電鉄報道発表資料
  5. ^ JR 都心と羽田結ぶ新路線整備検討 - NHK、2013年11月9日
  6. ^ 広島空港のアクセス鉄道断念 議論が広がらなかった中国新聞 2006年10月9日
  7. ^ 1995年に広島市が出版した漫画「2020年沙理菜の夏-ひろしま未来家族-」では、2020年までにこの構想が実現したという設定でHSST方式による空港アクセス鉄道が登場する。
  8. ^ 中国新聞2004年7月11日「時流」
  9. ^ 開港前の香川県の試算では2000年度には246万人の利用客を予想していた(出典:『ビジネスマンのための日経都市シリーズ 高松』日本経済新聞社、1989年)が、実際には158万人であった。
  10. ^ 愛媛県議会2003年12月10日定例会における県企画情報部長および2011年10月3日の総務企画委員会における県交通対策課長の答弁による(愛媛県議会会議録検索システムにて確認可能)。
  11. ^ 平成26年第336回愛媛県定例会(2014年2月27日、上記会議録検索システムにて確認可能)
  12. ^ 高知県議会企画建設委員会(2001年3月14日)における県交通政策課長の答弁による( 高知県議会会議録検索システムより確認可能)。
  13. ^ 毎日新聞 熊本空港:アクセス策、豊肥線延伸案を断念(2008年9月26日、2008年9月30日閲覧)
  14. ^ 地下鉄駅は国内線第一ターミナルへの到着となり、国際線へ行く場合は空港内連絡バスに乗車して、5分程掛けて国際線ターミナルへと移動する必要がある。2011年現在、日本で最も都心に近い空港である[要出典]
  15. ^ *マッカサン駅 - スワンナプーム空港駅間
  16. ^ 急行利用
  17. ^ 日暮里駅 - 空港第2ビル駅を基準とした場合であり、京成上野駅 - 成田空港駅間の場合は44分である。