日立市

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ひたちし
日立市
Kaminezoo.jpg
Flag of Hitachi, Ibaraki.svg
日立市旗
Hitachi Ibaraki chapter.JPG
日立市章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
団体コード 08202-3
面積 225.55km²
総人口 185,692
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 823人/km²
隣接自治体 高萩市常陸太田市那珂市
那珂郡東海村
市の木 ケヤキ
市の花 サクラ
市の鳥、魚 ウミウ
サクラダコ
日立市役所
所在地 317-8601
茨城県日立市助川町1丁目1番1号
北緯36度35分56.9秒東経140度39分5.4秒
Hitachi City Hall.jpg
外部リンク 日立市役所

日立市位置図

― 市 / ― 町・村

特記事項 NTT市外局番:0294(市内全域)
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日立市(ひたちし)は、茨城県の北東部にある。市域の大半は旧多賀郡で一部は久慈郡である。総合電機メーカー・日立製作所の創業の地として知られる。

概要[編集]

日立鉱山から発展した鉱工業都市である。1905年、江戸時代から採掘されていた日立村の赤沢銅山を久原房之助が買収し日立鉱山に改名、久原鉱業所(現在のJX日鉱日石金属)を創業して以来の企業城下町として、後年はその機械部門が分離・独立した日立製作所日立グループの企業城下町となるが、現在は両社とも本社を東京に移転している。他に、日立市と同様に鉱山町から企業城下町になった地域としては、新居浜市別子銅山住友グループ)が代表的である。

元来、7世紀国造の時代から、現日立市の中心部は助川(すけがわ)という地名だったが、1939年9月1日助川町が日立鉱山を擁する日立町新設合併して市制を敷く際に日立市となった。1939年以後、都市名と企業名の混同を避けるために、日立市民は都市名を『日立(ひたち)』と呼び、日立製作所を『日製(にっせい)』と呼んで区別している(日製の略称はかつての日製商事=現在の日立ハイテクノロジーズなど、日立グループでも用いられる)。

戦後の一時期、人口は県庁所在地の水戸市を上回っていたことがある。しかし、近年は日立グループの再編などによって人口が減少し、十王町の編入にも拘らずかつて21万人を数えていた人口も20万人を割った。現在はつくば市に抜かれ、県内3位となっている。

地理[編集]

関東平野久慈川(日立市と東海村の境)で北端となるため、東側の太平洋と西側の多賀山地に挟まれ、南北に細長く可住地が伸びている。可住地の多くは、日立製作所及びその関連企業の施設が占めているため、山間地を切り開いて造成した住宅地が多い。

1980年(昭和55年)撮影の日立市中心部海岸線沿い一帯の空中写真。この画像は左側が南方角、右側が北方角である。
1980年撮影の9枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
玉簾の滝
平和通りのサクラ並木

可住地は大半が海岸段丘扇状地であるため、水の便が悪い所が多い。河口付近までになっているものが多い。昔は、の上流からかけどいと呼ばれる水道橋を作って用水を確保していた地域もある。また、扇状地の末端部分では泉が森のように地下水が湧き出しとなっているところもある。

南北に大きく伸びた海岸線を持つことから、市内には6箇所の海水浴場を持つ。名勝として、玉簾の滝(たまだれのたき)や諏訪梅林(すわばいりん)などがある。市内各地にの木が多く見られ、「日本さくら名所100選」にも選ばれている(かみね公園・平和通り)。

市北西部の日立鉱山には1914年に煙害対策として当時世界一の高さ155.7mの大煙突(だいえんとつ)が建てられ、鉱工業都市日立のシンボルとして長く親しまれた。これをモデルにした小説として、新田次郎の「ある街の高い煙突」がある。大煙突は、1993年2月19日、この日に吹いた強風と老朽化の影響で倒壊し、現在は高さ54mとなっている。

太平洋阿武隈高地に挟まれているため、茨城県では北に位置しているにも関わらず気候は比較的温暖であり、同じ茨城県内の大洗鹿嶋よりも、福島県浜通り南部の小名浜広野に近似する気候である。1月の平均気温は4.4℃と、茨城県中部の水戸や南部の土浦千葉県北西部の我孫子よりも高い。また、夏もさほど気温が高くならない。

総じて、常磐線の駅を目安に各地区が形成されており、大甕(おおみか)・多賀(たが)・助川(すけがわ)・小木津(おぎつ)・十王(じゅうおう)の国道6号沿線と、中里(なかざと)の国道349号沿線に分けられる。中里地区は、同じ国道349号沿線の常陸太田市との交流が多い。

なお,多賀山地の各所に露出する日立変成岩は5億年以上前のカンブリア紀のもので,日本最古の地層とされる。このことからこの地域が,昔ゴンドワナ大陸の東にあった火山島で,日本列島の始まりの地ではないかとも考えられている。[1]

隣接する自治体[編集]

日立市かみね公園から見た市中心部

歴史[編集]

鹿野場遺跡六ツヶ塚遺跡などから約3万年前の石器が出土しており、この地域には当時から人が定住していたと考えられている。

古代[編集]

7世紀前半の国造の時代には、現在の日立市は、道口岐閉国造の本拠地で、多珂国の南端であった。この多珂国は、現在の日立市から福島第一原発付近(大熊)まで跨がる広大な沿岸国であり、『常陸国風土記』では大熊が「苦麻」「道後 (道の尻)」と呼ばれたのに対して、日立市は「助川」「道前 (道の口)」と呼ばれていた。そして、7世紀後半に律令制が浸透すると、この多珂国は常陸国に編入された。

戦国時代から戊辰戦争終結まで[編集]

戊辰戦争終結から第二次大戦終結まで[編集]

第二次大戦後[編集]

行政区域変遷[編集]

  • 変遷の年表
  • 変遷表

人口[編集]

Demography08202.svg
日立市と全国の年齢別人口分布(2005年) 日立市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 日立市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
日立市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 202,856人
1975年 212,510人
1980年 215,498人
1985年 218,111人
1990年 215,069人
1995年 212,304人
2000年 206,589人
2005年 199,218人
2010年 193,129人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

広域事務
  • 高萩市・日立市事務組合
  • 茨城県市町村総合事務組合
  • 日立・高萩広域下水道組合
  • 茨城北農業共済事務組合
  • 茨城租税債権管理機構

政治[編集]

衆議院[編集]

茨城県議会[編集]

市議会[編集]

  • 定数:30
  • 会派(議席):日立市政クラブ(8)/民主クラブ(9)/公明党(6)/かいかくネット(3)/新政ひたち(3)/日本共産党(1)
  • 議長:茅根茂彦(日立市政クラブ)
  • 副議長:西川光世(民主クラブ)

日立製作所の連合系労組に支持されている民主党が市政・県政・国政とも強い。

産業[編集]

企業城下町[編集]

日立市は、日立製作所日立グループ企業城下町として有名である。市の人口のおよそ40%は日立製作所及びグループ会社の社員かその家族である。他の企業城下町では、豊田市トヨタ自動車)や新居浜市住友グループ)と対比されることが多い。

市内には、日立製作所およびその系列企業の工場や社宅、社員寮が多数点在する。東日本でも有数の工業集積地域として発展し、その事業所数はピーク時で1000を数えたが現在は約700。機械、電機、輸送機に関連する中小企業が日立市のものづくり産業を支えている。日立地区産業支援センターは1999年4月に開設された産業支援機関であり、こうした中小企業の様々な事業活動をサポートしており、その精力的な活動は全国的にも注目され、モデルケースとなっている。

日立鉱山は、現在のJX日鉱日石エネルギーJX日鉱日石金属の元になっている日本鉱業発祥の地でもある。日立鉱山は1981年に閉鎖されたが、鉱石の精錬事業はJX日鉱日石金属の工場で現在も続いている。

「日立市」という名は、企業名をもとにつけられたと誤解されることが多い。しかし前述のように、日立の地名は徳川光圀によって名付けられたものであり、日立製作所(およびその母体である日本鉱業)の成立以前から「日立村」という地名が存在している。企業名はここからとられたものである。

鉱業地帯[編集]

阿武隈高地太平洋に挟まれている、日立市から大熊にかけての地域は、7世紀中期の多珂国であり、20世紀前半には日立鉱山常磐炭田で知られる鉱業地帯であり、常磐線の助川駅(20世紀前半、「日立駅」は「助川駅」を名乗っていた)からは日立山手工場や日立銅山への「鉱山鉄道」が走っていた。1960年代高度経済成長によって、石炭産業は衰退し、閉山に追い込まれた。

炭田時代の産業遺産として、セメントの原料である石灰石運搬用の架空索道がある。日立セメント株式会社が太平田鉱山で採掘したセメントの原料である石灰石を山根貯鉱場までの山間3.8kmの区間を運搬しているものである。さらに、山根貯鉱場からセメント工場までは、ベルトコンベアが通っており、数沢川の上に架かる線路上を通過し、日立市役所付近から地下に入り市街地を縦断して工場まで運搬しているものである。現在日本国内で架空索道が運転されているのはここだけの珍しい設備である。

自動車の輸出入[編集]

茨城港日立港区では自動車の輸出入も盛んに行われており、ダイムラーメルセデス・ベンツ)やルノー日産自動車が主に利用している。特にメルセデス・ベンツは常磐自動車道日立南太田ICそばに新車整備センター(VPC)を設けており、日本国内における一大輸入拠点となっている。

漁業[編集]

  • 川尻漁港
  • 会瀬漁港
  • 水木漁港
  • 久慈漁港

十王地区の伊師浜海岸には、日本で唯一、海鵜(ウミウ)の捕獲が許可されている鵜捕り場が設けられている。

教育施設[編集]

大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

  • 日立市立


小学校[編集]

  • 日立市立


特別支援学校[編集]

金融機関[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

上野駅から常磐線特急スーパーひたち・フレッシュひたち」で90分前後。
東京駅羽田空港成田空港からの直通バスもある。
廃線

路線バス[編集]

高速バス[編集]

空港バス[編集]

  • 日立・勝田・水戸 ― 成田空港(日立電鉄交通サービス、茨城交通、千葉交通
  • 日立・勝田・水戸 ― 羽田空港(日立電鉄交通サービス、茨城交通、東京空港交通京浜急行バス
  • 常陸太田・新田中内・勝田・水戸 ― 茨城空港(茨城交通)

道路[編集]

高速道路
有料道路
一般国道
主要地方道
一般県道
その他の道路
  • けやき通り(市道・一部区間県道
  • 中央線(市道)

交通事情[編集]

地理的に東西を山と海に挟まれた地帯に市街地が発展したため、市内の国道6号と国道245号はとくに朝夕の通勤時は渋滞し、昼間も日立市を通過する際にはかなりの時間を要するため、日立市内を通過するためには常磐自動車道を用いるのが一般的である(市内の南部にある日立南太田ICと北部にある日立北ICはいずれも国道6号と直結している)。

市でも渋滞の緩和は課題のひとつであり、種々の施策を行っている。現在、日立市北部の田尻町~河原子町の海岸沿いを通る国道6号バイパスが完成している。国道6号とは別に小木津~石名坂間山越えの県道ルートも計画され、一部多賀地区と石名坂間が開通している。

昇開式歩道橋(茨城県日立市の水木歩道橋)

また、市内を貫く国道245号線は、日立製作所の日立工場(日立事業所)や国分工場で製造された大型構造物(主に発電用のタービン等)の輸送に耐えるよう、日立事業所のある幸町から南部の日立港までの区間が特殊な構造になっている。まず、以前はドイツアウトバーンのようにコンクリートで鋪装された白い道路であったが、現在は、雨天時の安全性と重量物の輸送の両方に対応できるように、表面がアスファルト鋪装され、その下にコンクリートが敷かれている。次に、この区間には2ヶ所の歩道橋が架けられているが、橋梁部が可動式(道路上空の部分が水平に持ち上がる構造)になっている。同様に、同区間にある信号や道路標識は、支柱を中心に水平方向に回転するようになっている。概ね月1回程度のペースで深夜に大型構造物の輸送があり、国道245号が通行止めか一方通行になる。

港湾[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

バーミングハム市から送られたバルカン像

観光地・祭事・施設[編集]

観光地・施設[編集]

吉田正音楽記念館
かみね公園

祭、郷土芸能[編集]

さくらまつりの日立風流物
  • 日立さくらまつり:4月初旬、平和通りとかみね公園を中心に開催される。日立風流物(山車)数基が披露される。
  • 常陸国YOSAKOI:5月20日前後の土日に開催(日立会場は土曜日開催・多賀市民プラザ)
  • 日立あんどんまつり:8月。かみね公園に多数の行灯やぼんぼりが灯される。
  • よかっぺ祭り:9月中旬、多賀地区を中心に開催される。「よかっぺ」は方言で「良い」あるいは「良いでしょう?」の意味。
  • 金砂神社磯出大祭礼:72年に一度、3月に行われる。
    • 西金砂神社および東金砂神社は常陸太田市(旧・金砂郷村)の神社であるが、この大祭礼は両神社と日立市水木浜の間を往復する。
  • 日立風流物(国指定重要有形・無形民俗文化財・ユネスコ世界無形文化遺産)
  • 日立ささら(県指定無形民俗文化財):獅子頭を被った3人の舞手がお囃子に合わせて舞う民俗芸能。

スポーツ[編集]

出身有名人[編集]

学界
政官界
芸術・文化・芸能
スポーツ

脚注[編集]

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注釈[編集]

参照[編集]

  1. ^ 小木津不動滝”. 日立地域ブランド推進協議会. 2012年2月16日閲覧。
  2. ^ 『日立市史』日立市(1959年)より
  3. ^ 『新修日立市史』日立市(1994年)より
  4. ^ 『十王町史』日立市(2008年)より
  5. ^ 角川日本地名大辞典 8 茨城県』角川書店(1983年)より

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]