日立市
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[編集] 概要
日立鉱山から発展した鉱工業都市であり、久原房之助が日立鉱山を拠点として以来、当初は久原鉱業=日本鉱業(現在の新日鉱ホールディングス)の企業城下町として、後年はその機械部門が分離した日立製作所(日立グループ)が親会社以上に巨大化(戦後は資本も独立)したため、主にその企業城下町となるが、本社は両社とも東京都に移転している。他に似たような企業城下町には、豊田市(トヨタ自動車)や新居浜市(別子銅山、住友グループ)などがある。
尚、都市名と企業名の混同を避けるために、日立市民は日立製作所を日製(にっせい)と呼び、都市名を日立(ひたち)と呼んで区別する(日製の略称はかつての日製商事=現・日立ハイテクノロジーズなど、日立製作所グループでも用いられる)。
戦後の一時期、県庁所在地の水戸市を人口で上回っていたことがある。しかし近年は日立製作所グループの再編成などによって人口が減少し、十王町との合併にも関わらず20万人を割った。現在県内2位のつくば市に抜かれ、現在は県内3位となっている。
[編集] 地理
関東平野が久慈川(日立市と東海村の境)で北端となるため、東側の太平洋と西側の多賀山地に挟まれ、南北に細長く可住地が伸びている。可住地の多くは、日立製作所及びその関連企業の施設が占めているため、山間地を切り開いて造成した住宅地が多い。
可住地は大半が海岸段丘と扇状地であるため、水の便が悪い所が多い。川も河口付近まで谷になっているものが多い。昔は、沢の上流からかけどいと呼ばれる水道橋を作って用水を確保していた地域もある。また、扇状地の末端部分では泉が森のように地下水が湧き出し泉となっているところもある。
南北に大きく伸びた海岸線を持つことから、市内には6箇所の海水浴場を持つ。名勝として、玉簾の滝(たまだれのたき)や諏訪梅林(すわばいりん)などがある。市内各地に桜の木が多く見られ、「日本さくら名所100選」にも選ばれている(かみね公園・平和通り)。
市北西部の日立鉱山には1914年に煙害対策として高さ155.7mの大煙突(だいえんとつ)が建てられ、鉱工業都市日立のシンボルとして長く親しまれた。これをモデルにした小説として、新田次郎の「ある街の高い煙突」がある。この大煙突は、1993年2月19日、この日に吹いた強風と老朽化の影響で突如倒壊し、現在は高さ54mとなっている。
総じて、常磐線の駅を目安に各地区が形成されており、大甕(おおみか)・多賀(たが)・助川(すけがわ)・小木津(おぎつ)・十王(じゅうおう)の国道6号沿線と、中里(なかざと)の国道349号沿線に分けられる。中里地区は、同じ国道349号沿線の常陸太田市との交流が多い。
[編集] 歴史
- 江戸時代まで
- 鹿野場遺跡、六ツヶ塚遺跡などから約3万年前の石器が出土しており、この地域には当時から人が定住していたと考えられている。
- 日立が初めて文献に登場するのは、「常陸国風土記」である。
- 戦国時代には佐竹氏の領土に入った。しかし、江戸時代になると佐竹氏が出羽国秋田へ転封され、代わって水戸藩の領土に入った。
- 1695年旧9月 徳川光圀が神峰神社に参拝した時、海上から朝日の昇る様子を「朝日の立ち上る様は領内随一」として、一帯を日立と命名した。
- 明治維新以後
- 1897年2月25日 日本鉄道大甕駅と下孫駅(現常陸多賀駅)、助川駅(現日立駅)、川尻駅(現十王駅)が開業。
- 1905年 久原房之助による日立鉱山の開発に伴い鉱山町として発展を始め、その従業員であった小平浪平が設立した日立製作所の規模拡大によって工業都市へと発展した。
- 1914年12月 日立鉱山から排出される煙害対策として、大煙突が完成。
- 1928年12月27日 常北電気鉄道(後の日立電鉄)が大甕~久慈(現久慈浜駅)間を開業。
- 1929年7月3日 常北電気鉄道が久慈(現久慈浜)~常北太田駅間を開業。
- 1939年9月1日 多賀郡の日立町と助川町が合併し、日立市となった。(県内2番目)
- 1945年:艦砲射撃(7月17日)と日立空襲(6月10日と7月19日の2度)で被災。その被災規模は北関東でも上位であった。
- 1947年9月1日 日立電鉄が大甕~鮎川駅間を開業。
- 1993年2月19日 市のシンボルであった大煙突が倒壊。
- 2004年11月1日 十王町を編入。
- 2005年4月1日 日立電鉄線が廃止される。
[編集] 人口
| 日立市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 日立市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は日立市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
- 市長:樫村千秋
- 広域事務
- 高萩市・日立市事務組合
- 茨城県市町村総合事務組合
- 日立・高萩広域下水道組合
- 茨城北農業共済事務組合
- 茨城租税債権管理機構
[編集] 政治
[編集] 衆議院
[編集] 茨城県議会
[編集] 市議会
- 定数:30
- 会派(議席):日立市政クラブ(12)/民主クラブ(9)/公明党(6)/まちづくりネット(1)/市民ネットワーク風(1)/日本共産党(1)
- 議長:井上清(日立市政クラブ)
- 副議長:石野正美(民主クラブ)
[編集] 産業
日立市は日立製作所の企業城下町として有名である。市の人口のおよそ40%は日立製作所及びグループ会社の社員かその家族である。他の企業城下町では、西の豊田市(トヨタ自動車)と対比されることが多い。市内には、日立製作所およびその系列企業の工場や社宅、社員寮が多数点在する。 東日本でも有数の工業集積地域として発展し、その事業所数はピーク時で1000を数えたが現在は約700。機械、電機、輸送機に関連する中小企業が日立市のものづくり産業を支えている。 日立地区産業支援センターは平成11年4月にオープンした産業支援機関であり、こうした中小企業の様々な事業活動をサポートしており、その精力的な活動は全国的にも注目され、モデルケースとなっている。
日立鉱山(久原鉱業所)は、現在のジャパンエナジー・日鉱金属の元になっている日本鉱業発祥の地でもある。日立鉱山は1981年に閉山となっているが、鉱石の精錬事業は日鉱金属の工場で現在も続いている。
福島県富岡町付近から日立市北部にかけての地域では、常磐炭田の存在によって明治中期以降は石炭産業が盛んであり、市内では旧十王町地区に櫛形炭鉱などが開かれていた。しかし、1960年代以降石炭産業は衰退し閉山に追い込まれた。
産業遺産として、セメントの原料である石灰石運搬用の架空索道がある。日立セメント株式会社が太平田鉱山で採掘したセメントの原料である石灰石を山根貯鉱場までの山間3.8kmの区間を運搬しているものである。さらに、山根貯鉱場からセメント工場までは、ベルトコンベアが通っており、数沢川の上に架かる線路上を通過し、市役所付近から地下に入り市街地を縦断して工場まで運搬しているものである。現在日本国内で架空索道が運転されているのはここだけの珍しい設備である。
十王地区の伊師浜海岸には、日本で唯一、海鵜(ウミウ)の捕獲が許可されている鵜捕り場が設けられている。
[編集] 漁業
- 川尻漁港
- 会瀬漁港
- 水木漁港
- 久慈漁港
[編集] 教育施設
[編集] 大学
[編集] 高等学校
- 茨城県立日立第一高等学校
- 茨城県立日立第二高等学校
- 茨城県立日立工業高等学校
- 茨城県立日立商業高等学校
- 茨城県立多賀高等学校
- 茨城県立日立北高等学校
- 科学技術学園高等学校日立(技能連携校 日立工業専修学校)
- 茨城キリスト教学園高等学校(私立)
- 明秀学園日立高等学校(私立)
- 翔洋学園高等学校(通信制)
[編集] 中学校
- 日立市立
- 私立
[編集] 小学校
- 日立市立
- 私立
[編集] 特別支援学校
[編集] 金融機関
[編集] ドラッグストア
[編集] 交通
[編集] 鉄道
- 中央駅:日立駅
[編集] 路線バス
[編集] 廃線
[編集] 道路
- 有料道路
- 国道
- 茨城県道
- 茨城県道36号日立山方線
- 河原子街道
- 平和通り(日立駅前通り)
- よかっぺ通り(常陸多賀駅前通り)
- けやき通り(市道・一部区間県道)
- 中央線(市道)
地理的に東西を山と海に挟まれた一帯に満遍なく市街地が発展したため、モータリゼーションが到来して以後は、日立市内の国道6号と国道245号は慢性的な渋滞に悩まされている。特に昼間に一般道路で日立市を通過する際にはかなりの時間を要するため、日立市内を通過する際には常磐自動車道を用いるのが一般的である。(市内を南北に結ぶ日立南太田ICと日立北ICはいずれも国道6号と直結している。)
市でも渋滞の緩和は課題のひとつであり、種々の施策を行っている。 2006年現在、日立市北部の田尻町~河原子町の海岸沿いを通る国道6号バイパスが建設中である。 国道6号とは別に小木津~石名坂間山越えの県道ルートが計画(一部開通)にあるが、先述のバイパス同様巨額の建設費用が必要とされる。
また、市内を貫く国道245号線は、日立製作所の日立工場(日立事業所)や国分工場で製造された大型の発電機などの輸送に耐えるよう、日立事業所のある幸町から南部の日立港までの区間が特殊な構造になっている。以前はドイツのアウトバーンのようにコンクリートで鋪装された白い道路であったが、現在は、雨天時の安全性と重量物の輸送の何れにも対応する観点から、表面がアスファルト鋪装され、その下にコンクリートが敷かれている。
また、幸町~日立港の区間には2ヶ所の歩道橋が架けられているが、大型構造物の輸送の際に障害にならないよう、橋梁部が可動式(道路上空の部分が水平に持ち上がる構造)になっている。同様に、同区間にある信号や道路標識は、支柱を中心に水平方向に回転するようになっている。概ね月1回程度のペースで大型構造物(発電用のタービンが多い。)の輸送があり、その場合は深夜に国道245号を通行止めか一方通行とする。これについては、以前「トリビアの泉」やテレビ朝日の『ナニコレ珍百景』、日本の歩き方等の番組で取り上げた。
[編集] 港湾
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 観光地・祭事・施設
[編集] 観光地・施設
- 吉田正音楽記念館
- かみね公園/かみね動物園/日立市郷土博物館
- 奥日立きららの里
- 日立シビックセンター/科学館/日立市立記念図書館
- 高鈴山、神峰山、風神山
- 会瀬海水浴場、川尻海水浴場、河原子海水浴場、久慈浜海水浴場、水木海水浴場、伊師浜海水浴場
- 小貝浜
- 花園・花貫県立自然公園
- 伊師浜海岸
- 鵜の岬温泉国民宿舎鵜の岬/鵜来来の湯十王/十王物産センター鵜喜鵜喜(うきうき)
- 鵜の岬(海鵜捕獲地)
- 南高野貝塚
- 玉簾の滝
[編集] 祭、郷土芸能
- 日立さくらまつり
- 日立風流物(国指定重要有形・無形民俗文化財)
- 日立ささら(県指定無形民俗文化財)
- 常陸国YOSAKOI 5月20日前後の土日に開催(日立会場は土曜日開催・多賀市民プラザ)
- 金砂神社磯出大祭礼
- 西金砂神社・東金砂神社は常陸太田市(旧金砂郷村)の神社であるが、この大祭礼は両神社~日立市水木浜間を往復する。
- よかっぺ祭り
[編集] 出身有名人
- 学界
- 柴田方庵(幕末の蘭学者、医者)
- 五来重(民俗学者)
- 近藤陽次(宇宙物理学者、NASA研究員、SF作家)
- 渡辺寧(電子工学者、文化功労者)
- 鈴木玄淳(江戸時代の教育者)
- 妹島和世(建築家)
- 吉原正(建築家)
- 田中信太郎(美術家)
- 政官界
- 芸術・文化・芸能
- 上妻宏光(三味線奏者)
- 萩庭貞明(映画監督)
- 大泉実成(ノンフィクションライター)
- KATSUMI(ミュージシャン、シンガーソングライター)
- 七帆ひかる(タカラジェンヌ)
- 河原泰則(コントラバス奏者)
- 黒沢健一(ミュージシャン、L⇔Rボーカル)
- 黒沢秀樹(ミュージシャン、L⇔Rギタリスト)
- 坂口博信(ゲームクリエイター、ファイナルファンタジーシリーズ)
- 長山靖生(評論家、歯学博士)
- 山崎裕(ピアノ奏者)
- 吉田正(作曲家、国民栄誉賞受賞)
- スポーツ
- 鏡山親方(元関脇・多賀竜)
- 大至伸行(元関取、歌手)
- 日立龍栄一(元関取)
- 會澤翼(プロ野球選手、広島東洋カープ)
- 江尻亮(元プロ野球選手、十王町出身)
- 大友進(元プロ野球選手、十王町出身)
- 鈴木隆行(サッカー選手)
- 本間幸司(サッカー選手、水戸ホーリーホック所属)
- 宮本征勝(サッカー選手、鹿島アントラーズ初代監督)
- 黒澤元治(元カーレーサー)
- 柴田国明(元プロボクシング世界王者)
- 沼田憲保(モーターサイクル・ロードレースライダー)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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