旭天鵬勝

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旭天鵬勝 Sumo pictogram.svg
Kyokutenho 2008.jpg
基礎情報
四股名 旭天鵬 勝
本名 太田 勝
愛称 テンホー
生年月日 1974年9月13日(39歳)
出身 モンゴル国ウランバートル市ナラフ区ナライハ
身長 191cm
体重 157kg
BMI 43.04
所属部屋 大島部屋友綱部屋
得意技 右四つ、寄り
成績
現在の番付 前頭12枚目
最高位 西関脇
生涯戦歴 881勝885敗22休(133場所)
幕内戦歴 651勝714敗15休(92場所)
優勝 幕内最高優勝1回
敢闘賞6回
データ
初土俵 1992年3月場所
入幕 1998年1月場所
趣味 映画鑑賞
備考
金星2個(貴乃花1個、朝青龍1個)
2014年6月30日現在

旭天鵬 勝(きょくてんほう まさる、1974年9月13日 - )は、モンゴル国ウランバートル市ナラフ区ナライハ町出身で、友綱部屋(入門時は大島部屋)に所属する現役大相撲力士。本名は太田 勝(おおた まさる)、モンゴル名(帰化前)は ニャムジャウィーン・ツェウェグニャムモンゴル語キリル文字表記:Нямжавын Цэвэгнямラテン文字転写Nyamjavyn Tsevegnyam)。所属していた大島部屋の師匠だった2代大島親方(元大関・旭國)の養子(婿養子ではない)で、既に年寄・大島株の譲渡が内定している後継予定者である。

愛称は「テンホー」(四股名に由来)。身長191cm、体重157kg。長身で懐の深さを生かした取り口で知られる。得意手は右四つ、寄り。最高位は西関脇2003年7月場所・11月場所、2004年5月場所)。血液型はO型。

来歴[編集]

1992年に旭鷲山旭天山らと共に来日して大島部屋に入門し、大相撲史上初のモンゴル出身力士の1人として同年3月場所において初土俵を踏む。もともと相撲や柔道の経験はほとんどなく、中学時代はバスケットボールをしていた。

来日して半年後に、稽古の厳しさや日本の食文化などに馴染めず、共に来日した5人と部屋を脱走してモンゴル大使館に駆け込むが、モンゴルの実家まで来た師匠・2代大島親方に「今に相撲はモンゴルの時代になる」と説得されて部屋へ戻った。

来日後の3ヶ月間は通訳が付いたものの、ほとんど辞書を使わずに流暢な日本語を修得した。後にはその経験を買われて、2000年5月30日に「学習ストラテジー概論:効果的な言語習得のために」というテーマで、早稲田大学日本語研究教育センター教授の宮崎里司と対話形式で授業を行ったことがある。その内容は『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』(日本語学研究所、2001年、ISBN 4625683181)という宮崎里司の著書でも紹介されている。

1994年3月場所に幕下へ昇進し、1996年1月場所には西幕下9枚目の位置で7戦全勝という成績を挙げて優勝決定戦まで進出した。優勝決定戦ではこの場所において幕下付出で初土俵を踏んだ熊谷に敗れたものの、「幕下15枚目以内で7戦全勝すれば無条件に十両昇進する」という内規により、翌3月場所において新十両へ昇進した。その後、途中で幕下へ陥落することもあったものの、約2年間にわたって十両に在位し、1998年1月場所において新入幕を果たした。

その後、十両へ2回陥落したものの、1999年5月場所に3回目の入幕を果たしてからは幕内に定着し、2000年1月場所では11勝4敗と幕内では自身初となる二桁勝利を挙げて初の敢闘賞を受賞した。2002年1月場所では新三役となる東小結へ昇進した。2002年9月場所では横綱・貴乃花を破って初の金星を挙げた。2003年3月場所には横綱・朝青龍掛け投げで破り2個目の金星を挙げ、東前頭筆頭の位置で9勝6敗と勝ち越して2回目の敢闘賞を受賞した。西小結へ昇進した翌5月場所でも10勝5敗と三役としては自身初となる勝ち越しを決めて3回目の敢闘賞を受賞した。自己最高位となる西関脇へと昇進した翌7月場所では6勝9敗と負け越したものの、翌9月場所では東前頭2枚目の位置で10勝5敗の好成績を挙げて4回目の敢闘賞を受賞した。

2004年1月に日本国籍の取得を申請し、2005年5月12日にモンゴル国籍を離脱、同年6月22日に旭天山と共に日本国籍を取得して、モンゴル出身力士としては初となる日本への帰化を果たした。2006年1月にはモンゴル政府より、オリンピックのメダリストなどに贈られるスポーツ功労賞を受賞している。大相撲力士では、旭鷲山・朝青龍に続いて3人目の受賞者となった。同年5月23日には婚約を発表した。

2006年7月場所には、当時の現役力士では土佐ノ海と並び史上1位となる幕内連続出場660回を記録した。その後も幕内連続出場は続いたものの、2007年5月場所前に人身事故を起こし出場停止処分を受けてこの場所を全休(関取となってから初の休場)し、現役力士では単独1位となっていた幕内連続出場記録は720回で途切れた。8年ぶりに十両へ陥落した翌7月場所では12勝3敗と大きく勝ち越して優勝決定戦まで進出し、優勝決定戦では巴戦岩木山に敗れたものの、翌9月場所に1場所で幕内へ復帰した。その9月場所では千秋楽まで白鵬と優勝を争い、最終的には12勝3敗という好成績を挙げて5回目の敢闘賞を受賞した。

2009年1月場所では西前頭筆頭の位置で9勝6敗と勝ち越し、翌3月場所において17場所ぶりに小結に復帰した。34歳5ヶ月での三役昇進は戦後では大関経験者を除いて史上9位の年長記録となった。同年7月場所にも小結に昇進し、34歳9ヶ月16日での三役昇進は戦後では大関経験者を除いて史上6位の年長記録、通算10回目の三役昇進は史上8位タイの記録となった。

2012年4月に師匠の2代大島が定年退職を迎えて大島部屋が閉鎖されたため、他の所属力士と共に友綱部屋へと移籍した[1]。友綱部屋へ移籍後初の場所となった同年5月場所では、西前頭7枚目の位置で5日目までは黒星と白星が交互に続く2勝3敗の成績だったものの、そこから一転して快調に白星を重ねていき、14日目には大関・琴欧洲を豪快な上手投げで破り、千秋楽には関脇・豪栄道にも勝利して10連勝し、12勝3敗の成績で優勝決定戦まで進出した。優勝決定戦では、千秋楽では対戦相手の琴欧洲が前日の旭天鵬戦で右足根骨靱帯を損傷し休場したために不戦勝となった栃煌山と現行制度では初となる平幕力士同士での対戦となり、その優勝決定戦で栃煌山を叩き込みで破り、自身初となる幕内最高優勝を果たした。37歳8ヶ月での幕内初優勝は、優勝制度が制定された1909年(明治42年)6月場所以降では1916年(大正5年)1月場所における西ノ海の35歳11ヶ月を96年ぶりに更新する史上最年長記録、昭和以降でも1930年(昭和5年)1月場所における豊國の35歳6ヶ月を大きく更新する史上最年長記録となり、年長優勝記録としても太刀山の持つ38歳9ヶ月・37歳9ヶ月に次ぐ史上3位、年6場所制となった1958年以降では1990年11月場所における千代の富士の35歳5ヶ月を上回る最年長記録となった。また、初土俵から所要121場所・新入幕から所要86場所での初優勝は2000年3月場所における貴闘力の同103場所・58場所を抜いて1909年以降では史上1位のスロー記録、平幕優勝は2001年9月場所における琴光喜以来10年8ヶ月ぶり、モンゴル出身力士としては朝青龍・白鵬・日馬富士に続く4人目、モンゴル出身力士通算では50回目の幕内最高優勝となり、日本国籍を持つ力士の優勝は2006年1月場所における栃東以来37場所ぶりのこととなった。同時に6回目の敢闘賞も受賞した[2]

続く同年7月場所では、東前頭筆頭の位置で初日から8連敗と早々に負け越しが決まり、以降も精彩を欠いて初日から13連敗を喫してしまい[3]、14日目と千秋楽には勝利して15戦全敗は免れたものの、結果的には2勝13敗という大敗に終わった。1場所15日制が定着した1949年以降で、前場所の優勝力士が翌場所において初日から8連敗で負け越すのは史上初のこととなり、また前場所の優勝力士が翌場所に皆勤して13敗を喫したのは1968年5月場所における若浪および2000年5月場所における貴闘力と並ぶ史上1位のワースト記録となった。

東前頭11枚目の位置まで番付を下げた翌9月場所では、幕内では自身初となる初日からの8連勝で中日に勝ち越しを決めた。38歳0ヶ月3日での幕内中日勝ち越しは、1952年1月場所における羽黒山の37歳2ヶ月を60年ぶりに更新する史上最年長記録となった[4][5]。9日目には栃煌山を破り通算813勝目を挙げて、高見山が持つ外国出身力士の最多通算勝利記録を28年ぶりに更新した。その後は優勝争いからは脱落し、勝てば敢闘賞受賞が決まっていた千秋楽の豪栄道戦にも敗れてしまい三賞受賞も逃したものの、10勝5敗という好成績を挙げた。翌11月場所でも10勝5敗の成績を挙げて自身初となる2場所連続しての二桁勝利を記録した。

2013年3月場所では9日目に通算出場1655回を記録して、高見山が持つ外国出身力士の最多通算出場記録を29年ぶりに更新した。同年9月13日には39歳の誕生日を迎えて、年6場所制となった1958年以降に初土俵を踏んだ力士としては、1984年3月場所において39歳8ヶ月で十両へ陥落するまで幕内に在位した高見山に次いで2人目となる39歳の幕内力士となり[6]、直後に行われた同年9月場所では13日目に勝ち越しを決めて、年6場所制となった1958年以降では1983年11月場所において39歳5ヶ月で勝ち越しを果たした高見山に次いで2人目となる39歳での幕内勝ち越しを記録した[7]

2014年1月場所では10日目に白鵬と結びの一番で対戦し、昭和以降では1983年7月場所での千代の富士戦における高見山の39歳0ヶ月を抜いて史上最年長となる39歳4ヶ月での結びの一番への出場を記録した[8]。11日目には魁皇を抜いて史上3位となる通算出場1732回を記録した。翌3月場所では12日目に勝ち越しを決めて、年6場所制となった1958年以降では高見山を抜いて史上最年長記録となる39歳6ヶ月での幕内勝ち越しを記録すると同時に、39歳を迎えて以降に複数回の幕内勝ち越しを記録した史上初の力士となった。

翌5月場所では初日の時点で39歳7ヶ月28日となり、年6場所制となった1958年以降に初土俵を踏んだ力士としては、1984年1月場所千秋楽における高見山の39歳7ヶ月6日の記録を30年ぶりに更新しての史上最年長幕内力士となった[9]。6日目には新横綱の鶴竜と、7日目には白鵬とそれぞれ結びの一番で対戦し、自身が持つ結びの一番の史上最年長出場記録を39歳8ヶ月に更新した。10日目には同場所における初白星を挙げて、1984年1月場所初日に幕内にて高見山が39歳206日で挙げた白星の記録を抜いて、年6場所制となった1958年以降に初土俵を踏んだ力士としては最年長記録となる39歳249日での幕内勝利を記録した[10]

2007年11月場所で旭天山が引退し、現在では旭鷲山らと共に来日した初のモンゴル出身力士6人の中で現役最後の力士となっている。

取り口など[編集]

右四つ得意とされ、実際に右四つに組むことが多いが、左四つでも遜色なく取れるいわゆる「なまくら四つ」である。右でも左でも胸を合わせたがっぷりの体勢になれば十分で、廻しを引き付けて吊り寄り気味に寄って出る。この型になれば横綱・大関とも互角以上に渡り合う地力がある。懐が深いために、両上手のいわゆる外四つの状態でもある程度相撲が取れ、逆転の叩きや引き落としも決まる。しかし、自身も腰が高いことが多いため、寄って出ながら土俵際で逆転を食らうことが多い。立合いでは勢い良く足を出して差すか上手を狙うが当たりは強くなく脇が甘い。また突き押しが不得手であるため、立合いで優位に立てなければあまり攻め手はないようである。また、四つ相撲の取り手としては珍しくツラ相撲の傾向がある。

現在30代後半のベテランながらがっぷり四つになれば新進気鋭の若手にも負けないが、上位陣には昔から滅法弱く、横綱・大関陣には対戦成績で大きく引き離されている。しかし2004年5月場所では、当時無敵を誇った横綱・朝青龍をがっぷり四つからの吊り出しに破り、四つに組み止めた時の地力の高さを見せ付けた。朝青龍が横綱になってから吊り出しで敗れたのはこの1回だけである。

怪我に強く、上記の謹慎による休場を除けば幕内で休場したことはない。また体の張りは若々しく、最近では大相撲中継でアナウンサーや解説者にしきりに「体が若い」などと感嘆されている。北の富士勝昭は、本人が幕内最高優勝を果たした2012年5月場所千秋楽(2012年5月20日)のNHK総合・大相撲中継における解説にて「この人はあと5年は(相撲を)取れるね」と評した。

エピソード[編集]

  • 旭鷲山と共に、日馬富士や時天空などといったモンゴル出身の力士たちから慕われている。朝青龍からも「アニキ」と呼ばれる。2012年5月場所での初優勝パレードの際には、白鵬が旗手を進んで買って出た。優勝パレードのオープンカーには、師匠で養父でもある元・大島親方も同乗した[11]
  • 趣味はゴルフ、好きな料理はジンギスカン鍋
  • 元幕下・不動山は実弟。不動山は本名のニャムジャブ・ロブサンドルジとして、2010年8月に藤波辰爾が主宰するプロレス団体・ドラディションにてプロレスラーとしてデビューした。
  • 高島部屋に在籍していた元幕下の大天霄(だいてんしょう)は従弟。大島親方の長男で元三段目の旭萌天と次男の旭照天・藤島部屋に在籍する翔天狼は義弟(妹婿)、大島親方夫人の母親の養子となった旭天山は義理の叔父に当たる。
  • 2004年9月場所3日目の栃東戦で、幕内では初となるつきひざにより勝利を収めた。
  • 2006年5月場所6日目の雅山(当時・西関脇)、そして2010年11月場所3日目の豊ノ島(当時・西前頭9枚目)と、2回にわたって本割唯一となる黒星を付けている(両力士ともその場所の成績は旭天鵬に負けたのみの14勝1敗)。なおこれらの場所はいずれも優勝決定戦白鵬が制しており、結果的に両方で旭天鵬が白鵬の援護射撃を果たしたことになった。豊ノ島の場合は、勝っていれば1957年11月場所の玉乃海以来の平幕力士の全勝優勝を達成していた、雅山の場合は当時関脇で白鵬との本割の直接対決には勝っていただけに、この黒星が大いに響いた。
  • 2012年9月場所14日目には若の里との、史上初となる通算800勝以上を記録する力士同士による対決が実現した[12]。取組は若の里が寄り切りで勝利し、旭天鵬は「負けたけど、力を出し切った。今日に限っては悔しくないな」と取組後に語った。
  • 日本国籍取得に際しては母国モンゴルで「なぜ祖国を捨てるのか」という非難の声も上がったが、旭天鵬は「将来親方となり後進を指導するためには日本国籍を取得する必要がある」現在の制度に従ったことを現地のマスコミに説明した。師匠である2代大島親方の定年退職後は、自身が引退して大島部屋を継承すると見られていたが、その後、師匠の退職後も現役を続行することを希望したため、師匠の退職に伴って大島部屋は閉鎖され、自身は友綱部屋へ移籍した。

主な成績[編集]

2014年5月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:881勝885敗22休(133場所)
  • 幕内戦歴:651勝714敗15休
  • 幕内在位:92場所
  • 三役在位:12場所(関脇3場所、小結9場所)

各段優勝[編集]

三賞・金星[編集]

  • 三賞:6回
    • 敢闘賞:6回(2000年1月場所、2003年3月場所、2003年5月場所、2003年9月場所、2007年9月場所、2012年5月場所)
  • 金星:2個

場所別成績[編集]

                                                 

旭天鵬 勝
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1992年
(平成4年)
x (前相撲) 東 序ノ口 #47
6–1
 
西 序二段 #98
4–3
 
東 序二段 #72
休場
0–0–7
西 序二段 #142
5–2
 
1993年
(平成5年)
西 序二段 #86
5–2
 
西 序二段 #44
5–2
 
西 序二段 #8
5–2
 
東 三段目 #71
4–3
 
東 三段目 #51
6–1
 
東 三段目 #5
3–4
 
1994年
(平成6年)
西 三段目 #19
5–2
 
西 幕下 #53
4–3
 
東 幕下 #44
2–5
 
東 三段目 #9
5–2
 
東 幕下 #45
6–1
 
東 幕下 #21
4–3
 
1995年
(平成7年)
西 幕下 #16
3–4
 
東 幕下 #24
3–4
 
東 幕下 #33
4–3
 
東 幕下 #27
4–3
 
東 幕下 #19
4–3
 
東 幕下 #13
4–3
 
1996年
(平成8年)
西 幕下 #9
7–0
 
東 十両 #13
9–6
 
西 十両 #7
6–9
 
東 十両 #12
8–7
 
西 十両 #8
5–10
 
東 幕下 #1
4–3
 
1997年
(平成9年)
西 十両 #11
7–8
 
西 十両 #12
8–7
 
東 十両 #9
9–6
 
東 十両 #4
8–7
 
東 十両 #2
8–7
 
西 十両 #1
9–6
 
1998年
(平成10年)
西 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #12
6–9
 
東 十両 #1
8–7
 
西 前頭 #15
4–11
 
東 十両 #5
8–7
 
西 十両 #2
6–9
 
1999年
(平成11年)
東 十両 #6
9–6
 
東 十両 #1
8–7
 
東 前頭 #14
9–6
 
西 前頭 #10
7–8
 
東 前頭 #12
8–7
 
東 前頭 #8
6–9
 
2000年
(平成12年)
東 前頭 #13
11–4
西 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #6
7–8
 
西 前頭 #7
9–6
 
東 前頭 #3
4–11
 
西 前頭 #6
7–8
 
2001年
(平成13年)
東 前頭 #8
10–5
 
東 前頭 #1
3–12
 
西 前頭 #7
6–9
 
東 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #8
9–6
 
西 前頭 #5
8–7
 
2002年
(平成14年)
西 小結
6–9
 
東 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #3
8–7
東 小結
7–8
 
2003年
(平成15年)
東 前頭 #2
8–7
 
西 前頭 #1
9–6
西 小結
10–5
西 関脇
6–9
 
東 前頭 #2
10–5
西 関脇
4–11
 
2004年
(平成16年)
西 前頭 #3
8–7
 
西 前頭 #2
10–5
 
西 関脇
6–9
 
東 前頭 #1
8–7
 
東 小結
5–10
 
西 前頭 #3
5–10
 
2005年
(平成17年)
東 前頭 #6
10–5
 
東 前頭 #1
6–9
 
西 前頭 #3
6–9
 
西 前頭 #5
8–7
 
西 前頭 #3
10–5
 
東 小結
8–7
 
2006年
(平成18年)
東 小結
4–11
 
東 前頭 #5
11–4
 
東 小結
5–10
 
西 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #6
10–5
 
2007年
(平成19年)
東 前頭 #3
8–7
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #8
出場停止
0–0–15
西 十両 #3
12–3
 
西 前頭 #12
12–3
西 前頭 #4
4–11
 
2008年
(平成20年)
西 前頭 #10
10–5
 
西 前頭 #4
9–6
 
東 前頭 #2
4–11
 
東 前頭 #9
10–5
 
東 前頭 #3
6–9
 
西 前頭 #6
10–5
 
2009年
(平成21年)
西 前頭 #1
9–6
 
西 小結
6–9
 
西 前頭 #2
8–7
 
東 小結
6–9
 
西 前頭 #2
5–10
 
西 前頭 #6
8–7
 
2010年
(平成22年)
西 前頭 #5
8–7
 
東 前頭 #2
3–12
 
西 前頭 #7
9–6
 
東 前頭 #3
7–8
 
西 前頭 #3
4–11
 
東 前頭 #9
9–6
 
2011年
(平成23年)
東 前頭 #6
7–8
 
八百長問題
により中止
東 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #2
2–13
 
西 前頭 #10
11–4
 
西 前頭 #2
4–11
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #6
9–6
 
東 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #7
12–3
東 前頭 #1
2–13
 
東 前頭 #11
10–5
 
東 前頭 #6
10–5
 
2013年
(平成25年)
西 前頭 #2
4–11
 
西 前頭 #8
7–8
 
東 前頭 #9
9–6
 
東 前頭 #4
6–9
 
西 前頭 #6
8–7
 
東 前頭 #2
5–10
 
2014年
(平成26年)
西 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #8
9–6
 
西 前頭 #3
3–12
 
東 前頭 #12

 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

幕内対戦成績[編集]

2014年3月場所終了現在

力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
碧山 2 4 蒼樹山 2 2 安芸乃島 9 3 安芸乃州 0 1
0 1 朝青龍 2 36 朝赤龍 12 8 朝乃翔 6 1
朝乃若 6 4 東龍 2 0 安美錦 10(1) 16 阿覧 6 6
3 3 市原 1 0 岩木山 13 3 潮丸 1 0
遠藤 0 1 皇司 1 4 大碇 1 1 大岩戸 1 0
大砂嵐 1 0 大日ノ出 3 2 小城錦 3 4 隠岐の海 6 3
魁皇 5(1) 34 魁聖 1 1 海鵬 7 7 臥牙丸 7 3
垣添 12 7 鶴竜 3 14 春日王 3 4 春日錦 2 1
巌雄 3(1) 2 稀勢の里 9 14 北勝鬨 1 2 北桜 2 0
北太樹 3 5 木村山 3 0 金開山 5 1 豪栄道 6 11
光龍 1 1 五城楼 1 1 黒海 5 9 琴稲妻 2 1
琴欧洲 5 22 琴春日 0 1 琴奨菊 10 13 琴ノ若 10 8
琴光喜 13 24 琴勇輝 0 1 琴龍 7 9 磋牙司 1 0
佐田の富士 5 1 敷島 2 2 霜鳳 4 3 十文字 7 1
常幸龍 1 3 翔天狼 1 2 松鳳山 3 4 戦闘竜 0 1
蒼国来 0 1 大喜鵬 1 0 大善 4 3 大道 4 1
貴闘力 4 3 貴ノ岩 0 1 貴ノ浪 6 9 貴乃花 2(1) 2
隆の山 3 0 隆乃若 5 6 高見盛 15 5 髙安 1 2
宝富士 4 0 豪風 12 11 玉春日 11 9 玉乃島 13 8
玉力道 0 1 玉鷲 7 5 千代鳳 0 1 千代大海 7 27
千代大龍 2 2 千代天山 6 6 千代の国 0 1 千代丸 0 1
出島 14 10 寺尾 2 3 出羽嵐 0 1 天鎧鵬 3 1
闘牙 4 8 時津海 5 8 時天空 7 11 德勝龍 2 0
德瀬川 1 3 土佐ノ海 9 5 土佐豊 4 1 栃東 10 15
栃煌山 14 7 栃栄 3 2 栃ノ心 5 6 栃乃洋 11 9
栃乃花 6 1 栃乃和歌 3 0 栃乃若 6(1) 0 豊桜 3 0
豊ノ島 9 7 豊響 9 8 白馬 3 1 白鵬 2 27
白露山 4 0 濱ノ嶋 2 5 追風海 3 2 把瑠都 4 13
日馬富士 6 18 肥後ノ海 6 4 富士東 4 1 武州山 3 0
普天王 7 1 武雄山 5 0 寶智山 1 0 豊真将 5 4
北勝力 15 3 舞の海 1 1 将司 0 1 舛ノ山 5 0
水戸泉 0 2 湊富士 1 5 雅山 18 19 妙義龍 0 6
武蔵丸 1 10 武双山 12 11 猛虎浪 2 1 大和 1 0
燁司 3 1 芳東 1 0 嘉風 8 6 龍皇 1 0
露鵬 3 5 若麒麟 1 0 若光翔 2 0 若荒雄 2 2
若孜 2 0 若の里 14 20 若ノ城 2 1 若乃花 1(1) 0
若ノ鵬 2 1 和歌乃山 10 1
※カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数。太字は2014年3月場所終了現在、現役力士

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]