両国梶之助

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両国 梶之助(りょうごく かじのすけ、1962年7月30日 - )は、長崎県長崎市出身で出羽海部屋に所属した大相撲力士。本名は小林 秀昭(こばやし ひであき)。最高位は東小結1988年1月場所・1990年5月場所)。得意手は右四つ、寄り。現役時代の体格は184cm、172kg。

現在は年寄・13代境川 豪章(さかいがわ ひであき)として、境川部屋出羽海一門)の師匠を務めている。

目次

人物 [編集]

長崎県立諫早農業高校在学時から相撲を始め、卒業後進学した日本大学では、主に団体戦で活躍した(個人戦でも、数回優勝の経験がある)。出羽海親方(元横綱・佐田の山)が同じ長崎県出身という関係で、大学卒業後、出羽海部屋に入門。1985年3月場所、大学時代からのライバル・栃乃和歌明治大学卒業、のち関脇、現・春日野親方)と共に幕下付出初土俵を踏んだ。

その後、1986年3月場所で十両に昇進し、1987年3月場所で新入幕を果たした。入幕と同時に四股名を、「小林山」から部屋伝統の「両国」へ改名。また下の名も、2年後に「梶之助」へ改めた。同年7月場所では小結に昇進し、大関候補として期待された。しかし、何度か好機がありながらも関脇には昇進できず、幕内中位に甘んじた。

その後は、怪我などにより番付を十両下位まで落としていたこともあったが、幕内に返り咲いた。

しかし、1992年7月場所中に腰を痛め、12日目から途中休場。以降は思うような相撲が取れなくなり、同年11月場所では再度十両に落ち、更に1993年1月場所では幕下にまで陥落してしまった。そして、同場所前の1992年12月に現役を引退し、年寄・中立を襲名。

以後暫くは、出羽海部屋付きの親方として後輩達を指導した。

1998年5月場所後、出羽海部屋から分家独立し、中立部屋を創設。2003年1月場所後には、元師匠である境川親方(元横綱佐田の山)と年寄名跡を交換し、同時に部屋名も境川部屋となった。なお、出羽海部屋からの分家独立は昭和以降、一門から破門された九重部屋を含めると3例目であるが、円満に独立した点では武蔵川部屋(現・藤島部屋)以来2例目になる。

同部屋からは関脇・豪栄道と小結・岩木山の他、前頭寶智山豊響、関脇・妙義龍らの将来有望とされている弟子が育っており、今後の親方としての手腕に注目が集まっている。

2010年における大相撲野球賭博問題に関して、弟子の豪栄道や豊響らが違法賭博に関与していた責任として、2010年7月場所において謹慎処分を受けた。

中立親方時代にも勝負審判を務めていたが、2012年2月25日、大阪場所を前に急逝した同門の田子ノ浦親方(元前頭筆頭・久島海)の後任として巡業部から審判部に異動した(事実上の再任)。同親方とは大学、部屋において先輩・後輩の関係でもあった。

主な戦績 [編集]

  • 通算成績:316勝313敗27休 勝率.502
  • 幕内成績:217勝252敗11休 勝率.463
  • 現役在位:48場所
  • 幕内在位:32場所
  • 三役在位:4場所 (小結4場所)
  • 三賞:2回
    • 殊勲賞:1回(1989年11月場所)
    • 敢闘賞:1回(1990年3月場所)
  • 金星:3個(千代の富士3個)
  • 各段優勝:十両優勝1回(1991年1月場所)

場所別成績 [編集]

両国 梶之助
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1985年
(昭和60年)
x 幕下付出 #60
2–5
 
東 三段目 #24
6–1
 
西 幕下 #50
6–1
 
東 幕下 #25
5–2
 
西 幕下 #12
5–2
 
1986年
(昭和61年)
西 幕下 #4
6–1
 
西 十両 #12
6–9
 
東 幕下 #4
5–2
 
東 十両 #13
8–7
 
西 十両 #9
8–7
 
西 十両 #7
10–5
 
1987年
(昭和62年)
東 十両 #3
10–5
 
西 前頭 #12
9–6
 
西 前頭 #5
8–7
 
西 小結
6–9
 
東 前頭 #2
5–10
 
東 前頭 #8
10–5
 
1988年
(昭和63年)
東 小結
5–10
 
西 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #5
8–7
 
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #4
9–6
 
東 前頭 #1
7–8
 
1989年
(平成元年)
東 前頭 #2
6–9
 
東 前頭 #5
6–6–3
 
東 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #4
5–10
 
西 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #3
10–5
1990年
(平成2年)
西 小結
4–11
 
西 前頭 #6
11–4
東 小結
6–9
 
東 前頭 #3
7–8
東 前頭 #4
3–8–4
 
西 前頭 #13
2–13
 
1991年
(平成3年)
東 十両 #9
優勝
12–3
東 十両 #1
9–6
 
西 前頭 #15
10–5
 
西 前頭 #7
7–8
 
西 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #10
10–5
 
1992年
(平成4年)
西 前頭 #3
5–10
 
東 前頭 #9
4–11
 
東 前頭 #16
10–5
 
東 前頭 #9
6–5–4
 
西 前頭 #11
2–13
 
西 十両 #7
1–5–9
 
1993年
(平成5年)
東 幕下 #12
引退
0–0–0
x x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴 [編集]

  • 小林山 秀昭(こばやしやま ひであき)1985年3月場所-1987年1月場所
  • 両国 秀昭(りょうごく -)1987年3月場所-1989年7月場所
  • 両国 梶之助(- かじのすけ)1989年9月場所-1993年1月場所

年寄変遷 [編集]

  • 中立 梶之助(なかだち かじのすけ)1992年12月-1993年2月
  • 中立 秀昭(- ひであき)1993年2月-2001年12月
  • 中立 嗣人(- ひでと)2001年12月-2003年2月
  • 境川 豪章(さかいがわ ひであき)2003年2月 -

関連項目 [編集]