F-15J (航空機)
F-15J イーグル
F-15Jは、アメリカ合衆国のマクダネル・ダグラス社(現ボーイング社)が開発したF-15C/D制空戦闘機を、三菱重工業が中心となり、航空自衛隊向けにノックダウン及びライセンス生産した戦闘機である。
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概要 [編集]
F-104J/DJの後継として、航空自衛隊の第3次F-X計画によりF-15C/Dの導入が決定。ライセンス国産化された日本仕様機が本機である。
三菱重工業を主契約社とし、単座型のF-15J 165機と複座型F-15DJ 48機の合計213機が製造された。これは開発国である米国に次ぐ保有数となっており、米国外での使用機総数356機の約6割を占めている[1]。 現在は201機を運用しており、90%以上の高稼働率を維持している。一機当たりの調達価格は約120億円[2]。
基本性能の優秀さと高い拡張性を生かした独自の近代化改修プログラムにより、導入から30年を経た現在も我が国の主力戦闘機として防空任務に就いている。
アンテナ類の有無など細かな部分を除けば航空自衛隊と米空軍のF-15に外見的な違いはなく、国籍標識(日の丸)と迷彩塗装の色調[3]が主な識別点として挙げられる[4][5]。
導入経緯 [編集]
第3次F-X選定作業 [編集]
1974年に提出された来年度予算案にて、初めて主力のF-104J/DJとF-4EJの後継機、第3次F-X調査費が盛り込まれた。 翌年の1975年より選定作業が開始され[6]、調査では13種挙げていた候補から
- F-14(アメリカ:グラマン社)[6]
- F-15(アメリカ:マクダネル・ダグラス社)[6]
- F-16(アメリカ:ジェネラル・ダイナミクス社)[6]
- F-17(アメリカ:ノースロップ社)[6]
- ミラージュF1(フランス:ダッソー社)[6]
- J37(スウェーデン:SAAB社)[6]
- トーネード IDS(英独伊共同開発)[6]
の7機種に絞った。この7機種に対して、防衛庁は調査団をそれぞれ派遣した[6]。1976年には調査結果をもとにF-14、F-15、F-16の3機種を候補として選出し、再度調査団が派遣された[7]。その後、(当時)F-16は「昼間格闘戦闘機」であり、航空自衛隊の求める性能を有していないとして[8]、実質的にF-14とF-15の一騎打ちとなった。
F-14とF-15は性能やアビオニクス類などは同等と判断されたが、上昇力や加速力、ドッグファイト能力においてF-15に分があるとされた[8]。また、コストパフォーマンスもF-15が優れていると結論付けられ、1976年の暮れに実質的にF-15に内定した[8]。しかし、同年12月21日に行われた国防会議にて、次年度予算に組み込むには審議を行う時間が十分でないとして、制式決定は1年先延ばしとなった[8]。
その最中、1976年10月に入間基地で行われた「第5回国際航空ショー」では、F-14とF-15の熾烈な売り込み合戦が行われた。この時点でF-X選定作業はほぼ完了し、F-15の導入がほぼ確実とされていたが、グラマン社は起死回生を狙い、西太平洋を航行していた原子力空母「エンタープライズ」のアメリカ海軍第2戦闘飛行隊のF-14Aを呼び寄せた。対するマクダネル・ダグラス社も、アメリカ建国200年記念塗装を施しコンフォーマル・フューエル・タンクを装備したTF-15A(後にF-15Bと改称)を米本土より飛来させた。F-14とF-15の二機はその飛行性能を最大限に主張すべく、展示飛行を行った。無論、他のF-X参加企業も自社ブースにて宣伝活動を行うが、前者の二社には及ばなかった[9]。
制式採用 [編集]
1977年12月28日に行われた国防会議にて[8]、航空自衛隊の次期主力戦闘機としてF-15J/DJを制式採用した[10]。アメリカ側はこのF-15導入計画を「ピースイーグル計画」と呼称し[11]、同年3月29日に予算が下りることを前提として三菱重工業、マクダネル・ダグラス間でライセンス契約の調印がなされた[12]。そして、1978年度予算で初めて23機の調達が決定した[13][12]。
1978年4月、直ちに生産内示が出され[12]、日本の技術者はマクダネル・ダグラス社のセントルイス工場へ派遣された[14]。7月には国産を承認された部品の生産を支援するため、アメリカの企業から40名の技術者が派遣された[14]。1980年7月になってマクダネル・ダグラス社のセントルイス工場で、航空自衛隊に最初の機体が引き渡された[15]。10月にエドワーズ空軍基地での29回の飛行検査後一旦アメリカ空軍に返され、3月1日にアメリカ軍パイロットにより嘉手納基地に空輸[16]、到着後にアメリカ軍マークを日の丸に描き直した。
航空自衛隊パイロットの適合訓練の終了を待った約1か月後の3月27日に岐阜基地へ空輸された。そこで到着したばかりの2機のF-15Jをバックに、防衛庁関係者や企業関係者による記念撮影が行われている。なお、この最初の2機(02-8801/802)は三菱重工で再組み立てを受けている。続く8機(12-8803~22-8810)はノックダウン生産、残りは部品を国産化したライセンス生産で155機(22-8811~82-8965)を調達した。当初、F-15は4個飛行隊分に当たる100機を10年かけて調達する計画でスタートした[12]。昭和56年度中期業務見積りを承認した1982年の国防会議において155機へ修正、1985年に187機、1990年に223機へと増勢されていったものの、中期防衛力整備計画により1992年に210機へと削減され、1995年に213機となった[12][17]。
J型は1998年11月4日の165号機、DJ型は1999年10月25日の48号機(92-8098:098号機)の生産で終了し、合計213機の調達となった。F-15DJはJ型と同時に、最初の12機(F-15Dのblock 26相当、12-8051~52-8062)を完成品輸入、8機(82-8063~92-8070)をノックダウン生産、28機(02-8071~92-8098)をライセンス生産で調達した[18]。
製造に関わった国内企業は、以下の通りである。
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企業名 担当 三菱重工業(主契約社) 前・中部胴体、機体最終組立て 川崎重工業 主翼、後胴、水平・垂直尾翼 住友精密工業 脚部 富士重工業 前脚・主脚扉、チタン合金ケミカルミーリング加工 日本飛行機 パイロン、AAMランチャー 新明和工業 機外燃料タンク 石川島播磨重工業 F100エンジン 日特金属工業株式会社
(現在は住友重機械工業に吸収合併)20mm機関砲システム 三菱電機 火器管制レーダー AN/APG-63、UHF無線機 AN/ARC-164、UHF/DF装置 OA-8639/ADR、インディケーターグループ OD-60/A、姿勢方位基準装置 AN/ASN-108、対気諸元計算装置 AN/ASK-6、セントラルコンピューター CP-1075/AYK 日本電気 タカン装置 AN/ARN-118(V) 日立製作所 データリンク装置 J/ASW-10 東洋通信機 IFF応答装置 AN/APX-101(V)、IFF質問装置 AN/APX-76A(V) 島津製作所 ヘッド・アップ・ディスプレイ AN/AVQ-20 東京芝浦電気 リードコンピューティング・ジャイロ CN-1377/AWG、慣性航法装置 AN/ASN-109 東京計器製作所 レーダー警報装置 J/APR-4
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当初の調達価格は約70億円とされたが、最終的に101億5600万円まで上昇した[19]。
運用 [編集]
部隊配備 [編集]
F-15J/DJは、F-104飛行隊である200番台の飛行隊、及びF-4飛行隊である300番台の飛行隊に配備された。1981(昭和56)年12月7日に、ルーク空軍基地でアメリカ空軍要員と共に訓練を受けた操縦士が中心となり、宮崎県新田原基地に臨時F-15飛行隊が編成され、1982(昭和57)年12月21日に第202飛行隊(元F-104J配備)に改編した。F-15J要員の転換訓練部隊でもあった第202飛行隊には、F-15J型の複座型であるF-15DJが集中的に配備された。以後、1993(平成5)年までにF-104J/DJを装備する千歳基地の第203飛行隊は1984年12月に、第204飛行隊が1984年3月に、第201飛行隊、F-4EJ装備部隊の第303飛行隊が1987年12月に、第304飛行隊が1990年3月に、第305飛行隊が1992年7月に、F-4EJ改を装備する第306飛行隊が1997年3月にF-15J/DJ飛行隊に改編した[20]。
飛行教導隊も1990(平成2)年に5機のF-15DJを受領し、使用機をT-2から更新した[21]。 1997(平成9)年3月には第306飛行隊が第8飛行隊(支援戦闘機部隊)にF-4EJ改を譲ってF-15J/DJ飛行隊へと改編し、8個飛行隊編成となった。その後、T-2での教育を終えた操縦士の機種転換訓練を行ってきた第202飛行隊は、教育飛行隊の新設にともない2000年9月に解隊され、先行してF-15臨時飛行教育航空隊が1999(平成11)年8月3日に発足し、2000(平成12)年10月には正式に第23飛行隊となり[20]、現在は7個飛行隊となっている。
F-104Jが実戦部隊から退いた1986(昭和61)年からは主力戦闘機として使用している。なお、事故で12機が失われ(喪失事故参照)、2012年3月31日時点で保有数は201機である。
航空自衛隊機は製造番号がアメリカ空軍と同じ7桁表記(xx-xxxxと表記は同じだが、番号の持つ意味が異なる)になっているが、下3桁が機体記号であり、この3桁は各機体の種類別に割り当てられた番号で、F-15Jは801から965、F-15DJは051から098である。
2012年現在、以下の8個飛行隊及び飛行開発実験団でF-15J/DJが運用されている。
- 千歳基地:第2航空団 - 第201飛行隊、第203飛行隊
- 百里基地:第7航空団 - 第305飛行隊
- 浜松基地:第1術科学校[22]
- 小松基地:第6航空団 - 第303飛行隊、第306飛行隊
- 岐阜基地:飛行開発実験団[23]
- 築城基地:第8航空団 - 第304飛行隊
- 新田原基地:飛行教導隊、飛行教育航空隊 - 第23飛行隊
- 那覇基地:第83航空隊 - 第204飛行隊
喪失事故 [編集]
撃墜事故を含めて空自ではF-15を合計12機喪失している。特に最初の10年で5機を失っている。
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発生年月日 喪失 事故状況 被害 1983年10月20日 第202飛行隊 DJ型12-8053 夜間訓練中 2名殉職 1987年3月13日 第204飛行隊 J型42-8840 要撃訓練中のバーティゴによる墜落 1名殉職 1988年6月29日 第303飛行隊 J型22-8804,22-8808 ACM訓練中の空中衝突 2名殉職 うち1名は対ソ連軍領空侵犯機警告射撃事件にて警告射撃の実行経験者 1990年7月2日 第204飛行隊 J型52-8857 夜間要撃訓練後 1名殉職 1991年12月31日 第201飛行隊 DJ型12-8079 小松基地着陸進入中の燃料漏れによる爆発 1名脱出 1992年10月27日 第204飛行隊 J型72-8884
第305飛行隊貸出帰投中の操縦不能 1名殉職
(脱出時にキャノピーで頭部強打)1993年10月6日 第202飛行隊 DJ型82-8064
飛行教導隊貸出燃料系統不良 2名救出 1995年10月6日 第303飛行隊 J型72-8891 小松基地離陸中エンジントラブルで中止後滑走路外で火災 1名自力脱出 1995年11月22日 第303飛行隊 J型52-8846 ACM訓練中、僚機(62-8870)の誤射したAIM-9が命中したことにより墜落。
F-15全生産機中唯一の航空機による被撃墜。
(詳細はF-15僚機撃墜事故を参照)1名脱出 2008年9月11日 第304飛行隊 J型72-8883 電源系統の不具合 1名脱出 2011年7月5日 第204飛行隊 J型72-8879 東シナ海の訓練空域において訓練開始直後、緊急信号を発信した後レーダーから機影消失、墜落[24]。2011年11月9日、防衛省は「パイロットに生じたブラックアウトが原因となった可能性がある」との調査結果を公表した[25]。 1名殉職
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飛行停止措置 [編集]
2007(平成19)年11月2日にアメリカ合衆国ミズーリ州で、同州空軍に所属するF-15Cが空中分解し墜落した。このためアメリカ空軍は、11月4日に実戦参加機を除くF-15系(大部分の設計が異なるE型も含む)全機を機体構造の点検のために飛行停止とした。連絡を受けて防衛省も、11月5日には配備しているF-15J及びDJ全機を飛行停止とした。墜落事故発生による原因究明までの間に同型機が飛行禁止となる事は珍しいことではないが、この時はF-2を飛行停止としていた[26]事も重なり、同20日のF-15の飛行停止解除までの間、通常配備の日本の防空機はF-4EJ改だけとなった。
2011年(平成23年)10月7日には飛行中の小松基地所属機体に、左主翼の機外燃料タンクと模擬ミサイル弾が取り付け部分を残して脱落する事故が発生[27]。スクランブル待機の機体以外全機が原因判明まで飛行停止となる[28]。
非破壊検査システム [編集]
防衛庁装備本部が平成18年度予算で計上し三菱重工業と契約、納期は2009年(平成21年)2月。これはX線透過検査及び超音波探傷機能検査を自動的に行うもの。従来に比べ高い精度で機体の状態(金属疲労の有無等)を正確に測定できる。
将来の運用 [編集]
現在、航空自衛隊が進める近代化改修プログラムにより、F-15J/DJは将来の航空脅威に対処できる能力を獲得することとなる。その脅威対象には、同世代である第4世代や4.5世代、さらにはステルス性などを持つ第5世代機も当然含まれることになる。また現在の改修計画には含まれていないが、グラスコックピット化やフライバイワイヤ化などの更なる性能向上の余地もあるとされる(但し、機体寿命などの観点から慎重に判断される可能性もある)。
これらのことを考慮すれば、今後も航空自衛隊の第一線で防空任務に従事することになる。
また、防衛省から具体的な機体寿命や退役時期などに関する発表はないが、航空自衛隊の年間飛行時間から換算すると初期生産分の機体が基本寿命である8,000飛行時間を迎えるのは2025年あたりとなる。しかしながらアメリカ空軍のC/D型は8,000時間を迎えて更に10,000時間まで延長された機体も一部あることから、J/DJ型にも同様の措置がとられる可能性はある。
2012年現在、2030年代までの運用が計画されているという話もある。
転用計画 [編集]
- F-15J偵察機転用
- 防衛庁(現防衛省)は2004 (平成16) 年12月にRF-4E/EJ偵察機の後継機として、Pre-MSIP機のF-15Jを使用した試作改修作業を2005(平成17)年度からの中期防衛計画で行うものとした。これはRF-4EJと同様、外装式偵察ポッドの運用能力を追加する改修となる。
- 10~12機程度を改造配備する予定であるが、防衛大綱による作戦機定数が減少しているため、現有RF-4E/EJをすべて置き換えるわけではない。退役しつつあるRF-4EJではなく、続いて老朽廃止となるRF-4Eの代替としての配備となる見通しである。2010年10月 主契約の東芝からの納期猶予の要請に対して、納期延長を実施しても要求性能を充足することはないとして防衛省は不承認として契約解除を協議中と公表した。[29]契約解除の場合、新規改修事業が2012(平成24) 年度以降となることもあり、偵察型F-15の今後は不明となっている。
- F-15Jから発射、自律飛行した後に航空基地に帰還する無人偵察機の「無人機研究システム」が、F-15J部隊で運用することが出来ると2012年(平成24年)度に認められた。無人機研究システムは、1995年(平成7年)度から「多用途小型無人機(TACOM)」として開発され、2004年(平成16年)度から2011年(平成23年)度まで「無人機研究システム」として開発されてきた。F-15Jで無人機研究システムを運用することで、実戦配備することが出来る無人機システムの研究を続ける予定である[30]。
- F-15電子戦機転用
- 航空自衛隊ではEC-1を1機、YS-11EAを2機、電子戦訓練支援機として保有しているが、戦闘機に随伴して電子戦を行うエスコートジャマーは保有していない。航空幕僚監部では、F-15のPre-MSIP機に新開発する600ガロン増槽と同じ大きさと形状を持つポッド型の「戦闘機搭載型電子防御装置」を搭載することで、電子戦機に転用する案を検討している。
- 防衛省技術研究本部は2008(平成20)年度より「戦闘機搭載型電子防御装置」の開発を始めた。計画では平成20年度から2012 (平成24)年度末にかけてシステム設計と母機改修設計を実施し、装置一式と試験装置一式を試作する。また、2010 (平成22)年度から2013 (平成25)年度にかけて運用環境下での性能確認試験を行う。
機体 [編集]
機体概要 [編集]
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- 機体そのものの特徴については、F-15 (戦闘機)を参照
F-15J/DJはF-15C/D型を原型とするが[31]、アメリカ議会から批判を受けた国防総省の決定により提供されなかったTEWSについて独自開発のJ/TEWSで代替している[32]。JTEWSはJ/ALQ-8電子妨害装置とJ/APR-4レーダー警戒受信機、AN/ALE-45チャフフレアディスペンサー(ライセンス生産)で構成される[31]。このため、アメリカ空軍向けF-15では左の垂直尾翼先端にIRCM装置が内蔵され非対称となっているが、F-15J/DJは左右対称の垂直尾翼を持つ。これがF-15J/DJ唯一の外見上の違いとなった。
原型機のF-15C/Dは、F-15A/Bに機内燃料タンクの増設やFAST PACKと呼ばれるコンフォーマル・フューエル・タンクの搭載能力付加といった改良を加えた機体であり、F-15J/DJも機内燃料タンク等の配置はこれに準じている。一方で、航空自衛隊はコンフォーマル・フューエル・タンクを保有していない[31]
F-4EJ導入の際にも問題となった地上攻撃能力や空中給油能力について当時の国会で野党の追及を受けたが、「対地攻撃専用の計算装置などを有していない」「搭載装置から見ても、他国侵略的・攻撃的脅威を与えるものではない」、「空中警戒待機は有効ではあるがF-4が主力の時期では不要との判断だったが、航空軍事技術の著しい発展のすう勢から、F-15が主力となろう1980年代後半は、有事の際の空中警戒待機の必要が十分予想されるので撤去は望ましくない」等の答弁[33]の結果、撤去はされていない。
アメリカ国防総省はF-15が主力機であったため日本に対する技術情報の開示を規制したが、これは段階的に解除された[12]。日米装備・技術定期協議(S&TF)において防衛庁と国防総省の間で交渉が行われ、1981年にはTEWS以外の複合材料やF100ターボファンエンジンといった技術へのアクセスは許可された[14]。なお、独自装備の一つとしてBADGEシステムから時分割データを受信する日立製作所製「J/ASW-10」を搭載している。
1992(平成4)年10月17日に第305飛行隊の72-8884号機が訓練中に操縦不能となり、操縦士が脱出時に頭部を風防で強打し死亡した事故の対策として射出時にキャノピーを破砕するキャノピーブレーカーを追加装備している。
訓練用に調達したF-15D(複座型)の日本仕様機F-15DJは原型機同様にF-15A/Cではコックピット後部に搭載するALQ-8などの一部機器を省略してあるため、電子戦能力を要する任務の際は胴体下にAN/ALQ-131電子戦ポッドを搭載する[31]。
兵装は当初、F-15C/Dと同じく「AIM-9」及び「AIM-7」、固定武装として「JM61A1」を搭載する。これらはいずれもライセンス生産での調達で、電子機器類の技術移転が少なかったこともあり、国内メーカーに割に合わないとの不満を生じた。ただし、F-15と同時に国産化されたAIM-9LはF-4EJ及びF-4EJ改にも装備できるようになってはいる[34]。その後、短距離空対空ミサイルについてはAIM-9の後継として開発された国産の「90式空対空誘導弾(AAM-3)」、およびその後継である「04式空対空誘導弾(AAM-5)」(改修機のみ対応、後述)を運用するように改装された。また、中距離空対空ミサイルは、AIM-120シリーズではなく、AIM-7の後継として開発された「99式空対空誘導弾(AAM-4)」に更新されることとなった。
エンジンはプラット・アンド・ホイットニーの「F100-PW-100」を、石川島播磨重工業(現:IHI)がライセンス生産した「F100-IHI-100」2基を搭載する。また、一部の機体は同じくIHIがライセンス生産した「F100-IHI-220E」を搭載している。
三菱による生産中に何度か機体仕様が変更されているが、大別すると2種類に分かれる。一般に導入初期の機体をPre-MSIP機(MSIP非適用機)、導入中期から機体をMSIP機(多段階改良計画適用機)と呼称している[35]。
Pre-MSIP [編集]
- 1981(昭和56)年から1984(昭和59)年までに調達した機体のことを、便宜的にPre-MSIP機と呼称する。該当機体は、F-15J 97機(02-8801号機から82-8898号機)とF-15DJ(12-8051号機から52-8062号機)である。 F-15Jの42-8832号機は1991(平成3)年に地上滑走中の暴走事故により機首部を損傷したため、三菱重工業に陸送され、MSIP機として修理再生され、後に小松基地306飛行隊所属となった。
- チャフ/フレアディスペンサーは1983(昭和58)年に調達された機体から装備されている。
J-MSIP(Japan-Multi-Stage Improvement Program) [編集]
- 日本多段階能力向上計画。米国のMSIPと同様、日本でも調達中に独自の能力向上を実施した。1985(昭和60)年以降に調達された機体(F-15Jの82-8899号機以降、F-15DJの52-8063号機以降)に適用される。またPre-MSIP機にも順次適用され、不具合などで緊急に定期修理(IRAN)入りしたPre-MSIP機にも施されている(正確な数は不明)。MSIP機の最低保有数は105機(J型の損失機はすべてPre-MSIP機)。
- Pre-MSIPとの違いは以下の通り。
- セントラルコンピューターの処理能力向上と新型空対空ミサイル(AAM-4)搭載のための火器管制装置の性能向上に向けた電気配線の追加。
- 兵装制御盤をアナログ式から画面式に変更。
- F-15J 42-8944号機以降、F-15DJ 52-8088号機以降の機体に、エンジンを電子制御して耐久性が向上したF100-IHI-220Eへ変更。
- F-15J 62-8958号機以降にはJ/APQ-1後方警戒レーダーを追加装備。
F-15J/DJ新型空対空ミサイル対応改修 [編集]
- 当初はF-15J/DJのMSIP機の定期修理(IRAN)時に行われていたが、最近ではMSIP機を対象とした近代化改修計画に組み込まれている。
- 改修内容は、AIM-120Bの試験運用時に製作されたプログラムの書き換えと搭載インターフェイスの変更により、AAM-4とAIM-120双方の運用能力を追加するもので、具体的な改修機の数は公表されていない。
- 改修機の外見での識別点は以下の二点だが、機体の近くに寄ってU-106/Aを確認する以外の有効な確認方法がないため、識別は困難である。
- St.3及びSt.4、St.6及びSt.7のAU-106/Aミサイルランチャー中央部の製造者銘板を前方に移動し、銘板のあった位置のやや後方にコネクターを追加。
- ミサイル取り付けリング中央部のワイヤーの除去。
対地攻撃能力 [編集]
- 防衛庁(当時)による昭和53年3月4日付け「F-15の対地攻撃機能と空中給油装置について」では、「ある程度の対地攻撃機能を付随的に併有しているが、空対地誘導弾や核爆撃のための装置あるいは地形の変化に対応しつつ低空から目標地点に侵入するための装置を搭載しておらず、この機能は、主として目視による目標識別及び照準をおこなうことができる状況下において、通常爆弾による支援戦闘を行うための限定されたものである。なお、F-15は、対地攻撃専用の計算装置などを有しておらず、対地攻撃の機能に必要な情報処理などは、要撃戦闘に用いられる計算装置を使用してなされるものである。」としている。
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右翼の付根前縁にあるJM61A1 20mmバルカン砲の発射口
近代化改修 [編集]
- 大きく分けて、F-15J/DJのJ-MSIP機(J:899 - 965、DJ:063 - 098)を対象とした近代化改修計画と、Pre-MSIP機を対象にした近代化改修計画とに分けられる。
J-MSIP機の近代化改修 [編集]
- J-MSIP機の近代化改修計画は4個飛行隊分の88機を対象に行われ[36]、改修の進捗状況によって形態一型と形態二型に分けられる。いずれも三菱重工業を主契約としている。中期防衛力整備計画(平成17~21年度)においては、当初は期間中に26機を量産改修する予定であった。ところが米国のF-22の輸出規制措置により、老朽化したF-4EJを代替する予定だった第4次F-X機の選定を2008(平成20)年以降に先送りとしたため、F-15J近代化改修でF-4EJ減勢による防衛力低下を補う必要が生じた。このため2008(平成20)年度と2009(平成21)年度に、次期輸送機の計上を先送りすることで割り当てた予算で、当初予定されていた形態二型の統合電子戦システムの搭載を先送りしたうえで大量の機数分の近代化改修予算を計上した。これに合わせて2009(平成21)年度に中期防を改訂して改修機数を48機とした。2010年(平成22年)からは、先送りされた統合電子戦システムの搭載予算が「F-15の自己防御能力向上」名目で別途計上されている。
- 航空雑誌等ではこれらの改修機のことを一くくりにF-15J改と呼んでいる。
- 形態一型
- 「F-15の近代化改修」名目で予算計上が進められた。
- 実施された改修内容
- 4.~8.は以前から別途実施されてきた改修であり、本来「F-15の近代化改修」とは別であるが、改修予算計上段階で本計画に統合された。試改修初号機(12-8928)には4.~8.は実施されなかった。
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- 進捗状況
- 1997(平成9)年度:システム設計に着手
- 1998(平成10)年度:細部設計開始
- 1999(平成11)年度:一部機材の購入予算の計上を開始
- 2000(平成12)年度:レーダーやセントラルコンピュータ等の主要機材の購入予算を計上
- 2002(平成14)年度:試改修作業開始。三菱へF-15J試改修初号機(12-8928)引き渡し
- 2003(平成15)年度:7月24日、試改修初号機初飛行。10月21日に飛行開発実験団へ再納入、技術的追認を実施[38]
- 2004(平成16)年度:2機分の改修予算を計上[39]
- 2005(平成17)年度:4機分の改修予算を計上[40]
- 2006(平成18)年度:2機分の改修予算を計上[41]
- 2007(平成19)年度:F-2一括取得のために、改修予算の計上を見送り。9月12日の量産改修初号機(12-8948)納入後、年度内に2005年度予算計上分までの計6機を納入[36]。
- 2008(平成20)年度:残りの2機を納入[36][42]。
- 形態二型
- 「F-15の近代化改修」名目で予算計上が進められている。MSIP機を一気に形態二型機にまで改修する。
- 実施された改修内容
- 形態一型の改修要素に次の要素を追加したもの。当初計画とは相違があることに留意。
- ヘルメット装着式表示装置(HMD)の搭載によるAAM-5の完全な運用能力獲得
- 戦術データ交換システム端末(FDL: MIDS-LVT(3))の搭載[37]
-
- 進捗状況
- 2002(平成14)年度:開発開始。
- 2007(平成19)年度:3月8日に形態二型試改修初号機(32-8942)を飛行開発実験団に再納入し実用試験を開始し、一連の試改修事業を年度内に終了した。
- 2008(平成20)年度:20機分の改修予算を計上。この一括調達により約168億円の経費を節減した[43]。
- 2009(平成21)年度:22機分の改修予算を計上。中期防期間内で定められた改修数26機を超過するため中期防を改訂し48機とした。38機分のレーダー装置の先行購入予算も計上した。
- 2010(平成22)年度:2機分の改修予算を計上。20年度予算分のうち12機を納入[36][44]。
- 2011(平成23)年度:8機分の改修予算を計上[45]。20年度予算分のうち8機と21年度予算分のうち2機の計10機を納入[36]。
- 2012(平成24)年度:補正予算分と合わせて6機分の改修予算を計上[46][47]。21年度予算分のうち10機を納入[36]。
- 2013(平成25)年度:6機分の改修予算を計上[47]。21年度予算分のうち10機を納入[36]。
- 自己防御能力の向上
- 開発段階では「F-15の近代化改修」の形態二型の一要素であったが、調達予算計上段階からは「F-15の自己防御能力向上」名目で別途予算計上が進められている。形態二型機に対する上書き更新であると見られる。
- 実施された改修内容
- 進捗状況
- 「IRST装置(F-15)」搭載改修
-
- 進捗状況
Pre-MSIP機の近代化改修 [編集]
- 改修期間と費用が莫大となるためPre-MSIP機にはJ-MSIP機のような大幅な近代化改修を実施しない予定であるが、新開発の「自衛隊デジタル通信システム(JDCS(F))」を搭載してJ-MSIP機同様に戦闘機間や自動警戒管制システム(JADGE)とのデータリンクを実現する計画がある。
- JDCS(F)は機体の残余容積やデータ処理能力の不足への対応なしに搭載することの困難なTADIL J端末の半分の経費で搭載可能であり、F-2にも搭載される予定である。2009年から2012年まで試作し2011年から2013年まで試験を実施する[52]。
仕様 [編集]
出典: 最新! 航空自衛隊のすべてがわかる本 F-X完全解説&最終結論[53], Federation of American Scientists[54]
諸元
- 乗員: 1名(DJ型は2名)[53]
- 全長: 19.4 m[53]
- 全高: 5.6 m[53]
- 翼幅: 13.1 m[53]
- 空虚重量: 12,973 kg
- 最大離陸重量: 30,845 kg
- 動力: プラット・アンド・ホイットニー/石川島播磨 F100-IHI-100(及びF100-IHI-220E)[53] ターボファンエンジン
性能
- 最大速度: M2.5[53]
- 巡航速度: M0.9[53]
- フェリー飛行時航続距離: 3,450 km
- 航続距離: 4,630 km (増槽)以上
- 実用上昇限度: 19,000m[53]
- 増槽装備時航続距離:4,630 km以上
- 戦闘行動半径:1,900km[53]
武装
- * 固定武装:JM61A1 20mmバルカン砲 ×1(装弾数:940発)
- 短距離赤外線誘導ミサイル
- 中射程空対空ミサイル
- AIM-7 スパロー[53]
- 99式空対空誘導弾(AAM-4)[53]
- AIM-120 AMRAAM(試験運用にて使用実績あり)
登場作品 [編集]
詳細は「F-15に関連する作品の一覧」を参照
脚注 [編集]
- ^ Davies, Steve and Doug Dildy. F-15 Eagle Engaged, The World's Most Successful Jet Fighter. Osprey Publishing, 2007
- ^ ただし、調達価格は時代によって差があり、1990年度での調達価格は約86億円であった(「エアワールド」1990年5月号 p70)。
- ^ F-toys 日本の翼コレクション2 F-15解説書
- ^ ただし、1980年代頃はアメリカ空軍の機体も航空自衛隊と同じFS36375とFS36320で塗装されていた。
- ^ 丸メカニックNo42 P62
- ^ a b c d e f g h i 丸[MARU] 2010年12月号P88
- ^ ミリタリー・イラストレイテッド25「F-15イーグル」ワールドフォトプレス編 p160~p162
- ^ a b c d e 丸[MARU] 2010年12月号P89
- ^ ミリタリー・イラストレイテッド25「F-15イーグル」ワールドフォトプレス編 p162~p165
- ^ ジェフリー・エセル『F‐15イーグル―世界最強の制空戦闘機』浜田一穂訳 原書房 1985年 ISBN 4562016671 197頁
- ^ デイヴィス, ディディ, 2007. p.152
- ^ a b c d e f “第3章 40年代:航空機工業基礎固めの時期 2節 ライセンス生産による生産基盤の確立”. 日本の航空宇宙工業 50年の歩み. 日本航空宇宙工業会. 2012年7月5日閲覧。
- ^ 昭和53年度防衛白書、第3部
- ^ a b c ロレル, 1995. p.78-79
- ^ ジェフリー・エセル『F‐15イーグル―世界最強の制空戦闘機』浜田一穂訳 原書房 1985年 ISBN 4562016671 199頁
- ^ ジェフリー・エセル『F‐15イーグル―世界最強の制空戦闘機』浜田一穂訳 原書房 1985年 ISBN 4562016671 199頁
- ^ “F-15の取得数の変更について”. 防衛大綱と防衛力整備. 防衛省・自衛隊. 2012年7月5日閲覧。
- ^ J/DJともに国産化を承認されなかった部品については米国の有償援助で輸入するか、同等の国産機器で代替した(部品一覧については各担当メーカー表を参照)。現在でも故障した際の修理のために、胴体部以外の治具を保管している。
- ^ 丸[MARU] 2008年3月号P93
- ^ a b 「丸」通巻第694号、P109
- ^ 2005年のアメリカ空軍での再編成による第18アグレッサー飛行隊の創設までアグレッサー部隊でF-15を使用していたのは航空自衛隊の飛行教導隊だけだった(イスラエルでは115飛行隊においてA-4 (航空機)を使用している)。
- ^ http://www.mod.go.jp/asdf/hamamatsu/gallery/index.html
- ^ http://www.mod.go.jp/asdf/gifu/adtw.html
- ^ 2011年7月6日付けの琉球新報報道により、事故発生3日前に嘉手納基地で行われたアメリカフェスト2011で展示されていたうちの1機であったことが判明している。
- ^ [http://www.mod.go.jp/asdf/pr_report/houdou/H23/1108.html
- ^ 2007年10月31日F-2離陸直後に墜落し炎上した事故への対策。F-2の項目参照。
- ^ 航空自衛隊報道発表資料 平成23年10月7日 2011年10月30日閲覧。
- ^ 航空自衛隊報道発表資料 平成23年10月28日 2011年10月30日閲覧。
- ^ http://www.mod.go.jp/j/press/news/2010/10/01b.html
- ^ 平成24年度政策評価 事後の事業評価 無人機研究システムの開発
- ^ a b c d 丸[MARU] 2010年12月号P90
- ^ ロレル, 1995. p.77-78
- ^ 昭和53年3月4日防衛庁「F-15の対地攻撃機能と空中給油装置について」
- ^ ミリタリー・イラストレイテッド25「F-15イーグル」ワールドフォトプレス編 p169
- ^ 丸[MARU] 2010年12月号P91
- ^ a b c d e f g 平成24年行政事業レビューシート(防衛省)事業番号0046
- ^ a b 小野正春「F-15J/DJのバージョンアップと今後の展望」、『航空ファン』No.693、文林堂、2010年9月、 58-65頁。
Defense Industry Daily, LLC (2011年9月8日). “The Wonders of Link 16 For Less: MIDS-LVTs” (英語). 2012年1月2日閲覧。 - ^ “F-15近代化試改修形態1型機を納入”. 三菱重工 (2003年11月17日). 2011年3月16日閲覧。
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2004/2004/pdf/16shiryo.pdf
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2005/2005/pdf/17shiryo.pdf
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2006/2006/pdf/18shiryo.pdf
- ^ http://www.mod.go.jp/j/approach/others/service/kanshi_koritsu/h23/pdf/r-sheet/0048.pdf
- ^ 朝雲ニュース2月21日付け 20年度防衛費重要施策を見る(5)
- ^ http://www.mod.go.jp/j/approach/others/service/kanshi_koritsu/h23/pdf/r-sheet/0048.pdf
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2011/2011/pdf/23shiryo2.pdf
- ^ a b c 我が国の防衛と予算 平成24年度予算の概要(防衛省公式サイト)
- ^ a b c 我が国の防衛と予算 平成25年度予算の概要
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2011/2011/pdf/23shiryo2.pdf
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2011/2011/pdf/23shiryo2.pdf
- ^ 平成24年度政策評価書 事後の事業評価 戦闘機搭載用IRST装置の開発、防衛省公式サイト
- ^ 概算要求では2機を計上していた
- ^ 平成20年度 事前の事業評価 自衛隊デジタル通信システム(戦闘機搭載用)
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『最新! 航空自衛隊のすべてがわかる本 F-X完全解説&最終結論』洋泉社 p25
- ^ a b Federation of American Scientists :: F-15 Eagle
参考文献 [編集]
- 航空ジャーナル (1980年) 2月号臨時増刊◇Great Aircraft Series No.2 F-15 イーグル 雑誌 03776-2
- 航空ジャーナル別冊 80年代の軍事シリーズ 戦闘機F-15の全貌 青木日出雄 昭和56年 航空ジャーナル社 雑誌 63775-02
- 新戦闘機の選定作業の経緯と今後の方針について 防衛庁防衛局防衛課
- ミリタリー・イラストレイテッド25「F-15イーグル」ワールドフォトプレス編:ISBN 4-334-71198-7
- 月刊『JWings』2007年5月号 イカロス出版
- 丸[MARU] 2008年3月号p84~p95 潮書房
- 丸[MARU] 2010年12月号「空自戦闘機の系譜 ファイター誕生」p88~p91 潮書房
- 『最新! 航空自衛隊のすべてがわかる本 F-X完全解説&最終結論』洋泉社
- Lorell, Mark A (1995). Troubled partnership: a history of U.S.-Japan collaboration on the FS-X fighter. Piscataway, New Jersey: Transaction Publishers. ISBN 978-0833023056.
- Davies, Steve. Dildy, Doug (2007). F-15 Eagle Engaged: The World's Most Successful Jet Fighter. Osprey. ISBN 1846031699.