茨城新聞
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒310-8686 茨城県水戸市北見町2番15号 |
| 電話番号 | 029-221-3121 |
| 設立 | 1917年(大正6年)1月 |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 事業内容 | 新聞及びその他の出版物の制作・販売 |
| 代表者 | 小田部 卓(代表取締役社長) |
| 資本金 | 8億2,200万円 |
| 発行済株式総数 | 4,110万株 |
| 売上高 | 連結:55億2,289万0千円 単独:42億4,438万8千円 (2008年3月期) |
| 営業利益 | 連結:4億4,288万4千円 単独:5,751万1千円 (2008年3月期) |
| 純利益 | 連結:1億8,351万3千円 単独:5,756万3千円 (2008年3月期) |
| 純資産 | 連結:2億8,258万7千円 単独:7,510万3千円 (2008年3月31日現在) |
| 総資産 | 連結:53億5,928万0千円 単独:22億7,649万3千円 (2008年3月31日現在) |
| 従業員数 | 連結:224人 単独:178人 (2008年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | (株)岡部工務店 7.30% 後藤 武一郎 5.19% 茨城新聞労働組合 4.99% |
| 主要子会社 | (株)茨城プレスセンター 74.7% (株)茨城新聞アドセンター 72.0% |
| 外部リンク | http://www.ibaraki-np.co.jp/ |
茨城新聞(いばらきしんぶん)は、株式会社茨城新聞社(The Ibaraki Shimbun Company)が茨城県水戸市で編集・発行する県域地方新聞(地方紙)。
目次 |
[編集] 概説
県南地域の東京通勤圏内では全国紙との競争が特に激しい一方、部数は微増している。なお、茨城県内の地方紙には、常陽新聞新社が発行する常陽新聞もある。発行部数は12万2730部(2008年1~6月平均[1])で、茨城県内の全世帯数に占める割合は約11パーセント、茨城県内では三大紙より少なく、日本経済新聞や東京新聞より多い。また、配達地域は茨城県全域(県外からでも郵送で購読が可能である。)。ちなみに、夕刊は発行しておらず、朝刊のみである。
[編集] 番組表
[編集] 最終面
[編集] 中面
- テレビ欄には在京キー局、NHK水戸放送局デジタル総合の他、チバテレの番組表も収録されている。茨城県では現在民放テレビ局がない(2011年の完全デジタル化以後の新局開局についても現在のところめどが立っていない)ため、北部の一部地域を除いてチバテレを受信する世帯が多いことを踏まえている。ほかにも、南西部で受信する世帯が多いTOKYO MXの番組表も収録されている。
[編集] 歴史
- 1891年(明治24年)7月5日 創刊。当初は「いはらき」という題字であった。
- 1918年(大正7年)3月25日 水戸の大火で本社屋、輪転機を消失。
- 1942年(昭和17年)2月1日 新聞社の統廃合令により県内の各地方紙を経営統合し「茨城新聞」と題号を変更。
- 1947年(昭和22年)7月5日 題名を「いはらき」に戻す。
- 1985年(昭和60年)1月1日 国際科学技術博覧会の開催をきっかけに超高速カラーオフセット輪転機を採用。
- 1991年(平成3年)1月1日 「いはらき」から再び「茨城新聞」に題号を変更。
[編集] ネットワーク
[編集] 備考
- Jリーグ・鹿島アントラーズのマッチデープログラムであるヴァモス Antlersを発行している。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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