旭道山和泰
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旭道山 和泰(きょくどうざん かずやす、本名・波田 和泰、1964年10月14日 - )は鹿児島県大島郡徳之島町出身で、芸能事務所・サディーカ所属のタレント。大島部屋所属の元大相撲力士(最高位は小結)、元衆議院議員。力士時代の体格は182cm、107kg。実弟は、幕内格行司の木村寿行。
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[編集] 来歴
入幕当初は100kgにも満たない軽量力士(舞の海入幕までは幕内最軽量であった)だったが廻しを取るとしぶとく、南海のハブの異名を取った。また時折見せる立ち合いの右張り手は一発で相手をしとめるほどの威力があった。幕内当時、前頭筆頭で勝ち越せば三役だった久島海を一発KOし、三役の夢を断った(その場所久島海は7勝8敗と1点の負け越し)。体格に見合わず正攻法の相撲が多く、怪我も多かったが一度も休場しなかった。軽量力士ながら、小結を通算3場所勤めた。力士でありながら、筋肉質の体型でありほとんど腹が出ていなかった。
1991年11月場所12日目、寺尾 - 琴ヶ梅戦の取組前の事だったが、旭道山が土俵下で控えていたときに、突然土俵に上がろうとした一般の泥酔男性客に対し、旭道山がその泥酔者をつまみ出すというハプニングがあった。そのエピソードは、2003年11月7日放送のテレビ番組「謎を解け!まさかのミステリー」で取り上げられた。この一件は雑誌などで「○旭道山-泥酔者● (掬い投げ)」などと書かれることもあるが、当然正式の取り組みではない(その16年後の2007年9月場所11日目、豪栄道 - 豪風戦の取組前にも土俵に上がろうとした一般女性客に対し、元水戸泉の錦戸親方と高見盛らが土俵下へ引きずり下ろすというハプニングが発生)。
1996年10月、元日本新党副代表小池百合子と旭道山の大阪の後援会会長が親交があった事から、廃業届を出して第41回衆議院議員総選挙に新進党から比例区で立候補、当選した。出馬当初は廃業届が受理されなかった。これは当時の境川理事長が落選の際のために配慮したものだが、結果として翌11月場所の番付に四股名を残したまま国会議員としての活動を始めた。断髪式までは髷を結ったまま登院した。この旭道山の廃業後、「廃業」では語感が悪いということで、「廃業」の呼称を取りやめ、現役力士がそのまま角界から身を引いた場合は「引退」に統合し、親方の廃業は「退職」に改めた。よって旭道山は角界最後の廃業力士である。
新進党解党後新党平和に参加、その後再結成された公明党には入党せず無所属(院内会派は一緒)。2000年6月の衆議院解散に伴い政界引退。引退の際、「少しでも人の役に立ちたいと思い引き受けたが、自分には向いてないと思っていた」と語っている。その後タレントに転向した。同年秋には有限会社「旭ドリーム」を設立し健康食品の販売なども手がけている。また、銀座に旨くて安い旭道山の焼肉店が平成21年3月にOPENしている。
2005年10月9日の登龍門ヒットパレードの「芸人大相撲お台場場所」の解説を務めた。
現在「おもいッきりテレビ」(日本テレビ)や旅番組のレポーターとして活躍。「いい旅・夢気分」(テレビ東京)では、錣山親方(元・寺尾)、舞の海との旅番組を実現させた。
[編集] 主な成績
- 通算成績:538勝551敗 勝率.494
- 幕内成績:325勝380敗 勝率.461
- 幕内在位:44場所(うち小結3場所)
- 三賞:殊勲賞2回(1992年7月場所、1993年3月場所)、敢闘賞2回(1989年1月場所、1992年9月場所)
- 金星:1個(曙)
- その他の記録:1089回通算連続出場
- 各段優勝:序ノ口1回(1980年7月場所)
[編集] 著書
- 待ったなし人生―旭道山和泰自伝(1997年、ISBN 4583034296)

