関脇

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関脇(せきわけ、せきわき)は、大相撲において大関の下、小結の上の階級。

歴史[編集]

「大関」の「脇」をつとめる者、という意味が語源とされている。ちなみに、第2位の力士を〈脇〉と呼ぶことは、平安時代相撲節会に遡る。江戸時代には、大関の地位にいる力士が看板大関であることもしばしばあったことから、その時は関脇に位置した力士が実質的にはその場所の最強力士であることも多かった。雷電爲右エ門が、江戸初登場のときに関脇に位置したことにもそういう背景があった。

大相撲で三役と言えば正確には大関・関脇・小結のことであるが、一般的にはこのうち関脇・小結を指す。関脇は大関を狙うにあたっては最も近い地位である。

概要[編集]

小結以下の幕内力士が関脇に昇進する場合には、横綱・大関に昇進する場合とは異なり、特別な規定は設けられておらず、通常は小結で勝ち越していれば昇進できる。ただし、小結で勝ち越した場合であっても、関脇が誰も負け越していない場合かつ大関へ昇進する関脇が存在しない場合は、そのまま小結に据え置かれてしまう場合も多い。反面、前頭上位で勝ち越しを果たし、関脇・小結の全力士が負け越している場合は小結を越えて一気に関脇に昇進する場合があり、新三役が関脇だった力士も多数存在する。

原則として、関脇は1回の負け越しで小結以下の地位への陥落が決定する。関脇で7勝8敗の1点負け越しの場合、通常では翌場所は小結の地位へ下がることが多いが、関脇・小結や前頭上位に勝ち越し力士がいなければ、運良く関脇に留まることもある。逆に、幕内上位に勝ち越し力士が多数出た場合は、関脇で7勝8敗ながらも平幕まで陥落することもあり得る。

関脇が大関に昇進する場合には、関脇(または小結)で2、3場所続けて優秀な成績(3場所通算33勝以上が目安とされている)を挙げなければならない。したがって、8勝7敗・9勝6敗・10勝5敗といった並の勝ち越しを続けている場合は、何場所も続けて関脇に留まることになる。

大関が2場所続けて負け越すと関脇へと陥落するが、その場合、関脇の中では最も低い順位に据えられるのが通例である(主に西関脇。東西の関脇が勝ち越していれば、張出したところの東もしくは西の関脇となることが多い)。陥落直後の場所に10勝以上すると無条件に大関特例復帰ができる内規があるため、仮に10勝で復帰を決めた場合に、半枚上の関脇が11勝以上挙げても大関昇進出来ないと、番付・勝ち星共に下回っていた者が翌場所の番付で上になる、という矛盾が生じる。[1]そのため、大関から陥落直後の関脇は第一順位(すなわち東関脇筆頭)に据えるべき、との意見も一部には存在する。

世間一般では、関脇と小結とは大差ないようにも見られがちだが、かつて何度も三役に上がり大関候補と呼ばれた力士は例外なく関脇止まりであり、元関脇と元小結との間には、やはり地力において相応の差があるものと見るべきである。通算成績から判断すると関脇と小結との実力差は大きい。

記録[編集]

関脇在位記録[編集]

順位 関脇在位 四股名 最高位
1位 22場所 琴光喜啓司 大関
2位 21場所 長谷川勝敏 関脇
琴錦功宗 関脇
魁皇博之 大関
5位 20場所 武双山正士 大関
6位 17場所 栃東大裕 大関
若の里忍 関脇☆
8位 15場所 貴闘力忠茂 関脇
名寄岩静男 大関
10位 14場所 安念山治 関脇
大麒麟將能 大関
雅山哲士 大関
  • 2014年3月場所現在。
  • ☆は2014年1月場所終了時点で現役。
  • ※は年6場所制定着以前の入幕。

三役(関脇・小結)在位記録[編集]

順位 四股名 三役在位 関脇在位 小結在位 最高位
1位 琴錦功宗 34場所 21場所 13場所 関脇
2位 魁皇博之 32場所 21場所 11場所 大関
3位 武双山正士 31場所 20場所 11場所 大関
4位 長谷川勝敏 30場所 21場所 9場所 関脇
琴光喜啓司 22場所 8場所 大関
6位 高見山大五郎 27場所 8場所 19場所 関脇
安芸乃島勝巳 12場所 15場所 関脇
8位 貴闘力忠茂 26場所 15場所 11場所 関脇
若の里忍 17場所 9場所 関脇☆
10位 大麒麟將能 22場所 14場所 8場所 大関
栃東大裕 17場所 5場所 大関
稀勢の里寛 10場所 12場所 大関☆
  • 2014年3月場所現在。
  • ☆は2014年1月場所終了時点で現役。

関脇連続在位記録[編集]

順位 関脇在位 四股名 在位期間 最高位
1位 13場所 魁皇博之 1995(平成7)年1月場所 - 1997(平成9)年1月場所 大関
2位 12場所 豪栄道豪太郎 2012(平成24)年5月場所 - 継続中 関脇☆
3位 11場所 琴光喜啓司 2005(平成17)年11月場所 - 2007(平成19)年7月場所↑ 大関
4位 9場所 逆鉾昭廣 1987(昭和62)年11月場所 - 1989(平成元)年3月場所 関脇
武蔵丸光洋 1992(平成4)年9月場所 - 1994(平成6)年1月場所↑ 横綱
6位 8場所 若ノ花勝治 1954(昭和29)年1月場所 - 1955(昭和30)年9月場所↑ 横綱
長谷川勝敏 1969(昭和44)年1月場所 - 1970(昭和45)年3月場所 関脇
1971(昭和46)年5月場所 - 1972(昭和47)年7月場所
9位 7場所 松登福太郎 1954(昭和29)年3月場所 - 1955(昭和30)年9月場所↑ 大関
大豪久照 1963(昭和38)年5月場所 - 1964(昭和39)年5月場所 関脇
前乃山太郎 1969(昭和44)年7月場所 - 1970(昭和45)年7月場所↑ 大関
  • 2014年3月場所現在。
  • 四股名は在位期間終了当時の四股名。
  • 在位期間の↑は在位期間終了時に大関昇進。
  • 最高位の☆は2014年1月場所終了時点で現役。
  • ※は年6場所制以前の入幕

三役(関脇・小結)連続在位記録[編集]

順位 在位場所数 四股名 在位期間 小結 関脇 最高位
1位 19場所 若の里忍 2002(平成14)年1月場所 - 2005(平成17)年1月場所 5場所 14場所 関脇☆
2位 14場所 魁皇博之 1994(平成6)年11月場所 - 1997(平成9)年1月場所 1場所 13場所 大関
琴光喜啓司 2005(平成17)年5月場所 - 2007(平成19)年7月場所↑ 2場所 12場所 大関
4位 12場所 北葉山英俊 1959(昭和34)年7月場所 - 1961(昭和36)年5月場所↑ 3場所 9場所 大関
武双山正士 1995(平成7)年7月場所 - 1997(平成9)年5月場所 5場所 7場所 大関
豪栄道豪太郎 2012(平成24)年5月場所 - 継続中 0場所 12場所 関脇☆
7位 11場所 大麒麟將能 1969(昭和44)年1月場所 - 1970(昭和45)年9月場所↑ 5場所 6場所 大関
逆鉾昭廣 1987(昭和62)年11月場所 - 1989(平成元)年7月場所 1場所 10場所 関脇
武蔵丸光洋 1992(平成4)年5月場所 - 1994(平成6)年1月場所↑ 2場所 9場所 横綱
安馬公平 2007(平成19)年3月場所 - 2008(平成20)年11月場所↑ 3場所 8場所 横綱☆
  • 2014年3月場所現在。
  • 四股名は在位期間終了当時の四股名。
  • 在位期間の↑は在位期間終了時に大関昇進。
  • 最高位の☆は2014年1月場所終了時点で現役。
  • ※は年6場所制以前の力士。

関脇で優勝した力士[編集]

場 所 地 位 四股名 成 績 翌場所 最高位
1929年(昭和4年)1月場所 東関脇 玉錦三右エ門 10勝1敗 東関脇(9勝2敗) 横綱
1932年(昭和7年)2月場所 西関脇 清水川元吉 8戦全勝 西関脇(8勝2敗) 大関
1934年(昭和9年)1月場所 西関脇 男女ノ川登三 9勝2敗 西張出大関(5勝6敗) 横綱
1936年(昭和11年)5月場所 西関脇 双葉山定兵衛 11戦全勝 東大関(11戦全勝) 横綱
1940年(昭和15年)5月場所 西関脇 安藝ノ海節男 14勝1敗 東大関(12勝3敗) 横綱
1948年(昭和23年)10月場所 西関脇 増位山大志郎 10勝1敗
(○東富士
西大関(7勝6敗) 大関
1952年(昭和27年)9月場所 西関脇 栃錦清隆 14勝1敗 東張出大関(11勝4敗) 横綱
1956年(昭和31年)3月場所 東関脇 朝汐太郎
(のち朝潮太郎)
12勝3敗
(○若ノ花
(○若羽黒
東関脇(8勝7敗) 横綱
1957年(昭和32年)3月場所 西関脇 朝汐太郎 13勝2敗 西大関(9勝6敗) 横綱
1960年(昭和35年)11月場所 東関脇 大鵬幸喜 13勝2敗 東張出大関(10勝5敗) 横綱
1962年(昭和37年)3月場所 東張出関脇 佐田の山晋松 13勝2敗
(○大鵬)
西大関(13勝2敗) 横綱
1962年(昭和37年)5月場所 西関脇 栃ノ海晃嘉 14勝1敗 東張出大関(9勝6敗) 横綱
1972年(昭和47年)3月場所 東関脇 長谷川勝敏 12勝3敗
(○魁傑
東関脇(8勝7敗) 関脇
1972年(昭和47年)5月場所 西関脇 輪島博 12勝3敗 東関脇(8勝7敗) 横綱
1974年(昭和49年)1月場所 東関脇 北の湖敏満 14勝1敗 東大関(10勝5敗) 横綱
1975年(昭和50年)11月場所 東関脇 三重ノ海五郎 13勝2敗 東大関(8勝7敗) 横綱
1981年(昭和56年)1月場所 東関脇 千代の富士貢 14勝1敗
(○北の湖)
東大関(11勝4敗) 横綱
1981年(昭和56年)9月場所 東関脇 琴風豪規 12勝3敗 東大関(11勝4敗) 大関
1983年(昭和58年)5月場所 東関脇 北天佑勝彦 14勝1敗 東張出大関(9勝6敗) 大関
1986年(昭和61年)3月場所 西関脇 保志延芳
(のち北勝海信芳)
13勝2敗 東関脇(11勝4敗) 横綱
1992年(平成4年)5月場所 西関脇 曙太郎 13勝2敗 東大関(全休) 横綱
1999年(平成11年)1月場所 東関脇 千代大海龍二 13勝2敗
(○若乃花
西大関(3勝8敗4休) 大関
1999年(平成11年)7月場所 西関脇 出島武春 13勝2敗
(○曙)
東大関2枚目(10勝5敗) 大関
2000年(平成12年)1月場所 東関脇2枚目 武双山正士 13勝2敗 東関脇(12勝3敗) 大関
  • 四股名は優勝当時の四股名。
  • 成績の()内は優勝決定戦。決定戦は1947年(昭和22年)6月場所から導入され、それ以前は同点の場合は番付上位者の優勝。玉錦には他に関脇での優勝同点が2回(昭和4年3月場所と5年1月場所、いずれも9勝2敗、大関豊國が番付上位で優勝、直接の対戦は2回とも玉錦の勝利)ある。
  • 地位の「2枚目」などは、張出でなく番付の枠内に書き出されたもの。
  • 曙の大関2場所目は東張出大関で9勝6敗。

新三役が関脇だった力士(平成以降)[編集]

平成以降では、下記の力士がこれに該当する。このうち、追風海と北勝力は小結を経験していない。小結未経験の関脇は、戦後では他に高鐵山佐田の山がいる。このうち佐田の山は後に横綱に昇進しているが、他の3人は三役在位が新関脇の1場所のみであり、その後の三役経験は無い。

四股名 前場所 地位 成績 新三役(新関脇)場所 地位 成績 最高位
寺尾常史 1989年1月場所 西前頭筆頭 8勝7敗殊 1989年3月場所 西関脇 5勝10敗 関脇
琴富士孝也 1990年5月場所 西前頭筆頭 8勝7敗 1990年7月場所 西関脇 4勝11敗 関脇
武双山正士 1994年1月場所 西前頭3枚目 10勝5敗殊 1994年3月場所 西関脇 9勝6敗 大関
玉春日良二 1997年5月場所 東前頭筆頭 8勝7敗殊 1997年7月場所 西関脇 7勝8敗 関脇
出島武春 1997年9月場所 東前頭筆頭 11勝4敗殊技 1997年11月場所 西関脇 5勝3敗7休 大関
追風海直飛人 2000年9月場所 西前頭2枚目 9勝6敗 2000年11月場所 西関脇 4勝5敗6休 関脇
琴光喜啓司 2000年11月場所 西前頭9枚目 13勝2敗殊敢技 2001年1月場所 西関脇 4勝11敗 大関
北勝力英樹 2004年5月場所 西前頭筆頭 13勝2敗殊敢 2004年7月場所 西関脇 3勝12敗 関脇
琴奨菊和弘 2007年1月場所 東前頭筆頭 9勝6敗 2007年3月場所 西関脇 7勝8敗 大関☆
阿覧欧虎 2010年7月場所 東前頭2枚目 11勝4敗敢 2010年9月場所 東関脇 7勝8敗 関脇
  • 最高位の☆は2013年9月場所終了時点で現役。

同時最多在籍関脇[編集]

1972年(昭和47年)7月場所において、大相撲史上最多の5関脇(番付順に輪島博貴ノ花満三重ノ海五郎魁傑輝之長谷川勝敏)が同時に在籍したことがある。この例はこれまでに1例しかない。

  • ちなみに5関脇に次ぐ4関脇は、昭和以降現在まで24例がある。なお、1961年9月場所から1962年5月場所まで、5場所連続で4関脇が続いたことがある。

脚注[編集]

  1. ^ 実際に2000年1月場所では、東関脇2枚目の武双山が13勝2敗で優勝したが大関昇進は見送られ、大関陥落直後の貴ノ浪が西関脇2枚目で10勝5敗で大関復帰を決めたため、この矛盾が生じた。

関連[編集]